2009年8月15日(土)、歩程7時間30分、単独 ほぼ3箇月ぶりの山歩き、今夏初めて天気が安定したので、きのこ観察を兼ねて富士吉田駅からスバルライン五合目までを歩きに行く。4:30起床、家人にお握り5個を作ってもらい南柏駅まで送ってもらう。ホリデーパスを買い5:58の電車に乗る。いつものように新松戸、西国分寺、高尾で乗り換え、9:30富士吉田駅着。
お盆期間とあって電車は空いている。晴れの予報であったが富士山麓は曇っている。富士吉田駅の海抜は850m、五合目(標高2,300m)までとはいえ1,450mの標高差を登らねばならず、結構なアルバイトである。国道139号線を富士山へ向かって真っ直ぐ登っていく。道の両側には信仰登山華やかなりし頃の宿坊が並ぶ。東京豊松講社指定の小佐野家住宅(文久元年建築)のように、今では国重要文化財に指定されている宿坊もある。富士スバルラインが開通して以来、富士吉田から登拝する諸講も廃れた筈、今に残る宿坊はどうやって生計を立てているのであろう。そんな事を考えながら歩くうち、10:00富士浅間神社に着く。富士山の北口本宮だけあってさすがに立派な神社である。社殿の左右に富士太郎杉と富士夫婦檜が天を突いて聳え立つ。神社の由緒から推察すると、どちらも樹齢は800年ほどか。御祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、天津彦々火瓊々杵命(あまつひこひこほのににぎのみこと)、大山祇命(おほやまつみのみこと)の三柱である。お参りしてから拝殿横の石段に坐りお握りを2個食べる。そして社殿右手後の登拝道に入る。日本武尊が富士山を遥拝した蹟とされる大塚丘の先で右折、吉田口遊歩道に入る。
吉田口遊歩道は平成18年、諏訪の森を通る1.4㎞が通行可能となり馬返し迄遊歩道が繋がったもの、富士山の今後の世界遺産登録を意識して「富士山再発見の道」と名付けられている。 アカマツ交じりの雑木林はしっとりと湿っている。きのこ発生には最適の環境と思われるが、アセタケ属、オオホウライタケ、コウジタケ、ハチノスタケ、モリノカレバタケくらいしか見つからない。その代わりミヤマイチゴ(バライチゴ)が群生しており、その紅い実を食べて喉を潤しながら前進する。多くはないがクロイチゴもある。11:40中の茶屋(標高1,100m)、名物の蕎麦を食べることなく先を急ぐ。茶屋の傍らに「きのこの碑」なる石碑が建ててある。きのこ供養の為にきのこ愛好家有志が建てたものであろうか。中の茶屋を過ぎると漸くきのこの種類も多くなる。
クサハツ、モリノカレバタケ、ザラエノハラタケ、フクロツルタケ、キサマツモドキ、タマゴテングタケモドキ、ドクツルタケ、オキナクサハツ、トキイロヒラタケ、アワタケ、ワタカラカサタケ、キアシグロタケ、シロケシメジモドキなどが現れる。13:20漸く馬返し(標高1,450m)に着く。そこから先は「歴史の道百選」に選ばれている富士山吉田口登山道が始まる。登拝者は昭和の初めまでは馬で、1929~1964年の間はバスで馬返しまでやって来たという。左右に猿像が立つ石造鳥居をくぐると禊所跡に出る。人々がお祓いを受け身を清めた場所である。13:35幅広の登山道を緩く登って一合目(1,520m)の鈴原天照大神社に着く。そこにもお参りして先へ進むと、バライロウラベニイロガワリ、アカヤマドリ、テングタケ、ヒメカバイロタケ、クロハリタケ等が現れる。14:15二合目(1,700m)の富士御室浅間神社に着く。崩れかけた参籠所があるだけで、本殿は麓の勝山村に下ろされているが、富士山中で最初に建設された由緒ある神社とのこと。江戸時代、女性は此処止まりでこの先は女人禁制であったと云う。久し振りなので全くピッチが上らず、後続の登山者に次々追い抜かれる。立ち話をすると、富士吉田駅から五合目までを歩く人もあれば馬返しから山頂をピストンする人もいる。
下山してくる人は結構多く、殆どが馬返しから山頂を往復する豪の者、皆若い。ウラグロニガイグチ、フジウスタケ、クリカワヤシャイグチ、ミドリニガイグチ、カバイロツルタケなどの写真を撮っては一息入れるの繰り返し。14:50三合目(1,840m)の中食堂(三軒茶屋跡)に着く。江戸時代から茶屋(山小屋)があり見晴らしの良い所だったらしい。早朝に麓の上吉田を発ち、ここで昼食をとることが多かったので中食堂と呼ばれたもの、今はシラビソが大きく育ったため見晴らしは無く、茶屋も廃屋である。標高が上って大分涼しくはなったがバテバテのヘトヘト、小さな段差も脚が上らない。15:25やっと四合目(1,960m)の大黒天に出る。以前そこには一軒の茶屋があり、屋内に古くから大黒天像を祀っていたことから大黒屋或いは大黒小屋と呼ばれていたとのこと、
又、江戸時代には三合五勺といわれた所である。辺りはシラビソやコメツガ林、その林床は苔に覆われ、きのこには絶好の環境である。ベニテングタケ(黄色型)、クロハツモドキ、クロハリタケを見ながら進むと四合五勺(2,040m)の御座石に着く。時刻は既に15:50、休憩宿泊所(休業中)の左手に御座石と呼ばれる大岩が聳える。江戸時代以前は女性はここまで登ることが許されており、「女性禅定の追立」の場とされていた所である。ヤマイグチ、ハリガネオチバタケ、カラマツベニハナイグチ、フサクギタケなどを観察しながら前進を続けると、16:13五合目(2,120m)の中宮に着く。そこで見事な色合いのミヤマベニイグチを見つけたのがきのこ観察のフィナーレ。江戸時代には四軒の連続する山小屋があり、総称して中宮役場と呼
ばれていたとのこと、それぞれの小屋で登山者から山役銭(入山料)を徴収していたらしい。 中宮役場の先には江戸時代まで中宮社があり、浅間・大日・稲荷を祀っていたとのこと、今は申し訳程度の小社が建てて ある。16:30漸く車道(細野尾林道)に出て一服しお握りを食べる。車道を右に歩くと五合目の標柱(2,305m)が現れ、脇の石段を昇ると佐藤小屋の前に出る。居合わせた小屋の御主人に記念写真を撮ってもらう。17:10富士スバルライン五合目着、これで富士山吉田口を麓から山頂まで歩いたことになる。広場はこれから登る人、下山してきた人、五合目止まりの観光客が入り混じり大混雑、次の河口湖駅行きバスを確かめると17:55である。バス停にリュックを置き、無料休憩所へ行ってシャツを着替える。麓の駐車場行きのシャトルバスは沢山来るのに河口湖駅行きは1時間に1本のみ、お陰でバスは超満員である。それにしても往復2,000円、片道1,500円の料金設定には釈然としない。この路線が富士急山梨バスのドル箱であることは分るが・・・。河口湖駅の売店でお土産にふくじゅ芋を買い、19:14大月行きの電車に乗る。
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