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546. 八瓶山・花香月山

2015年3月6日(金)、歩程4時間、単独   前回に続き茨城県城里町の低山、八瓶山(やつDsc07673がめさん)と花香月山(はなかりさん、又はハナカゲツサン)に登りに行く。9:10出発、カーナビ目的地に登山口近くの徳蔵寺をセットすると一般道で91㎞。途中、牛久市内の事故渋滞に巻き込まれ30分以上ロス。12:25漸く徳蔵寺境内に到着。真言宗智山派の寺院で約800年前の開創、弘法大師霊場・徳蔵(とくら)大師として知られる、この辺りでは有名な古刹の様である。観音堂と大師堂にお参りしてから八瓶山登山口に移動。12:50登山口の少し先、大谷原川に架かる中山1号橋の袂の路肩スペース(標高165m)にハスラーを駐める。リュックは車の中に置いたまま、ステッキだけ持って空身で登る。廃屋Dsc07664の左脇から入り雑木林の中の直登、全く弛みのない急坂が山頂まで続く。最後はヒノキ植林地の登り、傾斜も少し緩む。山頂直下に石祠があり、銘は「寛文九年己酉(1669)九月吉祥 市原村 江幡監物近吉造」と読める。350年も前の古い祠である。13:30八瓶山山頂(標高345m)に着く。山頂は狭く、ヒノキに囲まれ展望はない。三等三角点と、文政二己卯年(1819)奉納の再興八瓶供養塔が建ち、8個の蓋つき瓶が埋めてある。弘法大師伝説はともかく、この辺りでは姿が目立つので雨乞いの山とされたのであろう。コウヤクタケ科のきのこ写真を撮りなDsc07679ら慎重に下山、13:50車に戻る。次は最奥の倉見集落へ移動、花香月山山頂に続く林道入り口の路肩スペース(標高185m)に駐車。5、6台は十分駐められる。林道入り口には鍵がかかったゲートが設けられ一般車の侵入は禁止、その傍らに4基の供養塔が並ぶ。左から、「十九夜念佛供養塔 天明戊申歳(1788)十月大吉日 講中敬白」、「奉供養二十三夜勢至菩薩 明和三丙戌歳(1766)十一月××」、「卍奉×西国秩父坂東×安楽所 明和××」、「奉供養西国秩父坂東国家安穏 明治廿一年(1888)子旧十一月七日」。ゲートの脇を通り舗装林道を淡々と上がってDsc07701行く。何の情趣もない。前方に山頂の電波塔が見え、次第に近づき大きくなる。14:40山頂直下のNTT無線中継所と東電電波塔との分岐(標高360m)に着く。そこは、左のNTT電波塔へ進み、ぐるりを取り囲む金網フェンスを時計回りに進むと、直ぐに鶏足山からの県境縦走路に出合う。4分の3周した所に山頂への上り口があり雑木林をひと登り、14:55花香月山山頂(標高378m)に着く。三等三角点と立木に3枚の山名板が掛かる。このまま往路を戻るのでは面白味がないので周回コースを採ることにし、県境尾根の1本右、北東に仲郷へ下る破線路に入る。東電電波塔までは明瞭Dsc07705な道が付いているが、右横から後ろへ回り込むと踏み跡もなくなり低木が煩い藪尾根に変る。最早歩く人が居ないのかテープやペンキ等の目印は一切無く、GPS頼りで破線路を踏み外さないように降りて行く。やがて雑木林からヒノキ植林地にさしかかり幾分歩き易くなる。昔は作業道か登山道が付いていたのであろうが今はケモノ道程度、小枝がうるさい。15:30標高230mで林道(京内細本線)に下りつきほっと一息、林野庁の境界見出標を拾いながらどしどし下って行く。林道脇はゴミ捨て場、日本人も行儀が悪くなったものである。やっと田んぼと民家が見えてきて15:55仲郷に着Dsc07713く。そこから岩下目指して峠越え、御嶽山(標高267m)と232m峰の間を抜ける。ヒノキ林の中に打ち捨てられたシイタケ栽培ほた木が累々、原発事故の影響は此の地でも大きい。16:15岩下集落、この辺りかつては桃源郷の様な暮らしであったろうが、今は無住の家が目立ち、過疎化・高齢化が進んでいる。塩子川に沿って車道をテクテク、切通し橋の畔に立つ13体の石仏を見て、新滝の沢橋、新長石橋を渡る。ちょうど山の端に陽が沈む16:50、漸く駐車地に戻る。帰りも一般道を走り20:10帰宅。走行距離200㎞。

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