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布施弁天(紅龍山東海寺)

P1070190 2008年4月21日(月) 「レミがいないと詰まらんのう」、「レミがいないと寂しいねえ」、朝から家人と何度も同じ繰り言。家に引き籠っていても落ち込むばかりなので、あけぼの山農業公園へ16万本のチューリップ畑を観に出かける。平日なので渋滞もなく駐車場に到着、菜の花畑を観てからチューリップ畑へ行く。遠くから眺める分には綺麗だったが、近づいてみると花が萎み始めており、見頃はとうに過ぎている。昨年は16日、一昨年は3日の来園だったので無理もない。 例年購入する草餅も食欲がなく見送り、隣の布施弁天へおP1070163参りに行く。東日本随一の弁天様というだけあってお参りする人も多く、寺勢は盛んである。竜宮造りの楼門(1810年建立)、朱塗りも鮮やかな本堂(1717年建立)、多宝塔型鐘楼(1818年建立)はいずれも千葉県指定有形文化財(建造物)であり、他にも三重塔、庭園など見所が多い。布施弁天は通称で、正しくは紅龍山東海寺と云い、真言宗豊山派のお寺である。三寸余のご本尊は秘仏で巳年のみの御開帳(次は2013年)であるが、八臂の大きな前立弁財天像を拝むことが出来る。

《布施P1070179弁財天略縁起》 千葉県柏市布施に紅龍山東海寺という名刹がある。大同二年(807)七月七日の早朝、湖の中から紅色の龍が現れ、たちまちにして島が出現し、日が没するころにはおおきな振動と共に不思議な雲が島の周辺にたなびいた。そのときどこからともなく現れた弁財天がいうには「私は但馬の国朝来郡筒江村より来たりてこの島に降臨したり」と。これより以後、毎夜のごとく島には明るい炎が輝いていた。弁財天が里人の夢に現れて述べるには「私の住んでいた安らかな山は但馬国朝来郡筒江村にあり。みるところ坂東武者はわがままにして欲が深く、 仏神を敬おうP1070177とする者少なし。よってこの地に来たれり」と。里人は島に渡り洞穴の中で光を放つ三寸余の尊像を発見した。この尊像が弁財天であることを知った里人は、歓喜のあまり藁葺きの小さな祠を構え、尊像を安置し、香華をたむけた。弘仁年間(810~823)、弘法大師空海は各地を巡錫の途中、この地に錫を止めた。弁財天を仰ぎ見ると、知恵・徳のある相にして慈悲の心あふれた像である。じっと見ていた空海は「ああ、これは以前、但馬筒江にいたころに彫刻した尊像である」と語った。筒江には香林庵という庵があり、この尊像は、空海がこの香林庵に止宿していたころに彫刻したものであった。空海の弟子の雲龍が里人からその顛末を聞き、歓喜のあまりこの地を布施と名付け、紅龍山東海寺を開創した。この後朝廷の庇護もあり、弘仁十四年(823)堂塔大伽藍を奉建し、荘園も寄進され勅願所に指定された。その後幾多の盛衰を経て、昭和四十九年(1974)四月、往時にまさる復興を遂げた。ちなみに、ご本尊の弁財天は秘仏で、御開帳は巳年(十二年に一度)に行われます。

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