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松島四大観・扇谷

Dsc07796 2008年6月15日(日) 松島四大観の一、扇谷(標高60m)に登り、山頂に建つ東屋から眺めると、脚下の渓谷が海辺で扇を広げた形に開け、松島湾と外洋に浮かぶ島々が見渡せる。四大観(他は大高森、富山、多聞山)はいずれも甲乙つけ難い松島の展望台であるが、「幽観」とされる扇谷の眺めが一番好ましいように思われる。四大観の中では最も瑞巌寺や五大堂に近く、せっかく松島までやって来ながら扇谷を訪れないでは勿体無い。山頂近くに「金翅塔(こんじとう)」なる岩窟があり、中に 瑞巌寺第101世鵬雲東搏禅師と第114世丹源文叔、第116世牧舟禅慧の墓がある。また、山頂には「金翅堂(達磨堂)」が建つ。もともとはこの山谷の静寂を愛した瑞巌寺第99世雲古希膺(うんごきよう)が寛永14(1637)年に座禅堂を構えて以来、明治期に至るまで寺院があった所である。Dsc07793夫々説明板があり、金翅塔は『金翅は毒龍を餌とする火の鳥・加楼羅(かるら)の事で、塔は瑞巌寺第101世鵬雲東搏禅師(ほううんとうばくぜんじ)(1612?~1703)の墓所である。鵬雲は尾張総見寺北禅禅秀(妙心寺第200世) の下で僧となり、長じて松島に行脚、瑞巌寺第100世洞水東初(1605~1671)に参じ嗣法した。寛文元年(1661)瑞巌寺第101世に、同6年本山妙心寺に第207世として登山した。松島に千仏閣・三聖堂・天童庵・一華庵、大沢(扇谷)に海無量寺を開創、黒川郡宮床に慶雲寺(現称覚照寺)を、志田郡鹿島台に慈明寺を開創した。瑞巌寺には39年間住職、大領義猷(だいりょうぎゆう)(当山102世)、夢庵如幻(同104世)など13名の法嗣を育成し遷化の翌年、東山天皇から妙道虚玄禅師の勅諡号を賜っている。中央が鵬雲、右が丹源文叔(たんげんぶんしゅく)、左がDsc07799牧舟禅慧(ぼくしゅうぜんね)の墓。平成13年整備事業を行った。平成14年10月20日鵬雲300年遠諱記念 瑞巌寺建立』、金翅堂は『松島という地名発祥の伝承に、達磨大師が来て聖徳太子の成長を待ったとあり、「待島」が「松島」になったと伝える。幕末に著された「奥州名所図会」に拠れば、元禄8(1695)年瑞巌寺第101世鵬雲東搏禅師が堂を造営し、中央に聖徳太子、左に緋衣の達磨像を、右に鵬雲像を安置したと記す。達磨像は鵬雲が本山妙心寺住持として上洛の折、男山八幡宮麓に安置の達磨像に感動、仏工に摸刻せしめたものと伝えるが現存しない。平成13年、鵬雲の没後300年を記念し、堂の基壇・屋根等を修理して環境を整え、中国河南省熊耳山麓・空廂寺(達磨大師の塔所)から将来した魏元象元年住職寿庵建立・宗還修復銘の達磨像を摸刻して、14年10月20日再落慶法要を厳修した。平成14年10月20日瑞巌寺建立』とある。両所にお参りし、扇谷の景色をもう一度眺めてから山を降りる。

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