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函館・大沼公園・有珠山

2008年9月18日(木) 5:10起床、朝食前に車で立待岬と函館朝市を回る。6:05立待岬、大学4年の夏以来40年ぶりに訪れた岬はハマナスや芝が綺麗に植栽され、公園としての整備が進んでいる。岬の先端で津軽海峡を眺める。下北半島も津軽半島も霞んでいて今日は全く見えない。 与謝野寛・晶子夫妻の歌碑は昔のまま、Dsc01021「濱菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土」(寛)、「啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと」(晶子)。墓地の一番高処にある石川啄木一族の墓にお参りする。この墓は大正15年、義弟宮崎郁雨と当時の函館図書館長岡田健蔵らによって建立されたものである。傍らには宮崎郁雨と砂山影二の歌碑も立つ。「綿々と夜道をたどる淋しさよ酒はひとりし飲むものにあらず」(郁雨)、「わがいのちこの海峡の浪の間に消ゆる日を想ふ岬に立ちて」(影二)。宮崎郁雨(本名、大四郎)は函館の文芸結社苜蓿(ぼくしゅく)社の同人、明治40年啄木が来函してから物心両面にわたって温かい援助を続け、42年啄木の妻節子の妹ふき子と結婚している。砂山影二(本名、中野寅雄)は、Dsc01025大正7年函館で創刊された文芸誌「銀の壷」の同人として活躍した。 石川啄木を深く崇拝し、その短歌に傾倒していたので、彼の作品には啄木の影響がみられる。啄木一族墓には啄木と妻をはじめ3人の愛児や両親などが入っており、津軽海峡の潮騒を聞きながら永遠の眠りについている。次いで、函館山山麓にある碧血碑(へきけつひ)を訪ねる。函館戦争(1869年)に於ける幕府軍戦没者800名の慰霊塔であり、山襞に隠れるようにひっそりと建てられている。碑石は7回忌にあたる明治8年(1875)、大鳥圭介や榎本武揚らの協賛を得て、東京から船で運ばれたもので、碑の題字は戦争当時陸軍奉行であった大鳥圭介の書といわれている。因みに碧血とは、「義に殉じて流した武人の血は3年たつと碧色になる」という中国の故事によるものである。次に駅近くの函館朝市へ移動、ホテルの朝食がなければ“きくよ食堂”にでも入って元祖巴丼でも食べるのであるが・・。今回は見合わせて、鮭トバ、氷下魚、ホタテ貝柱などの乾物を買い求める。7:30ホテルに戻って朝食をとる。 食後の腹ごなしにホテル近くの青柳町を散策、啄木が一家離散の憂き目Dsc01034に会い函館にやって来た時に住んだ町である。あさり坂を上って公園通りを左に進むと石川啄木居住地跡の看板が立っている。現住所でいうと青柳町15-22番地辺り、路地奥とのことであるがひっそりして人の気配もない。「函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花」(啄木)。9:00ホテルをチェックアウトし車で五稜郭公園へ。先ず五稜郭タワーの展望台に上り星形の城郭を眺める。五稜郭は、安政元年(1854)に結ばれた日米和親条約によって開港された函館をはじめとする北辺の防備のため、江戸幕府の手により安政四年(1857)に着工され、元治元(1864)年に完成した西洋式の城であり、 慶応三年(1867)十月の大政奉還後新政府に移管された。明治元年(1868)におこった戊辰戦争では旧幕府脱走軍榎本武揚らDsc01044によって短期間占拠されたが、新政府軍に平定されてから、開拓使、陸軍省の所管を経て、大正三年(1914)以降公園として市民に開放されている。現在中央部では竹中工務店ほかのJVが函館奉行所の復元工事中(平成18~22年)であり、完成の暁には、五稜郭タワーと並ぶ観光の目玉になるであろう。展望タワーを下りて城内を散策、星形を形造る堀沿いに半周ほど歩く。大正時代から植えられた桜樹が1,600本もあり、春は桜の名所として賑わうそうである。見事なアカマツの大樹も多く、北海道では松くい虫の被害はないのであろうか。10:30函館を後にし大沼公園へ向う。 11:30大沼公園駅着、駅前の駐車場に車を置く。駒ケ岳は平成12年の水蒸気爆発以来、山頂から4㎞以内立入禁止の登山規制が敷かれている。40年前と同じく今回も大沼公園の散策路から姿を拝むDsc01066しかなし、登れない。それにしても大沼国定公園は様変わり、すっかり開けてレジャーランド化している。貸し自転車、ボート、遊覧船が走り回りあちらこちらで嬌声が上がる。落ち着かないので30分ほどで退散、地ビールの大沼ビールを購入して次の目的地有珠山へ向う。国道5号線を内浦湾沿いに北上し、長万部から37号線に入る。15:00有珠山ロープウェイ山麓駅がある昭和新山駐車場到着、早速15:15のロープウェイで山頂駅へ上がる。山頂駅からは火口原展望台を経て有珠外輪山展望台まで、自然歩道有珠山南外輪ルートを歩く。大有珠、オガリ山、有珠新山、小有珠の溶岩ドーム群と銀沼大火口の荒涼を眺め、噴火湾、洞爺湖、羊蹄山の大パノラマを楽しむ(姉妹編ブログ「自惚山人ノオト」の「419.有珠山自然遊歩道南外輪ルート」に詳述)。17:00のロープウェイで山頂を後にし、今宵の宿、洞爺パークホテル天翔にチェックイン、2606号室に入る。和室の10畳間で広々しているが建物や設備はやや古めかしい。それでも湖畔に面した部屋で洞爺湖と中島、その向こうの羊蹄山の眺めは素晴らしい。18:00夕食、一階の大食堂は一度に500人も座れるような広さがあり、巨大なホテルである。名物の烏賊飯などを食べて満腹になり温泉へ入りに行く。泉質は石膏重曹単純泉、さらさらのお湯である。風呂から上がると20:45、ちょうど湖上花火大会が始まる。花火を酒の肴に冷蔵庫で冷やしておいた大沼ビール(ケルシュ)を飲む。(続く)

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