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子の権現(ねのごんげん)

2008年3月23日(日) 足腰守護の神様で有名な飯能市の子の権現にお参りしてきました。子の権現というのは通称で、Dsc06329正しくは大鱗山雲洞院天龍寺と云い、天台宗の別格本山になっています。 本尊としては、日本一体の子の聖大権現(ねのひじりだいごんげん)を祀り、諸尊としては、武蔵野三十三観音札所中の第三十二番十一面観音と、関東百八地蔵尊札所中の第十番厄除延命地蔵尊を祀っています。由緒に、『当山は、延喜十一年(911)に子の聖が天龍寺を創建されたことに始まります。子の聖は、天長9年(832)、子の年子の月子の日子の刻に紀伊の国でお生まれになりました。幼い頃より聡明にして仏教に通じ、僧となっては諸国をまわり修業を積まれました。特に出羽三山において修業をかさね、ある日、月山の頂上に登り、 年来読誦する般若心経を取り出し、「南Dsc06334無三世仏母般若妙典、願わくば、われ、永く跡を垂るべき地を示し給え。」と空高く投げました。すると、そのお経は南へ飛んで、当山の奥の院(経ケ峰)に降り立ち光を発しました。この光を目当てに当山山麓まで来られ、山を開こうとした聖は、悪鬼どもに襲われ火を放たれました。しかし、十一面観音が天龍の姿となって現れ、大雨を降らしその火を消してくれました。その後、当山で修業教化に励まれた聖は、長和元年(1012)「我、すでに化縁つきぬれば、寂光土に帰る。 然れども、この山に跡を垂れて、永く衆生を守らん。我、魔火のために腰より下に傷を負い悩めることあり、よって、腰より下に病ある者、誠の心で我を念ずれば、必ず霊Dsc06339験を授けん。能除一切苦。」という御請願を遺し、齢百八十一才で化寂されました。それ以後、子の聖の尊像をお祀りして、足腰守護の神様として広く信仰されることとなりました。尚、「子」には、物事の始まり、全てのものを生み出し育む大本の意味があります。』と記されています。 山歩きをする者にとっては大変有り難い神様なので、私めも「もう暫くは足腰が弱りませんように」、「千山登拝の目標が達成できますように」とお祈りし、本坊で500円を納めて足腰御守を授かってまいりました。入口に聳える埼玉県指定天然記念物の二本杉(推定樹齢800年)、参道の赤い仁王像、本堂の傍らに奉納されている重さ2トンもある鉄の大草鞋(かねのおおわらじ)、巨大な夫婦下駄、経ケ峰の釈迦堂と鐘撞堂などたくさんの見所があります。因みに、鉄の大草鞋は、昭和38年4月に小荷田徳次氏により奉納されており、その屋根は、昭和55年7月に小荷田和久氏によって奉納されています。親子2代にわたる積善と思われます。めおと下駄の方は比較的新しく、平成八年丙子の大開帳記念に東京都世田谷区の浅見ご夫妻が奉納されたものです。

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