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鎌倉五山第三位 寿福寺

P10703882008年4月26日(土) 建長寺を後にし寿福寺へ移動する頃から雨も本降りになる。 寿福寺境内は非公開のため拝観できないが、外門から山門に至る石畳の参道は風情があり趣がある。神奈川県教育委員会が設置した説明板「国指定史跡 寿福寺境内 昭和41年3月22日指定」によると、「亀谷山寿福金剛禅寺(臨済宗建長寺派)は、正治二年(1200年)に頼朝夫人政子が、明庵栄西禅師を開山として建てたもので、鎌倉五山第三位の寺であります。この地は、もと源頼朝の父義朝の館があったといわれ、鎌倉入りした頼朝はここに館を造ろうとP1070385しましたが、 岡崎義美が義朝の菩提を弔うお堂を建てていたのでやめたといわれています。墓地にあるやぐらには、源実朝、北条政子の墓と伝わる五輪塔が二基あります。現在伽藍は外門、山門、仏殿、鐘楼、庫裡などですが、外門から山門に至る敷石道は静寂感が漂い、また仏殿前に四株の柏槇があり、往時のおもかげを残しています」、簡潔にして明瞭な説明である。また日本語、英語、中国語、韓国語の四ヶ国語の説明板も別にあり、さすがは鎌倉と感心する。山門から境内を眺めていると、御朱印の案内があるので右手から庫裡へ回ってみる。 ご住職になんとか御朱印帳に記帳してもらいほP1070383っとする。その後裏手の墓地にあるという北条政子と源実朝の墓を訪ねる。墓地最上部の岩壁にやぐら(岩石をうがった墓所)は沢山並んでおり、名札がなければ誰のものかわからない。お参りする人があると見え、どちらにも生花が供えてある。墓地には海上寿子(歌人)、大佛次郎(作家)、菊岡久利(詩人)、高浜虚子(俳人)、高浜年尾(俳人)、田辺松坡(漢詩人)、星野立子(俳人)、米川稔(歌人)らの文人墓もある。一々の確認は出来なかったが、その傍らには次の歌碑や句碑が建っているとのことである。「抜いでむふしはねがはずくれ竹のむなしき をこそこころとはせめ」(海上寿子)、「ぬばたまの夜音(よと)の遠音(とおと)に鳴る潮の大海(おうみ)の響動(とよみ)きはまらめやも」(米川稔)、「雛飾りつつふと命惜しきかな」(星野立子)。

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