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鎌倉・横浜散歩

P1070395 2008年4月26日(土) 天気は余りよくないが気分転換のため、家人を誘い鎌倉散策へ出かける。南柏駅でホリデーパスを購入し、北千住、日暮里、東京で乗り換えて北鎌倉駅で下りる。今日は鎌倉五山のお寺を巡ることにし、第二位円覚寺、第四位浄智寺、第一位建長寺、第三位寿福寺の順に歩いて、各々のお寺で御朱印帳に記帳してもらう。途中から雨が降ってきたし、歩き疲れたしで、第五位の浄妙寺は次回廻しと決め鎌倉駅へ出る。駅前の豊島屋で鳩サブレー と小鳩豆楽を土産に買う。帰路、横浜駅で途中下車し、みなとみらい地区の赤レンガ倉庫へ立ち寄る。倉庫前広場では新潟の見附太鼓の実演をやっており、威勢の良い音が辺りに響き渡る。2号館3Fにあるカフェ&ダイニングの“chano-ma”に入り、ピザや唐揚げを菜に生ビール(IS)を飲む。店内は薄暗く、キャンドルライトの灯りはあるが、老眼ではメニューを読むのもひと苦労、場違いな所に迷い込んだ気分である。テラスから暮れなずむ横浜市街を眺めた後、酔いを醒ましながら桜木町駅へ歩く。

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山菜天麩羅4品

Photo 2008年4月25日(金) 毎日が日曜日の身には華木(はなもく)も花金(はなきん)もなし、ひたすら自宅に沈殿し、採り溜めたる山菜の天麩羅をお供に発泡酒を飲む。(写真中央はレンコン、その上がハマエンドウ、時計回りに、アマドコロ、ユキノシタ、ヤブレガサの順)

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アミガサタケ

Dsc06666 2008年4月23日(水) 廣池学園東門傍らのATMで用事を済ませた帰り、件の多段式花壇に発生したアミガサタケが食べ頃になっていたので採取して持ち帰る。今年は5本だけ、昨年は7本だったので2本少ない。手持ちのきのこ図鑑によると、☆☆☆☆の優秀食菌、和え物、鍋物、炊き込みご飯、雑炊、天麩羅、和風煮物、佃煮、洋風煮込み、ピザ・グラタン、オムレツ、スパゲティ、中華スープ、中華油炒め、シュウマイ、ギョウザと何にでも合うようである。何にしようか悩んだが今年も佃煮にする。 味醂、醤油、砂糖を加えて煮詰めたものの、少し煮詰め過ぎて焦げ臭くなる。男の手料理失敗の巻、まあ、何とか食べられる。

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ハマエンドウ

003 2008年4月22日(火)、蓮沼海浜公園。マメ科レリンソウ属の植物、海岸の砂地や草地に生える多年草で日本全土に分布する。普通は花が開く前の若芽を摘むが、開花後も柔らかな芽先を利用できる。そのまま天麩羅や素揚げにしてもよいし、塩ひとつまみ加えた熱湯で2、3分茹でてから、15分ほど冷水にさらし、おひたし、和え物、汁の実、炒め物などにする。花はサラダや酢の物に合う。今回は薄く衣をつけて素揚げ風天麩羅にして食べたが、マメ科特有のコクと旨味があって美味しい。

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アケビの若芽

Dsc067642008年4月22日(火)、蓮沼海浜公園。海岸のクロマツ林の入口に大きなアケビの木があり、盛んに蔓状の若芽を伸ばしている。アケビの若芽はキノメやコノメとも呼ばれ、山菜の中でも美味な部類に入る。摘んできた若芽を強めの塩でゆで、鰹節をかけたおひたしとマヨネーズ和えの2品を作る。ビールとの相性は抜群であり、ホップのほろ苦さとアケビのほろ苦さがハーモニーを奏でるよう、鮮やかな緑色としゃきしゃきした歯ざわりもたまらない。因みに、5葉のアケビ、3葉のミツバアケビ、常緑樹のムベ(トキワアケビ)の若芽は全て同じように利用できる。(今日のビールはフランスのクローネンブルグ・ホワイトです)

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定点観察・蓮沼海浜公園(山武市)

Dsc06642 2008年4月22日(火)12:30~14:00 昨年の今頃アミタケが沢山採れたので、今年も柳の下の泥鰌を狙う。蓮沼海浜公園のクロマツ林を1時間半歩き回って見つけたアミタケは2本だけ、「柳の下に何時も泥鰌は居らぬ」の格言通りの結果に終わる。早過ぎたのか、遅過ぎるのか、それとも先客でもあったのか?。他に見つけたのは、アミスギタケ、シロオオハラタケ(?)、スナジアセタケ(?)、ヌメリイグチ、ホコリタケの5種類、定点観察の方も不発である。林縁をカジイチゴの白い花とハマエンドウの赤紫の花が彩る。今晩のビールの菜にするべく、アケビの蔓芽とハマエンドウの若芽を摘んだ後、栗山川漁港へ釣況視察へ向う。(写真はアミタケ)

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アマドコロ

002 2008年4月21日(月) 昨年花が咲いている時期に見つけたアマドコロの群生地へ行ってみる。場所は歩いて5分の近所、流山市向小金のふるさとの森である。先日ノビルを掘った場所の傍らに、ちょうど摘み頃の若芽が出ている。念のため地下茎を確かめてみると、太いトロロ根であり、有毒植物のホウチャクソウのひげ根とは明らかに異なる。これなら安心と10本ばかり持ち帰る。山菜図鑑によると、葉に少し苦味はあるが、茎はなめらかな舌触りで甘味があり、 しゃきしゃきした歯切れで非常に美味しいとのこと、おひたし、マヨネーズ和え、油炒め、天麩羅、汁の実などが合うらしい。又、地下茎も煮物や天麩羅に利用できるし、乾燥させて酒に漬けても良いらしい。春の楽しみがひとつ増える。

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布施弁天(紅龍山東海寺)

P1070190 2008年4月21日(月) 「レミがいないと詰まらんのう」、「レミがいないと寂しいねえ」、朝から家人と何度も同じ繰り言。家に引き籠っていても落ち込むばかりなので、あけぼの山農業公園へ16万本のチューリップ畑を観に出かける。平日なので渋滞もなく駐車場に到着、菜の花畑を観てからチューリップ畑へ行く。遠くから眺める分には綺麗だったが、近づいてみると花が萎み始めており、見頃はとうに過ぎている。昨年は16日、一昨年は3日の来園だったので無理もない。 例年購入する草餅も食欲がなく見送り、隣の布施弁天へおP1070163参りに行く。東日本随一の弁天様というだけあってお参りする人も多く、寺勢は盛んである。竜宮造りの楼門(1810年建立)、朱塗りも鮮やかな本堂(1717年建立)、多宝塔型鐘楼(1818年建立)はいずれも千葉県指定有形文化財(建造物)であり、他にも三重塔、庭園など見所が多い。布施弁天は通称で、正しくは紅龍山東海寺と云い、真言宗豊山派のお寺である。三寸余のご本尊は秘仏で巳年のみの御開帳(次は2013年)であるが、八臂の大きな前立弁財天像を拝むことが出来る。

《布施P1070179弁財天略縁起》 千葉県柏市布施に紅龍山東海寺という名刹がある。大同二年(807)七月七日の早朝、湖の中から紅色の龍が現れ、たちまちにして島が出現し、日が没するころにはおおきな振動と共に不思議な雲が島の周辺にたなびいた。そのときどこからともなく現れた弁財天がいうには「私は但馬の国朝来郡筒江村より来たりてこの島に降臨したり」と。これより以後、毎夜のごとく島には明るい炎が輝いていた。弁財天が里人の夢に現れて述べるには「私の住んでいた安らかな山は但馬国朝来郡筒江村にあり。みるところ坂東武者はわがままにして欲が深く、 仏神を敬おうP1070177とする者少なし。よってこの地に来たれり」と。里人は島に渡り洞穴の中で光を放つ三寸余の尊像を発見した。この尊像が弁財天であることを知った里人は、歓喜のあまり藁葺きの小さな祠を構え、尊像を安置し、香華をたむけた。弘仁年間(810~823)、弘法大師空海は各地を巡錫の途中、この地に錫を止めた。弁財天を仰ぎ見ると、知恵・徳のある相にして慈悲の心あふれた像である。じっと見ていた空海は「ああ、これは以前、但馬筒江にいたころに彫刻した尊像である」と語った。筒江には香林庵という庵があり、この尊像は、空海がこの香林庵に止宿していたころに彫刻したものであった。空海の弟子の雲龍が里人からその顛末を聞き、歓喜のあまりこの地を布施と名付け、紅龍山東海寺を開創した。この後朝廷の庇護もあり、弘仁十四年(823)堂塔大伽藍を奉建し、荘園も寄進され勅願所に指定された。その後幾多の盛衰を経て、昭和四十九年(1974)四月、往時にまさる復興を遂げた。ちなみに、ご本尊の弁財天は秘仏で、御開帳は巳年(十二年に一度)に行われます。

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春の旬菜三品

Dsc06623 2008年4月19日(土) 息子のお嫁さん実家からタケノコとフキとワラビが今年もどっさり届きました。朝掘り又は朝採りと見え、どれもが瑞々しく新鮮です。早速下ごしらえに取り掛かりました。タケノコは皮を剥いてから、米糠を加えて大鍋で45分間茹であげました。大好物のジャコ入り若竹煮やタケノコご飯、天麩羅、汁の実などで頂くつもりです。フキは塩をひとつまみ加えて3分間茹でてから皮を剥きました。油揚げやタケノコ、コンニャクと一緒に、これまた大好物の煮物にする積りです。ワラビは大鍋に入れ、重曹をふりかけてから熱湯を注いで一晩放置しました。あくが抜けたら定番のおひたしや煮物、汁の実、そば・うどんの材料に利用するつもりです。S様いつもありがとうございます。

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レミ逝く、享年十一歳

02 2008年4月18日(金)8:15 春嵐の朝、家族の大事な一員のレミ、病魔に勝てず永眠、齢10歳10ヶ月。その時から心にぽっかりと穴が開いたような虚ろな時間が始まる。特に動物愛護センターから貰い受けてきた時以来、11年近くを一緒に過した家人と娘の喪失感は深く、悲しみが癒えるには相当長い時間がかかりそうである。レミ、たくさんの楽しい思い出をありがとう、そして長らくの総合警備保障係の重責お疲れさま。どうか安らかに眠ってください。合掌

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中無識 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法 無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明盡 乃至無老死 亦無老死盡 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃三世諸佛 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経     

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ワラビのおひたし、ゼンマイの煮物

Dsc06612 2008年4月17日(木) 筑波山麓産のワラビとゼンマイは純国産の高級品、百貨店やスーパーで買い求めようとしても決して手に入りません。楽山子ならではの面目躍如といったところです。昨夕、ワラビとゼンマイのおのおのに重曹と熱湯を加えて一晩放置しました。今朝、冷水にとって水にさらし、更に夕方まで何回か水替えしてアクを抜きました。ワラビは削り節をふりかけて定番のおひたしに、ゼンマイは蒲鉾や油揚げ、蒟蒻と一緒に定番の煮物にしました。お供のビールも定番の国産高級ブランドにしたかったのですが、最近の諸物価高騰のあおりを受け、年金暮らしの小家では、発泡酒や第三のビールしか飲めなくなりました。

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筑波山麓山菜採り

Dsc06601 2008年4月16日(水)12:00~13:30 毎年恒例の山菜採りに今年も出かけてきました。結果は時期尚早で、ワラビもゼンマイも日当りの良い場所のものがやっと伸び始めたところ、北側斜面の例年群生する場所には前年の枯葉が目立つのみで、若芽の姿は全く見当たりません。今年は昨年ほどの暖冬ではなかったようで、今月末か来月初めに再び出かけてみるつもりです。

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ヤブレガサの天麩羅

01 2008年4月13日(日) 昨日、山梨県上野原市の矢平山に登る途中で群生するヤブレガサを見つけました。キク科の山菜で、芽だしの姿が可愛らしく、名前の通り破れた唐傘に似ています。若芽を茹でてアクを抜き、和え物やおひたし、汁の実などに利用しますが、春菊に似た強い香りがあり、人により好き嫌いが分かれるようです。今回はそのまま天麩羅にしてみました。一番無難かもしれませんが、それでも結構な苦味とアクが感じられます。かなり通人向きの山菜と云えそうです。 また、猛毒のトリカブトと葉の形が似ているので、採取する際は絶対に間違えないように細心の注意を払わねばなりません。生命の危険を冒してまで食べるほど価値ある山菜ではありませんので、念のため。

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矢平山で出逢ったキノコ

2008年4月12日(土) 中央線の梁川駅から立野峠に登り、細野山、鳥屋山、舟山、丸ツヅク山、矢平山と稜線を縦走し、大地峠から四方津駅に下山するコースを6時間半かけて歩いてきました。Photoその道中で出逢ったキノコは、クヌギタケ、シロキツネノサカズキ?、タマキクラゲ、チャカイガラタケ、ハナビラダクリオキン、ヒメキクラゲ、ホウネンタケ、不明種(ズキンタケ科?)の8種類ですが、肝心要のデジカメを忘れて行くという凡失の為、写真に撮ることは出来ませんでした。全くお粗末な話で恥ずかしい限り、老人性痴呆が始まったのかもしれません。写真は図鑑(社団法人家の光協会発行、カラー版きのこ図鑑)から転写したシロキツネノサカズキですが、見つけたキノコは、カップ天面の周縁部にだけ白毛があって、カップの外面や柄には無かったようなので、少し感じが違います。時期からいっても初夏に出るシロキツネノサカズキにしては少し早いので、晩秋から春にかけて発生するというシロキツネノサカズキモドキだったのかもしれません。返す返すもカメラを忘れてしまったことが悔やまれてなりません。

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ヤブガラシのマヨネーズ和え

Dsc065592008年4月11日(金) 先日ノビルを採ったふるさとの森の台地へ今度はブドウ科の山菜、ヤブガラシの若芽を採りに行きました。結果は時期尚早で全く見当たりません。それではと、これも近所の富士浅間神社へ移動し、日当たりの良いフェンス際を覗いて見ました。案の定、臙脂色をした独特の姿の若芽がたくさん伸びています。30本ほど持ち帰り、巻きひげと葉をむしりとり、ひとつまみの塩を加えた熱湯で茎だけを茹でます。その後、冷水にとって1日さらしアクを抜きました。和え物、煮物、酢の物、煮浸し、天麩羅、炒め物などに利用できますが、今回はマヨネーズ和えで戴きました。しゃきしゃき感と若干のヌメリ、それと僅かなエグミがあります。一年に一度だけ食べる春の味です。

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西国一番札所 那智山青岸渡寺

P10701602008年4月7日(月)/2003年5月3日(土) 西国観音霊場 第一番 那智山青岸渡寺(天台宗)

ご本尊:如意輪観世音菩薩

所在地:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8

ご詠歌:「ふだらくや きしうつなみは みくまのの なちのおやまに ひびくたきつせ」

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イタドリの若芽

Dsc065272008年4月5日(土) 根木内歴史公園(松戸市)の傍を流れる上富士川の土手で、イタドリが若芽を伸ばし始めました。余程のマニアでもない限り、採って食べようとする人はまずいないため、一面に伸び伸びと群生しています。イタドリの若芽には緑色タイプと赤色タイプがありますが、ここのものは後者のようです。タケノコのように節がある中空の茎を、根元から折り取って数本持ち帰りました。皮を剥いてから熱湯で1分間茹でます(茹で過ぎると腰が無くなりくたくた、ぐずぐずになる)。冷水にとった後、食べやすい長さに切り、マヨネーズを付け合せて小皿に盛りました。イタドリの酸味とマヨネーズの相性が良く、結構美味しくいただきました。この他にも、酢の物、サラダ、汁の実、煮物、炒め物、天麩羅などに合うようですが、過食は禁物です。酸味の正体はシュウ酸なので、結石を作りやすい体質の人は食べないほうが無難でしょう。

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ノビル採り

Dsc06510 2008年4月3日(木) 今日は近所の向小金ふるさとの森でノビル採り、春は季節の遷ろいが早く、各種山菜が次々に旬を迎える。毎日が実に忙しい。ノビルが群生しているのは湿地を挟んだ台地の上、犬の散歩コースから外れているので衛生的で安心できる。茎の太いものだけを選び出して、地中深くスコップを差し込み土ごと持ち上げる。10分ほどの軽作業で、今晩のビールのツマミに十分な大玉ノビルが20本ほど採れる。鱗茎に味噌をつけて生食する他、若葉もおひたし、汁の実(卵とじがベスト!)、薬味、天麩羅、炒め物などに利用できる。 

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タラの芽撮り

Dsc06505 2008年4月1日(火) 市内某所の山林内に群生しているタラノキの若芽がそろそろ採り頃かも、と様子を見に出かけました。写真のように大分膨らんできてはいましたが、もう一週間位待ったほうが良さそうです。自宅から片道10㎞もある所なので毎日見に行く訳にもいきませんし、そうかといってその間に先客が現れないとも限りません。なかなか悩ましいところですが、とりあえず今日は写真に収めるだけで帰ってきました。一週間後に無事再会できるかどうか、心配で心配で眠れない夜が続きそうです。

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廣池学園

P1070136 2008年3月30日(日) 久し振りに冬のような気温に逆戻りし肌寒い一日、お花見日和とはいえませんが、近所の学校法人廣池学園(麗澤大学等を運営)へ恒例の観桜に行ってきました。園内のソメイヨシノの古木は満開で、サクラ並木のトンネルはとりわけ見事です。外にも、オオシマザクラ、カワズザクラ、コブシ、シデコブシ、ヤブツバキ、紅白のアセビなどが咲き競う、良く手入れが行き届いた園内は、柏市内から繰り出してきた家族連れやカップルで溢れています。その誰もが花を愛でている中で、 独りツツジの植込みを覗き込み、今年も無事トガリアミガサタケを見つけることができました。大きなシロで、ざっと数えても50本ぐらいは群生しています。佃煮やバター炒めにすると美味しいキノコですが、ここは学園内、採取することは許されません。実は入園時にレッドカード(「ご来園の皆さまへ」と題して14項目の注意事項が記されており、その中に「植え込みへの立ち入り、樹木草花の採取はご遠慮ください」と記されているピンク色の用紙)を受け取ってしまったので、さすがの私も写真撮影だけに止めざるをえなくなりました。

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日本三奇橋・甲斐の猿橋

Dsc06491 2008年3月29日(土) 大月市の高川山と岩殿山に登った帰り、日本三奇橋と呼ばれる「猿橋」に立ち寄りました。着いたのは日没寸前の時刻だったので、既に他の観光客の姿はなく、ライトアップされた幻想的な猿橋をゆっくり見物できました。一見すると何の変哲もない木造橋ですが、桂川の深い渓谷に架橋するために、橋脚の代わりに両岸からせり出させた四層のはね木で本体を支えています(肘木けた式橋)。構造的には異なりますが、メキシコで見たマヤアーチをふと憶い出しました。 傍らの大月市教育委員会の説明板には、『猿橋架橋の始期につDsc06495いては定かでないが、諸書によれば「昔、推古帝の頃(600年頃)百済の人、志羅呼(しらこ)、この所に至り猿王の藤蔓をよじ、断崖を渡るを見て橋を造る」とあり、その名はあるいは白癬(しらはた)、志耆麻呂(しきまろ)と様々であるが、これ以外の伝説は見当たらない。史実の中では、文明十八年(1486)二月、聖護院の門跡道興はこの地を過ぎ、猿橋の高く危うく渓谷の絶佳なるを賞して詩文を残し、過去の架け替えや伝説にも触れています。 応永三十三年(1426)武田信長と足利持氏、大永四年(1524)武田信虎と上杉憲房との合戦の場となった猿橋は、戦略上の要地でもありました。江Dsc06494戸時代に入り、五街道の制度が確立してから甲州街道の要衛として、御普請所工事(直轄工事)にて九回の架け替えと、十数回に及ぶ修理が行われてきました。この間、人々の往来が頻繁となり、文人墨客はこの絶景に杖をとめて、多くの作品を今に残しています。昭和七年、付近の大断崖と植生を含めて、猿橋は国の名勝指定を受け今に至っています。昭和九年 西方にある新猿橋の完成により、この橋の官道としての長い生命は終わりましたが、その後も名勝として生き続けています。今回の架け替えは、嘉永四年(1851)の出来形帳により架けられており、江戸時代を通してこの姿や規模でありました。昭和五十八年着工、昭和五十九年八月完成、総工費三億八千三百万円であります。橋の長さ、30.9メートル、橋の幅、3.3メートル、橋より水際まで30メートルです。』、と記されています。因みに、日本三奇橋は、一般的には、「甲斐の猿橋」、「岩国の錦帯橋」、「祖谷のかずら橋」をさすようです。

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