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世界遺産「エスファハーンのエマーム広場」

2007年11月23日(金) 7:20起床、8:00朝食。目玉焼きと羊肉ハムを食べジュースを飲む。これまでのホテルの中で一番美味しい。キャッシャーで10ドルを両替してもらうと90,000リアル、空港よりレートが良い。風邪気味のメンバーに薬をあげようと部屋に戻ってSCを開けようとしたら開錠できない。先ほど閉めたばかりの錠前式の単純な鍵なのにいったいどうしたことか。夕方戻ってきたら対処することにして9:00市内観光に出発。なんとバスは昨日と同じ、運転手のマンスリーさんがシーラーズから8時間をかけ不眠不休でやってきたもの、イラン人は結構タフP1060189である。現地ガイドはマルチェさん、本業は英語教師とのことである。エスファハーンはイラン第4の都市(テヘラン>マシュハド>タブリーズ>エスファハーン)、1597年サファヴィー朝のアッバース大帝(1世)が都を置いたところで、イランの真珠とも称えられる国内屈指の観光地である。 奈良市と姉妹都市であり、先日サッカーアジアクラブチャンピオンの座を浦和レッズと争ったセパハンの本拠地でもある。最初の見学箇所は「チェヘル・ソトゥーン(40本の柱)宮殿」、1647年アッバース2世によって建造された宮殿で、前面の20本の柱が池の水面に映り40本に見えることからそのように呼ばれている。残念ながら池の水は抜かれており、逆さ宮殿は見られない。柱の材質は糸杉で、建築当時 は柱の全面にヴェネチア産の鏡が張られていたらしい。宮殿内は博物館になっており、 壁に描かれたトルコ・オスマン朝及びインドとの戦争図3枚と、宮廷内祝宴図3枚は見ごたえがある。また、千夜一夜物語を思わせる美貌の女人を描いた細密画もあり、当時の宮廷生活の華やかさが偲ばれる。インドのタージ・マハル建築に携わったのはエスファハーンから出向いた職人とのこと、美的センスが優れている訳である。二箇所目は「ジャーメ・モスク(金曜寺院)」、金曜日の礼拝にだけ使われるその町で最も格式の高い寺院である。 創建は8世紀にまで遡るエスファハーン最古のモスク、その後増改築を繰り返して現在に至っているため、様々な時代の建築様式、タイルワーク、アラベスク紋様なP1060212どが随所に見られ、イラン寺院建築の集大成とされている。タイルがまだ無かった時代に造られた日干しレンガの素朴なドーム、漆喰塗りの繊細なレリーフで飾られた芸術品ともいえるメフラーブ、秘密の地下礼拝堂などを順に拝観する。三箇所目は「ヴァーンク教会」、北の国境のジョルファから連れて来られたアルメニア人の居住区(ジョルファ地区)に建つ教会で1664年に完成したもの、 日干しレンガで出来ておりモスク様ドームを持つが、その先端に小さな十字架が立っておりキリスト教会だと分る。聖堂内の壁一面に旧約聖書の諸場面が描かれており、近年の修復により輪郭も色彩も鮮やかである。併設する博物館に入ると、ドイツで印刷された世界一小さい聖書(14頁、重さ0.7グラム)をはじめ、アルメニア人の故郷の聖山アララト山を描いた絵画、聖具類、民族衣装などが展示されている。 当時のサファヴィー朝の国教はイスラム教シーア派であるが、他の宗教に対しても寛容だったことが分る。市内のレストランで昼食、ザクロの果汁とクルミ粉を砂糖と一緒に煮詰めて作ったペースト状のものをライスやナンにつけて食べる。クルミの香ばしさとザクロの酸味がきいていてなかなかいける。また、ニンニクを丸ごとワインビネガーに漬けたピクルスも美味しい。考えてみればクルミ(胡桃)も柘榴もニンニク(葫)もイランが原産地、P1060247美味い筈である。ISTAKブランドの桃とレモンの香りをつけたNABを各1本飲む。昼食後、ザーヤンデ川に架かるハージュ橋を見物する。イラン高原最大の河川だけあって水量が豊かで、水色も意外に美しい。 イランの大都市は下水処理がきちんと行われていると見える。街中にもエジプトやトルコのようにゴミが散乱していることもないし、イランは清潔である。いよいよ今回の旅のハイライト、世界文化遺産の「エマーム広場」の見学に向う。嘗ては“世界の半分”と称えられた世界一美しい広場である。1598年アッバース1世が建設に着手し、完成まで数十年を要したという広場は縦510m、横163mの長方形をなし、その広場を囲むように東にシェイフ・ロトゥフォッラー・モスク、 西にアーリー・ガープ宮殿、南にエマーム・モスク(王の寺院)、北にバザールを配す。それらをつなぐ2層P1060240の回廊部分には200以上の店が軒を連ねている。壮大、壮麗、豪華、絢爛、イスラム美術の極致であり見る者を圧倒する。先ずイラン最初の高層建築、5階建てのアーリー・ガープ宮殿から見学を始める。生憎修復工事が入っていて3階から上へは行けなったが、2階屋上のバルコニーからエマーム広場の全体とエスファハーン市街地、その後背の山並みを眺める。宮殿内壁を飾る細密画(ミニアチュール) は40本の柱宮殿以上に素晴らしい。次いでシェイフ・ロトゥフォッラー・モスクへ。外壁も内壁も全てブルータイルで美しく飾られるこのモスクは、王族のプライベートモスクであるため、ミナレット(尖塔)や中庭は無くこじんまりしている。それでもアラベスク紋様のタイルワークは実に精緻で息を呑むほど美しい。最後はエマーム・モスクに入る。1612年から建設を開始して1638年の完成まで26年を要した巨大なモスクで、広場に面したエイヴァーンは圧巻である。銀製の重々しい大扉から中に入り、短い回廊を抜けて中庭に出ると、 45度斜め奥にメッカの方向を向いたエイヴァーンと中央礼拝堂の大ドームが目に飛び込んでくる。くの字型に折れ曲がる大胆な構造にまずびっくり。その上中央礼拝P1060257堂のドームは二重構造になっており、内部で発した音が何重にも反響するように設計されている。試しに手拍子を打てば少なくとも7回は木霊する。現地ガイドのマルチェさんがコーランの祈りの一節を唱えてくれる。まるで音楽のように堂内にろうろうと響き渡る。仏教の声明にそっくりである。エマーム広場のライトアップの時間までフリータイムになったので、回廊部分にある土産物店を一回りしてみる。 ラクダの骨の薄片に描いた細密画は50ドルから170ドルもする。アラベスク紋様のテーブルクロスは30ドル前後、ミーナー・カーリー(銅製の皿や壷にエナメルで彩色した製品)は50ドル前後、じゅうたんは玄関マットの大きさで20万円から30万円、いずれも高価で手が出ない。そのほか、金銀製品、菓子、絵葉書、乾物などを商う店や喫茶店、銀行などがある。シーズオフのせいか閉まっている店も多い。陽が落ちると木枯らしが吹き始め寒くなる。ライトアップされたエマーム広場を写真に収めてから、ホテルへ引き揚げる。17:50ホテル着、早速SCの鍵開けにとりかかる。スルーガイドのセフィーさんがどこかで調達してきたプライアーでは結局歯が立たず、レセプションに電話して金鋸を持ってきてもらう。ホテルの従業員に鍵を切断してもらい一件落着、1階の売店で購入した予備の鍵を取り付ける。18:45皆に一足遅れて地階のイタリアレストランへ夕食に行く。イランに来てイタリア料理というのも変だが、今晩のスパゲッティーが今までで一番美味しい。部屋に戻ってコーヒーを沸かし、ガイドブックを読み返して今日のおさらいをする。(続く)

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