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松島四大観・富山

2009年1月16日(金) 榴ヶ岡駅前のコンビニで買ってきた日経新聞をゆっくり読んでから松島四大観の富山へ出発、マンションでの一人暮らしはなかなか快適である。1時間ぴったりで富山観音入口の駐車場に着く。風邪が冷たい。前回ここに来たのは10年前(1998年8月16日)であるが、いつの間にDsc04463か参道の石段が立派に修復されている。山頂に建つ観音堂も仁王門も最近立て替えられたようで真新しい。特に朱塗りの観音堂は派手派手、以前の古色蒼然たる御堂の床しき面影はどこにもない。観音堂を取り巻いて鬱蒼と繁っていた老杉は伐られ、延宝六年(1678)銘の石灯籠は崩れ落ち、五郎八姫の像も打ち捨てられている。建物は新しくなったがこれでは罰当たりでは、むしろ境内には荒んだ雰囲気が漂う。松島四大観のひとつとしてこれから大々的に打って出て、観光客を呼び込もうというのかも知れないが、感心しない。 東屋から昔と変わるところがない松島の景色をほっとしながら眺め、観音堂にお参りしてから、もうひとつの四大観・多聞山へ向う。因みに、平成13年9月松島町教育委Dsc04467員会作成の説明板には、『松島町指定文化財・富山観音堂(The shrine of Avalokitesvara) 観音堂は、坂上田村麻呂が大同年間(806-810)に慈覚大師作の観音菩薩像を安置したと伝えられ、石巻市牧山、涌谷町篦嶽(ののだけ)とあわせて奥州三観音として信仰されてきました。堂は、伊達政宗の長女五郎八姫(いろはひめ)が貞応三年(1654)に改修させたもので、方三間、屋根宝形造瓦葺で、石積みの基壇は珍しいと言われています。東方にある梵鐘(宮城県指定文化財)は明暦三年(1657)に五郎八姫によって寄進されたものであります。堂の南東下には、瑞巌寺第100世洞水和尚が開山した大仰寺があります。富山は、標高116.8mで、文政六年(1823)仙台藩の儒学者舟山万年が松島湾を眺望するに最も素晴らしい松島四大観の一つ「麗観」と紹介しています。』とある。

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