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486. 宝篋山(小田城コース)

2012年1月3日(火)、歩程3時間、単独   今年初めての山登りに10:00出発、行先は柏から最も近い宝篋山(ほうきょうさん)。一般道を走り途中給油して、11:30宝篋山小田休憩所駐車場着。すっかり人気のDsc03120山となり広い駐車場が県内外の車で一杯、もう下山して来る人がいる。先ず国指定史跡の小田城址へ。 小田城は常陸守護小田氏の居城として12世紀末に築かれ、慶長七年(1602)廃城になる迄約400年続いた中世平城、その間の1338年から1341年には南朝方重臣の北畠親房(きたばたけちかふさ)が滞在し「神皇正統記(じんのうしょうとうき)」を執筆するなど関東地方南朝方の一大拠点だった所である。12:00小田城址着、現在つくば市が歴史公園として整備を進めており、芝を養生するためのブルーシートが掛けられている。小田城址碑と忠魂碑が建つ小高い丘に上ると筑波山と宝鏡山が見渡せる。一隅に鎌倉時代のものと思われる立派な五輪塔も建つ。Dsc03136_2 この辺りには歴史を物語る石造物が実に多い。国道125号線の小田城コース登山口に戻る。入口に山頂迄2.9㎞の小標識が立つ。 八幡神社を素通りし、その先の愛宕神社(火伏せ・防火の神様)にお参りする。御神体は拝殿後ろの大岩らしい。拝殿前の崩れた常夜燈の奉納年は嘉永四辛亥歳(1851)四月吉日と読める。社名碑は小田字富岡の木村幸三郎氏と結束芳一郎氏の寄進、平成元年一月のことである。12:30中世城の道分岐、そこから先は去年の5月に下りに使った道である。このコースが昔からメインの登拝道、良く踏まれており歩きやすい。堂平附近は暫らく平坦路が続く。地名から御堂があった処と思われる。13:00大峰平展望台分岐、その上の七曲りを登り切り下浅間社に立ち寄る。Dsc03148石碑は相変わらず倒れたままである。13:22おみざらし(水場、体を清める沐浴場かも)分岐。13:30山頂(標高461m)に着く。三度目の登頂になるが今回が一番眺めが良い。西側は筑波山の左に男体山、皇海山、袈裟丸山、赤城山が見える。 南には富士山とその手前にさいたま新都心の高層ビルが10本ばかり、その左に東京都心の高層ビル群と東京スカイツリーがばっちり、東側には雪入山塊と霞ヶ浦から太平洋までくっきり。今日は筑波下ろしが強いせいで空気が澄んでいる。山頂の宝篋印塔には新年らしく紙垂(しで)が飾られ、新しいサカキが供えられている。寒いので10分ほどで下山、帰りは極楽寺コースを下る。山頂直下のバイオトイレはすこぶる清潔、誰が管理しているのか頭が下がる。こぶしの森コースに回り元禄こぶしを見物、目通りの位置で幹が二股に分かれた大きなコブシである。山中では太郎こぶしに次ぐコブシの大樹、元禄と名乗るからには樹齢が三百年を越えるのであろう。山口から田圃道に出て県文化財の件のお地蔵様(正応二年(1289)建立)に挨拶、14:40駐車場に戻る。休憩所の募金箱に100円を志納し14:55出発、国道6号線の渋滞に巻き込まれるも17:00帰宅。   

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