榴岡天満宮
2008年6月19日(木) 自宅のあるマンションの西隣は榴岡天満宮、11階のベランダからお参りしている人が見える。神様を高い処から見下ろすとは罰当たりなことであるが、仙台に帰ってきた時は毎朝お参りに行くので許してもらえるであろう。元禄二年(1689)五月七日に松尾芭蕉が榴岡天満宮を訪れており、「おくのほそ道」の「宮城野」の項に『名取川を渡て仙台に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて、四、五日逗留す。爰(ここ)に画工加衛門と云うものあり。聊(いささか)心ある者と聞て、知る人になる。この者、年比(としごろ)さだかならぬ名どころを考置侍ればとて、一日案内す。宮城野の萩茂りあひて、秋の景色思いやらるゝ。 玉田・よこ野、つゝじが岡はあせび咲ころ也。日影ももらぬ松の林に入て、爰を
木の下と云とぞ。昔もかく露ふかければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ。薬師堂・天神の御社など拝みて、其日はくれぬ。猶、松島・塩がまの所々画に書て送る。且、紺の染緒つけたる草鞋二足餞す。さればこそ、風流のしれもの、爰に至りて其実を顕す。「あやめ草足に結ん草鞋の緒」』と書かれている。近年境内の傾斜地を整地し、数10台も入る月極め駐車場を経営するようになったが、ために収入が安定的に増加したと見え、 境内の整備が大々的に進められている。社務所が新しくなり、随身門は塗りなおされ、句碑の解説板は新調され、車の交通安全祈願所が新設され・・・、ま
あ何よりも神官や巫女さん達の表情が明るい。昔のように氏子や崇敬者の奇特を頼むばかりでは神社商売も成り立たない。副業結構、あと数年も経てば見違えるほど立派なお社になるであろう。拝殿の傍らには、仙台市の名木・古木88選に選ばれている樹齢340年の梅の老樹がある。他には、学問・詩歌・文筆に秀でていた菅原道真公に因む筆塚六、歌碑二 、芭蕉翁に因む句碑十九が建てられている。其の中で、寛保三癸亥歳(1743)二月七日建立の「芭蕉五十回忌蓮二(支考)十三回忌追善碑」(◇あかあかと日はつれなくも秋の風、◇十三夜の月見やそらにかえり花)は、仙台市の有形文化財に指定されている。
| 固定リンク
コメント