439.小柴山

2009年5月26日(火)、歩程3時間30分、単独   2日連続の山歩きに10:00出発、行き先は宮城山形県境の小柴山とし、Dsc06374 鬼首温泉をカーナビの目的地に設定する。 目的地まで86km、一般道で2時間ちょい、仙台は山が近い。大衡からR457に入り、色麻町、岩出山町(現大崎市)を通る。11:45道の駅池月で休憩。県道最上鬼首線を登り、12:50登山口の花立峠(海抜796m)に着く。県境の花立峠には既に10台ほど先着車が駐めてあるが、殆どが禿岳登山者のもの、ちょうど一人下山してくる。古川市から来たという老師で、日本百名山と都道府県最高峰完登を目指しているとのこと、尋ねられるままに千葉県の最高峰愛宕山の情報を提供する。それにしても、県内にも隣県にも素晴らしい山がDsc06376 沢山あるのに、どうしてわざわざ遠出をするのであろうか。 入口の道標に「花立遊歩道入口・小柴山山頂まで3.5㎞」とある。念のため熊避け鈴とスパッツを着ける。始めはひたすらの尾根登り、ヤマツツジは未だ蕾であるが、オオカメノキ、サンカヨウ、ユキザサなどが咲いている。ネマガリタケも出てはいるが随分細い。残雪が現れ、上下の斜面にはカタクリとキクザキイチゲが大群落を作る。足の踏み場もないとはこの事、カタクリの葉と花を試食用に摘み取る。雪解け水の溜りででも発生するのか、ブユが物凄く多い。行く先々でしつこく付き纏う。虫除けスプレーを顔や手など露出部に入念に噴霧するも、長袖シャツの袖口から侵入し、Dsc06398腕を何箇所も刺される。 13:32第一無名ピーク(994m)に着く。腐朽木にヌメリツバタケモドキが出ている。そこから少し下ると、平坦な道が暫らく続く。遊歩道と云うだけあって歩き易い。周囲は一面のブナ林で新緑が美しい。また左手(北東面)には鬼首の環状盆地と、その外輪山越しに雪の残る栗駒山の姿が望める。崖側斜面にコシアブラの木が多くなる。若芽は葉が展開し始めたばかりの最高の状態、暫し摘み取り作業に従事する。14:00「小柴山2.1㎞・花立峠1.4㎞」道標地点、道は良く手入れされているが歩く人は少なそうである。 14:05第二無名ピーク(980m)、そこから標高差で100m近い大下り、Dsc06400鞍部から登り返す。14:20「小柴山1.4㎞・花立峠2.1㎞」道標地点。目の前に小柴山らしいピークが現れる。14:45第三無名ピーク(1,000m)、そこから最後の急登をひと踏ん張りすると、三等三角点と壊れたベンチ2台がある第四ピーク(1,055m)に出る。時刻は14:54、山名板はないがどうやら小柴山の山頂と思われる。眺めは北東面のみ開けており、鬼首環状盆地と外輪山と栗駒山が拝める。道は更に先へ続いており、それを詰めてみると綺麗に刈り払いされた広場(1,040m)に出る。スキーリフトがそこまで登ってきている。おそらくリゾートパーク鬼首スキー場の最上部リフトと思われるが(後日調べたところでは、小柴ペアリフト頂上駅)、乗り場の板張りに傷みが目立つ。もはや使われていないのであろうか。Dsc06423その先は谷へ向って大きく落ち込み大柴山方面に続く道は見当たらない。次のピーク(大柴山?)は遥かに遠いので、先ほどの三角点峰が小柴山に違いないと確信する。小柴山は東西に横長の山体のようである。広場でお握りを食べてから往路を戻る。すると、広場の入口に、宮城県古川営林署作成の「小柴山山頂 標高1,055m 花立峠(→)3.5㎞」の偽木標柱が倒れている。やれやれ、三角点の傍に置いてほしいものである。15:15再び三角点峰、帰りはネマガリタケのタケノコを採りながら下る。それでも下りは早く、16:35花立峠に戻る。もはや駐車場に他の車は1台もない。帰路はR47で古川に出て、R4で仙台に戻る。19:40無事帰宅。ブヨに刺された箇所は右腕2箇所、左腕9箇所、何れも腫れてきて痛痒い。東北の山の勲章と思って我慢する。

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438.翁倉山・硯上山

2009年5月25日(月)、歩程4時間30分、単独   北上町(現石巻市)十三浜の白浜にあるビール神社にお参りした後、翁倉山の登山口がある同町女川に向かい、12:00飯田(はんだ)屋敷跡に車を駐める。飯田屋敷跡というのは、江戸時代、四百五十石取りの領主、伊達家一族の飯田能登道親の屋敷があった所である。 傍らに立つ説明板によると、「女川(飯田)口説(くどき)の由来」とあって、 「宝暦二年(1752)春、仙台藩士飯田能登道親の妻お節と、Dsc06294家臣日塔喜右衛門との恋、そして主君(飯田能登道親)の殺害、出奔は、仙台藩に大きな衝撃を与え、話題を呼んだ。飯田口説は後年、お節、喜右衛門との悲恋を綴った物語で、一つの芸能として語り継がれている。なお、被害者飯田能登道親の墓は女川部落の江林寺内にあるとともに、お節、喜右衛門が処刑された七北田刑場跡(現仙台市泉区)には供養のため寄進されたお節地蔵が現存している。口説第一段の一部 『ハアー色は思案の外とは云えど 昔故実を尋ねてみれば 鳥の教えし妹背の道よ 内裏上寵も御公家も武家も 恋は誠の道とは定め 仁義五常も恋より起る 色で丸めしDsc06319世の中なれば 色と恋とは是非なきものよ 高き賤しい上下はなきよ 故を如何にと尋ねて聞けば 国は奥州仙台桃生の郡 村を申せば北女川よ 四十五貫の御知行取りで 飯田能登とて名高き人よ (後略)』 平成二年三月 むらのくらし活性化推進事業 事業主体 北上町」とある。250年も前に、こんな田舎にも伊達家を揺るがすような艶な事件があった事を知る。気を取り直して翁倉山へ向う。渓の右岸林道を緩く登っていく。道端にはアイコ、ウルイ、フキ、ミズなどの山菜が群生する。東北の山はしっとりしている。12:20林道終点広場、ここまで車で進入可能であり、10台分位の駐車スペースがある。そDsc06307れにしても道標の類は一切ない。翁倉山一帯は、「翁倉山のイヌワシ繁殖地」として国の天然記念物に指定されており、一般登山者の入山を歓迎しないのであろう。大きな堰堤の手前から左の山道に入る。尾根への取り付き口にやっと小さな道標がある。そこからじぐざぐに急登し、12:30尾根上の四辻に出る。尾根を右へ辿る。松喰い虫の被害を受けた アカマツの風倒木が多く、くぐったり跨いだりして進む。海抜200m位の平坦な道が続く。アカマツ交じりの雑木林は青葉が美しく林間逍遥の趣、心地好い。アカマツの純林のような箇所もあり、秋には高価なマツタケが出る模様、登山道脇に「翁倉山一帯のまつたけ採取を厳禁する。 女川共用林組合松茸採取下部組織」なる看板が立ててある。コシアブラ、タラノキ、ゼンマイ、ワラビもあるがもう採るには遅い。13:15主稜線に上る。そこから急登に変り、ロープを頼りに登っていく。山頂に近づくとヤマツツジの見頃、林床はマイヅルソウの花盛り。前衛ピークからちょっと下って登り返すと翁倉山の山頂(標高532.4m)に着く。時刻は13:40、低山にしては山が深い。Dsc06315小広い山頂には、翁倉岳神社石祠の外に、石祠1基、石碑1基と二等三角点がある。翁倉岳神社の祠の内部にお賽銭がうず高く積み上げてある。山開きの名残なのか、標柱に日章旗が翩翻と翻る。眺望はさほどでもないと案内書にあったが、山頂一帯の樹木を伐採したらしく、今はかなりの景色である。北北東には深く湾入する志津川湾が望めるし、南には追波川(北上川)の流れと周辺の青い水田平野が眺められる。山頂を独り占めし、昼食代わりのバナナを食べる。東北には平日に山歩きするような酔狂な御仁はいないようである。往路を忠実に戻り、15:15飯田屋敷跡に着く。少し物足りないので、雄勝町と石巻市の境にある硯上山にも登ることDsc06355に決め、登山口の雄勝峠へ向う。16:00雄勝峠の登山口大駐車場に車を入れる。 看板の案内図を見ると、昭和59年に整備されたふるさと緑の道が山頂まで延びているようである。雑木林の中に幅広の立派な林道が続く。ここも林間プロムナードの趣、今頃の山が一番清々しい。ふるさと緑の道は、宮城県制百年記念事業の一環として整備され、石巻市から唐桑町まで100㎞も続くとのこと、規格も立派で東海自然歩道や関東ふれあいの道を凌ぐほど。フジやヤマツツジの花を愛でながらゆるゆる登っていく。山登りの感じは全くしない。16:20水場、直ぐ上にある休憩舎は 手入れが悪く荒れている。Dsc0636116:40あっけなく硯上山の頂上(520m)に着く。広い山頂は公園風に整備され、東屋と電波塔が建つ。三角点は二等である。眺望は広闊雄大で、平凡な登路を補って余りある。まず東面には雄勝の街並と雄勝湾が、その北には北上川河口と追波湾が見える。リアス式の南三陸海岸が見事に実感できる。そして南東には紫のシルエットで海上に浮ぶ金華山の神々しい姿が、南には大六天山など牡鹿半島の山並が望める。また南西には石巻湾と弧を描く野蒜・洲崎浜の海岸線、更に大高森が眺められ、西には近くの上品山と、その奥遥かに霞む奥羽山脈も見える。なんとも贅沢な眺めである。十分に景色を堪能してから下山にかかり、17:20車に戻る。矢本町で給油し19:20には榴ヶ岡のマンションに帰宅、仙台は海も山も近くて良い。   

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432.大土山(おおどやま)

2009年1月17日(土)、歩程1時間30分、単独Dsc04502   仙台に帰省した序に、日本三大虚空蔵尊のひとつと称する津山町の柳津虚空蔵尊へお参りに行く。 仙台の自宅から松島、石巻経由で75㎞ほどある。10:10出発、国道45号線を走り、12:20柳津虚空蔵尊着。北上川に沿う45号線から右折、大鳥居をくぐった先の大土山の山懐に柳津山宝性院はひっそりと建つ。同寺の略縁起によると、神亀三(726)年行基菩薩この地に来たり、自ら一尺二寸の虚空蔵菩薩像を刻み、黄土山の峰に一宇を創立してこれを安置、一村の守護仏として尊崇したとある。また宝亀二(771)年大伴家持が多賀城にありし時登山しDsc04525てこの虚空蔵尊を拝し、福島の会津柳津、山口の柳津に安置せる仏像も同じく行基の作で日本三所の秘仏であると言った事から、 日本三所の一、福智満虚空蔵尊を名乗るようになったようである。万葉歌人・大伴家持が陸奥按察使持節征東将軍として多賀城に着任したのは延暦元(782)年のこととされており、寺伝とは10年ほどずれている。まあこれもご愛嬌、なんにしても一千年の昔から地域の人々の尊崇を集めてきた有り難い虚空蔵様であることに変わりはない。本堂にお参りしてから背後の山(大土山)の中腹に建つ奥の院まで足を延ばす。本堂の左手からスギ林 の中を登り1Dsc045302:50奥の院に着く。参道はそこで行き止りであるが、道のない尾根を更に登って山頂を目指す。暫らくはスギ林で、その上部は雑木林である。 藪は薄く、昔は登山道が付いていたものと思われる。それにしてもひたすらの登り、かなりの急傾斜であり、昨日の雪と厚く積もった落葉とで足元が滑る。ウォーキングシューズで来たため歩きにくく、その上中までぐしょ濡れになる。13:20漸く大土山(黄土山)の頂上(318m)に到着、三等三角点があるだけで山名標識や祠などは一切ない。山頂はスギ木立に囲まれ展望はないが、この辺りでは一番高そうである。今では登山道はどこからも通じていない。Dsc04526三角点に触って直ぐに下山、往路を忠実に戻る。忠実に引き返した積りであったが、雑木林からスギ林にかかる辺りで尾根を1本左に下ってしまったらしく、奥の院が現れない。ままよと降るうちに杉林の傾斜はますます増して、やむなく谷に下りる。吹き溜まる雪に難渋しながら暫らく谷筋を下ると堰堤で行き止まる。そこから右の尾根を乗り越すとやっと下方に庫裡の裏手の倉庫が現れる。やれやれと山際の竹やぶを潜り抜けて境内の一隅に降り立つ。靴もズボンも泥だらけで全く様にならない。不審者と怪しまれかねない情けない姿である。低山と侮ったのが失敗の元、深く反省し、もう一度本堂にお参りする。そして津山町のもう一箇所の名所、横山不動尊へ向う。

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322.金華山

2004年3月21日(日)、歩程4時間30分、同行妻   今年の山行の皮切りは金華山、前回の高間山から3ケ月経つ。三陸道からコバルトラインを抜けて鮎川の町営駐車場に9:15着。㈱金華山観光の高速旅客船、ホエール号に乗り込む。72人乗りの客室に乗客は18人、未だシーズンオフである。9:50金華山港着、早速山頂目指して歩き始める。黄金山神社に参拝してから右手の登山道に入る。全山アカマツ、クロマツ、モミ、ケヤキ、イヌシデ、ブナの巨木に覆われているが、幼木や下草は鹿の食害で育たず、裸地化が進み荒涼としている。清水石、水神社を過ぎて八合目の稜線に出ると、太平洋の水平線と南三陸のリアス式海岸の眺望が広がる。11:10山頂(445m)に着く。奥宮の大海祇(わだつみ)神社がある。奇遇にも燈篭は柏市の山一工業㈱が奉納したものである。春の海に浮かぶ網地島や田代島を眺めながら、昼を食べる。帰りは千畳敷方面に下山する。高さ20mの巨岩、天柱石の辺りは岩石が累々と重なり落石危険箇所である。浅間のJバンドにちょっと似ている。蘇字峠を過ぎて急坂も緩み、12:10千畳敷に出る。花崗岩の白い岩畳が海の中になだれ込んでいる。雄大な景観である。観光客もいなければ観光施設も皆無、天晴れな自然である。そこからは岬巡りの海岸沿いの道を行く。松喰い虫の被害を受けて切り倒された丸太が累々と曝されている。途中で鹿と猿を見かける。海蝕断崖の景色を眺めながら燈台脇を通過、14:20金華山港の桟橋に戻る。

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178.青麻山

2000年3月4日(土)、歩程3時間、同行仙台山想会9名   仙台に於けるハイキングも今日で一旦打ち止め、最終回の参加者はOB4名に現役6名の計10名、蔵王連峰の前山、青麻山に登る。8:00会社の駐車場を出発、東部道路を走り9:30登山口の無線中継所に着く。東南面の雪は消えているが、北西面には10~20cmの雪が残り靴がもぐる。ズルズル滑る腐れ雪に足をとられ悪戦苦闘しながらも10:50山頂(800m)に到達する。隣のあけら山まで足を延ばす事も考えたが、ズック靴のメンバーが気の毒なので諦める。目の前に連なる蔵王山の純白の峰々は神々しい。一服してから下山開始、往路を戻る。マンサクの花が風に揺れ北国の春である。12:35登山口着、14:00会社の駐車場に戻り解散。時間が余ったので、松島の夕景を眺めに四大観のひとつ、扇谷へと車を走らせる。

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177.大六天山

2000年2月13日(日)、歩程1時間30分、同行妻(&レミ)   家に沈殿するのはいだましい良い天気、雄勝町境の硯上山に登んべと10:30家を出る。三陸道を走り、石巻市真野地区から雄勝峠を越えて登山口を目指す。ところが関東周辺の山と違って案内板は皆無、とうとう一本南の林道に迷い込む。やっと脱出して雄勝峠への道を進むと、今度は冬季通行止めのゲートに阻まれる。諦めて牡鹿半島の大六天山へ向う。コバルトラインの途中にある展望台が登山口で既に標高は280m、山頂まで1.1kmの軽いハイキングである。アカマツ、クリ、スギなどの樹林帯は風倒木が多い。特にアカマツは松くい虫の被害を受け殆どが切り倒されている。40分ほどであっけなく山頂(440m)に着く。一等三角点が置かれた立派な山頂であるが、東北電力の無線中継所が無粋である。山頂から200mほど稜線伝いに進むと三国神社がある。昭和30年代まで半島両側の針浜集落と横浦集落の人々の絶大な信仰を集めた社である。鐘楼の釣り鐘は昭和29年の鋳造である。参拝してからもと来た道を戻る。16:30帰宅。

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176.蕃山

2000年1月29日(土)、歩程3時間、同行仙台山想会6名   冬晴れの好天、最高気温8℃最低気温マイナス2℃の予報である。9:00仙山線下落合駅に集合したメンバーは6名、殆どが常連である。駅近くの東北支社に勤める女性の家に車を預かってもらい歩き始める。山岸口から西風蕃山(ナライバンザン)に登る。北面には先日の雪が積もっている。林間を行く尾根道から雁戸山、神室岳、大東岳、面白山、船形山など奥羽脊梁山地の白銀の峰々が見渡せる。蕃山の山頂(373m)に着くと、松島瑞巌寺開山の雲居(うんご)禅師を祀る開山堂がある。山麓にある大梅寺の奥の院である。山頂でひと休みしてから大梅寺目指して下る。寺の境内で樹齢500年を超えるヒヨクヒバの巨樹(仙台市指定の天然記念物)や石庭を見物する。臨済宗妙心寺派の禅寺は風趣がある。御住職がどこからともなく現れ、いきなり我々に尋ねる。曰く「皆さんは6ケ月前どこに居ったかな?」。半年も前のことなど誰も直ぐには答えられない。すると晴天の空を見上げて又曰く「あのお日様の反対側の宇宙空間におったのじゃよ」と。全員目から鱗が落ちる。企業戦士は日頃、「品質」「コスト」「全体最適」などと唱えるばかり、皆完全に視野狭窄症に陥っている。なるほどと感心したり、「技あり、一本!」と思いながら駅前に戻り、寿司屋で打ち上げを行う。

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175.釜房山

2000年1月9日(日)、歩程1時間、同行妻(&レミ)   天気はパッとしないが今年最初の足慣らしに出かける。妻とレミを伴い11:30出発、行き先は釜房山にする。長町から笹谷街道(R286)を走る。釜房ダムに着くと橋の上はワカサギ釣りの人で鈴なり、バケツを覗くと5cmほどのワカサギが10数尾入っている。南側登山口から「いろはにほへと・・・」の案内標識を辿り登って行く。30分ほどで難なく山頂(385m)につく。山頂には壊れた鳥居と栄存神社と刻まれた石碑がある。帰りは北側登山口に下山し駐車場所に戻る。途中さすが家で遅い昼食を済ませて16:00帰宅、疲れが出て炬燵で横になる。

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173.七ツ森縦走

1999年11月20日(土)、歩程6時間30分、同行仙台山想会12名   6:30に家を出て7:20に南川ダム駐車場着。01_94 8:00の集合時刻に集まったメンバーは男性9名、女性4名、今日も総勢13名の賑やかなハイキングになる。天気も上々、小春日和で暖かい。3台の車をダムサイトにデポし、残り3台の車に全員乗って登山起点の信楽寺跡へ向かう。8:30信楽寺跡駐車場、そこから歩き始めて9:15松倉山、10:10撫倉山、11:05大倉山、11:55蜂倉山、13:15鎌倉山、14:10遂倉山と七山中六山のピークを踏む。メンバーに疲れが見えるので七山目のタンガラ森は今回も見送り、15:00南川ダム駐車場に下山する。デポしておいた車に再び全員で乗り、信楽寺跡に車の回収に行く。山行の締めくくりは例のごとくOさん持参のポットコーヒー、皆で美味しく御馳走になる。15:30現地解散、16:25帰宅、後片付けの前に隣へ散髪に行く。

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169.船形山(升沢コース)

1999年10月10日(日)、歩程8時間、同行妻(&レミ)05_7   連休2日目も好天、今日は昔からの信仰道である升沢コースを辿って船形山に登る。8:30升沢集落奥の旗坂野営場に着く。二箇所ある駐車場はほぼ満杯、芋煮会を楽しむ人が多い。ブナ樹林帯の緩やかな登りであるが、山頂まで7.5km、標高差930mもある。旗坂平、一群平、鳴清水を通る。 ブナの立ち枯れにブナハリタケが出ている。白いものを選んで少し採取する。ツキヨタケは実に発生量が多い。10:45三光宮に出る。山頂と登山口のほぼ中間地点で、01_323 日と月と星を祀る社である。展望台から三峰山の眺めが良い。鳥居跡が残る不動岩付近からミネカエデの黄葉が美しくなる。升沢小屋を過ぎて沢の中を登る。千畳敷に出ると山一面が錦繍に彩られている。みちのくの秋の山の良さを満喫する。13:00ようやく船形山の山頂(1,500m)に着く。山頂小屋も大分出来上がり今は屋根葺きの段階、完成間近かである。4度目の山頂であるが、ふるさとの山は登るほど愛着が湧く。今日も山頂は登山者で大賑わいであるが、殆どは最短の大滝コース往復を歩く人である。帰りは蛇ケ岳草原コースを下る。17:00暗くなる寸前に漸く旗坂野営場に戻る。

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167.屏風岳

1999年8月22日(日)、歩程4時間、同行妻・息子(&レミ)   今年11回目の山行に8:35出発、再び南蔵王の屏風岳に登る。10:30刈田峠駐車場着、下界は晴れていたが、山上はガスの為全く視界が効かない。涼しいを通り越して寒い位である。稜線上を行くと、キキョウ、ハクサンシャジン、ヤマハハコ、ヨツバヒヨドリ、リンドウなど秋の花が咲き競う。イワハゼ、ガンコウラン、コケモモの実は早くも色付き始めている。11:20前山、11:50杉ケ峰、12:15芝草平を過ぎ、13:10屏風岳山頂(1,817m)に着く。一服して往路を引き返し15:20車に戻る。夏休みも終りが近づき、明日妻と息子は柏に帰る。17:40帰宅、伊達の牛タンへ夕食を食べに行く。

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166.熊野岳

1999年8月8日(日)、歩程2時間、同行娘   7:00起床、又も真夏日復活、今年は暑い。01_322 今日は涼みがてら娘を連れて蔵王のお釜見物に行く。8:45出発、エコーラインまでは順調であったがハイラインは夏休みの行楽の車で大渋滞、2km進むのに1時間かかる。12:00漸く刈田岳レストハウス下の駐車場に着く。今日のお釜はこれ以上望めないほどくっきり見える。又、吾妻連峰、飯豊連峰、朝日連峰など東北を代表する山々が隈なく見渡せる。このまま下るのは勿体無い天気なので、最高峰の熊野岳まで足を延ばすことにする。心地好い風に吹かれながらスカイウォークを楽しみ、14:00駐車場に戻る。

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163.屏風岳・不忘山

1999年6月20日(日)、歩程6時間、単独   5:30起床、生憎雨である。6:30集合場所のKSPへ行くと常連4名が集まっている。雨は本降りで、皆の顔が「この雨でも行くのか」と問うている。やむなく中止を決め、その場で解散する。雨の山歩きも風情があるが・・・、やむなく今日は単独行と決める。エコーラインを登って9:00濃霧の刈田峠バス停に着く。RVRの中で雨具とスパッツを着け完全防水の身支度整える。山形県側に歩くと直ぐに左に降る登山口がある。そこを下りると小湿地に出る。01イワカガミ、チングルマ、マイヅルソウが咲いている。雨は降ったりやんだり、お陰で静かな山歩きが出来る。刈田峠を過ぎて稜線を行くようになると、ガンコウランやコケモモが現れ、後者はピンクの花盛りである。オオシラビソの枝が皆東側(宮城県側)を向いているのは冬の強風のためと思われる。ミヤマハンショウヅルの暗赤紫色の花もある。前山を越えて10:30杉ケ峰(1,745m)に出る。三等三角点があり、好天であれば眺めの良い所であるが今日は何も見えない。芝草平(1,652m)にさしかかると小湿原が連続し、イワイチョウ、ショウジョウバカマ、ヒナザクラが一面に咲いている。ミネザクラも咲き山中はまさに盛春である。烏帽子岳への道を左に見送り、シャクナゲの花を愛でながら進むと11:30屏風岳山頂(1,817m)に着く。一等三角点がある山頂は宮城県の最高点である。更に不忘山へと足を延ばす。平坦な稜線にはシャクナゲとハクサンチドリが多い。12:10南屏風岳(1,810m)、屏風岳と不忘山の中間点でどちらへも1.5kmの距離である。そこから急降下、痩せ尾根にハクサンイチゲが群生している。イワベンケイ、タカネバラやミヤマオダマキもちらほら、南蔵王は花の山である。12:35不忘山山頂(1,705m)に着く。初めて登山者に出会い写真を撮ってもらう。一服しただけで直ぐに引き返す。往路を忠実に辿って15:40ようやく車に帰着、さすがに靴に水が滲みている。霧で全く視界がないエコーラインを慎重に下って、青根温泉、川崎、釜房湖経由で仙台に帰る。

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161.船形山(大滝コース)

1999年6月5日(土)、歩程3時間20分、単独   カーナビの目的地を色麻町役場に設定し6:45出発、R4を北上し大和町から大衡村を抜ける。色麻町役場前のGSで道を訪ね、ようやく岳山林道を探し当てる。要所に船形山登山入口の案内板があるのは良いが、とんでもない悪路が20kmも続く。車高の高いRVRでも底を着くほど、雪解け後の整備が未だなされていない。それでも最後の4、5kmは舗装されている。9:20漸く色麻町営大滝野営場到着、30台ほどの駐車スペースと2軒のロッジ、それに炊事場がある。炊事場に湧き出ている水は“人命水”と呼ばれている。キャンプ場から山頂迄2.6km、1時間40分は船形山登頂の最短コース、顔や腕に虫除けスプレーを噴霧して21年ぶりの山頂を目指す。ブナ樹林の中を行く道は良く踏まれている。チシマザサ(ネマガリタケ)の薮の中でタケノコ採りの人が呼び交わす声が聞える。エンレイソウ、マイヅルソウ、標高1,200m付近ではシラネアオイが咲いている。ヤマソテツの新芽はくるくると愛らしく、ミヤマカタバミの白花は清楚、残雪が窪地の随所に見られる。10:20小野田コース・鏡ケ池分岐、傍らのブナの幹に「昭和28年9月吉日船形山岳山林道刈払人夫」と鉈で刻まれている。バイケイソウが生える展望台を過ぎ、岩がゴロゴロした涸れ沢を登っていく。コシアブラの新芽が摘み頃の標高1,400m付近を過ぎ、10:55稜線に上る。御来光岩があり山頂迄300m、尾花沢コース合流点である。シャクナゲ、ナナカマド、ハイマツが現れ、ミヤマキンバイが一面に咲く。11:05船形山頂上(1,500m)、10数人の登山者がいる。山頂小屋は昨年またも不慮の火災で焼失してしまい近々再々建されるとのこと、お握りを食べて一服する。11:15下山開始、コシアブラとネマガリタケを採取しながら下り、途中から小野田コースに入って鏡ケ池に寄ってみる。池中には真っ黒なイモリが沢山いる。そこから前船形山に登ろうとしたが、薮がひどく道がはっきりしない。熊も怖いし、諦めて引き返す。13:00大滝野営場着。帰路、色麻大滝を見物、水量豊富で見事な滝である。15:20帰宅、泥だらけのRVRを洗車し、汚れ物を洗濯する。その後お裾分けのネマガリタケを持って隣に散髪に行く。夜、ネマガリタケをオーブントースターで焼いて味噌を付けて食べると麦酒の肴に最高、美味い。

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160.太白山

1999年5月31日(月)、歩程40分、単独   部屋の掃除を済ませて10:45出発、今日は夕方から仕事があるので近場の軽い山にする。太白区の日本平団地から人来田小中学校脇の細い市道を通り抜け、生出森八幡社下の広場に駐車。両側に老杉が繁る参道を行くと直ぐに八幡社に出る。数人のハイカーが降りてくるのと擦れ違う。そこからロープや鎖を頼りに急な岩場をひと登りすると、岩がゴロゴロした太白山頂上(321m)に着く。登山口から20分強のアルバイト、山頂には809年勧請の貴船神社が祀られている。仙台平野を蛇行して太平洋に注ぐ名取川が光って見える。「あれが船形山、あの光るのが広瀬川」、暫し知恵子抄的景色を楽しむ。下山後、久し振りにさすが家八木山店に寄り昼食を摂る。14:00帰宅、髭をそりシャワーを浴びてさっぱりしてからスーツに着替え、定禅寺パークビルヂングへ向う。

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159.糸岳

1999年5月24日(月)、歩程4時間15分、同行仙台山想会14名   今日の行き先は磐司岩本峰の糸岳である。02_36 7:30待ち合せ場所の秋保大滝駐車場に着く。今日は総勢15名の団体登山、賑やかである。8:20白糸の滝登山口着、5台分の駐車スペースがそっくり空いている。平日の上に、玄人好みの山とくれば無理もない。一旦二口沢にかかる白糸の滝まで降りて、標高差500mの急登にかかる。木の根を掴んで登るような急登・直登が延々と続き全員へろへろ、「これが本当にハイキング?」と言う恨み節まで聞えてくる。断崖に咲くシロヤシオやイワカガミの花に慰められつつ漸く稜線に登りあげ、9:50臨潭(ノゾキ)に出る。風鳴平を過ぎ02_128 望洋平に出ると、太平洋こそ霞んで見えないが、二口峠を挟んで対峙する大東岳、仙台神室、雁戸山、蔵王連峰などが一望できる。コシアブラの木が多くなり、皆で新芽採りに興じる。竜駒峰三叉路(北石橋、白糸の滝、糸岳の分岐)を過ぎ竜駒峰を越え、11:10待望の糸岳の山頂(1,228m)に着く。山頂からの展望はいまいち、山寺方面が眺められるに過ぎない。弁当を開いて大休止にする。12:15下山開始、帰りは周回コースをとり二口峠に下る。峠から長い林道を歩き13:35無事登山口に戻る。帰路、秋保天守閣公園の木の家に寄り、香りの良いコーヒーを飲む。

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158.寒風山

1999年5月15日(土)、歩程4時間30分、同行妻(&レミ)   9:45国道48号線関山トンネル入口の電話ボックス前に車を駐める。あいにくの曇天で時々ぱらぱらと雨が来る。県境稜線を北に辿る登山道は広葉樹林の中、今は若葉が美しい。コブの背という995mピークには青葉区愛山会が掲げた真新しいプレートがある。笹原へ下るとカタクリとイチリンソウの大群落があるが、残念ながら花の盛りは過ぎている。コシアブラやハリギリの若芽を摘みながら前進する。フキノトウも多い。1,065mピークのアオの背付近は所々に残雪がある。そこから20分ほど行くと寒風山の山頂(1,117m)に着く。自衛隊の反射板2基が建つだけの山頂は殺風景であり、三角点もネマガリタケの薮に隠れて見つからない。お握りを食べて下山、14:30登山口に戻る。終日ひとりの登山者とも会わず、5月の休日にこんな山もある。

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157.禿岳

1999年5月9日(日)、歩程4時間、同行妻(&レミ)    今年2回目の山行は鬼首のカルデラ外輪山の中で最も高い禿岳へ。8:10出発、東北自動車道を古川ICで下り、登山口の花立峠に10:10着。既に標高は800mほどで、そこからブナ林を稜線伝いに緩やかに登る。コシアブラの新芽は未だ硬く小さい。カタクリ、キクザキイチゲ、ショウジョウバカマ、スミレなどが可憐に咲いている。切株に出ていたヒラタケを有り難く頂戴する。11:20五合目、11:40七合目、荒雄湖が見渡せる。家族連れが続々下山してくる。12:10不動明王像が祭られている南峰に出る。そこから5分ほど先が1,261mの山頂(北峰)である。昭和62年9月に鳴子町が建てた石柱と二等三角点がある。山頂から花立(3km)、中峰コース(3km)、最上町(2km)の三方へ登山道が通じている。近くの神室連峰は未だ残雪をどっしり纏って真っ白、ウグイスの鳴き声が高くお山は晴天である。往路を戻り14:00花立峠の駐車場に着く。道路の法面に出ているフキノトウを採取しながら峠を下り、鳴子町の農民の家に立ち寄る。おずんつぁんやおばんつぁん、おんつぁんやおばちゃんなど県内の湯治客に昔から親しまれた温泉である。基本は混浴であり、その浴室が一番大きいが眼の保養にはならない。男女別の浴槽に入る。硫黄泉のお湯は極めて熱く、とても長風呂などできない。早々に上がり帰路に着く。

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156.七ツ森縦走

1999年4月29日(木)、歩程5時間20分、単独    雨がぱらつく天気であるが七ツ森全山縦走、七薬師駆けに出発。12:10信楽寺跡駐車場に車を入れる。先ず観音堂に参拝する。境内はサクラやボケの花盛り、山々を覆う木々の早緑は柔らかい。タラの芽採りの人が多く、籠を一杯にして続々戻ってくる。タラノキはどこもかしこも丸坊主である。杉林の登りにかかるとニリンソウが一面に咲いている。12:55一等三角点がある松倉山頂上(291m)に着く。仙台平野の眺めが広い。船形山には未だ残雪が多いが泉ガ岳の雪は消えている。萱の森展望台を過ぎ13:35撫倉山(358m)、山頂から栗駒山が遠望できる。三方境から登山道を外してしまい、道なき斜面を急登して大倉山山頂(327m)に出る。時刻は14:15、四等三角点がある。標高は低いが登下降の繰り返しは結構きつい。大倉山から下る途中でカモシカに出合う。こんな低い山にも棲んでいるとは驚きである。14:45蜂倉山(293m)、アカマツ林に囲まれた山頂である。湯名沢林道出合の沢からカジカガエルの大合唱が聞こえてくる。草臥れてきてペースは次第に鈍る。15:35ようやく鎌倉山(313m)。七ツ森の山頂に安置されている薬師像は、宮床館主家臣の八巻影任・影長親子が1762年に奉納したものである。それにしても七山駆けはきつい。16:05遂倉山(307m)、山頂に朽ちた神社と展望台がある。今日はこれまで、七山目のタンガラ森をパスして、涸沢をダム湖畔へと下る。七ツ森遊歩道入口からは春風に吹かれながらの散策子、八重桜の花見を楽しむ。長い長い舗装道路歩きを終えて、17:40信楽寺跡駐車場に戻る。

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155.笹倉山

1998年12月20日(日)、歩程1時間20分、単独   風が強く寒い日であるが足慣らしに出かける。9:00出発、行き先を七ツ森(撫倉山、松倉山、大倉山、鉢倉山、鎌倉山、遂倉山、タンガラ森の総称)の親山、笹倉山に決める。カーナビの案内で南川ダムまでは難なく到着、七ツ森橋の上では10人ほどの人がワカサギ釣りに熱中している。雪が横殴りに降っていてこの時期の釣りもゆるくない。そこから登山口を探すのに一苦労、11:00ようやく北東側林道の峠にある登山口を見つける。水神があり、霊水を汲みに来ている人もいる。杉林の中を40分ほどの登り、途中に亀ノ子岩展望台があるが吹雪で何も見えない。山頂に出ると立派な神社と三等三角点がある。七ツ森のそれぞれの山頂に祀られていた七薬師をこの神社にまとめて祭ったとのこと、七ツ森の縦走が大変なので昔の人も便法を使ったものと見える。登山者は他に5、6人ほど、寒いので直ぐに下山し12:40車に戻る。

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152.大東岳

1998年10月3日(土)、歩程7時間、単独   会社の慰安旅行で秋保グランドホテルに前泊、7:00バイキング方式の朝食を済ませ、皆より一足早くチェックアウトする。9:15RVRを秋保ビジターセンターの駐車場に置かせてもらい、本小屋から表コースを登る。10:15立石沢、11:00五合目船形連峰展望所。ブナの立ち枯れにツキヨタケが見事な傘を重ねている。12:10鼻こすり、12:40標高差1,000mを登りきって大東岳山頂(1,366m)に着く。山頂にはコシアブラの木が多く、今はタラノキと同じような黒い液果を付けている。実を口に含むと甘味はなく、コシアブラ特有の精油の香りがする。山頂からは遠く鳥海山や月山、船形山、栗駒山が望める。また近くは太白山、中山大観音、仙台平野、太平洋が見渡せる。二口山塊の盟主にふさわしい展望である。菓子パン2個を食べ一服する。12:55下山開始、帰りは裏コースを下る。13:20急坂の弥吉ころばし、14:25樋ノ沢避難小屋、2階建ての新しい小屋の周りにはミズ(ウワバミソウ)が群生している。そこから大行沢(オオナメサワ)に沿う林間の水平道を行く。対岸にそそり立つ裏磐司大岩壁の眺めに圧倒される。紅葉の最盛期には間違いなく絶景になる。北石橋入口、ケヤキ沢、京淵沢、雨滝を経て、16:25駐車場所に戻る。飲み過ぎと寝不足の体にはハードなエクササイズ、すっかりくたびれて18:00帰宅。

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148.蔵王山回峰

1998年7月5日(日)、歩程5時間、同行妻(&レミ)   7:45出発、東北自動車道を村田ICで降り、蔵王エコーライン、ハイラインを走る。9:30刈田岳レストハウス下の駐車場に到着。01_83 ひと登りすると刈田岳山頂(1,759m)、好天のお陰で今日はお釜の眺めが素晴らしい。付近にはヒールやサンダル、スカート姿の女性が多く、ここでは登山姿が異質である。アオノツガザクラ、イワハゼ、ガンコウラン、ハクサンチドリ、ヤマハハコなどがまばらに生えるガレ場を行く。11:00最高峰の熊野岳(1,840m)に着くと立派な蔵王山神社がある。一旦下って登り返し11:45地蔵岳(1,736m)に着く。冬の樹氷で有名な所である。山頂から少し下った所に安永4年(1775)8月建立の大きな地蔵尊がある。12:15三宝荒神山(1,703m)、山頂一帯にハクサンシャクナゲの大群落が広がる。積雪が多い所なのかコバイケイソウも多い。往路を忠実に戻り14:30駐車場着。

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147.仙台神室

1998年6月21日(日)、歩程5時間30分、単独   カーナビの目的地を笹谷峠に設定し6:45出発、東北道から山形道に入り関沢ICで降りて286号線を笹谷峠へ登り返す。峠にある駐車場に8:00着、既に20台余の車が駐めてある。好天であるが寒気が入り込んでいるせいか寒い。山形神室まで120分の道標がある。稜線を緩く登ると一面高山植物のお花畑である。01_80アザミ、ウスユキソウ、ベニバナイチヤクソウ、ミヤマアズマギク、ミヤマキンポウゲなどが咲き競う。 ヤマツツジは盛りを過ぎているがウラジロヨウラクはこれからである。トンガリ山を過ぎると、コケモモ、イワカガミ、ハクサンチドリ、シャクナゲが加わり花の山の稜線漫歩となる。10:00三等三角点がある山形神室(1,344m)に着く。そこから清水峠分岐、ダンゴ平を通過し、最後に標高差200mの急坂を登りきると主峰仙台神室の山頂(1,356m)に出る。時刻は11:15、良いペースである。月山、朝日連峰、飯豊連峰が雲海から頭を出している。大東岳、面白山、船形山、北雁戸山、蔵王連峰は指呼の間、実に大観である。山座同定を楽しみながらゆっくり休む。帰りはネマガリタケ(チシマザサの筍)採りを楽しみながら往路を戻る。14:10駐車場着。

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146.栗駒山(イワカガミ平コース)

1998年6月19日(金)、歩程3時間30分、同行仙台山想会3名   新車RVRの慣らし運転を兼ね栗駒山へ。生憎の天気、午後からの雨の確率90%の予報である。霧雨の東北道を走り、若柳金成ICで降りて、イワカガミ平の大駐車場に8:10到着。雨具を着け小雨が降る中央登山道を登る。単調なジグザグの登り、強風に苦しみながら漸く山頂(1,627m)に立つ。時刻は9:40、風を避けながら簡単な食事を摂る。10:00下山開始、復路は東栗駒コースを下る。ガスに閉ざされて景色は全く見えないが、一面に咲くイワイチョウやヒナザクラに慰められる。途中新湯沢の渡渉に若干てこずったものの12:00駐車場に戻る。帰路、いこいの村栗駒に立ち寄り温泉に入る。平日の悪天候のお陰で他に客はいない。広大な浴槽を占領して冷えた体を十分に温める。

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145.南面白山・大東岳

1998年5月23日(土)、歩程6時間30分、単独   5:30に起き6:20出発。榴ヶ岡駅前のCVSでお握り2個を仕込み電車に乗る。仙台駅で7:09発山形行きに乗り換える。東京と違い山が近くてよい。沿線はハリエンジュの花盛り、8:09面白山高原駅に着く。標高は440mほど、紅葉川渓谷探勝路の入口でもある。スキー場のゲレンデを登る。イタドリ、シシウド、タニウツギなどが咲いている。風が無く陽射しが強い。8:50南面白山登山道入口、ブナ林に入ると涼しくなる。岩のゴロゴロした道を急登、10:10南面白山(1,225m)に着く。月山、朝日連峰、蔵王連峰、大東岳、北面白山、船形連峰など360度の展望である。これから行く大東岳が目の前にずんぐりと大きい。10:25出発、ヨウラクツツジが咲き、ウグイスが鳴く。全山にエゾハルゼミの蝉時雨が降る。あらゆる生命が天地一杯に生きている。樹林帯の中を進み、11:25四辻の権現様峠(910m)に出る。大東岳山頂まで2km、標高差450mの登り返しである。バイケイソウが群生する沢沿いの道に踏み込む。シラネアオイとショウジョウバカマの見事な群落がある。一人で眺めるのが勿体無いほどである。ブヨが多く右耳と左腕を刺される。熊を警戒し手を叩きながら進む。沢を詰めアズマシャクナゲの薮を掻き分けて一歩又一歩と登る。13:00ようやく大東岳山頂(1,366m)に着く。20年ぶり2度目である。大休止の後13:40出発、コシアブラの若芽を摘みながら表コースを下る。コブシ平はシロヤシオとイワカガミが見頃、今日は花の山旅である。15:45秋保ビジターセンター前のバス停に着く。17:05のバスに乗り陸前白沢駅に出る。駅近くの“ナマズ屋”に寄り鯰の天麩羅でビールを飲もうと思ったが生憎準備中、諦めて18:32の電車で仙台に戻る。

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