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カンポ・デ・クリプターナ

2006年CIMG2317 1月12日(木) 今日は世界遺産の見学は無く、風の大地ラ・マンチャ地方の見物である。シンプルな朝食を済ませ8:30バスに乗り出発。スペインの国土面積は日本の1.4倍、今回の旅もトルコ同様バス移動の時間と距離が長い。標高1,001mの峠を越える。赤茶けた大地は延々見渡す限りのブドウ畑である。風力発電用の風車が丘を埋めて林立する。100基以上もあるかと思われ、壮観である。10:40ドライブインで休憩。その後もブドウ畑や小麦畑などの丘陵地帯が延々と続く。北海道のセブンスターの丘など霞んでしまうほど、途方もないスケールである。12:15カンポ・デ・クリプターナ町の風車が建ち並ぶ丘に到着。青い空に白壁の風車が良く映える。これぞスペイン、ラ・マンチャ地方ならではの風景である。32基あったという粉挽き風車も今は観光用に10基残るだけ、そのうちの1基インファンテ(INFANTE:スペイン語で王子の意味)の内部を見せてもらう。 2階建てのこじんまりした風車は、オランダのザーンセスカンスで見た5階建ての風車に較べるとずっと小さい。風が冷たい。ラ・マンチャはまさしく風の大地である。昼食をとるたCIMG2328め、プエルト・ラピセ町にバスで移動する。車窓から眺めると腰壁が青く塗られている家が目立つ。魔除けの色とのこと、トルコのナザール・ボンジューの色と同じ意味を持ち、アラブ系住民の住居である。また黄色い壁の家もある。そちらはユダヤ人の住居とのこと、壁の色で住んでいる人が分かる。昼食レストランはドン・キホーテの旅籠なる店、ドン・キホーテの作者セルバンテスが泊まったという由緒ある宿である。400年後の現在はレストランと土産物や、中庭の店入口にドン・キホーテの像が立つ。ドン・キホーテ定食のメニューは、トマトスープにチキンの煮込み、デザートは花嫁のケーキである。 当時のレシピをCIMG2337基に作られた名物マンチェゴ料理の味はいまいち。道路向かいの陶器店で本場のタラベラ焼きを並べていたがイメージと異なるのでパス、メキシコの方がデザインもセンスも良い。再びバスに乗りアンダルシア州グラナダへ向う。峠を越えると今度は一面のオリーブ畑である。オリーブは全て手摘みで収穫され、労働力はジプシーに負っているとのこと、それにしても見晴るかす限り山も谷も平地もオリーブの木一色である。こんなに需要があるのかと疑問になる。16:15ドライブインで休憩、バレンシアオレンジのフレッシュジュースを飲む。見ると一杯のジュースを搾るのに5、6個もオレンジを使う。まるでバッティングセンターのボールを入れるマシーンの如き搾り機である。一杯1.8€は安い!、CIMG2356 そして旨い!交通標識にアラビア語併記が現れるとグラナダも近い。グラナダはスペイン最後のイスラム王朝ナスル王国の首都、今もその影響は街のあちこちに色濃く残る。真っ白なシェラ・ネバダ(雪白の山脈の意味)が見えてくる。グラナダの町はその山懐にある。18:15今宵の宿、ホテル・アリサレス(HOTEL ALIXARES)到着。アルハンブラ宮殿まで歩いて5分という好立地である。4つ星ホテルの内装は成る程イスラム的、調度品といい色タイルといいシックである。19:30~20:30ホテル内のレストランで夕食、メルルーサ(タラ目の海魚)のフライが美味しい。煙臭いシェリー酒と地ビールALHAMBRAを飲む。グループの30名中24名は、添乗員氏の薦めに乗り、本場のフラメンコダンスを観に出かける。21:30から2時間はかかるというので、自重して部屋に直帰する。それでも風呂から上ると22:00になる。(続く)

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