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鷲子山上神社

2009年3月15日(日) 山方町のDsc04938盛金富士登山の帰り道、茨城・栃木県境にある鷲子山(とりのこさん)まで足を延ばし、 山頂に建つ鷲子山上神社にお参りする。山頂直下の駐車場に車を駐め、先ず中峰に建つ本宮にお参りする。左手の石段を登ると、社殿の前に金運不苦労柱が建ち、その周りを四神の御柱が取り囲む。更に四神の御柱が支える台座に日本一の大フクロウ(平成20年5月建立)が祀られている。どうやら鷲子山上神社ではフクロウを不苦労と表し、金運幸福を招く神様のお使いとしているようである。大フクロウ以外にも色々な形と大きさのフクロウが境内に奉納されている。指示通り、備え付けの棒で金運不苦労柱を3回たたき抱きかかえる。社殿の前へ進み、お白石(福石)を2個取って福運びフクロウの籠に入れてからお参りする。那珂川町が立てた説明板「日本の自然百選 鷲子山」によると、『山頂には鷲子山上神社があり大同二年(807)の創建で天日鷲命(あめのひわしのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)をお祀りしています。記録では将軍源頼朝が社殿修理料を献納、地方豪族も深く尊信し徳川幕府は朱印地(社領)二十石、除地Dsc04950(免税地)百石を寄進しています。御本殿はもと本宮の地にありましたが天文二十一年(1552)現在の峰に移り天明八年(1788)大改築がなされました。 このほか楼門安養閣・鐘楼・奥山稲荷・本宮等があり、老杉古木にかこまれ、古来より霊峰と呼ばれ、またかつての修験道の霊場でもありました。建築は豪壮と繊細の中世と近世の様式が混存し各所に神仏混淆の跡を残しています。祭礼は春四月十七日が例祭、秋十一月第三土曜・日曜に夜祭・新嘗祭が斎行されます。特に第三土曜日の夜祭は創建以来の古儀秘伝を存しています。云々』とある。天日鷲命は製紙に縁のDsc04958ある神様、 美和村(現常陸大宮市)は昔から和紙の里として知られ、鳥子紙という良質の紙を漉いてきた所なので、神社の名称と祭神もその事に由来するのであろう。次に本殿へ向うと、大鳥居の前に県境を示す看板が立っている。山頂に建つ本殿境内を茨城県常陸大宮市と栃木県馬頭町の境界が通っており、社務所も参道の両側にひとつずつ置かれている。宮司も別らしい。また随身門と本殿は両県の文化財に指定されている念の入れ様である。社務所から拝殿前まで登る石 段は96段あり、往復すると二九六(不苦労)ということになり幸運をもたらすと言う。いろいろ工夫を凝らしてある。石段登り口の両側に、文久二戌年(1862)銘の本社屋根銅板寄進碑と昭和57年(1982)銘の奉改修御社頭石段寄進碑とが建つ。寄進者の中に江戸時代後期に鳥子紙を生業にして財を築いたという薄井家の名前は見当たらない。本殿の傍らには栃木名木百選に選ばれた鷲子山の千年杉(樹齢1,000年、周囲7m、直径2m20cm)が聳える。他にも鬱蒼たる老杉、古木が霊域を取り囲む。本殿にお参りした後、今が花盛りの寒椿の林を通り抜け境内最奥の奥山稲荷にも参詣する。山頂を後にし、亀井戸でご神水を一杯試飲してから車に戻る。

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