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奥の細道三十三霊場 第八番 柳津山宝性院(津山町)

2009年1月17日(土) 過日ネットで調べたところ、宮城県にも日本三大虚空蔵尊と称するお寺(柳津山宝性院)がある。Dsc04502所在地は本吉郡津山町、仙台から北東70㎞ほどの距離である。灯台下暗し、仙台に帰省した序に早速訪ねてみる。 10:10出発、国道45号線を北上し、松島、石巻を経由、12:20宝性院着。駐車場も境内も夜来の雪が凍てつきつるつる。山門や御堂はこじんまりしており、寺勢盛んとは言い難いけれども、奥の細道三十三霊場第八番、三陸三十三観音霊場第九番の門札を掲げているところを見ると、名刹、古刹であることは間違いない。境内に掲げられた由緒書を読むと、「日本三所の一 宮城柳津福智満虚空蔵尊 当山は柳津山宝性院と号し、真言宗智山派に属す。神亀三(726)年(第四十五代聖武天皇)秋九月行基菩薩勅を受け東国を巡遊し、Dsc04516この地に来り御修法二十一日間一刀三礼し、 自ら虚空蔵を刻む、その丈一尺二寸もって、 天下泰平、国家安穏を祈り、同月十三日一宇を黄土山の嶺に創立しこれを信心して、一村の守護仏として尊崇した。後宝亀二(771)年三月大伴家持宮城郡多賀城にありし時登山して、これを拝して言うに福島の会津柳津、山口の柳津に安置せる仏像も同じく行基の作で日本三所の秘仏である。かくも尊いものなれば三十三年目毎に開帳する外みだりに衆人これを拝すること恐れありと。其の後弘仁九(818)年(五十二代嵯峨天皇)五月三日弘法大師此の堂に籠もり二十一日間の密行を務め、大黒天長さ八寸のものと、毘沙門天長さ一尺二寸のものの二体を刻し、 もって其の左右に安置し尚本堂を今の地に移した。其の後中古に至ってしばしば野火にあいましたが幸にして本尊の安泰を得、法灯連綿として現在に至っております。虚空蔵菩薩は丑、寅生れの一生一代の守り本尊であり鰻(うなぎ)は虚空蔵菩薩のお使いの魚で絶対に殺生しないことになっております」とある。又、境内には柳津虚空蔵尊七不思議という「玉こぶの欅」、Dsc04525「雫の桜」、「一夜の松」、「月見の井戸」、「片葉のよし」、「黄土山の黄金水」、「子育ての松」もあり、更に、大伴家持作の百人一首(「鵲の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにけり」)に詠まれている鵲(かささぎ)橋まである。二重、三重に虚空蔵尊の権威付けがなされている。今年は丑年なので一段とお参りする人が多く、松の内が明けた今日でもひっきりなしに地元の人がやってくる。虚空蔵菩薩の御真言(「のうぼうあぎやしや ぎゃらはやおんありぎや まりぼり そわか」)を唱えながら本堂にお参りする。その後、背後の山(黄土山、現在の地図名では大土山)の中腹に建つ奥の院にもお参りする。そして道なき尾根を急登して山頂を極める(姉妹編ブログの自惚山人ノオト「432.大土山」参照)。下山後、津山町のもうひとつの名所、横山不動尊へ向う。     

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