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411.笹尾根

2008年4月29日(火)、歩程6時間、単独   晴、暑くもなし、寒くもなしの季節訪れる。7:40妻に南柏駅へ送ってもらう。新松戸、西国分寺、八王子、高尾で乗り換え、9:45上野原駅下車、駅前で10:25発の富士急山梨バス飯尾行きを待つ。Dsc06769 バスの客は10人ほど、イワウチワやヒカゲツツジの名所である坪山へ登るハイカーが多い。小菅へ通じる県道18号線は路幅が狭く、対向車と擦れ違うたびにひやひやする。11:18三頭山登山口の郷原下車、いきなり急傾斜の車道を登る。墓地の先で民家が途切れ、「西原峠・三頭山」の道標が建つ所から山道に入る。山里は今、サクラ、ヤマブキ、芝桜、サクラソウ、スズランなどの花盛り、山肌も色とりどりの新緑に覆われ美しい。まさに「山笑う」季節である。イノシシ避けのフェンスの扉をくぐると竹林で、 タケノコを掘った穴が幾つも開いている。Dsc06770道はひたすら登っていくが、昔の峠道だけに歩きやすい。イカリソウ、スミレ、チゴユリ、ヒトリシズカなどの花を見る。 辺りのミツバツツジは既に盛りを過ぎ散り花、傾斜が緩むと前方左に三頭山の大きな姿が見えてくる。12:16「奥多摩情話・つね泣き峠」の由来を示す看板が現れる。曰く、『奥多摩湖畔の川野に杉田入道平広重という城主が居り、ここの召し使い「おつね」と、程近い浄光院の僧「香蘭」とは、いつしか相愛の仲となった。ところが香蘭は山を越えた西原村の山寺「宝珠院」に移籍となり二人は別離の仲となった。おつねはある夜こっそり館を抜け出て恋人香蘭のもとを訪ねようと一人多摩川を渡り、はし沢の谷道を登り瀧坂付近にさしかかった時である。Dsc06772行く手にランランと両の目を輝かせてカッと大きな口をあけた「おいぬ様」が道の真ん中で苦しんでいた。突然のことにおつねは進むことも退くこともできず身の毛もよだつ恐ろしさに思わず立ちすくんだが何を思ったかこわごわながらも近寄っていった。見ればお犬の口の中にどうしたことか獲物の骨がささっていた。おつねが「おいぬ様、私にかみつかなければとってあげよう」というとおいぬは素直に頭を下げた。おつねは不安ながらその骨を取り除いてやるとおいぬ様はうれしげに尾をふって感謝の意を表した。以来、おつねの夜道の送り迎えを務めたという。さて、おつねは峠を越えて久々に香蘭に会い一夜の夢を楽しんだが雇われの身の悲しさ、つきぬ名残を惜しみつつ再び闇の山路を帰るのだった。やがて館のみえる峠にさしかかるころには東の空が白んで明けの鐘が遠く山々に流れていた。よよと泣きくずれるおつね、帰れば主人に叱られるはかない運命に道の端に立つお地蔵様にそっと手を合わせて切ない心にひたすら神の救いを祈るのだった。春がすぎ夏を送り冬の峠道を通うおつねの姿は痛ましく又あわれであった。後世、里人はこの峠を「つね泣き峠」と呼び、おつねの冥福を祈る碑が建った。Dsc06785今なお「香蘭、香蘭」とおつねの呼ぶ声が聞えてくるという。』、上野原町観光協会が設置したものである。確かに登山口の郷原に今でも「宝珠寺」があり、三頭山から奥多摩湖畔の川野に下る途中に、「オツネノ泣坂」や「橋沢」の地名が残る。但し、川野に浄光院という寺はもはや無いようである。女性の足で往復11時間の山道を一晩のうちに歩くのは不可能としても、語り継がれるだけの悲恋物語が事実あったのであろう。「ポポー、ポポー」と鳴くのはツツドリか、感じの良いミズナラ林が続く。12:36三頭山・数馬分岐に出て、右の数馬方面へ進む。 12:45西原峠に着く。15年前(1993年4月3日)に息子を連れて三頭山から下って来た時以来二度目の来訪である。その時は数馬へ下山してバスで武蔵五日市へ出たが、あれから随分時間が流れたものである。先ず槇寄山の山頂を踏むべく左へひと登り、12:52槇寄山(1188m)に着く。小広い山頂に三等三角点があり、丸太のベンチが数脚据えてある。南面が開けており、権現山の東西に長い山体が見渡せる。Dsc06798 西原峠に戻っていよいよ笹尾根の縦走にかかる。ちょうど稜線上は芽吹きの季節、樹種により若芽の形と色は千差万別である。山菜のハリギリやコシアブラの新芽を摘みながら、キブシやミツバツツジ、ヤマザクラが花盛りの尾根をのんびり進む。13:26田和峠、13:43数馬峠・上平峠、13:58浅間尾根登山口分岐、笹尾根にはたくさんの峠がある。一面の笹原を過ぎ、右がヒノキ林、左が雑木林の尾根を2段下りすると笛吹峠に出る。時刻は14:25、コースタイムを大きく超過している。峠には表に「大日」、裏に「百番塔」と刻まれた石碑が建ち、右に下れば山梨県上野原町の藤尾、左に降れば東京都檜原村の笛吹(うずしき)である。Dsc06808 14:40丸山頂上(1098m)、三等三角点峰である。なだらかで小広い山頂は木立に囲まれているため展望はいまいち。歩きやすい分単調な尾根でそろそろ飽きてくる。15:02小棡峠、笛吹への道を左に分ける。15:28土俵岳山頂(1005m)、やはり三等三角点峰でベンチが1脚置かれている。笹尾根上のピークはいずれもぱっとしない。15:41日原峠(900m)、日本山岳耐久レース24.7㎞の標柱が建つ。又お地蔵様も一体安置されている。そこからコブをひとつ越えた先の斜面で摘み頃のゼンマイ群生を見つける。ヤマウグイスカグラの花がまだ咲いている。Dsc06816 クサボケの花とともに橙色が山中では良く目立つ。更にひとコブ越えると漸く東屋が建つ浅間峠に出る。時刻は16:25と遅く生藤山まではちょっと無理、上川乗バス停へエスケープすることに決める。峠にはスギの巨樹に囲まれるように石祠が置かれ、銘を読むと明治26年(1893)4月3日の奉納と分る。そこからは関東ふれあいの道、よく整備されている。16:50鞘堂に納められた小祠、そこから先は丸太の急階段を一気に下り高度をぐんぐん下げる。車道へ出るとバス停までは0.5㎞、南秋川橋を渡ると間もなくの17:20、西東京バスの上川乗バス停に着く。次のバスは17:44、グッドタイミングである。なにせ1日6便しかなく、直前のバスが15:32、次の次は19:10である。18:20武蔵五日市駅前着、18:37の拝島行き電車に乗る。20:45帰宅。

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