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古代都市テーベと墓地遺跡

2007年1月31日(水) 6:00起床、快便、お腹の調子は悪くない。生野菜やカットフルーツを食べてもどうやら大丈夫な様である。7:00バイキング方式の朝食、さすがはシェラトン、パン、果物、野菜サラダ、ジャム、ドライフルーツ、コーヒーなど皆美味しい。レストランはナイル川に面し眺めも良い。Cimg5283_28:00ロビーに集合して出発、今日も長袖にチョッキ姿、空気はひんやりしているが陽光は早くも強烈である。今日はルクソール市のナイル川東岸・西岸に分布する世界遺産を終日観光する。 太陽が昇る東岸には生者の世界としての神殿群が、そして太陽が沈む西岸には死者の世界としての墓地遺跡群がある。先ずは西岸観光へ向う。バスの車窓から眺める西岸上空には観光用気球が何個も浮かんでいる。何でも上空から王家の谷を眺める趣向らしい。最初はメムノンの巨像、新王国絶頂期の王アメンホテプ3世(在位BC1402~1364年)の坐像であるが、一枚岩から削りだしたものではなく組み石方式で造られている。そのためローマ支配時代に起きた地震で崩れたらしく顔面など欠落部分が多く傷み激しい。 坐像の後にあったという葬祭殿は今は跡形もない。続いて王家の谷へ移動する。新王国時代(BC1565~1070年)の王墓62基が発見さCimg5308れている王家の谷は、リビア砂漠の外れ、一木一草もない荒涼とした岩山の奥深く、まさに隠れるように存在する。谷奥にはピラミッド型のテーベの峰が聳え、確かに死者の世界を思わせる。70LEの入場券で見学できるのは公開されている王墓のうちの3箇所まで、今回はマハムード氏の引率でラムセス4世、7世、9世の王墓を見学する。中ではラムセス4世の墓室が見事で、 壁面を埋めるヒエログリフ(神聖文字)テキスト、ホルス神に供物を捧げる王の浮彫、太陽の船のレリーフ、石棺の装飾などが美しい。墓室内の写真撮影は禁止、監視人が厳重に見張っている。NO.62のツタンカーメンの墓は別料金(80LE)、副葬品は最終日のエジプト考古学博物館で見学できるので入場を見送る。陽光が眩しくサングラス無しでは眼が痛くなる。それでも爽やかな気候で観光には今がベストシーズンであろう。10:45王家の谷近くに建ち並ぶ大理石店のひとつ(PIRAMIDS FACTORY FOR ALABASTER)に行きトイレ休憩。Cimg5328今でこそ大理石を加工販売して地道に暮らしているが、 昔は王墓の盗掘を生業(?)にしていた集落とのこと、とんでもない大金持ち揃いらしい。昨日のピラミッド内の登り降りのせいで腿の筋肉が痛む。西岸観光の最後はハトシェプスト女王葬祭殿、1997年11月11日のテロ事件で観光客60人が犠牲になった所である。葬祭殿はテーベ山の切り立った断崖を背にして建つ壮大な建造物で、ハトシェプスト女王(在位BC1490~1468年頃)の威勢を今に伝えているが、女王像や壁画などは次王トトメス3世によって破壊されたり削り取られたりしており見所は少ない。日差しが強烈になり大分気温が上がってくる。 これでは盛夏の観光はたまらない。昼食に東岸へ戻る。ルクソール市内のレストラン(GREEN LACE RESTAURANT)にて昼食。前菜にゴマペースト、サワークリーム、キャベツのマヨネーズ和え、茄子ペーストの皿が出て、それにアエーシ(円盤型のふにゃふにゃしたパン)を浸けて食べるのがエジプト流であるが、どれも味がぼけていて美味しくない。メインディッシュはケバブで、角切り肉(牛か羊?)とピCimg5373ーマン、タマネギ、トマトの煮込み料理、それに例の如く炒飯が付く。“食べられる”という程度の代物、ビールはサッカーラ(SAKARA)を飲むが味わいが薄く、DA臭と酸味があっていただけない。 午後の東岸観光の手始めはカルナック神殿、新王国の歴代諸王(トトメス1世、ハトシェプスト女王、トトメス3世、セティ1世、ラムセス2世、・・・)により新たな建造物が次々に寄進されたという巨大な複合神殿である。その中核をなすのはアメン大神殿、古代都市テーベの守護神アメンに捧げられたものである。羊頭のスフィンクス参道、ラムセス2世像、ラムセス2世が建てた大列柱室、トトメス1世が寄進したオベリスク(柱塔:22m)、ハトシェプスト女王が寄進したオベリスク(30m)などが見所、とにかく大きい。 オベリスクの先端から上部にかけて黄色っぽいのは黄金箔のキャップの名残とか、今から3000年以上も前に造られたことを思うと、全てが途方もないスケールと精緻極まる芸術性を備えている。設計者、施工者、監督者、職人などの優れた技術者・技能者の集団が存在したのである。聖なる池の傍らにあるスカラCimg5387ベの像を反時計周りに5回廻る。願い事が叶うらしい。その後ナイル川畔に建つルクソール神殿に移動する。ルクソール神殿はアメン大神殿の副神殿として、アメンヘテプ3世とラムセス2世により建立されたものであるが、規模は本神殿に勝るとも劣らない。 第一塔門前に建つオベリスクの1本は、19世紀中頃にフランスに寄贈されて今はコンコルド広場前に立っているとのこと、歴史の偶然がなせる業である。神殿は、塔門、中庭、列柱廊、至聖所から構成されており、至聖所の壁には後世のコプト教徒(原始キリスト教)が礼拝堂として利用した名残のフレスコ画が見られる。また、第一塔門に続く左側建物はイスラム時代にモスク(ガーマ・アブー・イルハッガーグ)として利用され、それが現在も活きている。巨大神殿の 見物の梯子は流石にくたびれる。16:30ホテルに戻り一服。18:25再びロビーに集合し、少し離れたホテルのレストランへ中華料理の夕食に行く。スープは美味であったが、エジプト風中華料理はいまいち、野菜ばかりで肉や魚が殆ど出ない。ホテルに戻って風呂に入る。風呂上りに両膝の上にサロンパスを貼る。昨日のピラミッド内昇降が予想外に応える。山登りで鍛えている積りであったが・・・使う筋肉が別とみえる。21:00頃ダウン。(続く)

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