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あぢさい寺・長谷山本土寺

2008年6月27日(金) あじさい寺といえば鎌倉の明月院が有名であるが、松戸市にある本土寺も近年とみに評判を高め人気を集めている。Dsc08012今がちょうど紫陽花と菖蒲の見頃とのことで家人を誘い見物に行く。歩いても30分とかからないが、混まないうちにと9:10のバスで最寄の北小金駅へ出る。日蓮宗本山である長谷山本土寺は、建治三(1277)年、もと源氏の名門、豪族平賀忠晴の屋敷内に、日蓮上人の弟子日朗を導師として招き開堂したことに始まる。池上の長栄山本門寺、 鎌倉比企ケ谷の長興山妙本寺と共に、朗門の三長三本と呼ばれ、宗門中屈指の大山として寺勢隆盛であったが、度重なる不受不施の法難と明治維新の廃仏棄釈運動のために衰滅し、今は昔の偉容をうかがえない。しかしながら、宗門三聖人と呼ばれる平賀家三兄弟、即ちDsc08028師孝第一と讃えられる日朗聖人、日蓮大聖人に次ぐ偉聖と崇められる日像聖人、そして池上本門寺、比企ケ谷妙本寺の大成者日輪聖人が出世した聖蹟として今なお名高く、又開運、乳出子育、学業増進、所願成就の霊験で知られる名刹である。 本土寺を前回訪れたのは20年前位、その当時はあぢさい寺として売り出し始めの頃で、紫陽花も小さく境内の整備も進んでいなかったが、今はすっかり観光寺院化し、集客効果による収入安定のなせる業か、五重塔、鐘楼、客殿、茶室などが立派に新築、もしくは修築されている。順路沿いの到る所に植栽されている紫陽花も、人の背丈を上回る大株に成長し、菖蒲池や睡Dsc08039蓮池周りは特に見事である。平日の朝一番で空いていたのを幸い、順路に従って境内を二回りし、盛りの花を堪能する。境内には他に、甲斐武田二十四将の一人、秋山伯耆守信友の甥、秋山虎康の墓、秋山虎康の娘で、徳川家康の側室、於都摩の方の墓(秋山夫人は家康の第5子万千代君を生む。万千代君は後に武田信吉を名乗り、天正十八年(1590)に小金城三万石に封じられた。現在の墓石は信吉の甥、徳川光圀が貞享元年(1684)に建立したもの)、東葛地方の俳人の句碑などがある。

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