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カジュラーホの寺院群

2月27日(月) 6:00起床、電気ポットで湯を沸かし、日本から持参の梅粥パックを温めて食べる。 健康第一、安全安心の朝食である。CIMG3073ホテルのフェースタオルはどこも黒ずんでいる。水が悪いせいか、洗い方が不十分なのか、それとも使い込んでいるのか。そういえばまだハッとするようなインド美人に出会わない。貧しさばかりに目が行くせいである。昨日から3月2日までカジュラーホ・ダンスフェスティヴァルが開かれている。ちょうど良い時期に来たものである。7:15朝食、バナナ1本、ミカン1個にコーヒーを戴く。8:15ホテルを出発、朝の涼しいうちに観光する。現地ガイドはゴーさん、日本語ペラペラな上にジョークも旨い。インド人は頭が良い。 先ずハイライトの西寺院群を見学する。全てヒンドゥー教の寺院で、10から12世紀に月神の末裔と称するチャンデッラ朝の王が造営したものである。85在った寺院のうち残ってCIMG3057いるのは25だけであるが、最も古いマタンゲーシュワラ寺院は今も現役であり、多くの参拝者で賑わっている。その香の匂いが 寺院群一帯にゆかしく漂う。ヴィシュヌ神の化身とされるイノシシを祀るヴァラーハ寺院、基壇部分に彫り込まれた戦争や狩猟の彫刻が見事なラクシュマナ寺院、現存する最大の寺院カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院、最もエロティックなミトゥナ像(男女交合像)の彫刻があるデーヴィー・ジャグダンベ寺院と順に巡る。砲弾型の塔状屋根がインドの碧空に聳え立つ様にも圧倒されるが、壁面を飾る浮彫り装飾の多様さ、数の多さに驚愕する。アンコールワットも真っ青である。特にアプサラ(天女)の自由奔放な姿態、 ミトゥナCIMG3092像のおおらかな交歓の姿は生命の歓喜に溢れている。さすがに古代文明発祥の地インドの世界遺産は素晴らしい。満足して東の寺院群に移る。こちらはジャイナ教の寺院である。第23代の祖師を祀るパールシュヴァナータ寺院を見学する。 こじんまりしていてミトゥナ像などは無いが、壁面を飾る東洋のモナリザ達が素晴らしい。これぞ正真正銘のインド美人である。本堂に入り祖師像を拝むと、胸に逆三角形(▼)の印をつけている。それが神様ではなく、預言者(祖師)の証らしい。カジューラホ寺院群の見学を終えると、民芸品店(CHANDRA EMPOLIUM)へ案内される。ガネーサ(像神)やナーガ(蛇神)像にCIMG3112古くて良いものがあるが値段は数万円、インド人はプライドが高く、商売上手(下手)なのか、簡単に値引きしてはくれない。ホテルへ戻って昼食を摂る。日向は暑いが日陰は涼しい。12:10再び長距離バス移動の始まり、アーグラーまで190kmの道程である。早速新しいマスクを装着する。13:30州境、他州の営業自動車(バス・トラック)は通行料を支払うため一旦停車、5分ほど待たされる。道が少し良くなる。ナウガウ町のレストラン(MIDWAY CAFE)で運転手氏と助手が昼食を摂るというので15分休憩する。そこのトイレが清潔なことといったら・・・感動ものである。乾いた埃っぽい大地が延々と続く。まばらに畑に生えているのはダール豆らしい。車窓から観察すると、男性は木陰の縁台に座りブラブラしている。畑で一所懸命働いているのはたいてい女性である。 ヒンドゥー教の男は怠け者とみえる。15:50青空トイレ、思い思いの場所でインドの大地に肥料をやる。初めて水が流れている大きな河を見る。更に大きなソン河を渡る。左手奥にオーチャ古城(ORCHHA)が見える。16:40ジャンシー(JHANSI)の町に入り、バスを駅に横付けする。2日間に亘り500km以上を無事運転してくれた二人に、ツアーメンバーのそれぞれが幾許かの心付を渡す。17:10インドの新幹線に乗るためホームに入ると、其処もまた物凄い異臭(ギンナンの果肉臭)がする。大分慣れてはきたが・・インドの匂いである。17:50大騒ぎしてやっと車内に乗り込む。インド最速の都市間特急シャタブディ・エクスプレスの車内は広く、横5列(3+2)の座席が在る。C8号車3席はフランス人グループのツア・コン女性の隣である。車内の質感はいまいちであるが、CIMG3141軌道が広いため揺れが少ない。ポットサービスの紅茶とクッキーも出て快適である。一緒に貰ったカップ入り飲料水を調べると、逆浸透膜→UV殺菌→オゾン殺菌の3段階処理されている。これなら飲んでも大丈夫かも。20:40アーグラー駅到着、迎えのバスに乗り21:10ジェイピー・パレスホテル(JAYPEE PALACE HOTEL) にチェックインする。巨大な高級ホテルである。レストランへ直行し、名物のターリー料理(大皿料理)を食べる。大きな丸盆の真中にライスが盛り付けられ、それを囲むように色々な種類のカレーが入った小鉢が並ぶ。どれもこれもさしたる味ではなく、そろそろインド料理に飽きて来る。22:40自室(1518号室)に入る。広々した部屋で高級、電気ポットにコーヒー、紅茶、MW1㍑2本も付いている。ここに連泊は有り難い。ターリー料理には殆ど手をつけなかったので、ポットでMWを沸かし、エースコックの坦々麺を食べる。風呂に入ると0:30。(続く)

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インドのトイレ事情

インド旅行で一番悩ましいのがトイレである。外国人を泊めるようなホテルは洋式でトイレットペーパーも標準装備だから心配はない。CIMG3153 問題は出先や列車・バスの移動中に便意を催した場合である。青空トイレはともかく、観光地や列車のトイレは殆ど和式で、トイレットペーパーは置いていない。その代わり蛇口があって、その下にポリジョッキが置いてある。インド人はこのポリジョッキに水を汲み、事が終わった後にその水を使って左手で当該部分を器用に洗うらしい。言ってみれば手動式ウォッシュレットである。 手は後で綺麗に洗うとして、当該部分はどうやって乾かすのか疑問は残る。 インドは暑くて乾燥しているので直ぐに乾くのかも・・・。 日本人はティッシュペーパーを使わざるを得CIMG3285ないが、インドのように下水道や下水処理施設が発達していない所では、 難分解性の紙は始末が悪い。成る程インド人は合理的である。ロハスな暮らしである。それでもその手で料理されているかと思うと、食欲は遥か遠くに消え失せるのも事実である。

今回の旅行でも、同行者から2名の腹痛・下痢患者が発生し、ホテルで寝込んでいる。他の日本人グループでも入院したり、病院で注射を打ってもらった人がいる。インド旅行がトイレの梯子に終始しては締まりが無い(!)ので、水道水、氷、生ジュース、カット野菜、カットフルーツ、牛乳、ヨーグルト、アイスクリームの類は絶対口にしないよう、くれぐれも自己管理が必要である。そしてトイレはホテルだけで済むように努めるのが肝要である。

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サーンチーの仏教遺跡

2006年2月26日(日)  4:00ビデーシャ(VIDISHA)駅下車、早朝からホームに沢山人がいると思ったら殆どがホームレス(路上生活者)である。ホームにも駅舎にもボロをまとってゴロゴロ寝ている。辺りは異臭(糞尿の匂い)が強烈に漂う。思わず鼻と口を押さえるほど。4:05迎えのバスに乗る。4:30ロッジ風のホテルにチェックイン、デイ・ユースで朝まで使う契約である。早速コンセントに変圧器をセットし、デジカメの充電を行う。引き出しを開けるとロウソクと蚊取り線香が入っている。どちらも日本製品と全く同じ形である。田舎のホテルは停電も蚊も多いと見える。CIMG2996風呂場は余り清潔とはいえず、しかもシャワーしかない。風呂は諦めて顔を洗い下着をとり替える。歯磨きをしてさっぱりしてからベッドに横になり、朝の集合時刻まで一眠りする。7:00ロビーに行き、傍らの食堂で簡素な朝食を食べる。蚊が物凄い。天井のファンを回してもらうとやっと少なくなる。 7:25出発、サーンチーは余り日本人観光客が入っておらず、仏教関係の巡礼団がやって来る程度とのこと。一番多いのがスリランカやタイの仏教関係者らしい。10分ほどで公園風に整備された遺跡につく。紀元前3世紀のアショーカ王時代に始まり後5世紀まで造営された一大仏教センターも、今ではストゥーパ(仏塔)3基しか残っていない。見所はアショーカ王が基礎を造ったCIMG2997という第一ストゥーパ、中でも石柵(欄楯;らんじゅん)の東西南北に建つ四方門(トラーナ)の彫刻は素晴らしい。釈迦の4大仏蹟、 すなわちルンビニー(生誕の地)、ブッダ・ガヤー(悟りの地)、サールナート(最初の説法の地)、クシーナガル(入滅の地)に纏わる物語が細緻に彫りこまれている。彫刻の中に釈迦そのものの姿は見当たらず、菩提樹、仏足跡、法輪などに象徴されて間接的に表現される。トラーナは日本の鳥居に形がそっくりである。そう言えば発音も似ている。北門(仏陀の奇跡)、東門(仏陀を身籠り不思議な夢を見る母マーヤー夫人)、南門(仏陀の誕生)、西門(最初の説法)の順に外側から眺め、ストゥーパの中段に上って内側からも眺める。日本は仏教国だと思って現地ガイド氏は一所懸命説明してくれるが、葬式仏教が盛んなだけである。一般の日本人は釈迦の物語もろくに知りはしない。誠に申し訳ないことである。朝のうちの見学は風もあり涼しい。西へ500mほど石段を下った所にある第二ストゥーパは紀元前2世紀の造営、トラーナは無いが石柵に彫られた花や動物の浮彫が美しい。第三ストゥーパと、その傍らに建つ現役の スリランカ寺院も見学する。9:30朝休CIMG3016 憩したホテルに一旦戻ってお手洗いを使い、 昼の弁当を受け取る。いよいよこれからカジュラーホまで10時間・310kmの長丁場の旅が始まる。今回の行程で最も厳しい部分である。9:40出発、40人乗りの大型バスなので車内はゆったりしているが、エアコン(AC:冷房のみ)はONかOFFしかなく、細かな温度調節は出来ない。しかもON/OFFの切り替えには一々バスを停めねばならない(?)。ACを切れば猛烈に暑くなるので、どうしても冷え過ぎになる。更にその上、運転席と客席はパネルで完全に仕切られており、運転席の空調は効かないとのこと(?)、小型扇風機があるだけで運転手氏とその助手には眞に気の毒である。今の時期はまだ良いが、3月末から5月にかけての酷暑期は地獄であろう。それでも運転手氏はプロ意識旺盛で誇り高い。 おんぼろバスを良くコントロールする。CIMG3031 11:20畑の中にポツンと建つドライブイン(?)でテーブルを借りて昼食を摂る。一応裏手に粗末ながら囲いの付いたトイレらしき物はある。男子は畑の中に進み、インド式に大地に放尿する。そこかしこに人糞やら牛糞が転がっており、足元から目が離せない。そのトタン小屋のドライブインが街道唯一の休憩場所で、他に気の利いたレストランやガソリンスタンド等一軒も無い。この先は完全な青空トイレになると聞いて女性達は青ざめる。サービスで出された紅茶をうっかり飲んでしまったが、甕の水や洗い水を見るとすさまじい。沸かしてあるといっても尚心配な濁り具合である。 そういえば何となく腹具合が・・・。12:00再出発、山は全く見えず小麦畑が連なる大平原である。CIMG3029舗装されてはいてもガタガタ道、埃っぽくマスクが手放せない。バスは警笛を鳴らしっ放し、人間、動物、自転車、バイク、オート三輪、トラクター、トラックなど速度が全く異なる存在が同じ道を進んで行くので、実にやっかいである。対向車線も含めて一車線半位の道幅しかなく、対向車も結構やって来るので追い抜くにはヒヤヒヤの連続、スリルとサスペンスだけは満点である。13:30ようやくサーガル(SAGAR)の町に入る。ホンダやヤマハのバイク販売店も在る大きな町である。そこから一段と道が悪くなる。内臓まで揺すぶられる感じである。 これでも年々良くなっていると言われれば返す言葉も無い。14:15青空トイレ、女性は道路脇窪地のブッシュの陰、男性は麦畑で用を足す。山歩きの際の雉撃ちと異なるのは、観光バスが停まると地元の子供達が走り寄って来る点である。のんびりしてはいられない。16:00二回目の青空トイレ、今日はヒンドゥー教の祭りと日曜日が重なったため道路がすいており、通常10時間かかるところを8時間で着けるとのこと、幸運(?)である。車窓から眺めると、人も動物も必ず木陰で休んでいる。此の地では緑陰の有り難さは格別である。16:50チャタラポール(CHHATARAPUR)の町に入る。延々農村 地帯を走ってきたがあと45kmである。18:00とうとう、やっと、漸くホリディ・イン・カジュラーホ(HOLIDAY INN KHAJURAHO)に着く。大理石を敷き詰めた2階建ての高級ホテルである。カジュラーホの村は人口1.5万人、世界遺産の寺院群の間にホテルが林立する観光の村である。米系ホテルだけに欧米系の白人が多い。120号室に入る。ダブルベッドの広い部屋で、有り難いこと にミネラルウォーター(MW)1リットルのサービス付き、電気ポットまである。顔を洗って髭を剃る。夕食前ではあるが、MWをポットで沸かし、持参のカップ麺(日清麺職人)を食べる。日本で食べる10倍、いや100倍も美味である。19:30ホテルのレストランで夕食、マトンカレーもビーフカレーもフィッシュカレーも豆カレーも、 皆同じようなぐちゃぐちゃ味、ちょっと舐めただけで箸を置き、バナナとリンゴとミカンだけ頂く。丸ごとの果物は安心安全なので、ビタミンCを補給する。見ていると添乗員氏も絶対生もの(カット野菜やカットフルーツ)は食べない。流石に気をつけている。部屋に戻って風呂に入りさっぱりする。SCが埃で真っ黒なので雑巾掛けをする。今日は禁酒の日とかでホテルでもアルコール類は一切売らない。ビールなしで辛いインド料理を食べるのは辛い。とっておきのシンハービールをこっそり飲む。ヒンドゥー教徒じゃないので罰も当るまい。(続く)

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インドのビール

KINGFISHER01 今回西のムンバイから北のデリーまで旅をしたが、このKINGFISHERはどこのレストラン、どこのホテルにも置いてある。まさにインドのナショナルブランドビールである。他のブランドもそうであるが、インドのビールは大壜(650ml)も小壜(325ml)も全て透明壜に入っている。透明壜に詰めると日光臭が着くので着色壜に詰めるのが普通であるが、強烈な陽射しを浴びている筈のインドビールに日光臭は感じられない。メキシコのコロナビールと同様、水素添加したホップエキスを使っているのかもしれない。他に飲んだビールは、FOSTER'S LAGER、ARLEM LAGER、ROYAL CHALLENGEなど。大壜1本が150~200Rs(450~600円)、小壜1本が110~120Rs(330~360円)と値段は日本で飲むのと変わらない。多分外国人料金であろう。

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エローラの石窟寺院群/アジャンターの石窟寺院群

2006年2月25日(土)  5:30起床、朝食はバナナ1本にパンとコーヒー、自宅に居るときと同じである。UVカットを塗り虫除けをスプレーし、歯磨きをして出発準備OKである。7:25エローラへ向け出発、35km50分の道程である。現地ガイドはS氏、日本語ペラペラである。何でもデリー大学に日本語学科があるらしい。オーランガバードは人口150万人、海抜600mのデカン高原に位置するせいか朝は涼しい。北毛の三峰山を巨大化したようなテーブルマウンテンが並ぶ。道の両側は巨大なガジュマルの並木道、樹幹は蛍光塗料で白と茶色の2層に塗り分けられている。ガジュマルはヒンドゥー教のご神木である。デカン高原は肥沃で、綿花を始め小麦、CIMG2887マンゴー、バナナ、ミカン、グァバなどが栽培されるとのこと、なんだか昔の地理の授業を思い出す。乾季の今でも結構緑が多い。途中ダウラターバードの砦と戦勝記念塔チャーンド・ミナールを遠望する場所で写真タイムを取る。後者は1435年の建造で高さ60m、世界遺産のクトウブ・ミナールに次ぐインド第2の高さを誇る。8:30エローラ石窟寺院着、早速見学を始める。 石窟寺院は全部で34窟あり、第1~12窟は仏教窟群(6~8世紀造営)、第13~29窟はヒンドゥー教窟群(7~9世紀造営)、第30~34窟がジャイナ教窟群(8~10世紀造営)である。岩は玄武岩と砂岩らしく、槌とノミだけで上から下へ、前から中へと彫り進めたもの、人間(宗教)の力は偉大である。先ず仏教窟の10窟と12窟を見学する。前者は塔院、後者は僧院である。10窟の見所はストウーCIMG2926パの前面に配された釈迦如来・弥勒菩薩・観音菩薩の三尊像、12窟は本殿左右の壁面に並ぶ7体ずつの仏像(過去7仏と未来7仏?)である。ヒンドゥー窟は第16窟のカイラーサナータ寺院のみ見学する。エローラ遺跡のハイライトで、世界最大の石彫寺院である。 シヴァ神が棲むというカイラーサ山を表す寺院は、幅46m、奥行き80m、高さ34mの威容を誇る。これが石積みでなく岩山をノミ一丁で彫り抜いたものとはとても信じられない。アンコールワットといい此処といい、ヒンドゥー教の力は計り知れない。左右二体の像が入口を守る。シンメトリー構造の中央神殿内の胎堂には、ヨーニ(女陰)の上に巨大なリンガ(男根)が祀られている。インド古代叙事詩「ラーマヤナ」の戦闘場面を表すCIMG2946基壇の彫刻もまた見事である。オーパ、オーパの連続である。 ジャイナ教窟は32窟を見学、16窟を真似たものらしいが、スケールの点で見劣りする。ジャイナ教には神様はいないとのこと、祀られているのは祖師(予言者)像である。24人の祖師の中では第20番目のマハージャータが最高の予言者とのこと、予言者は裕福なために腹部が膨れており、その妻とされる像も豊満な肢体で表現されている。ジャイナ教徒はベジタリアンの筈であるが・・・、太っていては何となく矛盾を覚える。10:15エローラ石窟寺院群の見学を終えて、次の目的地アジャンターまで100kmの道程をバスで移動する。 インドの農村地帯が車窓を流れる。家は殆どが藁小屋の粗末なもの、トタン屋根はましな方である。 車道には人をはじめ、牛、羊、ヤギ、犬、猪豚、鶏などがうろうろと出てくる。バスの警笛はリラリラ・プププーと鳴りっ放しである。CIMG2969バスのクッションが硬いせいもあるが、良く揺れて弾んで、メモも取れなければ写真も撮れない。一応舗装道路であるが、凹凸が激しい。ヒマワリ、綿花、小麦、サトウキビ、ねぎ、豆の畑が延々と広がる。川は殆ど干上がっているが、牛に犂(すき)を引かせて春耕を始めた畑もある。バスはアジャンター石窟寺院があるワーグラーの谷めがけて下りていく。遺跡に近いレストランVIHARAで昼食(12:20~13:05)、 羊肉、豆カレー、ライス、バナナのメニューである。地ビールARLEM LAGERを飲む。やはり透明壜に詰めてあるが日光臭はない。昼食後、アジャンター石窟寺院群の見学(13:15~15:40)、ワーグラー川の渓谷が馬蹄形を成す断崖の中腹に、未完成窟も含めて30窟が開窟されている。造営時期は前期窟が紀元前2世紀~後2世紀、後期窟が5世紀~7世紀であり、全てが仏教窟である。第1、2、5、7、9、10、12、17、19、26窟を順番に見学する。内部に入るのに靴を脱がされる窟もある。アジャンター石窟寺院は優れた仏教壁画で有名であるが、CIMG2984その中でも第1窟の後廊の左右壁に描かれた蓮華手菩薩と金剛手菩薩が最高傑作とされる。 窟内の撮影はOKであるが、フラッシュ禁止なので上手く写真が撮れない。第2窟は鬼子母神(ハリーティー)像、第5窟は未完成の様、第7窟は千仏像、第9窟は前期窟故の簡素なストゥーパ、第10窟は発見者のジョン・スミスのサイン(1819.4.28)、第12窟は房室の石のベッド、第17窟はブッダの前世、宮廷生活を描いた壁画、第19窟は後期の装飾的ストゥーパ、第26窟は全長7.3m、インド最大の涅槃仏が見所である。第26窟を見て引き返す。仏の世界から抜け出て、陽の光射す明るい現世に還る。外は焼けつくような暑さである。38℃はあるかも、くらくらする。入場門まで戻ると、 待ち受けてCIMG2989いた物売りが群がってくる。そのしつこさは度外れている。生きるために食べるために命がけである。バスの中まで乗り込んで来て「幾らなら買う?」とまくし立てる。淡白な日本人は大抵根負けする。15:40バスに乗りジャルガオ(JALGAON)の町へ移動する。17:10ジャルガオ着、町一番のホテルMAHENDRAのレストランでインド風中華料理を食べる。お世辞にも美味しいとは言えない。デジカメの電池容量が少なくなる。生憎今夜は寝台列車の車中泊、さてどうしたものか。黄昏の中18:30出発、19:10BHUSAVAL駅に着く。ホームで19:50発の列車を待つ間、今度は物乞いの攻勢を受ける。断っても追い払っても、入れ替わり立ち代りやって来る。げんなりしながら待つこと1時間、ようやく列車が到着する。列車の入口、通路ともに狭くポーター達はSCを車内に積み込むのに大騒ぎ、停車時間は7分しかない。20:20発車、やれやれ、A1号車の42番席は2等寝台の上段で、ペラペラの毛布とシーツそれに枕がつく。コンパートメントではなくカーテン一枚の仕切り、物騒とみえてインド人乗客は手荷物を手すりにチェーンでロックしている。これでは荷物の見張りをせねばならず眠れない。それでも適度な振動が心地よく、うつらうつらする。3:30添乗員が起こしに来る。もう間も無く下車駅に着くらしい。(続く)

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インドパック旅行必携の10品

01 ①帽子;陽射し強烈、写真のような襟足や耳が隠れる登山用防止がベスト、②日焼け止めクリーム、③虫除けスプレー;今回は㈱近江兄弟社の「虫とバイバイ」を持参、効果抜群!、④虫刺されクリーム、⑤扇子;蚊や虫を払うのに大活躍、勿論本来目的にも、⑥マスク;長距離バス移動時装着、乾季は埃がひどく花粉カットマスクがベスト、⑦目薬;同上の理由、⑧ウエットティッシュ;手指を拭くのは勿論、レストランによってはナイフ・フォーク・スプーンやコップ・皿まで拭く方が安心できる、⑨トイレットペーパー;青空トイレ用、他にも色々用途が広い、⑩カップ麺;電気ポットを持参する必要があるが・・・インドで食べると10倍美味しい。お粥はホテルの朝食で出る。

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エレファンタ島の石窟寺院群/チャトラパティ・シヴァージー駅

2006年2月24日(金) 6:15起床、髭を剃りUVカットを塗る。序に虫除けもスプレーする。ホテルのキャッシャーで30$をルピー(Rs)に交換すると1,234Rs、1$が41.1Rs、1Rs約3円である。レシートもくれず、表示レートからすると50Rsほど誤魔化されたようである。キャッシャー自身の手数料か、インド人は抜け目がない。7:30スーツケース(SC)を部屋の外へ出し朝食に行く。生野菜、カットフルーツ、生ジュース、ヨーグルト、牛乳を敬遠するとパンとコーヒーしか食べるものがない。ハムもベーコンも固くて不味、ヤレヤレ。同行のメンバーは初手から大皿てんこ盛りでバクバク、大丈夫であるか、ま自己管理・自己責任である。外は湿度が高くむっとするほど暑い。8:30バスに乗り出発する。CIMG2834 バス車内も香料の匂いがきつい。先ずインド門を見学する。欧州からインドに入る玄関口のムンバイ(ボンベイ)に立つ巨大な門は、英国王にしてインド皇帝ジョージ5世夫妻の来印を記念して1911年に建立されたものである。広場には外国人観光客目当ての物売りや物乞いが大勢たむろしていて、ゆっくり見学も出来ない。インド門の裏から小船に乗り、アラビア海を1時間弱クルージングして、エレファンタ島に行く。船の左側はインド海軍基地で、写真撮影は禁止である。船上涼風が心地よい。9:50エレファンタ島の桟橋着、桟橋から入場ゲートまではミニトレインに乗る。海岸の浅い場所にはマングローブ林が見られ、水色はトロリと黄濁して汚いが、サヨリが沢山泳いでいる。CIMG2797 赤い花をつけている木はコットンツリー、白花の木はルメリアとのことである。両側にびっしりと土産物屋が並ぶ石段の参道を登る。6~8世紀造営のヒンドゥー教寺院群は7窟あり、中では第1窟の彫刻が最も素晴らしい。窟内はひんやりしており、リンガ(男性のシンボル)を祀る祠堂を中心に、壁面には様々な姿態のシヴァ神像が彫り込まれている。Sadashiva(シヴァ神三面胸像;創造神・守護神・破壊神)、Nataraja Shiva(踊るシヴァ神)、Andhakari Shiva(悪魔を退治するシヴァ神)、Kalayanasundara Shiva(結婚するシヴァ神)、Gangadhara Shivaなどが、ヒンドゥー教の神話世界を表現する。CIMG2806 途中で放棄された未完成窟も幾つかある。乾季のせいか、菩提樹を始め島内の植物は埃を被って元気がない。草は全て茶褐色に枯れている。11:50再び同じ船に乗り、12:45インド門裏の船着場に戻る。バスにピックアップしてもらい昼食会場に向う。Sterters and Moreというレストランで最初のインド料理を味わう。味は辛いがまずまず食べられる。アイスクリームと果物は見送り、KING FISHERビールを飲む。透明の大壜(650ml)に詰めてあり、1本200Rs(600円)である。インドの物価水準からすると相当高いが、味はまずまず、苦味少なくさっぱりしている。 食事を終えてムンバイ市内観光に移る。2004年に世界CIMG2842遺産に登録されたチャトラパティ・シヴァージー駅(旧ヴィクトリア駅)の威容を眺める。付近の植え込みには2月というのに、ランタナ、ハイビスカス、ブーゲンビリアが咲き乱れ、この地が北緯18度の熱帯であることを実感する。仏教とほぼ同時期に成立したというジャイナ教寺院も見学させてもらう。不殺生・無所有の厳しい戒律を守るジャイナ教徒は全人口の0.5%と少ないが、富裕層が多いとのこと、寺院はこじんまりしているが総大理石製で扉飾りは純銀である。空港へ向う途中で大洗濯場を見学する。家庭で洗うのが困難な大物(ベッドカバーなど)を頼むらしく、 アイロン掛けもして一枚15Rs(45円)とのこと、それにしてもCIMG2854人海戦術の完全手洗いで、コンクリートで区画された何十もの小間に洗濯人がずらりと並ぶ。川から引きこんだと思われる洗い水を見ると、かえって汚れるのではと心配になる。カースト制度下層の職業で、洗濯人の家に生まれれば、どんなに優秀でも他の職業に就くのは難しいとのこと、インド社会制度の欠陥である(法律で表向きカースト制度は禁止されているが・・)。それにしても車窓から見る川は汚い。これまで見たどの国よりも汚れている。乾季のせいで水量が少ないこともあるが、まるでドブである。成る程これではとても水道水は飲めない。インド第一の経済都市(人口1,400万人)というのに、街中はどこもかしこもゴミだらけ、そのゴミの山を更に漁っている人もいる。すさまじい光景、貧の極み、日本のホームレスはインドに来れば王侯貴族である。時々道端や畑の中で野しゃがみしている御仁と目が合う。少しも臆するところなく堂々たるものである。瞑想に耽る哲学者の面貌を思わせ、思わずこちらが「失礼しました」と言いたくなる。中国よりも生活基盤やインフラ整備は大分遅れている。インド第一の都市がこの有様では先進国に追いつくのは30年も先になる。最近インド株投信を始めたが少し早まったかもしれぬ。16:15国内線のムンバイ空港着、SCを預けたまでは良かったが、18:40の出発時刻がどんどん先に延びる。遅延のお詫びとして地階ラウンジで飲み物とスナックが航空会社からサービスされる。この辺りは良心的である。一服しているうちに荒川静香選手金メダル獲得の報せが入り、 日本人から歓声が上る。IC887便は20:15ようやく離陸、21:05オーランガバード空港に着陸する。迎えのバスに乗り込み、21:50アンバサダー・アジャンタ・ホテル(AMBASSADOR AJANTA)に入る。直ぐにレストランに直行し夕食、マトンの串焼き、ナン、茹でジャガイモにライスのメニューである。料理の印象は薄いが、FOSTER'S LAGER(ビール)はなかなかいける。22:30やっと部屋に入る。206号室は前室に応接セットが置かれ、TVが2台もある。1CHでNHKも映る。風呂から上ると23:20、明日の列車泊の準備をしてベッドにもぐりこむ。(続く)

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西インド世界遺産紀行

2006年2月23日(木)  今日からJ社企画「ベストルート西インド世界遺産紀行8日間」の旅の始まりである。6:00起床、7:35出勤する娘と一緒に妻に南柏駅まで送ってもらう。妻と娘は昨年既にインドに行っているので今回は一人旅、成田空港まで電車を使う。9:40空港第2ビル到着、早速受付を済ませる。添乗員はN氏(男性)、長崎出身とのことで年の頃45歳前後である。航空券を受け取り、エアー・インディア(AI)のカウンターでチェックイン、SCを預ける。千葉銀行の両替所で3万円を米ドルに替える(121.78円/$)。10:30再集合場所へ行くと、今回のツアーメンバーは13名、内訳は夫婦3組、母娘1組、母息子1組、自分を含む一人参加の男性が3名である。出国検査を済ませ搭乗口に行くと、もう一度乗客一人ひとりのボディチェックと手荷物開封検査がある。インドは隣国パキスタンと事を構えているだけにAIの安全検査は殊の外厳しい。乗客はと見ると、卒業旅行の学生を除けば、どことなく鬱屈を抱え込んでいるような人物が多い。 AI307便はビジネスクラス15人とエコノミークラス186人の乗客を乗せ12:20離陸。機内は香料の匂いが充満しており臭い。SINGHA01 機体は古く、個人用モニターも無い。座席22Hは通路側、一席空席を置いてインド美人の隣というだけが救いである。タイ産のシンハービールを飲み、「アルハンブラ物語」を読む。読書灯も暗く目が疲れる。13:25昼食、18:00軽食出る。19:45右手にヒマラヤ山脈が見えてくる。さすがに巨大な山である。時計を3時間30分遅らせる。21:02(現地時間17:32)デリーのインディラ・ガンディー国際空港へ着陸、大半の乗客が降りてしまう。ムンバイまで行く我々は機内待機、これが又長い。機内清掃が始まりクルーが交代する。23:40(現地20:10)やっと再離陸、3度目の食事がでる。25:50(現地22:20)ようやくムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港に着陸する。柏の自宅を出てから既に18時間以上経つ。入国審査を済ませSCを回収に行くと、待てど暮せど荷物が一向にでてこない。これがインドである。27:20(現地23:50)やっと迎えのバスに乗り込む。現地スルーガイドはGさん、この道25年のベテランで日本語はペラペラである。インドでは日本と違い遅れるのが当たり前、理由の説明は一切なく誰も判らないとのこと、郷に入っては郷に従うしかなさそうである。先制パンチに皆口あんぐりである。ムンバイの今日の最高気温は35℃、今週に入って急に暑くなったとのことである。ホテルへ向う道の両側はすさまじい迄のスラム街がこれでもかこれでもかと続く。それでも家があればましなほうで、路上にボロにくるまって眠る人の姿も非常に多い。一種異様な光景に度肝を抜かれる。28:15(現地0:45)ようやくアンバサダーホテル(AMBASSADOR HOTEL)到着、ユーラシア旅行社のグループと一緒である。602号室は一人使いなのでゆったり、風呂に入って長旅の汗を流すと2:00である。ミネラルウオーターを使って歯磨きしてベッドにもぐりこむ。全ては明日である。(続く)

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アシタバ

2006年2月21日(火) フキノトウに続く01 春の味はアシタバ(明日葉)、もちろん野生のものではなく新柏駅前の東武ストアで購入した栽培品である。JA東京島嶼・全農東京扱いなので伊豆大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、八丈島のいずれかで採れたものである。以前横浜に住んでいた時、三浦半島の観音崎で野生のアシタバを採取したことがあるが、神奈川県から紀伊半島の海岸沿いにかけて自生しているようである。天ぷら、おひたし、あえもの、炒め物にすると美味しいが、あく抜きの加減が難しい。さてどれにするか夕食が楽しみである。アシタバ以外の海岸で採れる山菜(?)には、ツルナ、ハマダイコン、ハマボウフウ、ツワブキなどがある。いずれも甲乙付け難い春の味であるが、もう10年くらい食べていない。忘れないうちに探しにいかねばなるまい、今年の春こそ。

2月22日の夕食時、マイルス様お薦めの胡麻和えと、おひたし(mit削り節)にして食べました。どちらも美味、セリ科なのでセリのような香りがします。但しセリよりはアクが強く、味は山菜のモミジガサ(キク科、別名シドケ)に似ているようです。                                    

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久米仙ブラック古酒

01 2006年2月17日(金) 今年は立春を過ぎても寒気厳しく、山歩きも億劫、釣りも億劫で、とうとうブログネタが底を尽く。今日も安易に酒に走る始末。写真は古酒泡盛久米仙、アルコール分43%、容量720mlでブラック瓶に入っている。値段は1,995円である。今回の沖縄旅行、その実態は土産物店巡りであったので、結構色々なお土産を買う。不振を極める沖縄経済の活性化に少しは役立てたかも。泡盛の古酒の中にはウィスキーと同じように樫樽で10年熟成させたものがある。ALC.43%、720ml瓶で5,000円くらいであるが、甕で熟成させない泡盛なんて???である。

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泡盛・久米仙(龍壺)

012006年2月13日(月)  泡盛は沖縄県特産の蒸留酒(焼酎)である。米を原料として作った泡盛黒こうじに水と酵母を加えて醗酵させ、出来上がるモロミを単式蒸留器で蒸留して造る。甕に入れて3年以上熟成させたものは、古酒(クースー)と呼ばれ、まろやかな香味を持つ。製法は15世紀の初め頃、琉球王朝時代にシャム(現在のタイ国)から伝わったといわれている。写真は「あわもり久米仙(龍壺)」、アルコール分30度、容量900ml、古酒ではないが陶器ボトルが気に入って買ったもので、値段は2,310円である。ショットグラスに氷を一片入れ、トクトクと注ぎ飲んでみる。泡盛特有の癖のある香り(黒麹菌臭?)がある。個性的でなかなかいける。晩酌にも寝酒にも良さそうである。

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壺屋焼の花瓶

012006年2月10日(金)  那覇市の壺屋通りを散策すると、焼物博物館や陶房、販売店がずらりと軒を並べている。壺屋焼の人間国宝金城次郎氏の作品を販売している店(陶宝堂)があったので覘いてみる。魚紋大皿や魚紋壺、魚紋花瓶などいずれも一点数十万円の値段が付いている。欲しいがとても手が出ない。やむを得ず金城次郎一門で氏の長女、宮城須美子氏作の魚紋花瓶(写真)を購入する。今はさほどでもないが将来きっとお宝になる、多分なると思う、、なるかも、、、ま駄目かもしれない、、。値段はヒ・ミ・ツ。魚紋のモチーフは沖縄県の県魚グルカン(フエダイ科タカサゴ)と思われる。

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島とうがらし(こーれーぐす)

01 2006年2月9日(木) 沖縄県産の小さな島唐辛子を泡盛に漬け込んだ香辛料である。どんな土産物屋にも置いてある。左の商品(150g)は琉球ガラス村の売店で945円で買ったもの、右の商品(160g)は牧志第一公設市場の店で500円で購入したものである。土産物屋でもメーカーが異なると800円~1,000円位の値幅があるが、値段の差は原料唐辛子と泡盛の品質の違いかと思われる。名物の沖縄そばに2、3滴たらしてみたが、ピリ辛でなかなかいける。七味唐辛子の代わりにうどんや豚汁に入れても旨い。スパゲッティにタバスコやペペロンチーノ代わりに垂らしても良い。蕎麦やラーメンにも合うかも。味噌汁にもぴったりかも。美食(?)への夢は次々と果てし無く広がる。昼のカップラーメンに入れて食べる位が関の山であるにしても、現実は。「でーじー辛いやっさー」現実も。

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琉球王国のグスク及び関連遺産群

2006年2月6日(月)  H社企画の「沖縄大感謝祭3日間」というツアーに参加し、沖縄の世界遺産見物に行く。 なんと一人29,800円の格安旅行である。8:45羽田第一ターミナル着、受付で搭乗券を受け取り出発ゲートに入る。10:15離陸のJAL1911便は、強い向かい風を受けて30分も遅れ、那覇空港着陸が13:00になる。外気温21℃、空気が生ぬるく暖かい。01やはり南国である。現地添乗員氏の出迎えを受け、バスに乗り込む。一行42名で大型バスも満席、しかも今日だけで6組到着しているとのこと、激安ツアーは大人気である。早速観光を開始、今日は南部戦跡巡りが主である。①糸満市・琉球ガラス村、②ひめゆりの塔、③平和記念公園、④琉球の館(紅型染めやミンサー織の染織工房)と順番に回り、18:10那覇市国際通りに近いエッカアネックスHにチェックインする。ビジネスホテルで部屋もベッドも狭い。国際通りへ夕食に出て、海鮮居酒屋ふるさと万歳に入り、かりゆし定食を食べる。沖縄そば、グルカンの唐揚げ、白身魚の刺身、モズクの三杯酢、山芋豆腐などがお膳に並ぶ。グルカン(標準和名タカサゴ、フエダイ科)は虹色の魚体に似ず淡白な味である。オリオンビールも苦味弱くあっさりしている。

2月7日(火) 7:45出発、今日も土産物屋巡りが多い。①那覇市・サンゴ加工所、 ②那覇市・DFSギャラリアCIMG2722(昨年1月にオープンした国内発の免税店、沖縄経済振興策のひとつと思われる、 ルイ・ヴィトンのみ非免税、琉球びーどろの花生を買う)、③首里城(守礼の門から入り、世界遺産の「園比屋武御嶽石門(ソノヒヤンウタキ)」を見て、瑞泉門、漏刻門、廣福門、奉神門とくぐって正殿広場に出る、平成4年に復元された正殿は朱色の漆が鮮やかである、南殿から入って正殿内を見学し、北殿から出る)、④恩納村・万座毛(沖縄本島随一の景勝地だけに、断崖に打ち寄せる波の景色が美しい、風が強く風の岬でもある)。ネオパーク沖縄に隣接するゴーヤハウスで昼食、ゴーヤ膳を食べる。売店で乾燥アオサを購入する。 アオサもモズクもウミブドウも今は全て養殖物である。⑤名護パイナップルパーク(パイナップルワインを試飲、パインソフトクリームを食べる)、CIMG2745 ⑥本部町・琉宮城蝶々園(日本一大きな蝶というオオゴマダラとその黄金蛹を見る)、⑦本部町・美ら海水族館(海洋博記念公園内にある、ジンベイザメが悠然と泳ぐ様は圧巻、南海の魚類は色鮮やか、グルクンは沖縄の県魚である)。18:20恩納村にあるHみゆきビーチに到着。東シナ海を望む部屋は10畳の和室、プライベートビーチを持つリゾートホテルである。今日は満室らしく、同じ旅行会社の色違いのバッジを着けた人がぞろぞろ居る。18:30から夕食、バイキングであるが品数少なくお盆の上の皿が埋まらない。それでも琉球舞踊(四つ竹踊り・日傘踊り)のサービス付き、ニッキュウパーでは文句も言えない。

2月8日(水)  8:20バスで出発、今日は一段と風が強く寒い程、NFのヤッケを着てちょうど良い。 予報では最高気温15℃、沖縄の真冬である。午前中に①恩納村・琉球村(移築された古民家が数棟並び、ハブセンターもある)、②読谷村・黒CIMG2763糖工場(黒糖の製造工程を見学、サトウキビの茎をローラーで潰して搾汁し、それを煮詰めるだけ、売店で黒糖水飴と味付けミミガーを買う)、③座喜味城跡(世界遺産、石積みの城壁しか残っていないが、沖縄最古のアーチ門をくぐって、二の廓・一の廓を見学する、城壁に登って東シナ海を眺める)と廻る。沖縄の世界遺産は「琉球王国のグスクと関連遺産群」として9箇所指定されているが、どれもこじんまりして物足りない。これだけで観光客を呼ぶのはちょっと苦しい。12:00那覇の県庁前まで送ってもらい、OPツアー組と別れてフリータイムになる。国際通りを歩いて、牧志第一公設市場見物に行く。野菜、果物、魚、肉に見慣れないものが色々ある。 野菜はシマラッキョウ、シマトウガラシなど「シマ」が付くものが特産品である。果物ではカニステル(エッグフルーツ)、タンカン、シークワーサー(ヒラミレモン)などが、魚貝類ではマングローブ林で獲る泥蟹やエビ、それにアオブダイ、ハリセンボン、シャコガイなどが珍しい。豚は肉ばかりでなく、顔面、耳、足、皮、内臓、○●などあらゆる部分が売られている。市場を出て壺屋通りに焼物を見に行く。壺屋焼物博物館の向い側にある陶宝堂に入ると、人間国宝金城次郎氏の作品を展示販売している。壺も皿もCIMG2775数十万円の値札が付いており、とても手が出ない。氏の長女宮城須美子氏の作品ならば家計の許容範囲である。家人と相談の上、魚紋花瓶を一点購入する。 公設市場に戻って昼食に沖縄そばと沖縄ぜんざいを食べる。どちらも味は いまいちである。17:25の再集合までまだまだ時間があるので、モノレールに乗って首里城近くにある世界遺産「玉陵(たまうどぅん)」を見学に行く。第二尚氏王統の陵墓であるが、首里城に較べると観光客も少なくひっそりしている。県庁前に戻り、ステラおばさんのクッキー店でお茶を飲み迎えのバスを待つ。それにしても今日は寒い。薄着で来たために東京より寒く感じる。17:25バスにピックアップしてもらい、那覇空港に向う。「またんめんそーれ」である。JAL1930便は20:10那覇空港離陸、22:05羽田空港着陸、モノレール・山手線・常磐線・千代田線と乗り継いで、最後は北小金駅からタクシーを使う。0:10帰宅。

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よなよなエール

012006年2月5日(日)  一時の地ビールブームも最近ではすっかり影を潜めたが、新柏駅前の東武ストアに行くとまだ何種類か置いてある。大手メーカーの第三のビールなど低価格酒類の攻勢に曝されても、1缶260円の地ビールが生き残るにはそれなりの訳がある筈、そう思って”YONA YONA ALE”を買ってみる。製造は軽井沢町の㈱ヤッホー・ブルーイング、社名も良いが味も保証付き、「2000年英国ミレニアムコンペティションズ銀賞」「2000年ベルギーモンドセレクション銀賞」「2004年日本インターナショナル・ビア・コンペティテション金賞(5年連続)」に輝いている。夕食時に期待を込めて飲んでみる。ホップ香とカラメル香が口中と鼻腔に伸びやかに広がる。味はどこまでも柔らかく、そしてどこまでも深い。これは本物である。本場英国のエールを超えている。なるほど感服ものである。なるほど敬服ものである。ヤッホー・ブルーイングのブラウマイスターに乾杯!

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フキノトウ

01 2006年2月4日(土) 柏市増尾城址公園。冬将軍の力はまだまだ衰えを見せないが、暦の上では今日が立春である。物は試しと近くの公園へ早春の使者を探しに行く。日溜りにあるフキの群生地を覗いてみると、赤ちゃんサイズのフキノトウが顔を出している。やっぱり春はそこまで来ている。天ぷらサイズに育つのは3月頃になるかもしれないが、楽しみは後ほど良い。ほろ苦さと香りは大人の味、泡の出る飲み物との相性は抜群である。

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東京国立近代美術館工芸館「所蔵作品展・近代工芸の百年」

012006年 2月2日(木) 九段にあるインド大使館にVISAの申請に行く。大学生の卒業旅行シーズンに当るためか結構混んでいる。10:00に入館して手続きを終えたのが11:00、受取りの17:00迄6時間も潰さねばならない。北の丸公園と皇居本丸部分を散策すると、サザンカ、カンツバキ、ロウバイ、マンサク、フユザクラなどが咲いている。今は冬の花と早春の花が両方見られる。赤い実が目立つ木は、イイギリ、クロガネモチ、モチノキ、ウメモドキ、マンリョウなどである。冬の皇居散歩もなかなか捨て難い味がある。東京国立近代美術館工芸館に行くと「所蔵作品展・近代工芸の百年」をやっている。写真は小名木陽一作「赤い手ぶくろ」(1976年)である。浜田庄司やバーナード・リーチの焼物は分るが、「骨の耳」とか「MELT」とか「苦闘する形態V-1」になると理解するのに苦闘する。遅い昼食の後スタバでコーヒータイム、「樅の木は残った」を読むうちに16:30を回る。

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