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ギネス・エクストラ・スタウト(GUINNESS EXTRA STOUT)

Guinness_extra_stout 2009年9月29日(木) 近所のスーパーで購入したギネスのエク ストラスタウトを飲む。ギネススタウトは黒ビールの最高峰であり、アイルランドの首都ダブリンに本社工場を構えるギネス・ブルワリー社(1997年、アーサーギネス社とグランドメトロポリタン社の合併により誕生したディアジオ社の構成会社)の看板商品である。輸入者及び販売者は麒麟麦酒株式会社とある。確か昨年まではサッポロ・ギネス社が輸入元だったように記憶するが何時の間に変わったのであろう。中味も変わり、アルコール分が6%から5%に減少している。そのせいか非常に01 飲みやすくなり幾らでも飲める。ダブリンの本社工場には1987年と1992年の二度訪問し、当時のブルーマスターに工場を案内してもらうなど大変お世話になっている。時々ギネススタウトを飲まねばならぬ義理がある。それにしても旨い!(下の写真は1987年7月訪問時のアーサーギネス社本社工場の建物、1759年創業の歴史と伝統の重みを感じさせる)

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木瓜(ぼけ)酒

Dsc090152009年9月27日(日) 4年前に作った木瓜酒を飲みきってしまったので、庭のボケの木に生っている実を採取し、果実酒に仕込む。不揃いの実は秤で計るとちょうど500グラム、大きいものは4つ割り、小さいものはそのまま広口瓶に入れ、氷砂糖400グラムと35度のホワイトリカー900ミリリットルを加える。後は冷暗所に保存し抽出と熟成を待つだけ、木瓜酒は梅酒や花梨酒に勝るとも劣らない優品、楽しみである。  

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菜園の恵み(8) インゲン

Dsc09002 2009年9月26日(土) 今日は初めてツル有りインゲンを収穫しました。細い鞘がまだ沢山下がっているし、花も次々着くのでこれから先も大いに期待が持てます。インゲンはお浸し、汁の実、煮物、炒め物、和え物、天麩羅と用途が幅広く万能野菜です。この調子なら近所にお裾分けできるかも。オクラ、シシトウ、ナス、ミニトマトの夏野菜は終わりかけ、モロヘイヤも花の後に鞘状の実が伸びてきました。タネを採るため葉を摘むのを止め大事にしています。

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アメリカマツタケ

Dsc089942009年9月25日(金) 柏駅の高島屋で家人が購入してきたアメリカ産マツタケは「虫喰い」とあり、良く見ると確かに虫孔が認められます。それでも普段採取して食べている野生きのこは虫をまぶしたようなものが多いので、これ位は全く問題がありません。これで正常品の半値とは申し訳ないほど、早速塩水に2時間ばかり浸けて虫出ししてから、マツタケご飯を作ってもらいました。アメリカマツタケは学名がTricholoma magnivelare であるのに対し、日本産マツタケはT.matsutakeであり、種類が違うことが分ります。マツタケの香りはありますがやや弱く、食感ははエリンギに近いようです。それでも我が家では滅多に食べられないご馳走、大変美味しくいただきました。

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シバグリ

Dsc08998 2009年9月24日(木) 市内の公園2、3箇所を回り、5連休後のお目こぼしのシバグリを拾う。不況を反映してか、例年なら見向きもされず沢山落ちているシバグリが今年は極めて少ない。安近短レジャーの最たるものとして、この連休中に大勢の親子が公園で栗拾いに興じたものと見える。姿形は栽培品の丹波栗に遠く及ばないものの、シバグリの風味は格別、香りが高く甘味が強い。栗ご飯や渋皮煮にするには小粒で手間がかかるので、茹でてそのまま食べるのがベストと思われる。

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彼岸の中日

Dsc08992 2009年9月23日(水) 今日は彼岸の中日、早起きした家人が何やら台所で奮闘していると思ったら、おはぎを作っていたようです。早速仏壇に供える様子、娘に手厚く供養してもらい、昨年末に亡くなった義父の霊もさぞかし喜んでいることでしょう。十方三世一切佛(じーほうさんしーいーしーふー)諸尊菩薩摩訶薩(しーそんぶーさーもーこーさー)摩訶般若波羅蜜(もーこーほーじゃほーろーみー)、合掌。

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ピルスナーウルケル(Pilsner Urquell)

Dsc08989 2009年9月21日(月) 娘が楽天市場で購入したチェコのビール、ピルスナーウルケルを飲む。アルコール分4度以上5度未満、原材料は大麦麦芽とホップのみ、いわゆる麦芽100%ビールであり、ホップが効いた本格的なビールである。輸入元は日本ビール株式会社(東京都目黒区上目黒1丁目8番10号、℡:03-5489-8888(代))とある。ピルスナー・ウルケルは「元祖ピルゼンビール」という意味であり、チェコのピルゼン市にある同名の会社が製造するブランドである。もともとは1842年、ピルゼンの醸造業者が共同で建設した市営醸造所が前身であり、そこで製造された下面発酵・低温熟成ビールは真っ白な泡を持ち黄金色に輝く素晴らしい品質であったという。即ち、従来の褐色で重くるしいビールとは全く違い、こく・きれを兼ね備えた軽快な淡色ビールであったらしい。それ以降新しいタイプの淡色ビールはピルスナー(ピルゼン風ビール)と呼ばれて世界中に広まり、今では全ビールの95%を占めるまでになっている。世界の主流ビールの元祖・家元・原点・故郷を名01乗るだけに、チェコの人々のビールに対する思い入れは非常に深く、またプライドも極めて高い。チェコのビール生産量は年間190万キロリットル(2008年)で国別では18位にすぎないが、一人当たり年間消費量は大瓶換算229本(2007年、日本は78本で38位)、長年に亘り堂々世界のトップに君臨している。(下の写真は1988年訪問時のPU社、140年以上製法を変えていないという事で当時の醗酵槽は何と木製桶)

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丹波栗

Dsc089612009年9月19日(土) 息子のお嫁さん実家から頂戴した初秋の実り、朝取り枝豆と新玄米30キログラムと一緒にお母さんが届けに来てくれました。いつもながらの見事な大栗、近所の公園で拾うヤマグリとは雲泥の差です。何でも先祖代々のクリ畑・栗林があるとのこと、そのうち見学させてもらうことになりました。クリは昔から家人の大好物、三時のおやつに早速茹で栗が出たと思ったら、夕飯のお膳には栗ご飯が並びました。残りは昨年同様渋皮煮を作るつもりのようです。S様いつも大変ありがとうございます。

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霊園きのこ

Dsc089392009年9月18日(金) 一家総出で小平霊園へお墓参り、お彼岸の期間中(20日~26日)は込むので少し早めに出かける。5連休前日のためか外環道も一般道も渋滞しており、2時間以上もかかる。妻や娘がお墓の清拭や草むしりをしている間に緩衝林の中できのこ探し、サクラの切株に例年同様ナラタケモドキが出ている。今年はどんぴしゃのタイミング、ちょうど採り頃、数箇所から採取しただけでレジ袋が満杯になる。帰宅してから柄を取り除き、塩水に浸けて虫出し、軽く茹でて小分けし、冷凍庫に保存する。ナラタケモドキは消化が悪いので過食は禁物とのこと、汁の実、おろしあえ、佃煮などにして少しずつ食べることにしよう。

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc088862009年9月16日(水) このところ何回か雨が降ったので手賀の丘公園へ。それにしても九月の長雨は一体どこへいってしまったのか、まだまだ土中の水分は足りない。今日見つけたのは平凡な種類ばかりの19種。テングタケの仲間がまだ多いが、チチアワタケが出始め、そろそろ夏きのこから秋きのこへとフィールドの主役が交代する。
《観察種》 ①②アセタケ属、③ウスキテングタケ、④ウスキモリノカサ、⑤オニタケ、⑥ガンタケ、⑦クサイロハツ、⑧シロヒメカラカサタケ、⑨センボンイチメガサ、⑩チチアワタケ、⑪テングタケ、⑫テングツルタケ、⑬ドウシンタケ、⑭ニガクリタケ、⑮ノウタケ、⑯ヒビワレシロハツ、⑰ベニタケ属、⑱マントカラカサタケ、⑲ヤブレベニタケ( 写真は③)

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マツタケご飯

2009年9月15日(火) Dsc08868今日は家人の五十何歳かの誕生日。午前、新柏駅前の東武ストアに出かけた家人が、3本980円の中国産マツタケを抱えて戻ってくる。どうやら今晩はマツタケご飯を焚いて、義母の敬老の日(今年は21日)と自分の誕生日をまとめて祝うつもりらしい。お相伴に与かる都合上、慌てて南柏駅前のコージー・コーナーへ走りミルフィーユを購入する。その後、畑に行ったり、散髪に行ったり、ブログを書いたりするうち夕飯の時間になる。何とお膳に並んだのはマツタケご飯だけではない!。茹で毛蟹、粕漬け赤魚の焼き物、ソーセージとシシトウの炒めもの、モロヘイヤのお浸し、もって菊のおひたし、アオサノリ入り味噌汁など、我が家にしてみれば盆と正月が一緒に来たような大ご馳走が出る。確か自分(筆者)の誕生日の時はホッキ飯の一品料理だったような気が・・・、まあ、余計なことは言うまい。ここは惚けたふりをしてニコニコと食べておくのが無難、忍・忍・忍。

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筑波山で出合ったきのこ

Dsc087892009年9月14日(月) 筑波山の数ある登山道の中で一番ハードと思われる薬王院コースを登下降し、序にきのこ観察を行いました(「自惚山人ノオト」の442.筑波山をご参照下さい)。雨不足で山中は乾いており、見つけたきのこは僅かに8種類、貧果に終わりました。
《観察種》 ①アラゲコベニチャワンタケ?、②カイメンタケ、③シラタマタケ、④チチタケ属、⑤ツガサルノコシカケ、⑥ナカグロモリノカサ、⑦ニガクリタケ、⑧ヒメカバイロタケ、⑨ミヤマタマゴタケ?(写真は⑥)

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四ヶ月後の家庭菜園

Dsc08761_22009年9月13日(日) 家庭菜園を始めて早や4ヶ月、畑仕事にも大分慣れてきました。自宅にいる日は必ずといってよいほど草取りや散水のため菜園に通っています。釣りやきのこ採りと較べると意外性には欠けるものの、労働や努力の量に見合った報酬(収穫)があるのが魅力です。 只今青虫(蝶の幼虫)が大発生し、自家製虫除け(竹酢液+ニンニク抽出液+トウガラシ抽出液)を噴霧していますが、効果がないので弱っています。

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干し栗きんとん

Dsc088672009年9月12日(土) そろそろ今年も新栗の採れる時期が近づいてきました。備蓄してきた昨年産の乾し栗もそろそろ出番、家人に処分される前にと栗きんとんを作ってみました。ラジオペンチなどを使って殻を剥き(根気仕事!)、剥き実を鍋に入れ少量の水に一昼夜浸してから、砂糖を加えてとろ火で加温、へらで攪拌しながらゆっくり煮詰めました。仕上げにブランデーをたらして出来上がり。風味は生栗から作るものには及びませんが、十分食べられます。茹でて干し栗にすれば常温で一年程度は(おそらく数年間は大丈夫)保存可能なことが判り、それだけでも収穫でした。

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鎌倉散策(金沢街道コース)

2009年9月10日(木) 朝一、6日の釣行記をブログにアップ、その後畑へ行って水撒き。10:30ホッキ飯のお握りを2個もらい鎌倉へ。P1100195 12:35鎌倉駅着、何時来ても鎌倉は人で一杯である。駅前からバスに乗って浄明寺で下車、早速拝観料を納め山門をくぐる。稲荷山浄明寺は臨済宗建長寺派に属し文治四年(1188)の建立、開基は源頼朝の重臣足利義兼(よしかね)で開山は退耕行勇(たいこうぎょうゆう)である。鎌倉五山第五位の由緒ある寺で室町時代は境内に23の塔頭を持つ大寺院であったが、現在は衰退し、総門、本堂、客殿、庫裡が残るにすぎない。境内の最奥最上部の塔頭跡に洋風レストランが建ちイングリッシュガーデンまである。テラスでアイスコーヒーを飲んだが 何とも異質な空間、納経印を貰い早々に退散する。二箇所目は報国寺、名物の孟宗竹林の拝観料は200円である。功臣山報国寺も臨済宗建長寺派に属し建武元年P1100212(1334)の建立、開基は足利家時で開山は天岸慧広(てんがんえこう)である。竹林が有名で竹寺と呼ばれるらしいが、入ってみるとそれ程広いわけでもない。込み入り過ぎで少し間引いた方が涼感が出るのではと思うほど、そこにも竹林の奥に茶店があり繁盛している。鎌倉のお寺はどこも商売熱心である。坂東三十三観音霊場の第一番札所杉本観音は以前お参りしているのでパス、三箇所目の瑞泉寺へ向かう。 錦屏山瑞泉寺は臨済宗円覚寺派に属し嘉暦二年(1327)の建立、中興開基は足利基氏(もとうじ)で開山は夢窓疎石(夢窓国師)である。鎌倉公方(鎌倉府の長)の菩提寺として鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式ある寺院で、鎌倉随一の花の名所といわれる。今は純白の芙蓉の花盛り、所狭しと咲いている。納経印をもらってから境内の藤棚の下で一服、P1100266持参のお握りを食べる。寺背の山の頂にある一覧亭に登りたかったが、登り口の池泉式庭園左奥の木戸は閉まっており立入禁止のようである。境内にある文学碑や歌碑をチェックする。大宅壮一や久保田万太郎の文学碑と並んで、 高崎市出身の歌人吉野秀雄の歌碑(「死をいとひ生をもおそれ人間のゆれ定まらぬこころ知るのみ」)が建つ。以前高崎で暮らしていたとき、高崎市タワー美術館で開催中の「吉野秀雄生誕百周年企画展」を観賞した事(日記をめくると2002年12月6日)を懐かしく思い出す。「ふた方に浅間白根の噴きけむり直立つかもよゆく春の空」(吉野秀雄)、群馬県の山々が懐かしい。四箇所目は鎌倉宮、創建は明治二年(1869)と新しく、祭神は後醍醐天皇の皇子護良親王(大塔宮)である。社殿の後ろ手に親王最期の地と伝わる土牢がP1100405残るらしいがパス、市指定天然記念物のオガタマノキを見物し、拝殿でお参りしただけ で五箇所目の荏柄(えがら)天神社へ向かう。荏柄天神は長治元年(1104)の創建、祭神は菅原道真で古くは荏柄山天満宮とも称し、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と並び日本三天神のひとつに数えられていたらしい。本殿は国の重要文化財である。石段を登りきると右手に市指定天然記念物のご神木、乳イチョウの巨樹が聳える。境内には尾崎迷堂の句碑も建つ。六箇所目は源頼朝の墓、小山の中腹に建つ。元は頼朝自身の持佛堂であった法華堂の跡で、現在の供養塔は薩摩藩第八代藩主島津重豪(しげひで)(1745-1833)が整備したものとされている。頼朝の墓所の右脇に「元祖島津豊後守忠久石塔道」と刻まれた石碑が建ち、その右手に山道が続いている。登ってみると崖の中腹に穿たれた岩窟の中に三つの墓が並んでいる。頼朝の側近で鎌倉府の政所初代別当の大江広元(1148-1225)、島津氏の祖島津忠久(生年不詳-1227)、大江広元の四男毛利季光(1202-1247)の墓である。傍らの墓碑に「奉寄進 玉垣兩所 石燈籠兩基 石盥盤一P1100415箇 安永八年(1779)己亥二月 薩摩中将源重豪」と刻まれている。 恐らく安永年中に頼朝の墓と一緒に整備されたものであろう。先祖墓を頼朝の墓より高処に造るなど、見様によってはこちらの方が立派である。七箇所目は宝戒寺、鎌倉一の萩の名所である。金龍山宝戒寺(天台宗)は建武二年(1335)の創建、開基は後醍醐天皇で開山は五代国師(円観慧鎮)である。到着したのが閉門10分前でゆっくり拝観はできなかったが、滅亡した北条一族の霊を弔うかのように境内一面に白萩が咲く。最後は鶴岡八幡宮、もう夕方の5時近くというのに修学旅行と思われる生徒がぞろぞろ参拝に訪れる。ここも白花の蓮池が美しい。今日は四ヶ寺、三社にお参りしてさすがに草臥れる。豊島屋本店でダイヤ糖を購入し17:16の成田空港行きに乗る。19:30帰宅、直ぐにうがいと手洗いを行う。

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鎌倉五山第五位 浄明寺

2009年9月10日(木) 山門前に立つ鎌倉市の説明案内板を読むと、「稲荷山浄妙寺は臨済宗建長寺派に属し、P1100192 源頼朝の伊豆挙兵以来の重臣・足利義兼が、退耕行勇(たいこうぎょうゆう)を開山として文治四年(1188)に建立、行勇は源頼朝や政子が帰依した高僧である。鎌倉五山第五位の由緒ある禅宗の寺で、室町時代は境内に二十三の塔頭を持つ大寺院であったが、火災などのため漸次衰退し、現在は総門、本堂、客殿、庫裡が残るのみ、茶室・喜泉庵と枯山水の庭は平成三年に復元されたものである。本堂の奥にある鎌足稲荷神社は鎌倉の地名の由来になったとされる」とある。受付で拝観料を納め、本堂にお参りする。さすがに立派な建物である。枯山水の庭を覗いてから境内を奥へ登っていくと、最上部の塔頭跡に洋館が建ちイングリッシュガーデンまである。そこは浄明寺が経営するレストランであり、中に入って庭を眺めながらアイスコーヒーを飲む。何とも異質な空間、精進料理なら理解できるが、昼から般若湯(ワイン)を飲んで食事をしている婦人連が多い。さすがは鎌倉、寺院商売もここまでやるかと感心する。和風庭園もありシモツケソウやハギも若干咲いてはいるが、他には特に見るべきものもなく、納経印を戴いて早々に退散する。

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菜園の恵み(7) モロヘイヤ等

Dsc08748 2009年9月9日(水) 暫らくぶりの畑仕事は新鮮、大根植え付け予定地の土起こしに汗を流す。畝を何本か作り石灰と肥料を撒いて土に漉き込む。どうやら格好がつく。先月13日に苗を植えたモロヘイヤが収穫期を迎え2日間隔で美味しいお浸しが食べられる。ツルありインゲンも花芽が着き始める。ブロッコリー(8月17日植付け)も聖護院大根(8月31日植付け)も生育順調、期待が持てる。まだまだ腕が未熟なのと完全無農薬なので、手間要らずの丈夫な作物が良い。ミニトマトはそろそろ終盤、オクラとシシトウとナスは依然頑張っている。

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc087332009年9月9日(水) 暫らくまとまった雨が降らなかったとみえ森の中は乾燥気味、朝晩めっきり涼しくなり夏きのこは終わってしまったのか、アカヤマドリもムラサキヤマドリタケもヤマドリタケモドキも全く出ていない。乾燥に強いフクロツルタケばかりがやたらに目に付き、他は種類も量も極端に少ない。
《観察種》 ①アイバシロハツ、②ウラベニガサ、③カブベニチャ?、④クサイロハツ、⑤ナカグロモリノカサ?、⑥ノウタケ、⑦ヒカゲウラベニタケ、⑧ヒビワレシロハツ、⑨フクロツルタケ、⑩マントカラカサタケ、⑪マンネンタケ(前回と同じもの)(写真は⑩)  

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男みちのく五能線

2009年9月4日(金) 5:00、地区のDsc08637チャイムで目が覚める。田舎の朝は早い。今日は五能線に乗って仙台に帰るだけであるが、一度ゆっくり訪れて十二湖巡りなどやってみたいもの。朝食の膳には、 魚の照焼き、イカの塩辛、ワラビの漬物、モロヘイヤのお浸し、きのこ汁など一般のホテル泊では味わえない家庭料理が並ぶ。8:30お土産にアオサノリと昼食用のお握りをもらい、十二湖駅へ車で送ってもらう(歩いても10分ほどか)。五能線下り弘前行きが到着すると、団体旅行客がぞろぞろ下りてくる。駅前には大型観光バス2台が待ち受けており、これから十二湖観光へ向かうのであろう。9:09発、車輌左側の座席に陣取る。五能線は鯵ヶ沢駅までは海岸に沿って走るのでDsc08653日本海を常時眺めることが出来るが、逆に海際から急激に立ち上がる白神山地は近過ぎるため拝めない。沿線風景は田畑が主で特にドラマチックな眺望が得られるわけではないが、目に優しい景色が続く。 9:40深浦駅着、深浦市は西津軽の中心地、江戸時代北前船の風待ち湊で栄えた街であるが、昨今の地方都市の例に漏れず元気がない。列車は景色の良い箇所にさしかかると何となくスピードを落としてくれるような気がする。ローカル線ならではの乗客サービスかも、JRも漸く民間会社らしくなったということであろう。 艫作(へなし)、驫木(とどろき)、風合瀬(かそせ)など 読み方の難しい駅名が多い。水森かおりが歌う「五能線」(作詞木下龍太郎、作曲弦哲也)に出てくるよ うな女人Dsc08667は車内に見当たらない。「どこへ行ったらあなたから旅立つことが出来るでしょうか 残りの夢を詰め込んだ鞄を膝に列車旅 女みちのく五能線 窓いっぱいに日本海・・・」。五能線にはリゾートしらかみ号のような新型電車より、一、二輌編成の旧式電車のほうがよく似合う。途中から降雨、岩木山も雲に隠れ裾野しか見えない。鯵ヶ沢駅に到着すると日本海の景色ともお別れ、それにしても地方都市の寂れようは只事ではない。駅前といえども閑散、建物も人も皆くたびれていて全く活気がない。列車は広々とした津軽の野に出る。リンゴ畑も現れる。岩木川を渡ると間もなく五所川原駅に着く。今年の夏も五所川原名物の立佞武多(たちねぶた)が多くの観光客をDsc08687魅了したことであろう。岩木山から漸く雲が取れる。あの山頂に立ったのは去年の夏のことであるが、遠い昔のように懐かしい。周りは見渡す限りのリンゴ園が続くようになる。たわわに実るリンゴは収穫を待つばかり、陸奥板柳駅前にはリンゴ用の大型冷蔵貯蔵庫も見える。12:14弘前駅に到着、3時間の五能線の旅が終わる。さほど旅情をかき立てられる訳でもなし、最果てという感じでもしないし、どちらかといえば平凡なローカル線である。まあ、本当の良さは途中下車し、不老ふ死温泉などに寄り道しないと分らないのであろう。昨年同様、駅ビル内のドトールコーヒーでアイス・バニラ・ラテを飲みながら休憩、序にもらったお握りを食べる。12:40の秋田行きに乗り13:28大館着、名物の明けがらすを土産に買い13:49発の花輪線盛岡行列車に乗り込む。

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白神岳で出逢ったきのこ

Dsc085882009年9月3日(木) 昨年の岩木山に続き、今年も青森県の山・白神岳にきのこ観察を兼ねて登りに行ってきました(「自惚山人ノオト」の441.白神岳・蟶山参照)。白神岳は世界自然遺産白神山地の主峰というだけでなく、JRの駅からハイキングできる、海抜0mから登ることが出来る、一等三角点峰である、山頂から360度の大展望が得られる等多くの魅力を備えています。発生するきのこも豊富な様子で、今回はトンビマイタケやヒメベニテングタケなど初見のきのこ数種類に出逢うことができました。
《観察種》 1,2.アラゲコベニチャワンタケ属2種、Dsc085763.オキナクサハツ、4.カバイロツルタケ、5.ガンタケ、6.キリンタケ、7.クダアカゲシメジ?、8.クロチチタケ?、9.クロラッパタケ、10.コシロオニタケ?、11.シロカノシタ、12.タケリタケ、13.チチタケ、14.ツエタケ、15.ツリガネタケ、16.ドクツルタケ、17.トンビマイタケ、18.ヌメリササタケ?、19.ヌメリツバタケモドキ、20.ハナウロコタケ、21.ヒメベニテングタケ、22~26.ベニタケ科5種、27,28.ホウキタケ科2種、29.ホオベニタケ、30.マメザヤタケ (写真の上はタケリタケ、下はヒメベニテングタケ)  

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