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468.宝篋山(通称小田山)(極楽寺コース)

2011年5月25日(水)、歩程3時間半、単独   やっと五月晴れ訪れる。梅雨前の最後の好天と聞きDsc08727久し振りの山歩きに出る。8:25出発、行先は筑波山塊南端の宝篋山、5月12日の読売新聞夕刊の「みなみらんぼうの一歩二歩三歩」で紹介された山である。登山口までの距離は約50㎞、柏市(自宅)から最も近い山かも。一般道を走り、国道125号線の小田十字路を右折したところにある登山者用大駐車場(標高30m)に12:15到着、駐車場は水田を挟んで2箇所設けられており50台は駐められる。傍らの宝篋山小田休憩所に立ち寄りコース案内図をもらう。長閑なウグイスの鳴き声を聞きながら極楽寺 コースを進む。間もなく茨城県指定彫刻・石造地蔵菩薩立像が建つ所に出る。その辺り一帯は三村山清冷院極楽寺の遺址で現在の小字名も「尼寺入り」、かつては僧院や尼寺などの伽藍が数多建ち並んでいたのであろう。Dsc08733等身大(像高157㎝)の地蔵菩薩立像は正応二年(1289)の造立、仏龕奥壁の左右に、(右)「右為法界衆生平等利益也 檀那左衛門尉」、(左)「正應二年己丑十一月十日造立 勧進佛子阿浄」の銘文が刻まれているとのこと、俗に「湯地蔵」と呼ばれ、安産と母乳の出にご利益あるお地蔵様として地元小田の人々により大事に護られてきたようである。本像は鎌倉時代後期の在銘地蔵菩薩像として、また屋蓋付の石龕におさまる完好の遺物として、美術工芸史的にも極めて重要な作品であるらしい。水ぬるむ田んぼには孵化したばかりのオタマジャクシが群れ泳ぎ、ほのぼのとした風情が漂う。12:45極楽寺奥ノ院と伝わる五輪塔(地輪・水輪・火輪・風輪・空輪から成る供養塔)の前に出る。花崗岩製で同じく鎌倉時代後期の造立、総高277㎝、均整が取れた力強い作品である。沢伝いに緑陰の道を緩く登っていく。慈悲の滝、 五条の滝、こころの滝、白滝などと名付けられた小滝が次々に現れる。まあ、いずれも名前を付けるほどの奔湍ではない。スギの倒木にマツオウジの幼菌を見る。Dsc08753沢を何度か渡り返し徐々に高度を上げてゆく。13:15太郎コブシの前に出る。山中に500本以上あるというコブシの中で最大のもの、樹齢は二、三百年くらいか、見事な大樹である。登山道沿いの木々の幹には樹木名のプレートが沢山掛けられており、筑波山の自然研究路以上に勉強になる。ホオノキ、ウワミズザクラ、ヤブツバキ、ヤマザクラ、ウグイスカグラ、コブシ、コナラ、ジャケツイバラ、エゴノキ、ヒイラギ、ネズミサシ、コバノガマズミ、ケカマツカ、マルバアオダモ、アオハダ、ネジキ、ナツハゼ、イヌザンショウ、ヤマツツジ、オオバヤシャブシ、アオキ、クマシデ、ヤマボウシ、キブシ、イヌシデ、ヒサカキなどなど、林床にはフユイチゴが多い。倒木にクヌギタケ属のきのこを見る。上を向いたり下を向いたりと実に忙しい。太郎コブシの少し先で沢と離れ右へ巻く。草地はタツナミソウの花盛り、キイチゴ(ヒメバライチゴ?)の実を口に含みリフレッシュ。防御堀跡を過ぎると史跡宝篋峰城址の道標が現れる。道標に従い右道へ入ってみたが藪 の中で立ち往生、山城跡がどこか分らない。バイオトイレと放置車輌(VWヴィートル)があるDsc08766広場から右にひと登りすると宝篋山山頂(標高461m)に着く。時刻は14:10、山頂には山名の由来となった立派な宝篋印塔が置かれている。2ヶ月前の東日本大震災の影響か、天頂部が落下し本体も芯がズレているが。傍らに三等?三角点がある(角が欠けており?)。目の前に筑波山が双耳峰を見せて横たわり、反対側には霞ヶ浦の灰色の湖面も見渡せる。但し、今日は霞 が かかり遠方の山の眺望は得られない。国交省関東地方整備局が選定した関東の富士見百景(地点名:つくば市小田 宝鏡山)に選ばれているのに残念!、まあ又来れば良い。国交省の巨大電波塔、各テレビ局共用の筑波宝篋テレビ放送固定局、NHK筑波テレビ中継放送所などがある山頂は、まるで電波塔銀座の様相を呈しており興醒めである。然しながら、その点に目を瞑れば山中の自然度は結構高いし、筑波山よりは遥かに静かだし、Dsc08815_2登山コースも幾通りかあるしで、なかなか良い山である。14:40下山開始、帰りは小田城コースを辿る。14:45おみさらし(水源)に寄り道、 湧出量はチョロ チョロで飲むのは躊躇らわれる。水源附近にはモミジガサの群生があり、(オオ)ナルコユリやフタリシズカも見られる。ウグイスカグラのルビーのような実を見つけ頬張ると仄かに甘い。七曲りを迂回する大峰平展望所への道を辿り、やがて中世城の道の分岐点に出る。小田休憩所への近道である中世城の道に入ると、間もなく舟ガ城跡や前山城址が現れる。要害展望所を経て16:00大師堂の前に出る。弘法大師を祀る小御堂が八箇所と参籠所と思われる建物があり、金比羅大権現などの石碑ならびに多数の石仏像が建ち並ぶ。石碑の銘から明治時代以降のものと思われるが、今はお参りする人もお籠もりする人もないようで荒れている。16:10駐車場の車に戻る。一般道を使い直帰、18:20帰宅。

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