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ゴール旧市街と要塞 / 帰国

2009年4月29日(水) 5:10起床、小鳥の鳴き声に起される。TVをつけてBBCにチャンネルを回すと、メキシコで豚インフP1090350ルエンザ(SWINE FLU)の人への感染が起っているとのニュース一色。既に感染者数が1,600人、死者も150人とのこと、最近TVを見ていなかったので吃驚。 英国やNZでもメキシコからの帰国者に感染者が出ているらしい。いよいよ新型インフルエンザの爆発的感染の始まりか、それにしても豚とは?。 アルゼンチンはメキシコの航空路線を閉鎖、メキシコ市でも全てのレストランを閉鎖するなどパニックに陥りつつある。旅行会社も観光地も大打撃であろう。果たしてこれからどうなるか。7:00朝食、マンゴージュースを飲み、目玉焼きとベーコンを食べる。8:00出発、世界遺産「ゴール旧市街と要塞」見学へ向う。港町ゴールは、16世紀末にはポルトガルの植民地となり、17世紀半ばからはオランダの、1815年からはイギリスの支配下にあって独自の発展を遂げてきた。インド洋に突き出た岬を砦が取り囲み、その中に旧市街はある。先ずは時計塔が建つメインゲートへ行き、そこから砦へ上る。先端の牢獄跡まで行って碧い海を眺める。次は岬の先端へ、白亜の灯台が青空に映える。P1090354 積丹半島の島武意海岸と較べても遜色ないほど水は澄んでいる。もう二度と来ることはあるまいと思うといささか感傷的な気分にもなろうというもの。さて、いよいよ植民地時代の 面影を残す街歩きかと思いきや、これで見学を打ち切りコロンボヘ向うと言う。昨日10時間もかけてやって来たというのに幾らなんでも余りにも連れない。とほほ。バスは国道2号線を北上し、途中のレストランで休憩を取る。海岸へ出てみると浅瀬に大型のムラサキウニ(?)がごろごろ、スリランカではウニを食べる習慣がなく誰も獲らないとのこと、実に勿体無い。因みに、竹林が沢山あるのにタケノコも食べないとのこと、 いやはや勿体無い。再び走り出すP1090356と津波慰霊塔を見る。2004年12月26日に発生したスマトラ沖大地震による津波のため、この辺りで1,270人の人が亡くなったとのこと、日本の本願寺が制作寄贈した仏陀像が立つ。確かに海岸沿いに今でも廃屋が目立つ。津波被害の後、海岸から30m以内に建物を建てることは禁止されたというが、堤防や護岸の類は全くなく余りに無防備、これでは津波を防ぎようがない。いつの間にかうとうとしてしまい、目が覚めるとバスはコロンボ市内を走っている。コロンボはスリランカ一の大都会だけあって、人間は勿論、車やバイクが多い。街角の要所要所に銃を構えた警察官が眼光鋭く立哨する。これまでの旅行中、内戦による危険や治安の悪さは全く感じなかったが、コロンボ市内ではLTTE(タミル・イーラP1090358ム解放のトラ)のテロ攻撃を厳戒している様子、それでも完全制圧の日も近いとか、早く平和が訪れてほしいものである。日傘をさしている女性が多い。 日焼けを気にするはずはなく、単なる暑さ凌ぎであろうか。昼食は市内のレストランでタイ料理。トムヤンクンは辛くて酸っぱいが、ヒラタケと野菜の煮込みは美味。コロンボ市内観光はテロが怖いとのことで、官庁街やアメリカ大使館地区には近づけない。先ずベイラ湖の湖上に浮ぶシーマ・マラカヤ寺院へ行く。スリランカ版浮御堂は、同国の天才建築家ジェフリー・バワ(1919-2003)の設計である。こじんまりしているが細部まで斬新な意匠が凝らしてあり、特に四面連子窓(壁)のフォルムが美しい。二箇所目はヴィハーラ・マハー・デーウイ公園、タウンホール の前にバスを停め、道路を渡って園内に入る。入口に金色の仏像が鎮座P1090360する。暑いので奥深くまで歩く気力が失せ、途中から引き返す。最後は独立記念館、ポロンナルワ期の集会場を模して建てたホールで、2段傾斜の屋根にシンハラ建築の特徴が現れている。広場に立つ石像は初代大統領、その前に置かれたライオン像の表情が豊かである。土産物店に寄り休憩、トイレを借りて着替えもできる。日本料理店さくらの和食弁当をもらい空港へ向う。早速おかかのお握りと鶏の唐揚げ弁当 を車内で平らげる。16:00バンダーラナーヤカ国際空港に到着。プラバート氏にこの1週間のお礼を述べてお別れ。チェックインは個人毎、通路側座席を確保し搭乗券を受け取る。出国審査を済ませ、免税店でアラックの最高級品V.S.O.A.を購入する。それにしても時間がありすぎる。ロビー内をぶらぶらするが店舗が少ないので時間潰しに一苦労、書店でスリランカの野鳥図鑑を1冊買い求め、紅茶屋で紅茶5箱を買う。ドライフルーツを探したが見当たらない。19:50やっと搭乗、UL460便は来るとき同様がらがら。20:20離陸、マーレまで777㎞を成田とは逆方向に飛ぶ。やれやれ、直行便がある筈なのに・・。21:30マーレ国際空港着陸、機内待機のうちに後部の横3席を確保する。マーレから乗り込んでくる客も少なく3席占有可、間の肘掛を起こし横になる。22:30再離陸、時計を日本時間に合わせ3時間半進める(→4月30日2:00)。2:50食事が出る。3:30から8:20の間メモ帳に記録なし、いつしか眠ったようである。目覚めると香港上空を飛んでいる。今回の旅行中、T氏以外には3人の女性に色々とお世話になる。食事の席を確保してもらったり料理を運んでもらったりと至れり尽くせり、これが癖になったりしたら帰宅してから大変である。ために心して自戒する。8:50台湾南端のガランピ岬上空を通過、9:35機内に照明灯る。さあ、あと2時間、豚インフルの影響で成田空港は大騒ぎであろう。(完)

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