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醗酵梅ジュース

Dsc01467 2008年9月21日(日) 今年の6月に作った青梅シロップが白く濁って発泡してきました。顕微鏡で覗いてみないと正体は判りませんが、恐らく果皮に付着していた野生酵母が繁殖しているものと思われます。それにしても青梅100に対して砂糖80の重量比で調製したシロップ、糖度は少なく見積もっても50%はある筈です。しかも防腐剤として酢とホワイトリカーも加えてありますので、微生物の繁殖には極めて不向きな含アルコール酸性高濃度糖液の筈、こんな厳しい環境でも増殖するとは大したものです。酵母(恐らく)の代謝産物のお陰で風味がマイルドになり、一層美味しくいただけます。残念なのは残り少ないこと、来年は酵母が生えてくるまで飲むのを我慢することにします。(小生のベロメーターによると、アルコール含量は1%未満と推定され、密造酒には当らないようです)

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札幌・支笏湖/帰柏

2008年9月20日(土) 6:00起床、札幌の空はどこまでも青い。台風13号は千葉県沖を東方へ去りつつあり、帰京の飛行機に影響はなさそうである。Dsc01256 昨夜コンビニで調達したパンと果物で朝食を済ませ、7:10札幌散歩に出かける。先ずは二条市場へ、街中のホテルはこんな時便利である。早朝の二条市場は観光客の姿も少なく閑散としている。何より品物の値段が高い。幾ら観光客相手の市場といっても、市場と名乗るからにはもう少し庶民的値付けがあってよい。そこから北進し、さっぽろテレビ塔と時計台を見物する。これらも40年ぶりの再訪であるがさほどの感激は無い。午前8時、ちょうど時計台の鐘が鳴る。傍らに立つ説明板によると、「重要文化財 旧札幌農学校演武場(時計台) この建物は、日本最初の農業専門学校として、明治9年8月にクラーク博士を初代教頭に迎えて開校した札幌農学校の演武場であります。演武場は、講堂を兼ねた兵式教練場として第2代教頭ホイラー博士によって計画され、当時の米国中西部開拓地の木造建築様式によって、北海道開拓使工業局の設計監督のもとに建築され、明治11年10月16日に完成しました。時計塔は、明治14(1881)年に米国ボストン市ハワードDsc01287時計製作会社製の時打ち重錘式の大時計を備えて設置され、8月12日の正式鳴鐘以来現在も往時の姿のまま時を告げております。 云々」とある。127年間札幌の街に流れるこの鐘音を、明治40年秋の啄木もきっと聞いたことであろう。「アカシヤの街樾(なみき)にポプラに秋の風吹くがかなしと日記(にき)に残れり」(啄木)。 更に北進すると北2条西2丁目に太陽生命札幌支社のビルがある。カメラを向けていると、何か目新しいことでもあるのかと道行く人が怪訝そうに振り返る(秘密!)。北海道庁旧本庁舎の赤レンガの建物を見てから大通り公園へ行き、噴水前のベンチで少憩、Dsc012839:00ホテルに戻る。9:30チェックアウト、支笏湖経由千歳空港へ向う。453号線を南下し11:00支笏湖畔着、休暇村支笏湖野鳥の森の駐車場に車をとめる。そこから湖畔に下りて湖上遥かの恵庭岳や風不死岳の雄姿を眺める。又、北海道に現存する最古の鉄橋「山線鉄橋(やませんてっきょう)」を渡り、支笏湖から流れ出る千歳川の静寂に見入る。今回の旅行のこれがフィナーレである。12:00トヨタレンタリース新千歳空港すずらん店に到着、約500㎞を走行したPASSOを返却し、満タン給油代を清算する。空港に送ってもらい、ロイズのチョコレート、かま栄の蒲鉾、フノリ等を土産物に追加する。13:40搭乗のANA64便は満席、疲れがどっと出てうとうとしているうちにいつの間にか仙台上空を飛んでいる。(完)

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シラタマノキ

Dsc01151 2008年9月19日(金) 「ツツジ科の常緑小低木、別名シロモノ。北海道、本州の中部以北、大山、三瓶山の亜高山帯から高山帯の草地や林縁に生える。果実は蒴果だが、肥厚した萼に包まれて液果状になり、白色で直径約6ミリ」(出典:山渓カラー名鑑「日本の高山植物」)。ニセコアンヌプリの登山道に沢山実っていました。かじってみると、ほんのりした甘味はありますが、サリチル酸メチル(サロンパス様)臭がきつく、飲み込むには勇気がいります。山登りでへばった際の気付け薬にはなると思いますが、普通の味覚・嗅覚の持ち主の場合、美味しいと感じる代物(しろもの)ではありません。図鑑には食用とありますので、ジャム或いは果実酒にでもしたら面白いかもしれません。

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ニセコアンヌプリ・五色温泉・神仙沼

2008年9月19日(金) 6:00起床、西南日本は台風13号の影響で大荒れであるが、北海道は申し訳ないほど好天が続く。7:0Dsc012100朝食、和食を選びシシャモや塩鮭で御飯を食べる。8:00洞爺パークホテル天翔をチェックアウト、ニセコアンヌプリ登山口がある五色温泉郷へ向う。途中道の駅真狩フラワーセンターに立ち寄り少憩、トイレに入ると細川たかしのヒット曲が流れ出し吃驚。 9:30登山口着、ニセコ山の家の駐車場に車をとめる。偶々札幌東商高の生徒320名の学年登山に出くわし、抜きつ抜かれつしながら山頂(1,308m)に到着したのが11:20、往路を戻って駐車場に下山したのが13:15(姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「420.ニセコアンヌプリ」に詳述)。ニセコ山の家の 向側にある五色温泉に入る。日帰り入浴料は500円、人気がある温泉のようで次々と入浴客がやって来る。泉Dsc01213質は含フッ素・苦味・食塩・硫化水素泉ということで乳白色に濁り、温泉らしい温泉である。しかも源泉100%の掛け流しで、慢性湿疹や神経痛、糖尿病、アトピーなどに効果があると云う。露天風呂から眺めるニセコアンヌプリやイワオヌプリの景色も良い。又、自販機がKなのも嬉しく、北海道限定の炭酸飲料ガラナを湯上がりに飲む。14:35さっぱりして五色温泉を後にし、ニセコパノラマラインを走って神仙沼へ向う。 14:53ニセコ神仙沼自然休養林入口にある駐車場に車をとめる。一人100円以上とある森林環境整備協力金を納め、木道を歩いて原生林に分け入る。森林を構成する樹種は、アカエゾマツ、ダケカンバ、チシマザクラ、トドマツ、ナナカマド、ハイDsc01226マツ、ミズナラなど、樹間にはチシマザサがびっしり生えている。神仙沼湿原は標高750mの高層湿原であり面積は4.18ヘクタール、早や草紅葉が始まっている。15:20神仙沼に着く。 沼の面積は1.19ヘクタール、平均水深1.3メートル(最大2メートル)、昭和3年10月7日、日本ボーイスカウトの生みの親である下田豊松氏一行が、ニセコ山系に青少年の心身修養訓練道場の候補地を求め、その踏査中に発見したものである。静寂に包まれる湖面にアカエゾマツが逆さに映り、岸辺にはミツガシワなど高山性の水草が繁る。まさに神秘的風景の別天地、仙境である。湿原を一回りしてから駐車場へ戻る妻と別れ、Dsc01242一人で長沼まで足を延ばす。15:45長沼、こちらもチセヌプリを湖面に写しあくまで静謐である。 16:10駐車場に戻り、宿泊先の札幌東急インへ向う。一旦真狩村に戻り、230号線を走る。3年前に積丹半島を一周した時にも走った道、風景に見覚えがある。17:35中山峠に着き、道の駅望羊中山から羊蹄山の黄昏を眺める。定山渓を通り札幌市内に入る。札幌のど真ん中、すすきのの交差点近くにある札幌東急インに到着したのは19:15、四苦八苦のあげく隣の駐車場に漸く車を入れる。やれやれ、レンタカー付きのフリープランなのにとんでもない街中に泊まらせるものである。1102号室に入り一息ついてから、夜のすすきのへ食事に出る。(続く)

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イチイ(櫟)の実

Dsc02475 2008年9月18日(木) オンコ、アララギとも呼ばれ深山に自生する常緑の針葉樹。本州では標高1,000m以上の山に生えますが北海道では低地にも普通に生えています(もっとも、本州でも公園や庭に植えられているのをよく見かけます)。写真は北海道の大沼公園の湖畔で見つけたオンコの実、赤熟した仮種皮はとろりと甘く食べられます。仮種皮の先端に穴が開いており、中にぬるぬるの黒い種子が入っていますが、この種子は有毒なアルカロイドを含み食べられません。 

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函館・大沼公園・有珠山

2008年9月18日(木) 5:10起床、朝食前に車で立待岬と函館朝市を回る。6:05立待岬、大学4年の夏以来40年ぶりに訪れた岬はハマナスや芝が綺麗に植栽され、公園としての整備が進んでいる。岬の先端で津軽海峡を眺める。下北半島も津軽半島も霞んでいて今日は全く見えない。 与謝野寛・晶子夫妻の歌碑は昔のまま、Dsc01021「濱菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土」(寛)、「啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと」(晶子)。墓地の一番高処にある石川啄木一族の墓にお参りする。この墓は大正15年、義弟宮崎郁雨と当時の函館図書館長岡田健蔵らによって建立されたものである。傍らには宮崎郁雨と砂山影二の歌碑も立つ。「綿々と夜道をたどる淋しさよ酒はひとりし飲むものにあらず」(郁雨)、「わがいのちこの海峡の浪の間に消ゆる日を想ふ岬に立ちて」(影二)。宮崎郁雨(本名、大四郎)は函館の文芸結社苜蓿(ぼくしゅく)社の同人、明治40年啄木が来函してから物心両面にわたって温かい援助を続け、42年啄木の妻節子の妹ふき子と結婚している。砂山影二(本名、中野寅雄)は、Dsc01025大正7年函館で創刊された文芸誌「銀の壷」の同人として活躍した。 石川啄木を深く崇拝し、その短歌に傾倒していたので、彼の作品には啄木の影響がみられる。啄木一族墓には啄木と妻をはじめ3人の愛児や両親などが入っており、津軽海峡の潮騒を聞きながら永遠の眠りについている。次いで、函館山山麓にある碧血碑(へきけつひ)を訪ねる。函館戦争(1869年)に於ける幕府軍戦没者800名の慰霊塔であり、山襞に隠れるようにひっそりと建てられている。碑石は7回忌にあたる明治8年(1875)、大鳥圭介や榎本武揚らの協賛を得て、東京から船で運ばれたもので、碑の題字は戦争当時陸軍奉行であった大鳥圭介の書といわれている。因みに碧血とは、「義に殉じて流した武人の血は3年たつと碧色になる」という中国の故事によるものである。次に駅近くの函館朝市へ移動、ホテルの朝食がなければ“きくよ食堂”にでも入って元祖巴丼でも食べるのであるが・・。今回は見合わせて、鮭トバ、氷下魚、ホタテ貝柱などの乾物を買い求める。7:30ホテルに戻って朝食をとる。 食後の腹ごなしにホテル近くの青柳町を散策、啄木が一家離散の憂き目Dsc01034に会い函館にやって来た時に住んだ町である。あさり坂を上って公園通りを左に進むと石川啄木居住地跡の看板が立っている。現住所でいうと青柳町15-22番地辺り、路地奥とのことであるがひっそりして人の気配もない。「函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花」(啄木)。9:00ホテルをチェックアウトし車で五稜郭公園へ。先ず五稜郭タワーの展望台に上り星形の城郭を眺める。五稜郭は、安政元年(1854)に結ばれた日米和親条約によって開港された函館をはじめとする北辺の防備のため、江戸幕府の手により安政四年(1857)に着工され、元治元(1864)年に完成した西洋式の城であり、 慶応三年(1867)十月の大政奉還後新政府に移管された。明治元年(1868)におこった戊辰戦争では旧幕府脱走軍榎本武揚らDsc01044によって短期間占拠されたが、新政府軍に平定されてから、開拓使、陸軍省の所管を経て、大正三年(1914)以降公園として市民に開放されている。現在中央部では竹中工務店ほかのJVが函館奉行所の復元工事中(平成18~22年)であり、完成の暁には、五稜郭タワーと並ぶ観光の目玉になるであろう。展望タワーを下りて城内を散策、星形を形造る堀沿いに半周ほど歩く。大正時代から植えられた桜樹が1,600本もあり、春は桜の名所として賑わうそうである。見事なアカマツの大樹も多く、北海道では松くい虫の被害はないのであろうか。10:30函館を後にし大沼公園へ向う。 11:30大沼公園駅着、駅前の駐車場に車を置く。駒ケ岳は平成12年の水蒸気爆発以来、山頂から4㎞以内立入禁止の登山規制が敷かれている。40年前と同じく今回も大沼公園の散策路から姿を拝むDsc01066しかなし、登れない。それにしても大沼国定公園は様変わり、すっかり開けてレジャーランド化している。貸し自転車、ボート、遊覧船が走り回りあちらこちらで嬌声が上がる。落ち着かないので30分ほどで退散、地ビールの大沼ビールを購入して次の目的地有珠山へ向う。国道5号線を内浦湾沿いに北上し、長万部から37号線に入る。15:00有珠山ロープウェイ山麓駅がある昭和新山駐車場到着、早速15:15のロープウェイで山頂駅へ上がる。山頂駅からは火口原展望台を経て有珠外輪山展望台まで、自然歩道有珠山南外輪ルートを歩く。大有珠、オガリ山、有珠新山、小有珠の溶岩ドーム群と銀沼大火口の荒涼を眺め、噴火湾、洞爺湖、羊蹄山の大パノラマを楽しむ(姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「419.有珠山自然遊歩道南外輪ルート」に詳述)。17:00のロープウェイで山頂を後にし、今宵の宿、洞爺パークホテル天翔にチェックイン、2606号室に入る。和室の10畳間で広々しているが建物や設備はやや古めかしい。それでも湖畔に面した部屋で洞爺湖と中島、その向こうの羊蹄山の眺めは素晴らしい。18:00夕食、一階の大食堂は一度に500人も座れるような広さがあり、巨大なホテルである。名物の烏賊飯などを食べて満腹になり温泉へ入りに行く。泉質は石膏重曹単純泉、さらさらのお湯である。風呂から上がると20:45、ちょうど湖上花火大会が始まる。花火を酒の肴に冷蔵庫で冷やしておいた大沼ビール(ケルシュ)を飲む。(続く)

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函館の夜

2008年9月17日(水) 本日から3泊4日の北海道旅行、13:38のバスで北小金駅へ出る。15:15羽田空港第2ターミナルビル出発ロビーに到着、16:00集合なので早過ぎるが遅れるよりはよい。16:50発函館行きANA883便は満席、18:05たちまち函館空港に着陸する。もう辺りは薄暗く、北海道の日没は関東より大分早い。トヨタレンタリースのカウンターで受付を済ませ、車で5分ほどの函館営業所へ送ってもらう。Dsc00989割り当てられた車はPASSO(1000cc)、初めて乗る車種なので少々面食らう。19:20函館山の直ぐ下、宝来町にあるチサングランド函館にチェックインし709号室に入る。今年の7月、JALシティ函館から名称が変わり、リニューアルオープンしたばかりなので隅々まで綺麗である。 一休みしてから函館山へ夜景を観に行く。護国神社坂を登りロープウェイ山麓駅まで歩くと10分ほど、結構蒸し暑い。片道切符(580円)で山頂駅へ。標高334mの山頂展望台は観光客で溢れている。中国人と韓国人の団体が多い。世界三大夜景のひとつと謳うだけあって素晴らしい眺めである。暗い山裾の向こうに函館湾と津軽海峡を左右に配して、扇を継いだように拡がる市街地の灯が煌く。函館山山頂は、Dsc00995その標高といい距離といい角度といい、まさに3拍子揃った函館市街地の展望台である。 世界の三大夜景は函館、香港、ナポリ、日本の三大夜景は函館、神戸、長崎、北海道のそれは函館、小樽、札幌との説明があったが、主観によるこの種の選定には異論も多いことであろう。山頂発21:00のバスに乗り、ロープウェイ山麓駅近くのバス停で下車、元町にある聖ヨハネ教会、ハリストス正教会、カトリック元町教会を外部から見学する。元町には旧イギリス領事館もあり、1854年(安政元年)開港当時の面影が今も色濃く残る。因みに、ハリストスとは救世主(CHRIST)を表すギリシャ語XPIΣTOΣの日本語読みであり、本部は東京神田駿河台のニコライ堂、全世界に2億人を超える信徒を持つ東方キリスト教会に属し、日本全国に80ケ所の教会堂があるとのこと、日本には1861年に函館ロシア領事館に到着したニコライ修道神父により伝えられたものだそうである。又、カトリック元町教会は1859年の創建、キリスト教宣教再開の先駆けとして、横浜の山手、長崎の大浦とともにもっとも古い歴史を持つ教会である。聖ヨハネ教会は1878年に英国正公会の日本教会として創建されたものとのこと。22:00ホテルに戻る。(続く)

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc008512008年9月14日(日)12:30~14:30 午後、増尾城址公園へ行きキノコ観察、ヤマドリタケ類の爆発的発生は無くなり、ムラサキヤマドリタケ1本とヤマドリタケモドキ2本を見つけただけに終わる。それでもシロツルタケとの初めての出逢いがあり、アケボノサクラシメジ?やチチタケなど増尾城址公園に於ける初観察も有り、上首尾の一日。《出逢ったキノコ》 1.アケボノサクラシメジ?、2.アセタケ属、3.アワタケ、4.イグチ科不明種(クロイグチ?)、5.イグチ科不明種(例のデコボコ)、6.オオツルタケ、 7.オニイグチ、8.オニタケ、9.ガンタケ、10.キクバナイグDsc00887チ、11.キショウゲンジ、12.キタマゴタケ?、13.キニガイグチ、14.クロタマゴテングタケ、15.クロニガイグチ、16.クロハツ、17.クロハツモドキ、18.ケショウハツ、19.コウモリタケ、20.コテングタケモドキ、21.ザラエノハラタケ、22.シロオニタケ、23.シロツルタケ、24.シロハツモドキ、25.スミゾメヤマイグチ、26.チチタケ(チリメンチチタケ?)、27.チャヌメリカラカサタケ、28.ツエタケ、29.ツチカブリ、30.ツルタケ、31.ツルタケダマシ、32.フクロツルタケ、33.ベニタケ属数種、34.ヘビキノコモドキ、35.ボタンイボタケ、36.ミドリニガイグチ、37.ムラサキヤマドリタケ、38.ヤシャイグチ、39.ヤブレキチャハツ?、40.ヤブレベニタケ、41.ヤマドリタケモドキ(写真上がチチタケ、下がミドリニガイグチ)  

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バライチゴ

Dsc00788 2008年9月10日(火) 小金沢連嶺の縦走を終えて、湯ノ沢峠から大月市の真木方面に下る途中、沢辺の草地に生えていたバライチゴ。別名をミヤマイチゴ(深山苺)といい、山と渓谷社のカラーガイド「野に咲く花2」に拠れば、「高さ50㎝たらずの草状の小低木で、葉は長い柄がある羽状複葉で互生し、小葉はごく狭い長卵形で7枚内外つく。花は白色で直径3㎝ほど、果実は紅熟する。」とある。以前同じく大菩薩山系の滝子山でも見かけたことがある。果実は割合大きく、甘酸っぱくて美味しい。

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小金沢連嶺縦走で出逢った木の子

Dsc007322008年9月10日(水) 前日に続き介山荘(大菩薩峠)から小金沢連嶺を縦走し、湯ノ沢峠から桑西集落へ下山する8時間の道中で出逢った木の子。
①アカヤマタケ属(ベニヤマタケ?)、②アセタケ属数種、③イグチ科不明種、④オオキツネタケ、⑤カンバタケ、⑥キサマツモドキ、⑦クロチチタケ、⑧シロイグチ、⑨スギヒラタケ、⑩ナラタケ、⑪ハラタケ科(チャヒメオニタケ?)、⑫フウセンタケ科(ウスムラサキフウセンタケ?)、⑬フウセンタケ科(モリノフジイロタケ?)、⑭ミキイロウスタケ、⑮ヤマイグチの15種類を観察。(写真は⑤のカンバタケ) 

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大菩薩嶺(山梨県)登山で出逢った木の子

2008年9月9日(火)Dsc00506 大菩薩登山口の裂石(さけいし)から大菩薩嶺(標高2,057m)に登頂し、  更に大菩薩峠に建つ介山荘まで下る5時間半の道中で見つけたキノコは40種類以上、サンコタケやシロヤマイグチなど初見のものも数種類含まれており、大満足。
《見つけたキノコ》 1.アカキツネガサ、2.アカヒダササタケ、3.アシナガタケ、4.アセタケ属数種、 5.アラゲホコリタケモドキ、6.イグチ科不明種(ブドウニガイグチ?)、7.イボタケ科不明種(クロハリタケ?)、8.イボタケ科不明種(ケロウジ?)、9.イロガワリ、10.(オオ)キツネタケ、 11.オオキヌハダトマヤタケ、12.オオホウライタケ、13.カバイロツルタケ、14.カヤタケ、15.キアミアシイグDsc00590チ(ヨゴレキアミアシイグチ?)、16.キイボカサタケ、17.キシメジ科不明種、18.キチチタケ、19.キヌモミウラタケ、20.クサウラベニタケ、21.コザラミノシメジ、22.サクラタケ、23.ササタケ?、24.サンコタケ、25.シロカイメンタケ、26.シロタマゴテングタケ(淡黄色?)、27.シロヤマイグチ、28.タヌキノチャブクロ?(キホコリタケの幼菌かも)、29.ドクツルタケ、30.ナカグロモリノカサ、31.ニンギョウタケモドキ科ヌメリアイタケ?、 32.ハイカグラテングタケ、33.ハナオチバタケ、34.フクロツルタケ、35.ベニタケ属数種、36.ホコリタケ、37.マツオウジ、38.ミヤマオチバタケ、39.モリノカレバタケ、40.ヤマイグチ、41.ワタカラカサタケ(写真上がアカヒダササタケ、下がサンコタケ)

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定点観察・向小金ふるさとの森(流山市)

Dsc003312008年9月8日(月)8:20~9:20 《見つけたキノコ》 1.アイゾメクロイグチ、2.アカキツネガサ、3.アワタケ、4.ウスキテングタケ、5.オオツルタケ、6.オキナクサハツ、7.オニイグチ、8.ガンタケ、9.クサイロハツ、10.クリイロイグチモドキ、11.クロアザアワタケ、12.クロハツ、13.コウジタケ?、14.コテングタケモドキ、15.ツエタケ、16.ツルタケ、17.ドクツルタケ、18.ドクベニタケ、19.ノウタケ、20.ヒビワレシロハツ、21.ヒメコナカブリツルタケ、22.フクロツルタケ、23.ベニタケ属数種類、24.ヘビキノコモドキ、25.ボタンイボタケ、26.ムラサキヤマドリタケ(写真は初見のクロアザアワタケ)

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc002502008年9月7日(日)11:20~12:30 まだまだ残暑厳しく蒸し暑い日が続く。昼にかけて近所の公園へ行きキノコ観察を行う。公園ではハナゾノツクバネウツギとヒルガオが花盛り、水辺ではガマの穂が色付き始める。珍しい種類には出逢えなかったものの、1.アイゾメクロイグチ、2.アカキツネガサ、3.アワタケ、4.オオツルタケ、5.オニイグチ、6.オニタケ、7.オニフスベ、8.キタマゴタケ?、9.クサイロハツ、10.クロハツ、11.ケショウハツ、12.コウジタケ、13.コナカブリテングタケ、14.ザラエノハラタケ、15.チチタケ属不明種、16.ツエタケ、17.ツルタケ、18.テングツルタケ、19.ニガクリタケ、20.ノウタケ、21.ハイイロイタチタケ、22.ヒビワレシロハツ、23.フクロツルタケ、24.不明種(7月5日に見つけたヒダが黄色いきのこと同一)の24種を観察。(写真は7のオニフスベ) 

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ブルーベリージャム再び

Dsc00266 2008年9月7日(日) 7月20日に作ったジャムがなくなったので、冷蔵庫に備蓄してきた自家産ブルーベリーで再びジャムを作りました。今回は5瓶もできました。完全無農薬・無化学肥料、100%有機栽培(肥料は落葉のみ)、添加物ゼロ(砂糖以外)の純国産自然食品、安全な事はこの上無く、心安らかに食べることが出来ます。happy01

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イチジクの姿煮

Dsc00268 2008年9月6日(土) 山陰旅行から帰ってきた娘にもらった土産物のひとつ、島根県多伎町(現出雲市)特産のブランドいちじくの姿煮です。原材料表示を見ると、砂糖の他にワインとレモン果汁も加えてあります。まだ味を確かめておりませんが、今後小宅で青イチジクの甘露煮を作る場合の大いなる参考になりそうです。

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初秋の味覚・クリ御飯

Dsc001662008年9月5日(金) 昨日市内の某公園でキノコ観察をする序に栗拾いをしてきました。確か去年も今頃拾った記憶があります。ヤマグリよりずっと大きく熟期も早いので、丹波栗の早生種「丹沢」だろうと思います。早速栗御飯を作ってもらいました。ゴルフ場と公園の境界木として植えられており、野栗状態のせいか風味や甘味はいまいちです。まあ何にしても今年の初物、季節感を味わえただけで満足しなければなりません。

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豊饒の森よいつまでも

Dsc001302008年9月4日(木) 柏市増尾城址公園。今年はヤマドリタケモドキやムラサキヤマドリタケの当たり年のようです。梅雨明け後の7月中旬にも一度沢山発生しましたが、8月下旬の長雨で条件が再び揃ったらしく、傘径20㎝を超える大物がいたるところに生えています。シュタインピルツ(セップ、ポルチーニ)好きのドイツ人(フランス人、イタリア人)が見たら泣いて喜ぶ光景ですが、公園に生えるキノコなど日本では誰にも見向きもされないようです。中には邪魔だとばかり蹴とばされているものもあります。まことに勿体無く、天地の恵みを有り難く頂戴してきました。傘裏が白い幼菌はスライスして天日乾燥してから干しきのこ保存缶に、傘裏が少し黄色くなったものはカットして塩水に浸け虫出し、その後下茹でして冷凍庫に保存しました。前者は炊き込みご飯に、後者は鍋物か雑炊に利用する積りです。

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電動ハイブリッド自転車

Dsc00007 2008年9月3日(水) 楽天市場の自転車専門店タイム(TIME)に注文していた電動アシスト自転車が昨日届きました。既に組み立ててあるので、開梱するだけで直ぐ乗れます。パナソニックのアルフィットビビスペシャルというタイプで送料も含めると7万円、決して安い買い物ではありませんが、これで環境保護と家計保全を図れると思い、清水の舞台から飛び降りました。フル充電すると標準モードで30~40㎞走れるとのこと、早速大蔵卿の局から片道15㎞圏内の用事には車を使わないようにとのお達しがありました。とほほ、増尾城址公園(片道5㎞)や手賀の丘公園(片道12㎞)のきのこ観察に車を使えなくなるとは・・・、自分の懐を痛めた上に墓穴を掘るとは・・・、とっほっほ。

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マタタビ酒

Dsc00009_22008年9月3日(水) 越前大野の七間通りに出ていた露店で購入したマタタビの実です。開花時にマタタビアブラムシが侵入したため虫こぶ状になっています。虫こぶの方が正常な形の実より滋養強壮効果が強いらしく、一般により珍重されています。500gで僅か500円と破格の安値(ネット通販で購入すると4,000~5,000円もします)、大喜びで買い求めました。帰宅した翌日、早速氷砂糖100グラムを加えホワイトリカー1リットルに漬け込みました。美味しいマタタビ酒が出来上がるまで1年ほど待たねばなりませんが、歳をとってめっきり衰えを感じる今日この頃、どんな効果がどれ位あるのか、密かに期待し楽しみにしております。

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越前大野と永平寺

2008年9月2日(火) 7:00起床、昨夜遅くて入り損ねた温泉大浴場へ行く。福井温泉と云い、アルカリ性単純泉である。アパホテル福井片町は歓楽街のど真ん中、こんな所に天然温泉が湧くのであろうか。P1080183お湯はさらさらで温泉らしさは感じられないが、スパもサウナもあり設備はまずまず、日帰り入浴料は1,000円とあり、ビルの谷間で朝風呂を楽しむ。このホテルの売り物は、天然温泉があることと歓楽街の真っ只中に立地することなのであろう。8:00朝食に一階のレストランに下りる。見ればANNEX館の酒類自販機は全てK、北陸支社は良くやっている。9:30昨日と同じバスで出発、今日も晴れており今回の旅は天気に恵まれる。 越前平野に黄金の稲穂と白いソバの花が揺れる。10:20越前大野の平成大野屋前の駐車場に着く。越前大野は奥越の小京都と呼ばれ、織田信長の武将、金森長近が築いた城下町である。P1080179 時間がないので亀山城へ登るのを諦め、七間通り、寺町通り、石灯籠通りの順に町中を散策する。いずれも昔の面影が色濃く残る石畳の道である。七間通りの露店でマタタビの実(虫こぶ)と里芋の茎を買う。こじんまりした町であるが、街路が碁盤目状に区画され、通り名が番号で表されていたり、寺町通りがあったりして仙台に似ている。お寺も昔風の佇まいで好感がもてる。11:30バスにもどり永平寺へ向う。12:05永平寺着、吉祥山永平寺は寛元二(1244)年曹洞宗の開祖道元禅師によって開かれた座禅修業の道場である。現在では横浜鶴見の総持寺とともに曹洞宗の大本山となっている。P1080190 小家の菩提寺大林寺の宗派も曹洞宗なので、今日は本山にお参りするということで身も心も引き締まる。能登の門前町にある祖院総持寺と鶴見の総持寺はお参りした事があるが、永平寺は今回が初めてである。団体受付があり、最初に鉄筋コンクリート5階建ての吉祥閣の一室に招じ入れられ、一同修行僧より拝観心得を神妙に聴く。質実剛健な座禅道場を思い描いてきたが、意外に近代的でシステマティックである。順路に従い、笠松閣(さんしょうかく)、僧堂(雲堂・座禅堂)、仏殿、法堂(はっとう)、大庫院(だいくいん)、山門、祠堂殿の順番に拝観する。奈良、京都の有名寺院の如き国宝・重文級の建物や仏像はないが、修業の中心となる僧堂にずらりと並ぶ単(座禅席)、大庫院前に吊り下げられた大擂粉木(おおすりこぎ)、祠堂殿内壁に掛けられた大数珠などは一見の価値がある。仏殿でご本尊の釈迦牟尼仏を有り難く拝み、祠堂殿で偶々行われていた法要の読経に聴き入る。さすがは大本山、読経も一味違う。ここで 供養することが出来ればご先祖様も喜ぶのであろうが・・・。山門には永平寺の命名の由来である「吉祥の額」が掲げられており、「南閻浮提日本国越前国吉田郡志比庄傘松峯P1080192從今日名吉祥山 諸仏如来大功徳 諸吉祥中最無上 諸仏倶来入此処 是故此地最吉祥 宝治二年(1248)十一月一日」と大書してある。最後に総受所で納経帳に御朱印を頂く。建物を出て参道を下って行くと、杉木立の林床にシロイボカサタケやアセタケ属が沢山生えている。門前町のバス駐車場に戻り土産物店で福井銘菓の“けんけら”(大豆を粗挽し白胡麻、水飴などを加えたひねり菓子)を買う。14:10永平寺を出発、バスは北陸道、名神高速、東名を走り真っ直ぐ東京へ向う。走り出した途端驟雨が来る。湖北の辺りで豪雨に変わる。危うくセーフ、実についている。20:20海老名SA、神戸屋のメロンパンをタイムサービス価格でGET、誠に幸運である。新宿駅西口で大半の同行者を降ろし、22:00バスは漸く上野駅西口に滑り込む。(完)

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おわら風の盆

2008年9月1日(月) 5:30起床、夜来の雨上がる。7:54のバスに乗り北小金駅へ。今日から2日間、クラブツーリズム㈱の企画「越中八尾おわら風の盆見物と永平寺参拝」の旅に出る。P1080137 8:55上野公園口駐車場でツアーバスに乗車、7月末の湯西川温泉行の時には、ここにずらりとバスが並んでいたものだが今日はたったの2台、夏休みが終わると旅人もぐっと減る。新宿の都庁駐車場前でも参加者を乗せ、練馬ICから関越道に乗る。11:15高坂SA、13:00東部湯の丸SA、連日の不安定な天気も少し落ち着いたようで、今日は陽射しが暑い。浅間山の頂は雲に隠れて見えないまま。上信道から北陸道に入り有磯海PAで3回目の休憩、ドライバー2名が交代で運転するバスは淡々と走る。富山西ICで下り、16:40ようやく八尾の町民広場に隣接する観光バス降車場に着く。約4時間、21:00の集合までおわら風の盆初日の自由見学である。P1080145 八尾町には11地区(福島、天満町、下新町、今町、東町、西町、鏡町、諏訪町、上新町、東新町、西新町)があり、それぞれの町内で町流しや輪踊りが気ままに行われる他、7箇所の特設ステージで舞台踊りが行われるとのこと、舞台踊り以外は時間も決まっておらず、各地区の地方(じかた)や踊り手の気分次第で始まるらしい。井田川を禅寺橋で渡り、玉石垣の坂を登って西町に入る。道沿いに並ぶぼんぼり(雪洞)を除けば飾りらしい飾りもなく、ぞろぞろ歩く観光客がいなければ何の変哲もない田舎町である。突然西町で輪踊りが始まり、幸運にも明るいうちにおわら風の盆の一端に触れる。P1080149 なるほど昼見ても艶な踊りである。日本の道百選に選ばれている諏訪町の石畳の道(町道諏訪町本通り線)を南進し、東新町の若宮八幡社の前で町流しの始まるのを待つ。序に若宮八幡社にお参りする。社殿の“蚕養宮(さんようぐう) ”は富山市民俗文化財に指定されており、由緒を見ると天明元(1781)年の建立、陸奥の国から御神霊を勧請し、蚕・養蚕業を祀ったとのこと、明治十一年下新町八幡神社から御神体を分けてもらい若宮八幡社を合祀、昭和二年に改築して現在に至る。八尾町は養蚕業、特に蚕種(蚕の卵)を生産出荷することで発展し、戦前に至るまで町の基幹産業だったとのこと、P1080151 若宮八幡社(蚕養宮)はその守護神として厚く崇敬されてきたのであろう。老杉の巨樹に囲まれた立派な社殿である。薄暗くなり雪洞に灯がともる。三々五々地方や踊り手が集まり、東新町でも輪踊りが始まる。地方が胡弓や三味線を切々とかき鳴らし、その哀調に和して越中おわら節が唄われる。そして楽器の音色と唄とに導かれるまま、無言の男踊りと女踊りがいつ果てるともなく繰り広げられる。「八尾よいとこおわらの本場(きたさのさーどっこいさのさ)二百十日を(おわら)出て踊る」、七七七五調の越中おわら節の歌詞は幾通りもあるらしい。「わたしゃ野山の兎じゃないか月夜月夜に(オワラ)逢いに来る」(野口雨情)、P1080173_2 文人墨客を招いて詠んで貰った秀歌もある。東新町の町流しを観てから諏訪町へ進む。途中の屋台で“富山湾の宝石”と呼ばれるシロエビの唐揚げを買い求め、それを肴にISの生ビールを飲む。旨い!。最後に諏訪町の町流しを見物、諏訪町の踊り手が一番洗練されているかもしれない。町流しが本格化するのは、舞台踊りが終わる夜の10時過ぎから翌日の明け方5時頃迄、時間に制約がある団体ツアーでは真の風流を味わうのは難しい。又の機会、後楽とすることにして20:15町民広場に戻る。団体ツアー客用シャトルバスの行列に並びながら、町民広場の特設舞台で演じられる舞台踊りを観る。工業団地に待機するツアーバスまでシャトルバスで送ってもらい、21:50八尾の町を後にする。もう一度高橋治の小説「風の盆恋歌」を読んでみよう。再び富山西ICから北陸道に乗り、福井北ICで下りる。24:00漸くアパホテル福井片町にチェックイン、八尾近辺のホテルはこの時期一泊3万円に跳ね上がるとのことで、どうしてもぎりぎりツアーの宿は遠くなる。506号室はツインルームであるが非常に狭い。NHKのニュースを見ると福田首相の突然の辞任を報じている。やれやれ、この頃の自民党政治は国民置き去り、国会議員は政局(保身)ばかり考えている。一国のリーダーたるものがこんな無様な姿を2回も続けて曝け出しては、若い人に示しがつかず、国が良くなる筈もない。(続く)

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