HOTEL TRYP PORTO EXPO

Dsc03607 アヴェイロからポルトまで70㎞、18:30ポルトの市内に入る。ポルトは坂の町、結構なアップダウンがある。 夕食のレストランへ直行するとのことで旧市街のドウロ川河畔でバスを下り歩いて行く。レストランは河畔より一本奥まった路地にあるPOSTIGO DO CARVAO。メニューは野菜サラダ、ハマグリとムール貝入り海鮮リゾット、それにチョコレートムース。味はまずまず。1時間余りで食事は終り、再びバスに乗って宿へ。三泊目の宿はトリップ・ポルト・エキスポ(所在地:ROTUNDA DE EXPONOR P4450-811 PORTO PORTUGAL、℡:229-990000)、Dsc03609三ツ星ホテルでエクスポ会場の近くだが回りに何にも無いところ。20:30チェックイン、325号室に入る。コンパクトツインでちょっと見は良さそうに見えたが安普請、今回の旅ではワーストワン。風呂に湯張りしようとしたら切替え栓がシャワー側に倒れてしまい湯が溜められない。おまけに湯もぬる目。壁も薄い。TV(CNN)をつけると、イタリアのGIGLIO島で大型クルーズ船が座礁し、死者3名、行方不明数十名を告げている。何でもそうだが、海外旅行も命懸けである。

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アヴェイロ(Aveiro)

ファティマからポルトへ向かう途中に立ち寄ったアヴェイロはポルトガルの水の都と呼ばれる。入り組んだ潟が内陸に大きく食い込んでおり、自然の良港として繁栄してきた町である。16:30アヴェイロ駅前広場到着。左に旧駅舎、右に新駅舎が並ぶ。旧駅舎の外壁はアヴェイロの昔の風景を描いた見事なアズレージョで飾られている。新駅舎のお手洗いを借用した後、バスに乗って中央運河へ行く。運河にはヴェネチアのゴンドラに似た観光船モリセイロが繋留されている。今はシーズンオフで開店休業状態のようである。良く見ると、カラフルなモリセイロの舳には、キリストの姿を描いた真面目なものがあるかと思えば、思わず笑ってしまうエロチックな絵を描いたものもある。ポルトガル人はなかなかユーモラスな人種である。17:20ポルトへ向け出発。Dsc03592 Dsc03599

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ポルトガルのトイレ事情

ポルトガルの観光地には公衆トイレが完備しており、ごく一部のトルコ式を除いてほぼ洋式、いずれも清潔であり快適である。又、無料でチップの心配もない。一例としてファティマの公衆トイレの写真を掲載するが、巡礼地だけに規模が大きく、手洗い5口、大5室、小10口もある。メンテナンスシートを見ると清掃も毎日午前8時半と午後4時半の2回きっちり実施されている。但し、ここだけでなく公衆トイレの大の便器には殆ど蓋と便座が付いていない(外してある)。清掃し易くするための工夫かと思われるが、座り心地はよろしくないだろうし、冬期はさぞかし冷たかろうし、出るものも出なくなるのでは。それにしても、何処へ行ってもトイレばかり 熱心に撮影しているものだから、同行者やトイレ利用の人から不審者や変質者に見られるのは困ったもの、ブログのネタを確保するのもひと苦労である。Dsc03580 Dsc03576Dsc03578 Dsc03577

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ファティマ(Fatima)

14:05ファティマのバスターミナル着。ファティマはキリスト教の聖地。第一次世界大戦中の1917年5Dsc03559月13日、 この地で3人の子供たちの前に聖母マリアが出現するという奇跡が起こった。それが機縁となり、何もなかった荒蕪地に荘厳な教会が建てられ、今ではポルトガル内外から数多の巡礼者が訪れるカトリックの聖地となっている。バスターミナルから教会の建つ大広場へ歩いて行く。収容人数30万人とも云われる大広場に面して、北東側に高さ65mの塔をもつネオクラシック様式の堂々たるバジリカが聳え、南西側には2007年に完成した近代的な聖三位一体教会が建つ。何とも広大な空間である。この広場が5月13日と10月13日の例大祭には巡礼者 で埋め尽くされる。宗教の力は凄まじい。バジリカの左手前に「出現の礼拝堂」と呼Dsc03573ばれる、聖母マリアが祀られている小さな白いチャペルがある。そここそ聖母マリアが3人の子供たちの前に現れた場所であり、今日も沢山の巡礼者が集まってミサがあげられ、讃美歌が流れている。聖三位一体教会から出現の礼拝堂まで一条の大理石が敷き詰められており、その敷石を膝行する巡礼者の姿がある。出現の礼拝堂に辿り着いても、更に礼拝堂の回りを膝行のまま何周もする。チベット仏教の五体投地でカイラス山を巡るほどではないにしてもまさに難行苦行、どんな宗教にも荒行は付き物のようである。バジリカに入場し内部を見学する。聖母マリアが描かれた大きな絵が架かる主祭壇の両袖には奇跡を目撃した3人の墓がある。祭壇に向かって左側に女の子ジャシンタとルシア、右側に男の子フランシスコが眠っている。15:05バスに戻り次の目的地アヴェイロへ向かう。

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世界遺産「バターリャの修道院」

ナザレからバターリャまでは約30㎞、バターリャはポルトガル語で「戦い」という意味。1385年、 バDsc03558ターリャ近郊のアルジュバロータでカスティーリャ軍との戦いがあり、ジョアン1世率いるポルトガル軍が奇跡的勝利を収めている。バターリャの修道院は正式名を「勝利の聖母マリア修道院」と云い、戦勝を祈願した聖母マリアに感謝を捧げるために、ジョアン1世の命により1388年に建設開始、1533年に主要部分が完成したもの。ポルトガルのゴシック・マヌエル様式を代表する建築のひとつとされる。10:40バターリャ修道院到着、前の広場には地元の英雄アルヴァレスの騎馬像が建つ。入場料は6ユーロ、聖堂、 創設者の礼拝堂、ジョアン1世の回廊、参事会堂、博物館、 未完の礼拝堂の順に見学する。聖堂の中央扉口上部は緻密な彫刻で埋め尽くされる。奥Dsc03519行き80m、高さ32m、ポルトガルでも一、二を争う規模の聖堂の内陣はステンドグラスで華やかに彩られる。建設当初は簡素なアルコバサの修道院を手本にしたと云われるが、ポルトガルの黄金期の建造物だけに装飾の手はずっと込んでいる。創設者の礼拝堂は15世紀に造られたジョアン1世の家族の墓所、中央にはジョアン1世と王妃フィリパ・デ・ランカスターの棺が置かれ、周囲にはエンリケ航海王子をは じめ4人の王子が眠る。16世紀に完成したジョア ン1世の回廊は、14世紀のゴシック様式の簡素な回廊にマヌエル様式の装飾を施したもの、レース細工のように繊細な狭間飾りが見事である。参事会堂には、第一次世界大戦とアフ リカの植民地争いで命を落とした無Dsc03525名戦士の墓が置かれている。衛兵2名が常時墓所を警護しており、偶々11時の交代式を見物する。また、一辺19mの参事会堂には柱が1本もなく、建設当初は天井が落ちるのではないかと騒がれたそうだが、設計者のアフォンソ・ドミンゲスは安全性を証明するために三日三晩この部屋に座り続けたとのこと、彼の小像が今尚部屋の隅から天井を見守り続けているのはユーモアか。博物館は嘗ての 食堂、武器や無名戦士に捧げられた品々が展示されている。未完の礼拝堂は扉口や柱に施されたマヌエル様式の装飾が美しいが、財政上の理由からか完成を待たずに建設が中止されたもの。見学を終えてから近くのレストランTorrieで昼食をとる。野菜スープにポークソテーにプリンのメニュー、SAGRESの生ビール(1.5€)を飲む。13:30バスに戻り、ファティマへ向かう。

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ナザレの市場に並ぶ魚

ナザレは元来が漁師村、市場に並ぶ魚は目の前の大西洋で獲れた新鮮なものが多い。日本では見かけない魚もあり余り自信は無いが、魚種を判別できたものを挙げると、(アカ)エイ、アジ、イカ、イワシ、(オオ)ウナギ、オマールエビ、カニ、カレイ、クロダイ?、サバ、サメ、タイ、タコ、チゴダラ?、ヒメジ、マトウダイ、メダイ?、ユメカサゴ?など。ざっと30種類ぐらいは並んでいる。タコは叩いて徹底的に軟らかくするらしく、くたくたの姿になっていたり、鰻がぶつ切りで売られているのが日本とは違う。(写真は、左上から時計回りに、オオウナギ、メダイ?、赤魚のヒメジ他、魚を売る女性)Dsc03450 Dsc03442   Dsc03448 Dsc03445

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ナザレ(Nazare)

2012年1月14日(土) 夜中にDsc03459何回か目が覚める。5:20起床。モーニングコールが7時半なので時間が有り 余る。煎餅やほしいもを齧りながらガイドブックで復習と予習。7:30朝食、4階に上る。ベーコンとソーセージ、ダノンヨーグルトと黄桃のシロップ煮を食べコーヒーを飲む。出発まで時間があるので、ホテルの道向の松林できのこ観察。マツの種類はイタリアカサマツかヨーロッパクロマツ、松毬の長径が10㎝以上ある。30分ほどでササタケ、チチアワタケ、チチタケ属、ホコリタケを見つける。朝は2℃とさすがに冷え込んでいるが、冬期でもこれなら季節の良い時期には色々なきのこが出るのでは。観光よりずっと楽しい。9:00ホテル出発、ナザレ観光へ。先ずはビエイラ・ギマランイス通りにある市場見学、野菜や果物、肉類と何でも揃うが、魚介類部門を集中的に見学する。生魚が殆どで目の前の大西洋で獲れた地魚かも。種類は、判別できたもので、アカエイ、アジ、イカ、イワシ、ウナギ、オマールエビ、カニ、カレイ、クロダイ、サバ、サメ、タイ、タコ、チゴダラ?、ヒメジ、マトウダイ、メダイ?、ユメカサゴ?など。どれも新鮮で美味そうである。ま た、Dsc03482 売り手も買い手も殆どが女性で、お年寄りの女性はナザレの伝統衣装を身に着けている。7枚重ねの短いスカートにエプロン、頭に巻いたスカーフとスリッパという独特のスタイル、未亡人はこれが黒づくめになるらしい。バスに戻ってシティオ地区の展望台へ上る。まず展望台の脇に建つメモリア礼拝堂を見学する。外観は何の変哲も無い小さな礼拝堂であるが、生母マリアの奇跡が起こった場所として知られ、御堂の中にはキリスト像が安置され、内壁・天井とも美しいアズレージョで覆われている。展望台からオレンジ色の甍を連ねたプライア地区の街並と長い海岸線とを眺める。まさに絶景である。その後、広場に面して建つノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会(聖母マリア教会)にも入り、ナザレの守護聖人像やバロック様式の主祭壇を見学する。10:15次の観光地バターリャへ向け出発。

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きのこ図鑑「東北のキノコ」

Dsc043512012年2月8日(水) アマゾンに注文していたきのこ図鑑「東北のキノコ」(日本菌学会東北支部編)が届いたので、午後の時間一杯を使ってひと通り目を通す。2001年10月25日無明舎出版(秋田市)発行の初版本の中古品であり、当時の定価は税込み2,940円であるが、人気が無いのか破格の安値(445円)である。中古品といっても帯封や愛読者カードも付いており時間が経過しただけの新古品、こんな値段では出品者は勿論、出版社にも執筆者にも申し訳ない。内容は、執筆者が27名にも及ぶため、種毎の記述内容に多少不統一性が認められるものの、写真が美しく、「一口メモ」や「COFFEE BREAK」の項が楽しい。また、ツバヒラタケ、シロタモギタケ、ハマシメジ、ヤチヒロヒダタケ、ヒメムキタケ、フチドリベニヒダタケ、シワカラカサモドキ、クリタケモドキ、ススケヤマドリタケ、クロヤマイグチ、クロムラサキハナビラタケなど、他のきのこ図鑑には余り出てこない種類も掲載されており勉強になる。今年はできるだけ東北の山に出かけてきのこ観察を行うつもり、その際この図鑑が役に立つこと間違いなく、今から楽しみである。

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拾光寺観音(じっこうじかんのん)

2012年2月5日(日) 足慣しのため茨城県の低山歩き、今日はかすみがうら市の雪入ふれあいの里公園駐車場に車を置き、雪Dsc04332入山塊を南から北へ縦走する(詳しくは姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「488.雪入山(剣ヶ峰・浅間山・権現山)」を御覧ください)。中央青年の家へ向かって山道を歩き出して間もなく、「拾光寺観音」と書かれた案内板があり、右に小道が付いている。立ち寄ってみると、山中の小平地に石造十一面観音菩薩像がひっそりと佇んでいる。ほのぼのと心が和むお顔を持つ観音様である。側面の建立年や願主の文字は磨耗して読めなかったが、雪入ふれあいの里公園のホームページによると、寛保三年癸亥(1743)、願主石塚次郎左ェ門之建と刻まれているらしい。270年前のものである。志筑藩本堂氏の重臣でも奉納したものであろうか。拾光寺という寺があったという確かな記録はないようであるが、雪入山中には弘法大師伝説に彩られた閑居山中腹の磨崖仏「志筑の百体観音」等宗教痕が数多くあり、拾光寺も実在したと考えるほうが素直であろう。傍らに千代田町史会が平成16年7月15日に奉納した木札が立てかけてあり、そこには「拾光寺観世音菩薩御宝前奉祈子孫長久・家内安全・経済安定攸」と記され、川崎久寿、小池一司氏(先達)ほか参加メンバー十数名の名前が書かれている。因みに、千代田町史会とは旧千代田町(現かすみがうら市)の郷土史料の収集・保管に当たっていたグループである。

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国指定重要文化財 戸定邸

Dsc04242 2012年2月2日(木) 寒気殊の外厳しい。昨日が暖かかった分余計身に沁みる。午前、家人と松戸市の戸定(とじょう)邸見学へ。最後の将軍徳川慶喜の実弟であり、最後の水戸藩主徳川昭武(1853-1910)の嘗ての邸宅である。1951年に昭武の子・武定から松戸市に寄贈され、現在は戸定ヶ丘歴史公園として整備されている。2006年に国の重要文化財に指定された建物は木造平屋一部二階建てで、表座敷棟、奥座敷棟、離座敷棟が廊下で結ばれる。建坪238坪、総部屋数は20室にも及ぶ大規模なもの、但し余り豪壮な感じは受けない。むしろ武家Dsc04249 屋敷だけに質朴な感じ、調度品が置かれていないせいもあろう。西側が開け、眼下に江戸川の流れとその向うに都心のビル群及び東京スカイツリーが見渡せる。松戸市街地より一段高い丘陵地に位置するだけあって眺めは素晴らしい。足が冷たく指先が痛くなってきたので建物の見学を切り上げ、同じく園内にある戸定歴史館の見学に回る。昭武の遺品を中心とする松戸徳川家伝来品が数多く展示されている。因みに両館の共通入館券が240円、誠に良心的料金である。雪の残る庭園も一回り、遊歩道には雛罌粟(ひなげし)の道として与謝野晶子の歌碑が数多く建つ。何でも大正時代に2回松戸を訪れ、59首の歌を詠んだそうな。そのひとつが、「花下総の松戸に見れば散る雲も 柳絮(りうじょ)の如くなつかしきかな」。

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空間放射線量測定

Dsc042412012年2月1日(水) 柏市の光ヶ丘支所から借り受けたシンチレーションカウンター(クリアパルス㈱製、MR.GAMMA A2700型)を用いて、屋内と庭(対照区)と菜園(試験区)の空間放射線量を測定する。こんな時にこそ、作業環境測定士や第二種放射線取扱主任者、エックス線作業主任者の国家資格を活かさなければならぬ。結果は、屋内が1時間当たり0.108マイクロシーベルト(μSv/h)、庭が0.176μSv/h、家庭菜園が0.205μSv/h。いずれも高さ1mにおける測定値の平均値であり、測定箇所数(N)は順に13、18、17である。但し、車庫の屋根の雨樋直下のコンクリート面は高さ1㎝で0.829μSv/hと高め、ブラッシングして水弾きするなど除染が必要と思われる。懸念された菜園の空間放射線量は、柏市が広報やホームページで公開している市内各所の公園や学校用地の数値と同程度、そして柏市産の野菜は今のところ全ゆる種類が定量下限値(セシウム134が15~30ベクレル、セシウム137が12~25ベクレル)未満なので、菜園農業を今年も継続して大丈夫であろう。因みに、8時間畑仕事をして16時間屋内で過ごす生活を365日間続けるとして算出される外部被爆線量は一年間で1.3ミリシーベルト、ホットスポットと云われる柏市でもこの程度、全く問題ない。

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高宕観音(高宕山萬福寺)

2012年1月30日(月) 房総半島の中央部、富津市と君津市の境にある高宕山に登り(詳しくは姉妹編ブログDsc04202 の「自惚山人ノオト」の「487.石射太郎山・高宕山」を御覧ください)、中腹(といっても山頂近く)に建つ高宕観音にお参りする。岩窟に掛け作りされた観音堂の中にご本尊の十一面観音菩薩像が安置されている。存外小さい、金箔が施された7寸(21㎝)ほどの小像である。傍らに立つ環境庁・千葉県作成の高宕観音の由来なる説明板を読むと、「伝説によれば、奈良時代に行基菩薩が当山を訪れた際、多くの人々にご利益を施そうとし て彫刻した霊像といわれている。この観音像の利益を受けた者は数限りないが、源頼朝が石橋山の合戦に破れ安房の国にわたったとき、源家再興を懇祈し、黄金で一寸八分の尊像を写し刻んだ。そして常に肌身はなさず持ち、ついに鎌倉幕府を開くに至った。また、五穀豊穣、子育てや厄除など観音様の霊感のおかげであるといわれ、近郷あるいは遠方から参詣に訪れる人が絶えなかった。(高宕山縁起より)」とある。狛犬の台座の銘は元治元年甲子(1864)、三重石塔の銘は宝暦八年戊寅(1758)、堂前の地蔵菩薩像の銘は寛永四年(1627)、同じく石碑は明治十四年(1881)、これら石造物から確かに江戸時代から明治にかけて(恐らく昭和の前期まで)、人々から篤く信仰された観音様だったようである。堂内の賛額を見ると、峯上二十七番と小糸三十二番の御詠歌も記されており、今は廃れたのであろうがかつては地域の三十三所観音霊場の札所だったことが分る。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

2012年1月27日(金) 今冬一番の寒気日本列島に居座る。柏も寒い。こんな日は炬燵にもぐりこんで乾し芋を齧りながら読書するのが一番だが・・、毎日それでは次第に女房の機嫌が悪くなる。という訳で午前中、増尾城址公園に出かけてきのこ観察。当然ながら園内に散策子等の人気はない。地上生のきのこは全くなし。何箇所かの切株でカチカチに凍ったエノキタケを見つけ、他にはカワラタケ、スエヒロタケ、ハチノスタケ、ヒメモグサタケ、ミイロアミタケ、ヤケイロタケなどの材上生硬質菌を認めて引き揚げる。(写真左はエノキタケ、右はミイロアミタケ)Dsc04160 Dsc04175

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平成二十四年お年玉郵便切手

Dsc041572012年1月24日(火) 仙台の出張から帰柏し、お年玉付き年賀はがきの当選番号に照らして250枚ほどいただいた賀状をチェックする。その結果4等に9枚が当選している。確率から言えば5枚が相当であるが9枚とは・・、こいつぁ春から縁起が良い。早速郵便局でお年玉切手と交換し、うち5枚をお宝としてストックブックに納める。残る4枚はバラして手紙や葉書に使うつもり、当選はがきを送って下さった皆様ありがとうございました。

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定点観察・榴ヶ岡公園(仙台市)

2012年1月22日(日) 仙台の居宅にしているマンションの臨時総会に出席するため今年一回目の帰仙。昨日無事終了し、築12年目の大規模修繕工事と震災破損箇所の修復工事を一括実施することと、依頼する建築業者とが決まりほっとする。今朝起きると辺り一面銀世界、夜のうちに10㎝ほど雪が積もったようである。登山靴を履き、目の前の公園できのこ観察をする。見つかったのは件の切株のエノキタケのみ、寒さが一入身に沁みる。Dsc04154 Dsc04153

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ポルトガルみやげ

Dsc04328今回のポルトガル旅行のお土産はワインが2本とチョコレート3箱。ワインのひとつはバターリャ修道院の前のミニスーパーマーケットで購入したガタン・ヴィーニョヴェルデ、ポルトガル北部を代表するヴィーニョヴェルデ地区産の辛口の白。750ミリリットル入り、アルコール分9%、価格は僅かに3.3€(330円)。もうひとつはポルトのドウロ川河畔に建つワインセラー・サンデマン社を見学した際に購入したサンデマン・ホワイトポルト、ドウロ川上流域で収穫されたブドウを原料とし、樽で3~5年熟成させたもの、醗酵の途中でブランデーを加えて酵母の働きを止めた、いわゆる酒精強化ワインである。Dsc04330750ミリリットル入り、アルコール分19.5%、価格は10€(1,000円)。もう1本、ポルトガル名物のマディラワインも購入したかったが、帰国時のリスボン空港では時間がなくて機会を逸す。チョコレートはポルトガルの大手メーカーの“ジュビロ”ブランドのナッツチョコ、180グラム入りで価格は7.2€(720円)、3箱で21.6€(2,160円)。尚、JTBに予約宅配を頼むと、ガタン・ヴィーニョヴェルデが1本1,680円、ジュビロブランドのナッツチョコは3箱で4,725円、楽をしようとすれば当然高くつく。

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ポルトガルのビール

Dsc04051今回のポルトガル旅行中に飲んだビールは僅かに2種類、ピルスナータイプのサグレス(SAGRES)とスーパーボック(SUPER BOCK)である。昼食と夕食時にほぼ毎回ビールを頼んだが、どのレストランでも置いてあるのはこの2種類の小瓶か生、他にあるのはハイネケンの小瓶ぐらい。価格は1.5~4ユーロ(1.5、2.0、2.2、2.4、3.0、4.0)であり、ワインやフレッシュジュースよりは安くミネラルウォーターと同程度。アルコール分は5%で風味はしっかり、真っ当なビールである。サグレスは首都リスボン近郊のVialongaに本社があるSCC(Sociedade Central de Cervejas)社(19Dsc0340834年設立)が製造するブランドで国内シェアは60%、2008年4月からハイネケンの子会社に組み込まれたようである。一方、スーパーボックは第二の都市ポルト市近郊のLecado Balioに本社があるUnicer Brewery(1927年創業)が製造するブランド、国内シェアは40%であり、両社で市場を二分している。ポルトガルといえばワイン王国であり、その生産量は75万キロリットルに達し世界第9位 (一人当たり消費量は48リットルで世界4位、日本の約20倍)を誇るが、意外やビールも結構飲まれており、2010年統計で一人当たり消費量は55リットル(世界第32位)と日本の45リットル(同38位)を上回る。ポルトガル料理はとにかく塩辛いので、お酒はワインよりもビールの方が断然合うと思う。

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ポルトガルで出逢ったきのこ

2012年1月14日(土) 朝食後、ホテルの道向うの松林できのこ観察。ナザレの海岸に近く、マツの種類はヨーロッパクロマツかイタリアカサマツと思われるが、とにかく松毬が巨大で長径10~15㎝もある。30分ほどしか時間がなかったが、それでもササタケ(そのものかその近縁種)、チチアワタケ(そのものかその近縁種)、ホコリタケ、チチタケ属の4種類が見つかる。ユーラシア大陸の東西の端に同じきのこが生育しているとは奇遇である。但し、対岸のモロッコに出るマツタケがどういう訳かポルトガルには出ないらしく、立派なマツ林がかくも多いのに不思議なことである。現地ガイドの堀さんの話では、秋になるとロカ岬にカラカサタケが出るとのこと、ポルトガル人もきのこ狩りが好きらしい。又、ネットで調べると春の松林にシレルカなる美味なきのこが出るらしい。そして、リスボンはプリンシア・レアル広場の青空市の屋台には、エノキタケ、シイタケ、タモギタケ、トキイロヒラタケ、ヒラタケなどの栽培きのこが並ぶとのこと、1パックが6~7ユーロと高価にもかかわらず売れ行きは上々らしい。再訪する機会があれば、シレルカ料理を是非食べてみたいものである。(写真は上段がササタケ、下段がチチタケ属)Dsc03421 Dsc03422 Dsc03425 Dsc03424

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HOTEL MIRAMAR SUL(ミラマル・スル)

17:15四ツ星のホテル・ミラマル・スル(所在地:RUA CAMINHO REAL NAZARE,PORTUGAL、℡:(262)590000)に到着、新棟の202号室に入る。海側の部屋で眺めは良い。色使いは感心しないが、コンパクトツインの部屋は機能的にまとめられ、冷蔵庫も金庫も付いている。デジカメ電池の充電を仕掛けた後、再びバスに乗ってナザレの町中にあるレストランへ夕食をとりに行く。レストランは海岸通りのS.MIGUEL、前菜はサラダ、メインディッシュは炭火焼のイワシ3尾、デザートはフルーツポンチ。味はまずまずだが内容が貧しい。幾ら名物とはいえ鰯三尾とは・・、シトー会派の修道士になった気分である。ホテルに戻り、風呂に入ってさっぱりすると20:40。Dsc03401Dsc03411

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世界遺産「アルコバサのサンタ・マリア修道院」

15:30アルコバサ着。バスターミナルで現地ガイドのマヌエラさんと合流し、サンタ・マリア修道院の左側から正面のDsc03344ある4月25日広場に回り込む。隣国カスティーリャとの和平が成立し、独立王国となったポルトガルの始祖アフォンソ1世が、キリスト教国としての地位を高めるため、アルコバサに修道院を建設し、当時のヨーロッパ諸国やローマ教皇に大きな影響力を持っていたシトー会に寄進することを宣言したのが始まり。1153年に建設が開始され、主要部分は1222年に完成、その後も歴代の王によって増改築が行われた。最盛期には約1,000人の修道士が暮らした修道院は敷地も建物も広大、バロック様式のファサードの両翼がとてつもなく長い。ヨーロッパに限らず世界遺産には教会や修道院が多いが、その見学はどうも苦手。キ リスト教徒でもなし、何をどう見たらよいのかが未だに分らない。それはさておき、聖堂の身廊・翼廊・王室パンテオン、王の広間、Dsc03354食堂、厨房、沈黙の回廊、参事会堂の順にひと通り見て回る。シトー会というのは禁欲的会派で華美な装飾を徹底的に排するらしく、聖堂も食堂も参事会堂も規模こそ大きいが簡素な造り、余りに簡潔すぎて悪く言えばガランドウの建物である。聖堂の身廊は幅23m、高さ20m、奥行き106m、南北の翼廊には悲恋物語で知られるペドロ1世とイネス・デ・カストロの石棺が向かい合うように安置されている。石棺はポルトガル・ゴシック芸術の最高傑作、美しいレリーフで全面覆われる。王の広間にはアフォンソ1世からジョゼ1世に至る歴代国王の塑像が飾られ、又、修道院創設の物語を描いたアズレージョで飾られる。他には、修道士のメタボをチェックするため食堂に設けられた狭い扉口、厨房の巨大煙突が覆う調理釜(7頭の牛を一度に丸焼きできたという)、同じく厨房の川の流れを引き込んだ水場、沈黙の回廊二階部分の柱やアーチの繊細な装飾(マヌエル様式)などが見所か。16:40見学を終えて今宵の宿があるナザレへ向かう。

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