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520. 大日山・宝篋山

2014年1月25日(土)、歩程3時間、単独   今年三回目の山行も南房総の里山、旧三芳村(現南房総市)にある大日山へ登りに行く。9:30出発。千葉北IC手前のガソリンスタンドで給油して高速に乗り、鋸南・富山IC迄走る。13:10増間(上組)の大日山遊歩道駐車場(標高70m)着。立派な水洗トイレと7台分の駐車スペースがあり、大型バスも2、3台は入る。現に1台駐まっている。遊歩道案内図を写真に納めようとしてデジカメを忘れてきたことに気付く。やれやれ大失態!、気を取り直して浄水場脇の林道増間線(増間七滝遊歩道)に入る。直ぐ先で左折してまずは日枝神社にお参り。祭神は大山咋命(おおやまぐいのみこと)、昭和32年に増間地区15社を合祀したとのこと、「日枝神社の御神的(おまと)神事」は県指定の民俗資料に登録されている。元正天皇の頃(715-723)を起源とする神事らしく、増間には平家落人集落の伝説が残る。境内には社殿の前に3本、後ろに2本、南房総市天然記念物の「増間日枝神社の大杉群五樹」が聳えている。樹齢は300~500年くらいか。13:35増間ダム(標高105m)、用水池ほどの小さなダムである。そこから先は未舗装の林道に変るが、FITでも走れそうなほど平坦に踏み固めてある。林道走りマニアのラフロードバイク2台とすれ違う。13:55前蔵引(まえぞうびき)の滝(標高135m)、七滝中最初の滝は落差9.2m、毎年3月1日に行われる御神的神事の射手の氏子2名が斎戒水垢離する滝と説明がある。滝の傍に下りてみると小沢にかかる小滝、冬場の今は水量が少なく水垢離など出来そうもない。直ぐ上に2番目の後蔵引(あとぞうびき)の滝があり、3~7番目の滝は林道が渓から離れてしまうので見ることが出来ない。14:05T字路(160m)に出る。右の坊滝・大日山へ続く林道は、「この先小崩落多数あり」の看板(千葉県南部林業事務所)が掛かり車両通行止め、確かに道幅は狭くなるが軽の四駆やバイクなら通れる。14:15坊滝入り口(標高190m)に着く。坊滝の呼び名は、大日山の中腹東南側台地上にあった閻魔寺のお坊さんが修験の水垢離をしたことに由来する。閻魔寺は元禄十六年(1703)の関東大地震で倒壊してしまった由。長い階段を滝壺へ降りる。落差33m、水量は少ないが見上げるような大岩の上からさらさらと流下する。増間川に懸かる滝の中では一番立派なもの、一見の価値はある。滝壺に大勢のハイカーが下りてくる。千葉県内の各地からバスハイクでやって来た山ガールと山ボーイが30名余、案内役も付いている。坊滝入り口の先で右側に架かる太鼓橋を渡って大日山遊歩道に入る。「山頂迄540m」の道標が立つ所から偽木の丸太階段を直登、14:30尾根上(標高260m)に上る。遊歩道の整備は行き届いており、三芳村の管理は完璧、頭が下がる。杉木立越しに大日山と宝篋山の山頂が覗く。最後は又も200mの長く緩い階段、14:40大日山山頂(333.3m)に出る。岩窟に石製大日如来坐像が安置してあり、左側に大日如来の石碑が2基奉納してある。内1基の銘は「安永六丁酉年(1776)六月吉日 上組中」と読める。又、説明板によると大日如来像も増間区民により安永六年に祀られたとのこと、石碑の1基と一緒に安置されたものかもしれぬ。大日如来像の印相は知拳印なので金剛界大日如来と分かる。他には例の「房州低名山」の山名板と四等三角点がある。眺望はぴか一、館山湾、洲崎、大島、富士山、鋸山、富山などが良く見える。南風がゴーゴーと鳴り始め天気は下り坂であるが、もう一山と宝篋山の縦走路へ進む。杉林の中の道は良く踏まれている。一旦下って登り返し、慰霊碑が建つピークをすぎると間もなく宝篋山のなだらかな山頂(標高337m)に出る。四角柱の墓石のような宝篋印塔がひっそりと建ち、カシの大木が鬱蒼と茂る山頂には三角点や山名板は置かれていない。縦走路は更に先日登った御殿山へと延びているが、今日は此処までと林道に下山する右の道に入る。馬頭観音像(標高305m)の前を通り、見覚えのある林道に出る。林道をどしどし下ると15:30畑集落(105m)、そこから県道を増間までてくてく歩く。16:00漸く車に戻る。帰りは一般道、410号線から君津へ出て、木更津、袖ケ浦、市原、千葉と16号線を走る。20:10帰宅、走行距離255㎞。

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