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峰寺山西光院

2009年1月8日(木) 筑波連山の支峰のひとつ、峰寺山に登るべく、その中腹にある西光院の駐車場に車を駐める。峰寺山という山名の由来となったお寺であり、関東の清水寺とも称される由緒ある古刹Dsc04379なので、山頂に登る前にお参りする。  旧八郷町(現石岡市)教育委員会の解説板を読むと、「県指定有形文化財 *西光院本堂(建造物)、指定年月日 昭和45年9月28日、*木造立木観音菩薩像(彫刻)、指定年月日 昭和36年7月21日、所在地 石岡市吉生」という題で、「峰寺山西光院は平安初期の大同年間、京都から来た徳一法師の開基と伝えられ、もとは法相宗であったが、中世真言宗となり現在は天台宗に属している。峰寺山の中腹にあり、晴天の日は霞ヶ浦より遠く太平洋を望むことができ、眺望絶景の位置にある。自然石の観音像を本尊とするこの寺の本堂は関東の清水寺と呼ばれ、岩棚状の細長い敷地の奥の崖に懸け出して建てられた懸造りの建物で、岩肌に脚柱を建て舞台型を作った上に、桁行三間梁間三間寄棟造り瓦棒鉄板葺(もとこけら葺か)の本体を組んでいる。この本堂は崖の表面に作り出された巨大な石仏の上半身を覆うように作られた珍しいもので、現在の建物は江戸時代末期頃と推定されるが、石仏が火災にあっているところから、前身堂が焼失したのが判り、寺院の創立は相当古いとみられる。またこの寺には、立木仏と呼ばれる十一面観音立像が祀られている。これは徳一法師の創建と伝えられ、像内にある元文Dsc04395二年(1737)の修理墨書銘札によると、本来ここにあったものではなく、もと山麓吉生村の立木山広照院長谷寺に伝来したらしい。像高597センチメートル。弁形刻出の天冠台上化仏から腰裳の下四分 の一位までがハリギリ材の一木造、頂上仏を枘差し、両臂・両肘矧付け、頭・体部とも内刳りを施し、背板をあてている。像は雨にかかったせいか、像表面が荒れ、当初のノミの痕を見ることは出来ないが、そのずんどうの体躯のとらえ方、後補とはいえ、台座をつくらず自然木の根を矧付けている点など、本来立木仏として造られたことを伝えている。製作年代は平安時代末、十二世紀頃のものであろう。」と書かれている。先ず観音堂にお参りする。堂内には巨大な立木観音像と、常陸七福神の毘沙門尊天が祀られている。次いで本堂の回廊に上りお参りする。格子扉の内部を透かして見ると、厨子の前に憤怒の形相の前立ち馬頭観音菩薩像が置かれている。厨子の扉は固く閉ざされており、その内部は窺い知れないが、恐らく自然石であるご本尊のお顔の部分が隠されているのであろう。有り難くお参りしてから、箱庭のような八郷盆地と雪割山・浅間山の山並を眺める。茨城百景に選ばれているのが納得できる素晴らしい景色である。今日は思いもよらず立派な観音様に巡り逢うことが出来て真に幸せ、決まりをつけるために峰寺山の山頂へ向う。

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