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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc064622009年5月30日(土)13:15~14:45 雨の中、増尾城址公園できのこ観察。林内のイチヤクソウは蕾がふくらみ今にも咲きそうな感じ、ウッドチップを撒布した場所では足の踏み場もないほどツバナシフミヅキタケが大発生している。食用になるらしいが、どうも食べる気がしない。結局、①アシナガイタチタケ、②アラゲキクラゲ(幼菌)、③イタチナミハタケ、④キクラゲ、⑤タマチョレイタケ(幼菌)、⑥ツバナシフミヅキタケ、⑦テングタケ(幼菌)、⑧ハイイロイタチタケ、⑨ハタケシメジ、⑩ヒビワレシロハツ、⑪マツオウジ、⑫不明種(モエギタケ属?)、⑬不明種(モエギタケ属?)、⑭不明種(ヒダナシタケ類)、⑮不明種の15種を見つける。フィールドが漸く賑やかになり始める。(写真は⑨)

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初鰹

Dsc064392009年5月29日(金) 5月も末になって漸く小宅の食卓に初カツオが上りました。お供は新製品のザ・マスター、アサヒ社には珍しいドイツビールタイプの本格派です。

「目には青葉山郭公初鰹」(素堂)、「鎌倉を生きて出でけむ初鰹」(芭蕉)、「俎板に小判一枚初鰹」(其角)

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カタクリ

Dsc064262009年5月28日(木) これも小柴山で採取したもの、自前のクール便を仕立て柏に持ち帰る。山野草愛好家から見ればカタクリを食べるなど叱られそうであるが、雪解けの林床に足の踏み場もないほど群生する東北の山では、ゼンマイやワラビを摘むのと同じ感覚である。また、多年草なので地中の鱗茎を残し、地上部の葉や花を摘み取るに留めれば問題はない。言い訳はともかく、カタクリはあくも癖もない山菜である。本日おひたしにしてもらう。ちょっとぬるみがあり、甘味がある。軽快な味、美味しい。

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コシアブラ

Dsc064352009年5月28日(木) 帰省中に宮城山形県境の小柴山に登り、コシアブラを採取する。東北の山は山菜の宝庫であるが、今の時期、「山菜採り、熊に注意!」とか、「命よりも山菜の方が大事ですか?」などと国道の電光掲示板が点滅する。山菜採りは、熊に遭遇したり、崖から落ちたりの事故が非常に多い。更に雪解け時期は、ぶゆが雲霞の如く湧きあがり、隙あらばと人間様につきまとう。並みのストーカーよりもずっとしつこいし、万一刺されると非常に痒い。予後も腫れ上がり痕が残る。そういう訳で、熊避けの鈴を何個もぶら下げ、防虫スプレーを噴霧しまくりながらのアルバイトになる。今回も熊にこそ出遭わなかったが、ぶよに両腕を11箇所も刺される。長袖シャツを着ていても袖口から入りこんでくるので始末が悪い。それでも親戚にコシアブラを配り、「山菜の王様だっぺ、珍しい!」と喜んでもらうと、苦労も報われる。残りを持ち帰り、今日天麩羅にしてもらう。若芽よりも、葉が少し開き始めたものの方が美味しい。腕の腫れは漸く引いてきたが、刺された痕は赤黒く水泡状態、ふるさとの山の記憶が暫らく身体に残る。

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ネマガリタケ

Dsc065062009年5月27日(水) 昨日、カタクリやコシアブラとともに小柴山登山時に採取したもの、ネマガリタケのタケノコとしては細く、物は余りよろしくない。時期もやや遅く伸び過ぎ。笹薮に深く分け入ればもう少し太いタケノコが取れたかもしれないが、山菜採りで一番事故が多いのがネマガリタケ採り、夢中になる余り藪の中で方向を見失ったり、崖から転落したりする。また、熊も好物なので藪の中でばったり遭遇する危険が高い。そんな訳で探索は専ら登山道傍に限られる。細いのも致し方ない。ネマガリタケのタケノコはくせもあくもなく淡白な味、生でも食べられる。今回は皮を剥きラップに包んで電子レンジで 1分間加熱、マヨネーズをつけて賞味する。深山の春の味がする。文句なく旨い。

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ビール神社(鹿嶋神社)

2009年5月25日(月) 日本全国に神社はDsc06285星の数ほどあるが、麦酒神社を名乗るのは恐らくここだけであろう。 所在地は宮城県桃生郡北上町(現・石巻市)十三浜字白浜、北上川が追波湾に注ぐ河口の白砂青松の地に鎮座する。仙台から70㎞、約2時間の道程である。北上山地南端の翁倉山と硯上山に登る前に、10年ぶりにお参りする。正式な社名は鹿嶋神社であるが、ビール神社と呼ばれるようになった由来が北上町観光協会の案内板に記されている。曰く、「当白浜地区に鎮座の鹿嶋神社は、室町時代(推定)に社守佐藤家の氏神として祀られ、今日に至っては当地区の産土様として篤く信仰されている。例祭には、契約講のDsc06281 人々が麦酒を作ってお供えするという全国的にも珍しい風習が終戦まで続いた。この麦酒をお供えするという風習は、いつ頃から起ったのかわからないが、地区内では次のような言い伝えがある。『ある年、大飢饉になりお米で作ったお神酒をお供えすることができず、麦で作ったお神酒をお供えした。やがてお米が収穫された年に、再びお米のお神酒をお供えしたら、その年には不漁不作のうえ、悪病が流行り病人が出る始末となったので、再び麦酒を作ってお供えするようになったといわれている』。当地区では、この言い伝えから例祭や諸祈願祈祷の際はビールをお供えするという風習が固く守らDsc06282れてきた。その後、酒造法が制定されたことで麦酒から市販のビールに変え、今日に至っている。 鹿嶋神社は、このような由来から地区の人々にビール神社と呼ばれて親しまれている。この神社には武甕槌神(たけみかづちのかみ)が祀られている。このことから武運長久の神様として勢いがあり、武道の必勝や商売繁昌・無病息災等で多くの人が訪れている」と。海水浴シーズンの前とあって観光客の姿はなく、集落は眠っているかの様に静かである。鹿嶋神社にも他にお参りする人の姿はなく、境内はひっそり閑と静まり返る。10年前に比べると、社殿も聊かうらぶれた感じがする。日本に4大ビール会社があり、県内に所属事業所も数多あるのだから、全国唯一のビール神社を、もっと盛り立てるような大口寄進があってほしいもの、そう願いながら鹿嶋神社を後にする。

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アワビの踊り焼き

Dsc062562009年5月24日(日) 「松島に旨いものあり 田里津庵 春に白魚 夏、鮑 秋は、はらこで 冬に牡蠣」、これが松島の味処として有名な田里津庵(たりつあん)の謳い文句である。塩釜港でハゼ釣りを楽しんだ後、息子夫婦と3人で田里津庵へ昼飯を食べに行く。注文したのは「豪快!あわびの踊り焼きコース」、一人前3,800円はランチにしては高いが、偶の事ではあるしと奮発する。アワビが小振りなので豪快と云う感じはしないが、味の方はまずまず、軟らかくて美味しい。まあ、これも話の種、次回以降はいつも通り、「牛タン定食、麦トロ飯お代わり自由」に復帰しよう。何といってもコストパフォーマンスが優れている。

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定点観察・南蒲生防潮林(仙台市)

Dsc062352009年5月23日(土)16:00~17:30 年に2、3回しか来ないのに定点観察と云うもおこがましいが・・・。仙台も今年の5月は例年に比べ少雨、林内は乾燥気味できのこの姿は殆ど見当たらない。辛うじて、クロマツの伐採木にマツオウジを、落葉の積もる地上にクヌギタケ属の小型菌を見つける。車に戻る途中、貞山堀沿いのサイクリングロードを歩くと今がハリエンジュ(ニセアカシア)の花盛り、天麩羅用に花穂を少し採取する。(写真はマツオウジ)

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飛鳥山公園

2009年5月20日(水) 旧古河庭園Dsc06228から上中里駅へ戻る途中、和菓子屋平塚亭に立ち寄り柏餅を仕入れる。そして平塚神社に参拝する。平塚神社は、平安後期の元永年中(1118-1119)創建とされる古社で、八幡太郎源義家命、加茂次郎源義綱命、新羅三郎源義光命の三柱を祀る。時間があるので、上中里駅前から王子駅へ延びる飛鳥の小径を歩いて飛鳥山公園へ。 東京の桜の名所だけあって、桜樹が鬱蒼たる緑陰を作る。公園の一角にある旧渋沢庭園を訪ね、国指定重要文化財の「晩香廬(ばんこうろ)」と「青淵文庫(せいえんぶんこ)」を見学する。旧渋沢庭園は、日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一(1840-1931)が、Dsc06223明治12年(1879)から亡くなる昭和6年(1931)まで、初めは別荘として、後には本邸として住まいした「曖依村荘(あいいそんそう)」跡である。住居等の主要部分は昭和20年(1945)の空襲で焼失してしまい、 晩香廬と青淵文庫の2つの小建築物だけが昔の面影をとどめている。晩香廬は大正6年(1917)の建築で、渋沢栄一の喜寿(77歳)を祝い、合資会社清水組(現清水建設㈱)の清水満之助が長年の厚誼を謝して贈った小亭である。因みに晩香廬の名は、バンガローの音に当てはめ、渋沢自作の詩「菊花晩節香」から採ったといわれる。青淵文庫は大正14年(1925)の建築、渋沢栄 一(号・青淵)Dsc06232の傘寿(80歳)と子爵に昇爵した祝いに、門下生の団体「竜門社」より寄贈された建物である。渋沢の収集した論語関係の書籍の収蔵と閲覧を目的とした書庫として建てられたが、書籍類が関東大震災で焼失してしまったため、実際には内外の賓客の接待に使用された。公開はどちらの建物も毎週土曜日の12:30~15:45のみ、残念ながらここも内部の見学は出来ない。懐かしの王子駅に出て、懐かしの都電に34年ぶりに乗る。昭和44年(1969)春に上京し、勤め先の事業所に通うのに6年半利用した駅と都電である。いつしか40年の時が流れ王子駅界隈も様変わり、それにしても懐かしい。都電で町屋に出て、千代田線に乗り換える。

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旧古河庭園

2009年5月20日(水) 東京都北区にある旧古河庭園へ今が盛りの春バラ鑑賞に出かける。Dsc06129 パンフレットには、「庭園は武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、北側の丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴です。この土地はもと明治の元勲・陸奥宗光の別邸でしたが、宗光の次男が古河財閥の養子になった時、古河家の所有となりました(当時の建物は現存していません)。現在の洋館と洋風庭園の設計者は、明治から大正にかけて、鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園洋館などを手がけ、日本の建築界の発展に多大な貢献をした英国人建築家のジョサイア・コンドル(1852-1920)です。日本庭園の作庭者は、京都の庭師・植治こと小川Dsc06167治兵衛(1860-1933)で、洋風庭園 に勝るとも劣らない魅力的な名園を造り上げています。旧古河庭園は、大正初期の庭園の原型を留める貴重な存在であり、平成18(2006)年1月26日に国の名勝に指定されました」とある。入園料は一般150円、良心的な価格である。平日にも関わらず見学者が多く、園内にはむせるようなバラの香りが漂う。洋館の周囲や洋風庭園には何十種類ものバラが植えてあり、中には珍しい青バラ系統の品種も見られる。青の軌跡(作出年:2008年、開発国:日本)、アブラカタブラ(1993、米国)、王朝(1983、日本)、オーナー(1980、米国)、Dsc06209オクラホマ(1964、米国)、ガーデンパーティー(1959、米国)、乾杯(1984、日本)、クレオパトラ(1994、独)、香貴(1995、日本)、ゴールデンメダイヨン (1984、独)、紫雲(1984、日本)、ジッフェ(1982、独)、シャルルドゥゴール(1974、仏)、朱王(1982、日本)、シルバースター(1964、独)、スターリングシルバー(1957、米国)、ダイアナプリンセスオブウェールズ(1999、米国)、デザートピース(1992、仏)、ニューアベマリア(1983、独)、熱情(1993、日本)、初恋(1994、日本)、パパメイアン(1963、仏)、ビッグドリーム(1984、米国)、フラグラントレディ(1991、仏)、ブルームーン(1964、独)、Dsc06212 フレンチレース(1982、米国)、マサコ(別名エグランタイン、1994、英)、ルージュメイアン(1983、仏)、レオニダス(1995、仏)、レディメイアン(1983、仏)、ロイヤルハイネス(1962、米国)、ロイヤルプリンセス(2002、仏)、わたらせ(1977、日本)、・・・・・。33種類を数えたところで力尽きたが、とにかく華やかなものである。心字池を中心にした日本庭園も落ち着いている。十三重塔や奥の院型灯篭のフォルムが良く、崩れ石積と茶室の景色も捨てがたい。洋館内も見学したかったが、往復はがきによる事前申込が必要とのことで叶わず。ベンチが全部埋まっているので休む場所もなく、一巡して引きあげる。(写真のバラは、上がクレオパトラ、下が初恋)

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休肝日

Dsc060372009年5月16日(土) 今日は冷凍庫の棚卸し、昨年釣って残っていた魚を全部取り出し天麩羅に揚げてもらいました。クロダイ1尾、コチ1尾、ドンコ2尾、ハゼ5尾、これで9つの命をやっと成仏させることができます。お供はアルコール0.00%のキリンフリー、たまの休肝日には最適です。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc061042009年5月14日(木) 強風のため栗山川河口の釣りを諦め、帰る途中の房総のむらできのこ観察。やはりきのこの姿は少なく、僅かにチャヒラタケとツバナシフミヅキタケを見る。三箇所目は増尾城址公園、ナラタケは終わり、代わりにハタケシメジが出始めている。半年振りの嬉しい出逢いに、朝からの曇り心が漸く晴れる。(写真はハタケシメジ)

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カジイチゴ

Dsc060822009年5月14日(木) 蓮沼海浜公園のきのこ観察フィールドにカジイチゴの群落がある。カジイチゴは太平洋側の暖地海岸に自生するキイチゴの仲間で、棘がなく花が大きいので庭に植えられることも多い。花は4月のアミタケ採りの頃に何回か見ているが、実を食べるのは今日が初めて。大粒の黄熟した実は一粒ひと粒がイクラのように見える。味は申し分なく、キイチゴ類の中では横綱大関級、キイチゴの王様モミジイチゴにも引けをとらず、甘く爽やかである。

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定点観察・蓮沼海浜公園(山武市)

Dsc060512009年5月14日(木)11:45~13:00 釣りの準備もして久し振りに蓮沼海浜公園へ。いつも通りのコースで松林を一周し、きのこ観察を行う。林内はウメガサソウの咲き始め、お辞儀するような花姿が可愛い。きのこの姿はまだ殆どなく、クロハツ(モドキ)、ササタケ、ホコリタケの3種を見つけただけに終わる。それでも、アマドコロの群生地とびっしり実をつけた山桑を何本か見つけ、カジイチゴの実を初めて試食できた事で良しとする。(写真はクロハツ)

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山菜三色

Dsc060322009年5月11日(月) 昨日、イワウチワやヒカゲツツジを見ようと大菩薩連嶺系の坪山に登ったものの、花の時期は完全に終わっており空振り(自惚山人ノオト「437.坪山」参照)。花より団子に切り替えて、タラの芽、モミジガサ(シドケ)、ワラビを採取してきました。コシアブラの新芽2個はおまけです。モミジガサは半分をおひたしにし、残りは明日にでもタラの芽(コシアブラも)と一緒に天麩羅にするつもり、ワラビもアク抜きしてお浸しです。いずれもビールの菜に最高!、さあ、今夜はとっておきの一番搾りの缶を開けましょう。(写真はモミジガサのおひたし)

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坪山で出逢ったきのこ

Dsc059682009年5月10日(日) 山中は乾いておりきのこの発生は殆ど見られない。硬質菌を除き、出逢いは只の一種類。沢沿いの伐採された針葉樹(スギ?)倒木上に3個発生していたが、オツネンタケモドキでもなし、フクロシトネタケでもない。もしかしたらカバイロチャワンタケか、傘径は5センチメートル内外、各種図鑑を調べたがよく判らない。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc059312009年5月8日(金)13:15~15:00  小雨の降る中、きのこ観察へ。GW明けの雨の園内に人の姿はなく、今日も絶好の観察日和。けれども茸の姿も少ない。頼みの綱のウッドチップの撒布された場所に行くとカブトムシの幼虫掘りの人がひとり、挨拶を交わしてツバナシフミズキタケの写真を撮る。林内は暗く、老眼ではうまく焦点が定まらない。結局、①キクラゲ、②ツバナシフミズキタケ、③ナラタケ(杉の切株上)、④ヒトヨタケ属(キララタケ?)、⑤不明種(イタチタケ?)、⑥不明種を観察したに止まる。また、伐採された杉の倒木にも⑦キクラゲらしき菌を見つけたが針葉樹には発生しない筈、シトネタケ属の菌かもしれない。(写真は②)

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ナラタケ雑炊

Dsc059182009年5月7日(木) 今にも泣き出しそうな空、肌寒い一日。昨日増尾城址公園で採取してきたナラタケで雑炊を作ってもらう。冷蔵庫の残り物が一掃できるらしく家人も大乗り気、身体ばかりでなく心もほっと暖まる。

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穂先筍(ほさきたけのこ)

Dsc059132009年5月6日(水) 今年も市内某公園の竹林で穂先タケノコ採り、竹林整備に一役買い、お土産に3本頂戴してきました。背丈ほどに伸びた若竹でも、先端の30センチメートルほどは軟らかく、下手なタケノコより美味しいくらいです。タケノコ同様、米ぬか(なければ米のとぎ汁でも可)を加え水から炊いてアク抜きします。汁の実も結構ですが、今回は油揚げ、蒟蒻と一緒に煮物にしてもらいました。 

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc058672009年5月6日(水)13:30~15:00  昨日から今朝にかけ10日ぶりの雨、きのこにとっては待望の慈雨が降る。小雨の城址公園に人の姿はなく絶好の観察日和、キンラン、ギンランの花が林内に楚々と咲いている。フィールドが漸く少し賑やかになり、①アラゲキクラゲ(幼菌)、②キクラゲ、③タマチョレイタケ④ツチナメコ(?)、⑤ツバナシフミヅキタケ、⑥ナラタケ、⑦フミヅキタケを観察する。(写真は⑥)

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家庭菜園事始

Dsc05857 2009年5月4日(月) 家人が着付けのお師匠さん宅の畑地を只同然で借り受け、家庭菜園を始めるという。ホームセンターで野菜苗はもとより、鍬や鋤まで買い込んでくる熱の入れ様、見るに見かねて手伝うことにする。車に水タンクや資材を積み、歩いても10分くらいの近所にある畑に出動すると、うーむ広い、広過ぎる。これでは趣味の家庭菜園どころか本格的農業すらできる。とりあえず一部に鍬を入れ、畝らしきものを作って各種野菜苗を植えつける。植え付けたのは、インゲン、枝豆、オクラ、カボチャ、サツマイモ(なると金時)、サトイモ、シシトウ、ジャガイモ(インカのめざめ)、トウモロコシ、ナス、パプリカ、ミニトマトの12種類、文字通りの七色畑である。支柱を立て苗を結わえて灌水し、本日の作業を終了する。元手が相当かかっているとみえ家人も真剣である。この先あまり当てにされても困るが、農学部出身の腕を頼りにされれば悪い気はしない。もっとも農業の知識は皆無に等しく、果たしてどうなることやら。

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サワラ・さわら・鰆

Dsc058542009年5月1日(金) スリランカ旅行から帰った翌日のお膳に、今年初めての鰆が並びました。カリー料理の連続で和食に恋焦がれていた身には嬉しい限りであります。味噌を日本酒で溶き、それに生姜汁を加えてタレを作り、そのタレを塗り焼き上げたとのこと、照焼きの応用のようです。家人の心遣いに感謝しつつ、心の中で「ちょっと切り身がちゃっこいなー(小さいな)」と呟きながら、旬の魚を美味しく頂きました。お供はのどごし生、今回は家人との不毛な遣り取りを避けるべく、これまた心の中で「麦酒だともっとあんべえ(案配)いんだがなあ」と呟くにとどめました。 「渚まで網干し島は鰆どき」(のり子) 

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ゴール旧市街と要塞 / 帰国

2009年4月29日(水) 5:10起床、小鳥の鳴き声に起される。TVをつけてBBCにチャンネルを回すと、メキシコで豚インフP1090350ルエンザ(SWINE FLU)の人への感染が起っているとのニュース一色。既に感染者数が1,600人、死者も150人とのこと、最近TVを見ていなかったので吃驚。 英国やNZでもメキシコからの帰国者に感染者が出ているらしい。いよいよ新型インフルエンザの爆発的感染の始まりか、それにしても豚とは?。 アルゼンチンはメキシコの航空路線を閉鎖、メキシコ市でも全てのレストランを閉鎖するなどパニックに陥りつつある。旅行会社も観光地も大打撃であろう。果たしてこれからどうなるか。7:00朝食、マンゴージュースを飲み、目玉焼きとベーコンを食べる。8:00出発、世界遺産「ゴール旧市街と要塞」見学へ向う。港町ゴールは、16世紀末にはポルトガルの植民地となり、17世紀半ばからはオランダの、1815年からはイギリスの支配下にあって独自の発展を遂げてきた。インド洋に突き出た岬を砦が取り囲み、その中に旧市街はある。先ずは時計塔が建つメインゲートへ行き、そこから砦へ上る。先端の牢獄跡まで行って碧い海を眺める。次は岬の先端へ、白亜の灯台が青空に映える。P1090354 積丹半島の島武意海岸と較べても遜色ないほど水は澄んでいる。もう二度と来ることはあるまいと思うといささか感傷的な気分にもなろうというもの。さて、いよいよ植民地時代の 面影を残す街歩きかと思いきや、これで見学を打ち切りコロンボヘ向うと言う。昨日10時間もかけてやって来たというのに幾らなんでも余りにも連れない。とほほ。バスは国道2号線を北上し、途中のレストランで休憩を取る。海岸へ出てみると浅瀬に大型のムラサキウニ(?)がごろごろ、スリランカではウニを食べる習慣がなく誰も獲らないとのこと、実に勿体無い。因みに、竹林が沢山あるのにタケノコも食べないとのこと、 いやはや勿体無い。再び走り出すP1090356と津波慰霊塔を見る。2004年12月26日に発生したスマトラ沖大地震による津波のため、この辺りで1,270人の人が亡くなったとのこと、日本の本願寺が制作寄贈した仏陀像が立つ。確かに海岸沿いに今でも廃屋が目立つ。津波被害の後、海岸から30m以内に建物を建てることは禁止されたというが、堤防や護岸の類は全くなく余りに無防備、これでは津波を防ぎようがない。いつの間にかうとうとしてしまい、目が覚めるとバスはコロンボ市内を走っている。コロンボはスリランカ一の大都会だけあって、人間は勿論、車やバイクが多い。街角の要所要所に銃を構えた警察官が眼光鋭く立哨する。これまでの旅行中、内戦による危険や治安の悪さは全く感じなかったが、コロンボ市内ではLTTE(タミル・イーラP1090358ム解放のトラ)のテロ攻撃を厳戒している様子、それでも完全制圧の日も近いとか、早く平和が訪れてほしいものである。日傘をさしている女性が多い。 日焼けを気にするはずはなく、単なる暑さ凌ぎであろうか。昼食は市内のレストランでタイ料理。トムヤンクンは辛くて酸っぱいが、ヒラタケと野菜の煮込みは美味。コロンボ市内観光はテロが怖いとのことで、官庁街やアメリカ大使館地区には近づけない。先ずベイラ湖の湖上に浮ぶシーマ・マラカヤ寺院へ行く。スリランカ版浮御堂は、同国の天才建築家ジェフリー・バワ(1919-2003)の設計である。こじんまりしているが細部まで斬新な意匠が凝らしてあり、特に四面連子窓(壁)のフォルムが美しい。二箇所目はヴィハーラ・マハー・デーウイ公園、タウンホール の前にバスを停め、道路を渡って園内に入る。入口に金色の仏像が鎮座P1090360する。暑いので奥深くまで歩く気力が失せ、途中から引き返す。最後は独立記念館、ポロンナルワ期の集会場を模して建てたホールで、2段傾斜の屋根にシンハラ建築の特徴が現れている。広場に立つ石像は初代大統領、その前に置かれたライオン像の表情が豊かである。土産物店に寄り休憩、トイレを借りて着替えもできる。日本料理店さくらの和食弁当をもらい空港へ向う。早速おかかのお握りと鶏の唐揚げ弁当 を車内で平らげる。16:00バンダーラナーヤカ国際空港に到着。プラバート氏にこの1週間のお礼を述べてお別れ。チェックインは個人毎、通路側座席を確保し搭乗券を受け取る。出国審査を済ませ、免税店でアラックの最高級品V.S.O.A.を購入する。それにしても時間がありすぎる。ロビー内をぶらぶらするが店舗が少ないので時間潰しに一苦労、書店でスリランカの野鳥図鑑を1冊買い求め、紅茶屋で紅茶5箱を買う。ドライフルーツを探したが見当たらない。19:50やっと搭乗、UL460便は来るとき同様がらがら。20:20離陸、マーレまで777㎞を成田とは逆方向に飛ぶ。やれやれ、直行便がある筈なのに・・。21:30マーレ国際空港着陸、機内待機のうちに後部の横3席を確保する。マーレから乗り込んでくる客も少なく3席占有可、間の肘掛を起こし横になる。22:30再離陸、時計を日本時間に合わせ3時間半進める(→4月30日2:00)。2:50食事が出る。3:30から8:20の間メモ帳に記録なし、いつしか眠ったようである。目覚めると香港上空を飛んでいる。今回の旅行中、T氏以外には3人の女性に色々とお世話になる。食事の席を確保してもらったり料理を運んでもらったりと至れり尽くせり、これが癖になったりしたら帰宅してから大変である。ために心して自戒する。8:50台湾南端のガランピ岬上空を通過、9:35機内に照明灯る。さあ、あと2時間、豚インフルの影響で成田空港は大騒ぎであろう。(完)

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