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ワヤン・クリの人形

Dsc04813世界無形文化遺産であるジャワの影絵芝居、ワヤン・クリに用いられる人形です。ジョクジャカルタの劇場入口にある工房で購入しました。水牛の皮をくりぬいて細密な透かし紋様を施し彩色したものです。帰国後、額装して階段踊り場の壁に飾りました。これまで殺風景だった空間にエスニックで幻想的な雰囲気が漂い、階段の昇り降りが楽しくなりました。インドネシア旅行のお土産にぴったり、お奨めします。

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ジョクジャカルタ市内観光 / 帰国

2009年2月24日(火) 5:50起床、コーヒーを沸かす。6:15朝食、フルーツと紅茶のみとする。P1080606 パッションフルーツは当り外れがあるが、当ればとろりとして美味。部屋で一服していると係員がミニバーチェックに来る。 一流ホテルはしっかりしている。出発前に庭を散歩する。ホテルの外観形状はボロブドゥルに似せてあり、ゴルフ場を併設する庭園は広々と美しい。朝から陽射しが強く今日も暑くなりそうな予感。8:10ジョクジャカルタ市内観光に出発、最初はスルタンの王宮(Kraton)へ。そこもマタラム王国の王宮と思われるが、昨日訪ねたソロの王宮との関係は不明である。1777年以来ジョクジャカルタを統治してきた歴代王侯の住まいとのこと、ソロの王宮より豪華で規模も大きい。特に大広間の柱の装飾は優美である。次いで、1758年建立の離宮、水の王宮(Taman Sari)へ行く。P1080618内部に建物に囲まれた大きなプールがあり、王宮に 仕える女性達が水浴びを楽しんだ所とのこと、水浴場を見下ろす三層の楼閣から、当時の美女の艶な姿を想像する。今は使われていないのか水が抜かれ、離宮内も寂れている。雑貨店に立ち寄り土産品を物色する。入国した際1万円を両替したルピア紙幣がなかなか無くならない。海外に出ると今の円高を実感できる。10:50名物料理ミーバッソの店(Mie Pasar Baru)に入り早昼を食べる。何のことはない、出てきたのは肉団子入り塩ラーメン、えらく塩辛い。厳格なイスラム教徒が経営する店らしく、アルコール類は一切置いていない。仕方なくサボー(SAWO)ジュースを頼むとこれが大正解、柿(もしくは干し柿)のような風味でとろりとしP1080634て甘く美味。これで一杯12,000ルピア(約100円)は申し訳ない。珍しいというので注文した牛皮スナックは外れ、少し生臭く不味い。11:55ジョクジャカルタ空港に着き、ガイドのスナール氏と運転手のジョコ氏に3日間お世話になった御礼を言って分れる。空港利用料25,000ルピアを支払い、手荷物検査を2回受けて出発ロビーに入る。小さな空港で搭乗口は№1から№4の4箇所しかない。12:40 GA252便デンパサール行きに搭乗し時計を1時間進める。14:50デンパサール空港着、再びバリ島の土を踏む。迎えに来た現地ガイドのアノム氏に再会すると、先ずUNO COFFEEなるコーヒー屋に案内される。インドネシアのスラウェシ島で採れるトラジャコーヒーは有名であるが、 バリ島キンタマーニ高原産のバリコーヒー、北スマトラ島アチェ高原産のマンデリンコーヒーも有名らしい。試飲をさせてもらったところ、P1080654トラジャ・カロシは軽くて飲みやすく、バリ・キンタマーニは芳醇でコクがある。他にも雄豆だけを使ったトラジャ・ピーベリーや百年樹コーヒーのガヨウマウンテンなど珍品を味わう。オランダ東インド会社が、1700年頃から西部ジャワで栽培を試みたのがインドネシアコーヒーの始まり、300年余の歴史がある。次いで、フットマッサージ体験とてNATURAL SPAなる怪しげな店へ連れ込まれる。残念ながら(?)個室ではなく、年齢相応の団体部屋に入れられる。5人横並びで足ツボを揉みほぐしてもらうこと1時間、溜まっていた旅の疲れが雲散霧消する。担当は年の頃30歳前後と思しき女性、ニコニコと笑顔を絶やさず愛嬌がある。英語でやりとりすると、結婚していて子供が2人おり、しかも旦那は無職と云う。女のP1080658細腕で一家4人の生活を支えていると聞けば、ついついチップも弾みたくなる。 今年から日本とインドネシアのEPAに基づき、インドネシア人看護師や介護福祉士が来日するが、真面目だし謙虚だし笑顔が良いしで適任かもしれぬ。17:30から最後の晩餐、ロブスター・ディナーを食べる。伊勢海老はやや焼き過ぎの感があるが美味、養殖と聞いたが本当であろうか。18:50デンパサール空港国際線ターミナルビルに着く。アノム氏にお礼を言って別れ、空港利用税の150,000ルピアを納め出国審査を済ませる。免税店で最終ショッピング、ルピアを使い切る。20:00 GA880便成田行きに搭乗、2階の25H席に座る。2階は横6席でゆったりしている。21:58ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港に一旦着陸、Transitの旅客も機外へ出され再び手荷物検査を受ける。面倒になったものである。再搭乗がなかなか始まらないのがインドネシア流、45分の筈が長時間ロビーで待たされる。0:30ようやく再搭乗、さあ日本に帰ろう。(完)

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インドネシアで出逢ったキノコ

P1080560中部ジャワにあるプランバナン寺院遺跡の草地に残る切株で見つけました。現在雨季と云うので、さぞかし色々なきのこに出逢えるのではと期待に胸膨らませて出かけましたが、案に相違して僅かに1種類、全くの空振りに終わりました。その他、現地の料理に使われていたキノコは、フクロタケ(中華料理の野菜炒め)とアラゲキクラゲ(スープ)の2種類だけで、こちらも期待外れに終わりました。

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プランバナン寺院遺跡とサンギラン初期人類遺跡

2009年2月23日(月) 朝一、ボロブドゥル遺跡からの朝日鑑賞を全員がパス、後期高齢者といP1080677う年でもないのに勿体無い。 5:15起床、せっかくなので一人でボロブドゥルへ参詣に行く。ホテルから徒歩5分、幸い入口の門は開いている。正面(東)から146段の石段を登り、大ストゥーパの前に立つ。お参りしてから四囲を見渡すと、生憎東の地平線上に雲があり朝日が昇るところは見られない。けれども、昨日雲に隠れていた2つの高峰が見える。東にあって天を突くように聳え、絶え間なく煙を吐き出しているのはメラピー火山であり、北にあってジャワ富士とでも呼びたくなる秀麗な山容はスンビン山である。標高3,000mを超える2つの山は地元の人々に神の山として崇められており、それら高峰に囲まれるこの地が聖地建立に相応しい場所であることが頷ける。P1080678メンバーに合流し腹ごしらえをしてから出発、プランバナンへ向う。8:30プランバナン寺院遺跡群の中で最大規模を誇るロロ・ジョグラン寺院に着く。プランバナンは、仏教国シャイレンドラ王朝にとって代ったヒンドゥー教国、古マタラム王国が9世紀中頃に築いた寺院群である。1549年の大地震によって崩壊してしまったが、1937年から修復が行われ、現在はシヴァ神、ブラフマー神、ヴィシュヌ神を祀る三大祀堂が天を突いて聳えている。 三大祀堂の前には、各主神の乗り物であるナンディ(牛)、ハンサ(水鳥)、ガルーダ(鷲)を祀る御堂が対で建っており、中間の位置に二つの小祀堂も建つ。2006年5月27日に発生したM6.3のジャワ島中部地震(死者5,000人)により被害を受け、現在修復工事中で、内部に入って拝観できるのはヴィシュヌ堂だけである。P1080681シヴァ堂とブラフマー堂の基壇腰壁に施されている古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の浮き彫りは結局拝めず仕舞い、アンコールワットのそれと比べてみたかったのであるが・・・。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーが最高神で、守護神ヴィシュヌと破壊神シヴァがこれに従う筈であるのに、ここでは中央祀堂に祀られるシヴァ神が主神で、ヴィシュヌ(左堂)、ブラフマー(右堂)を副神としている。シヴァ教からヒンドゥー教への移行過程と解釈する学者もいるが果たしてそうであろうか。バスに戻る途中、材上生の白いきのこ(キシメジ科?)を見つけ、そろばん玉のような小さく紅い堅果を拾う。 しつこい物売りをようやく振り切り、再びバスに乗ってソロ(SOLO)へ向う。ソロは別名をスラカルタともいい、16世紀以降中部ジャワを支配したマタラム王国の王都として栄えた町である。現地ガイドのスナール氏によると、ソロ旧市街は昨年世界文化遺産に登録されたとのこと、真偽のほどは定かでない。最初にカスナナン王宮の内庭と附属博物館を見学する。王宮は1745年の建立、第13代の王が現住している。豪華絢爛にはほど遠く、興味深い事物は見当たらない。次いで市内の別の場所にあるマンクネガラン王宮を見学する。前者P1080578が反オランダ派で後者が親オランダ派だったらしく、1787年に王家が分裂して今に至る。 平凡な王宮を立て続けに見せられても古都の落ち着いた佇まいやしっとり感は分らない。どちらか一箇所にしてもらい街歩きできれば良かったのであるが。NOVOTEL SOLOのレストランで昼食をとる。冷房が良く効いている。ジャワ料理と云うがインドネシア料理との違いが判らない。そこでもビンタンビールを飲む。三度バスに乗り中部ジャワ州の山中にある世界遺産、サンギラン初期人類遺跡へ行く。到着した途端に空が暗くなり雷鳴が聞こえ出す。それにしてもソロといいサンギランといい観光客の姿は殆どなく、土産物屋の売り子は欠伸状態。アーケードつきの長い通路を歩き、二つの資料展示館と250万年前の露出地層を見学する。展示館には、19世紀末に発見されたジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトゥス)の頭骨レプリカのほかに、出土した動物化石(亀、水牛、ワニなど)も並べられている。まあ、古生物学者や人類学者でもない限り興味を持てる内容ではない。しかも停電になり暗くておぼろげにしか見えない。これでは観光客を呼べるはずもない。遥遥とやって来たのにがっかり、あの悪路をこのバスで2時間かけて引き返すかと思うとトP1080685ホホ。ようやくジョクジャカルタの町に戻り、レストランで中華料理の夕食。 鶏の唐揚げを肴にビンタンピルスナーを飲む。20:00から世界無形文化遺産の影絵芝居「ワヤン・クリ」を鑑賞する。ランプの灯りが点るだけの薄暗い会場に、楽団(男子13名、女子5名)の奏でるガムランン音楽の哀調が流れる。語り部でもある人形遣い(ダラン)が、インド古代叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」に素材をとった物語を諄々と語る。そして物語の進行に合せ数多の人形を自在に操る。 舞台の表からは白布に投影される幻想的な光と影の世界を味わえ、裏からは彩色された人形自体の美しさやダランの鮮やかな人形捌き、楽団の演奏を観ることができる。夜を徹して演じられるとのことであったが、メンバーの一人に腰痛が出て中座のやむなきに至る。今回の旅の記念に劇場の入口売店でワヤン・クリの人形を一体買い求める。水牛の皮に紋様をくりぬき美しく彩色したもの、空港売店より高いが造りはより精緻である。21:00ハイアット・リージェンシーホテル(HYATT REGENCY YOGYAKARTA)にチェックイン、336号室に入る。まともなホテル、旅行会社も良く考えている。ウエルカム・フルーツのサラック3個が付き、エアコンの効きもよろしい。明朝SCをドアの外に出すと成田空港まで触れないので、土産物を詰めるなど最終荷造りをする。(続く)

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インドネシアのビール

P1080406今回のインドネシア旅行中に飲んだビールは2種類、ビンタン・ピルスナー(BINTAN PILSNER)とバリハイ・ドラフト(BALI HAI DRAFT BEER)である。ビンタンはナショナルブランドであり、バリ島と中部ジャワの如何なるレストランにも置いてある。バリハイはバリ島のローカルブランドらしく、中部ジャワでは見かけない。値段はレストランの格により幅があり25,000から41,000ルピア(200円~330円)の範囲、観光地料金とはいえインドネシアの物価水準からみると相当高い。風味はすっきりしていて飲み易い反面、緑色瓶入りが原因の日光臭が感じられる。 また、原料に蔗糖を使用している点からHGB(High Gravity Brewing)製法を採用しているものと推察され、それに由来するエステル臭も感じられる。まあ能書きはともかく、蒸し暑いインドネシアで飲むとビールが本当に美味しい。

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世界遺産「ボロブドゥル寺院遺跡」

2009年2月22日(日) 6:00起床、MWを沸かし紅茶を飲む。胃腸の調子も良く、ホテルやレストランの生野菜とP1080670果物が問題ないことを知る。UVカットと虫除けを塗ってから朝食へ行く。ホテルの中庭には到る所に石仏が置いてある。 魔除けであろう。朝食はコンチネンタル・ブレックファスト、スイカジュースがうまい。8:10出発、13人乗りのマイクロバスは狭く窮屈、手荷物の置き場所もない。その上、最後部座席はリクライニングが壊れており、リュックを背負って背凭れを確保せねばならぬ。8:50デンパサール市内のバロン・ダンス会場に着く。バリダンスには他にケチャック・ダンスやレゴン・ダンスなどがあるが、何れも神楽舞であり、ヒンドゥーの神々に奉納する踊りである。バロン・ダンスは、聖獣バロンと魔女ランダの戦いを踊りにしたもので、ガムラン音楽の調べにP1080672乗りコミカルに進行する。通常は7幕3時間かかるところを1時間に短縮して演じてくれる。最後に踊り子と一緒に記念写真に収まることができるが、チップが必要なことは言うまでもない。ダンス鑑賞を終えてデンパサール空港へ向う。空港利用税3万ルピアを支払い、搭乗口のあるロビーに入る。時間があるので売店でお土産を物色し、ドライマンゴーとドリアンチップを購入する。12:05搭乗、ジョクジャカルタ行きGA253便は満席、時計を1時間遅らせる。12:20ジョクジャカルタ空港着、迎えのマイクロバスに乗る。 現地ガイドはスナール氏、日本へ行ったことがないというのに日本語を流暢に話す。ジョグの人口は70万人、90%はイスラム教徒とのこと。先ず市内のレストランに入り昼食をとる。又もインドネシP1080673ア料理で、炒飯、焼きそば、野菜の煮物、焼き鳥と毎回判で押したような同じメニュー、それでも結構いける。特に鶏肉は日本の地鶏より美味い。そこでもビンタンの小瓶を飲む。食後、ボロブドゥル歴史公園地区にあるマノハラホテル(MANOHARA H.)へ向う。15:00ホテル着、やはりコテージ風リゾートホテルであるが昨夜のホテルよりはずっと上等、252号室に入るとアメニティは何でも揃っている。30分ほど休憩してからいよいよ今回の旅のハイライト、ボロブドゥル寺院遺跡の見学に行く。 ボロブドゥルは当時中部ジャワを支配していたシャイレンドラ王朝により、P10804931775年から820年にかけて造営された大乗仏教の立体曼荼羅である。一辺120mの正方形基壇の上に、総高35mに達する9層の階層を積み重ねたピラミッド型建造物は荘厳であり、壮大である。嘗てサーンチー遺跡などインドの仏教遺跡も見学したが、それらよりも遥かに複雑で巨大な代物、「インド人も吃驚」が肯ける。 第一回廊の壁面を埋め尽くすレリーフは、「方広大荘厳経」に基づく仏陀の降誕から最初の説法までを描き、第二、第三回廊のそれは「華厳経」に基づく善財童子の修業の旅を描いていると云う。東面(正面)の階段から第一回廊に登り、壁面の浮き彫りを眺P1080676め般若心経を唱えながら時計回りに一巡する。同様に第二、第三、第四の順に方形回廊を巡る。麓の森の中から誰が唱えるのか読経の声が風に乗って流れてくる。上部の第一、第二、第三円檀を巡り、中央の大ストゥーパの前へ出て、もう一度最初から摩訶般若波羅蜜多心経を唱える。ボロブドゥルの頂上で両親と弟の冥福を祈り、今回の旅の目的を叶える。再びバスに乗り、王の墓所とも云われる小寺院、チャンディ・パオンとボロブドゥルの原形と云われる寺院、チャンディ・ムンドゥを巡る。後者の境内には沙羅双樹の巨木が聳え、堂内中央に釈迦如来像、その両脇に観音菩薩像と普賢菩薩像(或いは文殊菩薩像)が安置されている。そこでは短く十句観音経を唱える。バティック(ろうけつ染め)工房へ立ち寄ってからジョグジャカルタ市内へ行き、ホテルのレストランで夕食をとる。NZ産ビーフステーキは筋っぽいがまずまず、ビンタンビールを飲みながら食べる。マノハラホテルへ戻りボロブドゥルのビデオを30分間観ると漸く解放される。既に20:00、風呂に入ってさっぱりしてから、MWを沸し日本茶を飲む。(続く)

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パッションフルーツ

P1080600_2フルーツ天国のインドネシアでは多彩な熱帯果実を味わうことができる。今回の旅で食したのは、サボー、サラック(蛇の鱗のような外皮、乳白色の実はやや渋く甘酸っぱい)、スイカ、ドリアン、パイナップル、パッションフルーツ、バナナ、マンゴー、マンゴスチン、メロン、ランブータンの11種類。これら以外にも、シャカトウ、スターフルーツ、ドラゴンフルーツ、ミカン類、リュウガン等が道路沿いに並ぶ果物屋で売られている。バナナは小ぶりながらコクがあって美味しかったが、スイカやメロン、パナップルは甘味が薄く物足りない。生れて初めて物語はサボー(SAWO)のジュース、風味は柿か干し柿の様でとろりとして甘い。24日の昼食時、ジョグジャカルタのミーパッソ(塩ラーメン)屋で飲んだが一杯12,000ルピア(約100円)、お奨めである。(写真はパッションフルーツ)

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バリ島内観光

2009年2月21日(土) 5:50起床、頭痛良くなる。明るくなるにつれ小鳥の鳴き声が賑やかになる。バリ島は観光で食べている島だけに、P1080663過去2回の爆弾テロ(2002年10月12日;死者202名、2005年10月1日;死者20名、負傷者129名)に懲りて警戒は厳重を極める。外国人が利用するホテルやレストランの入口には検問所があり、一台一台の車両チェックと一人ひとりの面通しが行われる。 金属探知機による持物検査もあり、面倒だがこれなら安心である。朝食前に庭を一回り、朝は爽やかである。ハイビスカス、ブーゲンビリア、プルメリアなどが咲き、大王椰子、団扇椰子などが林立する。6:40から朝食、インドネシアは果物天国、せっかくなのでパパイア、マンゴー、ランブータンなどを皿にてんこ盛りにし、フルーツ・ダイエットに励む。食後、中庭を抜けてビーチまで散策する。すれ違うホテル従業員P1080664の笑顔と挨拶は日本人が忘れてしまったもの、実に清々しい。海岸線は美しく、対岸に3,000m級と思しき高峰が聳える。バリ島の最高峰アグン山(3,142m)かも。8:30マイクロバスに乗り島内観光に出発。バリ島の人口は160万人、住民の90%はヒンドゥー教徒とのこと、インドネシア国民の87%がイスラム教徒であることを思うとかなり偏っている。 雨季(11月-3月)のせいか樹木の緑が鮮やかである。最初にバスを降りたのはチュルク村(CELUK)の銀細工の店、村全体が銀細工を生業にしている。幸福を呼ぶお守り、ガムランボール(銀純度92.5%)を2個購入する。傍らの露店で大きいドリアンが1個1,000円で売られている。日本で買えば8,000円はする代物、安い!。P1080666昼過ぎ、バリ島随一の景勝地と云うキンタマーニ高原に着く。日本人には声に出すのが憚られる地名である。高台にある展望レストランで昼食をとる。テラスに出ると眼前にバトゥール山(1,717m)が聳え、眼下にバトゥール湖の青い湖面が広がる。なるほど眺望が良い。そして海抜1,200mの地は風が爽やかである。昼食メニューはインドネシア料理、副食の焼き鳥やバナナの餡かけ、黒米の黒蜜煮、サツマイモ菓子などが美味しい。 昼食を食べてからウブド村(UBUD)へ引き返す。にわか雨が降ってきたため棚田は車窓から眺めただけ、バリ島では三期作が可能なため、米は年3回収穫できる。値段は1キログラム当り60円(三期作米)から80円(二期作米)と言うので日本の5分の1位。田舎道は起伏が多く道幅が狭い。センターラインを引いてあるが贔屓目に見ても1.5車線幅、対向車が来るたびに冷や冷やする。13:45ウブドに着きネカ(NEKA)美術館を見学する。ウブドは外国人を含む多くの画家が創作活動をしている芸術村である。ネカ美術館には伝統的バリ絵画や現P1080668代インドネシア絵画など多くの作品が収蔵されている。ここの作品40点余を借り受け、 1997年に岩手県立博物館で「神秘と絢爛のバリ島絵画展」が開かれた旨の展示もある。1時間ほどで見学を切り上げウブド市場でショッピング、外国人相手の民芸品、雑貨市場であり、同じような品物を並べる小店が密集する。オーストラリア人や韓国人が多く日本人は少数派である。新型(鳥)インフルエンザが心配なので市場を敬遠し、道の向側の王宮見学へ行く。王宮といっても地方豪族の館といった趣の小規模なもの、見所は少ないが弁才天像(ヒンドゥー教の女神、サラスヴァティー)は美しい。再びバスに乗り、木彫りの村マス(MAS)へ行く。土産物屋に入るが欲しいものはない。木彫りの材料は、黒檀、白檀、ジャックフルーツ、スワール、チーク、ハイビスカス、椰子、ワニなど。17:30西海岸の村、タナ・ロット(TANAH LOT)に着く。海上の小島にタナ・ロット寺院が建ち、夕日に染まる空を背景に寺院尖塔のシルエットを眺めるのが一興らしい。引き潮の時には小島へ渡って参詣できるとのことで、渡し場があり人足が屯する。今日は生憎の雨雲が水平線上に厚く垂れ込め、夕日の沈む様を拝めない。P1080669 それにしても磯浜であるのに岩に付着する貝類や藻類はひどく貧弱である。寺院近くのレストランで夕食をとる。昼に続きインドネシア料理であるが、香辛料に変な癖はなく、穏やかで日本人の口に合う。ビンタンビールもうまい。20:15マスにあるパノラマホテル(PANORAMA H.)着、コテージ風平屋建て、周囲には田んぼが広がる。107号室に入ると、だだっ広い部屋の片隅にベッドがぽつんと置いてあるだけの殺風景、歯ブラシもシャンプーもない。参りました!、今時こんなホテルは珍しい。風呂に入り固形石鹸で髪を洗う。小学生以来50年ぶりのことである。部屋の壁をヤモリが徘徊しているが、幸い蚊はいないようである。疲れて22時頃ダウン。(続く)

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バリ島・ジャワ島 美しき島々をめぐる6日間

2009年2月20日(金) 5:30起床、雨、雪でなくてほっとする。妻に南柏駅まで送ってもらい7:02の電車に乗る。いつものように我孫子、成田で乗り換えて8:32成田空港第2TB着、9:00集合なので悠々間に合う。J社カウンターで受付を済ませると、「eチケットお客様控え」なるA4一枚の紙を渡される。P1080324従来の冊子綴り航空券に代るものらしい。いつの間にかシステムが変わり、省コストとエコが進んでいる。ガルーダ・インドネシア航空(GA)のカウンターに行くと早くも長蛇の列、傍にサーフボードやゴルフバッグの山もできている。バリ島でサーフィンやゴルフを楽しむ若い人が多い様である。 搭乗券を受け取り、スーツケース(SC)を預けて身軽になる。海外旅行保険の自販機の前に行き、各社の保証内容と保険料を較べる。結果、三井住友海上火災保険に入る。アジア地域・A06(6日間)タイプが4,000円、J社が薦めるものより3,000円ほど安い。出国審査を済ませ、96番搭乗口からGA881便デンパサール行きに乗り込む。ほぼ満席で、予定より40分遅れの11:40離陸、気流が悪いせいか暫らくの間ひどく揺れる。時計を現地時間に合せ1時間遅らせる。インドネシア人スチュワーデスは皆若いが、P1080662 目がギョロギョロしており美形とは言いかねる。ビンタン・ピルスナー(BINTANG PILSNER)を飲みながら読売新聞を読む。その後、持参の文庫本、東野圭吾の「分身」を読む。個人端末がないのでやや退屈であるが、お絞りやアイスクリームが出たりして他のサービスはなかなか良い。17:35(日本時間18:35)デンパサール国際空港安着、SCを受け取り、両替所へ行く。1万円が123万ルピアになって戻ってくる。成田空港だと92万ルピア(レート0.0109)にしかならないので随分違う。発展途上国の通貨は現地で両替したほうが断然良い。ターミナルビルの外へ出るとバリ島ガイドのアノム氏の出迎えを受ける。真冬の日本から来てみると南緯7度の熱帯の地はさすがに蒸し暑い。今回のツアーメンバーは9名、P10803311 迎えのマイクロバスで夕食会場の中華料理店へ行く。免税店(ガレリア)の2階にある店はガラガラ、料理も平凡である。バリ島のローカルビールであるバリ・ハイ(BALI HAI)を飲む。 食事をとりながら各自簡単に自己紹介をすると、メンバーは夫婦3組に姉妹1組、一人参加は自分だけである。年齢は55~70歳位、性格の良さそうな人ばかりでほっとする。早速皆から町村元官房長官に似ていると言われる。これまでも何回か言われたことがあるので似ているのかも。本人にその自覚は全くなく、まあ先方も迷惑かもしれないが、余り有り難くはない。昔は市川雷蔵似と云われたものを・・・、やれやれ。20:15ヌサ・ドゥア・ビーチ地区のリゾートホテル、MELIA BALIにチェックイン、スィートルームの2423号室に入る。室内は中二階構造で、2階部分にベッドと風呂がある。こんな部屋に一人で泊まって何とする。頭が痛くなりバファリンを飲む。そして風呂に入り、即ベッドにもぐりこむ。(続く)

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フキノトウ味噌

Dsc046432009年2月18日(水) 頂きもののフキノトウで今日はフキノトウ味噌を作りました。《レシピ》①フキノトウを水洗いしてから中芯に火が通る程度にゆでる。②一晩水にさらしてあく抜きする。③あく抜きしたフキノトウの水気をきっちり絞る(ふきんを使うと良い)。④細かく刻む。⑤フライパンにサラダ油とゴマ油をいれて火をつけ、刻んだフキノトウを入れてよく炒める。⑥砂糖と酒を入れてよくかき混ぜ、最後に味噌を入れて良く炒めると出来上がり。これまでフキノトウといえば天麩羅一本槍でしたが、フキノトウ味噌の風味も又捨て難く、すっかり気に入りました。炊き立てのご飯に乗せて食べると抜群の美味しさです。S様ありがとうございました。

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ニワトコの若芽

Dsc046952009年2月16日(月) 昨日、筑波山西麓の椎尾山で見つけたニワトコの新芽、関東では春に一番早く芽を吹く落葉樹のようです。山菜として利用できるとのことで少し摘んできました。夕食時天麩羅にしてもらい生れて初めて食べました。香りは特にありませんが、濃厚な旨味を感じます。然しながら、ニワトコは葉に有毒成分の青酸配糖体(サンブニグリン、コリン等)を含むので過食は禁物とされています。用心して1個だけ食べた妻は、暫らくして吐き気がするとのこと、胃腸薬を飲んで寝たようです。ビールのつまみに5個食べた自分は、暫らくして胸焼け・胃もたれ状態になりました。むかむかして不快でしたが、翌朝までには何とか自力回復しました。2個食べた娘は全く平気な様子です。という訳で、ニワトコの若芽は、少量であっても人によっては胃腸障害を起すようなのでお奨めできません。我が家の食卓に上るのも今回が最初で、そして最後になりました。

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筑波山大法源院最勝王寺

2009年2月15日(日) 筑波山塊の椎尾山を歩き終え、県指定文化財の「宋版一切経5,535巻」(昭和33年3月12日指定) を収蔵する最勝王寺を拝観に行く。Dsc04705所在地は桜川市真壁町東山田1614番地、 県道41号線から少し入った所、筑波山の北西麓にある。創建は天応元年(781)とのことなので椎尾山薬王院に匹敵する古刹である。宋版一切経(大蔵経)は平安時代末から鎌倉時代にかけて、栄西、重源ら入宋僧の努力で我が国に招来されたもの、それを護持していることは最勝王寺が当時大寺(最勝王経は護国三経のひとつなので、寺号から判断すると官寺?)であったことを物語る。経蔵前に建つ石碑の説明に拠ると、「唐土の仁宗皇帝、一夜夢みらく、神人枕辺に立ちて帝に告ぐ、『汝は元、日本武蔵国岡部の六弥太忠純なる勇者なり。上野国世良田山長楽寺開山栄朝禅師に帰依し種々善縁を結ぶ。汝その果報にて帝王に生るることを得たり。 早く財宝を日域に送りて報恩を謝すべし』と。帝、夢中Dsc04714の事を信じて大船三艘を発し種々 の宝物を積み長楽寺に送る。一艘は常陸の浜に到る。是には一切経、諸佛の尊像、幡蓋、幢幡等種々の佛器、中に喬曇弥手織りの幡蓋二旒あり。此より駅を経て馬漸く当寺に到り、止まりて遂に当寺の宝物となる、と伝えらる。然し是より約百五十年前、文永七年(1270)云々の箱書あり。此頃既に当寺に伝来しありたるものの如し。寛永十年(1633)天海僧正一切経開板に就き、当寺宝蔵の一切経を○○の為に使用し新本百廿余巻寄附せらるること上掲の額に依て明らかなり。昭和三十三年三月、茨城県重要文化財に指定せらる。 昭和五十四年四月 最勝王寺五十七世○○成之」とある。伝承はともかく、5,535巻のうち5,195巻が約900年前の南宋版木版刷り折本で、残りの300巻余は慶安元年(1648)に完成した天海版一切経(徳川幕府の支援で完成した寛永寺版一切経のこと)とのことである。鉄筋コンクリート製の経蔵の奥深く収蔵されており、公開されていないので見学は叶わない。本堂と最上部に建つ釈迦堂とにお参りして最勝王寺を後にする。

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椎尾山薬王院

2009年2月15日(日) 筑波山の西麓、男体山から派生する尾根上の隆起、椎尾山に登る序に、中腹に建つ天台宗の古刹、椎尾山薬王院にお参りする。「西の富士、東の筑波」と並称される筑波山は、Dsc04657 古くから人々の信仰を集めた霊山だけに、その山中・山麓には筑波山神社や大御堂を始め数多くの古社・名刹が建立されている。椎尾山薬王院もその一つであり、延暦元年(782)最仙上人の開基、桓武天皇の勅願寺と称する古刹である。「三重塔」、「金銅造 薬師瑠璃光如来坐像」、「椎尾山スダジイ樹叢」は茨城県指定文化財であり、「本堂」、「仁王門」、「木造 因陀羅大将立像」、「小金銅仏立像(四躯)」、「算額(二面)」は桜川市指定文化財と見所が多い。参詣順路に従い仁王門をくぐる。仁王門は元禄元年(1688)の完成、仁王像とともに風神像、雷神像も祀られている。Dsc04656 本堂は数度の火災を経て現在のものは延宝八年(1680)の完成、堂々たる建造物である。本堂に上り、薬師如来の真言「ヲンコロコロセンダリ マトゥギ ソワカ」を唱えてお参りする。堂内には、巨大眼鏡が置かれてあり、蔓の輪をくぐると眼病が癒ると云う。最近めっきり老眼が進み飛蚊症気味の我が眼を、今しばらく長持ちさせるためにと喜んで輪を潜る。堂内に開山堂もあり最仙上人像が祀られている。像の前に手書きの「開山最仙上人縁起」が掲げられており、それには、「最仙上人は今から一千二百年前、今の茨城県関城町茶花氏の長子として生れた。上人は幼い時から学問等に優れた才能を発揮し、神童と呼ばれるほどであったという。後に佛門に入り初めは法相宗に属していた。上人は当院の南谷にある椎の洞に篭り、朝に法華三昧の境に入り、夕に念佛観心をこらし、定慧兼備の名僧として世の中に徳を施していた。椎尾山略縁起を見ると次の一説がみられる。『偶々、上人の在す洞より紫雲棚引きて、光燦然として禁闕に及べり。桓武帝之を奇とし給ひ、 勅して侍臣を遣わし光源を尋ねしDsc04666め給ふ。勅使即ち光を便りて、当山南谷椎の洞に至り、上人に遇ひ修法の恵を問ふ。上人答へて曰く、吾は唯天下泰平国土安穏を祈るの外に他意なしと』。このことによって当院は桓武天皇の勅願寺として建立され、最仙上人の霊験あらたかな功徳は桓武帝、そして一般大衆に至るまで及んだという。そして上人は伝教大師最澄の高弟となり、宗派も天台宗に改められ、以来法灯一千二百年の歴史を今もきざみ続けている」と書かれてある。本堂の右側に建つ三重塔は茨城県内三塔のひとつに数えられ、38世学頭本孝(がくとうほんこう)、 39世尊孝(そんこう)が、大工棟梁桜井瀬左衛門安信の手によDsc04720り宝永元年(1704)に完成させたもの、桜井安信はその8年後に成田山新勝寺三重塔も完成させており、当代きっての宮大工であったろう。建築様式が奈良法隆寺の五重塔に似ていると云われるだけあって重厚な建造物である。すっかりお参りと見学を済ませてから、薬王院の裏山、スダジイの巨木に覆われた椎尾山へ登りに行く。因みに、県天然記念物(平成6年1月26日指定)の椎尾山スダジイ樹叢は、境内と裏山斜面一帯2.6ヘクタールの範囲にあり、樹齢300年から500年と推定されるスダジイの古木が10数本生育している。他にクスノキ、ケヤキ等の大木もあり、加えて108科395種の植物相、37科111種の動物相が確認されている。自然環境保全上貴重な樹叢である。

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黒豆と南京豆

2009年2月14日(土) バレンタインデーの頂きもの、チョコレートとフキノトウとホウレンソウと一緒に、息子のお嫁さんが持ってきてくれました。チョコレート以外は全て沼南町(現柏市)の実家の畑でとれたもの、安心安全な純国産品であります。黒豆は来年の正月の煮豆と寒餅用に大事に冷蔵庫に保存しておく積りです。南京豆は、殻を剥いて炒って食べるのが一番シンプルですが、どっさりあるのでピーナッツ味噌、ピーナッツバター、ピーナッツジャムにチャレンジする積りです。S様、いつもお気遣い戴き誠にありがとうございます。Dsc04748Dsc04745

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寒餅搗き

Dsc046402009年2月9日(月) 毎年恒例の寒餅つき、昨日山遊びに行って帰宅したら済んでいました。胡麻餅と豆もちの2種類、餅米3升分です。今日餅切りを引き受け(実際には命じられ)、半日かかってようやく切り終えました。明日から座敷一面に広げて乾燥させます。暫らく部屋塞ぎになりますが、乾燥中の景色は我が家の冬の風物詩であります。乾燥品は焼いて良し揚げて良しのすぐれもの、又、保存性も高いので万が一の場合の非常食にもなり、これだけあれば安心できます。

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc046222009年2月7日(土) 千葉菌類談話会の会員でもある浅井郁夫さんのホームページ「きのこ雑記」の昨日の記事「ハンノキのキンカク菌」に触発されて、久し振りにきのこ観察に出かける。行き先は近所の根木内歴史公園、たしか湿地帯に何本かハンノキがあって、只今花穂(雄花序)を垂らしていたような気がする。目指す場所に着いて、根際の落葉を掻き分けると直径3mmくらいの極小のチャワンタケが辛うじて2本見つかる。掘り出してみると黒色に子座化した雄花序から子実体を伸ばしている。なるほど、又一つ先達のお陰で識見が増える。有り難い。まだ名前はついていないようであるが、ハンノキキンカクチャワンタケとでも命名されるのであろう。本丸に登り、ヤブツバキの大樹の下でツバキキンカクチャワンタケも探してみる。ようやく1本見つけて、納得し引き揚げる。

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シイタケ栽培

Dsc04572 2009年2月2日(月) 先月仙台に帰省した折、南蒲生の松林で拾ってきた間伐材のサクラとハリエンジュ(ニセアカシア)、そして近所の森から拾ってきたシラカシとミズキ(?)を適当な長さに玉切りし、シイタケの種菌を植えつける。通常、ホダ木には軟らかい材質のクヌギやコナラが用いられるが、拾ってきた樹木はいずれも堅く、電気ドリルで孔を空けるのに四苦八苦、計13本の原木に種菌植え付け用の孔を200個あけるのに10日間もかかる。本日ようやく植え付け作業が完了、敷地北側の陽の当らないフェンス際に原木を立て並べる。 早ければDsc04598来年秋、遅くとも再来年春には、傘径20センチメートルを超える大型シイタケが食べきれない位採れる筈、と夢は際限なく膨らむ。それなのに、家人には全くの不評、「北側の通路が狭くなる」の「ミョウガが採れなくなる」のとぶつぶつ。その上、電気ドリルとシイタケ錐と種菌の費用合計3,900円也を聞くや、「それなら最高級品の大分県産や宮崎県産のどんこ椎茸が山ほど買えたのに、うーん勿体無い!」との極め付き。口惜しいけれども今日もまた忍、忍、忍。所詮女子供(一般論ではありません)に男のロマンは分からない。因みに、今回ケイヨーD2で購入した種菌は、商品名が「キノコのタネ・しいたけ200個・棒型」、製造元は「日本農林種菌株式会社」(静岡県裾野市佐野464-1、℡055-992-0457)であり、一袋598円でした。他にナメコ、ヒラタケの種菌もあります。

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