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千光山清澄寺(能満虚空蔵尊)

2008年11月27日(木) 昨日は清澄寺に行き損なってしまったが、7年近く前に家族でお参りしているので、当日の日記をひもとき記事を作成する。

Dsc03946 2002年1月20日(日) 千光山清澄寺(日蓮宗)

御本尊:十界曼荼羅

所在地:千葉県鴨川市清澄322-1

妻と娘と3人で房総ドライブ旅行の途次、今年が日蓮上人開宗750年という清澄寺にお参りする。なんといっても境内に聳える樹齢千年の巨スギが目を引く。本堂にお参りしご朱印帳に記帳してもらう。ついでに本堂の左側から登っていく参道を辿り、妙見堂が建つ清澄山(妙見山)に登る。山頂からは重畳する房総の山並が見渡せる。

略縁起:宝亀二年(771)不思議法師開山、虚空蔵菩薩を祀り山岳霊場となる。承和三年(836)慈覚大師円仁が訪れ天台宗となる。建長五年(1253)日蓮聖人が初唱目・立教開宗する。元和四年(1618)徳川秀忠命により真言宗に改宗する。昭和24年(1949)岩村義運上人が日蓮宗に改宗し現在に至る。なお、千年杉(高さ47m、幹周り14m)は国指定天然記念物、中門、旭森経塚遺物、石造宝筺印塔、石幡、梵鐘は千葉県指定有形文化財である。

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梅ヶ瀬渓谷

2008年11月26日(水) 今日は家人を伴い養老渓谷の紅葉見物。9:30出発、R16、館山道、Dsc03888R297を走る。途中、道の駅「あずの里いちはら」で休憩、煮いちじくとむかごを購入する。 12:10小湊鉄道養老渓谷駅到着、駅近くの路上スペースに駐車する。初めは中瀬遊歩道を軽く歩き、清澄寺にお参りに行く積りであったが、案内図に「梅ヶ瀬渓谷」という名前を見つけ急遽予定を変更、一日ハイキングに切り替える。梅ヶ瀬渓谷最奥にある「日高邸跡」は千葉県有数の紅葉の名所らしい。駅から梅ヶ瀬渓谷入口まで車道を2㎞歩き、渓谷入口から日高邸跡まで谷底を3㎞歩く。渓谷は梅ヶ瀬川の浸蝕作用により形成されたものであるが、谷の両側に断層が30mもの高さで聳え立つ。整備された遊歩道などはなくて山道であり、浅い水の流れを踏み石で何回も徒渉し、両岸を登ったり下ったり高巻きしたりへつったりする。Dsc03913ハイカーの殆どはリュックに登山靴の本格的装備、当方はウォーキングシューズのため難儀する。谷筋の紅葉はいまいち、紅葉まつりも23日に始まったばかりである。倒木が多く湿っぽいのでナラタケが出ている。きのこ採りをしながら進むと14:00ようやく日高邸跡に着く。そこは小広い台地で3本の大モミジの木が生えている。枝先を彩る紅葉も申し分なく美しいが、一面に散り敷いた紅葉が大地を紅に染める様がなんといっても素晴らしい。なるほど見事な景色である。それにしてもこんな谷の奥に屋敷跡とはと不思議に思い、傍らに立つ千葉県環境部自然保護課作成の説明板を読む。日高邸跡とは日高誠実(のぶざね)という篤志家の屋敷があった所であり、そのプロフィールは「天保七年(1836)日向国高鍋藩士の家に生まれる。元治元年(1864)江戸に再度遊学し、帰藩後藩校明倫堂の教授となる。 明治5年(1872)陸軍省に出仕、勝海舟、山県有朋、伊藤博文らと親しく接する。明治18年(1885)市原市大久保に188町4反の官有地の払い下げを受ける。明治19年(1886)陸軍を辞し、人生の後半を理想郷の建設にかけるべく、市原市大久保の地に居を移した。そこは標高296mの大福山山麓の仙境であり、誠実の夢Dsc03925はここに大和国月ヶ瀬に匹敵する東海の名勝地を作ることであった(梅ヶ瀬という地名も月ヶ瀬をもじったもの)。 誠実はウメ、ダイダイのほか1600本余を植樹した。誠実が梅ヶ瀬で計画した事業は、梅林の造成、林業、牧畜、養魚などであった。明治21年(1888)誠実は居宅の裏に梅ヶ瀬書堂を建て、講師を招いて近隣の子弟に国漢、英数、書道、剣道を教えた。書堂の全盛時には、市原、君津、長生、山武、夷隅の5郡に及ぶ師弟が学び、多くの地方人材を輩出した。塾生は延べ千人にも及んだと言われる。大正4年(1915)享年80歳で生涯を終える。」とある。当地に日高翁の顕彰碑が幾つも建てられており、今尚地元の人々に尊敬されている御仁である。邸跡のベンチに坐り稲荷寿司を食べる。房総半島最深部の紅葉を心ゆくまで味わってから往路を引き返す。車に戻ったのは15:45、日本三大虚空蔵尊の千光山清澄寺お参りは又の機会にして家路に着く。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc038682008年11月25日(火)12:30~13:45 昨日から今朝にかけて久し振りにたっぷりと雨が降ったのでキノコ観察に出かける。地上生のキノコは殆どが冬篭りに入ったようで全く見当たらない。その代り材上生のキノコが目立つ。ただハタケシメジのみがいつもの場所に顔を出しており、有り難く3株を持ち帰る。
《観察種》 ①アラゲキクラゲ、②キヒラタケ(前々回と同じ)、③クロハナビラニカワタケ、④ニクウスバタケ(前々回と同じ)、⑤ハタケシメジ、⑥不明種(前回と同じ、ウッドチップ上、もしかしてツバナシフミヅキタケかも)、⑦ホウネンタケ(前々回と同じ)。(写真は⑤)

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スッポンタケの澄まし汁

Dsc038572008年11月24日(月) 一週間前に手賀の丘公園で採取してきたスッポンタケをお澄ましにしました。スッポンタケは柄だけを持ち帰り、当日湯がいてから水に晒し、今日まで冷蔵庫に保管しておきました。前回(11月3日記事)は中華風スープに仕立てましたが、今回はネギと豆腐と一緒にお澄ましにしてみました。他のキノコにはないシャリシャリした食感が面白く、家族にも好評です。今年はもう発生しないかもしれませんが、今後見つけたら必ず持ち帰ることに決めました。

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ホテイシメジの鍋

Dsc03802 2008年11月21日(金) 10月5日に三ツ峠山で採取してきたホテイシメジを使いきのこ鍋を作りました。ホテイシメジは湯がいて冷凍庫に保存しておいたものです。他に肉団子、豆腐、白菜、ネギ、ニンジン、シイタケ、エノキタケも加え具沢山にしました。去年お吸い物を作って食べたときは美味しかった覚えがありますが、今回は歯切れが悪く食感がいまいち、香りも旨味もあまり感じられません。湯がいて凍らせた為に旨味成分が損なわれたのかも。この程度の味で 一週間も飲酒禁止になるとは・・・、しまった!と思っても後の祭り、もう取り返しがつきません。ホテイシメジはアルコールの分解を妨げる成分(コプリン)を含んでおり、酒類と一緒に摂取するとひどい悪酔いを起し、重篤な場合は呼吸困難や意識不明になるそうです。コプリンが体内で分解されるまで少なくとも3、4日はかかるとのこと、安全をみて一週間はお酒を控えるほうが身の為です。思いがけぬ長期休肝日の出現に、食糧費2割カットを宣言している家人は非常に喜んでいるようです。そして多分我が肝臓も、トホホ・・・。

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クリタケご飯

Dsc037822008年11月18日(火) 昨日、手賀の丘公園で採取してきたクリタケを炊き込みご飯にしました。今回はクリタケの他に油揚げやゴボウ、ニンジンも加えてあります。クリタケは地方名で、アカモダシ、アカキノコ、アカンボウなどと呼ばれるように、きれいな赤みのある傘をしています。調理してもその色合は消失しないので、炊き込みご飯が艶っぽく華やかなものになります。よいダシが出るので味の方も申し分ありません。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc037632008年11月17日(月)12:40~14:30 午後、手賀の丘公園でキノコ観察を行う。件の切り株に見事なクリタケが出ている。これで3年連続の発生である。又、スッポンタケも盛期、7本見つけ、うち6本の柄を持ち帰る。グレバと卵を現地で外してきたが、それでも車内に独特のムレ臭が漂う。
《観察種》 ①アセタケ属(シラゲアセタケ?)、②アミヒラタケ、③エノキタケ、④カベンタケ、⑤クリタケ、⑥クロサイワイタケ科(ホソツクシタケの仲間)、⑦スギエダタケ、⑧スッポンタケ、⑨ダイダイガサ、⑩ツチグリ、⑪ニセマツカサシメジ、⑫ヒメモグサタケ、⑬ヒラタケ、⑭マツカサキノコモドキ、⑮ムササビタケ、⑯モエギタケ属?、⑰モエギビョウタケ(写真は⑤) 

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ハタケシメジの炊き込みご飯

Dsc037142008年11月16日(日) おととい、ますおじょうしこうえんでさいしゅしてきたはたけしめじをたきこみごはんにしました。きのこじたいからよいだしがでるので、ほかのぐはなにもいれておりません。はたけしめじはどんなりょうりにもあうだいいっきゅうのしょくきん、たきこみごはんもひじょうにおいしく、もうしぶんありません。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc036532008年11月14日(金)12:20~13:30 午後、増尾城址公園へ行きキノコ観察を行う。シラカシのドングリが頭上から降り注ぎ、地面に撥ねる音が森の中に絶え間なく響く。そこかしこでカメムシの臭いがする。いつものコースを一回りしてもキノコの姿が少ないので時間はかからない。ハタケシメジを4株採取し、1時間余で引き揚げる。
《観察種》 ①ウスムラサキシメジ(単なるムラサキシメジか)、②コタマゴテングタケ、③ツチイチメガサ、④ツチスギタケ?、⑤ハタケシメジ、⑥ヒメカタショウロ、⑦ヒロハシデチチタケ、⑧不明種(件のウッドチップ上の束生種→ツバナシフミズキタケ)(写真は⑧)  

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc03622 2008年11月11日(火)14:30~15:00 本日のきのこ観察第二弾。ふるさとの森同様根木内公園にもきのこの姿は全く見当たらない。最後の砦は湿地帯近くに積んであるフジの切断木、そこで漸くアミヒラタケ(又はタマチョレイタケ)を見つける。可食とされる幼菌3本を試食用に持ち帰る。

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定点観察・向小金ふるさとの森(流山市)

Dsc036072008年11月11日(火)13:00~13:30 近所の森のキノコ観察、ポイントを巡るがどこにも何にも見つからない。諦めモードで最後のポイントに廻ると、フジの落枝にヒラタケと、切り株の根際にムササビタケを見つける。更に足を延ばして廣池学園グラウンドのフェンス際まで行くと、今年最後の発生と思われるキサケツバタケに出あう。(写真はムササビタケ)

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ズイキ干し

Dsc03605 2008年11月11日(火) 昨日会津からの帰り道、道の駅五霞に立ち寄ると野菜コーナーにズイキ(芋茎)が沢山並んでいました。一束130円と超破格値だったので、感激の余り二束購入してしまいました。家人を手伝い今日は皮剥き、その後洗濯ばさみに吊るして外気と日光に当てました。好天が一週間も続けばカラカラに乾燥して味の良い“いもがら”が出来上がります。いもがらは仙台風雑煮に欠かすことができない材料です。大根と人参の千切り(これを凍結乾燥させたものが所謂“しきな”)も既に冷凍庫で出番を待っており、我が家のお正月の準備が着々と進みます。残るは凍み豆腐とナルト巻と出汁の干しハゼですが、師走に入ったら一度仙台に帰って調達してくるつもりです。

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原木栽培ナメコ

Dsc03600 2008年11月10日(月) 塔のへつりの入口の露店で購入した原木栽培のナメコ、100グラム200円を200グラム求める。柄付きの原木栽培ナメコの味は天然ものと遜色なく、味噌汁や雑炊にすると極めて美味しい。今日のように栽培品が出回る以前、ナメコは東北の奥山で晩秋に少量採れるきのことして非常に珍重されており、職場の慰安旅行の行く先にも「甲子温泉でナメコ汁を食べる会」があったように記憶している。栽培技術の進歩のお陰で、いつでもどこでも安く安全にナメコを食べられる世の中になり、誠にありがたいことである。

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塔のへつり・大内宿

2008年11月10日(月) 芦ノ牧温泉不動館小谷の湯に前日から宿泊、熱い温泉が効いたのか久し振りにぐっすり眠る。Dsc035177:30朝食、2階の大広間に下りる。アジの開き、ゼンマイの煮付け、カニ汁など出るがいまいち。8:45支払いを済ませホテルを出発、“塔の岪(へつり)”へ向う。 湯野上温泉を通り抜け9:10塔の岪入口の大駐車場に着く。昭和18年8月24日国の天然記念物に指定された塔の岪は天下の景勝地であり、阿賀川(大川)が百万年もの長い歳月をかけて浸蝕した渓谷に奇岩怪石が塔のようにそそり立つ。特に今の時期は錦秋をまとって見事な景観を見せている。10本の岩塔は右岸に集中しており、上流側から鷲塔岩、鷹塔岩、獅子塔岩、屋形塔岩、櫓塔岩、九輪塔岩、尾形塔岩、象塔岩、護摩塔岩、烏帽子塔岩と名付けられている。木々に隠れているのか、7、8塔しか数えられない。各塔岩の下部に流水の浸蝕により形成された回廊があり、昔はそこをへつって歩けたようである(現在は立入り禁止)。吊り橋で対岸(右岸)に渡り、護摩塔岩の基部の岩窟に祀られている虚空蔵尊にお参りする。虚空蔵尊縁起の掲示板には、「抑 当所 虚空蔵菩薩は運慶一刀三礼の御作にて霊現験かなる大満薩埋と拝ませ給ふに曰く能満処弁 大非虚空蔵と名付く故 信心の輩は諸難の拂ひ知Dsc03543慧福徳をしたしめ 後世は罪を滅し浄土の宝殿に導かせ給へり 御手に剣 如意 宝珠を持たせ給う 現世二世の尊像なり」とある。まあ何にしても有り難い。露店で原木栽培ナメコを購入して車に戻り、次の観光地“大内宿”へ向う。 10:00大内宿入口にある大駐車場着、外気温は6℃しかない。会津の山間部に雪が降るのも間もなくであろう。「重要伝統的建造物群保存地区下郷町大内宿」と題する高札には、「国選定 昭和56年4月18日 大内宿は会津若松と日光・今市を結ぶ南山通り(会津西街道)の宿駅の一つである。この南山通りは会津藩が江戸時代初期に会津と江戸を結ぶ幹線道路の一つとして整備したもので、廻米などの物資のDsc03548輸送で栄え、会津藩主も参勤交代の際にこの道を利用するなど重要な街道であった。大内宿が宿駅として整えられたのは十七世紀中頃と推定され、 本陣・脇本陣がおかれた。保存地区は旧街道に沿った旧宿場を中心とする南北約500メートル、東西約100メートルの範囲にある。本地区の町並の特長は寄棟造りの建物が道路と直角に整然と並べられていることである。主屋は道路から空地を設けて敷地の北側に後退して建ち、南は余地をおいて奥の土間入口への通路となっており、倉や納屋は主屋の奥に建つ。主屋の多くは江戸時代後期から明治にかけて建築されたもので、道路側に半間幅の縁をつけ、その奥の二室を座敷としている。道路Dsc03552の中央には広い溝が設けられ宿場の用水路として利用されたが、明治十九年になって埋め立てられ道路の両側に側溝が掘られ洗い場を設けるなど変遷があった。 この町並は、会津及びその周辺地域にみられたこの地方の宿場形態の典型的なもので、その多くが失われた今日もなお往時の姿をよく残している。また周囲の社寺や自然環境とも一体となって優れた歴史的景観を今に伝えている。文部省・福島県・下郷町」とある。藁葺き屋根の建物が未舗装路の両側に並ぶ佇まいは昔の宿場町のままであるが、殆ど全ての家が今や通りに面した縁と座敷とを改造し、土産物や食べ物を商っている。じゅうねん味噌の焼き団子、栃の実モチ、みしらず柿など珍しいが、Dsc03566中でも 民宿大和屋の名物、長ネギ1本で食べるネギ蕎麦に行列ができている。大型観光バスから観光客が続々と下りて来て狭い通りに人が溢れる。町並の突き当りから浄土宗正法寺の高みに登り、大内宿の全貌を目に収める。そこから急な石段を下った三佛堂の辺りは観光客の姿も少なく、軒下には干し柿やトウガラシの束が吊り下がり、晩秋の山里の情趣が深い。11:00駐車場に戻り帰路に着く。今年の9月下旬に開通したばかりのR289を通り、真新しい甲子トンネルを抜けて白河へ向う。途中から眺める二岐山の山頂部は霧氷で真っ白である。西郷村の阿武隈川渓谷展望台から眺める大白森山の頂も又白い。R4、新国道4号線、R16と一般道のみを走り16:40帰宅。2日間の走行距離は632キロメートル。(完)  

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瑠璃光山勝常寺

Dsc03510 2008年11月9日(日) 会津三十三観音第十番札所 瑠璃光山勝常寺(真言宗)

御本尊:薬師如来坐像(国宝)・十一面観音立像(重文)

所在地:福島県河沼郡湯川村大字勝常字代舞1764

御詠歌:いくたびもあゆみをはこぶしょうじょうじ うまれあいづのなかのみほとけ

略縁起:勝常寺は大同二年(802)に法相宗の僧徳一大師が開いたとされる古刹である。徳一が会津に開いた5箇所ある薬師堂の一つとされ、寺内には薬師如来坐像、日光菩薩立像(左脇侍)、月光菩薩立像(右脇侍)(以上3体国宝)、聖観音立像、天部立像(伝虚空蔵菩薩)、十一面観音立像、地蔵菩薩立像(延命地蔵)、地蔵菩薩立像(雨降り地蔵)、多聞天立像、持国天立像、増長天立像(以上8体重文)の11体もの国宝、重要文化財に指定された仏像が残る。いずれも平安前期にあたる9世紀~10世紀初め頃の像と見られ、当時の栄華を偲ばせる。なかでも室町時代初期に建立された薬師堂に安置される薬師如来坐像と、収蔵庫の日光・月光菩薩立像は、会津地方のみならず東北地方を代表する傑作として名高い。13世紀後半に衰微していたところを京都仁和寺から下向した玄海僧都が中興。その後16世紀半ばの廃絶の危機には、同じく仁和寺の覚成法印が下向し法灯を継いだ。勝常寺の伽藍は天正十七年(1589)の兵乱で焼失したが、唯一薬師堂だけが戦火を免れ今日に至っている。

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霊巌山圓蔵寺(福満虚空蔵尊)

Dsc03451 2008年11月9日(日) 会津三十三観音霊場番外 霊巌山圓蔵寺(臨済宗妙心寺派)

御本尊:虚空蔵菩薩

所在地:福島県河沼郡柳津町

御詠歌:柳津は岩にそびえて懸造り 前には只見の舟の浮はし

略縁起:「柳津虚空蔵尊絵巻縁起」天正十二年(1584)によると、今から凡そ千百八十有余年の昔、大同年間(元年806年)法相宗徳一大師によって開創されたと伝えられる。Dsc03477御本尊福満虚空蔵尊は弘法大師の御作と伝えられ、日本三所(他の二所は千葉県安房郡天津小湊町の千光山清澄寺能満虚空蔵尊と、茨城県那珂郡東海村の村松山日高寺大満虚空蔵尊)の一として霊験の顕著なこと他に比なしと云われている。至徳二年(1385)大師の遠孫義乗法師、臨済宗興徳寺に参禅修業し改宗、興徳寺末山となる。その後二、三改宗を試みたが定まらず、寛永四年(1627)南宗和尚代、再び臨済宗妙心寺派に属し宗旨を確立した。老若男女貴賎を問わず参拝者は数多く、 中でも戦国の武将織田信長、豊臣秀吉、秀次、蒲生氏郷、加藤嘉明諸公何れも菩薩を尊信し、特使を代参させ寺領等を寄進された。徳Dsc03484川将軍家では、永久祈願所とし、十万石待遇の礼をとり五年毎に住職を江戸城に招き、将軍との謁見を許され厚く保護された。会津保科家(三代より松平姓)は、正之公以来明治維新に至るまで山林荘田寺領等の寄進に歴代心を尽くされたと記録されている。当山は開山以来水害火災等による堂塔伽藍の焼失崩壊は止むことなく続き、現堂宇菊光堂は八回目の御堂である。文政元年(1818)の火災により灰燼に帰したものの、住職喝巌和尚を始め六宗徒の信者達の並々ならぬ尽力と、藩主松平家の特別の保護により、文政十三年(1830)八月十三日見事落慶した。爾来臨済宗の法灯は今日も燃え続けている。

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普門山弘安寺(中田観音)

Dsc03502 2008年11月9日(日) 会津ころり三観音の三、会津三十三観音第三十番札所 普門山弘安寺(曹洞宗)

御本尊:十一面観世音菩薩立像(国指定重文)

所在地:福島県会津美里町米田字堂ノ後甲147

御詠歌:めぐりきてよものちさとをながむれば これぞあいづのなかだなるらん

略縁起:文永十一年(1274)長者江川常俊が娘の菩提を弔うために十一面観世音菩薩を鋳造し愛娘の心が宿るここ中田の里に納めたといわれる。次いで弘安二年(1279)富塚伊賀守盛勝公が伽藍を造営し普門山円通閣と称した。その後、普門山弘安寺と改名され、観音堂におさめられて現在に至る。なお、弘安寺は野口英世の母・シカが月参りして息子の無事を祈願し続けたことでも知られる。

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金塔山恵隆寺(立木観音)

Dsc03494 2008年11月9日(日) 会津ころり三観音の二、会津三十三観音第三十一番札所 金塔山恵隆寺(真言宗豊山派)

御本尊:千手観世音菩薩立像(国指定重文)

所在地:福島県河沼郡会津坂下町塔寺字松原2944

御詠歌:はるばるとまいりておがむえりゅうでら いつもたえせぬまつかぜのおと

略縁起:立木観音恵隆寺は人皇第二十九代欽明天皇元年(540)に高寺として創建され大同三年(808)弘法大師によって本尊立木観音と雷神、風神、二十八部衆が彫刻され寺号を「石塔山恵隆寺」と称し七堂伽藍をととのえ、更に三十六の坊舎、加えて三千有余の子院を有し東北の高野山と称された。ところが建久元年(1190)源平合戦の禍にまきこまれ、惨めにも高寺おろしとなり現在地に移転、「金塔山恵隆寺」と改め伽藍を整備して再出発する。応永十四年(1407)斗張供養を行い、以後三十三年毎に掛替とする。この時から現在のような斗張(観音像の前に掛けてある垂れ幕)を掛ける。慶長十六年(1611)会津一円大地震に襲われ観音堂大破、その他の堂倒れる。元和三年(1617)観音堂大修理。明治三十七年(1904)観音堂特別保護建造物国宝指定、大正四年(1915)本尊立木千手観音国宝指定、昭和二十五年(1950)本尊・観音堂国重文に指定替えされ現在に至る。

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金剛山如法寺(鳥追観音)

Dsc034242008年11月9日(日) 会津ころり三観音の一、会津三十三観音番外・結願所 金剛山如法寺

御本尊:聖観世音菩薩坐像(県指定重文)

所在地:福島県耶麻郡西会津町野沢

御詠歌:かねこわきやまのごときののりのてら まことだいひのじょうどなるらん

略縁起:今を去る千二百七十年前、天平八年(736)の春、行基菩薩が会津巡錫の折、この地の貧しい農家に宿されました。子にも恵まれず、鳥獣害による不作の貧苦と悲嘆にくれる農夫に憐れみをかけ、念持佛である一寸八分の正観音の御尊像をお授けになられました。爾来その霊験まことにいちじるしく「鳥追観音」と尊称されるようになりました。大同二年(807)、弘法大師と徳一大師は西方浄土の寺を建立しようと志し阿賀川の御身ケ淵をお通りになった時、観世音の佛勅を賜り、坂上田村麻呂の帰依を受けて金剛山如法寺を建立されました。御本尊は行基菩薩が自ら敬刻開眼された正観音を奉安し、胎内佛に一寸八分の尊像を入佛秘されたと伝え、脇立に不動明王、毘沙門天王が安置されています。堂宇は慶長十六年(1611)の地震に倒壊のため、慶長十八年会津藩主蒲生公の重臣、津川城主、岡半兵衛重政が再建されました。御堂の形は西方浄土の意味を現わし、山の神の因縁を伝承する全国でも珍しい観音堂であります。開創以来千二百年、観音経に無限の力を説かれているように信心すれば影身に添うて守護し、悪事災難は我代って受け、貧者には福を授け、病者には薬を与え、短命のものには寿命を授けると仰せられ、子授、安産、子育、出世の応援と限りない御慈悲を伝えております。又、ころり観音と称せられますこの信仰は、御本尊に祈念をこらして金剛寿命尊をなで、肌守を念持すれば病魔を除いて心身が軽くなり、死病のときには願う月日に観音様のお迎えがあると伝えられております。このように鳥追観音に対する信仰と広大無辺な霊験とは枚挙にいとまありません。

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会津ころり三観音詣で

2008年11月9日(日) 4:15起床、稲荷寿司をこしらえて5:00出発。R16、新国道4号線を使い宇都宮ICから東北道に入る。上河内SA、磐越道五百川PAで休憩、西会津ICで高速を下り9:45漸く西会津町の「鳥追観音」に着く。峠を越えれば直ぐに新潟県津川町、辺りの山々の紅葉は既に盛りを過ぎている。Dsc03432 鳥追観音は寺号を金剛山如法寺といい、会津ころり三観音の第一霊場であり、会津三十三観音の番外・結願所でもある。十月一日から十一月三十日まで、徳一大師開創壱千弐百年鳥追観音紅葉祭特別御開帳が行われており、今日は運よくご本尊の正観世音菩薩像を拝むことができる。ご本尊を始め脇立の不動明王像や毘沙門天王像、金剛力士像、観音堂、仁王門は全て福島県指定の重要文化財、境内に聳える樹齢1200年のコウヤマキは県の天然記念物であり、これで拝観料が無料とは感激する。お寺さんはこうでなくてはならない。本堂に登り正観音像を拝し、般若心経と御詠歌(金剛き山の如きの法の寺まこと大悲の浄土なるらん)を唱える。堂内の身代わり撫で佛を一所懸命さすりながら「どうか惚けませんように」と心願する。Dsc03453 参拝に訪れる人々が引きも切らず、さすがは仏都会津、地元の人は皆信心深い。外気温は8、9℃、関東なら真冬の気候である。 次に柳津町の福満虚空蔵尊(霊巌山圓蔵寺)へ向う。ころり観音霊場ではないが、会津三十三観音霊場の番外であり、千葉県天津小湊町の能満虚空蔵尊(千光山清澄寺)と、茨城県東海村の大満虚空蔵尊(村松山日光寺)と並び日本三大虚空蔵尊と云われる名刹、お参りしないわけにはいかぬ。10:40参拝者専用駐車場着、大型バスが並び参拝者の数は一段と多い。菊光堂(本堂)に登り虚空蔵尊を拝し、般若心経を唱え、虚空蔵菩薩陀羅尼経呪文(アキャシャキャラバヤヲンアリキャマクボクソハカ)を唱える。懸崖造りの舞台から只見川と錦秋に染まる山々を眺めてから奥の院・弁天堂へ向う。境内の紅葉は息を飲むほど美しく、三脚を立てたカメラマン諸氏はシャッターを押すのに余念がない。弁天堂は室町Dsc03491時代中頃(応永元(1393)年)の建立とみられ、国の重文に指定されている。お参りしてから門前町を散策する。柳津名物粟まんじゅうの元祖という岩井屋で、土産に粟まんじゅうと栗まんじゅうを12個づつ買う。魚淵で天然記念物のウグイの群泳を眺め、竹久夢二の歌碑(みちのくのめぐしをとめは魚淵の魚に卯の花購ひにけり)を見る。昭和5年、夢二46歳の夏、会津旅行で柳津を訪れたときに詠んだ歌とある。 再び表参道から山門をくぐり、撫で牛(郷土玩具赤べこのモデル)を撫でてから駐車場に戻る。次にころり三観音の第二霊場「立木観音」へ向う。12:00立木観音駐車場着、お参りの前に車内で稲荷寿司を食べる。立木観音は寺号を金塔山恵隆寺(えりゅうじ)といい、真言宗豊山派のお寺、会津三十三観音の第三十一番霊場でもある。ご本尊は身の丈8.5mの一木彫で、現在も床下に根のある東北地方で最大級の木造仏、千手観音菩薩である。観音堂とともに国の重文に指定されている。灯明料300円を納め観音堂内に入ってお参りする。般若心経と御詠歌(はるばるとまいりておがむ恵隆寺いつも絶えせぬ松風の音)を唱え、堂内の抱きつき柱に抱きついて「どうか寝込みませんように」と心願する。千手観音菩薩像の左右に祀られる二十Dsc03500八部衆と風神・雷神像は県の重要文化財である。堂前に奉納されている沢山の櫛は、苦と死を納め、少しでも病気の苦しみや死の恐怖を和らげる為と云う。四箇所目は、ころり三観音第三霊場の「中田観音」、13:05山門前駐車場に車を入れる。 中田観音は寺号を普門山弘安寺といい、曹洞宗の寺である。会津三十三観音の第三十番霊場でもあり、ご本尊は十一面観世音菩薩である。ここでも又堂前で般若心経を唱え、御詠歌(めぐりきてよものちさとをながむればこれぞあいづのなかだなるらん)を唱える。観音堂の右手から堂内に入り、抱きつき柱に抱きついて「どうかぽっくり逝けますように」と祈願する。さあこれで一安心、寿命安楽・福寿円満にして悲願のDsc03512大往生をとげることが出来るであろう。最後に徳一上人が開祖とされる瑠璃光山勝常寺へ向う。 会津三十三観音の第十番霊場であり、11体もの国宝・重文の仏像が残る東北屈指の古刹である。13:50勝常寺着、駐車場はなく山門前のスペースに車を駐める。境内に人の姿がなく、薬師堂も収蔵庫も固く扉を閉ざしひっそりと静まっている。おかしいなと思ったら、拝観するには事前連絡が必要とのこと、国宝の薬師如来像と両脇侍の日光菩薩像・月光菩薩像を拝み損なう。仕方なく薬師堂の堂前でお参りする。室町時代初期の建立とされる五間四方の薬師堂は会津地方最大級の古建築、国の重文に指定されているだけあって非常に重厚な建物である。境内のイチョウの樹の下で暫しギンナン拾いに興じた後、今宵の宿がある芦の牧温泉へ向う。(続く)

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マハゼの天麩羅

Dsc03412 2008年11月6日(木) 釣りためておいたハゼを開いて天麩羅を作ってもらう。天麩羅にして食べると美味しい魚は数々あるが、個人的にはマハゼが一番、泡の出る黄金色の飲み物との相性もまた絶妙である。餌代やガソリン代を考慮すると一尾400円ほどにつき、家人の厭味に耐えねばならないのが玉に瑕であるが・・・。晩秋になると奥松島の魚屋の店頭に、関東ではめったにお目にかかれない20㎝超のジャンボ活きハゼが並ぶ。一尾が200円程度で売られている筈、仙台で暮らせば立派なハゼが容易に手に入り、こんな苦労をせずに済むのであるが・・・、ふるさとに帰ろうかな。

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アラゲキクラゲのアルビノ?

Dsc033192008年11月5日(水) 市内の某公園で純白のアラゲキクラゲが発生しているのを見つける。遠くから見た時は、いつもトキイロヒラタケが出る木(ノダフジ)なのでその白色型かと思ったが、近づいて裏面を見るとひだがない。普通(褐色型)のアラゲキクラゲも混生しており、どうやら突然変異によるアルビノらしい。ネットで調べても殆ど記載がなく、珍菌・希菌と思われる。アラゲキクラゲは栽培品が市場に出回っているが質感がいまいち、アルビノを種にして純白のアラゲキクラゲを栽培できれば市場価値も向上するかと思われる。(11月8日、標本を採集し千葉県立中央博物館(千葉菌類談話会事務局)に届ける)

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc033382008年11月4日(火)13:00~14:00 このところ全く雨が降っていないので期待はできないが、暇潰しとウォーキングとを兼ねて手賀の丘公園へキノコ観察に行く。アカマツにサクラなどが混じる林でシロケシメジモドキのような中型菌(柄が中空ではないのでちょっと違う)に出逢っただけで収穫はさっぱり、1時間ほどで切り上げる。
《観察種》①アミヒラタケ(幼菌)、②コカブイヌシメジ、③シラタマタケ、④シロケシメジモドキ?、⑤スエヒロタケ、⑥スギエダタケ、⑦スッポンタケ(幼菌)、⑧ノウタケ、⑨ヒビワレシロハツ、⑩ヒメモグサタケ、⑪モエギタケ科?。(写真は④)

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スッポンタケの中華風スープ

Dsc03331 2008年11月3日(月) 先日手賀の丘公園で採取してきたスッポンタケの柄で中華風スープを作る。柄を湯がいてから水にさらし、輪切りにする。柄は中空であり、切断面には樹木の導管のような小孔が並ぶ。小鍋で湯を沸かし、豚肉片と鶏がらだしを入れ、柄の輪切りを加えて軽く沸騰させる。最後にプランター栽培の自家産ミツバの若葉を散らして出来上がる。スッポンタケ自体に特別の風味はないが、しゃきしゃき、シャリシャリする食感がとても面白い。評価は☆☆☆、これなら何度でも食べたくなる。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc032832008年11月2日(日)10:30~11:30 昨日木枯らし1号が吹いて秋が一気に深まる。午前増尾城址公園できのこ観察。フィールドは一週間前とは様変わり、軟質菌の姿は少なくなり、硬質菌ばかりが目に付くようになる。フィールドも晩秋の気配、これで漸く観察頻度を減らすことができる。
《観察種》①アラゲキクラゲ、②オシロイタケ?、③キコブタケ?、④キヒラタケ、⑤シロニセトマヤタケ、⑥スミゾメヤマイグチ、⑦ニクウスバタケ、⑧ニセヒメチチタケ?、⑨ヒビワレシロハツ、⑩ベニタケ属、⑪ホウネンタケ、⑫モミジウロコタケ、⑬不明種(ウッドチップ上の例のオキナタケ科中型菌)。(写真はキヒラタケ)

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ヒラタケのピリカラ佃煮

Dsc03332 2008年11月2日(日) 先日採取してきたノダフジの切り株生ヒラタケをピリカラ佃煮にしてみる。予め湯がいたヒラタケに酒、醤油、砂糖、刻み生姜、刻みニンニク、トウバンチャンを加え弱火でじっくり煮込む。フジの花のような芳香が弱まり、今度は何とか食べられるようになる。めでたし、めでたし。

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木枯らし1号とエノキタケ

14dsc03268 2008年11月1日(土) 今日関東地方に木枯らし1号が吹く。いよいよ北風小僧の季節到来であるが、灯油価格高騰のあおりを受けて、「我が家の石油ストーブは12月まで使用禁止」とのご託宣が大蔵卿の局から発せられる。やれやれ、暫らくは洋服を重ね着して凌ぐしかあるまい。仙台生まれ仙台育ちで寒さには強い筈であったが、永の関東暮らしで体がすっかり鈍ってしまっている。7日は立冬、これからはフィールドのきのこもめっきり少なくなるが、それでも寒茸(エノキタケ、ヒラタケなど)探しの楽しみは残る。今日も根木内歴史公園で切り株に出ているエノキタケを見つける。今秋冬の“初めて物語”である。 先日横芝海浜の森で採取してきたアミタケと、近所の公園で調達したナラタケを加えて、味噌仕立ての三色キノコ汁を作ってもらう。寒い日には暖かいキノコ汁が文句なく美味い。

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ナラタケのおろしあえ

081028dsc03244_22008年10月28日(火) 近所の公園で採取してきたナラタケを酒と醤油で煮る。大根をすりおろして和え物にする。ヌメリがあって味も良く文句なく美味しい。 

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc031982008年10月28日(火)9:00~11:00 朝食後直ぐに手賀の丘公園へ行きキノコ観察、漸くスッポンタケの成菌と対面が叶う。またコカブイヌシメジがあちこちに発生しており、久し振りに桜餅臭(アニス臭)を嗅ぐ。さらに手賀の丘公園では初見のミヤマタマゴタケも見つける。
《観察種》 1.アラゲキクラゲ、2.アンズタケ、3.エリマキツチグリ、4.キツネタケ(幼菌)、5.キララタケ、6.クサハツ、7.コカブイヌシメジ、8.サクラタケ、9.ザラエノヒトヨタケ、10.シラタマタケ、11.スギエダタケ、12.スッポンタケ、13.チチタケ属、14.チャワンタケ科、15.ツノマタタケ、16.テングツルタケ(幼菌)、17.ドウシンタケ、18.ニオイアシナガタケ、19.ニガクリタケ、20.ハイイロイタチタケ、21.ハチノスタケ、22.ヒメモグサタケ、23.ヒビワレシロハツ、24.ヒロハシデチチタケ、25.フクロツルタケ?、26.ホコリタケ、27.ミヤマタマゴタケ、28.モエギタケ科?、29.不明種(キシメジ科?)、30.不明種(超小型、紫黒色、キシメジ科?)。(写真はスッポンタケ)  

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ヒラタケのホイル焼き

Dsc032532008年10月28日(火) 昨日近所の公園で採取してきた色白ヒラタケをホイル焼きで賞味する。アルミホイルにヒラタケとバターを包み、オーブントースターで10分間蒸し焼きにすると出来上がり。熱々のヒラタケを醤油につけて食べてみると期待していたほどには美味しくない。フジの花のような芳香が強く風味がいまいち、歯切れはヒラタケのものである。それではとバター炒めにしてみたがやはり同じ、キノコの風味は発生する樹種の影響を受けるものらしい。残りは湯がいて冷凍庫に保存する。後日何らかの工夫をして食べるつもり、姿が美しかっただけに残念!。

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc030662008年10月27日(月)13:00~13:40 午後久し振りに家人を誘って近所の森へ散歩に出かける。 件のノダフジの切り株断面に真っ白いヒラタケが株立ち状に発生しているのを見つける。まるでホンシメジを思わせる高貴な姿である。上空をスダジイ巨木の樹冠に覆われ、全く陽の光が差し込まない場所なので、もやしのように色白になったものであろう。写真を撮ってからナイフを使って丁寧に採取する。別の場所のノダフジの倒木にも巨大なアミヒラタケ(もしくはタマチョレイタケ)を3本見つける。育ち過ぎており、食用にするにはもはや手遅れ、またも食べ損ねる。
《観察種》①アミヒラタケ(もしくはタマチョレイタケ)、②ウスムラサキシメジ、③エリマキツチグリ、④カヤタケ属?、⑤キララタケ、⑥ツチナメコ、⑦ハイイロイタチタケ、⑧ヒビワレシロハツ、⑨ヒラタケ。(写真⑨)

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