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メキシコシティの歴史地区・テオティワカンの古代都市

2005年11月17日(木) 6:00起床、好天。今日からいよいよ神秘のマヤ遺跡を訪ねる8日間のメキシコ旅行である。8:30 RVRで成田空港へ向け出発する。いつも車を預ける駐車場に10:00着、第一ターミナルビルへ送ってもらう。早過ぎて旅行会社の受付がいない。それもその筈、集合時刻は11:25である。2万円を米ドルに替える。11:00過ぎに係員が来たので、海外空港税と燃油サーチャージの55,600円とオプショナルツアー代の24,000円を支払い、航空券を受け取る。AA(アメリカンエアライン)のカウンターでチェックインしてスーツケースを預け、ようやく身軽になる。2階のタリーズコーヒーでお茶を飲みながら12:00の再集合を待つ。今回は14名のメンバーに、Kさんという女性添乗員が付き、合計15名の団体旅行である。夫婦は我々だけで、母娘、姉妹、友人、旅行友達の2人組と旅行仲間の4人組で、男性が3人、女性は11人である。Cimg1582 12:45搭乗、AA176便の最後部席に座る。B-777型機はほぼ満席、Dallas/Ft.Worth空港まで10,332km、11時間の空の旅が始まる。13:53離陸、朝日新聞を読む。そして、ダイアン・レイン主演の映画「MUST LOVE DOGS」を観る。17:00日付変更線を越えると残り7,156km、浅田次郎著「王妃の館(上)」を読み始める。機は高度11,000mを時速1000~1100㎞で快調に飛ぶ。21:10太平洋を渡り切り、北米大陸西端のシアトル上空にさしかかる。あと3時間、2,748kmである。時計を15時間遅らせる。9:21(日本時間18日の0:21)Dallas/Ft.Worth国際空港に着陸、外気温2℃、空が青く澄んでいる。乗り継ぐだけであるのに、米国のチェックは厳しい。両手の人差し指の指紋と顔写真を撮られ、手荷物検査では靴まで脱がされる。やっと通り抜けて11:45メキシコシティ行きAA675便へ乗り込む。早速入国カード二人分と税関申告書を記入する。或る時は秘書、あるときはポーター、そして又記録係やガードマンでもある。眠い。12:00離陸し、14:32メキシコ市のベニート・ファレス国際空港に着陸する。実に自宅を出発してから21時間経過している。中南米は遠いので人気がないとか、そういえば日本人観光客は他に乗っていない。空港は改装の真っ最中で雑然としている。税関はロシアン・ルーレット方式、各自がボタンを押して青ランプが点けば無検査、運悪く赤ランプが点くとスーツケースを開けねばならない。公平ではあるが、怪しげな人物でも素通りできる確率が高い。とりあえず50USドルをペソに両替する。1USドルが10.5ペソなので、1ペソは約11円である。 迎えに来てくれた現地ガイドはYさん、50代の男性で日系2世、ご両親は和歌山県出身とのことである。日本語はちょっとたどたどしいが、充分理解できる。15:55バスに乗り込み、ホテルに直行する。車窓から見る街の佇まいはゴタゴタ、雑然、混沌としており、中国よりひどい。都市圏まで含めると2,300万人が住む世界最大の人口を抱える都市は、大気汚染とスラム街も世界一である。独立記念塔近くのホテル・プラザ・フロレンシアに16:30到着、801号室に入る。安普請のビジネスホテルといったところ、ギリギリツアーでは多くを望めない。疲れてベッドで一眠り、その後持参のポットで湯を沸かしラーメンを食べる。19:00頃ダウン、全ては明日である。

11月18日(金) 1:00と4:00に目が覚める。海抜2240mの高地のせいか、うつらうつらするだけで好くは眠れない。5:00からベッドの中で読書、「王妃の館(上)」を読み終える。6:30漸く明るくなる。7:00朝食にレストランに下りる。パンもチーズもハムも果物も美味しい。やっと人心地がつく。朝食後、隣のコンビニでミネラルウォーターを買う。1リットルのペットボトルが10ペソ、600ミリリットルの方は4ペソである。腹ごなしに集合時間までホテルの付近を散策、独立記念塔がCIMG1627建つレフォルマ大通りまで往復する。9:00出発、大型バスに14名なのでゆったりと一人2座席を占有する。「お早うございます」は、スペイン語で「ブエノス・ディアス」である。レフォルマ大通りを進むと500m毎にロータリーが有り、その中央にアステカ王・ クアウテモック記念像、コロンブス記念像などが建つ。オフィス街が続き日本企業も多い。 コロニアル都市の面影を残す旧市街にさしかかると、1614年伊達藩の遣欧使節・支倉常長一行80名が宿泊したという「タイルの家」がある。郷土の先人が400年も前に、サン・ファン・バウティスタ号で太平洋の波濤を越え、はるばるとやって来たことを思えば感慨もひとしおである。ソカロ(中央広場)は明後日の革命記念日に備え、観覧席などの設営中である。メトロポリタン・カテドラルに入り、黒いキリスト像など拝観する。晩秋というのにブーゲンビリアを始め色々な花が咲いている。周囲を山で囲まれた メキシコ市の年間平均最高気温は23.4℃、最低気温は9.6℃であり、中国の昆明と同じく春城である。CIMG1634但し、空は残念ながら昔の東京のようにスモッグで煙っている。再びバスに乗り、三文化広場を車窓から眺めて、グアダルーペ寺院へ向う。寺院に入り、メキシコ国民の尊崇を集めるグアダルーペ聖母の奇跡の布を拝観する。 寺院の庭には奇跡の故事に因むバラが沢山植えられており、今が花盛りである。再度バスに乗り、50㎞北のテオティワカン遺跡へ向う。メキシコ市の郊外は山の天辺までスラム街に覆われている。スラム街も当初のテント村ではなく、ブロック積みの恒久的家屋に変わりつつある。 車窓から、ユーカリ、マツ、ヤナギ(ピルル)、ヤシ、ベンジャミンなどの樹木を認める 。ベンジャミンは地植えで大樹に育っている。収穫は終っているが、トウモロコシや黒豆、カボチャの畑が続く。また、メキシコはサボテン国、種類は1000余種もあり、そのうち6種のみ野菜代わりに利用しているとのこと、今日の昼食に出るらしい。CIMG1655昼食会場のレストランは月のピラミッドの裏手にある。NEGRA MODELOなる黒ビールを飲むと30ペソ、サボテン料理(煮物)は香草が効き過ぎ、さしたる味ではない。ちょうど胡瓜の古漬けのような食感である。敷地内には竜舌蘭の一種マゲイが植えられているが、高さ2~3mもある巨大なもの、樹液に糖分が多く、これを醗酵させたものがプルケ、プルケを蒸留したものがテキーラである。 ウチワサボテンも巨大、まるで樹木である。 昼食を終えてテオティワカン遺跡の見学に移る。西暦350~650年頃繁栄した巨大宗教都市遺跡である。月のピラミッド(高さ42m、底辺150m×130m)に登り、死者の道を歩いて、太陽のピラミッド(高さ65m、底辺225m×225m、階段248段)に登る。海抜は2300m位か、空気が薄いので傾斜がきつい階段登りは息が切れるが、ピラミッドの頂から眺める景色は神秘的である。火山岩を泥で固めたピラミッドは、CIMG1715建造当時漆喰で覆われ、貝殻虫から採るコチニールなどの顔料で彩色されていたらしい。 メキシコシティにバスで戻り、最後は国立人類学博物館を見学する。メキシコ国内の古代遺跡から発掘された重要文物が集中展示されている。 第5室テオティワカンでは雨神チャルティトゥリクエの像、 第6室トルテカではトゥーラの戦士像、第7室メヒカ(アステカ)では太陽の石「アステカ・カレンダー」、第8室オアハカでは「踊る人」のレリーフ、第9室オルメカでは巨大人頭像、第10室マヤではパレンケの王墓などを見る。とても2時間や3時間では足りない。閉館ぎりぎりの19:00まで粘ってからホテルに帰る。ホテルの夕食はいまいち、VICTORIAなるブラウンビールを飲んだがそれも感心しない。朝晩と日中の気温差が大きいのと大気汚染のせいか、鼻水が出て風邪気味となる。一服薬を飲んで23:00過ぎベッドに潜り込む。(続く)

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