491.北雁戸山・南雁戸山

2012年5月20日(日)、歩程6時間15分、単独   6:50起床。パンを齧りコーヒーを飲んでから日焼け止めクリームを塗り8Dsc09061_2:00出発。笹谷峠をカーナビの目的地に設定すると一般道経由で51㎞。 いつもながら仙台は山が近い。国道286号線はいつの間にか通行止めが解除されており、笹谷峠まで宮城県側から直接上ることができる。但し道幅が狭く大型車は通行禁止、普通車同士でもすれ違うのがやっと。山形県側にある駐車場は既に満車状態、余儀なく峠を少し下った宮城県側に路肩駐車する。時刻は9:25、標高は約900m。辺りはミネザクラが咲きウグイスも鳴いて長閑である。スパッツを巻いて即スタートする。峠の左右に登山道が延びており、左の入口には「北雁戸170分」、右の入口には「山形神室120分」の道標が立つ。左に入る。ネマガリタケに覆われたDsc09075八丁平をカケスが峰目指して緩く登っていく。9:55仙人大権現碑と馬頭観世音碑(標高950m)が現れる。ここが有耶無耶の関跡か。笹谷峠は平安時代末期から知られた古い峠道だけに、六地蔵、仙住寺跡、尼寺跡など史跡が多い。ネマガリタケのタケノコを採るには未だ早いようだが、藪に潜っている人が何人もいる。八丁平を過ぎて樹林帯に入ってもだらだらした登りが続く。登山道は雪解け水で深く抉られており、また風倒木(雪害かも)が多く歩きにくい。ブナの新緑と林床に咲くショウジョウバカマやキクザキイチゲ、新芽が愛らしいトリアシショウマやマイヅルソウ、ユキザサに慰められつつ進む。宮城県Dsc09087側は歩く人が少ないのか誰とも行き会わない。ブヨはそれほど五月蠅くないが、念のため防虫スプレーを肌の露出面に時々噴霧する。11:10カケスが峰(1325m)に着く。展望が開け、行く手に前山と雁戸山が大きく聳える。後ろを振り返ると、山形神室、仙台神室、大東岳、船形山など奥羽脊梁山脈が北に延びる。また西には雪を纏う月山が神々しく鎮座し、朝日連峰らしき雪嶺の連なりも見える。カケスが峰の広い山頂には嘗て東北電力マイクロ波無線用反射板が設置されていた様子、今は昭和59年6月に撤去した旨の記念碑のみ残る。石室のような 小屋もある。前山は左側Dsc09131を巻いていく。何度も雪渓をトラバースする箇所があり、万が一滑り落ちれば這い上がることは到底無理、息が抜けない。岩稜の痩せ尾根である蟻の戸渡りを無事通過し、山頂直下の急登はロープに縋ってクリアする。その辺り、白色のキクザキイチゲの御花畑、またヒメイチゲ?やミヤマツボスミレ?も咲き競う。12:15北雁戸山の山頂(1485m)に出る。1998年10月以来14年ぶり二度目の登頂。山頂には二等三角点?と山名板があり、8名の登山者が休んでいる(今日のコースで出会ったハイカーは合計21名)。目の前に南雁戸山が屹立し、その右手に中央蔵王の峰 々が横たDsc09114わる。せっかくなので今回は南雁戸山まで足を延ばすことにする。一旦鞍部まで100mほど急坂を下り、南雁戸山へ登り返す。岩場のある急な登りだが、足がかり手掛かりはしっかりしている。12:52南雁戸山の山頂(1486m)に着く。ペンキの消えかかった山名板と石碑が建っている。石碑の文字は「御大典記念 昭和三年十一月十日」と読める。同年同日に行われた昭和天皇の即位の礼、大嘗祭を記念して建立されたものと判る。パンを齧りお茶を飲んで中休止。13:07大返し、往路を戻る。13:45再び北雁戸山山頂。もう誰もいない。往きには気付かなかったが、前山の雪渓をトラバースする箇所の倒木数箇所にカオリツムタケ?が出ている。14:43再びカケスが峰山頂。そこからは山形県側登山道を通り笹谷峠へ下る。こちらの道も同じく抉れておりドロドロ。赤土で滑りやすく結局2回転ぶ。15:48ようやく車に戻る。帰りも一般道を走り17:45帰宅。

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490.筑波山(坊主山と男体山)

2012年5月13日(日)、歩程3時間半、単独   二ヶ月も山にご無沙汰したので足慣しに又も筑波山へ。10:00出発、今Dsc09003日は薬王院コースを選ぶ。一般道を65㎞走り、11:50薬王院山門の先の登山口駐車場に到着。 地元ナンバーの車が6台先着している。そこから山頂までは約3㎞、標高差にして650mの登り。荷を軽くしてスタート。12:04椎尾山分岐(標高250m)、大きなアミガサタケを見つける。登山道の脇にはイノシシが掘った穴がぼこぼこ。アカマツの倒木に終わりかけのアクニオイタケと出始めのマメホコリを見る。早くも下山してくる人と次々にすれ違う。表登山道(筑波山神社コース)側の市営駐車場が有料になったので、裏側から登る人が増えたのかもしれない。本日、薬王院コースで出会ったハイカーは計21Dsc09023名。12:30林道出合、標高420mを示す標柱が建つ。林道を横切り再び山道に入る。林の中にはヤマツツジやヤマブ キが、路傍にもエンレイソウ(花期は終り)、ミヤマスミレ?、チゴユリ、ニリンソウが咲いている。いよいよ800段余の急な丸太階段登りが始まる。足慣しにしてはきつい。13:05ようよう登りきって標高670m標柱(山頂まで942m)に出る。その先で杉林を左に入り坊主山に寄り道。ひと登りで山頂に着く。「23/24」の図根点標石と山名表示板があるが、木立に囲まれて見晴らしは無い。引き返して御幸ヶ原へ向かう。路傍にはマムシグサ(ミミガタテンナンショウ?)やユキザサが多くなDsc09018り、ジュウニヒトエに似たツクバキンモンソウも花をつけている。自然研究路出合を過ぎるとニリンソウの大群落が次々に現れる。13:42御幸ヶ原(800m)に出る。日曜日とあってケーブルで上ってきた観光客と登山者とが入り交じり大賑わい、茶店のソフトクリーム売り場には長い行列までできている。加波山から雨引山へ続く稜線とその下に広がる田植えを終えたばかりの水田の風景が素晴らしい。男体山への登り口にはヤマブキソウ、山頂近くにはトウゴクミツバツツジが咲いている。14:00男体山山頂(871m)に着く。山頂神社に参拝してから傍らの社務所で交通安全のステッカーを求め500円を納める。即刻下山、同じ道を戻る。丸太階段800段を一気に下ると膝がガクガク、林道出合に辿り着いたところで一服し、脚にエアーサロンパスを吹きかける。15:17駐車場の車に戻る。再び一般道を走り18:00帰宅。

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489.筑波山(つつじヶ丘コース)

2012年3月15日(木)、歩程2時間30分、単独   10:00出発。今日は筑波山で足慣し、未だ登ったことのないつつじヶ丘コースを選ぶ。 一般道を走り、12:06つつじヶ丘の大駐車場着。有料で普通車は3時Dsc04476間まで400円、その後は1時間毎に100円づつ加算される。既に標高は540mあり、山頂までの高度差は340mしかない。靴を履き替えて早速登山開始。登山口に道標があり、女体山頂まで1.8㎞、所要時間60~80分とある。初っ端から急勾配の石段道が連続する。東屋が建つつつじヶ丘公園(630m)に出ると勾配は一旦弛む。その先は偽木と丸太の階段道に変わる。雪は笹薮の中に少々残る程度。12:48弁慶茶屋跡(730m)の広場に出る。筑波山神社からの登山道と合流し、つつじヶ丘から1㎞、女体山山頂まで0.8㎞地点である。茶屋は何時頃取り壊されたものか、今は跡地にテーブルと杉の切株椅子が並べられている。そこから先は奇岩怪石が続々と現れる。最初が「弁慶七戻り」、所謂石門である。そこをくぐり抜けると高天原(たかまがはら)とDsc04469称する肩の上に天照大神を祀る稲村神社が建つ。その先に「母の胎内くぐり」、「陰陽石」、「国割石」、「出船入船」、「裏面大黒」、「北斗岩」、「屏風岩」、「大仏岩」が続く。屏風岩の前にはスサノオノミコトを祀る神社があり、社殿の中に例の御札(「奉修行常陸国筑波山入峯天下泰平如意祈攸 平成二十一年七月吉祥日 熊野修験 那智山青岸渡寺」)が納められている。山頂直下の岩の間には雪が詰まり、崖から長い氷柱も垂れ下がる。13:30女体山山頂(877m)に着く。露岩の上は若いカップルや山ガールで大賑わい、春休みであろう。今日は春霞が立ち、富士山や東京スカイツリーは見えない。頂上神社にお参りしてから、露岩の上でお握りと紫蘇巻きを食べる。天気は晴朗、風もなく暖かい。13:45下山、同じ道を戻る。14:45駐車場着。表筑波スカイラインを走り土浦に出る。土浦からは国道6号線を走り、途中給油して17:15帰宅。 

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488.雪入山(剣ヶ峰・浅間山・権現山)

2012年2月5日(日)、歩程4時間15分、単独   足慣しのために東筑波の山へ。10:15出発、 Dsc04274一般道を走り、12:15かすみがうら市の雪入ふれあいの里公園駐車場着。日曜日というのに大駐車場に車は僅か5台、勿体無い。中央青年の家へ向かい山道に入る。途中、案内板に従い拾光寺観音に寄り道、山中の小平地に心和む表情の石造十一面観音菩薩像がひっそりと佇んでいる。側面の建立年や願主の文字は磨耗しており読めなかったが、雪入ふれあいの里公園のホームページによると、寛保三年癸亥(1743)、石塚次郎左ェ門之建と刻まれているとのこと。そのまま参道を下ると元の林道に合流し、12:45剣ヶ峰直登コース分岐に出る。 前回はパープルラインからパラボラ山を経由して剣ヶ峰Dsc04303に登ったので今回は直登コースを選んでみる。最初は穏やかだったが、途中から名前の通りの急登に次ぐ急登、タフなコースである。13:15急坂を登りきって眺望コースに合流する。あと山頂まで100m地点。13:20剣ヶ峰山頂(標高360m)に着く。名前には似つかわしくない広い平である。一服して鯛おこわの握り飯を2個食べる。青木葉(あきば)峠方面へ降る。峠には先日の雪が残っていてツルツル、夏タイヤで走行するのは厳しそうである。三ッ石森林公園・青木葉林道・石噛櫻への道を右に見送り、浅間山へ登る。14:10山頂(345m)着。何といつの間にか北面の樹林が伐採され、Dsc04316三等三角点の後に八潮南デジタルテレビ中継所なる建物と高い電波塔が建設されている。鬱蒼とした杉林に囲まれた浅間神社霊域の幽玄で静謐な雰囲気は台無し、罰当たりなことをするものである。西側の樹木も大分切り倒され、筑波山や宝篋山、雪入山稜線の見晴らしが良くなっているが、これも又同根である。稜線縦走路に戻り北端の権現山をめざす。14:30閑居山磨崖佛分岐を右に見送り、その直ぐ先で左側の弘法石に寄り道する。 藪の中に大岩がどっしりと座っている。道は樹林の中を次第次第に下って行く。見晴らしもなく単調。14:55権現山(100m)に出る。山頂には大きな石祠があり、「昭和四年特別大演習記念碑」が建つ。昭和4年11月15日に陸軍特別大演習が行われた際、昭和天皇が統監された所であり、「御野立所」としてかすみがうら市の指定史跡となっている。麓に下り山の端に沿って農道をてくてく歩く。これがなかなか遠い。果樹試験場の脇を通り、上志筑、五反田、上佐谷の集落を縫う。雪入地区から登り返し、16:35ようやく雪入ふるさとの里公園の車に戻る。またも長い舗装道路歩きにすっかりくたびれる。再び一般道を走り18:30帰宅。

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487.石射太郎山・高宕山

2012年1月30日(月)、歩程3時間15分、単独   10:00出発、房総半島のほぼ中央にある高宕山を目指す。 前回(2005年2月12日)は豊英湖側の下の台バス停から往復したので、今回は植畑側から高宕観音の参詣道を辿ってみる。千葉北Dsc04177ICから高速に乗り君津ICで下りる。国道465号線を走って植畑と西日笠集落とを通り、高宕一号隧道手前の登山口(標高110m)に12:30到着。7台分ほどの駐車スペースに既に先着車が4台駐めてある。トンネル入口には車止めが置いてあり進入禁止、その先の林道高宕線か怒田沢線が一部崩壊しているようである。登山道はトンネルの右手に付けられており、入口には「林道高宕線起点」、「高宕監視所コース1.1㎞・高宕大滝コース2.3㎞・八良塚コース3.6㎞」など色々な案内標識が立っている。また、一帯は国の天然記念物「高宕山の日本サル生息地」とのことで立派な石標も建つ。始めは杉林の中の登り、苔生した石段が続く。現在は関東ふれあいの道となっているが、往昔の高宕観音参詣道の面影を残している。一週間前の雪は此処では降らなかったのか殆ど痕跡がない。石切り場跡を何箇所か過ぎると鹿野山分岐(220m)に出る。道標には(右)鹿野山10.6㎞、 (左)高宕山2.2㎞とある。13:00監視小屋着、Dsc04188谷を挟んで目の前に八良塚と高宕山が見渡せる。傍らの石射太郎山の登り口には「危険立ち入り禁止」の札が下がっているが、道があるので立ち寄ってみる。ひと登りで山頂(245m)に出る。なるほど足下から切れ落ちている狭い岩頭の上で余り居心地はよくない。山頂には崩れた石祠があるのみで他に何も無い。眺めも下の監視所と大差なし。石射太郎山という山名の謂れは、環境省・千葉県の案内板によると、「昔むかし、台田久保という巨人が高宕山北方の高いたかい山の上にある大きな石に向かって、鹿野山から強引に矢を射った。すると石は、はるか南方半里もある谷間まで射飛ばされた。その時台田久保は鹿野山で『石射たろう』といった。その時の言葉をとって『石射太郎山』とうようになった」とのこと。又、石射太郎山は関東大震災で石の切り出し場、いわゆる石切丁場なるものが破損するまで明治初期から大正初期にかけて大量の石が切り出された処らしい。監視所の直ぐ上には道端に「解散記念碑」が建つ。 何かと思Dsc04201ったら裏面に「県の要請により所有山林実測1178ヘクタールを県民の森用地として県に譲渡し、よって組合はこれを解散する。昭和四十八年四月六日」とあって、組合員名(組合長 斉藤新三郎氏)と持口数(総口数五十口)が刻まれている。清和県民の森を開設(昭和49年8月8日開園)するに際し譲渡したものであろう。小さな里山でも色々な歴史を秘めている。そこからは気持のよい尾根歩き、コナラ主体の雑木に時々ヒノキの植林が交じる。過去に死亡事故(2名)が発生している故か、うるさいぐらい道標や注意看板が立つ。13:50急な石段が現れ、入口に狛犬と石造仁王像が置かれている。狛犬の台座には「元治元甲子(1864)三月十八日 世和人 庄兵衛 弥左ェ門 半平」と刻まれ、宇藤原邑氏子中と読める。今も西麓にある同名の集落の篤志家の奉納と判る。石段途中の左側、岩廂の下には正面に「大乗妙典」と銘がある三重石塔が建つ。側面に「ホウリキ八年つちのえとら」とあるので、宝暦八年戊寅(1758)の 建立と思われる。14:00高宕観音の堂前(240m)に出る。岩窟に掛け造りされた御堂正面から谷を挟んで東面に房総の山々が一望できる。今日の遠景は霞んでいるが、気象条件さえ良ければ富士山も見える筈、御堂は絶景ポイントに建っている。堂宇の中に入りご本尊の十一面観音菩薩(約7寸の金ピカの小像)にお参りする。カップ酒やお賽銭が沢山供えてあり、今Dsc04228でも里人の信仰は細々と続いている様子。堂内に掲げられた賛額には、峯上二十七番と小糸三十二番の御詠歌も記されており、嘗ては地域の三十三所観音霊場を構成する札所だったことを示している。堂裏の回廊(胎内くぐり?)を時計周りに巡ってから奥ノ院である山頂へ向かう。14:25二度目の山頂(315m)着、前回よりも石祠の崩壊が進んでいる。大雨続きでも溢れる事なく、旱天続きでも枯れることがないと云う霊釜の水は、このところの寒さでカチンカチンに凍っている。恐らく雨乞いの山であったのだろう。寒いので即下山、八良塚を登るのを諦め往路を戻る。山頂直下の分岐で高宕大滝コース(怒田沢林道方面)に入りかけたが引き返し、14:45高宕観音、15:30監視小屋。各一服しミカンや乾し芋を食べる。15:45車に戻る。又もオーラス、駐車場所に残るは吾がフィットのみ。因みに、本日山中で出会ったハイカーは8名(女性5人組、夫婦、単独男性)。127号線など一般道を走り19:00無事帰宅。

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486.宝篋山(小田城コース)

2012年1月3日(火)、歩程3時間、単独   今年初めての山登りに10:00出発、行先は柏から最も近い宝篋山(ほうきょうさん)。一般道を走り途中給油して、11:30宝篋山小田休憩所駐車場着。すっかり人気のDsc03120山となり広い駐車場が県内外の車で一杯、もう下山して来る人がいる。先ず国指定史跡の小田城址へ。 小田城は常陸守護小田氏の居城として12世紀末に築かれ、慶長七年(1602)廃城になる迄約400年続いた中世平城、その間の1338年から1341年には南朝方重臣の北畠親房(きたばたけちかふさ)が滞在し「神皇正統記(じんのうしょうとうき)」を執筆するなど関東地方南朝方の一代拠点だった所である。12:00小田城址着、現在つくば市が歴史公園として整備を進めており、芝を養生するためのブルーシートが掛けられている。小田城址碑と忠魂碑が建つ小高い丘に上ると筑波山と宝鏡山が見渡せる。一隅に鎌倉時代のものと思われる立派な五輪塔も建つ。Dsc03136_2 この辺りには歴史を物語る石造物が実に多い。国道125号線の小田城コース登山口に戻る。入口に山頂迄2.9㎞の小標識が立つ。 八幡神社を素通りし、その先の愛宕神社(火伏せ・防火の神様)にお参りする。御神体は拝殿後ろの大岩らしい。拝殿前の崩れた常夜燈の奉納年は嘉永四辛亥歳(1851)四月吉日と読める。社名碑は小田字富岡の木村幸三郎氏と結束芳一郎氏の寄進、平成元年一月のことである。12:30中世城の道分岐、そこから先は去年の5月に下りに使った道である。このコースが昔からメインの登拝道、良く踏まれており歩きやすい。堂平附近は暫らく平坦路が続く。地名から御堂があった処と思われる。13:00大峰平展望台分岐、その上の七曲りを登り切り下浅間社に立ち寄る。Dsc03148石碑は相変わらず倒れたままである。13:22おみざらし(水場、体を清める沐浴場かも)分岐。13:30山頂(標高461m)に着く。三度目の登頂になるが今回が一番眺めが良い。西側は筑波山の左に男体山、皇海山、袈裟丸山、赤城山が見える。 南には富士山とその手前にさいたま新都心の高層ビルが10本ばかり、その左に東京都心の高層ビル群と東京スカイツリーがばっちり、東側には雪入山塊と霞ヶ浦から太平洋までくっきり。今日は筑波下ろしが強いせいで空気が澄んでいる。山頂の宝篋印塔には新年らしく紙垂(しで)が飾られ、新しいサカキが供えられている。寒いので10分ほどで下山、帰りは極楽寺コースを下る。山頂直下のバイオトイレはすこぶる清潔、誰が管理しているのか頭が下がる。こぶしの森コースに回り元禄こぶしを見物、目通りの位置で幹が二股に分かれた大きなコブシである。山中では太郎こぶしに次ぐコブシの大樹、元禄と名乗るからには樹齢が三百年を越えるのであろう。山口から田圃道に出て県文化財の件のお地蔵様(正応二年(1289)建立)に挨拶、14:40駐車場に戻る。休憩所の募金箱に100円を志納し14:55出発、国道6号線の渋滞に巻き込まれるも17:00帰宅。   

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485.元清澄山(三石山観音コース)

2011年12月11日(日)、歩程5時間半、単独   今日は三石山から尾根伝いに元清澄山へ登ろうと8:20出発。カーナビの目的地を三石山観音寺にセットすると有料道路優先で105km。国道16号線Dsc02901を走り千葉北ICから高速に乗り館山道を走る。 君津ICで下り10:40三石山観音寺駐車場(標高265m)到着。元清澄山への登山口は参道入口の向かい側にある。登山口には鳥獣供養碑と東京大学科学の森教育研究センターの「貴重な森林の保護にご理解を」と題する看板が立っている。けれども元清澄山を指し示す道標等は何も無い。マウンテンバイク(MB)の5人組も元清澄山まで行くとのこと、初っ端からいきなりの急坂(磨耗した石段)で自転車を担ぎ上げるのに苦労している。尾根に上ると道は良く踏まれているが最近はあまり整備されていない様子、三石歩道と云う名前がついている。11:20鳥居沢歩道が左に分かれる。山中にはモミの大木が多い。またイイギリも多く、赤いDsc02912実が良く目立つ。亀山県有林・541林班、面積34.89ヘクタールの標柱が建つ。MB組と抜きつ抜かれつ、相前後して進む。尾根上は小ピークが連続するが必ず右か左に巻き道が付いているのでアップダウンは小さい。それでも左右が崖の痩せ尾根があったり、片側が崖だったりで楽な道ではない。試しに小ピークの一つに登ってみると「七八〇」と刻印された標石が置かれてあり、隣の頂には「七七九」刻印の標石がある。町村境界標でもないし何だろう。11:50三叉路(同285m)、郷台畑への道が左に分かれる。郷台畑の入口には柵があり一般の立入禁止、一帯は東大の千葉演習林のようである。Dsc02918 12:00標高点311mピーク、頂には主図根点(しゅずこんてん)標石が置かれている。標石「七四六」と「七四五」ピークに寄り道している時、保台ダムからやって来た3人組とすれ違う。保台ダムと三石山観音の両方に車を置いてあるとのこと、山歩き仲間のある人が羨ましい。イズセンリョウ(伊豆千両)の藪を通過する。乳白色の実が良く目立つ。また黒褐色のモミの毬果もごろごろ落ちている。「鹿13」、「鹿40」の標柱は鹿罠を仕掛けた場所を示すものか。12:40標石「七〇二」ピーク(同310m)、これを下れば関東ふれあいの道に合流するが、MBを担いで登り降りするのは非常にDsc02928 厳しい。歩いて通過するのもやっと、三石歩道最大の難所と思われる。13:00元清澄山山頂(同344m)に着く。四度目の登頂である。大山神社にお賽銭を上げ今日無事に感謝する。ミカンとサンドイッチを食べていると習志野市の男性が登ってくる。保台ダムから第一・第二展望台を経由して清澄寺コースの林道(郷台林道)に合流したとのこと、いろいろな道が付いている。13:25下山開始、田代林道終点に戻るとMB組と再会する。これから山頂を往復し、田代林道を下って道の駅ふれあいパークきみつへ行き車を回収するとのこと。同じコースを一足先に下る。田代林道は古い林道であるが四駆なら十分走行可能、傾斜が緩いので道の抉れが少ない。モミジの紅葉を愛でながらゆるゆる進む。14:40倉見橋(同185m)、Dsc02943昭和44年10月完成とある。ちょうど大学を卒業し社会人になった年である。14:30節貫橋(ふしぬきばし)、片倉ダム湖(笹川湖)に注ぐ川を渡る。 その辺り一帯は君津市笹・小坪井国有林170ヘクタール、モミ、ツガ、ヒメコマツが自生し原生状態を維持する高齢の天然林は、林木遺伝資源として大変貴重なものらしい。14:40梨木橋を渡ると間もなく車輌通行止めのゲートがある。その先に白い柵に囲まれた広大な敷地が現れ、中に数棟の大きな建物が建つ。柵には「PRIVATE」の標識が打ち付けてあり、郵便受けは米国製?の「U.S.MAIL」、南京錠はドイツ製の「ABUS EC75」、外国人の別荘かもしれぬ。 そこから舗装道に変わり左の土手上に田代集落のDsc02952民家が並ぶ。どしどし車道を下って行くとダム湖の上部に達し、三井物産フォレスト株式会社が管理する森が一帯に広がる。15:20君津衛星管制所の前を通過、15:30県道24号線(千葉鴨川道路)沿いにある道の駅ふれあいパークきみつに着く。更に、片倉交差点の少し先を右折、笹川を新片倉橋で渡り三石山観音寺めざして車道を登り返す。今回も長い車道歩き、足が痛くなる。16:35漸く車に戻る。駐車場にはフィット唯一台、最後に三石山展望台広場へ上り、東京湾方向に浮ぶ富士山のシルエットを眺める。16:50出発、ナビの自宅に戻るを押すと一般道経由で95㎞。久留里街道を走って姉崎海岸へ出て、国道16号線で柏へ帰る。20:00帰宅。

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484.鞍掛山・羽黒山

2011年11月28日(月)、歩程5時間、単独   9:40日立市の里山歩きに出発、登山口のかみね公園をカーナビの目的地にセットすると123㎞。柏ICから常磐道に乗り東海PAで小休止、日立中央ICで降りる。11:30かみね動物園前駐車場着、靴を履き替えて歩き始める。先ず吉田正音楽記念館が建つ山頂駐車場に上る。Dsc02765鞍掛山への登山口は分り難く、尋ねようにも人はいないし店は閉まっている。適当に見当をつけ広い車道を進んでいくと、三叉路の一角に小公園があり、新田次郎の文学碑が建つ。 氏の小説「ある町の高い煙突」の「第二十八回 誕生と死と」の一節が原稿そのままに刻まれている。又、大煙突記念碑も側に建つ。小公園から50mほど先が登山口(標高150m)、「神峰山ハイキングコース登山口」の標柱が立ち、右が鞍掛山経由コース、直進は清掃センター経由コースである。右折し鞍掛山経由コースに入る。舗装された細い車道を登り直ぐに右折して山道に入る。右手はゴルフ場、 その縁に沿うように進むとやがて鞍掛山山頂への案内標識がDsc02771現れる。左にひと登りした山頂(248m)には、KDDI、FMひたち送信所、民放各社の日立神峰デジタルテレビ中継局、NHK日立神峰固定局の電波塔が賑やかに林立する。ちょうどデジタルテレビ中継局の工事中で、三角点設置箇所は立ち入り禁止の柵とロープで囲われている。工事の人に頼み込み中に入れてもらう。三等三角点と山名標柱を写眞に撮り直ぐ下山、元の縦走路に戻りアカマツ交じりの雑木林の中を進む。12:45鞍掛山緑地へ行く道が右に分岐する。辺りはオオシマザクラの植林地、 樹幹に300番台のナンバープレートが掛けてある(調査日2008年6月24日)。もともとオオシマザクラは日立鉱業所の煙害防止に植えられたものであるが、今は鞍掛山さくら100年委員会と日立市が、Dsc02797100年後に200本のさくらの巨樹がある山づくりをめざすとし、植林活動や保護に努めている。その先で急な階段を下り、切り通しの車道を渡る。再び急階段を登り返す。道の右側に金網フェンスが現れずうっと続く。フェンスにツルリンドウがからみつきルビー色の実が目立つ。果実酒用に採取したかったが我慢、ここは福島第一原発に近過ぎる。道端にはイノシシが掘り返した穴がぼこぼこ、暫らくアカマツ林の平坦路を行く。ヒサカキのトンネルを抜けると小沢沿いの道となり視界が開ける。13:30右に大煙突展望台への道が分かれる。せっかくなのでちょっと寄り道、送電線巡視路?を辿り丘の上に登って大煙突を眺める。1993年2月19日、強風のため突然倒壊して高さは三分の一(156m→57m)になってしまったが、Dsc02805 今尚現役らしく盛んに煙(水蒸気?)を上げている。13:35蛇塚(370m)、ある筈の石碑が見当たらない(3月の大震災で倒壊したのかも)。その先はヒメシャラの純林、快適な林間プロムナードが続く。左手奥に高鈴山、前方に羽黒山が見えてくる。13:50三叉路、かみね公園4.9㎞、羽黒山0.6㎞・神峰山3.1㎞、小木津山自然公園3.4㎞の分岐である。山の神の石碑と石祠がある。今日一番の長い坂を登り切ると羽黒山山頂(491m)に着く。時刻は14:05。新・分県登山ガイドの「7.茨城県の山」(2004年版)には、眺望が良いと書いてあるが、実際には木立の間から辛うじて神峰山が見える程度、樹木が育ってしまった様である。 山名板と三等三角点がある。それと錆びて傾いた鉄製の展望台?もある。カレーパンとミカンを食べて一服する。予定では神峰山も登る積りであったが時間的に無理、14:20下山を開始する。先ほどの三叉路に戻り小木津山方面の道に入る。Dsc02818辺りは伐採作業中で杉が皆伐されている。三叉路に「森林伐採事業に伴い危険ですので、羽黒山へのハイキング道の利用は控えるようお願いします。 茨城森林管理所・日立市」の看板が掛かっているが、作業は完了したのか働く人の姿や重機は見当たらない。杉の枝が散乱する林道をぐんぐん下る。14:40「昭和55年度滑川林道新設工事起点・高萩営林署」と刻まれた石標が建つ三叉路(265m)に出る。そこは林道を直進、沢沿いにどしどし下る。途中、不動の滝へ300mの案内板を見て寄り道する。15:35小木津不動の滝、滝壷の横に新旧2体の不動明王像が安置されてあり、小滝ながら極めて景色が良い。今日一番のハイライトかも、一見の価値がある。15:30小木津山自然公園入口の道標を右折、林道と別れ沢を渡って山道を登る。自然公園に登りついたものの小木津駅への道がはっきりしない。結局藪道を潜って小木津橋で常磐道を渡る。その先も何回か人に道を聞き聞き、16:00漸く小木津駅に辿り着く。直ぐに上り電車が入ってきたので飛び乗って日立駅で下車、サクラ並木の平和通りと国道6号線をかみね動物公園めざしてとぼとぼ歩く。16:45車に戻る。再び日立中央ICから常磐道に乗り、友部SAで給油、千代田PAでコーヒーブレーク。19:15帰宅。(今日は山中でひとりのハイカーとも出会わず、これも原発事故の影響であろう)

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483.箱根駒ヶ岳

2011年11月18日(金)、歩程20分、同行妻   9:50柏の自宅を出発、相変わらず江戸川を渡る橋と三郷ICから先の首都高は大渋滞、途中から池袋回りにDsc02478ルートを変更して東名に乗る。13:15ようやく海老名SA、小休止。小田原厚木道路と箱根新道を走って14:30箱根園到着。駒ヶ岳の山頂は雲に隠れており展望は全く期待できないが、先月も行き損なったので今回は登ってみることに。箱根駒ヶ岳ロープウェイは、全長1800m、高低差590m、最大乗車定員101名であり往復乗車券は大人1,050円、窓口で「山頂は非常に風が強く濃霧で何も見えませんが、それでもよろしいですか」と何度も繰り返し念押しされる。そのために14:50発に乗りこんだのは僅かに13名、10分弱で山頂駅に着く。山頂は文字通りホワイトアウト状態、風も猛烈、一寸先も見えず直ぐ近くにあるはずの神社の方向すら分らない。殆どの客は駅舎に留まり次発15:10で下る様子。 勇を鼓して外へ出てみると、Dsc02476一瞬風に吹き飛ばされてガスが晴れ神社が見える。その方向へ階段を登り神社にようよう辿り着くと、この荒天の最中に屋根や壁の修理工事中、外働きの人が居る。仕事とはいえご苦労様なことである。扉の中に入ってお参りする。箱根元宮は、芦ノ湖畔にある箱根神社の奥宮として、昭和三十九年(1964)堤康次郎氏の寄進により建立されたものであるが、起源は非常に古く神代の昔に遡る。由緒書によると、「その起源は 凡そ二千有余年の昔 人皇五代孝昭天皇の御代  聖占(しょうぜん)仙人が神山に鎮まります山神の威徳を感應し 駒ヶ岳山頂に神仙宮を開き 次いで利行丈人 玄利老人により 神山を天津神籬(あまつひもろぎ)とし 駒ヶ岳を天津磐境(あまついわさか)として祭祀したのに始まる」とある。懇ろにお参りしてから、白馬に乗って神様が降臨された岩とされる馬降石(ばこうせき)を見学、三角点の在り処も探したが分らず諦める。ほうほうの体で駅舎に戻り、15:30発の下りロープウェイに乗る。乗客は6人、書入れ時にこれでは商売にならない。薄暗くなってきたがもう一箇所、ススキ原を見に仙石原へ。今日はパレスホテル箱根に宿を取ってある。 

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482.靄山(もややま)

2011年11月5日(Dsc02238土)、歩程30分、単独   山頂から眺める七里長浜の海岸線と岩木山の景色が素晴らしいと云うので竜飛崎へ 向かう途中寄り道して登る。十三湖の先、五所川原市市浦地区脇元でR399を右折、靄山目指して集落の細い道を抜けていくと太いヒバで作られた白木の大鳥居の前に出る。其処が登山口で附近は広々した草地、左手には金木高校市浦分校が建つ。小山なので何も持たず空身で登る。大鳥居をくぐり参道を行くと更に三基の朱塗りの鳥居をくぐる。そこから先はジグザグの急登になり、カシワの落葉が積もる石ゴロゴロの道をぐんぐん登り高度を稼ぐ。補助ロープがずうーと張り渡してあり大助かり。15分ほど頑張Dsc02252 るとあっという間に山頂(152m)に着く。時刻は12:35、小広い山頂には脇元岩木山神社と三角点がふたつ(ひとつは三等三角点)あり、神社は風雪を避けるため倉庫のような鞘堂の中に納められている。参道整備の募金箱も置いてあったので幾許かの協力金を志納する。山頂からの眺めは噂に違わず抜群、南に目を転ずれば美しく弧を描く七里長浜の海岸線、その海岸線を挟むように左に十三湖の湖面が光り、右に日本海の海原が茫洋と広がる。そして、海岸線の果てに秀麗津軽富士、岩木山が優美な裾野を左右に引いて聳え立つ。また北に目を転ずると、日本海の荒波が打ちつける権現崎(小泊岬)と尾崎山の怪異な姿、眼下には箱庭のような市浦集落、文句なしに素晴らしい。日本の美景コンテストがあれば百選どころか十指に入るのでは、まさに眼福、すっかり満足して車に戻る。

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481.十二湖と崩山(白神山地)

2011年11月4日(金)、歩程3時間半、単独   5:00起床、外はまだ真っ暗。クラッカーとコーヒーで朝食を済ませ6:00仙台のマンションを出発。今日は白神山地まで長駆するつもり、漸く明るくなる。Dsc02021 カーナビの目的地に不老ふ死温泉をセットすると高速道経由で361㎞、結構遠い。 給油して泉ICから東北道に乗る。7:20金成PA、8:00北上金ヶ崎PA。北上JCから秋田道に入る。錦秋湖周辺の紅葉は既に色褪せている。9:15西仙北SA、今日は霧が深い。白神山麓の民宿に電話を入れ今宵の宿を確保する。秋田道の動物注意の看板の絵は何とクマとカモシカ、マタギの里はさすがに山深い。10:25能代南ICで高速を出て市内で給油、R101を北上する。青森県に入り十二湖の案内板を見て右折、取り付け道路最奥にある有料駐車場(標高230m)に12:00到着。駐車場前にある売店兼休憩所は、挑戦館という以前の名前からいつの間にか森の物産館キョロDsc02029ロという 新しい名前と建物に変わっている。管理棟で駐車料金400円を支払い、鶏頭場ノ池の湖畔遊歩道を歩いて登山口へ向かう。 附近の紅葉は終盤にさしかかっているもののまだ美しい。登山口は鶏頭場ノ池と青池の間にあり、「崩山登山口、頂上まで3.2㎞」と書かれた標柱と大町桂月の句碑(「山の中三十三湖紅葉かな」)が建つ。先ずは青池に立ち寄る。青池は小粒ながら十二湖を代表する湖だけあって展望台は観光客で大賑わい。文字通りの青い湖面に赤や黄のカラフルな落葉が浮び、湖底の沈木が見えるほど水は澄んでいる。中国の九塞溝には及ぶべくも無いが、北海道のオンネトーのミニ版といったところ、美しい。Dsc02131登山口から少し入った所にクマ出没注意の看板が有りリュックに鈴を付ける。倒木にムキタケと初見のフチドリツエタケを見つける。 なかなか幸先がよい。特にフチドリツエタケは今が盛期とみえてあちこちの倒木に群生している。サワグルミの林の中を緩く登って行くと落ち葉の中にキナメツムタケ?が散生している。爽やかな菌臭が好ましい(宿の主人の話では地方名"ツチナメコ"、食べられるとのこと)。12:35水場(標高280m)、そこから急登に変わる。急坂をジグザグに登って行く途中で、ニガクリタケ、ハイイロシメジ、ウラベニガサ、アカチシオタケ、アシグロタケ、ブナシメジ(初見)、ツDsc02092キヨタケ、タヌキノチャブクロ、モエギビョウタケなどが次々に見つかる。白神山地のブナ林はさすがに豊饒である。13:15大ブナの下に3台のベンチが置かれた休み場(515m)に着く。大崩山1.1㎞、登山口1.2㎞地点、一息入れる。辺りの樹木は殆ど葉を落とし冬籠りの準備。13:40大崩山(690m)、眼下に十二湖の湖沼群が見渡せる。山頂というよりは崩山の肩に当たる崖っぷち、足元が今にも崩落しそうな危うい場所である。それでも絶好の展望台、十二湖の先に日本海まで望める景色は広闊である。生憎の逆光で写真撮影に 不向きなのが残念至極。そこから崩Dsc02113山山頂まで0.9㎞、大崩山の縁辺を辿り再び樹林帯に入ると一途の登りになる。白神山地の山は標高の割にきつい。男性がひとり下山してくる。今日山中で出逢った登山者は僅かに3人、内2人は大崩山止まり。14:15漸く崩山山頂(940m)に着く。山名板が道標に掛かる。三等三角点があり木製ベンチが2台ある。山頂はネマガリタケと低木に覆われ眺めは良くない。ピークハンターでもなければ大崩山(展望所)から引き返すのが正解である。14:25下山開始、帰りは早く、14:40大崩山、15:03休み場、15:40には駐車場に戻る。宿へ向かう途中、Dsc02163 山中で出会った男性が車道を歩いていたのでピックアップして十二湖駅迄送る。これから青森へ出て明日東京に帰るそうである。16:15深浦町森山にある民宿汐ヶ島にチェックイン、ここに泊まるのは2年ぶり、前回(2009年9月3日)は白神岳登山に来た時である。夕食まで間があるので黄金崎不老ふ死温泉へ入りに行く。18:00から夕食、今日の泊り客は秋田市から来た常連のご夫婦と3名。お膳には今回も山海の珍味が並ぶ。アジ、アイナメ、メバチマグロ、タコ、サザエの5種盛りの刺身にサザエの壷焼き、シッタカの塩茹で、ホヤとコノシロの酢の物、舌平目の煮付け、マグロの胃袋と卵巣、ウワバミソウのお浸しと佃煮、天然ナラタケの佃煮、天然エノキタケ入り野菜鍋などなど、これで宿泊料8,000円では申し訳ない。ビールを飲むと急に酔いが回り、8時過ぎには布団にもぐりこむ。

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480.蓬田岳

2011年11月3日(木)、歩程2時間20分、単独   9:10自宅を出発。3月の震災津波で全壊した多賀城市にあるアパートの解体撤去工事が漸く始まることになり、その打ち合わせと、同じく半壊したDsc01970 仙台の居宅マンションの修繕委員会に出席するために今年六度目の帰仙。いつものように柏ICから常磐道に乗る。行きがけの駄賃にと軽く山登りすることとし、磐越道を小野ICで降りる。接続するあぶくま高原道路を走り平田ICで出て道の駅ひらたで小休止、12:50蓬田岳登山口があるジュピアランドひらたの大駐車場(標高580m)に到着。登山口に当たる鳥居の傍らに「山頂まで2㎞」の道標が立つ。鳥居は蓬田新田社総代の星清寿氏、国井武男氏、阿部正治氏、瀬谷一男氏、瀬谷進氏(前区長)が奉納したものである。登山道の両側は樹齢100~200年のアカマツ並木であるが、松喰い虫の被害に遭ったのか皆伐されており、今は切株だけが連なる。 13:10二の鳥居(645m)Dsc01988、山頂まで1,200mの標識がある。少し先の笹原の中で群生するシロノハイイロシメジを見つける。可食菌でニラ臭というか独特の臭気を持つ。辺りは紅葉が美しい雑木林であるが、登山道の両側にスギが植えられており、参道の面影が色濃く残っている。小さな子供連れの家族と思われるグループが次々と下山してくる。山好きは放射能汚染など余り気にしないのであろうか。更に2箇所のシロノハイイロシメジの群落があり、スギエダタケもぽつぽつ出ている。急坂が連続し結構しんどい。13:50登りきって三叉路(885m)に出る。真っ直ぐ下ると下蓬田、山頂は右へ400mとある。傾斜が緩みコナラの落葉が厚く積もった道をカサコソ辿る。ブナの木は意外に少なDsc02009くムキタケは見当たらない。14:00山頂まで100m地点(920m)、沢又登山口から登って くる道が左から合流する。山頂付近の紅葉はとっくに終わっており葉は殆ど散っている。14:05山頂の一角に建つ菅布禰(菅船)神社の前に出る。千木を備えた屋根を持つ立派な神殿であり、後ろの大岩に一対の新しい宝剣が奉納してある。平成八年十月吉日に駒木根秀和氏、鈴木五郎氏、駒木根六郎氏、駒木根八郎氏、和泉金喜氏、駒木根大吉氏、根本信一氏、茅根広明氏、三木松和夫氏が奉納したものである。菅船神社の謂れは古く、日本武尊の東征にまで遡るらしいが、今でも里人の信仰が篤いことが窺えDsc01995 る。神社の先にNHKのテレビ中継放送所(電波塔)が建ち、その先に一等三角点(952m)が置かれている。傍らの大岩の上に登り阿武隈の山々を眺める。条件が良ければ飯豊連峰も太平洋も見えるとのことであるが、今日の遠望は霞んでいる。電波塔の所からジュピアランドひらたに下る探検コースは工事中で通行止め、また、北の糠塚登山口へ田母神コースが下りてゆく。お握りを食べ一服してから往路を下山、15:10車に戻る。再び平田ICからあぶくま道に入り、小野ICから磐越道に乗る。阿武隈高原SAと安達太良SAで休憩し、18:10仙台のマンションに無事到着。

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479.大神宮山・高笹山

2011年10月8日(土)、歩程5時間、単独   足慣しときのこ観察を兼ねた低山歩き、今日は茨城県と福島県の県境にある八溝山塊の大神宮山と高笹山へ。Dsc01094 8:00出発、登山口の大子町中郷をカーナビの目的地に設定すると150㎞あり3時間近くかかる。柏ICから常磐道に乗り那珂ICで降りて国道118号線を走る。今の時期、常陸野は秋ソバの白い花に彩られる。10:50道の駅大子で休憩。中郷地区に入り林道唐竹久保線に乗り入れたものの、路面に雨で抉れた深い溝が出来ている。 フィットの腹を3回擦ったところで前進を諦める。転進して11:35唐竹久保バス停(標高300m)到着、側の民家の庭先に車を置かせてもらう。どうやらそこが昔からの八溝嶺神社参詣道の入口らしく、石標があり、碑面に「従是 右まなは田(真名畑)・めうか(茗荷)、左大神宮山・や美そ(八溝)道」と彫られている。11:45歩行開始、民家の後ろに回りこみ杉林の中の林道を登っていく。直ぐにスギエダタケ、ホコリタケ、コガネタケを見つける。なかなか幸先が良い。12:05舗装林道と別れ左の山道に入る。辺りのスギ林は良く手入れされており、樹幹が真っ直ぐ天に向かって伸びている。土手にシロゲカヤタケの大群落を見つける。美味しいきのこであるが写真に撮るだけにして採取は手控える。道端を飾るのはシソ科植物のキバナアキギリやヤマハッカ、黄と青のコントラストが美しい。登山道は電力会社の鉄塔巡視路としても使われており、「新いわき線132号」の標柱が要所要所に立っている。切株に群生するスギヒラタケの白さが目に沁みる。八溝山塊は湧水が豊富とあって山中がしっとりしており、きのこには好適な環境と見える。それが証拠に、優秀食菌のナラタケが足の踏み場も無いほど生えているDsc01151。これで採取を自粛せねばならぬとは・・、かえすがえすも原発事故が恨めしい。12:36林道唐竹久保線出合(515m)、そこからは林道を登る。 法面に植えられたアカマツ幼木と栄養をやりとりするのか、道端にはヌメリイグチがどっさり出ている。13:00林道屈曲部の展望所(635m)に出る。ベンチが1台置かれており南東に男体山と長福山が見える。13:15大神宮山直下の駐車場(695m)に着く。乗用車が2台駐まっており何と1台はフィット、運転がうまければ此処まで車で来れる。山頂へ続く丸太階段の入口に「八溝山9㎞・4時間20分、高笹山3㎞・1時間30分」の道標があり、加えて「サル・イノシシ注意」と書いてある。クマは居ないの?、念のためリュックに鈴を付ける。階段の途中で八溝山から下ってきた単独行の女性に出会う。唐竹久保バス停に車を呼んであるとのこと。Dsc01158 13:25大神宮山山頂(746m)に出る。それほど広くもない山頂に不釣合いなほど大きな展望台(野生生物観察施設)が建ち、隅の欠けた三角点(三等?)と覗き穴が開いた遥拝石が置かれている。遥拝石は、大子町にある諏訪神社の神官で国学者の田村賢孝(1819-1889)が建石したもので、碑面に「大神宮遥拝所 いせ正めん百六九り 寄神山」と刻まれている。覗き穴から676㎞先の伊勢神宮の方向を眺めお参りする。時間は遅いがもう一山とGPS頼みで高笹山へ向かう。一旦下ってから良く手入れされたヒノキ植林帯を進む。県境土手に沿った道は殆どアップダウンがなく快適に歩ける。途中、倒木に群生するオシロイタケと、立ち枯れに出た老菌のナラタケモドキを見る。ヤマグリがどっさり落ちているが、通る人が少ないのか拾われている気配が無い。登りだした道の傾斜は緩やかでなかなか高度が稼げない。 途中、クヌギタケ属、Dsc01185_2シロカノシタ、オオキツネタケも見つける。14:40ようやくミヤコザサに覆われた高笹山(922m)に着く。山名標識が何枚か樹木に打ち付けてあるが三角点は見当たらない。峠のような所でピークという感じはしないが、一番の高みに一部破損した石碑が立っている。何を願ったものかは分らないが、「願主 高城村台宿 飯村七郎 金沢寅造 茂木捨吉 戸井田子之吉」と刻まれており、奉安者の名前は辛うじて判読できる。旧高城村は、現在の福島県東白川郡塙町と矢祭町に跨る地域であり、今でも塙町に台宿という地名が残っている。バナナとミカンを食べて一服する。懐中電灯をいつでも取り出せるよう準備してから下山開始、往路を戻る。途中、ツチスギタケとニガクリタケを見つけて写真タイムを取ったが、それ以外はぐんぐん下る。帰りは早い。それでも秋の日は短く、林の中はもう薄暗い。15:40大神宮山直下の駐車場に出る。車は2台共もう無い。16:35バス停前の車に戻る。車を置かせてもらった民家の御主人と少し立ち話、過疎化が進んで集落の人数は最大時から半減(100人→50人)したとのこと、淋しそうである。16:50出発、途中の幸楽苑常陸大宮店でラーメンと餃子を食べて腹ごしらえし、再び那珂ICから常磐道に乗る。20:05帰宅。

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478.宝篋山(常願寺コース)

2011年9月29日(木)、歩程4時間半、単独   足慣しときのこ観察を兼ねて筑波山塊の宝篋山を歩きに行く。9:05出発、一般道を走り10:50小田休憩所駐車場(標高30m)着。休憩所でコース案内地図をもらい歩行開始、 今回は常願寺コース(4㎞・登り2時間半)を登ってみる。道標に従い田んぼの中のくねくね道を進み、切り通し様の所から山道に入る。道端を飾るのはコスモスやツリフネソウ、里山の秋の深まりを感じる。但し、スズメバチがまだ盛んに飛んでおり油断できない。Dsc00966 暫らく小沢沿いの道を行く。しっとりしているが小型のツエタケを見つけただけできのこの姿は殆どない。11:30天狗岩(標高135m)と名づけられた大岩の前を通過、直ぐ先で順平歩道が左に分岐する。沢を離れヒノキの植林帯を緩く登り、更に上部の雑木林を急登すると、11:55尖浅間(とがりせんげん)の山頂(325m)に着く。低山はまだ暑く汗だくになる。 大岩が積み重なる山頂には山名標識以外何も無い。南側が少し開けておりつくば市方面の関東平野が望める程度、行く手に宝篋山頂に建つ電波塔が大きく見えてくる。一旦少し下る。山中は台風15号の後遺症で荒れており、その上乾燥気味できのこの姿は少ない。やっとコテングタケモドキの兄妹を見つける。要所Dsc00974要所に設置されている木のベンチは、森林湖沼環境税(茨城県が平成20年から5年間徴収する地方税、個人なら県民税均等割に年額1,000円を上乗せ)を活用してつくばフォレストクラブが作成したもの、北欧家具を思わせるデザインで風景にしっくり溶け込んでいる。12:25前回歩いた極楽寺コースと合流する(標高400m)。12:35宝篋山山頂(461m)着、10人ほどのハイカーが休んでいる。 今回も筑波山の眺めはばっちり、筑波山の展望台としては第一級である。蜜柑2個と羊羹を食べて一服する。12:50下山開始、下山も前回とコースを変え山口コース(1)を下る。少し下ると万博記念の森モニュメントが建つ広場に出る。一帯は1985年のつくば万Dsc00976博と国際森林年を記念して3万本の苗木を植栽した箇所、全国の賛同者40,000名の名前が銅板に刻印されている。つくば万博から早や26年、時の流れは早い。13:15宝篋名水なる水場(255m)、せっかくなのでひと口飲んでみる。冷たくはないがまずまず。どんどん下って行くとクヌギの倒木に見事なシイタケが出ている。普段なら迷わず持ち帰るが、福島第一の原発事故があった今年は天然きのこの採取を自粛中、写真に収めるだけで我慢する。他にもアカマツの倒木にヒメカバイロタケ、スギの根際にマンネンタケの幼菌が出ている。13:45山口コース(1)の登山口(85m)に出る。そこから田んぼの畦道を突っ切り近道しようとしたが川に突き当たり万事休す。結局、元の道に戻り、つくば市民研修センターの前を通って国道125号線に出る。長い車道歩きを強いられ足が痛くなる。15:30漸く小田休憩所駐車場着、休憩舎のトイレ水道で顔を洗いさっぱりする。15:40出発、帰りも一般道を走り17:30帰宅。

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477.五郎岳・瀧山

2011年9月7日(水)、歩程5時間、単独   6:00起床、仏壇にお茶とお線香を上げる。コーヒーとクリームパンで朝食を済ませ7:50出発、カーナビの目的地に蔵王温泉をセットする。仙台宮城ICから東北道に乗り、村田JCで山形道に入り、山形蔵王ICで降りる。 9:40蔵王温泉上の台にある蔵王スカイケーブル駅駐車場(標高930m)に到着、まんず風が涼しい。4人乗りゴンドラのスカイケーブルは待ち時間無し、客さえあれば次々に出発する。Dsc00672片道750円の切符を購入し早速乗り込む。スカイケーブル中央高原駅(1270m)まで所要時間10分弱、標高差300mを楽々クリアする。トイレの鏡を使い顔にUVプロテクションクリームを塗ってから10:00歩行開始、先ずは傍らに建つ蔵王大権現堂に今日の山歩きの無事を祈願する。三眼怒髪の大憤怒相をした蔵王権現像が祀られているが、青銅製の鋳造像は比較的新しく、案内板の説明を読むと山形市の下宝沢(蔵王口)にある蔵王大権現から勧請したものである。瀧山(りゅうざん)だけでは物足りないので五郎岳の山頂も踏むことにし、道標に従い車道を東へ進む。直ぐにドッコ沼(標高1264m)に出る。Dsc00661 水色は青いが雰囲気はいまいち、南側の蔵王高原ホテルは取り壊し中である。山は一足先に秋、ナナカマドの実が真っ赤に色付き、ブナの実は黄金色に染まる。10:23三五郎小屋、大きな三角屋根を持つ5階建てのど派手なロッジに何故かカナダ国旗がはためいている。宮城蔵王は地味であるが山形蔵王は派手派手、これも日本有数のスキー場を抱えて国内外から観光客が訪れるせいであろう。三五郎小屋の前で熊除けの鈴を付け、もう虻はいない様子だが念のため虫除けスプレーを噴霧する。ブナ林の中を緩く登っていくと車道を横切り再びブナ林に入る。きのこがぼつぼつ現れ始め、カラムラサキハツ、ツチカブリ、シュイロハツ?、オオキヌハダトマヤタケなどを見る。五郎岳登口の道標に従い左折、Dsc00615 ウメバチソウやエゾリンドウが花盛りの山道で嬉しいことに初見のベニハナイグチとワカクサタケに出逢う。11:00あっさりと五郎岳山頂(1413m)に到着、三等三角点がありアキノキリンソウとヤマハハコが咲いている。東面に蔵王連峰の主峰、熊野岳がどっしりと横たわる。中年女性3人組が休んでいたが東北の山ガールは皆無口、目礼しただけで何処へか去る。当方も生茶を一杯飲んだだけで下山、往路を戻る。下りの方がきのこ目が冴えわたり、ムラサキアブラシメジモドキ、クロホコリタケ、シロサクラタケ、エセオリミキ?、ムラサキフウセンタケ、ヌメリアカチチタケ、ドクベニタケ?、ドクアジロガサ?、キホウキタケの仲間、クサハツ、ツルタケ、カヤタケ属、モリノカレバタケ属などが次々に見つかる。12:00スカイケーブル中央高原駅に戻る。そこからは尾根通しに反対の西方向に延びる瀧山トレッキング道に入る。これ又きのこが豊富で、カバイロオオホウライタケ、ウラベニガサ、クサウラベニタケ、ツエタケ、ヌメリガサ科(ナナイロヌメリタケ?)、ハナホウキタケの仲間、フウセンタケ科、ベニヒガサなどが見つかる。Dsc00790一旦道は緩やかに下って行く。ヌメリツバタケモドキ、カヤタケ属、ミヤマオチバタケ、カヤタケ、トビチャチチタケ、斯くもきのこが多いと写真撮影に追われてなかなか道が捗らない。また今日は涼しいので水の消費量が少なく、リュックサックが少しも軽くならない。鞍部に下ると右側の北の方向が開け、山形神室と仙台神室が特長ある山容で現れる。ザラエノハラタケ、カヤタケ属、ヒロハウスズミチチタケ、ニガクリタケもチェック。 標高1250m前後のアップダウンを何回か繰り返し、巻き道からザレ場に出た所で瀧山が目の前に迫る。岩礫地帯の登りにさしかかると、道端でイブキジャコウソウ、ウメバチソウ、ウツボグサ、ヤマハハコが花の競演。朝とは空気が入れ替わったのか少し蒸し暑くなる。山頂直下でオツネンタケモドキ、タマゴタケ、コゲチャイロガワリにも出逢う。13:55瀧山山頂(1362m)に到着、北端に笹谷峠を背にして斉藤茂吉の歌碑が建つ。「山の峰かたみに低くなりゆきて 笹谷峠は其處にあるはや」。笹谷峠の北は山形神室と仙台神室、 南は北雁戸山と南雁戸山、今日は台風一過で大気が澄み山がよく見える。「陸奥をふたわけざまに聳えたまふDsc00794 蔵王の山の雲の中に立つ」、これも斉藤茂吉の歌である。南端に二等三角点があり、竜神様を祀るという赤い屋根の御堂(瀧山神社)が建つ。雨乞いの山なのであろう。地元上山市の男性が先着しており少し話をする。西側、山形盆地の向うに展開する西吾妻山、飯豊山、大朝日岳、月山などの山頂部は生憎の雲に隠れているが、朝日連峰の祝瓶山は判る。東側の奥羽主脈の山は蔵王連峰は無論、大東岳、船形山、西仙台の太白山までも見える。羊羹を食べてエネルギを補給し一服。14:30下山開始、蔵王温泉へ下る道に入る。雷光形の急坂で所々にロープが張られている。有毒のクサウラベニタケが豊作、他にもアオイヌシメジ、ウラベニガサ科?、キシメジ科、オオホウライタケを認める。15:05左へ100mのお神楽岩へ寄り道してみたが何てことなし、蔵王温泉街の展望所にすぎない。15:15林道出合(990m)、こちら側には熊出没注意の看板が立つ。ドラゴンスノーパークの中の取り付け道路を下り、歓迎門をくぐり抜け車道をてくてく歩く。15:35漸く蔵王スカイケーブル駅に戻る。せっかくなので蔵王温泉に三箇所ある共同浴場のひとつ川原湯に立ち寄ってみる。誰もいない湯小屋でさっと汗を流してから16:15出発、帰路も往路と同じ道を走る。山形道の古関PAで休憩し天麩羅そばを食べる。18:30無事帰宅、早速洗濯に取り掛かる。

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476.ポロモイ山

Dsc00401 2011年8月24日(水)、歩程10分、同行妻   今日から2連泊するザ・ウィンザーホテル洞爺にチェックインし、ホテルの庭園を散策していたら、展望台の脇に一等?三角点を発見する。傍らにポロモイ山頂(標高625m)の看板も立つ。この辺り一帯はもともと牛馬の放牧地、それを山ごとそっくり買い占め、ゴルフ場、スキー場、温泉付きのリゾートホテルとして開発したもの、総工費650億円、1993年開業当時のホテル名はエイベックス洞爺。眼下に広がる北面の洞爺湖と南面の噴火湾の眺望は素晴らしく、別に料金の高いホテルに泊まらなくても車で駐車場まで登ってくるか、サミットキャビン(遊覧ロープウェイ;往復1,500円)を利用すれば容易に此処に辿り着くことができる。一見の価値ある景色である。

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475.七時雨山

2011年8月8日(月)、歩程3時間半、単独   (7日)酸ヶ湯温泉を後にし、青森中央ICから再び東北道を走り滝沢ICで降りる。滝沢村のイオンスーパーセンターに立ち寄り、食料品や飲み物を仕込み、クーラーボックスに氷を補充する。フードコート内で海鮮握り寿司の夕食を済ませてから、道の駅沼宮内石神の丘へ移動し、そこで朝まで仮眠。Dsc00304
(8日)4:10目が醒める。朝食にランチパックと冷しミニトマトを食べる。5:15出発、カーナビの目的地に七時雨山荘を設定する。6:00七時雨山荘(標高630m)着、山荘の主に断り車を庭先に置かせてもらう。6:10歩行開始、教わった通りに山荘前の砂利道を右に進むと第1ゲートがあり、左脇をくぐり抜ける。新旧の牛糞が点々と落ちている牧草地の道を緩く登っていく。風がなく今日も蒸し暑い。6:20一合目標識(650m)で左折、牛のベタ糞を踏まないよう地面に気を配る。もっとも朝からウンを付けても構わないのだが・・。柵に沿って草地を登っていくと第2ゲートがあり、登山者への注意看板が立つ。その木戸を通り抜けると間もなく三合目(745m)、登山道入口で頂上へ2㎞の道標が建つ。そこからブナとダケカンバの樹林帯に入り傾斜もいささかきつくなる。Dsc00334きのこの姿も現れ、ヒメコナカブリツルタケ、モミジタケ?、ニッケイタケを見る。7:00五合目(830m)、 7:10七合目(920m)、7:22八合目(975m)、汗がだらだら流れる。幾ら北東北の山でも1000m峰は暑い。久し振りにヒロハウスズミチチタケを見つける。7:30九合目(995m)、ガスが出てくる。7:45北峰山頂(1,060m)、小広い山頂の中央に一等三角点がある。以前三角点の上に建っていた櫓はもう無い。昨日ぶつけた右膝下が痛みだし、エアーサロンパスを噴きかける。遠くの山はガスで全く見えず、せいぜい田代平高原を挟んでDsc00336対峙する田代山くらい、一服してから目の前の南峰へ向かう。 一旦鞍部へ40mほど下り同じ位登り返す。8:00南峰山頂(1,063m)、旧い石像?や剣などが奉納されている。平成四年岩手厄除登山界奉納の剣の盾もある。山頂から西根寺田コース(車之走峠・七時雨鉱泉方面)と高清水コース(七時雨高原・花輪線荒屋新町駅方面)が下って行く。信仰登山が盛んだった昔はこちらが表参道だったと思われる。風があり涼しいが、名物の岩手山の眺望すら得られずがっかり、ヤマハハコとヒヨドリソウが風に揺れる。8:05下山開始、往路を戻る。下りではヤマブキハツ?、イタチタケ、ツルタケなどのきのこを見る。コバルトブルー色をしたヤマアジサイの飾り花が目に沁みる。 9:05三合目、下りは早い。牧野を下って行くと今日初めて男性登山者と出会う。Dsc00344第1ゲート手前はワラビのすごい群生地、誰も採らないのであろうか。9:35七時雨山荘に戻る。アイスコーヒーとアイスクリームを頼み食堂で休憩する。山荘の奥さんの話に拠ると、岩崎元郎氏選の新日本百名山に選ばれて以来登山者が増加し、市でもこの先の道路脇に専用駐車場を整備したとのこと。また、山中には熊がいるとのことで昨日も牧草地で目撃されたらしい。10:00出発、近くの七時雨鉱泉へ汗を流しに行く。入湯料430円を支払い、髪も体も洗ってさっぱりする。11:10カーナビの「自宅へ戻る」ボタンを押し帰宅の途につく。柏まで574㎞・7時間30分の道程。ブラックの缶コーヒーを飲みながら眠気を覚まし醒まし走る。それでも時々睡魔に襲われ、紫波SA、前沢SA、福島松川P、差塩Pの4箇所で少憩、下界は無茶苦茶暑い。中郷SAで給油し、20:00無事帰宅。この3日間の走行距離は1,533km、フィットの燃費はリッター20㎞位。

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474.八甲田大岳

2011年8月7日(日)、歩程5時間半、単独   昨日柏を出発し、670㎞を10時間かけて走り津軽SAで仮眠、朝を待つ。4:20起床、フィットの車内はアイより広く、後部座席を倒せば脚を伸ばして横になれる。外は薄明るい。洗面所で顔を洗い日焼け止めクリームを塗る。朝食にクリームパンと冷しトマトを食べる。歯を磨いて5:00出発。Dsc00130青森中央ICで東北道を下り、6:05酸ヶ湯温泉駐車場(標高900m)に到着。 柏からここまで728㎞、さすがに遠い。駐車場の傍らに立派な水洗トイレ棟があり、すっきりしてから6:30歩行開始。大岳山頂まで4.2㎞ある。車道を先に進むと、直ぐに公共大駐車場とインフォメーションセンターがあり、その道向が登山口、白木の鳥居をくぐって登山道に入る。辺りは火山性ガスの発生地帯で、過去に亡くなった人もいる。 登山道以外立ち入り禁止の注意看板が幾本も立つ。確かに辺り一面硫黄の匂いがぷんぷんする。ダケカンバやアオモリトドマツの林の中を黙々と登る。風が通らず蒸し暑い。ヤマイグチ、ベニイグチ?、ベニタケ属など中型のきのこが出ている。7:45南八甲田連峰の展望所(1,210m)に出る。櫛ヶ峯を最高峰とする南八甲田の山Dsc00181々が伸びやかに広がる。そこから地獄湯ノ沢のガレた源頭部を登る。硫黄の匂いで息苦しく頭も痛くなる。 酸ヶ湯温泉に暮らす人々は、毎日毎日火山性ガスを呼吸して健康を害すことはないのであろうか。それにしても蒸し暑い。ミヤマキンポウゲとネバリノギランの花を見ると間もなく木道に乗る。正面に小岳、左手に大岳が現れる。大岳の急斜面に取り付いている人が豆粒のように見える。直ぐ右に仙人岱ヒュッテへの木道が別れる。8:15仙人岱展望所(1,330m)、そこに湧く八甲田清水の冷たい水を飲み一息入れる。お花畑が続き、ウゴアザミ、イワイチョウ、ヨツバシオガマ、ギボウシ、ミヤマリンドウ、ウサギギク、チングルマ(羽毛状)の花の競演。いよいよ今日一番の登り、アオモリトドマツの樹林帯の急登にかかる。林床に咲くのはミヤマアキノキリンソウやカニコウモリの類。標高1,460mを越すと樹林帯を抜けハイマツ帯に出る。Dsc00218_2 上空を嫌な雲が覆い始める。心臓破りの急坂である岩礫の道を登り、ぐんぐん高度を稼ぐ。9:03鏡沼(1,530m)、山頂が見えてくる。もうちょい。9:15八甲田大岳山頂(1,585m)に着く。小広い山頂には一等三角点と方位盤、そしてケルンに埋もれるように小石祠が安置してある。山頂部を彩る花はイワギキョウとヤマハハコ。ガスが出てきて周りの山が全然見えなくなる。妻に電話し、娘にメールを送信して無事の登頂を知らせる。9:45下山開始、帰りは毛無岱経由の周回コースを下る。10:00井戸岳との鞍部に建つ大岳鞍部避難小屋(1,445m)に着く。高床式で男女別のトイレもある立派な山小屋である。 そこからどんどん下って行くと、やがて木道が敷設された上毛無岱(1,225m)に出る。ちょうど湿原一面がキンコウカの花盛りで、イワイチョウやワタスゲも風にそよぐ。更に一段Dsc00252下った所が毛無岱の展望所(1,190m)、北八甲田連山の眺めが良い。左から右に赤倉岳(1,548m)、井戸岳(1,550m)、八甲田大岳(1,585m)が肩を並べる姿を一望できる。一口羊羹を食べてエネルギを補給する。その先の長くて急な木造階段を慎重に下っていくと、池塘を散りばめた下毛無岱の絶景が見えてくる。北東北の山らしいおおらかな眺めである。湿原を抜けて樹林帯に入ると俄然きのこの姿が多くなる。クロハツモドキ、ウラグロニガイグチ、カバイロツルタケ、アシベニイグチ?、クサイロハツ、アセタケ属、コガネテングタケ、アメリカウラベニイロガワリ?など。12:05酸ヶ湯温泉の湯治棟脇に下山、車に戻る。着替えを持って名物のひば千人風呂へ入りに行き、熱めの温泉で汗を流しさっぱりする。13:00明日登る予定の七時雨山がある八幡平市へ向け出発。

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473.榛名富士

2011年7月30日(土)、歩程10分、同行妻・義母   伊香保温泉に湯治に来た序に榛名富士にロープウェイで登る。Dsc00044夏休み期間の土曜日だというのに観光客の姿は少ない。大人往復820円也を支払い、標高差300mを僅か5分で楽々山頂駅に上る。傍らの東屋に義母と妻とを残して一段高みの山頂へ向かう。途中、左に折れた処に石長姫大神(いわながひめのおおかみ)、保食大神(うけもちのおおかみ)、饒速日大神(にぎはやひのおおかみ)、榛名富士大神と刻まれた石碑が4基建つパワースポットがある。標高1,390mの山頂には一等三角点が置かれ、コンクリート造りの富士山神社が祀られる。前回ここに来たのは28年前(1983年11月23日)であるが、 三角点はともかく神社の記憶が無い。傍らに建つ案内板には富士山神社の縁起として、 Dsc00041「この頂には古き昔から富士山神社という一宇の祠があって木花開耶姫命をまつり 縁結び御産の神様として近郷近在の信仰をあつめ五月五日の山開きにはお礼詣りの男女が長蛇の列をなして登山参拝し大賑わいであったといい伝えられている 榛名富士の名が廣く世に知られているのはこの年中行事によるものである この神社は明治四十二年五月二日に榛名神社に合祀せられた其の当時は間口四尺奥行五尺の木柵の中に一基の自然石が御神体として安置されていたというが 昭和三十三年七月榛名山ロープウェイが開設された時にはその残骸すら見当たらなかった Dsc00049そこで古き時代から地方諸衆の信仰の中心である由緒深きこの霊地をあれるがままにまかせるにしのびず榛名神社の神許を仰ぎ 古き祠が鎮座したというゆかりの位置を探し求めてこの社殿を建立寄進した次第である 昭和三十九年一月十一日入神の儀を行い末永く霊験あらたかに若き男女に縁結びと安産の幸せを授けたまえと祈り ここにその由来を誌するものである 昭和三十九年」と記されている。と云うことは昭和58年にも鎮座していたことになる?。只今、隣の新潟県は関越道が通行止めになるほどの豪雨というのに、群馬県の此処は陽射しに恵まれる。とは言え、遠くの山は雲に隠れ榛名山系の二ツ岳、水沢山、相馬岳、掃部岳くらいしか見えないが。再びロープウェイで下山後、湖畔道路を走り、湖畔の宿記念公園と竹久夢二アトリエに立ち寄る。とうとう雨が降ってきたので今宵の宿、伊香保温泉如心の里ひびき野へ向かう。

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472.秋田駒ガ岳

2011年7月18日(月)、歩程5時間、単独   うとうとして眼が覚めると外はもう薄明るい。時刻は4:10、周りの車は夜明け前に出発したとみえ大分減っている。昨日、滝沢町のイオンスーパーセンターで夕食を済まし、 田沢湖へ向かう途中の国道46号線沿いにある道の駅雫石あねっこで日帰り入Dsc09649浴施設・新橋場温泉に入る。さっぱりと汗を流し、そのまま車内で仮眠。標高は320mほど、夜の気温は20℃まで下がり快適に過ごす。 朝食にバナナを食べて4:50出発、田沢湖駅から乳頭温泉郷へ向かい、途中から駒ガ岳八合目へ登る車道に入る。直ぐ先にゲートと監視小屋があり係員の人が居て、5:30以降の一般車乗り入れ禁止の規制をしている。時刻は5:31、ぎりぎりセーフということでゲートを開けてくれる(規制時間帯は田沢湖高原温泉・アルパこまくさ発の八合目行きシャトルバスを利用する。6:01始発で午前中は30~45分毎に1便のペース、片道600円)。ひどく狭い道で尚且つ急勾配、アイはパワーが無いのDsc09647でヨロヨロ、5:50八合目駐車場に上る。標高は1,300m、風が涼しい。小型車約50台、大型バス4台分の駐車場と休憩舎、売店、トイレがあり、駐車場整理係りの人もいる。マイカーは勝手に下ることは出来ず、必ず定期バスの後について降りねばならぬとのこと、下山したら何時のバスと一緒に降りるか希望する時間を申告するよう求められる。それ程に道は狭い。それにしても、これで駐車場が無料とは摩訶不思議、関東なら1,000円は間違いなく取られる。当然バス料金くらいは徴収しても良いのでは・・、東北人は余りにも淳朴過ぎる。6:10歩行開始、赤土の登山道を緩く登って行く。アキタブキ、オオイタドリ、ショウマ類などが多く、山はしっとりしている。路傍に高山植物の花々が次々に姿を現す。モミジカラマツ、ヤマブキショウマ、ハクサンチドリ、ヤマハハコ、ミヤマトウキ?、イワオトギリなど。Dsc09731 ファミリーハイク向けの山だけに、家族連れ、カップル、グループ、それに秋田美人の山ガールも多い。出発する時は晴れていたが、ガスが出てきて次第に景色は閉ざされる。主峰の女目岳を反時計回りに巻くように登って行くと、やがて傾斜が弛みニッコウキスゲの大群生地が現れる。その辺りの草陰にはオノエラン、ミヤマダイコンソウ、ネバリノギラン、カラフトイチヤクソウなどが可憐に咲く。コバイケイソウとチングルマの花期は過ぎている。びっしり露を付けている綿毛はミヤマヤナギか。木道が現れると、湿原の草地にウサギギク、ハクサンシャジン、ミヤマウスユキソウ、ヨツバシオガマを見る。まさに掛け値なしの花の名山、今の時期がベストかもしれぬ。7:40阿弥陀池西端の男岳・女目岳分岐点(1,520m)に出る。先ず右手の男岳へ向かう。Dsc09766ひと登りで横岳・男岳の稜線鞍部に出る。右の男岳への稜線上はエゾツツジの群落が花盛り、この華やかな花に出逢うのは利尻岳以来であるが、どうやらここ秋田駒ガ岳が南限の様である。 今日は久し振りに数多の高山植物と出逢うも、名前がなかなか思い出せずにもどかしい。8:05男岳山頂(1,623m)に着く。三角点こそ置かれていないが、鳥居と石祠が各3基祀られており、方位盤も据えられている。鳥居は駒ヶ岳製材所が昭和63年6月14日に奉納したものである。晴れていれば好展望の山頂と思われるが、残念ながらガスがかかり何も見えない。鞍部に引き返し次は真っ直ぐ横岳へ。馬の背と呼ばれる狭い岩稜を西から東Dsc09789へ越えていく。草に隠れる岩角に膝や脚をゴツゴツぶつける。稜線上でオニアザミ、ハクサンフウロ、タカネアオヤギソウ、シロバナトウチソウなどを見る。 結構険しい道であり、歩く人は少ない。下界は猛暑らしく時々熱風が吹き上げてくる。阿弥陀小屋分岐を左に見送り、9:05三等三角点がある横岳山頂(1,583m)に出る。国見コースへコマクサを見に行った静岡県から来た団体が戻ってくる。コマクサは株数が少なく大したことは無いらしい。一服した後阿弥陀小屋へ下る。9:00阿弥陀池東端に建つ避難小屋に着く。 隣に立つ公衆トイレは有料のチップ制で100円、Dsc09802避難小屋の利用も1回100円である。そこから岩礫を敷き詰めた道を辿って女目岳へ登る。9:40女目岳山頂(1,637m)に着く。一等三角点があるだけの小広い頂である。カゴメの野菜生活100を飲んでエネルギを補給する。9:50下山開始、辺りにトウゲブキが疎らに咲いている。阿弥陀池の南側を回り西端に出てから往路を戻る。団体さんが続々登ってくる。登山道が狭いのですれ違うのに苦労する。10:40片倉岳展望台(1,440m)、ここもガスで何も見えない。昼食には早いが黒いココアのランチパックを食べる。花に目を奪われたせいできのこは全く見つけられず仕舞い。11:15車に戻る。駐車場の車は大分減っている。次発のバスは11:50、そのバスと一緒に下る旨係員氏に申告する。バス停は既に長蛇の列、これは満席であろう。田沢湖めがけて一気に下り、湖畔の杜レストランORAEに立ち寄る。昼食に行者にんにくソーセージ入りレモンのパスタを注文し、12年ぶりに再会した専務取締役のK氏にアイスコーヒーをご馳走になる。申し訳ないので帰りに行者にんにくソーセージと地ビールを購入し、それを手土産に仙台へ帰る。盛岡ICから東北道に乗り、紫波SAと前沢SAで休憩し少し仮眠を取る。18:15榴ヶ岡のマンションに無事帰宅。

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