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奥の細道三十三霊場 第二十一番 宝珠山立石寺(山形市)

2009年8月27日(木) 8時半過ぎにマンションを出て仙台駅9:37発の山形行きに乗る。10:30山寺駅着、まだ夏休みなのかカップルや関西訛りの旅行者が多い。駅のホームから山寺の全容を眺めることができる。Dsc08183 又、北面白山が東の空に形の良い姿で聳えている。宝珠橋を渡って門前町を行き、石段を昇ると根本中堂(国指定重文)の前に出る。招福布袋尊をなでてから根本中堂(本尊は木造薬師如来坐像)にお参りする。山寺は宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)といい、貞観二年(860)清和天皇の勅願によって慈覚大師が開いた天台宗の古刹である。根本中堂は延文元年(1356)初代山形城主斯波兼頼が再建した入母屋造り五間四面の建物で、ブナ材の建築物としては日本最古といわれる。芭蕉の門人たちが嘉永六年(1853)に建てた句碑、「閑さや 巌にしみ入 蝉の聲」を確かめ、その奥の清和天皇の供養塔(多宝塔)を眺める。山寺に無数にある石塔のなかで最も古いものだそうである。出羽国山寺総鎮守である日枝神社にもお参りし、樹齢1,100年と推定されるご神木の大銀杏を眺め、その側に立つ高浜虚子、Dsc08224年尾の親子句碑を吟味する。「いてふの根 床机斜に 茶屋涼し」(虚子)、「我もまた 銀杏の下に 涼しくて」(年尾)、なるほど。御神輿殿、こけし塚、亀の甲石など見所が多く、なかなか山門に辿り着けない。一般の人が写経できる常行念仏堂と、除夜の招福の鐘として知られる鐘楼を右手に見ると漸く山門である。そこから奥の院までの石段は八百余段、いよいよ登りにかかる。まず拝観料300円を納め山門をくぐる。姥堂、笠岩、四寸道、せみ塚、弥陀洞に立ち寄りつつ高度を上げていく。弥陀洞は見る人が見れば丈六の阿弥陀如来のお姿に見えるとのこと、色々な角度から暫らく眺めてみたがとうとう分らず、まだまだ信心が足りないようである。開山堂・五大堂と奥の院との分岐に出て先ずは開山堂・五大堂へ。開山堂には慈覚大師の木像が安置されているが扉が閉まっており内部は窺えない。Dsc08222 開山堂の左手の大岩上に建つ赤い小さな御堂は納経堂で山内で最も古い建物、その真下に慈覚大師が眠る入定窟があるらしい。開山堂の右手、石段を昇った高処が五大堂、本来は五大明王を祀る御堂であるが現在は単なる見晴台、中はがらんどうである。但し、山寺随一の展望台の名に恥じず、立石沢に沿う集落とその奥の奥羽山脈主脈(南面白山、小東岳、糸岳か)の眺めが良い。分岐へ戻って奥の院へ。途中に性相院(本尊:阿弥陀如来)、金乗院(本尊:延命地蔵菩薩)、中性院(本尊:阿弥陀如来)、華蔵院(本尊:聖観世音菩薩)の4支院がある。江戸時代までは12の塔頭支院があったが、明治維新時の廃仏棄釈で衰退し、4支院にまとめたらしい。中性院のおびんづる様をなで、向かい側に建つ最上Dsc08247義光霊屋を見てから、最上部に建つ奥の院如法堂と大仏殿にお参りする。 奥の院の右手に尚山上へ続く道があるが、立入禁止となっている。大仏殿の本尊は金色に輝く堂々たる丈六の阿弥陀如来坐像である。昔この御堂はなかったように思うが、いつ頃建立されたものであろう。如法堂は明治五年の再建で、本尊は慈覚大師が中国で修行中に持ち歩いたという釈迦如来と多宝如来である。最後に奥の院の手前左手の台地上に建つ華蔵院にお参りする。入口右手の大岩の胎内に国指定重要文化財の三重小塔が納められている。相輪に「羽刕立石寺谷屋 石黒参河 立者静運 十穀静允作 榮壽栄金 永正十六己卯年六月吉日」の銘があり、本尊は大日如来とのこと。永正十六年は1519年に当たるので、約500年前の室町時代末期の建立である。総高160㎝ほどの小さな三重塔であり、朱色鮮やかなのは昭和54年(1979)に解体修理が施されたためである。華蔵院は山寺の中で唯一聖観世音菩薩を本尊に祀るお寺、般若心経を唱えながらお参りする。山上を吹き抜ける風が涼しい。下山は一気呵成、幾つもの岩窟が見える釈迦ヶ峰は転落危険のため修行者以外の立入は禁止、そこにある釈迦堂や六観音、地獄谷(行者戻)、胎内堂、Dsc08264胎内くぐりなどには近づけない。「みちのくの仏の山のこごしこごし 岩秀に立ちて汗ふきにけり」(斉藤茂吉)の気分は味わえない。 最後に、「ほろびゆく もの美しき 遠き世の 供養の文字乃 苔にやつるも」(素堂)の歌碑を見て、抜苦門をくぐり山寺を下りる。山寺駅に着くと12:58の電車にタッチの差で間に合わず、次の電車まで1時間もある。時間潰しに駅前にある山菜精進料理の店おのやに入り、元祖いもこそばを食べる。温かい蕎麦に山形名物の芋煮をトッピングしたもので1,200円也、いわゆる田舎そばであるが別々に食べた方が美味しいかも。おのやの前身は「東泉坊」なる宿坊で松尾芭蕉も泊まった由緒ある宿とのこと、今はレストランとともに山寺ペンションを経営している。それにしても今日はご朱印帳を忘れたために、根本中堂、4支院、本坊の6箇所の御朱印を受け損なう。惜しいことをしたものである。15:00仙台着。

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