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スリランカの料理

写真上:ライス&カリー、大皿にご飯、野菜カリー、肉カリー、魚カリーなどを盛り付け、ご飯とカリーを混ぜて食べる。同中1:ココナツミルク入り御椀型クレープのアーッパ、激辛野菜煮込みやチリソースをつけて食べる。同中2:手前のきんとん様のものがジャックフルーツサラダ、味はポテトサラダ似。同中3:水牛乳のヨーグルト、固くてねっとり、コクがある。ヤシ蜜をかけて食べると美味。同下:フルーツ各種。パイナップルや短形バナナは甘い。P1090262 P1090269  P1090263   P1090271_2 P1090264

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アンバランゴダの仮面博物館

2009年4月28日(火) 5:15起床、蚊の襲撃に遭い又もよく眠れず。さすがに高地、朝は冷える。お湯を沸かしモーニングP1090341コーヒーで暖まる。6:30朝食、目玉焼きとパッションフルーツを食べる。 今日までグループの20名は全員元気、誰も体調を崩していない。つまり、カットフルーツ、生野菜、ヨーグルト等を食べても問題ないということ、インドより衛生状態は良さそうである。7:15出発、今日は山を下りてゴール(Galle)迄8時間のロングドライブ、覚悟を決める。大型バスで一人2席占有なのでゆとりはあるが、後席ほど振動と騒音がひどい。長時間乗車ともなればかなり堪える。茶摘みの風景を写真に収めたり、紅茶店(ST.CLAIR'S TEA CENTER)で休憩したりしてゆるゆる山を下る。谷向いの山崖には大きな滝が何本も懸かる。途中、スリランカ随一の霊山アダムス・ピーク(標高2,238m)P1090342を遠望する。狭いくねくねの山道が続き、登っているのか下っているのか不分明になる。 時々現れるHOTELの看板は、宿泊施設ではなく食堂や喫茶店とのこと。11:45 AVISSAWELLAの町を通過、やっと平場に出る。まだゴールへの道程の半ば位の所であるが、そろそろ腰が痛み出す。12:10 Hanwellaという町の河畔に建つレストランで中食、スリランカ料理にも飽きてくる。14:15カルタラ(Kalutara)という町で、海岸沿いを走る国道2号線(ゴール通り)にぶつかる。波穏やかな紺碧の海、インド洋がどこまでも広がる。15:05ようやくアンバランゴダ(Ambalangoda)にある仮面博P1090345物館に到着、本日唯一の見学場所である。仮面はもともとこの地域の悪魔祓い の儀式に用いられたもので、今でも仮面工房が数多く存在する。博物館は1階2室のこじんまりしたもの、最初の部屋には新年等の祝祭に行われる仮面劇コーラム用の仮面が、次の部屋には病気治癒を目的に行われる悪魔祓いトウィル用の仮面が展示されている。秋田のなまはげを彷彿させるものもある。博物館を後にし、同町のスーパーCARGILLSに立ち寄る。昨日のヌアラ・エリアのスーパーと同系列で、始めは英国資本であったが、今は地元資本の経営である。野菜売り場を覗いて見ると、青トウガラシ、赤カブ、赤タマネギ、インゲン、オクラ、カボチャ、キャベツ、キュウリ、ゴーヤ、コリアンダー、シシトウ、ジャガイモ、生姜、白瓜、ダイコン、タマネギ、トマト、ナス、ニンジン、ニンニク、ネギ、バナナ、バナナの花、ヒョウタン、ブロッコリー、ヘチマなどが並んでいる。バナナの花を除けば日本の野菜売り場とさほどの違いはない。珍しいので孔雀ヤシの蜜を一瓶購入する。スーパーで買物をしているうち、バスは駐車違反の切符を切られてしまう。罰金は1,000Rs.(1,00P10903430円)、 運転手が気の毒なので皆で50Rs.づつカンパする。17:00やっとゴールのホテル、ウワナトゥナ・ビーチ・リゾートに到着。ヌワラ・エリアを出てから10時間、これほど難行苦行を重ねてやって来る価値があるのか疑問になる。むしろ、コロンボで丸1日ゆっくり観光する方が、体も楽だし、日程に余裕も生れる。106号室に入ると設備は古いがMWが置いてある。 夕食にはまだ早いのでビーチ散策へ。白砂青松の美しい海岸線が延び、砂浜にはグンバイヒルガオの緑が広がる。ビキニ姿で長椅子に寝そべる白人の若い女性が眩しい。傍らの椅子に坐り、目をつぶって波の音に耳を傾ける。なぜか「太陽がいっぱい」のラストシーンが思い浮かぶP1090346。部屋に戻って、南アルプスの天然水を沸かし、明星のワンタン春雨と日本茶を作る。19:30から漸く夕食、野菜の天麩羅を肴にライオンビールを飲む。偶々、明日がT氏の誕生日とのこと、旅行会社からケーキの差し入れもあり、皆でお祝いする。T氏はメンバーの中で一番若く、ある時はタンザニア派遣のJAICA青年海外協力隊員、ある時はインド漂白の旅人、多彩な経験を持つ行動派である。一人参加同士の誼で一番良く話をする。今回の同行メンバーの内訳は、夫婦4組、女性の旅友達が3組、一人参加の男性4名、同女性2名の合計20名、何れも旅の達人揃いで中には既に90ケ国を廻ったご夫婦もいる。部屋に戻って風呂から上ると22:00、改めてSCの最終荷造りを行う。(続く)

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アラック・ARRACK・阿利吉酒

Arrackdsc06126スリランカを代表するお酒アラック、2本購入してきました。ココナツヤシの花序(花をつけた茎)を切って、滲出してくる樹液を集め、醗酵・蒸留させて造るようです。左は、ヌワラ・エリアのスーパーで購入したエクストラ・スペシャル、750ミリリットル容、アルコール分33.5%、価格は580Rs.(580円)でした。右はコロンボ空港の免税店で購入したV.S.O.A.(Very Special Old Arrack)、750ミリリットル容、アルコール分36.8%、価格は13ドル(約1,300円)でした。どちらも未だ開栓しておりませんが、スリランカ航空の機内で試飲した感じではラム酒の風味に限りなく近いようです。製造元は両方ともDISTILLERIES COMPANY OF SRI LANKA PLC.、一度製造工程を見学したいものです。

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避暑地ヌワラ・エリア

2009年4月27日(月) 5:00起床、ガイドブックを読み返し、これまでの復習を行う。部屋に蚊はいないが、ここも空調の音が騒々しい。髯を剃り日焼け止めクリームを塗る。6:30ドアの外にSCを出し朝食へ。スイカジュースに目玉焼き、それと水牛ヨーグルトにヤシ蜜をかけて食べる。02 8:00ホテルのマイクロバスで大型バスプールへ送ってもらい、観光バスに乗り換えて出発。昨日まで5箇所の世界遺産を廻ったので、今回の旅も山場を越える。今日からはいよいよ買い物ツアーの始まり、走り出して直ぐ宝石店(Premadasa & Co.Ltd.)に立ち寄る。スリランカといえば宝石の島、ダイアモンド以外は何でも出る。サファイアだけでも10種類以上あり、ダイアナ妃が結婚式の時に着けたブルー・サファイアも、世界一のキャッツアイもスリランカ産である。マルコ・ポーロの東方見聞録にも記述があるそうな。日本で買うよりは安いかもしれないが、良いと思うものは5万円以上、なかなか手が出ない。 10:30キャーガッラ(Kegalla)の郊外にあるピンナワラの象の孤児院に到着、川で水浴びする子象たちを眺める。大きさはまちまち、親P1090331を亡くしたり親にはぐれた子象50頭余りを保護している施設であるが、大きくなれば象使いや寺院に引き取られる。側の土産物屋で名物のエレファント・ペーパー(象の糞が原料)のメモ帳を2冊購入する。中食も傍らのレストラン(Elephant Bay Restaurant)、魚のフライが美味い。LION GINGER BEERなるものを飲んでみたが、ただの生姜エキス入り砂糖水、一応コカ・コーラ社製である。12:30再びバスに乗りヌワラ・エリアへ向う。水田はちょうど田植え時、景色は日本とさして変わらない。やがてバスは山中に分け入り、辺りは一面の茶畑に変わる。 紅茶は生育地の標高により3種類に分類され、1,500m以上がHigh Grow、1,500m~500mがMedium Grow、500m以下がLow Growとのこと、勿論H.G.が一番高級である。スリランP1090332カでは365日茶摘を行う。しかも全て手摘みである。そんな説明を聞きながら車窓を眺めていたら、突然ヒンドゥ教(?)の祭りの一団に出くわす。何と男性が6本の鈎針を背中や脚に突き刺され、ワイヤーで空中に吊るされている。最初は祭りとは思えず、てっきり私刑か何かと思ったが、さにあらず、神への信仰の証し(修業)というから二度びっくり、なんともすさまじい荒行があったものである。高度が増すにつれめっきり涼しくなる。茶畑撮影のためバスを停めると、 地元の少年達がカブやレタスを売りに来る。高原野菜ということで低地に住む人々には珍しいのであろう。16:30マクウッド社のラブケリー工場(Labookellie Tea Center)に到着する。同工場はスリランカ最古の紅茶工場であり、ISO9001もHACCPの認証も受けている。萎凋、揉捻、醗酵、乾燥、等級区分、ティスティング、梱包とある製茶工程をひと通り見学させてもらう。確かにP1090335工場内は清潔であり、従業員はきびきびしている。喫茶室で紅茶を一杯ふるまわれ、そして売店へという段取り。お土産として配るのに価格は手頃、見栄えも良いとあって、皆が何箱も買い込み、たちまち商品棚が空になる。そこでも自重して、OP(オレンジ・ペコー)とBOP(ブロークン・オレンジ・ペコー)と BOPF(ブロークン・オレンジ・ペコー・ファニングス)を各1箱づつ購入するに止める。OP、BOP、BOPFというのは、茶葉の大きさにより等級分けしたもので、どれが高級というものではないが、単位重量当りの価格で見るとOPがBOPやBOPFの2倍、やっぱりフルリーフが一番高い。因みに、乾燥工程のサイクロンで集めたダストは主にティーバッグ用とのこと、いろいろ勉強になる。海抜1,800mの峠を越えてヌワラ・エリア(Nuwara Eliya)の町に入る。周囲にゴルフ場が多く、プレー代は1日5,000円程度、英国人の避暑地だっただけに街もどことなく垢抜けている。ホテルに入る前に一般の市場見学、通りの彼方にスリランカ最高峰のピドウルタラガーラ山(標高2,524m)が見える。P1090339 市場には野菜、果物、穀類、豆類、各種スパイス、干し魚など実に豊富な食材が並んでいる。路上に坐り、古靴や古草履を重ね並べる人がいる。まさか売り物とは思えないし、正体不明の御仁である。17:30セント・アンドリュースホテル着、114号室に入る。カーテンと椅子カバーがお揃いのタータンチェック柄、今回一番の瀟洒なホテルである。しかも初めての浴槽付き、何より電気ポットと紅茶・コーヒーのサービスもある。なんだか嬉しくなる。19:00から夕食、これまた初のセットメニューで上品である。デザートのチョコレートムースが絶品。食事を済ませてから有志でスーパーへ買物に出かける。海抜は2,000m位か、外は上着がないと寒い。皆、菓子類や豆類(ヒヨコ豆)を大量に買い込む。そこでも自重し、アラック(ARRACK)の750ミリリットル瓶1本を購入するに止める。久し振りに湯に浸かり、のんびりくつろぐ。風呂から上ると22:00、アラックをタオル等でぐるぐる巻きにし、SCの真ん中に詰め込む。(続く)

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スリランカで出逢ったきのこ

P10902682009年4月26日(日) 古都キャンディにあるペーラデニア植物園の中で見つけたもの。腐朽が進んだ倒木に2本だけ生えていました。傘径は5㎝ほど、ちょっと見はムキタケに似ていますが、傘裏は微細な管孔であり、イグチの仲間のようです。材上生のイグチを見るのは初めてなので少し驚きました。(日本にもアヤメイグチやオオキノボリイグチなど材上生のイグチがありますが、駆け出しのため見たことがありません)。ガイドのプラバート氏の説明によると、スリランカでも山採りのきのこを食べるとのことでしたが、見物した市場には全く見当たらず、料理にも使われている形跡はありません。旅行中、ひたすら切株や倒木を観察したものの、出逢いは只の一種類、きのこに関しては収穫の乏しい旅に終わりました。

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聖地キャンディ

2009年4月26日(日) 6:10起床、髯を剃り日焼け止めクリームを塗る。6:45朝食、目玉焼きとバナナを食べ紅茶を飲む。7:45出発、走り出すと間もなく、プラバート氏が今晩キャンディでアーユルヴェーダ・マッサージを受けたい人を募る。2時間コースで8,000円、5、6人の手が挙がる。P10903178:35ダンブッラ近くのろうけつ染め工房、Henry Batiksに立ち寄る。図柄、質感ともいまいち、これならインドネシアの方が優れる。ダンブッラの町を過ぎ、道端の果物屋でマンゴーを試食する。完熟品で甘く美味、因みにマンゴスチンは1個15円。キャンディに通じる幹線道路はその先で通行止め、何でも道路に大木が倒れたとのことで急遽間道に入る。 抜け道はその狭い道しかないらしく、対向車も次々にやってきてすれ違うのに一苦労、大渋滞に陥る。村の人は大型観光バスを見るのは初めてらしく、皆戸口に出てきて見物、山間僻地にしては意外にどの家も綺麗である。漸く幹線道路に復し、 11:20 Kaudupelella村にあるランウェリ・スパイスガーデンに立ち寄る。アロエ、ウコン、カカオ、コショウ、トロボ、ナツメグ、バニラ、赤パイナップルなど園内植物を案内してもらいP1090321、ハーブティーとスリランカ養命酒を馳走になる。特製のカリー粉には肉用と野菜用の2種類があり、前者は15種類、後者は7種類のスパイスをブレンドしてあるとのこと、ガイド氏は日本語ペラペラの説明上手、そのお陰で売店のカリー粉が飛ぶように売れる。自重してカリー・リーブズ(スリランカ独特のスパイス、ローレルとは異なる)のみ購入する。序にヴィヤディ・モダキャ(回春薬)も買うべきだったかもしれない。スパイスガーデンの道路向にあるレストランで昼食をとる。ジャックフルーツのサラダを初めて食べる。ちょうどポテトサラダのような味、まずくはないが平凡。レストランの庭に生るアボガドとカシューナッツの実が珍しい。スリランカではたいていの家で自家消費用に果樹を植えているとのこと、羨ましい。13:20美人の産地で名高いマータレー(Matale)の町にさしかかり、ヤシの葉仏典の元祖を作り出したと云われる石窟寺院アルヴィハーラの前を通過する。そこから道は峠へ登っていく。13:50イスラム系住民が多いアクラナ(Akurana)の町を通り過ぎる。所々に製材工場があり原木はヤシの木が大部分、非常に硬くて丈夫であるらしい。14:10スリランカ一の大河マハヴェリ川の河畔にあるペーラデニア植物園に到着。総面積5.6平方キロメP1090283ートル、植物の種類は4,000種以上もあるとのこと、1時間の見学時間ではとても足りない。それでもプラバート氏は熱心に案内してくれる。 セーシェル諸島のプララン島原産の双子ヤシ、ミャンマー原産の世界最大の竹GIANT BAMBOO、日立のCMにそっくりの大ジャワ・ビンロー、天皇陛下が皇太子時代の1981年3月5日に植樹された記念樹など。運良く園内の倒木にイグチ科のきのこが発生しているのも観察する。それにしても若いカップルが多い。園内のベンチの競争率は極めて高いらしく、開園と同時に埋まってしまうとか、あちらにもこちらにもアツアツの姿が見られる。入園料は我々外国人は600円、現地の人は30円、何と20倍もの開きがある。植物園を後にし、キャンディへ向う途中、一軒のシルク屋でトイレを借りる。そこの可愛い売り子にせがまれて、ついつい日本から持ってきた団扇をあげてしまう。この先もスリランカ旅行には欠かせないのに・・、年々歳々美人の定義がゆるくなる、困ったものである。先ずレーク・ビュー・ポイントなる見晴台に上がり、キャンディ市街地と仏歯寺、キャンディ湖を眺める。キャンディ(Kandy)は、2,000年以上続いたシンハラ王朝の最後の都である。 1592年の遷都から、イギリスの完全植民地化により滅亡する1815年まで、シンハラ文化の華を咲かせた古都である。町の中心にある仏歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)には、紀元4世紀にもたらされたと伝えられる仏陀の犬歯が祀られており、かつては王権の象徴として、現在はスリランカ仏教徒の信P1090322仰の中心として、大切に護持されている。仏歯寺へ参拝に下りると、門前は全国からやって来る善男善女で大賑わいの有様。内部は柱も壁も天井も極彩色の仏教彫刻や壁画で彩られ、贅の限りを尽くした壮麗な寺院である。建物の中心に仏歯を祀る仏歯堂があり、2階正面扉前は祈りを捧げる敬虔な信者で溢れている。お賽銭をあげ、短く真言を唱える。仏歯堂1階の象牙で結界された祭壇の黄金仏、彫刻の門、永平寺寄贈の梵鐘などを巡って拝観を終える。この頃から又も同行のメンバーに「町村さん」と呼ばれるようになる。他人が見るとよっぽど似ているらしい。やれやれ、若い時分は円月殺法の市川雷蔵似と言われたものを・・、まあ、旅も4日目、お互いに打ち解けてきた証であろう。その足で、近くのキャンディ芸術協会で行われるキャンディアン・ダンスの鑑賞に廻る。17:30から1時間、ドラムを激しく連打するマグル・ベラに始まり、女性達が優雅に舞うプーP1090327ジャ・ナトゥマ、 戦場へ赴く勇士を表すパンゼル・ナトゥマ、コブラの踊り、仮面をつけた悪魔祓いの踊りラクッシャ・ナトゥマ、勝利を祈る孔雀の舞いマユラ・ナトゥマ、ラパンの踊り、ヴェの踊り、燃え盛る松明を肌に押し付けたり口に含んだりするギニ・シシーラ、最終章の火渡りの儀式と全10幕が息継ぐ間もなく次々と繰り広げられる。燃え盛る炭火の上を裸足で歩くなぞ人間業とは思えぬが、よくよく見ると彼等の足裏は靴底のように分厚い。普段から素足で暮らして鍛え抜いてあり、我々のような柔な足とは全く異なる。19:00山上に建つホテル・トパズにチェックイン、112号室に入る。19:30からレストランで夕食、ココナツミルク入りお椀型クレープのアーッパ(Appa)に、激辛野菜炒めやチリ・ソースを乗せて食べる。辛いのでライオンビールが美味い。部屋に戻り、シャワーを浴び髪を洗う。ガイドブックを眺めるうちに眠くなる。(続く)

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スリランカのビール

P1090255今回のスリランカ旅行中に飲んだビールは2種類、ライオン・ラガー(LION LAGER)とゴールドブリュー・ラガー(GOLDBREW LAGER)である。1881年創業のLION BREWERY社が造るライオン・ラガーはナショナルブランドであり、各地のホテルやレストランに万遍なく置いてある。一方、ゴールドブリュー・ラガーはローカルビールらしく、ポロンナルワ市の宿泊先のレストランで出合っただけである。いずれも625ミリリットル入りの大瓶で、値段はライオン・ラガーが320~380円、ゴールドブリュー・ラガーが300円と格安。ツーリスト価格にP1090258してもスリランカは良心的である。色調はやや濃く、赤味がかっている。香味はしっかりしており、喉ごしもまずまず。スリランカは1815年以来130年間、イギリスの植民地支配を受けていたので、てっきりエールタイプかと思ったが、しっかりと低温熟成させたラガービールのようである。能書きはともかく、蒸し暑いスリランカで飲む冷たいビールには、人生の至福の味がする。

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古代都市シーギリアと古都ポロンナルワ

2009年4月25日(土) 5:45起床、エアコンは静穏だったが今度は蚊がうるさい。コンセントが一個しかなく、デジカメ充電に当てたため電気蚊取り線香が使えない。夜中3匹撃墜、2箇所刺される。やれやれ。6:30から朝食、目玉焼きとバナナを食べ紅茶を飲む。7:30出発、いよいよ旅のハイライト、世界遺産「古代都市シーギリア」観光へ向う。早朝なので野生動物が見られるかもと、バスはジャングルの中の間道を進む。スリランカには、アジア象、イノシシ、サンバー(大鹿)、ヒョウなど大型の動物が棲息し、国立公園や自然保護区ではサファリも行われている。P1090293 そこまでは行かないが、雉、孔雀、ジャッカル、マングースなどを見ることが出来、ミニサファリを味わう。世界広しと雖も、スリランカほど人間と動物が蜜月状態で暮らしている国はなく、まさに野生の王国である。最後のアクセス道路は藪の小道、突然の大型バスの進入に驚いて黒い蜂がぶんぶん襲いかかる。8:40シーギリア到着、都城を囲む堀を渡り参道に入る。左右は水の広場と呼ばれる庭園で、沐浴場や噴水設備跡も見られる。前方に切り立った赤褐色の岩山、シーギリアロック(獅子の山)が現れる。ちょっと登れそうもないほど威圧感がある。この山上に王宮が築かれたのは5世紀後半、狂気の王カッサバ1世の時代である。短命政権であったため僅か11年で廃都と なったシーギリアが、今ではスリランカを代表する観光資源となっている。蓋し歴史の皮肉である。山頂までは1,200段の階段があるという。この暑さの中、山寺(1,000段余)以上の階段登りかと思うとうんざりするが、天女達(シーギリア・レディ)に逢わずには帰れない。たちまちヘルパーと称する地元の人々が「アシスタント!、アシスタント!」と言いながら寄って来る。階段で手を引いたりお尻を押したりしてくれるそうであるが、中には悪質な者もいるというので用心して誰も頼まない。ピンク大理石製の石段を延々と昇って行く。プラバート氏も心得たもの、見晴らしの良いP1090297 箇所で、都度休憩を入れてくれる。途中の石窟の天井に天女の絵が2体かすかに残るが、劣化が進んでおり、顔や持物はわからない。中腹のミラー・ウォール(鏡の回廊)に辿り着くと、そこからは岩壁を垂直に登る螺旋階段が待ち受ける。周囲を金網で囲っているので危険はないが、下界の見晴らしが良すぎるため高所恐怖症の人は堪らない。螺旋階段の最上部にオーバーハングした岩壁があり、天女像はそこに描かれている。見学用の足場が岩壁に沿って横に延びる。一応遮光用の布がかけてあるので恐怖感はないが、布の隙間から見える足下の高度感は 妙義山の丁須岩をも凌ぐ。足場板に乗る人の人数制限もしていない様子、ひやひやする。嘗ては500体ほど描かれていたという天女のフレスコ画も、1,500年の風雨に晒されるうちに殆どが失われ、現在残っているのは僅かに22体(18体、23体とする資料もある)である。いずれも妖艶な美女が散華している様子を描いたものであるが、完成当初は極楽浄土もかくやの華やかさであったろう。最初の6体を撮影していると、監視人(?)が手招いてくれ、仕切りの奥にある7体の写真も撮るよう勧められる。後で1ドルのチップを請求されたが一体あの人は何者、遺跡の管理はどうなっているのだろう。それはともかく、お陰で13体もの天女像に出逢え大満足、P1090302確かにスリランカ美術の白眉といえる。螺旋階段を下り、ミラー・ウォールを通り抜けて、 中腹にある広場、ライオンの入口に辿り着く。ミラー・ウオールには7~11世紀頃シンハラ文字で彫られた叙事詩が残されている。ライオンの入口は、今でこそ頭胸部が崩れ落ち、前足の爪の部分しか残っていないが、往時の威容が十分窺える。そこから山頂まで岸壁に沿う急な鉄製階段が延びている。そこで21人中10人がリタイア、木陰で待機することに。10:10山頂着、風が涼しい。石積みの基壇と貯水池が残るだけの王宮跡から360度の展望を楽しむ。視界を遮るものは何もなく、シーギリアの中原は緑濃い。 下りにかかると突然蜂の大群が現れる。真っ黒な小型の蜂でスズメバチではなさそうであるが、黒雲の湧く勢いで恐ろしい。刺されて病院行きになった団体もあるとのこと、事実、ライオンの入口広場には避難小屋もある。良く見るとP1090304断崖のあちこちに蜂の巣がぶら下がる。蜂を刺激しないようにそおっと静かに下りる。ミラ・ウォールを通り抜けると一安心、そこから下り専用の階段を下りる。玉座のある会議堂跡、礼拝堂、コブラ岩などを見物しながらバスに戻る。それにしても他に外国人観光客の姿は殆どない。クラ・ツーの団体パック旅行も今回が再開2回目、やはり内戦が影を落としている。シギリ貯水池越しのシーギリアロックを眺めた後、近くのホテル、シーギリア・ヴィレッジで中食をとる。野菜カリーとパパダンとフルーツサラダを食べ、コーラを飲む。食後プールサイドの長椅子でまどろめば、もう何も言うことなし。 12:30出発、世界遺産の「古都ポロンナルワ」観光のために引き返す。スリランカの人々はフレンドリー、大人も子供も観光バスに笑顔で手を振る。ポロンナルワは米作地帯、水源となるパークラマ・サムドラはスリランカで3番目に大きい貯水池とのこと、貯水池といっても広大で周囲30キロメートル、とても人口湖とは思えない。全国に大小10万箇所の貯水池があるらしく、シンハラ王朝は紀元前後の早くから灌漑用貯水池を建設するなど、高度な土木技術を有していたのである。因みP1090306に米の値段が1キログラム65円、月給は平均2万円(都市労働者?)というから、物価は日本の10分の1程度と思われる。農業国で貧しいけれども、イモ類などを豊富に産し、喰うには困らない。 人々の表情が穏やかな理由であろう。14:00からポロンナルワの遺跡地区見学、ポロンナルワは、10~12世紀にシンハラ王朝第二の都(アヌラーダプラから遷都)があった所で、中世スリランカ美術が花開き、南アジア屈指の仏教都市として繁栄した歴史を持つ。一箇所目は「石立像」、最盛期の王、パラークラマ1世の像とされる。貝葉(ばいよう)と呼ばれる仏典を両手に持つ姿は、王が敬虔な仏教徒であったことを示している。それにしてもこの時間帯は暑さがピーク、くらくらする。二箇所目は「ポトグル・ヴィハーラ」、図書館跡とのことである。三箇所目は「ポロンナルワ博物館」、館内は冷房なしのサウナ状態、遺跡修復前後の写真や復元模型などが展示されている。四箇所目は「宮殿跡」、現在は3階部分までしか残っていないが、かつては7階建ての壮麗な建造物で、部屋は50室 (一説には1,000室)もあったらしい。鰐口の水樋がある沐浴場、獅子像が印象的な閣議場も見学する。バスに乗ったり降りたりして短時間移動の繰り返し、ひどく疲れる。五箇所目は遺跡群の中心「クワドラングル」(ダラダーマルワ寺院)、円形仏堂ワタダーゲに登壇し、真言を唱えながら中心仏塔を時計回りに一周する。その外、蓮の茎を模った石柱が並ぶラター・マンダパヤ、孤高の立像(弥勒菩薩像とも)、7階層の塔サットマハル・プラサーダ、ヤシの葉の本の形をした大石碑ガル・ポタなどを見学する。六箇所目は「ランカ・ティラカ仏堂」、一番奥に高さ13メートル、P1090316 頭部の欠けた巨大なレンガ製仏立像が祀られている。その前でも真言。最後は「ガル・ヴィハーラ寺院」、自然石に彫り出された14メートルの涅槃像、7メートルの立像、4.6メートルの坐像が左から右に並んでいる。衣の二重線はポロンナルワ独特の様式とか、いずれの仏像も穏やかな良いお顔をしている。お賽銭をあげて般若心経を唱える。夕方になり漸く涼しくなる。17:00バスに戻りホテルへ向う。部屋に入るとエアコンが効いておりほっとする。お湯を沸かしカップ・ヌードルを食べる。旅先ではこれが一番美味い。19:30からの夕食は前日と全く同じ料理が並ぶ。早くもスリランカ料理に食傷気味、ゴールドブルー・ラガーを1本飲む。部屋に戻り「秘密」の続きを読むうち、ポロンナルワの夜が耽る。(続く)

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黄金寺院ダンブッラと聖地アヌラーダプラ

2009年4月24日(金) 5:15起床、空調の音がうるさく良く眠れず。6:00SCをドアの外に出し食堂へ行く。小振りのバナナを食べ紅茶を飲む。昨夜の到着時は暗くて分らなかったが、シーサイドに建つリゾートホテルである。それなのに僅か7時間、それも寝るだけの滞在では勿体無い。7:00出発、40席以上ある大型バスに現地ガイドのプラバート氏、添乗員のY嬢を含めても22名乗車P1090287なので、一人2席を占めゆったり。先ずは世界遺産「黄金寺院ダンブッラ」観光へ向う。幹線道路とは思えないほど道幅が狭く、対向車が来るたびにスピードダウンを余儀なくされる。車内でメモしたり写真を撮ったりするのが困難なほど凹凸もある。信号は全くない。沿道の樹木はチーク、バナナ、マンゴー、ヤシなど、水田も広がる。日本以上に緑が濃い。 昨日の強行軍の疲れからついつい居眠り、プラバート氏の日本語は達者であるが、その説明を殆ど聞き逃す。クルネーガラの町に入り、湖畔のホテルで少憩。対岸に聳える岩山(クルネーガラ・ロック)の上に白い大仏が鎮座するのが見える。陽射しが強く、人間も動物も緑陰に宿り涼をとる。スローライフのお手本のよう、ここでは時間がゆっくり流れている。10:45ダンブッラの町に入る。文化三角地帯(アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディの3都市を結んだ三角形に囲まれP1090286る地域を指し、世界有数の仏教遺跡群が残る地として知られる)の中心に位置するダンブッラに、スリランカ最大の石窟寺院を建立したのは、シンハラ朝第19代王ワッタガーマニー・アバヤ王(在位BC89-BC77)である。 参道入口の建物の屋上に巨大な黄金大仏が鎮座する。駐車場から参道を登っていくと、石窟寺院がある岩山の頂上部がのしかかるように迫る。眼下の中原に眼を転じると、遥か彼方にシーギリア・ロックが望める。寺院に入る前にプラバート氏から「仏像との記念写真は禁止、即ち仏像にお尻を向けて一緒に写真に収まってはいけない」との注意を受ける。仏像の法力が失われることを恐れるらしい。手前の第一窟から一番奥の第五窟まで駆け足で拝観する。各石窟には名前が付けられており、最も古い第一窟はデーワ・ラージャ・ヴィハーラ(神々の王の寺)、そこにはこの寺院最大の仏像、約14メートルの涅槃像が横たわる。 後の壁と同じ自然石に彫られたもので、金箔に覆われている。第二窟以降にも夥しい数の仏像が収められ、全部で160体余もあるとのことP1090288。仏像はもとより、壁も天井も色鮮やかに彩色されており、意外に古さを感じない。時の王朝により何度も修復が重ねられたと聞いて納得する。時間がないので各窟の主尊の前で短く真言のみを唱える。12:00バスに戻る。次は同じく世界遺産の「聖地アヌラーダプラ」観光、バスは北へ向ってひた走る。車窓に岩山がぽつりポツリと現れる。ダンブッラやシーギリア・ロックのような岩山はスリランカに沢山存在し、いずれも遥か昔から神域として人々の信仰を集めている模様。13:30アヌラーダプラの新市街にあるレストランに到着、昼食をとる。早速スリランカのビール、LION LAGERを飲む。製造元のLION BREWERY社は1881年の創業というから、アジアで最も歴史あるビールメーカーのひとつである。大瓶(625ミリリットル)が350円と嬉しい限りであるが、昼酒に顔が赤くなる。 料理もスープもピリ辛なのでビールがP1090289美味い。名物の水牛乳のヨーグルトを試食、ヤシ蜜をかけるとなかなかいける。14:50からアヌラーダプラ遺跡地区を巡る。アヌラーダプラは紀元前5世紀から10世紀末までの1400年間、シンハラ王朝最初の都が置かれた所である。紀元前3世紀、仏教に帰依したデーヴァナンピヤ・ティッサ王は、この地に多数の寺院や仏塔を建立し、また、仏陀が悟りを開いたインド・ブッダガヤから菩提樹の枝を分けてもらい移植した。それ以来、アヌラーダプラはスリランカ仏教発祥の聖地として崇められている。 最初に紀元前3世紀建立の「イスルムニア精舎」を 拝観する。ティッサ・ウェア湖畔の岩山に寄り添うように建つ小さな御堂に参拝した後、本堂に上り、真紅の袈裟を纏った大きな涅槃物を拝観する。掌と足の裏も真紅に塗られているのは何か意味があるのだろうか。傍らの宝物館にある恋人の像(The Lovers)は5世紀の作品、インド・カジュラーホの寺院で見たミトゥナ像よりもずっと上品で微笑ましい。御堂の背後の岩山に登り、東方遥かの山上に白い仏塔(マハー・サーヤ大塔)が建つ聖地ミヒンタレー(真の仏教伝来地)を眺める。岩山の登り口にある巨岩は、筑波山の弁慶の七戻石そっくりである。それにしても暑い。境内に入る前に靴を脱ぎ帽子も脱がねばならないので尚更である。二箇所目は「ルワンウェリ・サーヤ大塔」、紀元前2世紀に建立された世界最大級の仏塔である。現在の高さは55メートルだが、完P1090291成当初は110メートルもあったそうな、年一回石灰で化粧直しされる巨塔は、蒼天をバックに純白に輝き圧倒的存在感がある。基壇上に設けられた供花台の蓮の花は、お参りする人が去った途端、たちまち野猿(スリランカ・ハイイロオナガザル)に食べられる。まあ、これも供養なのであろう。 真言を唱えながら時計回りに大塔を一周する。三箇所目は「スリー・マハー菩提樹」、ルワンウェリ・サーヤ大塔から参道を南に500メートルほど歩いた所にある。分け枝がブッダガヤから運ばれたのが紀元前3世紀というから、それが本当なら樹齢2200年以上になる。けれども幹も枝も細く、それ程の巨樹古木には見えない。きっと何回か代替わりしているのであろう。それでも周囲に白壁をめぐらし、横枝には何本もの黄金の支柱を当てて大事に大切に祀ってある。ハスの花を抱えた人々が続々とお参りにやってくる。同じ仏教徒といっても日本人より余程信仰心が篤い。史跡公園内には沢山の野猿、リス、アマサギなどが遊ぶ。スリランカでは人間と動物が共生していて全く隔てがない。アヌラーダプラにある三大仏塔の残る2つ、アバヤギリ大塔とジェタワナ仏塔も見学したかったが、パック旅行ではままならない。17:00バスに戻り、宿のあるポロンナルワへ向う。18:40ギリタレ貯水池の湖畔に建つロイヤル・ロータスホテルにチェックイン、212号室に入る。昨日のホテルより高級、ここに2連泊は嬉しい。やはり電気式蚊取り線香が備えてある。19:30からレストランで夕食、GOLDBREW LAGERの大瓶を飲む。スリランカ料理はインドのカリー料理よりはましで何とか食べられる。ホットシャワーで汗を流すと21:45、即寝る。(続く)

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光り輝く島、スリランカ8日間の旅

2009年4月23日(木)  今日から8日間のスリランカ旅行、スリランカ中央部のアヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディの3都市を結んだ線の内側は文化三角地帯と呼ばれ、世界有数の仏教遺跡群がある。P1090285 その巡拝が今回の旅の主たる目的である。娘の出勤に合せ一緒に南柏駅へ送ってもらう。7:43の電車に乗るも我孫子と成田での乗り継ぎが悪く、成田空港第二ターミナルビル(TB)に着いたのは9:50、それでも集合時刻まで1時間の余裕がある。不景気のせいか、それともGW直前のせいか、TB内はがらがら。10:25北団体カウンターでクラブツーリズムの受付を済ませ、スリランカエアラインのカウンターへ行きチェックイン、スーツケース(SC)を預け搭乗券を受け取る。ロビーの椅子に坐り、妻が作ってくれたタケノコ御飯のお握りを食べる。デザートのデコポンも食べてから出国審査へ。出発ロビーに入り、前回同様、自販機で三井住友海上火災保険㈱の海外旅行保険に加入する。12:50搭乗ゲート94番からスリランカ航空UL461便、マーレ経由コロンボ行きに搭乗。機内は空席だらけ、クラ・ツーの団体旅行客2組41名しか乗っていないのではと心配になる。 これではとても採算がとれない。60C席、隣は空席なので楽々、個人端末も付いているし、P1090251食事のメニューも配られるしで、今時珍しくサービスが良い。スチュワーデスも皆若くてスリム、当たり前だがエキゾチックな顔立ち揃い。先ずは経由地のモルディブのマーレ迄10時間の飛行である。13:35離陸、眼下に筑波連山と霞ヶ浦が見える。直ぐにドリンクサービスがあり、ビールと言ったらASDを渡される。これでは仕方が無いので、 ヤシ蜜を醗酵・蒸留して作るアラックを頼みオンザロックで飲む。アルコール度数は37度、酔っ払う。14:30昼食、牛肉ステーキ、生ハムサラダ、蕎麦など食べる。入れたてのセイロンティーが美味い。16:15沖縄上空、17:15台湾南端上空、まだまだ遠い。邦字新聞もないし退屈で時間を持て余す。スリランカのガイドブックに一通り目を通した後、福山雅治主演の映画「容疑者Xの献身」を観る。19:15二度目の食事が出るが食欲なし、サラダとオレンジムースのみ食べる。20:30インドシナ半島を飛び越えアンダマン海上空に出る。あと3時間、P1090250西へ西へと飛ぶので太陽が沈まない。21:30ベンガル湾上空で黄昏。東野圭吾著「秘密」を読み始める。22:15スリランカ上空にさしかかる。やれやれ、直行便なら着陸態勢に入るところである。23:30漸くマーレ国際空港に着陸、そのまま座席で待機になる。専門スタッフが乗り込んできて手早く機内を清掃する。掃除が終わるや、新たな乗客が大勢乗り込んできて今度は満席になる。0:55再び離陸、直ぐに軽食が出る。2:05やっと、ようやく、パンダーラナーヤカ国際空港に安着、自宅を出てから実に18時間余が経過している。遠い、欧州へ行くよりも遠い。現地ガイドのプラバート氏の出迎えを受け、添乗員のY嬢を含む一行21名がバスに乗り込んだのは3:00(現地時間23:30)、腕時計を3時間30分遅らせる。バスの車内で5,000円を両替してもらい、5,000Rs.(スリランカ・ルピー)を受け取る。つまり1円が1Re.、非常に計算が容易である。0:05ニゴンボにあるペガサス・リーフホテル到着、0:30(日本時間4月24日4:00)130号室に入る。スリッパと歯ブラシはないが、電気蚊取り線香がある。シャワーを浴びると1:20、初日からの強行軍にふらふら。(続く) 

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc058322009年4月22日(水)10:00~11:00 明日からのスリランカ旅行の荷造りが終わったので、近くの公園へきのこ観察に出かける。昨夜一晩中大雨が降ったので期待が持てる。と思ったのも束の間、どこにもきのこの姿がない。頼みの綱である主郭の一隅で、ようやくアセタケ属の1本とアシナガイタチタケらしい1本を見つける。最後に件の倒木で巨大化しているタマチョレイタケを写真に収めて引き揚げる。

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アミガサタケのバター炒め

Dsc056202009年4月21日(火) 先日手賀の丘公園で採取したアミガサタケをやっと冷蔵庫から取り出す。春は季節の遷ろうテンポが余りにも速く慌しい。楽山子の私には忙し過ぎる。とりあえず一部をホウレンソウと一緒にバターで炒める。残りは茹でて冷凍庫に保存し、後日スープかシチューにするつもり、毎日が日曜日というのに・・、とにかく春は気忙しい。  

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国営ひたち海浜公園

2009年4月20日(月) いばらきの花名所、 国営ひたち海浜公園Dsc05704の最大の売り物といえば、みはらしの丘一面をライトブルーに彩る450万本のネモフィラの花。そのネモフィラが今年は早くも見頃を迎えているとのこと、早速見物に出かける。ネモフィラ(瑠璃唐草)はハゼリソウ科(APG分類体系ではムラサキ科)の一年草で北米原産、みはらしの丘に植えてあるのは、ネモフィラの中でもインシグニズブルーという品種で、その花姿と色からベイビー・ブルー・アイズ(赤ちゃんの青い瞳)と呼ばれている。自宅からひたち海浜公園まで約100㎞、柏ICから常磐道 と北関東道を走ると2時間弱で到着する。J・Hの駐車場に車を置き、入園料400円を支払い、Dsc05786西口・翼のゲートから入園する。最初に、たまごの森フラワーガーデンで163品種26万本という 広大なチューリップ園を見物。チューリップは今が花盛りで、ムスカリーとの競演や配色も見事であるが、アカマツ林の林間に何箇所かに分けて植栽してあるため、開放感や広がりはあまり感じられない。景色はあけぼの山農業公園の方に軍配が上る。みはらしの丘のネモフィラの眺めはさすがに圧巻、関東では秩父・羊山公園の芝桜の眺めと双璧か。羊山公園は武甲山を借景にして雄大だが、こちらの背景には太平洋の壮観がある。見晴らしの丘の 頂に登り、常陸那珂港や阿字ヶ浦の海岸線と太平洋とを見渡す。今日は曇りで遠望はいDsc05718まいち、近くの高鈴山が見える程度で、西の那須連山や南の富士山は望めない。里の家に下りて囲炉裏端に座り一休みした後、スイセンガーデンを通り抜けて、ひたちなか自然の森へ行く。583品種100万本もあるという水仙の花は遅咲きの品種を除けば終わりかけている。ひたちなか自然の森は、里山の自然をなるべくそのままの形で残しているというアカマツ林、きのこの観察にも良さそうな所である。今日はマツの立枯れにヒトクチタケを認めたに過ぎないが、季節が進めば色々な茸が出るかも知れぬ。そのうち又観察に来て見よう。2時間ほど園内を歩き回って納得したので引き揚げる。西口を出た所にある露店でお土産に「ネモフィラの風」なるお菓子を買う。

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おふくろの味

Dsc056162009年4月19日(日) 一昨日市内某所の杉林から、地主さんに断りもなく採取してきたゼンマイです。その日のうちに綿毛を取り除き、重曹をひとつまみ加えて5分間茹で、水にさらして二晩アク抜きしました。今日、前処理を終えたゼンマイを主材にし、糸こんにゃくと油揚げとニンジンとを副材にして煮物を作ってもらいました。30年前、仙台の実家で両親と同居していた頃、家人がおふくろから習い覚えた一品です。この煮物を食べると、必ず井沢八郎の「ああ上野駅」を口ずさみたくなります。何故だかは分りません。

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アミッコ・イクジ・アミタケ

Dsc056562009年4月18日(土) 蓮沼海浜公園のクロマツ林のアミッコ(イグチ科ヌメリイグチ属アミタケ)は4月と10月に発生します。発生量は年により大きく変動しますが、今春は豊作でした。ここの春のアミタケは秋物よりも大きく育ち、今回は傘径が20㎝近い大物も見かけました。アミッコと呼ぶような可愛らしさは微塵もなく、堂々たる押し出しの中~大型菌です。まだキノコバエの幼虫も入っていないので虫出しの手間もかからず、石突を落としただけで茹でこぼしました。一部を大好物のおろし和えで賞味し、残りは後日の楽しみに冷凍庫に保存してあります。

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ナワシログミ酒

Dsc056852009年4月18日(土) 蓮沼海浜公園の松林の中にナワシログミの木が1本あり、熟して紅く色付いた実を吊り下げている。ナワシログミというのは苗代の頃、つまり今頃実が熟すことから付いた名前である。長さ1㎝くらいの実は甘酸っぱく生食できるが、酸味と渋味が強い。個性の強い実ほど果実酒に向くので、50個ばかり持ち帰る。早速ホワイトリカーに漬けてみたものの、実を引き揚げるタイミングが分らない。都度味見しながら決めることにしよう。  

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定点観察・蓮沼海浜公園(山武市)

Dsc056402009年4月18日(土)14:00~15:30 出足は悪いが半年ぶりに蓮沼海浜公園へ。片道80㎞、一般道を走るので2時間半はかかる。憩いの広場駐車場が珍しく混んでいると思ったら今日は週末、もしかしたら先客が・・・と不安がよぎる。ゴム長靴に履き替えて松林に入る。カジイチゴの白い花が咲き、ナワシログミの実が熟している。例年ならシロオオハラタケやヌメリイグチ、ホコリタケなどが発生する時期であるが、影も形もない。ただ、狙いの春アミッコ(アミタケ)はどんぴしゃり、いつものシロにボコボコ出ている。秋よりも大きく育つようで傘径が20㎝に達するものもある。ダンゴムシの食害を受け傘の表面は荒れているが、時期的にキノコバエの幼虫が入っていないのが嬉しい。蓮池海浜公園としては大収穫、先客の心配も杞憂に終わる。帰路、横芝光町の坂田城跡に広がる梅林に立ち寄りハルシメジをチェックする。

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レミの墓

Dsc056242009年4月18日(土) 本日がレミの満一年の命日、早いものである。サンスイステレオの天板を祭壇代わりにして今日までお骨を安置してきたが、一年経ったところで庭に埋骨し土に返すことに。先日、群馬県の四万温泉で拾った石(稲包山を水源とする日向見川の川石と思われる)を墓石とし、花筒も立てる。淋しがるといけないので御付の人形も2体侍らせる。色々な花が次々と咲く我が家の庭の一等地、レミよ安らかに眠れ。合掌。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc056092009年4月17日(金)13:15~14:45 初夏のような陽気が連日続いた後に訪れた肌寒い一日、これで平年並みらしい。雨もよいの曇天はきのこ撮影に絶好の日和、来園者は少ないし、一昨日大雨が降ったことだし、満を持して手賀の丘公園へ出かける。ところがどうしたことかキノコの姿はさっぱり見当たらない。3月下旬の低温のせいか、それとも4月に入ってからの少雨高温が影響したためか、いつもなら出ているはずのアシナガイタチタケもウスベニイタチタケもカラムラサキハツも全く影も形も無い。ただ、アミガサタケだけはちょうど盛期であちこちにボコボコ、それとヒトヨタケ科と思われる一種(オオカバイロヒトヨタケ?)をウッドチップの上に辛うじて見つける。

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ニシン

Dsc055892009年4月16日(木) 春が旬の魚といえば文字通りの鰆(さわら)でしょう。色々な山菜料理を今春もたっぷりと味わっってしまった私の独り言、「今頃はサワラの味噌漬けが旨いんだよなあ」と呟いてみました。それを聞いていた筈の家人、新柏駅前の東武ストアで買ってきたのは子持ち鰊(にしん)でした。「あれっ、サワラは?」、「今はうんと高くてだめ!」、「でも魚偏に春だよ」、「そんなら生活費をもっと頂戴!」、「・・・・・」。自分の稼ぎのないことに深く思いをいたし、またも忍の一字。まあ、ニシンも旬は春、脂が乗っており美味なことは言うまでもありません。スパークリングとスプリング、何となく語感が春らしいお酒を合せていただきました。 「残雪の積丹岳や鰊群来(くき)」(燕秋)

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松ヶ崎城跡とあけぼの山農業公園

Dsc055872009年4月16日(木)  北柏駅近くの松ヶ崎城跡が今日から史跡公園として公開されるというので、早速訪ねてみる。柏市指定文化財(平成16年7月1日指定)である松ヶ崎城跡は、手賀沼西端の舌状台地の先端部に造られた戦国時代の中世城館跡で、城主は不明であるが、戦国時代の15世紀後半から16世紀前半頃の築城と考えられている。行ってみるとまだ整備が始まったばかりで満足な遊歩道すらない。主郭の周りに柵を巡らす工事が漸く終了したところで、至る所に伐木や木の根が転がっている。来園者はちらほら、肝心要の手賀沼の景色もビル群に遮られて 見渡せない。仕様が無いので、あけぼの山農業公園へ。平日にもかかわらず農業公園の方は大盛況である。それもそのはず、入園、駐車場、フィールドアスレチック、レンタサイクルなど全て利用料がかからず、安近短のレジャーを楽しむには最高のスポットである。今はチューリップと菜の花と八重桜が花盛り、地場野菜や草餅を商う露店もある。天気は良いし、花は綺麗だし、ゆべしは美味しい。どうやら今日も無事、申し分ない。

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春の使者

Dsc055722009年4月15日(水) 息子のお嫁さん実家からタケノコとフキが今年もどっさり届きました。朝掘りと朝採りなので、どちらも瑞々しく新鮮です。早速下拵えにかかります。タケノコは皮を剥き、米糠を加えて45分間茹でました。フキは塩をひとつまみ加えて3分間茹でてから皮を剥きます。とりあえず竹の子御飯を作りました。あとは筍とフキと油揚げの煮物を作る積り、暫らく春らしい料理が続きます。S様いつもありがとうございます。

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タマチョレイタケの旨煮

Dsc055672009年4月14日(火) つくば市にある森林総合研究所でタマチョレイタケの生菌を求めているとのこと、今月6日、研究の役に立てばと根木内歴史公園で幼菌を採取し、クール宅急便で送付する。残りを冷蔵庫に保管したまま一週間も忘れていたが、今日野菜室の奥から出てきたので旨煮にしてみる。傘の縁辺部は乾燥してぼろぼろなので切り落とし、石突や柄も硬いので切り落とす。中心部分のみを一口サイズに切り、一度茹でこぼしてから、酒、砂糖、醤油を加えて煮込むと出来上がり。昨年は天麩羅にしたが食べられるという程度、今回の旨煮の方が幾分ましかもしれぬ。(これまでは本菌をアミヒラタケとしていましたが、研究者の同定によるとタマチョレイタケとのこと、「私のキノコ図鑑(Ⅰ)」の種名も変更いたしました)  

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桜吹雪とアミガサタケ

Dsc055562009年4月13日(月) サクラが散る時期になるとアミガサタケの季節到来、今年も廣池学園の花壇に幼菌が幾つか顔を出す。このところ雨が少ないせいで先端が萎み加減、早く一雨欲しい。雷神塔でも建てて雨乞いでもしようかしら、このまま旱天が続いたら美味なモリーユ(Morille)スープにありつけなくなる。

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ズワイガニ・松葉蟹・越前蟹

Dsc055492009年4月11日(土) ブログのネタに毎日の食事内容を取りあげる事は、家人に固く禁じられているし、貧弱な内容のブログである事を自ら喧伝するようなもので誠に気が引けますが・・・。夕食のおかずはズワイガニ、新柏駅前のスーパーマーケットに朝早く出かけていった家人が、先着20名様の狭き門を突破し、一杯780円で購入してきたものです。活きている上に北海道産とははなはだ疑問ですが、もしかするとロシアからの越境ものかもしれません。いつもは茹でるところを、今回はお店の推奨もあり、30分間蒸して蒸し蟹にしました。旨味も甘Dsc04819味も濃縮されて、茹でるよりも美味しくなるようです。相伴するビールはプリン体99%カットの淡麗ダブル(日本の酒税法上は発泡酒)、ズワイガニのプリン体含量が比較的高い(136mg/100g)ことを考慮し、尿酸値が跳ね上がらないよう配慮いたしました。 「雪挟み松葉蟹まだ呼吸(いき)をもつ」(隆峰)

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ギョウジャニンニク

Dsc054432009年4月10日(金) 四万温泉からの帰り道、国道353号線沿いにある道の駅おのこ(小野子)で野菜と山菜をいろいろ購入しました。その中のひとつがユリ科の多年草、ギョウジャニンニクです。別名アイヌネギとも呼ばれ、昔から修験道の行者が精力をつけるのに食べていた山菜です。分布域は北海道・本州(中部以北)とされていますが、400回以上も山歩きをしている私でも、未だ嘗て採ったこともなければ見たこともありません。各地で乱獲が進み、天然物は激減しているとのこと、今後も出遭うのは至難の業と思われ、極めて悲観的であります。反面、栽培品が道の駅などに並ぶようになり、労せずして手に入る点は嬉しい限りです。今回の購入品も佐藤ユキ子氏の生産、一把400円は山採りの手間暇を考えれば只同然と言ってもよい廉価です。もっとも、並びのホウレンソウが一把80円なので大蔵大臣はなかなか理解してくれませんが・・・。帰宅して早速シンプルなおひたしにしました。文字通りニンニクの香りがあり、コクがあり、旨味があります。ビールの肴にもご飯の菜にも好適です。申し分ありません。

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佐野厄除け大師

2009年4月10日(金) 宮城村Dsc05462 (現前橋市)の赤城南面千本桜の見物を終え、桜川市磯部へ向う途中で佐野厄除け大師に立ち寄る。 厄年とか風水には全く無関心であったため、これまで何度も側を通りながら参詣する機会を逸し、今回が初めてである。境内に入ると、黒塗りの鐘楼に吊り下げられた黄金色の梵鐘が目に飛び込み度肝を抜かれる。この金銅(きんづくり)大梵鐘は、元三慈恵大師(第十八代天台座主、良源上人(912-985))の一千年遠忌を記念して建立されたもので、製作者は人間国宝の香取正彦氏、直径が1.15m、重量が約2tあり、金の梵鐘としては日本一大きい。佐野厄除け大師は正式の寺号を春日岡山転法輪院惣宗官寺(かすがおかやDsc05471まてんぼうりんいんそうしゅうかんじ)といい、天慶七年(944)藤原秀郷公が佐野春日岡(現在の城山公園)の地に春日明神の社殿とともに一寺を建立し、奈良の僧、宥尊(ゆうそん)上人を招いて開山したのが始まりとされる。平安時代末期の保元・平治の頃には一時衰退したが、正応年間(1288-1292)になって比叡山の僧俊海が信徒を募り、藤原一族および北条一門の有志とはかって、鎌倉幕府九代執権北条貞時を動かし、永仁五年(1297)復興完成した。その時宗派も従来属していた法相宗から天台宗に替わっている。慶長七年(1602)幕命により、秀郷公から数えて30代の佐野信吉公が居城唐沢城を春日岡に移すにあたり、 現在地に移転している。徳川時代には御朱印五十石を拝領し、寺社奉行も置かれ、三代将軍家光公も参拝するなど徳川幕府との縁故が深い。ご本尊は厄除け元三慈恵大師(御本地・如意輪観音)である。本堂にお参りしてから境内を一巡りする。境内には開創一千五十年を記念して建立されたパゴタ供養塔、先駆的社会運動家として有名な田中正造翁の墓、県指定重要文化財の東照宮社殿などがある。パゴタ供養塔は、三界萬霊有Dsc05456縁無縁の霊、戦争災害死者、事故横難死者、水子霊等を供養する功徳莫大な聖衆倶会楽の塔であり、四メートルの方形基壇に六つの相輪と一つの塔身水煙をつけた宝珠からなり高さ八メートルを有する。相輪は六道輪廻を塔身上部は天をあらわし、そこに位置する宝珠は深く佛を信じる魂そのものである。設計製作は二科会会員の田村了一氏、基壇は古代インドのサーンチー遺跡をアレンジ・デザインしている。田中正造翁の墓前には石川啄木の歌碑が建つ。「夕川に葦は枯れたり血にまとう民の叫びのなど悲しきや」、足尾銅山鉱毒被害による渡良瀬川農民の窮状を明治天皇へ直訴した翁の行動に感動し、盛岡中学三年在学時の啄木が詠じた一首である。また、東照宮社殿は、元和三年(1617)三月二十七日、徳川家康公の御霊が静岡県久能山より日光遷座の途中当山に一泊、この仏縁により諸大名の寄進によって造営されたものである。

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赤城南面千本桜と磯部の百色桜

2009年4月10日(金)  6:00起床、朝一で森のこだまと翠の湯へ入りに行く。森のこだまは浴槽の底に玉石を敷き詰めた大露天風呂、滝見も楽しめる。翠の湯は花涌館という旧館の中にあり昔の湯治場の様、 浴槽の底に敷かれたスノコの下から自噴泉が湧き上る。四万たむらの7箇所の浴場巡りを完遂し満足。 7:30二階大食堂Dsc05441でバイキング方式の朝食、お客より従業員の方が多いのではと心配になるが、お陰でゆっくりできる。豆挽きドリップのコーヒーを2杯飲む。水質が良いせいか、コーヒーが実に旨い。9:30チェックアウト、記念に玄関を撮影してから四万たむらを後にする。先ず県天然記念物の四万の甌穴(おうけつ)に立ち寄る。大小8個の甌穴があると案内板に書かれているが、明瞭なものは1箇所のみ、それでも碧く澄む渓水は美しい。傍らの露店でお土産に名物の黒米の羊羹を購入する。10:45道の駅おのこ(小野子)で休憩、序にギョウジャニンニク、フキ、ヤマウド、ワラビ、里芋、泥ネギなどを購入する。どれも感激するほど安い。12:10宮城村の地の物直売休憩所、風の駅やげんじに車を駐める。 そこから500mほど歩き、電力中研に隣接する道路沿いに植えられた赤城南面千本桜を見物する。赤城南面千本桜は、平成2年3月、(財)日本さくらの会により「さくら名所百選の地」に選ばれている。今日は平日なので人出はさほどでもないが桜はちょうど見頃、赤城山へ向って真っ直ぐ延びる道路の両側はDsc05526草地や菜の花畑が広がり、レジャーシートを持参すればのんびりと花見酒を楽しめる。又、道沿いの緩斜面に芝桜を植える「芝桜ひろげたい運動」も展開されており、近いうちにサクラと芝桜をダブルで楽しめる名所になるであろう。何と「菜の花摘み無料!」の看板が立つ。上州人はさすがに気風(きっぷ)が良い。こうき(来)なくっちゃ。飛び交う言葉も訛り懐かしの上州弁とくれば余計嬉しくなる。 風の駅やげんじに戻り、駐車料金代りに地物野菜を買う。R50へ出て、佐野厄除け大師へ向う。 佐野厄除け大師は西新井大師、川崎大師とともに関東三大師のひとつ、正月三箇日には百万人以上の参拝客で賑わう。何度も側を通りながらお参りするのは今日が初めて。14:45佐野厄除け大師の境内駐車場に車を駐める。鐘楼に下がる黄金色の大梵鐘にまず吃驚、本堂を始めとする堂宇も負けず劣らず煌びやかである。佐野厄除け大師は寺号を春日岡山転法輪院惣宗官寺といい、天慶七年(944)奈良の僧、宥尊(ゆうそん)Dsc05537の開山である。慶長七年(1602)現在地に移転し、徳川時代には御朱印五十石を拝領し寺社奉行も置かれたとの事、葵の御紋がいたるところに飾られている。御本尊は如意輪観音と、その化身とされる元三大師(がんさんだいし)である。 本堂にお参りして車に戻る。R50を更に東に走り、16:50桜川市磯部の桜川公園に着く。この辺りは古来から磯部の百色桜として吉野に次ぐ桜の名所とされた所、国の史跡名勝に指定されており、茨城百景にも選ばれている。世阿弥作と伝えられる謡曲「桜川」はこの一帯を舞台にしたものといわれている。園内には数十種、約一千本の桜が植えられており、シロヤマザクラ11種(桜川匂、樺匂、初重櫻、初見櫻、大和櫻、源氏櫻、白雲櫻、薄毛櫻、青櫻、青毛櫻、梅鉢櫻)は国の天然記念物である。桜まつりは3月28日~4月15日、既に後半にさしかかり葉桜になりつつあるが、なだらかな丘陵地帯を彩る桜花の風情は格別である。今日一日の締めくくりは黄昏のR294ドライブ、順調に走り19:45無事帰宅。(完) 

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日向見薬師堂

2009年4月9日(木) 群馬県中之条町四万温泉日向見地区にある薬師堂、重要文化財に指定されている県内唯一の寺院建築であり、 現存の寺院建築として県内最古のもの。薬師堂Dsc05498の前に町指定重要文化財のお籠堂が建つ。それぞれの案内板には、「国指定重要文化財 薬師堂一棟 明治四十五年国宝指定 昭和二十五年重要文化財指定 附宮殿一棟、扁額:日向山定光寺一札、棟札:慶長三年十一月吉日銘(1598年)他三枚 薬師堂の由来:寺伝によると堂は永延年間(987-989)吾妻郡の地頭塩谷日向守定光の薬師堂としてここより約10キロメートル下流の折田村に建立されその後享禄天文の頃(1528-1555)上杉定政により湯前薬師として現在地に移された 堂の建立:この堂は慶長三年(1598)に再建されたもので領主真田伊豆守信幸の武運長久を祈願して伊勢国山田の鹿目喜左衛門という人が建てたものである  構造及び特色:三間四面の唐様建築で必要最少限の材料を用い簡素の中にも優美さを保つ建築である 板蟇股等室町末期Dsc05504の建築様式が残されている」、「国指定重要文化財 薬師堂 この建物は、一重の寄棟造で屋根を茅葺としています。規模は正面、側面とも三間です。前方二間は外陣、後方一間は内陣とし、その境に格子戸を嵌め込んでいます。建築様式は和様と禅宗様の折衷様式です。方一間の鏡天井を支える内部架構、出組の組物、粽の柱、柱頭を連結する頭貫、正面出入口の桟唐戸等各所に禅宗様の様式を見ることができます。(後略) 平成九年三月 文部省・群馬県教育委員会・中之条町教育委員会」、 「町指定重要文化財 薬師堂のお籠堂 (指定)平成十二年三月二十七日 (所在地)中之条町大字四万四三七一 薬師堂の前にあるこのお籠堂は、明治二十二年の四万村誌によれば、慶長十九年(1614)に建てられたものである。間口約4.79m、Dsc05500奥行き約3.66mで中央に幅約1.01mの通路が設けられている。この通路の両側は現在ガラス戸となっているが、はじめは戸や障子 などの仕切りもなく開放されたものであった。このお籠堂には、湯治客(温泉に入って療養する人)が病気をなおすために定められた日数、すなわち一昼夜、七日、百日などの期間、心身を清めお籠もり堂に閉じこもってお経を読んだり、南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏を唱えたり、また、断食、水垢離などの荒行をすることもあったという。いまは通路の両側にガラス戸を建て、堂の用具を保管したり、参拝者にお守りなどを授ける場所としている。昭和六十年(1985)に解体修理を行い現在に至っている。建築年代と、構造上中央を通路にしたものは数少なく貴重な建物である。 平成十六年三月 中之条町教育委員会」とある。傍らの鉦をひとつ敲いてからお参りする。表戸から内部を隙見すると、内陣の厨子の中に金銅色の小さな薬師如来像が安置されている。この厨子も天文六年(1537)に造られたもの、この日向見薬師堂とお籠堂は、温泉と結びついた薬師信仰を物語る貴重な建造物である。  

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四万温泉

2009年4月9日(木) 9:30に自宅を出発し、妻と一泊二日の四万温泉旅行に出る。以前群馬県に9年間も住みながら四万温泉に宿泊したことはなく、今回は清水の舞台から飛び降りる積りで高級旅館を予約、まあ冥土の土産というところ。ETC車載器にカードを差し込み、外環道、関越道を走る。ETCレーンを初めて通過、なるほどスムースで気持ちがよい。11:00嵐山PAで休憩、Dsc05498 渋川ICで高速道を下り妻と運転を交代する。群馬県は第二の故郷、風景はどこもかしこも懐かしく、どの山の頂にも想い出がある。今日は外気温が25度もあり夏日となる。12:45四万温泉日向見無料駐車場着、先ず日向見薬師堂にお参りする。現在の御堂は、慶長三年(1598)伊勢国鹿目喜佐衛門が、真田信幸の武運長久を祈願して建てたものである。寺院建築としては県内唯一の国指定重要文化財であり、県内最古の建物である。こじんまりした御堂であるが、地元の人々に大事にされている様子が窺える。境内に斉藤茂吉(1882-1953)と品川弥二郎(1843-1900)の歌碑が立つ。「四万谷にしげりて生うる杉の樹は古葉をこめて秋ふかむなり」(茂吉)、「粥腹も四万の薬師のおかげにて強飯(こわめし)さへも五杯六盃」(弥二郎)。四万温泉の薬効を求めて、Dsc05509昔から文人墨客や政府要人が湯治に訪れたのであろう。 側にある足湯でくつろいでから、日向見川の畔に建つ無料共同浴場、御夢想の湯を覗いて見る。四万温泉発祥の地の看板が掲げてあり、最近建て替えられたばかり、真新しい。小さい浴槽はせいぜい2、3人しか入れないが、今時無料開放とは、地元の人々のおもてなしの心が嬉しい。次々と若人が入浴にやってくる。附近の樹々はやっと芽吹いたばかりで、シーズンオフの平日の温泉街に観光客の姿は殆ど無い。チェックインできる時刻まで間があるので、四万ダムと奥四万湖見物へ。湖水の色は目の覚めるようなコバルトブルーで今日の青空よりも碧い。とにかく神秘的な色である。 周囲の山々の雪は融けたばかりで、山頂部には雪が残る。Dsc0543114:15今宵の宿、四万たむらに入る。水涌館六階770号室は15畳の和室で広々、最上階なので温泉街の眺めが良い。時間が早いのでたむらの森と呼ばれる裏山の散策に出る。旅館の奥の駐車場から小倉の滝へ通じる道を辿り、湯薬師神社隣の民家の脇から林道を登る。湯薬師神社の創建は宝暦年間(1751-1763)頃か、創立者の江戸屋幸助を顕彰する昭和30年建立の石碑に、「翁没後150年余云々」の銘文がある。境内に建つ馬頭観音4体は、享和三癸年(1803)、文化三丙年(1806)、同四丁年(1807)、嘉永三庚年(1850)に奉納されたものである。館主の田村家個人の氏神様にしては規模が大きく、山口地区全体の守り神でもあろうか。急な林道を登っていくと途中に東屋があり、更にひと登りすDsc05413ると中腹に台地が広がる。そこが散策コースらしく、ヤマザクラが植えられ遊歩道が巡っている。暫らく手入れがなされていないのか荒れており、番頭さんや仲居さんが薦めないのも頷ける。特にヤマヒルが出るとあっては、気温が上るこれからの時期の散策は難しい。16:10部屋に戻る。たむらは温泉三昧を売りにしているだけあって、四万たむらに7箇所、系列の四万グランドホテルに3箇所、計10箇所の浴場がある。いずれも利用できるとのこと、夕食前に甍の湯と竜宮の湯へ入りに行く。甍の湯はいわゆる大浴場であり、熱め、中温、ぬるめの浴槽がある。長湯も烏の行水も自由自在である。竜宮の湯は河原に掘られた露天風呂で混浴である。川が増水すると隠れてしまうらしく幻の湯とも呼ばれる。当然ながら妙齢の婦人の姿はない。それどころかどの浴場も貸切状態で、温泉場にDsc05512来て話し相手がいないというのもどこか物足りない。18:20から夕食、料亭山桜なる個室で食前酒のブルーベリーワインから始まるコース料理をいただく。小付は四万たむら自慢の創作料理の入母屋づくし、家型容器がなんとも可愛らしい。中味は白子豆腐、長芋明太子和え、早蕨黄味酢よごし、姫栄螺、香茸旨煮、地元花豆煮、下仁田産子持蒟蒻の7種類、何れも美味しい。外にも鍋物、造里、煮物、蓋物、揚物、強肴、香物、御椀、御飯、水菓子と山海の珍味が続続。飲み物はISの中瓶。食後再び湯巡りに出て、今度は甌穴の湯(庭園露天風呂)、御夢想の湯(檜風呂)、岩根の湯(タイル風呂)に入る。各々趣向を凝らした浴場で風情がある。泉質は弱アルカリ性硫酸塩泉(ナトリウム・カルシウム一塩化物硫酸塩泉)、無色透明でさらさら、草津のなおし湯と呼ばれるだけに体に優しい。ゆっくりのんびり浸かるのに良いが、のぼせてしまい、今日は是までと切り上げる。(続く)

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc053612009年4月7日(火)13:30~14:30 午後から手賀の丘公園へ行きキノコ観察。平日にもかかわらずお花見に大勢の人が来園しており、第2駐車場まで開けてある。そろそろ出てくるはずのアシナガイタチタケ、アミガサタケ、ウスベニイタチタケは影も形も見えず又も空振り、コザラミノシメジと思われるキシメジ科の一種(写真)に出あっただけに終わる。

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摘果メロン

Dsc053602009年4月6日(月) 常盤平さくら通りのコゴミを購入したお店で、間引きされたメロンも売られていました。やはり茨城産で7個入り一袋が240円でした。珍しいので買い求め、推奨どおり漬物にしました。皮を剥き一口サイズにカット、容器に入れて浅漬けの素をふりかけ、冷蔵庫に一昼夜保存すると出来上がり。さくさくと歯ざわりが良く、ほんのりプリンスメロンを思わせる風味もあり、朝からご飯派にぴったりの爽やかな香の物です。

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コゴミ

Dsc053382009年4月5日(日) コゴミはオシダ科クサソテツ属クサソテツの若芽、今の時期、ここ柏でも高島屋や東武ストアの野菜売り場に並んでいます。しかしながらかなり高価であり、財務省の財布の紐が堅いこともあって、なかなか買ってもらえません。昨日、常盤平のさくら通りにある八百屋で、手頃な値段のコゴミを見つけ、漸く入手することができました。茨城産とありますが、山採りではなく栽培物かもしれません。早速、ごま和えとおひたしの二品をこしらえてもらい、春の味を堪能しました。全く癖がなく、シャキシャキした歯ざわり、少しヌルミのある食感、堪りません。

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常盤平さくら通り(松戸市)

Dsc05329 2009年4月4日(土) 春爛漫、今日は妻とふたりでお花見を兼ねたサイクリング。手始めは近所の廣池学園、時間が早かったこともあり人出はまばら、静かで上品なお花見を楽しみました。次いで松戸市の常盤平さくら通りへ。「日本の道百選」にも選ばれているさくら通りは、新京成電鉄五香駅から八柱駅間の3.1㎞。通りの両側は文字通りの桜並木で、630本のソメイヨシノやオオシマザクラが作るサクラのトンネルは圧巻、素晴らしい!。常盤平駅の有料駐輪場に自転車を預け、五香駅までの間を歩き、お祭り気分の賑やかなお花見。土曜日とあってDsc05320通りは人、人、人で埋め尽くされ、 まるで松戸市民総出の如き観を呈す。それに加えて道の両側には、全国津々浦々から集まる露天商の屋台が、隙間もなくびっしりと連なる。間断なく飛び交う威勢の良い呼び込みの声につられて、つい長崎発いわしげんこつや山形直送玉こんにゃく、そして山形牛入り本場芋煮や搗きたての納豆餅、更にさつまスティック、どこやらのゆべし・・・と次々に引っ掛かっては食べ歩き。道交法遵守のため生ビールはじっと我慢。さくら通りも尽きるところの八百屋で、珍しいコゴミと間引きメロンを購入し、今度は裏通りを歩いて常盤平駅へ戻りました。

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施無畏山宝樹院小山寺(富谷観音)

2009年4月3日(金)  Dsc05211茨城県桜川市の富谷山に登る前に、山腹に建立されている富谷観音に参詣する。 茨城県教育委員会及び桜川市教育委員会の案内板には、『当山は、施無畏山宝樹院小山寺(おやまじ)と称し、通称、富谷観音と呼ばれている。天平七年(735)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建し、自作の一丈六尺の鉈彫り十一面観世音菩薩像を本尊にしたと伝えられている。始め長福禅寺と号したが、その後慈覚大師が東北巡錫の際に七堂伽藍を整え、鎌倉時代初めに小山寺と改められた。南北朝のころ、結城、多賀谷、大野の諸氏が堂塔を修造し、江戸時代現在の規模に改修された。笠間城主藤原時朝が弘長三年(1263)小山寺へ寄進したDsc05292木造大日如来坐像(現山形県寒河江市慈恩寺収蔵)の胎内経に、「常陸国笠間郡小山寺大檀那・・・」の奥書がある。国指定重要文化財(旧国宝)の小山寺三重塔は、関東以北最古の建造物といわれ、 その相輪宝珠の刻銘に寛正六年(1465)、下妻城主多賀谷朝経が大檀那となり、大工棟梁宗阿弥家吉らにより造営されたとあり、和様の形式を基調とし、 唐様を交え細部の装飾に見るべきものがある。室町時代の造りとしては優れたものの一つで、ことに内部の仏壇は稀に見る傑作である。 また、本尊十一面観音菩薩坐像は、鉈彫り様式による欅材一木造で、平安時代の作と伝えられ、全国的に見てこれほどの大作は珍しく、県としても貴重な存在であり、県指定文化財となっている。そのほか、小山寺本堂、仁王門、鐘楼、木造毘沙門天立像、木造不動明王立像(以上茨城県指定文化財)、木造釈迦涅槃像、小山寺の大杉(以上桜川市指定文化財)など、堂内外に数多くの貴重な仏像や建造物がある。云々』とある。Dsc05301確か羽黒山の国宝五重塔は応安五年(1372)の再建とされているので、ここの三重塔よりも古いし、本尊の十一面観音菩薩像が行基作で、脇侍の不動明王像が慈覚大師の作、毘沙門天像が運慶の作と称しているのも疑わしい。しかしながらお経と同様有り難ければそれで良く、内容の細かい詮索は野暮というもの。樹齢700年のご神木、小山寺の大杉を仰ぎ見てから鐘楼に登り鐘をひとつ撞く。三重塔をじっくり見物し、四柱造り朱塗りの立派な本堂にお参りしてから、富谷山に登るべく小山寺を後にする。 

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc051982009年4月2日(木)15:00~16:00 春は名のみの風の寒さや・・・、「早春賦」の一節をつぶやきながら今日も市内の公園へ出かけ木の子の観察。我ながら良く続く。園内の竹林で早くも筍を掘る人がいる。バーベキューに興じる人も寒そうである。前回(3月9日)と同じ①アナタケ、②エノキタケ、③クロハナビラニカワタケ、④ヒメキクラゲに加えて、今日は⑤アミガサタケと⑥キクラゲ、それに⑦初見の腹菌類の一種(ホコリタケ科?)を見つける。(写真は⑤)

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ツワブキの佃煮

Dsc05185 2009年4月1日(水) 家人のご機嫌を伺うこと10日、冷蔵庫に待機させていたツワブキを料理してもらえる日がやってまいりました。重曹を加えた熱湯で3分間茹で、皮を剥いて冷水にさらし、適当な長さに切って、お酒と砂糖と醤油を加えて煮詰め、仕上げに七味唐辛子をふりかけると出来上がり。フキの中空に対してツワブキは中実なので食感は異なりますが、美味しさは甲乙つけがたく、ご飯が幾らでも進みます。苦労した甲斐がありました。

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定点観察・根木内歴史公園(松戸市)

Dsc051832009年4月1日(水) 夜来の雨が上ったので近所の公園へきのこ観察に出る。期待していたカラムラサキハツは空振りであったが、例のフジの切断木にアミヒラタケの幼菌が発生している。いつも参考にしているフジタケさんのホームページ「遊々きのこ」の表紙に、4月のきのことしてアミヒラタケが取り上げられているが、なるほどと納得する。もう少し成長するのを待って採取するつもり、去年は天麩羅にしたが、今年は塩焼きかバター焼きで食してみよう。

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千葉菌類談話会通信

Dsc05208 2009年3月31日(火) 3年前から会員となっている千葉菌類談話会の今年の会報「千葉菌類談話会通信 25号」が今日手元に届く。総頁数63頁、僅か1,000円の年会費でこんな立派なものを受け取ってよいものかと悩んでしまう。やらずぶったくりの大学・高校の同窓会費や会報とはえらい違いである。頁数だけでなく内容も充実している。会員諸兄姉の自主的投稿記事で構成されているが、いずれも渾身の力作揃い、きのこに対する情熱や愛情の深さがひしひしと伝わってくる。今回も全ての記事を楽しく拝読したが、特にM氏の「最終キノコ」(30頁)は秀逸、涙が出るほど面白い。これまでの会報が全号、千葉菌類談話会のホームページ(http://homepage2.nifty.com/chibakin/)で読むことが出来るのも嬉しい。

 

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