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フランスのビール

P1060441_2今回のフランス旅行では、クローネンブルグ、ハイネケン、青島ビールの3種類を飲みました。クローネンブルグはドイツ国境に近いアルザス地方のストラスブールで生産されているれっきとしたフランス産ビールですが、ハイネケンはオランダから、青島ビールは中国から輸入されたものでした。フランスでも近年健康志向が高まり、ワインより低アルコールのビールへと酒類消費がシフトしているとのこと、どんな田舎のレストランにも置いてありました。但し1種類しか置いていないので銘柄を選ぶ楽しみはありません。又、殆どの店がハイネケンなので、旅の後半は銘柄探しを諦め、専らワインやシードルを飲みました。価格はというと、クローネンブルグ(330ml缶)がレストラン3€、コンビニ1.5€、ハイネケン(250ml瓶)はレストラン2.5~4€、コンビニ2.3€(330ml缶)といったところ、日本よりもかなり割高です。因みにパリの中国料理店で飲んだ青島ビール(330ml瓶)は4.8€(800円)もしました。

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ルーヴル美術館/帰国

2008年1月21日(月) 5:10起床、いよいよ最終日、SCを詰め直し帰国態勢を整える。今日の午前中はフリータイム、13:00迄ルーヴル美術館近くのレストランに集合すればよい。6:40朝食、ベーコンとプレーンヨーグルトが美味しい。SCをドアの外に出してから今日もホテル付近を散策。9:00バスに余P1060998分な手荷物を預けて身軽になり、とりあえず全員で集合場所のレストラン確認へ向う。ホテルから2、3分歩いた所にメトロの駅( COUR ST-EMILION)があり、1.2€の切符を買って地下鉄に乗り込む。乗車時間は10分ほど、四つ目のピラミッド駅で降りる。 添乗員のAさんにレストランの場所を教えてもらってから解散、ルーヴル美術館に入る人、コンコルド広場や凱旋門見学に向う人、ルイ・ヴィトン本店やパリ三越へ買い物に行く人などに分れる。我々はルーヴル美術館組、中庭のガラスのピラミッドから地階ホールに入り、一人9€の入場券を買う。日本語版の館内見取り図と案内書を貰うと10:00、早速見学にとりかかる。16世紀初頭、フランソワ1世が王宮として使っていP1070029たという建物はコの字型3階建ての巨大なもの、 とにかく広い、広過ぎる。東京国立博物館や国立歴史民族博物館の比ではない。 古代から19世紀に至る世界有数の絵画や彫刻など30万点以上を収蔵しているとのこと、世界最大級の美術館というのも肯ける。じっくり鑑賞するには時間が幾らあっても足りない。今回は有名な作品だけに絞って鑑賞することとし、ドノン翼、シュリー翼、リシュリー翼の順に館内を巡って行く。先ずドノン翼1階にある「ミロのヴィーナス」へ向う。有名作品の周りは人だかりしているので直ぐ分る。なんとミロのヴィーナスの周囲に柵らしい柵がない。館内の照明も明るく、写真も取り放題である。こんなに傍近くに寄って世界の至宝を見られるとP1070041は感激もの、日本ではちょっと考えられない。一昨年のプラド美術館もそうであったが、欧州の美術館は実に寛容でおおらかである。鑑賞する側は大満足であるが、セキュリティーの点は大丈夫なのであろうか。又、 スペースが広いので団体が何組入ろうと押し合いへし合いになることはなく、各人のペースでゆっくり鑑賞できる。画家の卵なのか作品を模写している人も幾人か見受けられる。12:30までの2時間半、「ミロノヴィーナス」に続き、「サモトラケのニケ」、「モナリザ(ダ・ビンチ)」、「カナの婚宴(ヴェロネーゼ)」、「メデューズ号の筏(ジェリコー)」、「サンタ・クルス公爵夫人(ゴヤ)」、「民衆を導く自由の女神(ドラクロワ)」、「グランド・オダリスク(アングル)」、「P1070045皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠(ダヴィッド)」、「モルトフォンテーヌの思い出(C.コロー)」、 「トルコの浴場(J.A.D.アングル)」、「マリー・マドレーヌ=ギマールの肖像(J.H.フラゴナール)」、「ピエロ/旧称ジル(J.A.ヴァットー)」、「いかさま師(G.ド・ラ・トゥール)」、「レースを編む女(フェルメール)」、それに「ルーベンスのホール」を鑑賞する。古代オリエント美術部や古代エジプト美術部も是非鑑賞したかったがあっという間に時間切れ、残念ながら次の機会に繰り延べる。地下ホールの売店で18€のガイドブックを買ってルーヴル美術館を後にし、オペラ通りの散策へ行く。FOUCHERでお土産のチョコレートを買い、オペラ座前で写真を撮ってからパリ三越へ行く。三越でもバーゲンセールの真っ最中、日本人店員の勧める無名ブランドのバッグを50%オフで購入する。 結局集合場所のレストランに到着したP1070054のは13:40、遅刻したために昼食を食べ損なう。14:15全員が揃ったところで迎えのバスに乗り空港へ向う。15:00シャルル・ド・ゴール空港2Dターミナル着、丸6日間お世話になった運転手のベルナールさんともお別れである。聞けばこれからニースへとんぼ返りするとのこと、長い道中の無事を祈る。家人は現地ガイドの女性に連れられバッグの免税手続きへ行く。 AIR FRANCEのチェックインカウンターでSCを預け、搭乗券を受け取る。安全検査を受け出発ゲートへ。パスポートチェックは無し、フランクフルトで乗り換えるので国内線扱いとみえる。 ほぼ満席のAF231便に搭乗し17:05離陸、よく揺れる。機内サービスのビールは250ミリリットル缶のハイネケン、どこの航空会社も懸命にコスト削減に努めていることが分る。18:05たちまちフランクフルト国際空港に着陸、今度は全日空のカウンターで搭乗手続きを行う。手荷物検査と出国検査を受けてから、免税店で最終土産のウイスキーを購入する。20:30 NH210便に搭乗、54KJ席は生憎の窓側である。21:05離陸、あと10時間半辛抱すれば成田に着く。一眠りする前に、今回の旅の良し悪しをアンケート用紙に記入する。(完)

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エスカルゴ・ア・ラ・ブルギニョンヌ

P106099420日、パリのレストランで食べた夕食の一皿。百科事典で調べると、エスカルゴの養殖が盛んなのはブルゴーニュ地方など、冬眠中のものを捕まえ汚れを吐き出させてから茹でて利用するとのこと。殻に茹でた身を戻し、ニンニク、パセリ、エシャロットのみじん切り、レモン汁などと合わせたバターをたっぷり詰めて、オーブンで焼いたものがエスカルゴ・ア・ラ・ブルギニョンヌ(エスカルゴのブルゴーニュ風)、出てきた料理もこれらしい。味はいまいち、どうも美味しいとは思えない。その上、フランスの安いエスカルゴ料理は殻こそ本物だが、身は台湾や中国から輸入したアフリカマイマイのことがあるらしい。アフリカマイマイは広東住血線虫の中間宿主、くわばらくわばら、エスカルゴを食べるのも命懸けである。

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世界遺産「ヴェルサイユ宮殿と庭園」と「パリのセーヌ河岸」

2008年1月20日(日) 6:00起床、NHKで都道府県男子対抗駅伝競走を中継している。7:00から朝食、昼と夜の食事は期待できないので朝しっかり食べる。方形の皿や小鉢が洒落ており、フランスパン、ハム各種、果物各種、ドライフルーツ、コーヒー、紅茶、全て美味しい。P1060826 食後腹ごなしにホテル付近の散策に出る。一帯はBERCY VILLAGEとして再開発された地区で、セーヌ河畔のワイン倉庫をそのまま利用したレストランやブティックが建ち並ぶ。ちょうど横浜の赤レンガ倉庫か小樽の運河街といったところである。何と街路樹の数本はフユザクラ、真冬のパリで櫻の花見ができるとは望外の喜びである。9:10バスに乗りヴェルサイユ宮殿へ向かう。バスはパリ南回り高速環状線を走る。30人以上のグループは2班に分けねばならない決まりがあるとのことで、現地ガイドもフランス人のアニさんと日本人の久保さんの二人が来る。セーヌ川の岸辺に停泊する多数の船は、映画スターなどセレブの水上住居とのこと、外観はぱっとしないが内部は豪華らしい。金持ちというのは、何時の時代、どこの世界でも酔狂なことをやりたがる。ブローニュの森の傍を通る。ブローニュの森はパリのグリーンベルト、セーヌ川はパリのブルーベルトと言うらしい。なP1060900_2るほど。 アニさんは日本に長年住んでいたとかで日本語はぺらぺら、しかもエスプリに富む話術の持ち主である。10:00ヴェルサイユ宮殿前駐車場でバスを降りる。20名と14名の2班に分かれて団体入場口から入る。王室礼拝堂、ヘラクレスの間、豊饒の間、ヴェヌスの間、マルスの間、アポロンの間、戦争の間、鏡の間、ルイ14世の間、平和の間、王妃の寝室、大会食の間を順に巡る。天井画、シャンデリア、彫刻、絵画、調度品のどれをとっても一級品である。 しかも3月末までの期間は、スペインやイタリアなど近隣諸国の宮殿から借用した銀器や調度品も展示してあるので、一層きらびやかである。絢爛豪華とはヴェルサイユ宮殿のためにある言葉かと思われる。こんな建造物を造ったルイ14世はまさに狂れ心の君、フランス革命の遠因となるのも無理はない。南、西、北の順にさっと庭園を一回りする。随所に配された池泉、噴水、彫刻と、幾何学模様に刈り込まれた植栽との調和が素晴らしい。花が咲いている時期なP1060974ら溜息ものであろう。11:50見学を終えてバスに戻る。免税店(RENAISSANCE)に立ち寄ってからパリに帰り、エッフェル塔近くの中華料理店“FONTAINE DE JADE”でお昼を食べる。タイ料理も出す店のせいか出てくる料理がみな辛い。たまらず青島ビールを飲むと小瓶が1本4.8€。14:00再びバスに乗り、世界遺産の「パリのセーヌ河岸」見学に行く。  先ずシャン・ド・マルス公園へ行きエッフェル塔を写真に収める。その後、バスの車窓から凱旋門、シャンゼリゼ大通り、コンコルド広場等を見物し、ドラクロワ記念館の近くでバスを降りる。造幣局の脇を通りセーヌ河畔に出る。河畔にP1060963並ぶ古本市をひやかしながらシテ島に建つノートルダム大聖堂へ歩く。ノートルダム大聖堂はルイ7世時代の1163年の着工、約170年を費やして1330年頃完成した中世建築の最高傑作である。フランス革命後の荒廃で一時閉鎖に追い込まれた大聖堂は、 20年余に亘る大規模修理(1841~1864年)により中世ゴシック建築の輝きを取り戻したとのこと、歴代国王が戴冠式を行った王室寺院だけあって格式の高さが感じられる。最後の審判の入口、聖母マリアの入口を観てから寺院内に入り、直径13mの北のバラ窓、聖母マリア像、ジャンヌ・ダルク像などを見学する。帰国したら、ヴィクトル・ユゴー作の「ノートルダム・ド・パリ」をもう一度読んでみようと思う。聖堂の見学を終え、再び街中をぐるぐる抜けて、とある街角で迎えのバスに乗る。次は18:00予約のセーヌ川クルーズとのこと、エッフェル塔側のバトー・パリジャン乗船場へ向う。18:00出船、突然エッフェル塔全体がきらきらと輝き始める。普段は変哲も無いライトアップに過ぎないが、18時、19時、20時になると5分間だけ電飾照明が加わるとのこと、さすがは芸術の都パリ、ライトアップも洒落ている。日本語のボタン(番号7)を押して音声ガイド機を耳に当てると、「パリの下、セーヌは流れる」が聞こP1060989えてくる。セーヌ川の水色は悪く荒川や隅田川並み、 抒情的とはとても言いかねるが、河畔にはブルボン宮、オランジュリー美術館、オルセー美術館、ルーブル美術館など一級の歴史建造物が建ち並ぶ。ライトアップされたそれらの建物ひとつひとつを音声ガイドは説明する。但し、平船のせいで目線が堤防に妨げられ景色はいまいち。ノートルダム大聖堂を過ぎた辺りで船は引き返す。帰りは快速運行に変わり何の説明も無くなる。全く愛想もなければ芸も無い。その上、クルーズガイドブックや絵葉書、記念コインを声高に売りつけられては余韻に浸るどころでない。19:10バスに戻り、晩飯を食べに市内のレストランへ行く。前菜に大きなエスカルゴがひとり6個づつ出る。海の貝と違って旨味成分に欠けるので味付けに工夫を要する代物であるが、フランス人は頑固なのかバター焼き一辺倒である。案の定、もさもさして味が無く美味しくない。サザエの壷焼きのように甘辛く煮たらどうだろうか。鶏ももには手をつける気になれず、デザートのチョコレートムースのみ食べる。ロゼワインを飲んだが、並級テーブルワインの味はしれている。21:20ホテルに戻る。早速湯を沸かし、カップラーメンを調理する。(続く)

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ムール貝のノルマンディー風(Moules Normandes)

P106072919日の昼、モン・サン・ミッシェル近くのレストランで食べたどんぶり一杯のムール貝、単なる酒蒸しと思われるがなかなか味は良く、ノルマンディーの名物料理だそうである。右に並んでいる飲み物はシードル、これ又ノルマンディー名産の発泡性リンゴ酒である。ムール貝の標準和名はムラサキイガイ、ヨーロッパ原産であるが世界各地に広がり、日本でも内湾の潮間帯の岩礁やいかだなどに付着している。ヨーロッパでは盛んに食用にされ養殖もされているが、日本ではとんと人気がなく誰も見向きもしない。どこでも何時でも採れるので、今度仙台に帰省した折にでも採取して、白ワイン蒸しにしてみよう。

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世界遺産「モン・サン・ミッシェルとその湾」

2008年1月19日(土) 5:40起床、SCの荷をまとめる。今日はTGVに乗る日であるが、SCはトラック便でパリのホテルへ直送されるとのこと、大荷物を狭い列車内に持ち込む必要がなく非常に助かる。最近の団体旅行は進んでいる。 6:20食堂へ行き朝食を取る。クロワッサン、ハム、チーズ、オレンジ、コーヒー、紅茶。やはり朝食が最も充実している。7:30未だ薄暗い中をバスで出発、外気温は12℃と暖かい。8:20少し明るくなる。車窓に流れる沿道の林を眺めると、ヤドリギが沢山着生している。中には1本に10個もぶら下げている樹木がある。あんなに栄養を吸い取られてよくも枯れないものとその健気さに感心する。自分はと言えば、娘と息子の2人P1060721にパラサイトされて脛は細る一方、年金生活の今では枯渇寸前の有様である。9:10GSでトイレ休憩、序に売店でモン・サン・ミッシェルの図柄入りビスケットを購入する。 名物オムレツの考案者、マダム・プラール(MERE POULARD)の名前を冠したビスケットは、モン・サン・ミッシェル土産の人気ナンバーワン、試食してみると確かに美味しい。 ノルマンディー地方の民家の屋根は灰黒色のスレート葺きで、南仏のオレンジ色の瓦屋根とは対照的である。バスは高速道を下り、広々とした田園地帯を走る。モン・サン・ミッシェルに近づくと道路の両側にはホテルとレストランが多くなる。昼食の前に全景の写真が撮れるポイントへ行く。海上に孤立して聳える神秘的景観を期待しP1060742てきたが、現在の修道院島は2車線道路の人口堤防で陸地と結ばれている。接続部の両側に大駐車場も設けられ世俗化が甚だしい。11:30から近くのレストラン“La Bergerie”で昼食、 卵白を泡立てて焼く名物オムレツとムール貝の酒蒸し(ムール貝のノルマンディー風)が出る。オムレツのふわふわした食感が珍しく、ムール貝の味付けも悪くない。これまでで一番美味しい食事にフランス料理を見直す。広い店内はパリから日帰り観光にやって来た日本人グループで満杯、オープンテラスの席まで使う盛況である。12:45モン・サン・ミッシェルの見学を開始、島に上陸し王の門を潜る。両側にレストラン、土産物屋、ホテルなどがびっしりと建ち並ぶ参道を登っていP1060751く。参道は狭く、オフシーズンの今でも人で溢れている。それも殆どが日本人である。 中国人観光客が押し寄せる旧正月や夏休みになると島内は地獄に変わるとは現地ガイドの弁であるが、こう狭くてはそれも肯ける。修道院の建物に入った所で入場券を買い、尚も石段を登っていくと最上部の西側テラスに出る。そこから眺める湾内の景色は広濶で、水路が縦横に走る灰色の砂地がどこまでも広がる。ちょうど干潮の時間なのか海は遥か遠くに後退している。付属教会の礼拝堂に入り、16世紀制作の大天使ミカエル像などを観る。ラ・メルヴィユ(驚異)へ移動し、列柱回廊、大食堂、騎士の間、貴賓室と巡る。最後にフランス革命後 に牢獄として使われた時の囚人労働用の大車輪も観る。1階にある記念品売場に出ると内部の見学は終り、帰りは城壁の上の道を通って王の門近くに降りる。そこにある無料トイレに長蛇の列ができている。なにせ入口近くの有料トイレ(40セント)はオフシーズンという理由で閉鎖中である。これだけの人が来るのに島内に無料トイレが2個しかないとは・・・、もっともカフェに入ってお茶を飲み、序にお手洗いを借りるのがフランス流らしい。それにしても夥しい観光客がP1060805連日訪れる観光寺院で、まともな修道僧生活が送れるものであろうか。英仏海峡を渡る冬の風が冷たい。14:50バスにもどりレンヌへ向う。16:10近代的駅舎のレンヌ駅到着、TGVの乗車時刻まで間があるので暫し自由時間になる。駅のコンビニで今晩ホテルで飲む缶ビール(Heineken)を買う。待合室で時間を潰してから3番線ホームに降りる。 切符も無ければ改札も無し、持っているのは18号車23、24席とメモされた紙片だけ、メンバーは3つの車両にばらばらに座ると言うし、車掌が検札に来たらどうすればいいのか。ともかくも列車の編成表示板を見て乗車位置の見当をつける。17:00定刻通りTGVが 入ってきたものの、車両編成が表示板とは全く異なる。とにかく2等車に乗り込み、車両を移動して指定席を探し出す。やがて添乗員のAさんが団体P1060823チケットを持ってきてくれる。TGVの乗り心地は日本の新幹線と比べても遜色ない。滑らかで静かで椅子の坐り心地も良い。 その上トンネルや防音壁がないので景色がよく見える。19:08パリ・モンパルナス駅に到着、再び無改札で外へ出て迎えのバスに乗り込む。車内で弁当と缶ウーロン茶が配られる。今宵の宿はベルシー地区にあるソフィテル・ベルシー、今回の旅で初めての4つ星ホテルである。ホテルへ向う途中エッフェル塔が見えてくる。20:00チェックイン、233号室に入る。さすがはソフィテル、斬新な意匠の調度品が並び、ロビーではピアノの弾き語りをやっている。白木をふんだんに使った部屋はゆったりと落ち着いており、NHKも入る、MW(エヴィアン)のサービスもある。ここに連泊は嬉しい。早速ハイネケンを飲みながら弁当を食べる。ご飯は固めだが、塩鮭、鶏の唐揚げ、卵焼きなど和食はやはり美味しい。23:00(日本時間1月20日7:00)のNHKニュースを見ると東京は昨夜から雪、センター試験の日だというのに受験生が気の毒になる。(続く)

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世界遺産「ブールジュの大聖堂」と同「シャンボール城」

2008年1月18日(金) 5:30モーニングコールで飛び起きる。6:30朝食、どうもフランスのホテルの食堂は狭い。フランスパン、ハム、洋ナシを食べコーヒーを飲む。7:30未だ暗い中をバスでブールジュへ向け出発。 370㎞、5時間のロングドライブである。8:30ようやく明るくなる。天候は曇り、バスは長閑な田園地帯の一般国道を行く。P1060609 牧草地、畑地、農家、ポプラ並木が次々に現れる。どこを切り取っても絵になる風景が延々と続く。9:00道路沿いにある公衆トイレで手洗い休憩を取る。フランスの規則では4時間超の運転になる場合、運転手に45分間の休憩を与えねばならないとのこと、ベルナール氏は規則の適用を厳格に要求する。バスはなおも田園地帯を淡々と走る。絵になる風景といっても、こうも蜿蜒と続くとさすがに飽きてくる。乗客の退屈を察してベルナールさんが気を利かせたらしく、車内にシャンソンが流れる。「枯葉」「男と女」「オー・シャンゼリゼ」など日本人好みの曲ばかり、久し振りに聴くと新鮮である。11:45今度は高速道のSAで二度目のトイレ休憩、併設のGSのガソリン価格を見ると、SUPERがリッター250円、GASOLEがリッター220円と日本より大分高い。P1060624レストランの一品料理の値段が800円から1,500円、トラック運転手などは節約のためSAで車内に寝泊りし自炊しているらしい。12:30ようやくブールジュの町に入る。 先ず腹ごしらえ、LE COLBERTなるレストランに入って魚料理を食べる。鱒のムニエルとジャガイモコロッケの味付けはいまいち、田舎の食堂の田舎料理である。Heinekenの250ミリリットル瓶を4€で飲む。13:55から世界遺産の「サンテティエンヌ大聖堂」を見学する。1195年に建設を開始し、13世紀後半に完成したという大聖堂は堂々たる威容を誇る。シャルトルの大聖堂と並ぶゴシックの代表建築物というのも肯ける。正面P1060644扉の聖人像などの彫刻群、 聖堂内部の創建当時のままのステンドグラスなどは、宗教的にも美術的にも素晴らしいものなのであろうが、聖書と西洋史に通暁していない 身にはちんぷんかんぷん、残念ながら真の価値が判らない。ともかくも37mある天井が高い。内部はステンドグラスを除けば装飾が少なく空漠としている。石造りの建物の内部は窓が小さいので薄暗く、寒々と底冷えがする。とても長居できる所ではない。まあ世界遺産の拝観料が無料というだけでも稀有で有り難いことではあるが・・。40分ほどで見学を切り上げバスに戻る。再び150㎞、2時間のバスの旅、ロワール渓谷にあるシャンボール城へと向う。世界遺産に登録されているP1060657「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」には、フランスルネサンス建築の古城が140もあるとのこと、 16世紀早々にフランソワ1世によって建設されたシャンボール城もそれらを代表する城館のひとつである。16:05シャンボール場の駐車場に着く。城の敷地は山手線の内側に匹敵する面積とのことで、城門をくぐってからも深い森の中を延々と走らねばならない。入場はオプションで一人6€(25名以上の団体割引)必要とのことであったが、全員が中に入ることになる。ここまで来て外観の写真を撮るだけでは余りに勿体無く、最初から入場観光として旅程を組んでいない方がおかしい。天才レオナルド・ダ・ヴィンチが設計したという二重螺旋階段、回P1060681廊式テラス、400以上もあるという迷路のような部屋を時間の許す限り巡る。王と王妃の寝室には調度品が置かれ絵画も飾られており、当時の華やかさを偲ぶことができる。夥しい鹿の角、熊や狼の剥製、当時の狩猟の様子を描いたタペストリーなどを飾る部屋もある。17:30バスに戻る。意外に日は長いがさすがに薄暗くなる。この辺りまで北上してきても東京の冬よりは大分暖かい。トゥール(TOURS)の宿へ更に1時間余のバスの旅、 今日は一日バスに揺られっ放しである。18:40三ツ星ホテルのトゥローヌ(H・TURONE)にチェックイン、125号室に入る。ビジネスホテルのツインルームといったところ、シングルベッドを2台並べたシンプルな部屋である。浴室も狭い。19:15からホテルの食堂で夕食、サラダにポークの唐揚げ(?)を食べる。飲み物はシードル(リンゴ酒)、発泡性で アルコール分は4.5%、フルーティーで甘く飲みやすいが、1本(330ml)5€はちと高い。部屋に戻ってデジカメの電池を充電し、風呂に入る。明日のMCも5:45と早い。(続く)

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世界遺産「アヴィニョン歴史地区」と同「リヨン歴史地区」

2008年1月17日(木) 6:15起床、短時間だがぐっすり眠ったのですっきりする。朝食に行き、クロワッサン、チーズ、ヨーグルトなどを食べる。 コーヒーも美味しい。腹ごなしにホテル周辺の散策に出る。アヴィニョンはローヌ川の畔に位置し城壁に囲まれた古都、1309年から68年間ローマ法王庁が置かP1060531れ7代に亘るローマ教皇が暮らした町である(いわゆる教皇のバビロン捕囚)。ホテルは法王庁宮殿に隣接する一等地にあり、入口を出ると直ぐに街の中心の時計台広場がある。石畳の落ち着いた雰囲気の広場を市庁舎やオペラ劇場、フランス銀行支店などが取り囲む。南仏は暖かくコートがあればセーターは不要なほど、 大通りを30分ほどぶらぶらする。9:00全員がロビーに集合し、現地に暮らす日本人女性の案内で世界遺産の「アビニョン歴史地区」の見学に行く。先ずローヌ川に架かるアヴィニョン橋(サン・ベネゼ橋)を見物する。「アヴィニョンの橋で踊ろよ、踊ろよ、・・・」というフランス民謡で有名な12世紀建造の橋は、度重なるローヌ川の氾濫で半ば以上が失われている。次いで法王庁を見学する。P1060541 内部の写真撮影は禁止であるが、特に撮りたくなるものがあるでもないがらんどうの建物で痛痒は感じない。分厚く巨大な壁に囲まれた15,000㎡の宮殿内を昇ったり降りたりしながら観て回る。修復を施された法王の寝室が唯一の見所、色タイルを敷き詰めた床、3種類の植物(ブドウとカシワとツタ?)で一面づつ塗り分けられた壁、派手さはないがしっとりした落ち着きがある。威厳と格調を備えた渋さがある。また、厨房の八角錐の煙道も珍しい。毎年夏季になると中庭に舞台と観客席が設営され、世界中から有名な演出家や役者が集まってきて公演が開催されるとのこと、今は古井戸が目立つだけで空漠としている。P1060572昼食まで自由時間になったので、街中のスーパーマーケット(SHOPI)へ行き、クッキーとチョコレートを5種類づつ買う。昼食はレストランでプロヴァンスの郷土料理を食べる。野菜のトマトケチャップ煮と肉の煮込みと洋ナシのパイで味はまずまず。Heinekenの小瓶(250ミリリットル容)を飲むと2.5€とられる。13:05バスに戻りリヨンへ向け出発。陽射しが暖かく南仏はもうすぐ春である。バスは高速道路を制限速度一杯の時速100㎞で快調に飛ばす。 右手奥にアルプスの雪嶺が見えてくる。なんと原子力発電所が高速道路の傍近くにあり、風力発電塔も夥しい数で建ち並ぶ。広大な耕作地帯が蜿蜒と続き、つくづくフランスは農業大国であると実感する。食糧自給率100%というのも素直に肯ける。14:30手洗い休憩、カフェテリアのトイレを借用する。トイレはどこも清潔で水勢も強く安心して使用できる。しかも洗面台も便器も洒落ている。外国に来ておっかなびっくりトイレを使わなくてもいいなんて、何と幸せなことだろう。リヨンのあるP1060579ローヌ・アルプ地方は昔から絹織物工業が盛んで、パリコレに出品される洋服生地は殆どがこの地方の産、また、ファッション関係の学校も多い。 日本で有名なものとしては、ボージョレ・ヌーボーとシャモニーのモンブランがある。ローヌ川は川幅一杯にとうとうと水が流れる。 日本の河川と全く景色が異なる。恐らく上流にダムがないのであろう。16:10リヨンの街に入り、真っ直ぐフルヴィエールの丘に上る。丘上に建つノートルダム・ド・フルヴィエールバジリカ聖堂はリヨン市民の浄財で建設されたもの、立派な聖堂である。聖母マリアを祀る聖堂内を見学してから、展望所のテラスへ出てリヨン市街を眺める。リヨンはフランス第3の都市(パリ>マルセイユ>リヨン>ツールズ>ニース)であるが、世界遺産の旧市街(リヨン歴史地区)は言うに及ばず、新市街も含めて建物の色使い、高さ等が統一されている。遠くから眺めても近くから見ても実に調和がとれていて美しい。リヨン市街の遥か向こうにおぼろげながらモンブラン(4,808m)の姿が認められる。残念なことに旧市街に立ち寄ることなく、バスは新市街のベルクール広場へと移動する。その代わり夕食まで自由時間になったので、エP1060580ルメスやルイ・ヴィトンなどブランド店が軒を並べる通りへ行き品物を見定める。ヴィトン通に言わせると日本より15%程度しか安くないとのこと。日本では無名のブランドのバッグを50%オフで購入する。18:30から“三匹の子豚”(Le Pere Fillion)レストランで夕食を取る。メニューは川カマスのクネルが入ったサラダとローストチキン、それにババロアの3品である。リヨンはミシュランの3つ星レストランが一番多い町というので期待して来たが空振り、その片鱗すら感じられないのはどうした訳か。19:45チューリップ・イン・サフィールにチェックイン、102号室に入る。3つ星ホテルであるが、やはり色使いが洒落ている。インターネットアクセスコネクターやズボンプレッサーまである。風呂から上がると21:30、お湯を沸かして日本茶を作りペットボトルに詰める。(続く)

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ゴッホ作「アルルの跳ね橋」

01 ゴッホが描いたアルルの跳ね橋の絵は何枚かあるようですが、左はアムステルダムのヴァン・ゴッホ美術館に収蔵されているものです。タイトルは《The Langlois Bridge》です。1888年3月の制作で、59.5×74㎝のカンヴァスに描かれたものです。

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世界遺産「アルルのローマ遺跡とロマネスク建築」

2008年1月16日(水) 6:40起床、SCの荷造りをしドアの外に出してから食事に下りる。7:00になっても外は真っ暗、夜明けが遅い。狭い食堂は団体旅行客でまるで戦場のような騒ぎ、ウェイターやウェイトレスが少ないので料理の供給やテーブルの後片付けが追いつかない。フランスパンや乳製品は香りも味も良く非常に美味、さすがは本場である。部屋に戻ってトイレに座ると便座が冷たいのなんの、出るものも出なくなる。温かいウォシュレットが恋しい。8:30出発、モナコ観光へ向う。バスの運転手はベルナールさん、最終日のパリまでずっと運転してくれるとのこと、腕は確かだが気難しいことでも有名らしい。バスはイタリアへ続く海沿いの国道を走る。P1060396次々に現れる湾には多数の小型ヨットが停泊しており一帯は高級別荘地、プール付きの瀟洒な邸宅が建ち並ぶ。なんでもビル・ゲイツの別荘もあるらしい。この辺りの海岸はコート・ダジュール(紺碧海岸)と呼ばれ風光明媚なところであるが、今日は生憎の雨、青い筈の地中海も空も鉛色で冴えない。モナコ公国はヴァチカン市国に次いで小さな国で面積は皇居の2倍の1.95k㎡、人口は35,000人であるが、モナコ国籍を持つ人は5,000人だけで他は外国人とのこと、フランスとイタリアからモナコに毎日通勤してくる人が多い。 国境には淡褐色の標石が建つだけでバスは停まることもなく通り過ぎる。9:45屋内大型駐車場に入る。他に観光バスの姿はなく閑散としている。駐車場からエスカレーターとエレベーターを乗り継いで高台のモナコヴィル地区へ上がる。モナコ大聖堂に入り、グレース王妃の墓に詣でる。主祭壇の前に並ぶ歴代大公、王妃の墓の中で、何故かグレース王妃の墓にだけ花が手向けられている。街中を抜けて大公宮殿前広場へ出る。雨はいよいよ本降り、テラスからモナコ市街、モナコ港、モンテカルロのF1コースを眺める。雨に煙るモナコも一興、なかなか風情がある。11:00バスに乗りこみニースへ戻る。沿道の樹木は パラソル松(P1060406地中海松)、糸杉、ユーカリ、プラタナス、それにカナリヤ諸島からもたらされた椰子の木など。また、リュウゼツランやウチワサボテンも目立つ。緯度は北海道の宗谷岬と同じくらいであるが暖地であること判る。11:45ニースの街に戻り、海岸沿いの大通り、プロムナード・デザングレ(イギリス人の散歩道)を散策する。暖かい季節なら日光浴を楽しむノーブラの女性がそこかしこで見られる所である。雨も上がる。そこから歩いてレストラン(La Castia)へ行きお昼を食べる。前菜のニース風サラダは何のことはない、野菜サラダにツナが入っているだけの代物、メインディッシュは焼き豚のあんかけ、それにデザートのアイスクリームが付く。ビールを頼むとKronnenbourgの缶が出てくる。これが3€(500円)は高い。13:25バスに戻りアルルへ向け出発、延着のSCを受け取りに空港に寄る。P1060465 昨日の疲れからいつの間にかうとうと、眼が覚めると車窓から広大なブドウ畑が見える。この辺りの耕作面積の半分はブドウ畑とのこと、納得の景色である。15:00高速道のSAでトイレ休憩、売店でMWを求めるとエビアンの1ℓボトルが1.2€(200円)する。プロヴァンスに近づくと行く手にサント・ヴィクトワール山が見えてくる。セザンヌが生涯描き続けた白い石灰岩の山である。長い平頂を持つ姿はちょっと荒船山に似ている。ピーター・メイル作「南仏プロヴァンスの12か月」がベストセラーになったのは何時だったか、帰国したら再読してみよう。プロヴァンス地方のお土産としては、セミの置物(お守り)、カリソン(アーモンド・ヌガー)、P1060477 石鹸、サントン人形がお勧めとのこと。17:00アルル郊外の跳ね橋(ヴァン・ゴッホ橋、またはラングローワ橋)に着く。橋は1926年に再建されたもので、行き交う船もない運河にひっそりと架かる。120年前のゴッホの絵の世界そのままの光景が眼前に現れるとは、、、感激ものである。アルルはゴッホが晩年の一時期を過した町、ゴッホゆかりの場所が多く、また「アルルのローマ遺跡とロマネスク建築」として世界文化遺産にも登録されている。アルルの街に入り、ローマ遺跡の円形劇場と円形闘技場、写真学校(Ecole nationale de la photographie)、フォーロム広場の夜のカフェ(カフェ・ヴァン・ゴッホ)、P1060493 市庁舎、ロマネスク建築のサン・トロフィーム教会、エスバス・ヴァン・ゴッホの順に巡る。夕闇が迫るにつれ雲が茜色に染まる。すみれ色の空とのコントラストが鮮やかになる。印象派ならずともこの光と影にくまどられる風景を前にすれば思わず絵筆を握りたくなる。アルルは美人の産地としても有名らしく、毎年7月初旬に女王を選ぶお祭りが催されるとのこと、その応募の条件は「代々当地に居住している」「18~24歳、独身」「プロヴァンス方言を読み書きできる」こととなかなか厳しい。街を歩きながら美人を捜してみたが、黄昏に紛れてしまったか見当たらない。18:00からLa Bohemeで夕食、白身魚料理とパスタが出たが味付けがいまいち、皆に習って白ワインを飲む。バスでアヴィニョンへ移動し、21:00旧市街に建つホテル・メルキュール(MERCURE)にチェックイン、309号室に入る。こじんまりした部屋であるが、淡いパステルカラーの色使いが憎い。お洒落で上質な部屋に家人も満足そうである。風呂から上がると22:40、時間は遅いが夕食に殆ど手をつけなかったためにお腹がすいたので、カップラーメン用の湯を沸かす。(続く)

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美しきフランス・世界遺産紀行8日間

2008年1月15日(火) 5:30起床、今日からいよいよフランス8日間の旅が始まる。今朝は今冬一番の冷え込み、霜が降りて屋根が真っ白になる。7:20車にSC2個を積み、家人と成田へ向う。件のPARK500に到着、車を預けマイクロバスで空港まで送ってもらう。9:15第一ターミナル着、団体受付カウンターへ行く。H交通社の添乗員Aさんから航空券を受け取り、二人分の燃料サーチャージと海外空港諸税費79,600円也を支払う。最近の原油高を反映して燃料サーチャージが極めて高い。次いでANAのカウンターへ行きチェックイン、SCを預け搭乗券を受け取る。両替所で円をユーロに替えると、1ユーロが167.33円もする。たちまち懐が寂しくなる。10:10集合場所に行くと同行は34名、なんとそのうち15名は一人参加で、夫婦は新婚さんと我々の二組だけである。今日の出発は一人参加優遇日に当り、通常追加料金58,000円の半額で済むとのこと、なるほどど納得する。出国審査を通過しスタバでコーヒーを飲む。マイレージ加算手続きを済ませ、満席のNH201便(B777-300)に搭乗、31J・H席、幸運にも通路側に当る。Aさんの話によると、全日空は個人客を優先し団体客は空いた席へ適当に割り付けられるとのこと、夫婦でもばらばらになることがあるらしい。ごもっとも、格安の団体客の分際で席を選ぶなどもってのほか、ぎりぎりツアーであれば忍の一字である。それにしてもANAのエコノミークラスの座席は狭い。救いは個人端末が付いていること位、12:25いよいよ離陸する。飛び上がると直ぐに右手に日光連山の雪嶺が見えてくる。早速オーディオを9CHに合わせ、「さだまさしSpecial~天までとどけ~」を聴く。曲目は「都忘れ」「精霊流し」「関白宣言」「案山子」「天までとどけ」「かささぎ」「赤い月」「眉山」「窓」の9曲。中継地のロンドンまで12時間35分のフライト、先は長い。キリン一番搾りを飲みながら、読売新聞を読み、フランスの案内書を読む。14:00昼食が出る。茶そばとハッシュドハンバーグ、それにハーゲンダッツのアイスクリームが付く。機は凍てついた白い大地の上空を飛んでいく。個人端末の画面をビデオに切り替え、映画「3:10 TO YUMA」(2007年米)を観る。1957年製作の「決断の3時10分」のリメイク版で、主演はラッセル・クロウ、共演はクリスチャン・ベールとピーター・フォンダである。続いてもう一本、「鳳凰わが愛」(2007年日本・中国合作)も観る。こちらは中井貴一とミャオ・ブゥが主演である。只酒を飲み過ぎたせいか気持ちが悪くなり、途中でトイレに屈み込む。 映画を2本観てもまだ19:30、仕方が無いので3本目の映画「パーフェクト・ストレンジャー」(2007年米)も観る。主演はハル・ベリーとブルース・ウイルス、画面が小さいので眼が疲れる。一休みしてから持参の文庫本、亀井勝一郎の「私の美術遍歴」を読む。ロンドンが近づくと三度目の食事が出る。0:47ようやくヒースロー空港に安着、Flight Connectionsの案内に従い、バスにも乗ってFCターミナルへ移動する。再び手荷物の安全検査を受け、British Airwaysのカウンターで個人チェックイン、搭乗券を受け取る。次のフライトまでまだ3時間もあり待ち時間が長い。前回ヒースロー空港に降りたのは1992年の12月、15年ぶりで何もかも様変わりしている。ロビーの三方には免税店が軒を並べる。BOSS、BALLY、BURBERRY、AUSTINREED、THOMAS PINKなど、HARRODSもある。どこも新年のバーゲンセールの最中で、中には50%オフの品物まである。5:32ようやくBA352便(AIRBUS A320)に搭乗する。6:20離陸、すぐ軽食が出る。飛行中に自宅を出発してから24時間が過ぎる。7:55(現地時間1月15日23:55)深夜のニース国際空港に安着、ようやくフランスに入る。時計を時差分の8時間遅らせる。SCを受け取りに行くと同行の一人の荷物が出てこない。ロンドンで積み残しがあったようで、最近はSCの延着が頻繁に起きる。迎えのバスに乗り込みHOTEL APOGIAに到着したのは0:50、狭くて旧くて薄暗い300号室に入る。何でもニースはホテル代が非常に高く、団体旅行ではこのクラス(☆☆?)にしか泊まれないとのこと、またしても忍の一字である。風呂から上がると2:00、明日のモーニングコール(MC)は6:45なのでもう幾らも寝る時間がない。(続く)

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カサブランカ(CASABLANCA)

Dsc05987 2008年1月9日(水) 妻は高島屋の着物市、義父は病院、義母はデイケアサービスにそれぞれ出かけてしまい、今日は有り難くも留守居役である。時間つぶしにDVDで1943年のアカデミー賞受賞映画「カサブランカ」を鑑賞する。小宅にはなぜか「カサブランカ」のDVDが2巻ある。ひとつは特別版で、ハンフリー・ボガート主演8作品のオリジナル劇場予告編も収録してあるもの、もうひとつはシンプルな廉価版である。今日は特別版の方を観る。「時の過ぎゆくままに(As time goes by)」のメロディーに乗せて、男と女の甘く切ない出逢いと別れを、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが見事に演じ切る。何度観ても飽きない。特にラストの滅私利他の場面が秀逸、男と女の別れは何時の世にも損得抜きで、かくありたいものである。作中のイヴォンヌとリックのやりとり、「ゆうべどこに?」「そんな昔のことは覚えちゃいない(That's so long ago , I don't remenber.)」「今夜逢える?」「そんな先のことは分らない(I never make plans that far ahead.)」、こんな格好いいセリフを一度でいいから言ってみたかったが、還暦を過ぎた今となっては、もはや手遅れである。

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七草がゆ

2008年1月7日(月) 今日は七草粥の日なので、近所の向小金小学校の学習畑で春の七草を探してみました。セリは畑の一段下の湿地に幾らでも生えています。02畑の畝では、ナズナがロゼット様の根生葉を広げ冬越ししています。ゴギョウ(ハハコグサ)も老若の株を畝の間に見つけました。ハコベラ(ハコベ)は陽当たりの良い場所ならどこにでも生えています。ホトケノザ(コオニタビラコ)かと思った植物は図鑑で調べるとタネツケバナのようでした。スズナ(カブ)とスズシロ(ダイコン)は途中の市民農園の柵の中で立派に育っています。六草まで見つけることができましたが、まさか市民農園でサンプリングする訳にもいかず、いずれも採取は見合わせました。結局、スーパーで購入したセット品(静岡県三島函南農業協同組合製)で七草粥を作ってもらい、初春を寿ぎ無病息災を願って頂きました。正月7日に七草粥を食べる習慣は江戸時代に定着したとのこと、旧歴七草は2月13日に当りますので、その頃ならもっと元気の良い姿に出逢えそうです。(写真はセリ)

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本醸造八海山

Dsc05916 2008年1月6日(日) 八海山は越後駒ケ岳、中ノ岳と並ぶ越後三山(魚沼三山とも)のひとつで、昔からつとに知られた信仰の山である。その山麓の南魚沼市長森にある八海醸造株式会社で造られるのが越後の名酒“八海山”、魚沼産コシヒカリの地元とあればお酒も美味い訳である。10年前(1997年6月)に八海山に登った折に、地元の酒屋さんで八海山を買おうとしたが、他の銘柄との抱き合わせでしか売ってくれなかったことを思いだす。今ではそんなこともないのか、国道6号線沿いのイオンの酒売り場に並んでいたとのことで、あっさり本醸造八海山を家人が仕入れてくる。大晦日から連日1~2合を飲んで、とうとう本日一升瓶が空になる。ちなみに小宅では甘酒もしばしば飲むが、その酒粕もやはり八海山のものが一番である。

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平成二十年初詣 成田山新勝寺

Dsc05897 2008年1月5日(土) 近所の富士浅間神社の初詣は元日に済ませたが、今年は成田山新勝寺開基1070年に当り、その記念事業として昨年の11月に総門が完成したとのこと、その見物がてら家人を伴い初詣に出向く。いつものようにイオンの駐車場に車を入れ、駐車料に見合う買い物を済ませてから、徒歩15分の成田山新勝寺へ向う。道沿いの商店の駐車スペースはもとより、民家の庭まで臨時有料駐車場に早変わりしており、新勝寺へ近づくほど600円から1,000円へと料金が高くなる。みな商魂逞しい。 山門の前に建つ総門は唐様、五間三戸の楼門で総欅造り、きらびやかで立派である。新年も5日というのにまだまだ参拝客は引きも切らない。本堂に進みお参りしてから、堂内の外陣に坐り護摩供養を拝観する。先ず法話を拝聴し、不動明王御真言を唱和する。「のーまく さんまんだー ばーざらだん せんだー まーかろ しゃーだー そわたや うんたら たー かんまん」。護摩供養の始めに読み上げられる会社名や個人名は特別供養をお願いした人々のものらしく、それが延々と続く。漸く読経が始まると、御札や信徒のバッグなど持ち物が次々に護摩の火にかざされて浄められる。すっかり有り難くなって退出、イオン近くの幸楽苑で昼食を済ませてから帰路に着く。

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河豚(フグ)セットの福袋

Dsc059092008年1月2日(水) 家人の正月最大の楽しみは高島屋の初売りで福袋を買うこと、今朝は洗濯も掃除も何時に無く手際よく片付けて9:00には出発態勢を整える。仕方が無いので柏駅前まで車で送り届ける。11:30漸く帰るコールが入り、今度は南柏駅前へ迎えに行く。重そうに両腕に抱えてきた福袋のうちのひとつがフグセット、地階の中島水産で先着20名様限りに間に合ったと嬉しそうである。袋を開けると、とらふく刺身、とらふく切り身(鍋用)、とらふく皮、さばふく一汐(写真)、さばふく唐揚げが出てくる。これで5,000円は確かに安い。毎年洋服の福袋で失敗しているせいか今年は食品や下着などの実用品が主体、いささか夢はないが学習効果が出てきたようである。

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子持ちナメタの煮付け

Dsc05912 2007年12月31日(月) ナメタガレイは地方名、標準和名はババガレイというそうです。北海道沿岸と三陸沿岸で通年水揚げされますが、旬は脂が乗る10月から3月の寒い季節、仙台では昔から大晦日のお歳取り料理の一品に子持ちナメタの煮付が必ず付いたものです。そういう訳で小宅でもその習慣を今も続けており、大晦日には夕食の膳に主役で登場します。仙台では12月に入るとナメタガレイの値段が急騰して、年末には40㎝級一尾が10,000円を越えるようになります。小宅の昨今の財政事情では高嶺の花でとても手が出ません。しかるに新柏駅前の東武ストアでは、同じ大きさのナメタが3分の1位の値段で売られています。関東にはそんな習慣が無いせいか価格もリーズナブル、誠に有り難いことです。軟らかくしっとりした身、ほっくりした子、口の中でとろける煮凝り、一年ぶりに食べましたが非常に美味しく、良い一年の締めくくりになりました。

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寒茸採り

Dsc05890 2007年12月31日(月) 手賀の丘公園における本日の収穫。 きのこ観察の余禄にしては申し訳ないほど、天然のエノキタケとヒラタケがどっさり採れました。どちらも栽培品なぞ足元にも及ばぬ優れた風味の持ち主です。付着しているゴミを洗い流し、エノキタケの硬めの柄とヒラタケの石突とを取り除き、ビニル袋に収めて、とりあえず冷蔵庫に保管しました。正月料理に飽きた頃に、きのこ飯やきのこ雑炊でさっぱりと戴く積り、年の初めのささやかな楽しみのひとつになりました。

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