599. チャツボミゴケ公園と平兵衛池(中之条町)

2017年6月27日(火)、歩程3時間、同行妻   万座温泉に3連泊し、近場観光の第2日目はP6270165近年人気の癒しのスポット、チャツボミゴケ公園探訪。9:15日進館を出発、志賀草津高原ルートを下って草津町から旧六合村の入山地区へ折り返す。要所に案内看板が立っているので迷うことはない。10:05公園管理事務所に着き受付で入園料1,000円(大人2人分)を支払う。チャツボミゴケ公園はもともと日本鋼管鉱業(NKK)の群馬鉄山の鉄鉱石露天掘りの跡、昭和41年に閉山となり、昭和51年から奥草津休暇村という名称で健保組合の保養所として利用されてきたが、平成24年(2012年)に中之条町に無償譲渡され、以降中之条町が公園を管理運営して今日に至っている。休暇村P6270132_2の宿泊施設や共同浴場(温泉)はもはや営業していない。管理棟から車で更に1㎞ほど舗装道を走ると、公園入口に大きな駐車場(標高1200m)がある。10:15到着、近県の関東ナンバーの車がずらり。先ずは未舗装の林道(遊歩道)を進み、展望スポットから湯滝上流を眺める。川を流れている水は強酸性(pH2.8)の鉱泉で、川の中に点在する赤褐色の岩の表面を、緑色のチャツボミゴケが覆っている。更に上流へ進み、木道に囲まれた穴地獄を周回する。チャツボミゴケは、約1万8千種ある苔の中でも耐酸性が最も強い特異な苔で、ここは日本最大の群生地、東アジアでも最大級P6270143のコロニーらしい。木道最奥の強酸性鉱泉湧出場所で水に手を入れてみると生ぬるい。20度くらいか。穴地獄の見物だけでは物足りないので、渋峠へと続くハイキングコースを平兵衛池まで歩いてみることに。穴地獄の入り口から左に延びる林道に進み、カラマツ林の中を緩やかに上って行く。やがて林道終点、渋峠・芳ヶ平・大平湿原登山口と書かれた大きな標柱が建つ登山口に出る。そこから急坂ではないけれどもひたすら登り、昨日の御飯岳登山の疲れが残っており、次第に応えてくる。山中では白色半透明のギンリョウソウと、ピンク色のタニウツギの花が目立つ。11:45穴P6270157地獄の頭(標高1450m)、平兵衛池まであと0.8㎞地点、なかなかに遠い。念のため熊よけの鈴を鳴らしながら前進。12:00四辻(標高1520m)、直進すると大平湿原経由芳ヶ平方面、右は大池経由鋼管休暇村、左が平兵衛池0.3㎞。12:10平兵衛池(標高1500m)到着、水鳥が1羽浮いているだけで全くの静寂境である。直ぐに引き返し往路を戻る。結局、往復とも一人のハイカーにも出会うことなく穴地獄に戻り、13:15車に帰着。14:45日進館に妻を下して、県道466号線沿いにある林道山口入線終点広場へネマガリタケを採りに行く。

| | コメント (2)

598. 御飯岳(上信国境)

2017年6月26日(月)、歩程4時間、同行妻   部屋に障子しかないため明るくて寝ていらP6260019れない。6:00起床。7:00-7:45朝食。納豆ご飯と味噌汁、温泉卵、味噌田楽、フキ味噌など食べる。デザートはヨーグルト、チリ産ブドウとコーヒー。8:45上信国境の御飯岳(おめしだけ)登山に出発。御飯岳とは何とも冴えない名前だが、また知名度も低いけれど、錚々たる山が連なる群馬県と長野県で、群馬百名山にも、信州百名山(付属12座)にも選ばれている。県道466号線を走り、登山口の毛無峠(標高1823m)に9:25到着。昨秋は南側の破風岳と土鍋山に登ったが、今日は北側の御飯岳を往復する。長野ナンバーの車が3台先着しており、1台は長野市の単独行のP6260041男性、2台は上田市の8名グループ(男性1、女性7)のもの、全員が御飯岳へ向かうとのことで、これなら熊が出る心配はなさそうである。先ずは目の前の毛無山目指して、ガレ場をえっちらおっちら。ハイマツ帯に近づくと、ガンコウランとコケモモの褥にコイワカガミ、シロバナコイワカガミが咲き、ゴゼンタチバナも交じる。9:55毛無山山頂(標高1935m)到着、大きなケルンが積んである。今日は四囲の山々の眺めが良く、振り返れば対面に破風岳、その左に土鍋山、その後ろに四阿山、その左に烏帽子、湯の丸、篭ノ登、浅間山、鼻曲、浅間隠、竜ケ岳、笹塒山、榛名山など懐かしい山々が見える。破風岳P6260061の右肩遥か遠くに、鹿島槍、五竜、唐松、天狗尾根、白馬三山の北アルプスも拝めるし、行く手にはおおらかな御飯岳、その左肩に三角形の老ノ倉山と、梅雨時の景色にしてはまず申し分ない。10:10鞍部(標高1870m)に下りつく。前回の黒伏山に比べると登り下りとも緩やかで楽、但し空気が薄いので息苦しい。風が涼しい。やや急な草原を上りきると黒木の森に入り傾斜は緩む。シラビソとオオシラビソ林にダケカンバやナナカマドが交じる。マイヅルソウは未だ蕾、標高2000m付近にアズマシャクナゲの一群れが咲いている。樹林の間を縫うように登り、P6260075やがて道は暫く水平になる。最後は急登をひと踏ん張り、南北に長い山頂の南端に上る。一帯は笹に覆われているが、タケノコが細くチシマザサではなさそう。11:40三等三角点(基準点名:小串岳)と山名板がある御飯岳山頂(標高2160m)に着く。今日の登山者は我々を入れても12人、もっと人気が出てもよい山だが・・。山頂はシラビソ林に囲まれ好展望とは言えないが、木立の間から北に横手山と草津白根山、南に根子岳、四阿山、浅間山が眺められる。パンをかじって一服してから下山、往路を忠実に辿り、13:40車に戻る。万座温泉への帰路、県道466号線沿いの笹薮でネマガリタケのタケノコ採り、短時間で10数本ゲット。14:30日進館に帰着。

| | コメント (0)

586. 破風岳・土鍋山

2016年10月11日(火)、歩程4時間、同行妻   今日は万座高原ホテルに連泊して上信国境の山を登る大名登山、Pa110046ホテルから近い破風岳(はふだけ)と土鍋山(どなべやま)へ。朝食を済ませ、フロントに鍵を預けて8:30出発。朝は霧がひどかったが空が明るくなる。8:55登山口の毛無峠(標高1823m)着。道路は尚も小串硫黄鉱山跡へ下って行くが、入り口にチェーンロープが架け渡され、「この先危険につき関係者以外立入禁止 中之条土木事務所」の立て札が建つ。また志賀高原地区山岳遭難防止対策協会の「遭難多発区域」の掲示板もあり、おそらく廃墟マニアが勝手に入り込むのを牽制している模様。荒涼とした広い駐車スペースに先着車は滋賀ナンPa110055バーと長野ナンバーの2台、ガスで視界が閉ざされ何も見えない。道標に従いガンコウランの原を西進、ネマガリタケとハイマツが茂る斜面を雷光型に登る。空気が薄く息苦しい。こんな標高が高く餌が乏しい場所にクマが居る筈もないが、念のためリュックに鈴3個付け、妻はラジオを鳴らしながら進む。登山道は刈り払いがなされ良く踏まれている。9:40土鍋山・破風岳分岐(標高1960m)、先ずは右上の破風岳へ。9:50破風岳山頂(標高1999m)に出ると、長野市から来たという男性が先着している。やっと霧が晴れて雲海の上に近くの山々が浮かび、幻想的景色が広がる。三角点はなPa110104し。長野の方も同行することになり、3人で土鍋山へ向かう。山頂から道なりに南下し10分ほど下ったが、GPSで確かめると土鍋山方向から外れ始めたので、山頂へ引き返す。10:10山頂に戻るとガスはすっかり晴れ、遥か遠くに北アルプスの後立山連峰、鹿島槍、五竜、白馬三山、高妻・乙妻、妙高連山が望める。黒木が多く紅葉はいまいち、また、紅葉する筈のナナカマドやダケカンバの色づきも良くない。今年の紅葉は遅れているのか。展望を楽しんだ後、分岐に戻り土鍋山へ。こちらも刈り払いはしっかり行われているが、歩く人が少ないと見え、笹の葉が積もって土が見えず、滑って歩きにくい。水がたまりジュクジュクPa110114した箇所もある。一旦鞍部(標高1910m)に下り登り返す。最後は岩場の急登、立木につかまりながら進む。11:10ようやく土鍋山山頂(標高2000m)に着く。西暦2000年にはミレニアム登山で賑わったと云う土鍋山は、今は寂峰に戻り、黒木に囲まれてひっそりしている。展望はいまいち、山名板が立つ箇所のみ開けており、草津白根山と横手山が見える。左手に回ると樹間を透かして北アルプスが眺められる箇所もある。三角点は何処かと、浦倉山・バラキ高原へ続く縦走路に進むと、山頂から5分ほど下った道端に三等三角点が置かれている。三角点にタッチし下山開始、きPa110190のこの写真を撮りながら往路を忠実に戻る。山中で見つけたきのこは、アオズキンタケ、アカタケ?、アカヤマタケ属2種、オオキツネタケ、キツネタケ、クサハツ、クリタケ、クロチチタケ、サクラタケ、サザナミニセフウセンタケ?、シハイタケ、ズキンタケ属3種、ツバアブラシメジ、ニガクリタケ、フウセンタケ科5種、ベニタケ属、ミヤマアワタケ?など。12:45破風岳分岐、13:10無事下山、長野のYさんと別れて車内でお昼、ウグイスパンを食べ生茶を飲む。14:10万座高原ホテル174号室に戻る。

| | コメント (0)

473.榛名富士

2011年7月30日(土)、歩程10分、同行妻・義母   伊香保温泉に湯治に来た序に榛名富士にロープウェイで登る。Dsc00044夏休み期間の土曜日だというのに観光客の姿は少ない。大人往復820円也を支払い、標高差300mを僅か5分で楽々山頂駅に上る。傍らの東屋に義母と妻とを残して一段高みの山頂へ向かう。途中、左に折れた処に石長姫大神(いわながひめのおおかみ)、保食大神(うけもちのおおかみ)、饒速日大神(にぎはやひのおおかみ)、榛名富士大神と刻まれた石碑が4基建つパワースポットがある。標高1,390mの山頂には一等三角点が置かれ、コンクリート造りの富士山神社が祀られる。前回ここに来たのは28年前(1983年11月23日)であるが、 三角点はともかく神社の記憶が無い。傍らに建つ案内板には富士山神社の縁起として、 Dsc00041「この頂には古き昔から富士山神社という一宇の祠があって木花開耶姫命をまつり 縁結び御産の神様として近郷近在の信仰をあつめ五月五日の山開きにはお礼詣りの男女が長蛇の列をなして登山参拝し大賑わいであったといい伝えられている 榛名富士の名が廣く世に知られているのはこの年中行事によるものである この神社は明治四十二年五月二日に榛名神社に合祀せられた其の当時は間口四尺奥行五尺の木柵の中に一基の自然石が御神体として安置されていたというが 昭和三十三年七月榛名山ロープウェイが開設された時にはその残骸すら見当たらなかった Dsc00049そこで古き時代から地方諸衆の信仰の中心である由緒深きこの霊地をあれるがままにまかせるにしのびず榛名神社の神許を仰ぎ 古き祠が鎮座したというゆかりの位置を探し求めてこの社殿を建立寄進した次第である 昭和三十九年一月十一日入神の儀を行い末永く霊験あらたかに若き男女に縁結びと安産の幸せを授けたまえと祈り ここにその由来を誌するものである 昭和三十九年」と記されている。と云うことは昭和58年にも鎮座していたことになる?。只今、隣の新潟県は関越道が通行止めになるほどの豪雨というのに、群馬県の此処は陽射しに恵まれる。とは言え、遠くの山は雲に隠れ榛名山系の二ツ岳、水沢山、相馬岳、掃部岳くらいしか見えないが。再びロープウェイで下山後、湖畔道路を走り、湖畔の宿記念公園と竹久夢二アトリエに立ち寄る。とうとう雨が降ってきたので今宵の宿、伊香保温泉如心の里ひびき野へ向かう。

| | コメント (0)

470.万座山

2011年6月27日(月)、歩程1時間半、単独   震災後の後始末が一区切りついたので義母と妻を連れ万座温泉を訪れる。 最近、歳のせいか手の指や腕が痺れるようになり、DHA&EPA+セサミンEを飲んでもDsc09403一向に改善しないので湯治目的をも兼ねる。14:30万座温泉の最上部に位置する万座亭(標高1,800m)にチェックインし127号室に入る。一服してから二人を部屋に残し万座山を登りに行く。登山道はないが万座亭の左横から裏側へ回り込み、スキーゲレンデの端についた微かな踏み跡を辿る。ゲレンデはイワハゼ(アカモノ)やガンコウランなど高山植物の褥、今はイワハゼとツマトリソウの花が可憐に咲いている。ゲレンデとして切り開かれた所以外はネマガリタケ(チシマザサ)の密藪に覆われる。アンテナが建つ箇所を過ぎると間もなく稜線に登り上げ、稜線を右へ緩く上るとリフト頂上駅広場(標高1,994m)に出る。Dsc09460GPSで確かめると三角点は広場西側の一段高い場所にある模様、然しながらそこはネマガリタケの密藪の中で、踏み跡はおろか隙間や藪の薄い箇所、目印のテープ類等一切ない。今の時期はタケノコを食べに来るクマと遭遇する危険があるので、藪に突入するのは諦める。何とも締りの無い山登り、仕様が無いので帰りはネマガリタケの藪沿いに下山しタケノコ取りに精を出す。もはや辺りの残雪は完全に消えておりタケノコは少し育ち過ぎ、しかも先客があったらしく縁辺部に良品は残っていない。藪の薄い箇所を見つけては鈴をじゃらじゃら鳴らしてから奥へ入り込む。結局70本余り収穫できリュックがずっしり重くなる。16:25ホテルに戻り、早速名物の白鐵の湯へ汗を流しに行く。pH2.4の酸性硫黄泉は白濁しておりやや熱め、胃痛、神経痛、リウマチなどに効能があるというのでセサミンより効くかもしれない。極楽、極楽。

| | コメント (0)

458.大ナゲシ

2010年6月13日(日)、歩程3時間45分、単独   今日は群馬県上野村に位置する大ナゲシを、アプローチが容易な埼玉県側から登ろうと6:00出発、カーナビの目的地を秩父市中津川にセットする。外環道、関越道をDsc03266走り嵐山PAで一服、花園ICで高速道を降りR140を走る。 滝沢ダムの先で右折し中津川・三峰口停車場線に入り、出合で右折して㈱ニッチツ・秩父事業所の前を通り過ぎる。登山口が分らないまま林道金山志賀坂線をオーバーラン、10:00落合橋畔の両神山登山口(八丁峠コース)に出てしまう。鉱山住宅が建ち並ぶ所まで引き返し、10:10路肩スペースに駐車する(標高ca.975m)。先着車は3台(山中で誰にも会わなかったので、赤岩尾根へ向かった登山者の車か、もしくは廃墟マニアの車と思われる)、ハリエンジュが花盛りで良い匂いが漂う。雨具は車にデポし荷を軽くして出発する。入口の鎖を跨ぎ廃校(後日調べると“丹岫寮”という建物)の校庭を横Dsc03155切り住宅街へ進むと、木の塀に「赤岩峠登口」の標識が打ち付けてある。メインストリート(?)の右側に大型の建物群、左側に戸建て木造住宅が建ち並ぶがいずれも無住、人っ子一人いない。昭和30年頃にタイムスリップしたような感覚、建物が取り壊されずにそっくり残っており、 廃墟マニアなら堪らない処である(ネットで調べると、大滝村立小倉沢小中学校が廃校になったのは1985年、住宅街が完全に無住になったのは2006年9月とのこと)。突き当たり左に「大滝村立鉱山保育園」の看板が架かる建物があり、赤岩峠への道は右の枯れ沢沿いに登っていく。入口には、昭和の始め頃のものと思われる「右 群馬県上野村ニ至ル 左 赤岩神社入口 柳瀬鉱業所」と刻まれたDsc03250石標と、大ナゲシ及び赤岩尾根登山の注意事項を記した埼玉県警察山岳救助隊と群馬県藤岡警察署共作の2枚の看板が立つ。 ヒノキの植林地を雷光形に登って行くが出だしから結構な急坂で汗を絞られる。今日は暑い。林床にはフタリシズカがひっそりと咲く。昔の上武国境の峠道は今も山歩きに利用する人が多いとみえて良く踏まれている。前方には赤岩岳が威圧的に聳えるかと思えば、右後には狩倉岳の三角鋒が颯爽と浮かび上がる。ヒノキの植林地が終わると上部は雑木林、コナラ、ミズナラ、トチノキなどの若葉が美しい。大ミズナラ、次いで大トチノキの傍を通過する。倒木やその附近にアシナガイタチタケ、Dsc03177アミヒラタケ、ウラベニガサ、チシオタケ(?)、フミズキタケが次々に見つかる。 摘み頃はとっくに過ぎているがミヤマイラクサ(アイコ)も多い。比高差450mを登りきり11:35赤岩峠(ca.1,435m)に着く。峠附近のヤマツツジは花盛り、トウゴクミツバツツジは散り花に移行しつつある。昔、建っていたと云う鳥居はもう無くなっているが、小石祠は今も健在、旧いものと新しいもの、2枚の名板が掛けてある。群馬県側の野栗沢に下る道もしっかりしており、後日ネットで調べると、上野村が最近整備しているようである(2003年10月5日に野栗沢の赤岩橋から入山した時は道標・目印皆無で、1.100m附近で道を失い撤退)。四辻を左に入りひと登りすると気持ちの良いDsc03257稜線歩きとなる。樹木はアセビが多いがブナやコメツガもある。ツツドリのポポーポポーという鳴き声が山中に木霊する。 倒れたばかりの巨大ブナの倒木が斜面に散乱し、幹にコガネヌメリタケ、オオツリガネタケ、ヌメリツバタケモドキが出ている。稜線と分かれて北に下るとやがて垂直の岩場に突き当たる。正面にロープが2本下がり、左側には鎖も下がっている。大助かり、そこはロープと木の枝頼りで何とか正面突破する。何せベストより体重が10㎏も増えているので非常に苦しい。 山頂直下にも岩場があるが、そこは傾斜が緩く鎖も付いているので優しい。Dsc0321612:30大ナゲシ山頂(1,532m)に着く。これで「群馬の山歩き130選」(㈱上毛新聞社刊)の全山に登頂し漸く決まりをつける。三等三角点が置かれた山頂は狭く、10人も上れば一杯になる。山名板が3枚も架けてあり、蝿も多く、どちらも煩わしい。アブラツツジが生える山頂は、同じ西上州の碧岩の頂と似ており、ツリガネ型の淡黄緑色の総状花が風に揺れる。晴れていれば大展望と云う頂も今日はガスに包まれ隣の赤岩岳すら見えない。時々ガスが薄くなり近くの山のシルエットが浮びあがる。天気の良い日に又、群馬県側から来てみよう。12:45下山開始、帰りは一気呵成に下り13:20赤岩峠、14:00車に戻る。帰路、道の駅あらかわに立ち寄り、鈴ひろ庵で名物の行者にんにく饂飩を食べる。往きと同じコースを走り19:15帰宅、本日の走行距離約330㎞。

| | コメント (0)

375.燕巣山・四郎岳

2006年8月5日(土)、歩程7時間、同行高崎山想会4名   久し振りに高崎の山仲間と群馬の山に登る。標高2,000mを超える静かな山という条件で、行く先を丸沼の背後に聳える四郎岳と燕巣山に決める。 昭和44年発行の日地出版「登山・ハイキング⑨尾瀬と銀山湖・会津駒」を見ると、丸沼温泉から四郎峠を越えて粘沢鉱山経由大清水へ抜ける登山道が明記されているが、最近の地図では消失している。歩く人とて無く廃道同然らしい。ネットで調べて、Cimg4337烏ケ森の住人さんのホームページ「日光連山ひとり山歩き」の中から該当山行記をコピーする。昨日群馬県内の坂東33観音霊場参りを済ませ、丸沼温泉駐車場まで来て車中泊、標高1,430mの夜は毛布を被っていても結構冷える。4:30に目を覚ますと外は明るい。湖で鱒を釣る人が続々集まってくる。 湖畔亭も店を開け、丸沼温泉の朝は早い。朝食を済ませ新聞を読んでいると、7:10早くも石田さん達がやってくる。5:30に高崎を出てきたとのことで予想よりも早いのでびっくり、今日のメンバーは石田さん、高村さんに濱岡さん夫妻を加えた5人である。久し振りの再会であるが皆変わりなく元気そうである。7:20スタート、駐車場奥から四郎沢の右岸につけられたCimg4353広い道に入る。朝2人ほど鈴を鳴らして入山していったようである。道は直ぐに藪っぽくなり踏み跡程度に変わる。8:15二股、ロープに縋って真ん中の尾根に登る。 その先も沢に降りたり高巻きしたりするが、テープの目印があるので迷う心配は無い。ナメ(滑)の中を歩くと涼しくて快適、ワサビやウワバミソウが自生しているが極く少ない。9:00四郎峠(1,840m)に上がる。先ず右の燕巣山頂上を目指す。20分ほど進んで小ピークを越えると日光白根山から錫ケ岳にかけてのスカイラインと丸沼の湖水が見渡せる。オオシラビソにダケカンバ混じりの樹林帯を上へ上へとひたすら登る。林床にはカニコウモリが群生する。 稜線には東電の赤い標石が一定間隔で埋設されており道は明瞭である。1yamanakama1後方に四郎岳の三角峰が競り上がり、左手に燧ケ岳、至仏山、笠ケ岳など尾瀬の山々が見えてくる。2,150m付近で一旦傾斜が緩み最後は再び急登、10:30漸く燕巣山の山頂(2,222m)に着く。山頂は笹に覆われ三角点はないが、山名プレートが5枚もかかっている。湯沢峠方面は一面の藪で登山道は消滅している。オオシラビソの木陰で涼しい風を受けて一休み、やはり日光白根山はこの辺りでは群を抜いて高い。11:00山頂を辞し11:50四郎峠に戻る。 地味な山で花はカニコウモリの他にはヨツバヒヨドリとコオニユリを見ただけ、キノコも殆ど出ていない。出逢った登山者もヘルメットを被った男女2人組だけ、狙い通りの静かな山である。Shiroudake濱岡さん夫妻は峠で待機することになり、3人で四郎岳山頂へ向う。こちらも急傾斜、燕巣山以上にきつい直登が続く。途中でスタミナが切れてしまい元気な2人に置いていかれる。それでもじりじり登り上げ13:05待望の四郎岳頂上(2,156m)に出る。二等三角点があり、そこからの日光白根山と丸沼の眺めもすばらしい。アブがうるさいので記念写真を撮って直ぐ下山、下りも急傾斜なので神経を使う。右足の底が痛くなる。 13:40四郎峠に戻り遅めの昼食。皆から果物やトマト、キュウリなどご馳走になる。いつも申し訳ないことである。峠は風の通り道、大清水側から吹き上げてくる涼風が心地好い。14:05出立、15:30丸沼温泉駐車場に戻る。着替えてから湖畔亭で打ち上げ、ビールを飲みたいところをソフトクリームで我慢する。一人歩きの山も悪くは無いが仲間と登る山はやっぱり楽しい。16:20散会、明日予定していた女峰山・帝釈山に登る元気はなく柏に直帰する。金精峠を越えイロハ坂を下って、宇都宮、真岡、下館、下妻、取手を通り21:30帰宅。2日間の走行距離416㎞。

| | コメント (0)

321.高間山

2003年12月8日(月)、歩程4時間25分、単独    9:15長野原町の林集落着、御塚の観音堂前に車を駐める。前回王城山に登った時も車を駐めた場所である。あれから数年しか経っていないのに山里は寂れTakamayama002 、田畑の荒廃が目立つ。落ち葉と霜柱を踏んで登山道を進む。平日のしかも月曜日とあれば他にハイカーは誰もいない。五合目の傘木 (からかさぎ)に着き、アカマツの根元にある石祠にお参りする。10:10六合目標識、そこが王城山と高間山の分岐である。高間山は右へ直進、2時間とある。王城山の中腹を水平に巻く道で、草津営林署保安林の標識が所々に打ち付けてある。崩れた箇所もあるが、道は意外に良く踏まれており、巡視道か作業道と思われる。11:00稜線に上がると林道のように広い山道になる。標高は1,100mほど、左手には冠雪した草津白根山、右手には榛名山が見える。11:15小広い峠に出る。 左から登ってくる林道と右へ下って行く林道との三叉路である。Takamayama001 どちらの林道も草が伸び放題で荒れている。山頂へ続く道も道標も無く迷いに迷ったが、ともかくも前方の高みへヤブを漕ぐ。 カラマツ林と笹原の急斜面であるが、よく見るとカラマツの幹に古いペンキの跡があり、かすかながら道形も現れる。途中からテープも現れ、傾斜が緩むとほどなく山頂(1,342m)に着く。時刻は11:52、三等三角点があり棒杭にマジックで高間山と書いてある。木の間越しに奥白根、皇海、袈裟丸、赤城の山々が見える。下山の途中で王城山北峰から来る登山道を探してみたが、廃道になってしまったのか見つからない。結局往路を忠実に戻る。樹々を渡る風の音を聞きながら小春日和の山道を満ち足りて下る。13:40御塚着、とりあえず群馬の山のフィナーレである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

320.谷急山

2003年11月22日(土)、歩程5時間30分、単独   9:30裏妙義国民宿舎着、中木川を渡渉して三方境へ向う。10:00観音像、宝暦四(1754)年十一月吉日の文字が読める。落葉が厚く積もる道をゆっくり登っていく。イロハカエデの紅葉が美しい。11:00三方境、柏市から来たという男性に出会う。稜線を吹く風は冬の走りで冷たい。谷急山への道は難路の連続、キレットを渡りコブを越えて12:25漸く山頂(1,162m)に着く。入牧橋から登ってきたという3人組が昼食の最中である。前回はガスで何も見えなかったが、今回は四囲の展望に恵まれる。近くの浅間山の大観はいうまでもないが、何と遠くに筑波山まで望める。風が収まりポカポカ陽気になる。20分ほど休憩してから下山、往路を降る。凍結していて冷や汗もののキレットを慎重に通過する。13:45女道分岐(大遠見峠)、右へ女道を下ってみる。道は深い落葉に埋もれているが立ち木にペンキやテープの目印があり不安は感じない。谷急沢に下り着いた処で沢を渡り、右岸を高巻くようになる。14:30スーパー林道の女道登山口に出る。15:05国民宿舎着、駐車料代わりに日帰り入浴を利用する。紅葉シーズンの週末とあって今日は泊り客が多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

319.鼻曲山

2003年11月15日(土)、歩程3時間30分、同行妻   今日は軽井沢のカラマツ林へきのこ狩りに行き、序に鼻曲山へも登る。8:50出発し10:20長日向の登山口に着く。路傍に車を駐め、広大なカラマツ林の中の道を行く。乙女コースというだけあって傾斜も緩く歩き易い。日差しが出てきて暖かくなる。直登コースに差し掛かる頃には汗ばむほど、12:05あっけなく鼻曲山北峰の小天狗(1,654m)に着く。山頂には30人ほどのハイカーがいて大賑わい、スケッチブックを広げる人までいる。うっすらと雪化粧した浅間山が目の前に聳え、四囲の山々は墨絵のように霞む。雄大な景色を楽しみながらパンを食べジュースを飲む。12:30山頂を辞し往路を戻る。帰りはカラマツ林の中でキヌメリガサ探し、タイミングが遅いのか老菌ばかりが目立つ。結局少量のキヌメリガサを採取しただけで、きのこ狩りは期待外れに終わる。13:55車に戻る。帰路、軽井沢のプリンスパーラーに寄り、いつものケーキセットとマンゴーパフェを注文する。17:00帰宅。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧