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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc072662008年5月30日(金)11:00~11:45 小雨模様の中、傘をさし、今度こそカンゾウタケが出ていないかと見に行ったが又も空振り、今年は天候不順のせいか発生が遅れている。見つけたキノコは、①アミスギタケ、②アラゲキクラゲ(前回5月20日と同じ)、③ウラベニガサ(老菌)、④オシロイタケ(前回と同じ)、⑤ハイイロイタチタケ、⑥ハラタケ属の不明種(コムラサキモリノカサ?)、⑦ベニタケ属(カワリハツ?)、⑧ベニタケ属(ドクベニタケ?)の8種類、湿地でミクリの花の写真を撮る。(写真は⑤)

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マレーシアの果物

P1070632_2今回のマレーシア旅行中、ホテル、レストラン、食堂、SAの果物店、露店等で各種果実を食したが、独断と偏見による嗜好順位は、①マンゴスチン、②グアバのシロップ漬け(JERUK JAMBU)、③マンゴー、④ミカン、⑤ワックスアップル、⑥メロン、⑦スイカ、⑧パイナップル、⑨グアバ、⑩ドリアンとなる。メロン、スイカは甘味が薄く、そのままのグアバは渋い。ドリアンは臭気が強すぎる。写真は露店で購入したマンゴスチン、日本円にして1個20円、完熟品であるせいか見かけはともかく甘く美味。

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マレーシアのビール

P1070779 今回のマレーシア旅行中に飲んだビールは5種類、レストランで提供するビールは①TIGERの生ビールが多く、一杯15RM(500円)前後である。ビールの税金は100%(?)と高率で、コンビニで購入した缶ビール(320ミリリットル容)でも1本6~8RM(200~260円)と日本並みの価格である。他の4種類は、②ANCHOR SMOOTH(ALC.4.5%)、③SKOL BEER(ALC.5.0%)、④ROYAL STOUT GINSENG(朝鮮人参エキス入り、ALC.8%)、⑤MYANMAR(ALC.5.0%)であり、②はギネス(アイルランド)との、③と④はカルルスベルク(デンマーク)とのライセンス生産品、④は漢方薬臭くていけないが、他は十分飲める。 

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マラッカ市内観光/帰国

2008年5月27日(火) 7:00起床、たちまち最終日、さしたる感動もないまま今日に至る。冷やしておいたマンゴスチンを食べる。 見た目は良くないが完熟品、とろけるような食感と奥深い甘さは現地でないと味わえない。P1070890朝食はウドンを食べる。高層ビル群の上に一段と高く抜きん出たツインタワー(452m)とKLタワー(421m)が霞んで見える。9:30出発、昨日の続きの市内観光を行う。ツインタワーの写真スポットで記念撮影、登るのは無料であるが、順番待ちの時間が長く団体ツアーに組み込むのは無理とのこと。どうもウイリー氏はOPツアー以外は熱も力も入らない。エルメスのバーキンそっくりのバッグを作っている革製品の店に立ち寄った後、古都マラッカ観光へ向う。高速道を走るうち又にわか雨が降る。熱帯の天気は実に気まぐれで変わりやすい。マラッカは15世紀初めに成立したマラッカ王国の都であり、建国者はスマトラ島パレンバン出身の王族と云われる。又、大明国の艦隊を指揮する鄭和が征西隊基地を設けていた所であり、東西交易路の要である。13:00マラッカ市内のレストランSERONIに着き、ニョニャ料理(中国料理とマレー料理が融合したもの)の昼食をとる。中国料理、マレー料理、ニョニャ料理とも全部中華料理のようで違いがさっぱり判らないが、後2者はカレー粉を使う点に特徴があるのかも。デザートはココナツミルクと生卵風味のかき氷の如きもの、珍しい。給仕してくれた女性は今回マレーシアで出会った中で一番の美人、思いがけぬ眼福に少し満足する。14:00食事を終えマラッカ市内の観光に移る。 古都の景観を保つため建築物の高さ制限をしているのか平屋が多い。P1070656 シャッターが降りている店舗が多く、人口が少ないので商売は難しいらしく、日本の地方都市と事情は同じである。最初の見学箇所は、1646年建立のマレーシア最古の中国寺院「チェン・フー・テン(青雲亭)寺院」、屋根も壁も華やかな装飾が施されている。観光客以外の純粋な参拝者も多く、今尚寺勢は盛んである。入口の左右の柱に、「青蓮開佛国」「雲雨潤蒼生」の聯が掛けてあり、 青雲亭の名前の由来と思われる。仏教、道教、儒教の三教併仰寺院との説明であったが、本殿中央には観世音菩薩が祀られ、左右の聯は「観照薀空心無罣碍」と「音聲塵浄性自圓通」、どうやら般若心経の一部のようである。左に祀られているのは恵比寿様というか、関帝(関羽)であり儒教の神様、P1070929左右の聯は「萬古勲名垂竹帛」と「千秋義勇荘山河」、これは三国志演義からきているのであろう。右側に祭られている神様はちょっと分らないが、「水徳配天」の額と「覃恩浩蕩常流海」の聯とから推察するに、航海の安全を祈る道教の神様の馬祖かも知れぬ。二箇所目は、 オランダ広場に建つ「マラッカキリスト教会」(1753年建立)、赤い壁に白い十字架が印象的な建物である。残念ながら内部は拝観できなかったが、今もミサが行われる現役の教会とのこと。そこから背後の丘の上に建つ「セント・ポール教会」へ登る。1521年ポルトガル人が建てたカトリック教会であるが、現在は礼拝堂の壁だけが残り、P1070946 内部には1600年代のオランダ人墓誌が10枚余立て掛けてある(→ネットで調べると、マレーシア独立時、近くにあったクライスト教会の墓地が強制的に移転を迫られ、やむなくプロテスタント派のオランダ人墓石をそこに移動したものらしい)。礼拝堂前の広場には、マラッカ海峡を見下ろすかのようにイエズス会士フランシスコ・ザビエルの立像が建つ。ザビエルは1545年から1552年の間、ここを拠点に布教活動を行い、1549年マラッカから日本へ向けて出発したそうである。登って来たのと反対方向に丘を下ると、1511年にポルトガルがマラッカを占領した時に築いた「サンチャゴ砦」に着く。今は石組みの門が残るだけであるが、Dsc07721 一帯は公園として整備され、家族連れやカップル、 外国人観光客で賑わう。シンガポールから2時間かけて車でやって来る人も多い。左手奥にはマラッカ王宮を復元したという博物館が建つ。是非見学したかったが無情にも素通りし、真っ直ぐ民芸品店兼雑貨屋へ向う。そこで魔除けの面とミャンマービール1缶を購入する。日本人観光客が多いとみえ、中国深圳産のアサヒ・スーパードライもショーケースに並んでいる。クアラルンプール国際空港へ向う途中、再び果物屋に寄る。一袋5RMのカットマンゴーをたらふく食べる。ウイリー氏が皆にドリアンを試食させてくれる。果物の値段は1㎏あたり、ドリアン15~25RM(500~825円)、ドラゴンフルーツ8RM(260円)、マンゴー、マンゴスチン、ランブータン等はみな6RM(200円)、やはり本場は安い。18:00空港近くのレストラン佛跳牆酒家で広東料理の夕食をとる。19:35空港着、5日間お世話になったウイリー氏に御礼を言って別れる。出国検査、安全検査を済ませ、国際便出発ロビーの免税店でドライフルーツなどの土産を買う。22:40搭乗、JL724便、50D・E席、来るときと違いほぼ満席である。23:05無事離陸、早速時計を1時間進める。(完)

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熱帯のクリスマスツリー、クアラ・スランゴルのホタル鑑賞

2008年5月26日(月) 6:00起床、外はまだ真っ暗。6:30朝食、ココナツ風味の蒸しパンとマンゴージュースが美味、極細焼きそばも食べる。P1070841 外へ出て腹ごなしの散策、さすがに高原の朝は涼しい。タイやインドネシアからやって来る避暑客も多いらしい。8:00クアラルンプールへ向け出発、いろは坂のような曲坂を蜿蜒下る。大きな若芽を伸ばしている木性シダが目立つ。道端にマレー人参(トンカーリ)などの山の幸を売る原住民の露店が並ぶ。1時間も下るとようやく傾斜も緩み、まっとうな民家やゴルフ場が現れる。9:45ドライブインでトイレ休憩、果物屋が軒を並べ、ガイドのウイリー氏が各種珍果を試食させてくれる。ワックスアップル、マンゴー、グァバ、 青リンゴ?、赤リンゴ?など。後の2種は日本のリンゴなどよりP1070844 ずっと歯ごたえがあり、酸味はないが糖度が高い。ジャンボ・アップルと言っていたが本当にりんごかどうか判らない(後日ネットで調べると、グアバのシロップ漬けと判明!)。高速道路の両側には果てしもなくパームヤシの林が続く。今はパーム油の価格も高騰しており、マレーシアが外貨を稼げる最大の商品作物なのであろう。11:45クアラルンプール市内に入る。高層ビルが林立する人口270万人の大都会であるが結構緑が多い。ガーデンシティと呼ばれるとの説明に納得する。12:00街中のMIDAH HOTELで昼食をとる。ウイリー氏の住むマンションはホテルの隣にあり、築30年3LDKの家賃は月800RM(26,000円)とのこと、東京の5分の1から10分の1位であろうか。昼食はマレー料理、ラム肉煮込み、P1070857 魚フライ、エビの唐揚げ、イかとタマネギの煮込み、チマキ2種が出てアイスクリームも付く。これまでで一番豪華?、香辛料もカレー粉主体で穏やかである。 13:00クアラルンプール市内観光に出発、バスに乗り、「王宮」、「独立記念碑」、「国立モスク」、「旧連邦政府庁舎」などを駆け足で回る。すべて外から眺めて写真を撮るだけなので中味が薄い。半日フリータイムにしてもらえば、「国立博物館」でもゆっくり見学したいところであるが・・。マレーシアでは何と国王は5年任期の持ち回りとか、西マレーシア11州のうちマラッカとペナンを除く9州(かっての9土候国)のスルタンの互選によって選ばれる。 P1070874 日本の天皇陛下と同じく国家の象徴であるが、国民の殆どが現国王の名前を知らないと云う。国家運営の実権は首相が握っており、5年前まで22年間在任し、強力なリーダーシップで国力増強に寄与したマハティール前首相は、ルックイースト政策の個人的実践か、今や日本風の美味しいパン屋を2店舗経営しているとか。市内観光の後はお決まりの土産物店巡り、貴金属店(KEDAI EMAS KELVIN GEMS)、民芸品店(JADI BATIC CENTER)、チョコレート店(BERYLS CHOCOLATE KINGDOM)の3軒を回る。この時間がまことに勿体無い。チョコレート店の前の露天商から完熟マンゴシチン16個を10RM(330円)で購入する。極めてお買い得、非常に安い。本日最後の出し物はクアラ・スランゴルへ行ってのホタル鑑賞、“熱帯のクリスマスツリー”とも呼ばれるほど見事な煌めきらしい。クアラルンプールから70㎞の道程、P1070888 高速道を走るうちスコールが来て、やがてそれも上がる。17:45川畔の海鮮料理レストラン、港景海鮮酒楼に到着、日が暮れるのを待つ間に夕食を取る。もっとも僅かに3皿しか料理が出なくては時間潰しもままならない。19:30暗くなってきたのでボート乗り場に並ぶ。蚊に刺されるとマラリアやデング熱に罹ると脅かされているので、皆長袖シャツに長ズボンのいでたち、露出部分の顔や手には虫除けスプレーやクリームを念入りに塗る。その上ライフジャケットを着用せねばならないので蒸し暑いことこの上ない。人気の観光スポットとみえ地元の人も続々、長蛇の列ができる。ボートは15人乗り、灯火を落とし真っ暗闇の川へ手漕ぎでそろそろと出る。川岸の樹木に無数のホタルが集まり、さながら電飾のようにピカピカ、チカチカ光る。日本のホタルより小さいのか明滅する光は弱々しい。確かに熱帯のクリスマスツリーと呼ぶことに異論はないが、あまり感激や感動を伴わない。以前ニュージーランドのワイトモ洞窟で神秘的且つ幻想的なツチボタルの明滅を観てしまったせいでもあろう。30分ほどで汗だくの見物を終える。幸い蚊には刺されず一安心、20:30バスはクアラルンプールへ引き返す。22:00今宵の宿、パール・インターナショナルホテルに到着、1909号室に入る。窓からライトアップされたツインタワーとKLタワーとが見える。今回一番のデラックスルームでアメニティは何でも揃っているのが嬉しい。マンゴスチンとビールを冷蔵庫に入れ、早速風呂に入る。(続く)

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オランウータン保護島経由キャメロン・ハイランド

2008年5月25日(月) 6:50起床、ちょうど夜明けで雲に赤みがさしてくる。電気ポットで目覚ましのコオヒを沸かす。 7:30食堂に行き、ヌードルと目玉焼きを食べる。食後の腹ごなしにホテルのプライベートビーチに散策に下りる。P1070792海には電気クラゲがいるので泳がないほうが無難とのこと、何より水色がよろしくない。8:30出発、ペナン・ブリッジを渡り、オランウータン保護島経由、高原保養地キャメロン・ハイランドへ向う。ペナン・ブリッジは全長13.5㎞、東南アジア最長を誇る長大橋で、25年前に韓国の現代グループが建設したものである。来島時のみ有料だが、大型観光バスでも25RM(825円)と通行料金は廉価。橋を渡った本土側は工業地帯のペナン州バタワース地区で、SONYはじめ日本企業の工場も数多く進出している。街路樹は大きい葉が特長のチークが多いが、竹節のような紅色の樹幹を持つヤシの一種(紅竹?)も目立つ。高速道の両側にパームヤシの植樹林が現れ、P1070803それが延々と続く。嘗ての花形商品であるゴム林は意外に少ない。 広大な水田もあるがマレーシアは米の純輸入国、タイ米が頼りである。穀物に投機資金が流入したり、生産国の輸出制限が行われたりで、米の国際価格はこのところ3倍に急騰している。庶民の暮らしは大変であろう。11:00オランウータン保護島への渡船場があるブキットメラ・レークタウン・リゾート(BUKIT MERAH LAKE TOWN RESORT)に着く。湖水に突き出た桟橋の先の待合所で大分待たされる。 何でも今は渇水期で水深が浅く、50人乗りボートに30人しか乗れないとのこと、漸く順番が来て11:45上陸する。そこではP1070800なんと人間の方が檻の中に入り、外で遊ぶオランウータンを眺める仕組み、動物園とは正反対である。30頭位が飼われており、 体の大きなボスを頂点に一群を形成している。ボスになるとホルモン分泌の関係で巨体になるらしく堂々たる貫禄があり、やんちゃ盛りの2歳児やおしめをしている赤ん坊は実に可愛らしい。オランウータンの寿命は50歳程度らしいが、保護センターを卒業してボルネオの森に帰るものが何頭あるのだろうか。12:30再びボートに乗り島を離れる。バスに戻りキャメロン・ハイランドへ。高速道は次第に山に分け入る。山は熱帯雨林にびっしりと覆われているが、いわゆる巨木、大樹の類は少なく、ひょろひょろした高木が多い。土壌は紅土のラテライトなので痩せているせいもあろう。うとうと居眠りするうち大きな町に着く。ペラ州の州都イポー市(Ipoh)で、バスを交換するとのことで全員荷物を持って降車する。代わりのバスを待つ間にSYUEN HOTELに入り飲茶料理の昼食、P1070816パンフレットでは10皿も並んでいたのに、実際にはお粥と3皿しか出てこない。あれっという間に終わり、幾らギリギリツアーにしてもこれはない。 気を取り直して代わりのバスに乗り込む。キャメロン・ハイランドに近づくと巨大な温室が沢山現れる。イチゴや蔬菜を栽培するもので、マレーシアでイチゴが穫れるのはここだけらしく、高原野菜はシンガポールにも輸出される。17:00紅茶農園に着く。山の斜面一面に広大な茶畑が展開する。イギリス統治時代に連れて来られたインド人やスリランカ人が開拓した圃場である。また、松本清張の小説「熱い絹」の舞台でもある。1杯3RM(100円)で午後の紅茶を飲む。本場のP1070820 ミルクティーは甘く美味しい。高原の海抜は1,500m~1,800m、熱帯とは思えないほど涼しい。17:55バタフライ・ファームに入園、熱帯雨林に棲息する珍しい蝶類(写真はアカエリトリバネアゲハ)、爬虫類、昆虫類が見られる。薔薇園にも行く予定であったが時間切れとなる。付近には高原野菜を商う露店が建ち並ぶ。覗いてみると、アスパラガス、インゲン、キャベツ、サツマイモ、ジャガイモ、大根、トウモロコシ、トマト、ナス、人参、ネギ、ヒラタケ、ブロッコリーなどの野菜、イチゴ、オレンジ、ミカン、メロンなどの果物を扱い、日本の八百屋やスーパーと何ら変りが無い。マレーシアの人々はここに避暑に来た序に、下界では穫れないこれらの珍果・珍菜(?)を求めていくのである。ためしにミカン1kgを5RMで購入する。近くの美景珈琲餐庁(STRAWBERRY VIEW)なる食堂で夕食、スチームボートと呼ばれる海鮮寄せ鍋を食べる。野菜と中華そばはお代わり自由で味もまずまず。20:15今宵の宿、ヘリテージホテル(HERITAGE HOTEL)にチェックイン、333号室に入る。リゾートホテルだけに部屋はゆったりしており、MW2本のサービスとNHKが入るのが嬉しい。(続く)

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東洋の真珠、ペナン島観光

2008年5月24日(土) 7:00起床、曇り、部屋から海が見える。19階建てホテルの14階の部屋なので眺めは良いが、感激するほどの景色ではない。髭を剃り日焼け止めクリームを塗ってから7階の食堂に下りる。ソーセージもハムも材料は鶏肉である。イスラム教徒とヒンズー教徒が同居するマレーシアならではの肉製品はあっさり味。9:00昨夜のバスが迎えに来る。今日は終日ペナン島の名所巡り、外はやはり蒸し暑い。ペナン島に来る前はP1070719 プライベートビーチに水上コテージが建ち並ぶ素朴な風景を想像していたが、来てみると東西12㎞、南北24㎞もある大きな島、中心のジョージタウンはマレーシア第2の都会とのことで、30階、40階建ての高層ビルが林立する。北部に位置するペナン・ヒルは標高830m、結構な山もある。最初の見学箇所は「コーンウォリス要塞」、1786年ペナン島がイギリスに割譲され自由貿易港になった時に、海賊から島を守るために造られた要塞である。今でも城壁上に数門の大砲が据えられ、弾薬庫が残る。イギリス提督フランシス・ライトの像は格好の記念撮影ポイントになっているが、他には何もなく、台湾のオランダ城砦「赤嵌楼」などに比べると見劣りする。晴れてくるとさすがに熱帯の陽の光は強烈で眩しい。MEE CHONG JEWELLERY(美昌珠宝行)なる貴金属店で30分ほど涼んだ後、P1070727 次の見学箇所「ワット・チャヤマングカラム(涅槃仏寺院)」へ向う。1957年建立のタイ式仏教寺院の本堂内に、世界で4番目に大きいという全長105mの寝釈迦像が横たわる。確かに巨大な像であるが、ペンキ仕上げのような彩色がいただけない。これでは悟りの境地に到った釈迦の厳粛さや神秘性が感じられぬ。バンコクのワット・ポー(涅槃仏寺)の黄金の寝釈迦像(46m)、インド・アジャンター遺跡の第26窟の涅槃像(7m)に較べると全く威厳が無い。それでもせっかくなので般若心経の真言部分のみ唱えてお参りする。本堂の壁面は納骨棚になっており、カラフルな骨壷が数多納められている。タイ式仏教寺院は原色が氾濫し、どうも馴染めない。威綸禮品峇廸中心なるバティック(ろうけつ染め)の店に入り、再び30分ほど涼む。P1070734 麻素材の開襟シャツは涼しそうであるが、1枚5,000円の値札を見て購入を思い止まる。三箇所目の見学先は「植物園」、1884年の開園で良く整備されている。残念なことにガイドのウイリー氏が樹木や草花に詳しくないので全く盛り上がらない。キャノンボールツリー、マンゴー、マンゴスチンの木と、日本猿より小型の野猿を眺めただけに終わる。昼食は中華料理、店名こそ“王宮海鮮酒楼(JADE PALACE)”とものものしいが、料理は至って平凡、美味とはいいかねる。昼食後、TRISTAR(天星)なる錫製品の店に寄ってからホテルに戻る。昼下がりの街はがらんとしており、皆昼寝の時間らしい。15:00からオプショナルツアーの“じゃらんじゃらん”観光に参加することとし、それまで部屋で一休み。「JALAN JALAN」とはマレー語で「うろうろする」「ぶらぶらする」「散歩する」の意味らしい。P1070741序に「PENANG(ペナン)」は檳華、 即ちびんろうの意味である。OPツアーで最初にi案内された所は「ペナン州立博物館」、イギリス統治時代のジョージタウンの街並の写真パネルや、当時の人力車、民族衣装、錫製品などが展示されている。二箇所目は「龍山堂邱公司」、中国系住民の邱氏一族が住む街区で、中心広場に建つ祖廟龍山堂を中心に周囲を一族の住居が取り囲む。福建省からペナンにやって来て大成功を収めた邱氏が1898年に建立した霊廟自体は華やかであるが、今では凋落しつつあるのか周りの建物は傷みが目立つ。三箇所目は「インド人街」、英国統治時代(1786~1957)中国マフィアに対抗するため、イギリス人によってインドやスリランカからP1070763連れてこられた人々の末裔が暮らす街区で、商店が建ち並ぶ。 道路1本挟んで中国人街と向かい合うが、お互いに閉鎖的で地域社会における交流は乏しそうである。その後名物のトライショー(人力車)に2人乗りして中国人街を一巡りする。高齢の運転手が多く、メタボの日本人夫婦が乗るとペダルを踏むのが辛そうである。気の毒になって降りる時ついチップを弾んでしまう。四箇所目は「水上住宅」、福建省から流れて来た中国系住民発祥の地で、林氏一族が住んでいる。入口に日月壇なる祖廟(?)があり、その奥は海に突き出した桟橋で、桟橋に沿った粗末な住居が海上に建ち並ぶ。 今は何を生業にしているのか分らないが、昼日中からベンチにごろ寝している人が多い。その辺りの海はゴミだらけで汚い。最後に「東方海鮮舫」なる海上レストランへ行き、海鮮料理を食べる。入口の水槽に、ハタ類、ミル貝、アブラガニ、イセエビ、クルマエビ、シャコ、ワタリガニ、カブトガニ(日本なら天然記念物!)、雷魚、アサリなど高級活魚が並んでいる。大いに期待したが、出てきた料理は蒸しスズキ、煮ワタリガニ、茹でエビなどで平凡、14RM(460円)のTIGERの生ビールを1杯飲む。夕食も含めたOPツアーの料金は一人7,000円、これならホテルでゆっくりし、屋台でいろいろ試食したほうがよかったかもしれない。セブンイレブンで3種類の缶ビールを買い、19:30ホテルに戻る。近年リゾート地としての人気は、ペナン島からタイ国境に近いランカウイ島へ移りつつあり、いずれメキシコのアカプルコとカンクンのような関係になるのであろう。(続く)

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じゃらんじゃらんマレーシア

2008年5月23日(金) ㈱阪急交通社の「決定版マレーシア縦断紀行6日間」の旅の始まり、9:30車にSC2個積んで出発、夏空が高く広がる。10:50いつも車を預けるPARK500に到着、6日間の保管料として3,570円也を支払う。直ぐにマイクロバスで空港第2ターミナルビルへ送ってもらう。01北団体カウンターにある阪急交通社窓口で受付を済ませ航空券をもらう。その足でJALカウンターへ行きチェックイン、SCを預け搭乗券を受け取る。添乗員のいない旅行はシンプルでよい。安全検査、出国検査を済ませ、ゲート73待合室に入る。13:45ようやく搭乗、JL723便(B767型)の23H・K席は2人並びなので楽々、乗客は5割ほどで空席が目立つ。マレーシア旅行は格安であるが、どうも人気薄らしい。14:05予定通り離陸、日経と読売新聞の2紙を読む。その後個人端末TVで、2007年米国映画の「The Bucket List」(邦題:最高の人生の見つけ方)と、2008年米国映画の「Jumper」(邦題:ジャンパー)を観る。音楽番組に切り替え、南こうせつ、かぐや姫、イルカ、風などの歌も聴く。更に持参の文庫本、川端康成の「女であること」を読む。着陸が近づいたので、腕時計を1時間遅らせ現地時間に時刻を合わせる。20:30(日本時間21:30)クアラルンプール国際空港に安着、成田を離陸してから7時間半が経過している。エアロトレインに乗りメインターミナルビルへ移動し、国内線乗り継ぎのための入国検査と安全検査を受ける。結構大きな空港であるがガランとしており、ペナンへ乗り継ぐのも我々のグループらしきメンバーが主体、22:25 A5ゲートからMH1168便に搭乗する。マレーシア航空のスチュワーデスは皆若く美形揃い、バティック(ろうけつ染め)の民俗衣装に身を包む。JALには申し訳ないが、こうでなくてはとほっとする。23:20ペナン国際空港着、SCを受け取り到着ロビーへ出ると、現地旅行会社(その名もMANZOKU TOURIST(M)SDN.BHD)の現地ガイドのウイリー氏(47歳、男性)の出迎えを受ける。結局ツアーメンンバーは27名(内訳は夫婦12組、男性の2人組、一人参加の男性)と判る。迎えのバスに乗り込みホテルへ向う。その途中で、現地通貨に両替、ウイリー私設銀行のレートは1万円が298リンギット(RM)である。マレーシアの人口は2,700万人、マレー系60%、中国系25%、インド系12%、少数民族3%の構成比とのこと、ロングスティの日本人も多く、ペナンだけで2,000~3,000人が暮らしているらしい。近年のロングステイは安・近・暖のアジア諸国(タイ、フィリピン、マレーシア)が人気である。それもその筈、中・高級マンションが1,000~3,000万円で買え、賃貸なら家賃10~15万円が相場、物価は日本の3分の1なので、年金だけでも十分暮らせる。0:21コプトーン・オーキッドホテル(Copthorne Orchid H)着、1411号室に入る。設備は旧いが部屋は広くゆったりしている。電気ポットにコオヒ、紅茶付きが嬉しい。パンとコオヒの夜食を済ませ、風呂から上がると1:30、MCまで6時間しかない。急いでベッドにもぐりこむ。(続く)

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc07223 2008年5月20日(火)12:00~13:00 午後雨が上がったので、根木内歴史公園へカンゾウタケが出ていないか確かめに行く。結果は空振り、例年発生するスダジイ老木の洞には未だ何の兆候もない。見つけたきのこは、①アミスギタケ、②アミヒラタケ(前回と同じもの)、③アラゲキクラゲ(2箇所)、④オシロイタケ?、⑤キクラゲ、⑥キララタケ、⑦スジオチバタケ、⑧ハラタケ科の不明種の8種類、序にヤマボウシとヒレハリソウの花の写真を撮る。(写真は③) 

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フキ

Dsc072592007年5月17日(土) 山梨県御正体山。御正体山から大分下ってきて池の平に近づくと、道端にフキの群落が現れる。萌え出たばかりらしく、葉柄は極めて細く、葉は浅緑色で見るからに瑞々しい。平地に生える野ブキも山地に生える山ブキも全く同じ種類であるが、湿り気のある山地の谷沿いに生えるものの方が軟らかく美味しいような気がする。好物のキャラブキを作ってもらうべく、葉身を外し葉柄だけを持ち帰る。勿論、昔ながらの油炒めにしても美味しいし、煮物にしても漬物にしても良い。 今回は持ち帰らなかったが、葉も佃煮に利用できる。

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御正体山で出逢った木の子

Dsc071192008年5月17日(土) 道志山塊の最高峰である御正体山(1,682m)に三輪神社が建つ細野口から登り、表登拝道の池の平コース(鹿留口)を下って、富士急行線の東桂駅まで歩いてきました。その間に見つけた木の子は、①アシナガイタチタケ、②アミガサタケ、③チャカイガラタケ、④ヒトクチタケ、⑤モリノカレバタケ、⑥タコウキン科の不明種の6種類のみ、今の時期は近所の公園の方が多くの種類に出逢えるようです。(写真は④)

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モミジガサ(シドケ)

Dsc07133_2 2008年5月17日(土) 御正体山(山梨県)。キク科コウモリソウ属の多年草、和名は紅葉傘か、若芽は山菜として利用できる。ヤブレガサ(キク科ヤブレガサ属)に似るが、ヤブレガサの若芽は毛を密に被るのに対し、モミジガサの若芽は毛がなく、光沢がある。深山の渓谷や林床など湿り気のある場所を好んで生える。特有の香りと味があり、しゃりしゃりした歯切れは山菜中の逸品、ヤブレガサよりはよほど珍重される。おひたし、和え物、天麩羅、汁の実、炒め物など何にでも合うが、  今回はオーソドックスにおひたしにする。久し振りに食べたが、やはり天然物は最高に美味しい。東北地方の呼名はシドケ、ミヤマイラクサ(アイコ)と人気を二分する山菜の王様である。

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五本松公園(我孫子市)で見かけたキノコ

Dsc070902008年5月16日(金)13:15~14.15  昨日に続き気持ちの良い五月晴れ、たまには違った場所でと手賀沼北岸の五本松公園へきのこ探しに行く。いつも思いがけない種類に出逢える場所であるが今回は空振り、ヒメカバイロタケの幼菌と不明種の2種類を見つけただけに終わる。(写真左がヒメカバイロタケ)

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穂先タケノコ

Dsc07081 2008年5月15日(木) 市内某公園。今の時期、竹林ではタケノコ採りの魔手を免れた孟宗竹の若竹が1~2mの長さに伸びている。このまま放って置くと繁茂し過ぎて竹林としての価値を損ねるので、その整備に一役買うべく?、若竹の穂先を何本か頂戴する。本人は大真面目に竹林整備に協力しているつもりでも、タケノコ(竹?)泥棒などと不名誉なことを言われかねない。為にこの場合採取場所はあえて秘匿する。若竹の先端は汁の実にするのが一番、軟らかいし、しゃきしゃき感はあるしでとても美味しい。早速米糠と一緒に茹でることから下ごしらえを始める。

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キクラゲの中華風油炒め

Dsc070412008年5月13日(火) 一昨日増尾城址公園で採取してきたキクラゲの一部を使い、野菜(ニラ、ピーマン、モヤシ)と豚肉と一緒に炒めて中華風油炒めを作りました。残りがまだたくさんあるので、乾燥して保存し、いずれ酢の物、和え物、お吸い物、和風煮物、佃煮、ピラフ、中華風スープ、チャーハン、中華煮込み等に利用す るつもりです。

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モディリアーニ展(2008.05.12)

04 アメデオ・モディリアーニ

《カリアティッド》(Cariatide)

1913年

油彩/カンヴァスで裏打ちした紙

92×53㎝

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モディリアーニ展(2008.05.12)

02 アメデオ・モディリアーニ

《女の肖像》(通称:マリー・ローランサン)

1917年

油彩/カンヴァス

61×38㎝

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モディリアーニ展

01 2008年5月12日(月) 連日3月頃の気温という肌寒い日が続く。今日は家人と国立新美術館で開催中のモディリアーニ展を観に行く。南柏から千代田線1本で行くことができるし、乃木坂駅で降りれば地下道が国立新美術館に直結しているので上野の美術館へ行くよりずっと楽である。昼時だったので、先ず東京ミッドタウン・ガレリアのB1Fにある平田牧場に立ち寄り腹ごしらえ、三元豚(さんげんとん)のヒレかつ膳(1,400円)とロースかつ膳(1,300円)を食べる。山形県庄内地方にある平田牧場生産の豚肉のアンテナショップで、牛肉より美味しいと謳うだけあってトンカツの味は申し分ない。ご飯も庄内米なのか美味、ビールがキリンなのも嬉しい。国立新美術館に来るのは「大回顧展モネ」以来二度目、庭園のサツキは散り花であるが樹木の若葉は美しい。エコール・ド・パリを代表する画家モディリアーニ(1884-1920)の初期作品群から独自様式を確立した晩年の肖像画群まで、油彩58点、素描93点が出品されている。殆どが人物画であり、アーモンド形の顔、同形の無表情な目、細長い首、極端な撫で肩などの独特の画風は、アフリカやオセアニア、アジアなどの原始芸術(特に仮面やトーテム)の影響を色濃く受けているとのこと、なるほどと納得する。不健康と経済的理由とから彫刻家になる夢を諦め、生活の為に描いたのであろう作品群には、モディリアーニの諦念と寂寥が漂うようである。

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御殿場高原ビール

Dsc070472008年5月11日(日) 娘から御殿場高原ビール㈱製の地ビール5缶をもらう。何でも御殿場のアウトレットへ行った序に御殿場高原ビールのレストランで食事をし、併設の売店で購入したものらしい。左から順に、Weizenbock(ヴァイツェンボック)、ブラウズビア若葉(季節限定)、Pils(ピルス)、Weizen(ヴァイツェン)、Schwarz(シュバルツ)の5種類、いずれも原料は麦芽とホップと富士山の湧水だけと云う本格的ドイツビールである。国産ビールの2倍近い価格の高級品なので、直ぐに飲んでしまうのも勿体無く、かといってビールは鮮度が命なので悩ましい。今日のところはとりあえず冷蔵庫にしまう。米久株式会社(御殿場高原ビールの親会社)のハム・ソーセージとの相性が一番いいので、明日にでもデパートかスーパーで調達してこよう。

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ウグイスカグラ

Dsc06980 2008年5月10日(土) スイカズラ科の落葉小低木、山地のよく日の当るところに生える。果実は液果で生食できる。また果実酒にも利用できる。但し、写真のウグイスカグラはご近所の庭に植えられているもの、とって良いのは写真だけ、味見も難しい。

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc069722008年5月9日(金)9:45~10:15 このところ雨が少ないので林の中は乾燥状態、アミスギタケとアミヒラタケの2種類のきのこに出逢えただけでした。(写真はアミヒラタケ)

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雲興我無心

1 我家に先祖代々伝わる林子平の書である。「雲興我無心」は「くもおこり われむしん」とでも読むのであろうか。百科事典で調べると、『林子平(1738~1793)は江戸時代後期の経世家、父はもと幕臣で江戸に生まれたが、1756年兄が仙台藩に仕えた関係で、翌年仙台に移住。江戸の蘭学者大槻玄沢らと交わり、経済、軍事問題に深い関心を寄せ、長崎や蝦夷地に赴き海外事情や国防を研究。1785年「三国通覧図説」を著し、朝鮮、琉球、蝦夷および小笠原諸島の地理や民俗を説き、さらに翌86年には「海国兵談」を著し、「江戸の日本橋より唐、阿蘭陀(オランダ)まで境なしの水路なり」と記して、海国日本の国防体制を論じる。同書は91年に全巻出版されたが、これが幕府の忌諱にふれ、翌年蟄居を命ぜられ、不遇のうちに病没。』とある。仙台出身ではないが伊達藩のブレーンだったようである。まあ真筆ではないと思うが、大枚五萬円もかけて軸装してしまった以上、開運なんでも鑑定団に出して1,000円と鑑定されるのも口惜しい。本物と信じて大事にしまっておこう。

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小さな恋人・さくらんぼ

Dsc06944 2008年5月6日(火) JAさがえ西村山生産の佐藤錦(さとうにしき)、しかも完熟品、さくらんぼの王様として折り紙つきの超超超!高級品を、娘がどなたか(?)から頂戴してきました。透明感を湛える深い色と艶はまさにルビーそのもの、一粒口に含めば甘酸味が口中で絶妙なハーモニーを奏でます。家人と三粒づつ食べたところで娘からストップがかかりました。ま、お相伴に預かれただけでも望外の幸せです。○○様ご馳走様でした。そして結構なお品を誠に有り難うございました。

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今倉山・二十六夜山で出逢ったキノコ

Dsc068412008年5月4日(日) 道志村の道坂隧道から今倉山へ登り、松山、二十六夜山と縦走し、富士急行線赤坂駅までを6時間かけて歩いてきました。その間に出逢ったきのこは、①エノキタケ、②チャツムタケ、③ニガクリタケ、④ヌメリツバタケモドキ、⑤ハナビラダクリオキン、⑥ヒメキクラゲ、⑦キシメジ科と思われる不明種の7種類、標高1,000mを越える山のフィールドが賑やかになるのはもう少し先のようです。(写真は⑤)

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笹尾根の山菜採り

Dsc068312008年4月29日(火) 写真はコシアブラ、ハリギリ、ヤブレガサの若芽、それと写真はないが綿毛を外した後のゼンマイの若芽。いずれも山梨県と東京都の県都境の笹尾根で採取したもの。

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コシアブラ

01 2008年4月29日(火)、笹尾根。タラの芽とともに山菜中の山菜と珍重されるウコギ科の落葉高木の若芽。特有の精油の香りが強く、好き嫌いは分かれる。茹でておひたし、和え物、汁の実、炒めものなどにも利用出来るが、生のまま天麩羅に揚げるのがベスト。これまで食べたことがあるウコギ科の若芽の美味しさの個人的順番は、第一位ハリギリ、第二位タラノメ、第三位ヤマウド、第四位コシアブラ、第五位ハリブキといったところ、ウコギ科の本家本元のヤマウコギやヒメウコギの若芽もいつか食べてみたいものである。

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定点観察・向小金ふるさとの森(流山市)

Dsc067262008年4月28日(月)10:30~11:15 殆ど毎日散歩に行くふるさとの森で、今日は真面目に久し振りのきのこ観察を行う。結果、アシナガイタチタケ、アミガサタケ、ウスベニイタチタケ、ナヨタケ、ハラタケ科ハラタケ属?の5種類を見つける。(写真はアミガサタケ)

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鎌倉五山第四位 浄智寺

P1070350 2008年4月26日(土) 金宝山浄智寺は臨済宗円覚寺派の寺院である。北条時頼の三男宗政が二十九歳の若さで 弘安四年(1281)に歿しているが、間もなく宗政夫人が一族の助けを得て寺を起こし、亡夫と幼少の師時を開基にしたとされている。開山には中国の名僧兀庵普寧(ごったんふねい)と仏源禅師大休正念(請待開山)、および日本僧の真応禅師南州宏海(準開山)の三人が名をつらねている。浄智寺を訪ねるのは初めてである。受付で拝観料200円を納め、鐘楼を兼ねた中国風の珍しい山門をくぐる。曇華殿と名付けられた仏殿に入ると、神奈川県重要文化財に指定されているご本尊「木造三世坐像」が祀られている。向って左から阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来の三尊像で、各々過去仏、現在仏、未来仏を代表する。有り難くお参りした後、鎌倉第一の巨木コウヤマキを眺め、木造観音菩薩立像を拝む。裏庭の隧道を抜けると、岩窟に弥勒菩薩の化身といわれる布袋尊が祀られている。お腹をなでてから浄智寺を後にし、建長寺へ向う。

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鎌倉五山第三位 寿福寺

P10703882008年4月26日(土) 建長寺を後にし寿福寺へ移動する頃から雨も本降りになる。 寿福寺境内は非公開のため拝観できないが、外門から山門に至る石畳の参道は風情があり趣がある。神奈川県教育委員会が設置した説明板「国指定史跡 寿福寺境内 昭和41年3月22日指定」によると、「亀谷山寿福金剛禅寺(臨済宗建長寺派)は、正治二年(1200年)に頼朝夫人政子が、明庵栄西禅師を開山として建てたもので、鎌倉五山第三位の寺であります。この地は、もと源頼朝の父義朝の館があったといわれ、鎌倉入りした頼朝はここに館を造ろうとP1070385しましたが、 岡崎義美が義朝の菩提を弔うお堂を建てていたのでやめたといわれています。墓地にあるやぐらには、源実朝、北条政子の墓と伝わる五輪塔が二基あります。現在伽藍は外門、山門、仏殿、鐘楼、庫裡などですが、外門から山門に至る敷石道は静寂感が漂い、また仏殿前に四株の柏槇があり、往時のおもかげを残しています」、簡潔にして明瞭な説明である。また日本語、英語、中国語、韓国語の四ヶ国語の説明板も別にあり、さすがは鎌倉と感心する。山門から境内を眺めていると、御朱印の案内があるので右手から庫裡へ回ってみる。 ご住職になんとか御朱印帳に記帳してもらいほP1070383っとする。その後裏手の墓地にあるという北条政子と源実朝の墓を訪ねる。墓地最上部の岩壁にやぐら(岩石をうがった墓所)は沢山並んでおり、名札がなければ誰のものかわからない。お参りする人があると見え、どちらにも生花が供えてある。墓地には海上寿子(歌人)、大佛次郎(作家)、菊岡久利(詩人)、高浜虚子(俳人)、高浜年尾(俳人)、田辺松坡(漢詩人)、星野立子(俳人)、米川稔(歌人)らの文人墓もある。一々の確認は出来なかったが、その傍らには次の歌碑や句碑が建っているとのことである。「抜いでむふしはねがはずくれ竹のむなしき をこそこころとはせめ」(海上寿子)、「ぬばたまの夜音(よと)の遠音(とおと)に鳴る潮の大海(おうみ)の響動(とよみ)きはまらめやも」(米川稔)、「雛飾りつつふと命惜しきかな」(星野立子)。

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鎌倉五山第二位 円覚寺

P10702072008年4月26日(土) 圓覚寺は臨済宗圓覚寺派大本山である。山号寺号を瑞鹿山圓覚興聖禅寺といい、鎌倉幕府第八代執権北条時宗が弘安五年(1282)に創建、開山は無学祖元(むがくそげん)である。 円覚寺に来るのも二度目であるが、やはり境内をじっくり拝観するのは今回が初めて。受付を済ませ、天明三年(1783)再建の立派な山門をくぐり、仏殿の中に入る。仏殿に祀られる御本尊は「宝冠釈迦如来像」である。通常日本の釈迦如来像は、頭に肉髻を備えて髪を螺髪にし、装身具を着けない姿が多いが、冠を被っているとは珍しい。これP1070223は、 釈迦如来像を盧遮那仏と同体であるとする考え方があり、盧遮那仏は華厳経などには華やかに飾られると説かれているので、「華厳の釈迦」とも称されるこのような姿に造られるようになったらしい。お参りした後、道順に従い、 仏を選び出す堂宇「選仏場」、禅を志す在家のための座禅道場「居士林」、市指定天然記念物の「柏槙」などを眺めながら方丈へ。方丈の庭園には、江戸時代、拙叟尊者により奉安された「百観音」が安置されている。更に境内の奥へ進み、妙香池畔の「虎頭岩」、国宝の「舎利殿」、北条時宗のみたまや「開基廟」、山号の由来ともなった「白鹿洞」などを眺め、最奥の「黄梅院」に登る。そこに建つ観音堂にお参りしてから往路を戻る。最後に、国宝の「洪鐘(おおがね)」を吊るす鐘楼と弁天堂が建つ高台に上る。「洪鐘」はどっしりした重量感があり、さすがに立派であるが、鐘楼の柱や桁の太さにも感心する。国宝の梵鐘を納めるのにふさわしい建物である。高台からは東慶寺の伽藍や鎌倉の山並を眺めることができ見晴らしが良い。傍らで商う弁天堂茶屋で福あま酒でも飲んで一服したかったが、大蔵卿の局のお許しが出ないので、御朱印帳を受け取りに出口へ向う。

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鎌倉五山第一位 建長寺

P1070358 2008年4月26日(土) 建長寺は臨済宗建長寺派の大本山である。山号寺号を巨福山建長興国禅寺といい、鎌倉幕府五代執権北条時頼が建長五年(1253)に建立、開山は蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)である。建長寺にはこれまでも何度か来ているが、境内をじっくり拝観するのは今回が初めてである。総門(巨福門)をくぐって受付を済ませ、朱印所に御朱印帳を預けた後、重文の三門、国宝の梵鐘、新日本名木百選の柏槙(ビャクシン)を眺め、重文の仏殿の中に入る。 仏殿に祀られる御本尊は現世利益をもたらすとされる地蔵菩薩坐像であるP1070365。地蔵菩薩は戦勝祈願など武将の信仰と結びついたともいわれているので不思議でもないが、建長寺のような大寺の御本尊とは珍しい。蓮華座に座る大きなお地蔵様は、型どおり右手に錫杖、左手に宝珠を持っている。お参りした後、同じく重文の法堂(はっとう)の中に入る。法堂は文化十一年(1814)に再建された関東最大の木造建築であり、千手観音菩薩像と釈迦苦行像(愛知万博のために建立された像で、その後パキスタン・イスラム共和国より奉納されたもの)が祀られている。お参りした後、境内最奥にある名称史跡の庭園を眺めに行く。大玄関から方丈(龍王殿)に上がり、回廊から庭園を眺めるうちに雨が落ちてくる。庭園の裏山中腹にある建長寺の鎮守、半増坊大権現は鎌倉市内、相模湾、富士山を眺望できるview pointであるが、今日は登るのを諦めて朱印所へ戻る。尚、「建長汁(けんちんじる)」は建長寺発祥の料理とのこと、又ひとつ勉強になる。 

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