« 旧古河庭園 | トップページ | 定点観察・南蒲生防潮林(仙台市) »

飛鳥山公園

2009年5月20日(水) 旧古河庭園Dsc06228から上中里駅へ戻る途中、和菓子屋平塚亭に立ち寄り柏餅を仕入れる。そして平塚神社に参拝する。平塚神社は、平安後期の元永年中(1118-1119)創建とされる古社で、八幡太郎源義家命、加茂次郎源義綱命、新羅三郎源義光命の三柱を祀る。時間があるので、上中里駅前から王子駅へ延びる飛鳥の小径を歩いて飛鳥山公園へ。 東京の桜の名所だけあって、桜樹が鬱蒼たる緑陰を作る。公園の一角にある旧渋沢庭園を訪ね、国指定重要文化財の「晩香廬(ばんこうろ)」と「青淵文庫(せいえんぶんこ)」を見学する。旧渋沢庭園は、日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一(1840-1931)が、Dsc06223明治12年(1879)から亡くなる昭和6年(1931)まで、初めは別荘として、後には本邸として住まいした「曖依村荘(あいいそんそう)」跡である。住居等の主要部分は昭和20年(1945)の空襲で焼失してしまい、 晩香廬と青淵文庫の2つの小建築物だけが昔の面影をとどめている。晩香廬は大正6年(1917)の建築で、渋沢栄一の喜寿(77歳)を祝い、合資会社清水組(現清水建設㈱)の清水満之助が長年の厚誼を謝して贈った小亭である。因みに晩香廬の名は、バンガローの音に当てはめ、渋沢自作の詩「菊花晩節香」から採ったといわれる。青淵文庫は大正14年(1925)の建築、渋沢栄 一(号・青淵)Dsc06232の傘寿(80歳)と子爵に昇爵した祝いに、門下生の団体「竜門社」より寄贈された建物である。渋沢の収集した論語関係の書籍の収蔵と閲覧を目的とした書庫として建てられたが、書籍類が関東大震災で焼失してしまったため、実際には内外の賓客の接待に使用された。公開はどちらの建物も毎週土曜日の12:30~15:45のみ、残念ながらここも内部の見学は出来ない。懐かしの王子駅に出て、懐かしの都電に34年ぶりに乗る。昭和44年(1969)春に上京し、勤め先の事業所に通うのに6年半利用した駅と都電である。いつしか40年の時が流れ王子駅界隈も様変わり、それにしても懐かしい。都電で町屋に出て、千代田線に乗り換える。

|

« 旧古河庭園 | トップページ | 定点観察・南蒲生防潮林(仙台市) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 旧古河庭園 | トップページ | 定点観察・南蒲生防潮林(仙台市) »