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霊巌山圓蔵寺(福満虚空蔵尊)

Dsc03451 2008年11月9日(日) 会津三十三観音霊場番外 霊巌山圓蔵寺(臨済宗妙心寺派)

御本尊:虚空蔵菩薩

所在地:福島県河沼郡柳津町

御詠歌:柳津は岩にそびえて懸造り 前には只見の舟の浮はし

略縁起:「柳津虚空蔵尊絵巻縁起」天正十二年(1584)によると、今から凡そ千百八十有余年の昔、大同年間(元年806年)法相宗徳一大師によって開創されたと伝えられる。Dsc03477御本尊福満虚空蔵尊は弘法大師の御作と伝えられ、日本三所(他の二所は千葉県安房郡天津小湊町の千光山清澄寺能満虚空蔵尊と、茨城県那珂郡東海村の村松山日高寺大満虚空蔵尊)の一として霊験の顕著なこと他に比なしと云われている。至徳二年(1385)大師の遠孫義乗法師、臨済宗興徳寺に参禅修業し改宗、興徳寺末山となる。その後二、三改宗を試みたが定まらず、寛永四年(1627)南宗和尚代、再び臨済宗妙心寺派に属し宗旨を確立した。老若男女貴賎を問わず参拝者は数多く、 中でも戦国の武将織田信長、豊臣秀吉、秀次、蒲生氏郷、加藤嘉明諸公何れも菩薩を尊信し、特使を代参させ寺領等を寄進された。徳Dsc03484川将軍家では、永久祈願所とし、十万石待遇の礼をとり五年毎に住職を江戸城に招き、将軍との謁見を許され厚く保護された。会津保科家(三代より松平姓)は、正之公以来明治維新に至るまで山林荘田寺領等の寄進に歴代心を尽くされたと記録されている。当山は開山以来水害火災等による堂塔伽藍の焼失崩壊は止むことなく続き、現堂宇菊光堂は八回目の御堂である。文政元年(1818)の火災により灰燼に帰したものの、住職喝巌和尚を始め六宗徒の信者達の並々ならぬ尽力と、藩主松平家の特別の保護により、文政十三年(1830)八月十三日見事落慶した。爾来臨済宗の法灯は今日も燃え続けている。

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