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白馬村青鬼集落探訪

2008年10月13日(月) 6:15起床、妻は朝一温泉へ入りに行く。7:00朝食、今日は13:30までホテルに戻っていなければならないので半日しか自由に使えない。Dsc02472いろいろ検討した結果、日本の山里の原風景が残るという白馬村青鬼(あおに)地区を訪ねることに決める。「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、 「日本の棚田百選」にも選ばれている集落である。SCをホテル地階の荷物部屋に預け8:00チェックアウト、駅までぶらぶら歩く。きょうも上天気で白馬連峰の眺めが素晴らしい。8:35白馬駅着、青鬼地区はバスも通わぬ所なので、最寄駅の信濃森上駅まで一駅電車で行き、残る4㎞の道程を歩くことにする。南小谷行き電車に乗り8:57信濃森上駅下車、無人駅で無論タクシーなどはない。 青鬼地区へ向け車道をのんびり歩いていく。Dsc024929:26通橋(かようばし)で姫川を渡ると、そこから登りになる。コナラの木にヤマブシタケが3個出ているのを見つけるも崖地なので手が届かない。9:55ようやく青鬼集落に入る。道路もそこで行き止まり、まるで隠れ里のような村である。入口に駐車場があり一回500円、集金する人もなく利用する人の良心任せの料金箱が設置してある。子供の声も聞えなければ人の姿もない。お店もなければ自販機もない。ひっそりと静まり返り、ちょっと浮世離れした処である。 聞けば住民の年齢は70歳を越えており若い人はひとりも居ないとのこと、典型的限界集落のようである。集落の入口に案内板が立ち、略図とともに次のような説明文が記載されている。Dsc02488「白馬村青鬼重要伝統的建造物群保存地区・山村集落青鬼  一、建築物:14戸ある茅葺屋根(現在は鉄板葺き)の民家は江戸時代末期から近代に建てられたものである。また同時期に建てられた土蔵及び蔵は民家から少し離れた場所に8棟建てられている。集落中央部から石段・石畳を登ったところにある青鬼神社の創始は大同年間(806-809)と伝えられており、今の神社は明治中期に建造されたものである。二、工作物:集落内には2箇所の石仏群と馬頭観音等が点在している。集落の東側に位置している棚田は石垣で形成されており、日本の棚田百選に認定されている。Dsc02504その棚田に青鬼沢から給水するため2系統の用水路(青鬼堰)があり、これは万延年間から文久年間(1860-1863)にかけて開削されたもので、現在も使用されている。 三、環境物件:環境物件はカツラの大樹とスギの大木、ホウノキ、抜け止めのカツラなどの樹木、カツラの清水、馬場の清水などが集落の各所に点在している。」。成る程、先ず集落奥の高処にある棚田を見物に行く。稲刈りが終わった後で風情はいまいちであるが、なんといっても五竜岳を始めとする白馬連峰の借景が棚田を一段と引き立てている。画布に向って絵筆を振っている人もあれば、三脚を立てて写真撮影に熱中している人もいる。Dsc02494 集落内を一巡りする。急勾配の大屋根で覆われた特長ある形の民家はこの地が豪雪地帯であることを物語っている。道端に無造作に立つ石仏の銘文は天保拾亥歳(1839)など、集落中央から長い石段を青鬼神社へ登る。社殿前に立つ常夜塔の銘は文政四年(1821)、隣に諏訪神社も建ち神楽殿もある。いつまでも静謐な雰囲気に浸っていたいところであるが時間切れ、10:45帰路に着く。帰りも歩き、道端で新鮮なシロヌメリイグチを見つける。復路は下りなだけに楽である。11:45信濃森上駅に戻る。12:13の上り電車で白馬駅に戻り、再び歩いてホテルへ帰る。昨日の唐松岳登山の後だけにさすがに妻も草臥れた様子。12:55ホテル着、最後にひとりで近くの細野諏訪神社へお参りに行く。参道の石段脇に白馬村で最大の大スギ(推定樹齢1000年)が聳え、境内に白馬連峯遭難者慰霊碑も立つ。昭和44年銘の常陸宮妃華子殿下御歌の歌碑(「春浅き細野の夜のさえまさり白馬の山に星はかがやく」)も立つ。14:15迎えのバスが到着し、4日間お世話になったグレース白馬の人々の見送りを受けて白馬村八方温泉を後にする。(完)

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