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519. 嵯峨山

2014年1月12日(日)、歩程3時間、同行妻   今年二回目の山歩きも南房総の里山、今の時期スイセンの香りが辺り一面に漂うという鋸南町の嵯峨山へ。9:10出発、千葉北ICから高速に乗り館山道を鋸Dsc07166南・保田ICまで走る。県道34号線に下りて小保田バス停を左折、道幅の狭い車道を上がって行く。11:40山畑脇にスペースを見つけ駐車(標高約30m)。山の南斜面や畑、土手には一面に水仙が植えられているが、正月用出荷の最盛期が終わったせいか花は少ない。下貫沢に架かる橋を渡り先へ進むと登山者用駐車場らしき広場がある。駐車スペースは5~7台分ほど、簡易トイレも設置してある。その先の畑に小さな道標が立ち、「嵯峨山山頂50分、小保田バス停20分」 とある。荒れた竹林に入り、丸木橋で沢を渡る。シャガが群生する斜面を登りきり、Dsc07170右手に水仙畑が広がる道を行くと仄かに花の香りが漂う。下山してくる登山者と次々にすれ違う。合計で20人ほど、スタイリッシュに決めた山ガールや若いカップルが多い。抉られて堀のようになった登山道をじぐざぐに登っていく。12:30郡界尾根(標高195m)に登りつく。左に「鋸山」の道標があるが、途中大規模採石で尾根が消滅した箇所があり縦走は困難らしい。かすかな踏み跡程度で確かに道ははっきりしない。妻は久しぶりの山歩きでまったく調子が上がらず度々大休止。後から追いつくというので小保田峠(標高245m)で休ませ、ひとり先に進む。峠から右にロープ頼りにDsc07175
斜面を登りきり、蟻の戸渡りのような瘠せ尾根を過ぎると石碑が建つピーク(標高295m)に着く。南斜面は一面の水仙畑、ここがいわゆる水仙ピークのようである。石碑の文字は磨滅しており判読困難。更に稜線を進むと、ひと登りで三等三角点が置かれた嵯峨山山頂(標高315.5m)に出る。時刻は13:05、常緑樹に囲まれた山頂は木立の間から僅かに鋸山が覗く程度で展望は良くない。少し先に金平神社が祀られた展望所があり、そこからは北西面が開け、上総湊、富津岬、東京湾観音、東京湾、房総丘陵の山々の眺めを楽しむことが出来る。金平神社の小祠と石碑は北麓に住む釜ノDsc07179台集落の山野木平右衛門氏の奉納、祭士 吉原米吉、明治三十一年(1898)旧十一月十日建立の銘が刻まれている。妻を迎えに行き再び山頂に戻った時は13:30、帰りは壊れかけた道標に従い釜ノ台・小保田方面へ下る。北の稜線を辿り、少し先で右の下山路に入る。北面の杉林の林床にはシダとフユイチゴが群生している。山頂の石碑にあった山野木氏の一族の墓地(標高235m)の前を通り、民家の脇から農道に降り立つ。辺りはミカン(夏みかん?) 畑と水仙畑であるが手入れがされないままに荒びが目立つ。釜ノ台は房総丘陵の山襞に隠れた桃源郷のような地区であるが、Dsc07194過疎化が進み廃屋か無住と思われる家が多い。同じような状況に追い詰められている限界集落が恐らく房総丘陵には沢山存在するであろう。道標に導かれて左へ左へと下って、幅広の立派な車道に出ると間もなく、左へ斜上する急階段が取り付けられている。小保田へ戻るにはこの道を登り上げるしかなし、気を取り直して「七曲り」と名付けられた急坂をじぐざぐに上り返す。14:25見覚えのある小保田峠に出る。そこからは元来た道を慎重に下る。14:40登山口駐車場、もはや1台の車もない。15:00車に戻る。帰路、道の駅きょなんに隣接する菱川師宣記念館と、富津岬近くの大坪山に建つ東京湾観音に立ち寄り、19:45無事帰宅。本日の走行距離225㎞。

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