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イスタンブールの歴史地区

2005年2月23日(水) 空港やホテルで見かけるトルコ人の顔形は、写楽の描く市川えび蔵そっくり、頭の形がトガリアミガサタケを思わせる。眼光鋭くオスマントルコ帝国の末裔は誇り高い。浅い眠りで2:00と4:00に目が覚める。4:45起床、機内食しか食べていないので腹ペコである。クッキーと生茶で一息つく。CIMG0024NHKニュースが、今日23日関東と北陸で春一番が吹いたと告げている。 いよいよ花粉症にはつらい季節の到来である。十五夜なのかイスタンブールの月も丸く美しい。ヒルトンホテルの朝食はセルフサービスながら高級、格安ツアーにここまでサービスして大丈夫であるか心配になる。ボスポラス海峡の対岸から朝日が昇る。9:00出発、イスタンブール市内観光に向かう。雲は多いが青空のぞき暖かい。金角湾にかかるガラタ橋を渡り旧市街に入る。 先ずブルーモスクの見学、トルコを代表するモスクで青いイズニックタイルが内壁すべてに張られている荘厳なもの、床にもトルコ絨毯を敷き詰めてある。 キリスト教の大聖堂と異なり内部装飾はいたって簡素である。イスラム教は偶像崇拝を禁じており、壁面はすべて植物をモチーフにした紋様で飾られているにすぎない。01_2階段様の説教台(ミンバル)と龕状のミフラーブ(メッカの方向を示す)が目立つ程度である。 直径5mの4本の大円柱でドームを支えている。堂内の半ばに仕切りがあり、異教徒(見学者)はミフラーブには近づけない。外へ出てトプカプ宮殿の見学に向かう。街路樹にはスズカケノキの大木が並ぶ。 アヤソフィアの脇を進み、城壁のメインゲート「皇帝の門」を潜る。そこは第一庭園でアヤ・イリニ教会が建つ。尖り屋根の左右の塔を備える「表敬の門」はいかにもイスラム的城壁の雰囲気を醸し出している。そこをくぐって第二庭園に入る。議事堂、武器展示庫を見る。02_2 1460年スルタン手植えの樹齢540年のプラタナスの巨木がある。 当時の台所には銀器、青磁、白磁がところ狭しと並べられている。ここはシルクロードの西の端、中国文物の終着点でもある。衣装展示室には歴代スルタンが着用した上着(カフタン)が並ぶ。模様はチューリップ、ザクロ、唐草、シダなどで金糸、銀糸、絹で織られた贅沢なもの、写真撮影は禁止である。宝物館にも10TL(850円)払って入ってみる。4室に分かれており、各室に10~15個の宝物が展示してある。 ここも撮影禁止、歴代スルタン愛用の玉座、剣、食器、宝石箱、フラスコなどであるが、すべて金、銀、宝石(ダイヤ、エメラルド、ルビー、サファイヤ、トルコ石、etc.)をびっしりとはめ込んだキラキラしいもの、スルタンは中国皇帝より派手好みである。中には世界で7番目に大きい86カラットの「スプーン職人のダイアモンド」や、世界最大級のエメラルド3個をはめ込んだ「トプカプの短刀」があり、女性陣は皆溜息ばかり。第四庭園のテラスに出て金角湾を眺め、ボスポラス海峡を眺める。05芝生には白いタンポポが咲きピラカンサが赤い実をつけている。百日紅も紫陽花もある。12:30尖塔(ミナレット)から祈りの声、アザーンが響く。アーアーアーアーオーオーオーオーと節を付けて朗々と響く。市内のレストランで昼食、ドネルケバブは塩茹での羊肉をパンの上に散らしたもので不味、デザートのカステラ団子は蜜が垂れるほどの代物で甘過ぎる。グラスビールが8TL、トルココーヒーが5TLと飲み物は高い。午後一はアヤ・ソフィアの見学、537年完成のビザンチン建築の最高峰である。今から1500年も前の建造物であり、当初教会だったものがモスクに改修され、現在は博物館になっている。03ちょうど大ドーム天井の修復中で、鉄パイプで高い足場が組まれている。 中二階の回廊に上り、有名な「ディーシズ(請願)」などのモザイク画を観る。長い間漆喰に塗りこめられて隠れていたビザンチン芸術の傑作である。二箇所目は地下貯水施設である「地下宮殿」の見学。今は50㎝程度の深さしかないが、「涙目の円柱」など336本の円柱が立ち並ぶ幻想的空間である。柱の礎石に、「逆さメドゥーサ」や「横向きのメドゥーサ」の石頭が据え付けられており、ちょっと不気味な感じもする。最後にグランド・バザールの見物に行く。貴金属や皮革製品、絨緞など同じような商品を並べた店が所狭しと並ぶ。呼び込みが相当しつこい。観光客相手の土産物屋であり、コピー商品(ルイ・ヴィトン、フェンディ、ブルガリ、etc.)が氾濫している。中国や韓国以上に取り締まりは緩いようで、皆堂々と陳列している。途中で辟易しカフェでトルココーヒーを飲みながら集合時間を待つ。夕食は市内レストランの炭火焼き鳥とトルコ風ピザ、味はいまいち。その後バスでハイダルパシャ駅へ向う。途中の道は大渋滞、一寸刻みでしか動かない。20:50漸くハイダルパシャ駅着、アンカラエキスプレスの発車予定時刻は22:30、吹き抜けの寒い駅舎で所在無く時間をやり過ごす。ボスポラス海峡を挟んだ対岸にライトアップされたブルーモスクやアヤ・ソフィアが眺められる。気温15℃と比較的暖かいので助かるが、又咳がひどくなる。22:00乗車、2人用のコンパートメントを独り占めする。洗面台、冷蔵庫、2段ベッドなどの設備があり、クッキー、ヌガー、ジュースも置いてある。22:30車掌がベッドメーキングに来る。着の身着のまま早速ベッドにもぐりこむ。アンカラまで9時間半の夜汽車の旅である。列車は随分揺れる。ヨタヨタ、モタモタ、ブルブルと走る。それでも飛行機に較べれば身体を伸ばせるだけ天国、長い一日がやっと終わる。(続く)

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コメント

楽しく読みました。私共は、性格も趣味も全く違う「あっち向けホイ!」夫婦ですが、妙なことに、海外旅行だけは好みがピタリ!
最近は、足腰が動くうちに、と次から次にプランを立てています。
今年は、南米に3週間、クロアチアに2週間行き、11月にはアフリカサファリに行く予定です。
どこの国に行ってもまずビール、というのは同じですねえ、夫と。
さて、この夫とは誰でしょう?

ヒント  夫も私も九州の田舎者です。「空っ風」の地でご一緒でした
     ね。

投稿: の | 2007年8月14日 (火) 13:13

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