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大崎八幡宮

2009年1月15日(木) 昨日、ひとり車で帰省、榴ヶ岡天満宮のドンド焼きに辛うじて間に合い、古い神札や破魔矢、達磨等を無事焚き上げる。今朝起きると外は一面の銀世界、小雪が舞い、さすがに仙台はDsc04442寒い。 午後雪が止んだので、八幡町の大崎八幡宮へお参りに行く。大崎八幡宮のドンド焼き(松焚祭(まつたきまつり)と称している)は三百年の歴史を有し、全国でも最大級の正月送りの行事である。また松焚祭の「御神火」を目指して市内各所より数千人が参拝する裸参りは、杜の都・仙台の冬の風物詩として知られている。駐車場に車を入れ、三の鳥居左側の広場に廻ると、大分衰えたもののなお御神火が燃えている。今日も松飾りを燃やしに来る人があるらしい。炎にあたり、今年一年間の無病息災と家内安全を願う。その後重要文化財の「長床」をくぐり、国宝の「御社殿」にお参りする。御社殿は安土桃山時代の文化を今に伝える我が国最古の建造物であり、藩祖・伊達政宗公が豊臣家召抱えの工匠を招聘して造営に当らせただけに、豪華絢爛、豪壮華麗、仙台総鎮守の名に相応しい建物である。 今日の最高気温は2度、境内は合わせる手がかじかむほど寒さDsc04435_2が厳しく、早々に退散する。

《御由緒》 平安の昔、東夷征伐に際して坂上田村麻呂は、武運長久を祈念すべく宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀。その後、室町時代に奥州管領大崎氏はこれを自領内の遠田郡田尻町(現大崎市)に遷祀し守護神として篤く崇敬した為、世に大崎八幡宮と呼ばれる。大崎氏の滅亡後は伊達政宗公が居城の玉造郡岩出山城内の小祀に御神体を遷し、仙台開府後仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀る。その際に旧領の羽前国米沢にて代々崇敬していた成島八幡宮を合祀している。藩政時代を通じ歴代藩主の篤い尊崇を受け、明治以降は大崎八幡神社と称していたが、その歴史的経緯を考慮し、平成九年六月、社名を大崎八幡宮に復し、現在に至る。  

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