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中新宿の庚申塚(柏市)

2008年2月24日(日) 近所に庚申塚なるバス停がある。その近くの道路沿いの土手の上には、今でも古い庚申塔が2基建っている。バス停名に採用される位なので、Dsc06027昔はもっと沢山の庚申塔が建ち並んでいた場所なのであろう。現在東武バスが走るこの2車線道路は旧国道6号線(旧水戸街道)であり、江戸と水戸を結ぶ往時の主要往還である。庚申塔は街道筋や街道が交わる箇所に建てられたとのこと、ロケーションも納得できる。2基の庚申塔のうち、向って左のものには庚申講の本尊であり、病魔を払い除く青面金剛(しょうめんこんごう)が浮き彫りされている。青面金剛は仏教由来の尊像ではなく、中国の道教思想に由来し、日本の民間信仰の中で独自に発展した尊像といわれている。 しかしながら、一面三眼六臂の像容は持物の武器や法具も含めて、密教の明王像である軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)やDsc06026金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)或いは降三世明王(ごうざんぜみょうおう)に通じるものがある。享保九甲辰(きのえたつ)(1724)年十月吉日の奉安、願主は小金領中新宿村の講中13名である。向って右のものには「青面金剛尊」と文字のみ彫刻されており、左のものに比べると形も小さく地味である。時代が下るにつれて庚申塔も簡素になり、「庚申塔」「庚申塚」「庚申尊天」などと文字だけが刻まれる作例が多くなるとのこと、右のものの建立年は宝暦十二壬午(みずのえうま)(1762)年十月吉日である。願主は同じく中新宿村の講中12名。現在では“庚申待ち”(60日に一度巡ってくる庚申の日の夜、仏家では帝釈天及び青面金剛を、神道では猿田彦を祭って、寝ないで徹夜する習俗。その夜眠ると、人身に棲む悪い虫“三し”が人の眠りに乗じてその罪を天帝に告げるとも、“三し”が人の命を短くするとも言う。中国の道教の守庚申に由来する禁忌で、平安時代に伝わり、江戸時代に盛行。庚申祭、庚申会とも云う。庚申待ちを営む仲間が庚申講であり、庚申講のメンバーが庚申供養のために建てたものが庚申塔である)の風習もすっかり廃れてしまったが、偶には遠い昔に思いを馳せてみるのも悪くはない。因みに、次の庚申の日は3月21日(金)である。  

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コメント

 よく利用するバス停の名前の由来を確認できないかと思って、「中新宿 庚申塚」で検索して、この記事をみつけました。
 早速、庚申塚を確認してきました。旧水戸街道は石碑も多く、前を通過することもあったのですが、バス停の名前とは結びつきませんでした。30年来の疑問が解消しました。ありがとうございます。

投稿: 山秋 | 2008年9月 8日 (月) 01:28

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