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筑波山大法源院最勝王寺

2009年2月15日(日) 筑波山塊の椎尾山を歩き終え、県指定文化財の「宋版一切経5,535巻」(昭和33年3月12日指定) を収蔵する最勝王寺を拝観に行く。Dsc04705所在地は桜川市真壁町東山田1614番地、 県道41号線から少し入った所、筑波山の北西麓にある。創建は天応元年(781)とのことなので椎尾山薬王院に匹敵する古刹である。宋版一切経(大蔵経)は平安時代末から鎌倉時代にかけて、栄西、重源ら入宋僧の努力で我が国に招来されたもの、それを護持していることは最勝王寺が当時大寺(最勝王経は護国三経のひとつなので、寺号から判断すると官寺?)であったことを物語る。経蔵前に建つ石碑の説明に拠ると、「唐土の仁宗皇帝、一夜夢みらく、神人枕辺に立ちて帝に告ぐ、『汝は元、日本武蔵国岡部の六弥太忠純なる勇者なり。上野国世良田山長楽寺開山栄朝禅師に帰依し種々善縁を結ぶ。汝その果報にて帝王に生るることを得たり。 早く財宝を日域に送りて報恩を謝すべし』と。帝、夢中Dsc04714の事を信じて大船三艘を発し種々 の宝物を積み長楽寺に送る。一艘は常陸の浜に到る。是には一切経、諸佛の尊像、幡蓋、幢幡等種々の佛器、中に喬曇弥手織りの幡蓋二旒あり。此より駅を経て馬漸く当寺に到り、止まりて遂に当寺の宝物となる、と伝えらる。然し是より約百五十年前、文永七年(1270)云々の箱書あり。此頃既に当寺に伝来しありたるものの如し。寛永十年(1633)天海僧正一切経開板に就き、当寺宝蔵の一切経を○○の為に使用し新本百廿余巻寄附せらるること上掲の額に依て明らかなり。昭和三十三年三月、茨城県重要文化財に指定せらる。 昭和五十四年四月 最勝王寺五十七世○○成之」とある。伝承はともかく、5,535巻のうち5,195巻が約900年前の南宋版木版刷り折本で、残りの300巻余は慶安元年(1648)に完成した天海版一切経(徳川幕府の支援で完成した寛永寺版一切経のこと)とのことである。鉄筋コンクリート製の経蔵の奥深く収蔵されており、公開されていないので見学は叶わない。本堂と最上部に建つ釈迦堂とにお参りして最勝王寺を後にする。

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