633. ワイナピチュ(Wayna Picchu)

2019年6月25日(火)、歩程4時間(遺跡入り口起終点)、同行:添乗員A氏、現地ガイドNさん、ツアーメンバー10名の計12名   3:30起床。ホテルEL MAPIのレP6250455 ストランは山の宿らしく4時オープン、4:10~4:50朝食をとる。フルーツを中心にハム、ソーセージ、カステラ、茹で卵も食べ、ジュースとコーヒーを飲 む。行動食なので少しづつ、腹八分目。部屋に戻り、髭を剃り、日焼け止めを塗って、更に皮膚の露出部に虫除けスプレーを入念に噴霧、冬季はブヨが湧くとのこと。現地で虫除けを噴霧すれば済む話だが、山に棲む蝶などへの配慮らしく、ホテルの部屋で虫除けを塗ってくるようにとの現地ガイドN嬢の指示。出発前に梅干し1個を食べ、リポビタンゴールドを1本飲む。6:00ロビー集合、添乗員のA氏に「自己責任登山誓約書」を提出してから、歩いて5分のシャトルバス乗り場へ。川沿い、橋の畔のバス乗り場に着き、「7:00」と書かれた看板の前に並ぶ。すでに長蛇の列、あちこちから鶏の時を告げる声が挙がる。N嬢はバスの乗車整理係と懇意とみえ、秘かにチップを渡すと見るや、先に並んでいた観光客をごぼう抜きして、ずうっと前に案内され、6:35早々とバスに乗車。出発前にホテルで渡された名前とパスポート番号入りの往復チケット(料金24ドル)を提示し、係員にスタンプを押してもらう。定員30人の中P6250464_20190722111301 型バスは、右下にウルバンバ川の渓谷を見下ろしながら、未舗装の林道をじぐざぐに上っていく。先発したバスが次々に下りて来る。7:00マチュピチュ遺 跡入り口(標高2460m)到着。先ず入り口の有料トイレ(2ソル=70円)で用を足す。遺跡の中にはトイレがないとのこと、これから行動時間が3、4時間あるというのに厳しいね。名前とパスポート番号入りの「7:00」の個人入場券とパスポートを提示し遺跡内に入場、入場料は遺跡入場料152ソルとワイナピチュ入山料48ソルを足して200ソル(=7,000円)、ペルー人は半額。遺跡の北端にあるワイナピチュ登山口までほぼ平坦な一方通行の道を行く。マチュピチュ遺跡の背後に大きく聳えるワイナピチュが次第に近づいてくる。傾斜はかなり急、あの山頂までどんな登山道が付いているのか、本当に登れるのか。好天、今は冬季と云うが2400mの高地でも寒くはない。雨具の上衣、チョッキ、登山シャツでちょうど良い。7:40登山口P6250476_20190722143801 の管理小屋(標高2460m)に着いて、先ほどの入場券を提示し、2冊ある登山者ノートの片方に名前、男女の別、年齢、国籍、入場時刻を記入する。妻は100番、自分は121番と、ノートの記名欄と同じ番号を付された入場券が戻ってくる。ノートに記された同行のツアーメンバーの年齢を覗くと、何と自分が最高齢!、外見風貌から推察するに数人は確実に自分より年上と踏んでいたのに「マジですか?!」、それはともかく、現在のワイナピチュ登山は入山者数が厳しく制限されており、1日の合計が400人、第一グループは7:00-8:00の入場で200人、第二グループは10:00-11:00の入場で200人とのこと。管理小屋入り口の案内板によると、ワイナピチュ(標高2682m)登山の所要時間はピストン往復で2時間、周回コースは4時間とあり、手前の小山Huchuy Picchu(標高2496m)の往復なら45分。N嬢が先頭、A氏が後詰の体制で登山道に入り、アップダウンのある山道を歩き始める。10分ほどでHuchuy Picchuの分岐にさしかかったが、そこで妻はギブアップ、今日は体調P6250487 が悪いので(多分軽い高山病?)ワイナピチュ登山は諦め、午後の遺跡観光に備えたいとのこと、A氏の諒解を取り、我々が下りて来るまで管理小屋に戻って待機してもらうことに。7:55ワイナピチュ根元の最低鞍部(標高2440m)、そこから急傾斜の石段道に変わる。山側に所々ワイヤロープの手摺りが後付けしてあるが、石段そのものは殆どが昔のオリジナル、よくもこんな稜線に道を設けたものとインカの土木技術に感心する。高度を稼ぐにつれて周辺の雪嶺が見えてくる。Nさんの説明ではビルカバンバ山群の盟主サルカンタイ山(Sal cantay:6271m)とのこと。房総の鋸山の一等三角点へ上る石段道と甲乙つけがたい胸突き八丁・心臓破りの急傾斜の石段が続く。しかも、標高が高い分、空気(酸素)が薄いし、石段の踏み代も狭いしで、難度はずっと高い。標高2500m、標高2565m、Nさ んは弛(たる)みにさしかかる都度休憩を入れてくれる。下界にウルバンバ川の深い渓谷、遺跡後背にマチュピチュ山(標高3082m)、そしてマチュピチュ山とワイナピチュ山との尾根上鞍部に横たわる空中都市の全貌が見えてくP6250514 る。マチュピチュ山への登頂も可能で、ワイナピチュよりは厳しく、登り2時間に下り1時間かかる由、マチュピチュ登山はワイナピチュ登山より人気がなく、入山料は同額だが人数制限はないとのこと。米国のカリフォルニアからやってきた三世代家族と抜きつ抜かれつ、励ましあいながら相前後して進む。その中に79歳と78歳のご夫婦が居り達者なもの、またNさんがこれ迄案内した日本人の最高齢は85歳男性とのことで、私が弱音を吐くわけにはいきません。幸いブヨなど毒虫の類はいない。8:40標高2620m、段々畑が現れる。畑の水平な棚 面に入って一服、マチュピチュ遺跡を俯瞰する。遺跡は飛翔するコンドルの形に見える!。その先はワイヤロープも付いてない急で狭い石段、四つん這いになって這い登る。神殿か神官の家らしき石室(標高2650m)に辿り着きほっと一息、直ぐ上に山頂が見える。段々畑や神殿の存在から、ワイナピチュもマチュピチュ遺跡の一部であることが分かる。さらに急階段を登って上の小広場に出ると、「MONTANA WAYNAPICCHU ALTITUD:2667.58msnm」の標識が建つ。三角点はないし最高地点でもない?。其処から裏へ回り込むようにひと登りで、筑波山(女体山) 山頂のような大岩が積み重なる山頂(標高2682m)に出る。時刻はジャP6250527_20190723071101 スト9:00、遺跡入り口から2時間、登山口管理小屋からは1時間20分で到達。標高だけ見れば、富士山の五合目から七合目まで登る感じで、標 高差も240m程度だが、傾斜がきつく息が抜けない分、結構厳しい。山頂は狭く大岩に上がるのは順番待ち、5人位しか一時に上がれない。9:20下山開始、帰路は山頂部を巡るコースに進み、胎内くぐりのような狭い岩穴をくぐり、遺跡全体を俯瞰する展望台に出る。遺跡入り口へ上ってくるシャトルバスのじぐざぐの林道が見え、その左上にはインティプンク(Intipunku:太陽の門)から遺跡へ下ってくるインカ道が認められる。展望台の先で往路の登山道に復帰し、急な石段を慎重に下る。小さな花が咲いている。ワラビそっくりのシダ植物もある。Nさんの話では、年間を通して花は咲き、乾季と雨季に咲く花に分かれる由、熱帯なのでランの花が多いらしい。Nさんは今年4回目のワイナピチュ登山、これ迄少なくとも150回は登っているとのこと、ギネスブックものだねと感心したら、現地ガイドの中には殆ど毎日登っている人も居るとか。10:35全員無事管理小屋に下山、管理小屋起終点だと休憩時間も含め往復3時間の歩程。朝の登山者名簿の自分の欄に退出時刻を記入してゲートの外に出る。妻とも無事合流、元気を回復し、ゲート付近の聖なる石「Roca Sagrada」や石造りの神殿など見学していたとの事、何はともあれワイナピチュ登山は無事終了。

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622. 四姑娘山・海子溝(入口~朝山坪)

2018年7月10日(火)、歩程6時間、同行添乗員Tさん&現地ガイド姜氏&ツアーメンバー13名、計15名   6:30起床、ミネラルウォーターを沸かして日本茶とコーヒーを飲む。髭をそって日焼け止めを塗る。少し動くだけで息切P7100171れするので、意識してゆっくりした動作を心掛ける。全員が揃って1階の食堂で朝食(7:30-8:00)、お粥と茹で卵を食べる。4階の部屋に戻るのに階段昇りで早や息切れ。右肩痛の痛み止めを飲んでから登山靴に履き替えスパッツを巻く。昼のお弁当(バナナ、茹で卵、ソーセージ、クラッカー、ヨーグルト)をもらい9:00出発、曇天。今日は四姑娘山(すーぐーにゃんさん)へ通じる登山道がある海子溝のとっかかり部分で花見ハイキング。昨日、巴朗山峠から下ってきた道を戻り、10分ほど走った橋の袂(標高3280m)でバスを降りる。橋を渡り広場から木製階段をひとP7100316登りすると真新しいチケットセンターが建ちゲートがある。ここまで上がるだけで息切れと動悸激しく既に一杯、一杯、同行メンバーは自分と同年配の六十台、七十台と思われるが皆頗る元気、花の写真を撮りまくっている。入山料は旺季(ピークシーズン:4月1日~11月30日)1人60元(1.100円)、子供料金やシニア割引はない。道は登山道と云うよりは、四姑娘山第一峰・大峰(標高5025m)の登山基地へテントや食料などの荷物を運ぶ馬道で、人も乗馬することができる。道端の花やきのこの写真を撮りながらゆっくりゆっくり進む。傾斜は緩いが身体にはきP7100218つい。野イチゴを口に含みリフレッシュしながら登るが、とうとう皆に置いて行かれて最後尾。10:45ようやく斎戒坪(標高3440m)と名付けられた稜線に上り着き、視界が一気に開ける。そこは谷川岳の肩の広場のような高原のお花畑、各種高山植物が百花繚乱、今を盛りと妍を競い合う。特に多いのはタデ科イブキトラノオの仲間、草原を白く染め上げる。そこで30分の大休止、早くも弁当を広げる人が居る。この先尾根通しに進めば、途中ベースキャンプ地に1泊し、大峰に登頂することができる。今日は雲に隠れて、大峰は無論、二峰(5276m)、三峰(5664m)、主峰四姑娘山P7100229(6250m)のいずれも拝めない。我々の他には中国人登山者が数人やってきただけで、時折荷物運びの馬と馬方が通るだけ。実利を尊ぶ中国人には高山植物を愛でる風習はないようで、お花畑でキャーキャー、ワーワー騒いでいるのは日本人ばかり。斎戒坪から先は希望者のみの自由散策、今日は調子が全く上向かないので引き返すことも考えたが、メンバーのおひとりから頂いた米屋の羊羹を齧ると元気が出たので更に上へ。花ときのこの写真を撮りながら、再び最後尾を休み休み登って行く。右側の谷に続く草地斜面の下方で羊の群れが草を食んでいる。時には尾根に上って来るのP7100289か、粒状の黒い糞があちこちに散在、馬道には馬の糞もぼこぼこ。若干雲が切れて行く手の高山にかかる雪渓が幾筋か見えてくる。山頂は隠れたままだが、主峰の四姑娘山らしい。12:00鍋庄坪(標高3554m)到着、そこも斎戒坪と同じく尾根上の草原広場、雨が落ちてくる。バナナを食べてから酸素を吸ってリフレッシュ、もう一段上の最終目的地・朝山坪へ向かう。12:45仏塔にタルチョがはためく朝山坪(標高3610m)到着、メンバー14名中そこまで登ったのは9名、記念写真を撮って引き返す。13:05鍋庄坪、13:50斎戒坪、14:45チケットセンター、帰りは楽勝、15:10バスに戻る。標高差300m余、往復距離6~7㎞の初級ハイキングに6時間もかかり、15:35新四姑娘山荘に無事帰着。お疲れ様。

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529. ヴァリスハイキング(ロートホルン~スネガ)

2014年8月4日(月)、歩程4時間、同行妻   宿泊先のホテル・エリートを8:00出発、軽登山靴で足元を固め、雨具と食料の入ったリュックサックを背負う。テーシュ駅からシャトル電車でツェルマットへ。ツェルマットからケーブルカーに乗り、スネガ展望台(標高2288m)Dsc01439に上る。ライ湖に映る逆さマッターホルンや高山植物の花々を眺めた後、ツアーメンバー全員がレストランのテラス席に集合しティータイム、自分はコーヒーを、家人は紅茶を飲む。10:30解散、以降自由行動になったので、ロートホルンへ上がってそこから3つの湖経由スネガまで下るコースを歩くことに。ケーブル駅舎の裏手から6人乗りゴンドラに乗ってまず中間駅のブラウヘルト(標高2571m)へ。そこでロートホルンへの片道切符を購入し150人乗りロープウェイに乗り継ぐ。ゴンドラとロープウェイ代を併せた料金はひとり28スイスフラン(約3,300円)、高度差800mを稼ぐだけにしては高Dsc01456い!。11:12 ロートホルン(標高3103m)に到着、目の前にスイス最高峰のモンテローザ(4634m)を盟主とするヴァリスアルプスの4000m峰が屏風のように聳え立つ。左から右に、モンテローザ、リースカム(4527m)、カストール(4228m)、ポルックス(4092m)、ブライトホルン(4159m)、クラインマッターホルン(3883m)、マッターホルン(4478m)。Wunderbar!、万年雪を頂く白銀の峰々は神々しい。凄い景色であり、素晴らしい眺めである。レストラン・ロートホルンのテラスに並べられた椅子に掛け暫らくの間山座同定。雄大なフィンデルン氷河の全景も眺めることができる。11:30マッターホルンに雲がかかり始めたのを契機に、名残惜しいが下山にかかる。先ずはオーバーロートホルンとフィンデルン氷河へ向かって柵沿Dsc01491いに下る。ガレ場にへばりつくように生える高山植物が次々に現れ、花の写真撮影に大忙し。ムラサキ科のエリトリキウム・ナヌム、リンドウ科のゲンティアナ・オルビクラリス、ユキノシタ科のサクシフラガ・オポジティフォリア、アブラナ科のビスクテラ・ラエビガタ、ナデシコ科のシレネ・エクスカパ、キク科のレオントポディウム・ロートホルン(俗に云うエーデルワイス)、ゴマノハグサ科のエウフラシア・ロストコビアナ(コゴメグサの仲間)、キク科のレウカンテモプシス・アルピナ(マーガレットの仲間)、ナデシコ科のケラスティウム・ウニフロム(ミミナグサの仲間)など。花好きには堪らない。特に、殆ど野生の姿を見ることは難しいと云われるエーデルワイスに出逢え大感激。12:00 Furggji(標高2981m)に出る。道Dsc01498標に、左Tufterenへ1時間55分、右シュテリ湖50分・スネガ1時間55分とある。右へ道をとると間もなくオーバーロートホルン(標高3415m)とスネガの分岐点。大岩に赤ペンキで矢印表示があり、直進すれば山頂まで1時間ほどで登れる。右折しフィンデルン氷河めがけてどしどし下っていく。花は、ゴマノハグサ科のベロニカ・フルティカンス(クワガタソウの仲間)、キク科のエリゲロン・アルピヌス、キク科のセネキオ・ドロニクム、ベケイソウ科のセンペルビブム・モンタヌム、マメ科のロトゥス・アルピヌス、キク科のアルテミシア・グラキアリス、キク科のアステル・アルピヌス、キンポウゲ科のラヌンクルス・モンタヌス(ミヤマキンポウゲの仲間)、Dsc01526_2キク科のヒエラキウム・ビロスム(ミヤマコウゾリナの仲間)、リンドウ科のゲンティアナ・カンペストリスなど。13:10 フリューアルプ(標高2618m)に建つ山小屋Alpin Huette des Monats(有り様はホテル兼レストラン)に到着し大休止。お昼を注文しようと思ったが、テラス席は略満席、諦めてトイレのみ借用する。小屋前の草地に座り、レーズンとビーフジャーキーを食べ、日本茶を飲む。フィンデルン氷河探訪、マウンテンバイクのダウンヒル、オーバーロートホルンへの登山など、この小屋を拠点にした楽しみ方は色々ある様子、誰もが夏休みをくつろいで過ごしている。フリューアルプを後にシュテリ湖へ下る。その道中も花また花。キク科Dsc01542のアルニカ・モンタナ、ミネヤナギの仲間、トウダイグサ科のエウフォルビア・キパリスシアス、ユキノシタ科のサクシフラガ・ブリオイデス、キキョウ科のフィテウマ・ヘミスファエリウムなど。13:55シュテリ湖の湖畔(標高2537m)で小休止。湖面が波立ち逆さマッターホルンは拝めない。もっとも、頂稜部は雲がかかり半ば隠れている。湖の岸辺近くに小さな魚が沢山泳いでいる。シュテリ湖を後にし、グリンジ湖、ライ湖経由でスネガに下るつもりであったが、道標を読み違え、ブラウヘルトへの道に迷いこむ。空気が薄いのでゴンドラ駅までの緩い登りでも結構きつい。草の中にザラミノシメジ属らしきひだの白いきのこを見つける。14:45ブラウヘルトDsc01560着、白黒ヒツジが駅舎の日陰で休んでいる。そこからは牧草地の中に付けられたマンテンバイク用の急坂道をスネガまで直下降、最短距離ではあるが脚、腰、膝、足首、親指の爪への負担がとても大きい。とうとう膝が痛くなる。花の写真を撮りながらゆっくりゆっくり、だましだまし下る。キキョウ科のカンパヌラ・バルバタ、マメ科のトリフォリウム・バディウム、ラン科のニグリテラ・ニグラ(バニラ香あり)、キク科のヒポカエリス・ウニフロラ、ゴマノハグサ科のペディクラリス・ツベロサ、キク科のアステル・ベリディアストルム、オオバコ科のプランタゴ・アルピナなど。15:25 足を引きずりながらスネガ(標高2288m)に下り着く。

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392.玉龍雪山(氷河公園)

2007年6月14日(水)、歩程1時間、同行妻   麗江の王府飯店に前泊、5:20起床、6:00スーツケースをドアの外に出す。 Cimg6489明け方まで雨の音が聞こえていたが、カーテンを開けると上がっている。 朝食のウドンは気の抜けた味で、メロンも甘味が足りない。7:00バスに乗車すると、防寒着と酸素缶1本が各人に配られる。料金に含まれているのであろうが、さすがはクリスタルハートと悪い気はしない。バスは麗江の北方15㎞に聳える玉龍雪山へ向う。玉龍雪山は5,000mを越える峰が13も連なる麗江のシンボル(最高峰は5,596m)、現地の納西(なし)族が神と崇める山である。少数民族の動向に神経質な中国政府が登頂を許可しないためにCimg6502現在も未踏峰のままである。今日はロープウェイで標高4,506mの氷河公園まで登る。前山は全てマツ林、なるほど雲南省がマツタケはじめキノコの一大産地であることが分る。7:50甘海子着、シャトルバスに乗り換える。この辺り既に標高3,000mを越えているが、針葉樹に花木が混じる混交林で森林限界はまだまだ上である。8:02海抜3,356mのロープウェイ山麓駅に着く。シャトルバスが次々に到着し、続々人が詰めかけてくる。ゴンドラ一台に6人づつ乗って氷河公園へ昇る。腕時計の高度計で確かめると、Cimg6510森林限界は3,900~4,000m位、で最上部の樹種はシャクナゲのようである。 氷河の先端が現れると間もなくの8:28、ロープウエイ頂上駅(4,506m)に着く。防寒着を着てちょうど良い気温、何となく息苦しい。1時間のフリータイムをもらい、木製階段を辿って最高点の展望台へ向う。頭がふらふふらする。足が地に着かない。時々酸素を吸いながらじりじりと進む。山頂部は雲に隠れたり出たりする。荒々しい氷河が現れる。9:11ようやく最高点4,680mの展望台に到着、自慢にはならないにしても60年の人生で一応一番高い到達地点である。いつでもどCimg6523こでも中国人の商魂は逞しく、やはりそこでも登高証明書が売られている。周りは中国人観光客ばかりで日本人は少ない。酸素缶を預けておいた家人は待てど暮らせどやってこない(後で確かめると酸素切れで途中でリタイアしたとのこと、それはない!)。確かにこの高さでは僅か170mの標高差を登るのも楽ではない。ツアーメンバーも半数は途中で 諦めたようである。証拠写真を撮ってもらい直ぐに下山、9:35ロープウェイ頂上駅に戻る。ベンチに座り込んでいた家人の言い訳では、酸素缶は吸っても吸っても効き目が無く、とうとう2本(つまり2人分)空にしてしまったとのこと、どこにも酸素とは書かれていないのでもしかしたらAIR缶かもしれない。10:00ロープウエイ山麓駅に降りると、辺り一面に柳の綿毛(柳絮)が飛びかう。再び甘海子までシャトルバスに乗り、ツアーバスに戻る。この後は、一旦麗江市内に戻りお昼を食べてから宿泊地のシャングリラ(香格里拉)へ向かう。その途中で虎跳峡を観光する予定である。

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370.黄山光明頂

2006年5月21日(日)、歩程2時間30分、同行ツアー仲間14名   黄山市屯渓区の黄山国際大酒店に前泊し、 午前中に世界遺産の安徽省南部の古村落「西逓村・宏村」を見学する。Cimg3720昼食後バスで黄山へ向い13:35ロープウエイ駅がある雲谷寺跡(標高980m)に着く。1時間ほど並ぶと順番が来て14:40ロープウエイで山頂駅(1,730m)へ昇る。そこから黄山の峰中2番目に高い光明頂めざして歩く。なんと石段の遊歩道が山頂まで続いている。なんでも黄山全体で15万段の石段があるとのこと、みな人手で担ぎ上げて築いたものらしい。さすがに万里長城を築く民族は違うと感心する。登山道沿いの樹木には名札が掛けてありそれらを拾い 読みしながら登っていく。黄山には1,452種類の植物があるとのこと、最も目に付くのはやはり黄山松である。松科松属黄山松という固有種は松枯れ病には無縁とみえて樹勢盛んである。他にはヤマツツジ、ミツバツツジ、ヤマボウシ、ナナカマド、ミヤマナラ、シナノキ、シャクナゲなどあるが、日本の山でみかけるものとは少し異なる。もっとも中国語名なのでピンとこない植物が多い。15:30光明頂の山頂(1,860m)に着く。広い山頂には気象観測所と光明頂山荘ホテルが建ち、国内外の観光客が溢れている。1時間も歩いCimg3737ていないので登頂の感激はないが、谷を挟んで黄山最高峰の蓮華峰(1,864m)と 天都峰(1,810m)が目の前に聳える。どちらも峨峨とした岩山でどっしりとした立派な姿である。30分の写真タイムの後、名所の飛来石へ向う。光明頂から一旦鞍部へ下って登り返すと飛来石下のテラスに出る。台座のような飛来峰の上に天柱のような高さ12mの飛来石が鎮座する。山頂へ登る階段は狭く一人通るのがやっと、登る人と降る人とで大渋滞している。漸く飛来峰に上がると飛来石の表面に「書境」なる大文字が彫Cimg3766_1り込まれている。中国人は自然に人口の手を加えるのが好きである。日本で世界遺産にこんなことをしたら大騒ぎになる。17:25日没を眺める好ポイントの排雲亭(1,650m)に着く。日没までまだ1時間以上あるというので更に絶景ポイントを求めて太平索道山頂駅(1,685m)へ移動する。17:45駅舎最上階のベランダに陣取り夕日が沈むのを待つ。中国人はご来光は愛でるが日没には関心を示さないとのこと、勿体無いことである。18:50漸く日没、黄山の峰峰がモノトーンのシルエットに暮れていく。 日没とともに急激に気温が下がり寒くなってくる。宿へ急ぎ19:00西海山荘着、黄山山中では最高ランクの4つ星ホテルである。

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353.Ayers Rock

2005年6月19日(日)、歩程2時間、同行妻   5:45モーニングコールで目を覚ます。6:30エアーズロック(ウルル)のサンライズ鑑賞に出発、Cimg0553 レンガ色の記念リュックに朝食が入ったものを一人ひとり貰う。7:00サンライズ鑑賞地点到着、昨日サンセットを鑑賞した場所とは異なる。さすがに初冬、結構朝は冷える。朝のウルルは日没の時とは逆に、パープルからワインレッド、そしてオレンジ色へと色相が変化する。息を呑むほど美しいアウトバックの荘厳である。アボリジニの人々の信仰の対象となってきたことが素直に肯ける。昨日までの3日間は登れなかったとのこと、今日は幸運なことに登山口の柵が開いている。気象条件(天候、気温、風速)や信仰上の理由から、最近では登れる確率は50%を割り込んでいるらしい。Cimg0559 2時間半の持ち時間を貰い8:10登山開始、いきなりの急勾配で太い鎖に必死にしがみつく。斜度は30度から40度もあるが、幸い岩の表面がザラザラして粗く、靴が滑らない点が救いである。やっと前半の急勾配を乗り切り大休止、後半は登降路を示す白線に導かれて起伏のある頂稜部を山頂へと辿る。鎖が欲しくなるほど段差が大きい場所が何箇所かあり、そこで諦めて引き返す人も多い。これまで心臓麻痺や熱射病で21人、転落で5人の計26人もの人が亡くなっている山である。体調の悪い人や足拵えの覚束ない人に無理は禁物である。 それでも今日は気温が低く風も弱い絶好の登山日和、9:15方位盤がある山頂(標高867m/地上高348m)に着く。Cimg0572360度どちらを向いても赤土色の乾いた大地が地平線まで広がる。しかも地平線が丸く見える。きめ細やかでウエットな日本の風景とは対極の眺めである。まさしく地球の臍である。家人も満足そう、事前に乾徳山で鍛えた甲斐があったというもの、二人で記念写真に収まる。帰りは往路を忠実に戻り、鎖場を慎重に降りる。10:10無事下山、ついでに登山口の左手に続くMala Walkを散策する。 ヒメモグラの穴と名づけられた穴だらけの巨岩とアボリジニの岩絵が描かれた洞窟を見学する。デザート・ガーデンズホテルへ戻る途中でアボリジニカルチャーセンターに立ち寄る。独特の感性が光る民芸品が数多く展示されている。ホテルに戻って近くのショッピングセンターでTシャツを土産に買う。12:25空港へ向かう。13:30搭乗、シドニー行きQF727便は満席である。

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