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手賀の丘公園の庚申塚(柏市)

Dsc06255 2008年3月21日(金) きのこ観察は振るわなかったので、公園内の一角にある庚申塚の調査に切り替える。この庚申塚には17基もの庚申塔が建ち、一番古いものは延宝三(1675)年に、一番新しいものは昭和55年に建立されたものである。銘文を読むと、全てが手賀の丘公園に隣接する片山地区の庚申講中により奉安されたものと判る。それにしても江戸時代に盛んであった庚申講が、平成の今に到るまで連綿と受け継がれていることに驚嘆する。山間僻地の平家の落人集落とでも云うのなら 分らない事も無いが、この辺りは今や宅地開発が進み東京通勤圏の住宅地である。Dsc06256因みに17基の庚申塔を建立された時代別に区分すると、江戸時代13基、明治時代2基、昭和1基、碑面が摩滅して時代不明のもの1基である。時代による造塔様式の変遷を一箇所で確かめることが出来る点で、歴史的にも民俗学的にも貴重な庚申塚と思われる。個別の造塔年と碑文は以下の通りである。(○は不明文字、写真下は⑥)

①延宝三乙卯天八月日 「奉造立庚申待供養」 相馬郡南相馬○片山村同行廿人(1675年)、②元禄二己巳天「奉造立庚申待為二世安○也」九月廿九日敬白(1689年)、③寛延元戊辰天「奉待庚申」十月吉日(1748年)、④宝暦八戊寅天十一月吉日「奉供養青面金剛尊」片山村(1758年)、⑤明和九壬辰十一月吉日「庚申供養塔」講中二十三人(1772年)、⑥安永七戊戌星○月吉日「青面金剛像」(1778年)、⑦寛政六寅天「青面金剛王」十一月吉日(1794年)、⑧寛政十二年「青面金剛王」庚申十月吉日 講中二十六人(1800年)、⑨文化十癸酉十一月吉日「青面金剛」 講中四十六人(1813年)、⑩文政九丙戌十一月吉日「庚申塔」(1826年)、⑪天保八丁酉年十一月吉日「庚申塔」(1837年)、⑫弘化四丁未十月吉日「庚申塔」(1847年)、⑬安政四丁巳十月吉日「庚申塔」(1857年)、⑭明治七戊年「庚申塔」(1874年)、⑮明治十五午年十一月「庚申塔」(1882年)、⑯世界平和「庚申塔」交通安全 昭和55年12月13日建 片山庚申講々員一同(1980年)、⑰不明

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