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ハートランドビール

01 2009年11月30日(月) 日本のビール銘柄は、第二第三のビールや発泡性リキュールまで加えれば百種類ほどあるが、その中で最も好きなブランドはと尋ねられれば、迷うことなくK社のハートランドビール(HL)を挙げる。HLは1986年に開発され、当初は六本木のビアホール、「つた館」「穴ぐら」でしか飲めなかったが、翌年4月から全国発売されている。うたかたのように現れては消えるブランドが多い中で、20年以上経った今でも生き残っているところをみると、自分のような根強い固定ファンが全国に沢山いるのであろう。ありがたいことに近所のスーパーBERXの酒売り場に常時置いてあり、飲みたい時にいつでも入手することができる。緑の瓶に浮き彫りされたシンボルマークの「樹と大地」のデザインが良い。そして、何よりもビールの味が良い。麦芽100%ビールにありがちな重さや雑味が無く、温和ですっきりした味わいがある。3杯のんでも尚飲める(Weitertrinken)。商品コンセプトは「素」、まさにこれからの時代にもマッチするビール、いつまでも造り続けて欲しいものである。

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松島ビール

Dsc012222009年11月28日(土) 息子夫婦からの誕生日プレゼントは「松島ビール」でした。今年の8月、同じく宮城県の地ビール「鳴子の風」を贈ってもらった時に、次はこれこれと催促しておいたもののひとつ、憶えていてくれたようです。なんと1リットル入りの特大瓶が3本も、中味はヘレス(Helles:淡色ビール)、デュンケル(Dunkel:濃色ビール)、ヴァイツエン(Weizen:小麦ビール)の3種類です。名前から分るように、ドイツからブリューマスターを招聘して技術指導を仰いだとのこと、麦芽100%、アルコール分5%の本格的ビールです。松島ビールは1997年の創業、宮城県初の地ビールであり、製造元はサンケーヘルス株式会社(宮城県黒川郡大郷町東成田字新田11-1、℡:022-359-5555)、同地で天然温泉施設も経営しているようです。年産400キロリットルというので地ビールメーカーとしては成功している部類でしょう。普段「のどごし生」しか飲めない息子が、わざわざ無理をして送ってくれたかと思うと、有り難くて勿体無くて、なかなか栓を開けられません。冷蔵庫にしまっておき、正月に息子達が帰ってきたら一緒に飲むことにしました。

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御殿場高原ビール

Dsc01212 2009年11月28日(土) 家人から貰った誕生日プレゼントは御殿場高原ビール、PILS、WEIZEN、DUNKELの3種類各4本、計12本のセットでした(既に飲んでしまい3本欠けてます)。御殿場高原ビールは日本で最も成功している地ビールメーカーのひとつ、御殿場高原ビール株式会社の製品であり、その御殿場高原ビール㈱の親会社が沼津市に本店を置く米久株式会社であります。米久㈱にも御殿場高原ビール㈱にもいろいろと義理・人情やしがらみがあり、ためにずうっと前から米久クラブに入会、毎年お中元お歳暮の時期には欠かさず米久のハム・ソーセージを親戚の贈答品に使い、ハンバーグステーキやピザを自家消費用に購入しております。今回のビールも恐らくその序に頼んでくれたものでしょう。早速冷蔵庫に保存し、毎日1本づつ賞味します。家人へのお返しは無し、するつもりはありません。年金の殆どを貢いでいることで十分でしょう。

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トラフグ料理

Dsc011742009年11月28日(土) 今日は齢63歳の誕生日、随分馬齢を重ねたものである。もう目出度くもなし、欲しい物もなしで、家族には誕生日祝いなど固く御辞退申し上げているのだが、後の都合があるとみえ、なかなか赦してもらえない。という訳で娘からの誕生日祝いは昨年に続きフグ料理、家族4人柏駅前の専門店でご馳走になる。現地指導の下、中国で養殖しているトラフグをつかっているとのことでフルコースでも値段はリーズナブル、それでも4人分にビールと焼酎とくればかなりの額になる。ボーナス前だし、ボーナスも少ないだろうしで、このまDsc01176ま「ご馳走さん」では気が引ける。もはや5倍返し・10倍返しの力はないが、こっそり娘の預金通帳に半返しでもしておくか。

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定点観察・蓮沼海浜公園(山武市)

Dsc011112009年11月27日(金) 連日のきのこ観察、今日は九十九里浜へ出動。いつも参考にしている山口市のKさんのHP「きのこワールド」の記事に触発され、無性にキンタケ(シモコシ)に逢いたくなる。いつものコースで蓮沼海浜公園のクロマツ林を徘徊、林の中には初冬のきのこ、ニセマツカサシメジが溢れている。きのこ採りの姿は殆どなく、掻き回された松葉だけがあちこちに山を作る。2時間半近く目を凝らして漸くキンタケを1本見つける。キンタケを採るのは実に3年ぶり、本日最大の目的を果たしほっとする。
《観察種》 ①アシナガタケ、②アセタケ属(スナジアセタケ?)、③アミタケ、④アンズタケ、⑤オウギタケ、⑥サクラタケ、⑦ササタケ、⑧シモコシ、⑨ニセマツカサシメジ、⑩マツカサキノコモドキ、⑪マツシメジ(カキシメジ)、⑫不明種(クマシメジ或いはネズミシメジ?)(写真は⑧)  

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc010662009年11月26日(木) 連日のきのこ観察、今日は手賀沼の南側にある公園へ。昨年あれほど発生したスッポンタケが全くの不振、林の中ではムラサキシメジに代わりヒメムラサキシメジが増殖中。エノキタケの発生も少なく食菌狩りは貧果に終わる。
《観察種》 ①ウスベニイタチタケ、②エノキタケ、③カベンタケ(もしくはヒメカンムリタケ)、④コカブイヌシメジ、⑤スッポンタケ、⑥ナヨタケ属、⑦ニセマツカサシメジ、⑧ハチノスタケ、⑨ヒメムラサキシメジ、⑩ホコリタケ、⑪マツカサキノコモドキ、⑫ムラサキシメジ、⑬不明種(材上生、小型、キシメジ科?)、⑭不明種(地上生、小型、モエギタケ科?) (写真は⑨)  

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc009762009年11月25日(水) 雨上がりの午後、増尾城址公園できのこ観察。傘径20㎝に及ぶ超弩級ヒロハシデチチタケ、先が楽しみなヒラタケ幼菌、食べ頃のハタケシメジ3本などを見つける。林の中には落葉が厚く積もり、落葉分解菌と思われる小型菌不明種もいろいろ。
《観察種》 ①イタチナミハタケ、②ウラベニガサ、③エノキタケ、④コカブイヌシメジ、⑤ザラエノハラタケ、⑥シロソウメンタケ科(ナギナタタケ?)、⑦ニオイアシナガタケ、⑧ニセヒメチチタケ、⑨ハイイロイタチタケ、⑩ハタケシメジ、⑪ハチノスタケ、⑫ヒラタケ、⑬ヒロハシデチチタケ、⑭ホコリタケ、⑮不明種(キシメジ科キツネタケ属?)、⑯不明種(キシメジ科モリノカレバタケ属?)、⑰不明種(透明感のある白色菌、キシメジ科?) (写真は⑫)  

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柚子(ユズ)酒

Dsc00960 2009年11月24日(火) 今朝、クロアチアの旅から帰ってきてみると、1リットルの広口瓶に柚子酒が仕込んであります。17日に家人が作ったもので、前回(2006年12月21日記事参照)は丸ごと半年も漬け込んだために苦味の強いルキュールになりましたが、今回は皮を剥いて実を2つ割りにし、皮をネットに入れて実と一緒にホワイトリカーに漬けること1週間、皮だけを昨日引き揚げたそうです。実もこの先1ヶ月で引き上げ、更に2ヶ月間追熟させると美味しくなるそうな、果実酒造りも確実に学習効果が出ているようです。

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ラキヤ(クロアチア土産その2)

Dsc01458 ラキヤ(Rakija)はバルカン半島諸国を中心にみられる蒸留酒、アルコール含量40%前後で、果実を原料にしているそうです。語源はトルコの国民酒ラクとのことですが、ラクはブドウの搾り粕を原料に造り、アニスの精油を加えたものなので、製法も風味も異なります。スモモから造ったラキヤはシュリヴォヴィツア、ブドウから造ったものはグロズドヴァ、サクランボから造ったものはチェレショヴァと、同じラキヤといっても原料により呼び名が違うのは、芋焼酎、麦焼酎、蕎麦焼酎などと使い分けるようなものでしょう。他にも、アンズ、イチジク、ナシ、モモ、マルメロ、リンゴから造るラキヤもあるそうです。ところで、購入してきたラキヤにはヴィシュニェヴァチャ(VISNJEVACA)とあります。ラベルを見てサクランボのラキヤと思って買ってきたのですが、ネットで調べるとVISNJEVACAはスミミザクラ(酸実実桜)のこと、セイヨウミザクラ(いわゆるサクランボ)の近縁種で、酸味が強く生食に不向きとあります。赤ワインのような色をしているので、スミミザクラの果汁を醗酵させ、蒸留して造ったものではなくて、ホワイトリカーに果実を漬け込んだリキュールではと思われます。アルコール分42%、500ミリリットル入りで1,640円、現地では乾しイチジクをかじりながら飲むそうで、そのうち同じやり方で試してみます。

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乾しイチジク(クロアチア土産その1)

Dsc010242009年11月24日(火) 海外土産を選定する私の常なる条件は、「重い」・「嵩張る」・「安価」のAND、その条件に適う品はないかと今回のクロアチア旅行で探し出したものが乾しイチジク、合計4キログラムほど調達してきました。バラ品はおそらく現地産、ボスニア・ヘルツェゴビナのスーパーでは0.5キログラムが24クーナ(480円)、ドブロヴニクの市場では1キログラムが 30クーナ(600円)でした。又、パック詰め品はトルコ産、ボスニア・ヘルツェゴビナのスーパーでは200グラム包装品が16クーナ(320円)、スロベニアのスーパーでは250グラム包装品がDsc010261.6ユーロ(220円)でした。スーツケースに入れたのでは20キログラムの制限重量をオーバーする恐れがあるので、総てリュックに詰めて担いできました。そのお陰で、オーストリアのグラーツ空港の手荷物検査では、余りの重さをいぶかしむ係員の前で、リュックの中身総てを晒す恥ずかしい目にも遭いました。バラ品は自家消費用、1.5キロもあるので冷蔵庫に保存し、大事に食べれば来年まで楽しめそうです。パック品は家人が着物着付け教室の友人に配るらしく、あっという間に召し上げられてしまい、どこぞに姿を消しました。

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帰国(リュブリヤナ→フランクフルト→成田)

2009年11月23日(月) 3:50起床、3キログラムの乾しイチジクと電圧変換器等をリュックに詰め、SCの重量を何とか20㎏以下に収める。それでもギリギリ。4:30ドアの外へSCを出し、朝食パックを受け取りにロビーへ行く。P1110371 中味はリンゴ、バナナ、パンにMW、そのまま部屋に置いていく。5:30出発、何と外は初の雨、好天続きの旅の締めくくりには相応しい。7:10高速道のGSでトイレ休憩、マリボルという町でオーストリア国境も近い。雨は上ったものの曇り空で寒い。国境は同じEU圏ということで何事も無く通過、国旗が立っているのでそれと判る。8:00グラーツ空港到着。搭乗券を受け取ると、帰りのマイルサービスが既に加算されている。冷や冷やしながらカウンターにSCを預けると、重量が表示されず拍子抜け、秤が壊れていた模様である。手荷物検査で電圧変換器が引っ掛かり、中を調べられはしたが事なきを得る。それにしてもリュックがずっしりと重い。これでは乾しイチジクの買出しに来たようなもの、 P1110376まるで担ぎ屋である。10:35 フランクフルト行きLH3631便に搭乗、12Dは隣2席が空席で楽々。10:55離陸、今日は下界がくっきり見える。特にヨーロッパアルプスの雪嶺が美しい。水平飛行に移るや直ちにサンドイッチと飲み物が配られる。外国の航空会社は律儀である。11:30大きな町の上空を通過、ニュルンベルグかもしれない。下降に入ると厚い雲に閉ざされホワイトアウト状態、気流が悪く大分揺れる。12:20大風と強雨のフランクフルト空港に何とか安着。出国審査はあっさり終わり、いよいよ成田行きLH710便に搭乗する。一席も空いていない本当の満席、56Gは幸運にも通路側である。但し、一番後ろのトイレの前、入れ替わり立ち代り用足しにやって来る人で落ち着かない。バッハを歌いながらドイツ国内を巡ったというグループと再び一緒になる。趣味の世界もいろいろである。読売新聞と日経新聞を入手し、久し振りに日本のニュースに触れる。14:00ジャスト、強風大雨の中を大揺れしながら飛び上がる。飲み物サービスでWarsteinerの小瓶を貰い、日本時間に合わせて時計を8時間進めると23:10、あと9時間の辛抱である。(完)

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世界遺産「プリトヴィッツェ湖群国立公園」

2009年11月22日(日) 4:40起床、まず日本茶を作る。6:30朝食に食堂へ。田舎ホテルで何もなく、パンとハムとヨーグルトを食べコーヒーを飲む。まあ自宅にいる時もこんなもの。腹ごなしに外へ出ると今日も上天気、朝方冷え込んだらしく地面に白く霜が降りている。P1110339 7:45出発、辺りは低山が連なり奥久慈の山並の如し、広葉樹は殆ど葉を落としているが、マツやモミなどの針葉樹が多く冬枯れの感じはしない。8:00メインゲートに到着、プリトヴィッツェ湖群国立公園は総面積294平方キロメートル、標高150m~640mの山間に階段状に16の湖があり、それらが92の滝で繋がれている。西の九寨溝とも謳われる景勝地である。遊歩道に入ると直ぐに落差78mの大滝(Veliki Slap)が眼下に現れる。コナラ川の源流にかかり、その名が示す通り公園内最大の滝である。一旦Kaluderovac湖(標高508m/面積2ha/水深14m) の湖畔まで下り、大滝の滝壷へ行く。日本の百名瀑に較べると水量、落差とも物足りない。湖畔の遊歩道や木道を進み、時々橋を渡るなどしてプリトP1110344ヴィッツェ川を遡る。Gavanovac湖(518m/0.9ha/10m)、Milanovac湖(524m/3ha/18m)、Milanovacki滝を経て、9:10 Kozjak湖の船着場(P3)に到着する。一帯は石灰岩地帯であり、川の水に高濃度の炭酸カルシウムが含まれる。その炭酸カルシウムが石灰華を形成し、川の水を堰き止めたために創り出された景観がプリトヴィッツェ湖群である。成因はまさしく中国の九寨溝や黄龍と同じであり、エメラルドグリーンの水を湛える湖水は美しく、湖底の水草や倒木が透けて見える。20㎝位の魚(マス?)の群れも泳ぐ。スケールの点では九寨溝に及ばないものの神秘的雰囲気は十分に漂う。但し、標高が低い分、沈木や落葉が分解され易く、透明度は九寨溝よりやや劣るように感じる。P3にはレストランや売店、公衆トイレがあり、そこで一休みする。トイレは清潔、手洗い用の温水も出るし紙タオルまで常備してある。9:30電気モーター駆動のボートに乗ってKozjak湖を渡る。15分ほどで対岸の船着場(P2)に着P1110348き下船、再び木道を歩く。水辺に大きな葉を広げて群生する植物は何とフキ(蕗)である。 匂いも日本のものとそっくりであるがわざわざ移植する筈もなし、ヨーロッパにも近縁種が自生するのであろうか(?)。又、山側の斜面には日本のブナそっくりの樹肌をした木立がある。おそらくヨーロッパブナという品種であろう。湖畔にはヤマハンノキそっくりの樹木が立並び、葦原も発達している。植生は驚くほど日本に似ている。これなら春の芽吹き時、若葉・青葉の季節や紅葉の盛期の景色は素晴らしいと思われる。もっと近ければ、季節を変えて何度でも訪れるところであるが・・。Gradinsko湖(554m/8ha/10m)、Maii Prstavac滝(落差18m)、Galovackibuk滝(落差16m)と次々に見所が現れる 。標高が高い九寨溝や黄龍と違い息苦しくもならないし、何より累積標高差が小さいので年寄りでも楽に歩ける。日本人のグループを除けば他の観光客は殆ど居ないので、ゆったりと静かな散策を楽しむ。Galovac湖(583m/12ha/24m)の畔に出ると、直ぐ上の道路にバス停(St3)がある。ブナの立枯れにようやくサルノコシカケ科のきのこを見つける。10:30 St3着、直ぐに電気バスが3台やってくる。ベンツ製の15人乗り小型バスである。10:40バス停St2で下車、少しP1110363歩いて出口(P1)に出る。11:00レークホテル前で元のバスに乗り込む。そこから少し先の国立公園内のレストランBORJEで昼食、 マスのバター焼きを食べる。 味はまずまず、塩焼きであればもっと美味いのだが・・。12:30総ての観光が終わり、今宵の宿があるスロヴェニアの首都リュブリヤナへ向かう。13:45うとうとするうちにGSに到着しトイレ休憩、軽油が140円/ℓ、レギュラーガソリンが144円/ℓと日本より少し高い。雲ひとつ無い快晴で天高く青空が広がる。芝生にタンポポが咲き、トキワサンザシがびっしり黄色い実をつける。ムラサキシキブ似の植物もある。さすがに外は晩秋の風が冷たい。その辺りの沿道の民家の壁にも内戦後遺症の弾痕が残る。直進すれば首都ザグレブへ続く道を左折し、カルロチュコバビール工場の傍を通る。日曜日のせいでひっそり閑としている街中を抜け、白樺の純林が続く丘陵地帯をバスは走る。牧草地、トウモロコシ畑、小麦畑が点在する。 14:45国境に到着しクロアチア出国、係員が乗り込んできてパスポートをチェックする。14:50橋を渡ってスロヴェニア入国、そこでも入国審査官と税関職員が乗り込んでくる。パスポートにスタンプを押してもらい入国すると、直ぐ右側に銀色のコニカルタンクがP1110370林立するビール工場(ユニオン?)がある。民家の軒下にはうず高く薪が積んであり、暖炉の煙突からは黄昏の空に幾条も煙が立ち昇る。 16:35リュブリヤナのMホテル着、306号室に入る。内装をリニューアルしたばかりの若々しく明るい部屋で、TVは薄型の最新式(メーカーはGRUNDIG)、パソコン端末の付いた広い机に電気スタンド、冷蔵庫も有りと至れり尽くせり。三ツ星ホテルではあるが今回の旅行中最も良い部屋である。近所にあるスーパーへ買物に行き、乾しイチジク4パックと缶ビール1本、それに柿を調達する。柿は熟柿であるが、“KAKI”という表示で売られている。やはり日本から苗を持ち込んだものであろうか。4個入りパックが1€と安く、食べてみると甘く美味しく大当たり!。夕食前に帰国準備の荷造りにかかる。19:15から夕食、野菜サラダとビーフステーキとケーキを食べる。部屋に戻って缶ビールを開け柿の種をつまみに乾杯、今日までの無事を祝う。風呂から上ると21:30、明朝のモーニングコールは4:15と早いので直ぐにベッドにもぐりこむ。(続く)

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クロアチアのビール

P1100769クロアチアの国民酒といえば良質のワインと果実原料の蒸留酒ラキヤであるが、ビールもまた良く飲まれている。1892年創業のオジュイスコ(OZUJSKO)と、1854年創業のカルロヴァチュコ(KARLOVACKO)の2大メーカーがあり、同名ブランドの瓶・缶が販売されている。最も良く飲まれているオジュイスコは、原麦汁濃度11.5%、アルコール分5.2%の熱処理ビールであるが、苦味弱く温和ですっきりしている。カルロヴァチュコは、原麦汁濃度12%、アルコール分5.4%、同じく熱処理ビールで風味もオジュイスコに似ているが、少し雑味があってだれているP1100585分一歩を譲る。旧ユーゴスラヴィア連邦の構成国同士、スロヴェニアのビールと良く似ており、ラベルからは読み取れなかったが恐らく副原料に大麦をつかっているものと思われる。レストランで飲むと、小瓶が240円、中瓶が320円、スーパーで買うと350ミリリットル缶が280円、どうも値決めがよく分からない。  

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世界遺産「モスタル旧市街」

2009年11月21日(土) 4:45起床、今日はクロアチア南端のドブロヴニクから、プリトヴィツェ湖群国立公園に近い北辺のコレニツァ(Korenica)まで大返し、途中、ボスニア内戦の激戦地となったモスタル市に立ち寄る行程。6:00荷物をドアの外に出し朝食にレストランへ降りる。パンにハム、ゆで卵、ヨーグルト、それにキウイフルーツを食べる。7:30出発、阪急の3グループが次々と出立するので慌しい。P1110323 バスは8号線を北上しドブロヴニク大橋を渡り、左手に多島海を眺めながら進む。やがて、内湾の対岸に長大な城壁を持つ町が現れる。ストン(Ston)という町で、城壁はヨーロッパ第二位の長さ(第一位はイギリスにあるハドリアヌスの城壁)を誇り、塩田と牡蠣の養殖で有名とのこと。事実、内海にはカキとムール貝の養殖浮標が沢山浮んでいる。アドリア海産の牡蠣なるものを食べてみたかったが、ぎりぎりツアーでは夢のまた夢。ボスニアに入り再びネウムの町のスーパーマーケットに立ち寄る。ドライフルーツ4種類と缶ビール2本を購入し、残っていたクロアチア通貨を使い切る。ネレトヴァ川を渡ってから右折、海岸線と別れて内陸部へ向かう。海霧が立ち込め辺りは真っ白。温州ミカンは今が収穫最盛期のようで沿道に露店が建ち並ぶ。P1110326ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴスラビア諸国の中では経済発展が一番遅れているらしく、人口約440万人の農業国である。沿道には野菜畑が続き、家の佇まいが質素で貧しくなる。道路も悪くなり、川の土手や路傍にはゴミが目立つ。 道行く人の風貌がオリエンタル風なのは、長らくオスマントルコ帝国の支配下にあり、トルコから移住してきた人々の血が混じっているせいであろう。10:35モスタルの街に入る。モスタルは国の南西部、ヘルツェゴビナ地方の首都であり、1566年トルコの建築家によってネレトヴァ川に架けられた石橋「スタリ・モスト(古い橋)」が市名の由来になっている。P1110333大聖堂近くの駐車場でバスから降りると、辺りの建物の壁には無数の弾痕が生々しく残り、屋根や窓の無い廃屋も目立つ。1992年3月、旧ユーゴスラヴィアからの独立をめぐり内戦が勃発し、翌93年にかけて20万人の死者と200万人の難民が発生したという。  20年近く経った今でも廃屋や弾痕をそのままにしておくのは、民族紛争の悲惨な記憶を風化させず、二度と過ちを繰り返さないようにする為であろう。先ずモスタルのシンボルである石橋を見物する。長さ30m、高さ20mの石橋はセメントを一切使わず、組み合わせた石を鉄の鉤で補強したもので、オスマン建築の傑作といわれる。P1110332その石橋も1993年11月に爆破されたが、2004年7月ユネスコや世界銀行の支援のもとに復元され、今では平和の象徴となっている。ネレトヴァ川の澄んだ流れを跨ぐ白いアーチ橋は青空に映えて美しい。橋を渡って左岸の街に入ると、そこはイスラム教徒地区であり、玉石を敷いた通りの両側に土産物や工芸品を商う店が建ち並ぶ。土産物はトルコ風の雑貨品、プレート、銅器、スカーフ、ジュウタン等、売り子もエキゾチックな顔立ちで、まるでトルコの田舎町に迷い込んだような錯覚を起す。橋の畔に小さな歴史資料館があり、内戦で破壊された当時のP1110331 橋や街並の写真を展示している。そこの売店の看板娘は今回の旅行中一番の美形、 スロヴェニアやクロアチアで出逢った女性は“後弁天前不動”のタイプが多かっただけに、漸く眼福を味わう。12:00から街中のレストランで昼食、オレック(お焼き)とチェヴァブチチ(羊の焼肉キョフテをパンに挿んだもの)とヴァクラバ(カステラの蜂蜜漬け)を食べる。料理も又トルコ風である。バスプールへ戻る途中、ジプシーの親子が「マネー、マネー」と言いながらしつこく擦り寄って来る。メンバーの何人かはバッグを開けられるところまでいったが何とか事なきを得る。日本人観光客が来るようになってから、それを狙うジプシーも増えているらしい。13:20バスに乗り、コレニツァへ向かう。14:30ボスニアを出国しクロアチア再入国、クロアチア側は道端にゴミひとつ落ちていない。15:15高速道路のGSでトイレ休憩、トイレはどこも清潔である。P1110337レギュラーガソリンの価格は1リットルが1ユーロと日本よりも高い。 高速道路はガラガラで、バスは丘陵地帯を快調に走り抜ける。17:30再びトイレ休憩、3日前にも立ち寄ったPAである。18:30コレニツァの町に入りドライブイン・マコーラ(Macola)で夕食、トマトスープとローストチキンと揚げパン(沖縄のサータアンダギーそっくり)が出る。ローストチキンは地鶏のように固い肉であるが味は良い。20:00今宵の宿マコーラ着、三ツ星ホテルで先ほどのレストランと同系列らしく、熊やら鹿やら狐やらの剥製がロビーに飾ってある。115号室に入るとトリプルベッドが据え付けてあるだけの簡素な部屋、繁忙期には3人まで詰め込むのであろう。それでもTVは新しく、CNNが入る。冷蔵庫もある。早速シャワーを使うと、皆が一斉に使い出したらしくお湯がどんどんぬるくなる。明日のプリトヴィツェ湖群国立公園は標高が高いので寒いかもしれず長袖の下着を着込む。それなのに暖房の調節が悪く部屋の中が異常に暑い。やれやれ、仕方が無いので窓を少し開けてベッドにもぐりこむ。(続く)

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アドリア海の魚

P1110291ドブロヴニクで泊まったペトカホテル近くの魚市場に並んでいたアドリア海の魚、アンコウの仲間(1,200円/kg)とスケトウダラ?、イカ類(500~1,000円/kg)とタコ(1,200円/kg)とエビ(2,400円/kg)、ヒメジ(400円/kg)、マトウダイ(写真)、カツオ、カサゴの仲間(カサゴとホテイウオ?)などが認められる。他にもいろいろ、値段は安くないが種類は豊富。

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世界遺産「ドブロヴニクの歴史地区」

2009年11月20日(金) 4:50起床、シャワーを浴び洗髪してさっぱりする。ドブロヴニクは今回の旅の最南部、暖かいので下着は半袖半ズボンにする。風呂上りに冷えた缶ビールを一杯、これでは小原庄助さんである。6:00教会の鐘が鳴る。未だ暗い。6:20朝食に下りる。 いつもながら朝食が一番のご馳走とは、ちと情けない。出発まで時間があるのでホテル附近の探訪に出る。ホテルは新港の真前、港の最奥部へぶらぶら歩いて行くと庶民の市場がある。前庭は青果と花卉、奥の建物内で魚を扱っている。果物は、リンゴ、洋梨、ミカン、オレンジ、レモンP1110298、ザクロ、キウイ、バナナ、クリなど、野菜は、ナス、トマト、ニンジン、タマネギ、ホウレンソウ、ネギ、ニンニク、トウガラシ、ジャガイモ、キュウリ、ピーマン、レタス、キャベツ、赤カブ、カリフラワー、ブロッコリー、豆類など、種類は豊富で価格も安い。乾しイチジクもあり、1キログラム600円と格安なので早速購入する。魚市場を覗くと魚の種類も豊富、アジ、イワシ、カツオ、サバにタラ、アンコウ、ヒメジ、クロダイ、チダイ、マトウダイ、さらにカサゴ、ホウボウ、ボラ、イカ、エビ、タコなど日本でも馴染みの魚が並ぶ。見慣れない種類もまた多い。売り手と買い手のやり取りは活気に溢れ、 日本の魚市場で見かける光景と同様である。9:15ドブロヴニクの観光へ出発、今日も朝から上天気で最高の観光日和。バスはまずドブロヴニク北側のスルジ山中腹にある展望台に上る。青い空に青い海、アドリア海に突き出したドブロヴニク旧市街は高い城壁で囲P1110308_2まれ、その中を赤瓦の屋根と白壁の建物がびっしりと埋める。まさに絵になる景色である。10:05西のピレ門から入城する。右手にあるオノフリオ大噴水(1440年建造)を見物してから メインストリートのプラツァ大通りを東上してルジャ広場に至る。広場中央に立つローランの掲揚台(1418年設置)や広場を取り巻くスポンザ宮殿(1520年建造)、時計塔(1428年建立)、聖ブラホ聖堂(14世紀の建立、1715年再建)を眺める。カフェのオープンテラスが広場に張り出し大勢の観光客が一服している。広場を過ぎて旧総督邸(15世紀再建)を眺め、 大聖堂(17世紀再建)でティツィアーノの大作である祭壇画「聖母被昇天」を観賞する。 一見するとドブロヴニクは中世当時の美しい街並をそのまま保っているかのように見えるが、1667年の大地震で建物の殆どが破壊され、1991年の内戦でその多くが損傷を受けている。従って眼前の建物は殆どがP1110312その後修復されたものと思われるが、違和感や不自然さを全く感じない。東側のプロチェ門を出た先のレストランで昼食、海鮮リゾットを食べる。午後はモンテネグロの世界遺産「コトル旧市街」を訪ねるオプショナルツアーが組まれていたが、誰も参加せず結局フリータイムとなる。各自がドブロヴニクを自由に観光し自力でホテルに帰る事になる。13:20から見物再開、 フランシスコ会修道院の中にあるヨーロッパで3番目に古いという薬局を見学してから、ピレ門脇から城壁に登り、一方通行の遊歩道を反時計回りに一周する。城壁は全長が1,940mで最高地点の高さは25mに達するとのこと。城壁に登れば、眼下にはオレンジ色の甍が連なり、背後に白い十字架の立つスルジ山頂が望める。ボカール要塞に進み対岸のロヴリイエナツ要塞を眺める。その先にP1110319は城壁上で営業しているカフェが現れ、城壁下にもアパートメント、家庭菜園、学校などが現れる。世界遺産の町にも住民の地道な暮らしはある。アドリア海の波は穏やかで最先端の岩場には釣り人の姿もちらほら 、暫らく眺めていたが投げ釣りも浮き釣りも当りが遠い。夏は混雑して歩くのもままならないと云う城壁も、オフシーズンの今、しかも午後とあって歩く人は極端に少ない。お陰で絶景を眺めながらゆっくり散歩を楽しめる。聖イヴァン要塞を回りこむとレヴェリン要塞までは旧港を見下ろしながら行く。そこも又眺めが素晴らしい。レヴェリン要塞からミンチェタ要塞までは山側の城壁、右手にスルジ山を眺めながら進む。ミンチェタ要塞は城壁の最高地点、そこから眺める旧市街とアドリア海とロクルム島の配置・配色は完璧、最高の眺めである。もう二度と来ることはあるまいとしっかり目に焼き付ける。登った箇所から城壁を降りるP1110322_2と14:55、一周に1時間半かかったことになる。ピレ門から退場し 歩いてホテルへ帰る。北海道の北見市から参加のN氏とふたりで海沿いの道路をぶらぶら行く。途中右折すべきところを直進してしまいすっかり道に迷う。何度か道を尋ね漸く要領を得て引き返す。クロアチアの若い人は英語が達者である。暗くなる寸前の16:30、何とか宿に辿り着く。部屋でオランダ産の缶ビールBavariaを飲みながらCNNニュースを見ると、英国では大洪水、豪州では大規模な山火事が起きている。夕食には間があるので、近くのスーパーKONZUMへ社会見学に行くと、なんとクラシュのチョコレートがボスニアのスーパーマーケットより安く売られている。???、恐らくあの店は旅行会社御用達の店なのであろう。19:00からホテルのレストランで夕食、魚のフライとフライドチキンは美味。オレンジとリンゴを貰って部屋に戻る。風呂から上ってベッドにもぐり、TVでボクシングを観戦するうち眠くなる。(続く)

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クロアチアで出逢ったきのこ

P1100745世界遺産のスプリト旧市街を見学した後、近郊の海岸にあるレストランで昼食、食後、マツ林できのこを探してみる。樹種は日本のクロマツに似ているのでヨーロッパクロマツかもしれないが、林は下草が少なくずっと開けている。短時間の探索でシロオオハラタケとチチアワタケに似たきのこを見つける。日本とは1万キロメートルも離れているのに類似種が生えていることに意外な気もするが、きのこの胞子は気流に乗って世界中どこまでも旅ができる。分布域は広くて当たり前、しかもこの辺りは地中海性気候で温暖である。雨は日本より少ないが、季節P1100740によっては環境条件が揃うのであろう。遠い見知らぬ国で懐かしい人に再会したような気分、満足してバスに戻る。(写真上はシロオオハラタケ類似種、下はチチアワタケ類似種) 

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世界遺産「トロギルの歴史地区」と「スプリトの歴史地区」

2009年11月19日(木) 4:40起床、どうも早く目が覚める。最も日本は昼過ぎ、無理もない。デジカメの電池を充電し、 髯を剃り、SCの荷造りを行う。6:00朝食、パンとハム、ヨーグルトを食べコーヒを飲む。部屋は海側、霧が湧きあがり、沖合いに浮ぶ島々が消えては又現れP1110263る。海霧は外気温が下がり海水温は高い今の時期特有の現象らしいが、幻想的景色である。7:45バスに乗り込む。 今日は指定席で前から2列目、自分としては静かな最後列が望ましいのだが仕方が無い。8:15トロギルに着く。橋を渡り北門から世界文化遺産のトロギル旧市街に入る。城壁に囲まれた旧市街は東西600メートル、南北400メートルほどの広さ、小さな島の上に築かれた要塞都市であり、その起源はギリシャ時代のBC385年頃まで遡る。島内には御他聞に漏れずレストランやカフェ、衣料品や雑貨を商う土産物屋がびっしり詰まり、石畳の狭い路地が迷路のように交錯する。石畳は摩滅してつるつる、一旦チオヴォ島を望む南岸に抜け、南門から入り直して中央広場に出る。広場の正面には15世紀にルネサンス様式で建てられた市庁P1110260舎があり、右手には時計塔が、左手にはトロギルを代表する建築物の聖ロブロ大聖堂が建つ。聖ロブロ大聖堂の建設は13世紀初頭に始まり、完成まで400年余の歳月を費やしたため様々な建築様式が混在しているとのこと、門外漢には良く分らない。それでもアダムとイブの像が左右に飾られ、乳白色の石柱とアーチに精緻な彫刻が施された教会入口は素晴らしい。地元の名工ラドヴァンが13世紀に製作したものと伝わり、中世クロアチア芸術の傑作と謳われる。9:00鐘楼の鐘が鳴り響き教会の扉が開かれる。聖堂内部も荘厳な雰囲気、祭壇正面に置かれた棺や天井の浮き彫り、両側の壁に居並ぶ聖人像など見所に溢れている。9:35霧に包まれたトロギルの町を後にしスプリトへ向かう。スプリトはアドリア海沿岸最大の港町で人口は30万人、ローマ皇帝ディオクレティアヌス(AC245-316?)の宮殿跡に旧市街が形成されており、珍しい起源と特殊な成り立ちにより世界文化遺産に登録されている。 沿道にはイチジク、ブドウ、ミカンなどの果樹園が点在し、セメント工場もある。 10:10スプリト到着、ここもまた霧に包まれている。波止場に面した南側の城壁から入り、まず宮殿の地階部分を見学する。地上階は中世の建物で埋め尽くされているが、地階部分は1,700年前の姿をとどめている。とはいってもアーチ型石製天井と石壁、石柱があるだけのがらんとした空間、見るべきものは何も無い。まあ、無料の公衆トイレがあっただけでもめっけもの。地階を出て旧市街中心部のペリスティルというテラスに上がり、列柱廊の名残りのコリント式円柱や大聖堂の鐘楼を眺める。P1110273物販店やカフェの並ぶ通りを北上して北門を出ると巨大なグルグール・ニンスキ像が立つ。順番に像の左足の親指に触れる。幸運をもたらすと信じられており、親指はぴかぴかのつるつる。西側の城壁に沿って南下し南側城壁の出発地点に戻ったところで解散、12:00までフリータイムになる。その時間に洗礼堂(もとのユピテル神殿)や内部の洗礼盤を見学すべきであったが、漫然と街中や波止場を歩いてしまう。それにしても紐に吊るした下着を堂々と表に乾してあることに吃驚、幾ら住民の暮らしがあるといってもここは世界遺産、日本では考えられない。名物のネクタイの店を覗くと1本が1,750KN(35,000円)、P1110248鳩山首相の金色ネクタイよりも高い。発祥の地とはいえ驚くべき値付けである。時々霧笛が鳴り、否が応にも旅情をかきたてる。12:10バスに戻り、少し走った先の海辺に建つレストランBENEDIKTで昼食、クロアチア風ブイヤベースが出る。 ブイヤベースというので洋風海鮮鍋かと思ったら、大皿にキンメダイの煮付けとトウモロコシ粉で作ったハンペン風ケーキが盛り付けてある。キンメダイは美味、トウモロコシ粉ケーキの方は不味。バスに戻る途中の松林(樹種はヨーロッパクロマツかも)できのこを探すと、チチアワタケとシロオオハラタケに良く似た2種が見つかる。13:30ドブロヴニクへ向け出発、海際の国道8号線をバスは走る。山が急に海に落ち込む地形は陸中海岸を思わせる。P111027414:40ブレラ(BRELA)の町でトイレタイム、15:55バチナ湖(七つの湖の意味)の望湖台で写真タイム、クロアチアは美しい国である。 日が傾く頃にミカンの一大産地を通過する。日本から苗を持ってきたと云うことだが見渡す限りの広大なミカン畑、いつの間にかくも拡張したのであろう。この辺りはフルーツロードと呼ばれているらしい。16:35ボスニアヘルツェゴビナに入り、ネウム(NEUM)の町のスーパーマーケットに立ち寄る。何でもボスニアはスロヴェニアやクロアチアより消費税が安いので同じ品物が安く買えるとの添乗員嬢の話、皆が土産用のチョコレートや乾しイチジクを買い漁る(後日、ドブロヴニクやリュブリャーナのスーパーで見ると何のことはない、同じ商品がネウムのスーパーよりも安く売られている!)。18:15ホテル・ペトカ着、216号室に入る。今回の旅行で最良の部屋、ここに連泊は嬉しい。浴槽こそないが、ダブルベッドのゆったりした部屋、冷蔵庫も有り、早速ネウムのスーパーで買ってきた2本の缶ビールを冷やす。TVも衛星放送が入る。夕食まで間があるのでCNNのニュースを観ながら缶ビールを1本開ける。19:00から地階のレストランで夕食、メインディッシュはムール貝とエビとイカが入ったシーフードパスタ、甘いクレープがどっさりデザートに附く。部屋に戻りベッドで一休みのつもりが、いつの間にかぐっすり。(続く)

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ザダル旧市街

2009年11月18日(水) 腹が空いて4:00起床。そういえば昨夜はビールを飲んで酔っ払い碌なものを食べていない。干し芋を食べて一息つき、お湯を沸かして日本茶をこしらえる。ペットボトルに詰めれば今日の飲み物は準備完了。それにしてもホテルにも観光地にも喧しい中国人や韓国人の団体旅行客が見当たらない。クロアチアは未だ静かで良い。7:00から朝食、リンゴとオレンジとヨーグルトを食べる。8:30出発、今日はアドリア海沿岸を480㎞南下してトロギルへ向かう移動日、途中ザダル旧市街を見物するのが唯一の観光である。どんよりと曇り、天気はぱっとしない。ここイストラ半島はトリュフの名産地でダルメシア犬をお供にきのこ狩りに行くらしい。採掘は許可制で免許を持つもの500人とか、旅行中にせめて匂いくらい嗅いで見たいもの。P1100563沿道の山肌は紅葉の終期、広葉樹の紅や黄に針葉樹の緑と石灰岩の白が入り交じり見事な景色、錦繍ぶりは日本の紅葉に引けをとらない。その上、山間に点在する民家の赤瓦と白壁が紅葉に溶け込み、今日は海霧までも棚引く。幻想的なことこの上ない。 クロアチアの人口は450万人、ネクタイやシャープペンシル、ハートのマークはクロアチアが発祥とのこと、又、有名人には古くは「東方見聞録」の マルコ・ポーロ(自身はヴェネツィア生まれだが、家族がダルマチア地方出身)、最近ではK1&総合格闘技のミルコ・クロコップ選手がいる。そんな添乗員O嬢の話に耳を傾けながら、 窓外を流れる景色に目を向ける。右側は沖合いに島々を浮かべる青いアドリア海、左側はマツの緑を配する白い石灰岩の山、ダルマチア地方の海岸線をバスはひた走る。まさに岬巡り。9:55セニ(Senj)の町でトイレ休憩、皆がカフェに入りトイレを借用しP1110250ている最中に、港の岸壁で釣りを見物する。餌はイカの短冊切り、手釣りで10㎝前後のベラを数尾上げている。見ているうちに20㎝級のキュウセンを釣り上げ嬉しそう、大事に持ち帰るところをみると晩のおかずにでもするのであろう。水は澄んでおり、アイナメやスズメダイのような小魚も沢山泳いでいる。再びバスに乗りO嬢の話に耳を傾ける。クロアチアの産業は農業、漁業、造船業、平均月収は10万円というので生活費は日本の半分くらいか。アドリア海に面する海岸線は1,700㎞に及び、1,100の島があり、内66が有人島など。峠を下ると天気が良くなり陽射しさえ出てくる。幹が真っ白な珍しい針葉樹がある。熊と狼の絵が描かれた道路標識は国立公園の方向を示すもの、クロアチアの自然は豊かである。高速道路はがら空きで快適、時々カルスト地形が剥き出しになり、緑野に石灰岩がボコボコ顔を出す。12:05高速道のPAでトイレ休憩、売店でカルロヴァチコの缶ビールを買う。外気温15℃は今の時期としては異例の暖かさらしい。13:00ダルマチア地方北部の中心都市ザダル(人口7.5万人)の街に入り、レストラン“SABUNJAR”で昼食、P1100613名物のクロアチア風ロールキャベツにドーナッツのデザートを食べる。  カルロヴァチコの小瓶を飲むと12クーナ(240円)、さっきPAで買った缶ビールより安い。裏手の小屋で仔豚の丸焼きを見物、肉食系民族の所業は迫力がある。14:00からザダル旧市街見学、町の起源は紀元前9世紀まで遡り、中世にはヴェネツィアとアドリア海の覇権を競うほどの勢力を誇っていたらしい。旧市街には歴史ある教会群が集まっているが、第二次世界大戦で破壊された後修復されたものが多い。先ずフランシスコ会修道院の中庭に入り回廊を見た後、海岸へ出て波止場でシーオルガンの音色を聴く。P1110253音色を楽しむ筈であったが、今日は海が穏やかすぎる。風が無く波も立たず、幾ら耳を澄ましても何も聞えない。ザダルのシンボル、円形聖堂が印象的な聖ドナト教会、優れた宗教美術コレクションで有名な聖マリア教会・修道院、ダルマチア地方最大の大きさを誇る聖ストシャ大聖堂の順に教会を4箇所梯子、といっても外観を眺めるだけなので造作無い。 ローマ時代の遺跡と云う柱の残欠も転がっている。公衆トイレが全く無いので日本から来ると極めて不便、仕方が無いのでカフェに入りエスプレッソを注文してからトイレを借りる。バスに戻る途中で又も波止場の堤防釣りを見物、P1110255こちらはボラのギャング釣りで尺級を3尾上げている。15:45バスに戻りトロギルへ向かう。16:10日没、アドリア海に浮ぶ島の山端に夕陽が沈む。バスは一般道を猛烈なスピードで飛ばす。160㎞を僅か2時間で走りきり、17:35トロギル近くのメデナホテルに到着、507号室に入る。旧くてばかでかいホテルである。シングルベッドを2台並べただけの簡素な部屋で他の調度品といっては椅子が2脚とTVがあるだけ、TVは9CH入るもののEuro Sportを除けばクロアチア語放送ばかり、ニュース番組などちんぷんかんぷん。とりあえず明日のお茶を作り、ドライブインで購入した缶ビールを飲む。19:00から夕食、煮魚と鶏肉の照焼きが美味。風呂から上ると22:00、疲れたので直ぐにベッドにもぐりこむ。(続く)

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スロベニアのビール

P1110042スロベニアの国民酒といえばワインかもしれないが、ビールも盛んに飲まれている様子。1825年創業のラシュコ(Lasko)と1864年創業のユニオン(Union)の2大メーカーがあり、今回の旅ではLasko・ClubとLasko・Export Pils、それにUnionの3種類を試飲。いずれも熱処理ビール、原材料は麦芽、ホップ、それとunmalted cerealsとあるので恐らく大麦を副原料に使っているのであろう。Lasko・Clubの原麦汁濃度は11.4%、アルコール含量4.9%、Lasko・Export Pilsの原麦汁濃度は8.4%、アルコール含量3.5%、Unionno原麦汁濃度は11.3%、アルコール含量は4.9%、ラベP1100775ルに表示がある。何れも苦味が弱く温和、少し雑味は感じられるが十分飲める。スーパーマーケットやドライブインでの価格は350ミリリットル缶が240円程度、日本とさして変わらない。

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ブレッド湖・ポストイナ鍾乳洞

2009年11月17日(火) 6:00起床、まだ真っ暗、車の往来が多くなる。部屋にはエアコンの備えがなく15℃くらい、 寒くて夜中に毛布を追加する。6:45明るくなる。窓から外を眺めると、ブレッド湖の湖面、断崖に建つブレッド城、その背後にユリP1100457アンアルプスの雪嶺が望める。恐らくスロベニア最高峰のトリグラフ山(2,864m)であろう。7:00教会の鐘の音が山間の町に流れる。それを聞いてレストランへ朝食に下りる。パンが美味しい。それにヨーグルトとベーコンも。日本の温州ミカンそっくりのミカンも出る(後で聞くと日本から苗を持ち込み、大々的に栽培しているとのこと)。食後、腹ごなしにホテル附近の散策に出る。紅葉は終盤であるが、カエデとシラカバの黄葉はまだ美しい。息が白くなるなるほどの冷え込み、ダウンコートを着てちょうど良い。ブレッドの町は周囲をぐるりと ユリアンアルプスに囲まれた盆地で、2,000m級の山々の頂は雪を被り真っ白、ホテルはともかく景色は素晴らしい。9:00チェックアウト、ブレッド湖へ向かう。天気は快晴、今の時期としては珍しく、先週は雨と寒さで散々だったらしい。9:15ブレッド湖畔P1100490着、ブレッド湖は周囲6㎞の小さな湖であるが、“アルプスの瞳”と称されるスロベニア屈指の景勝地、旧ユーゴスラビア大統領のチトーの別荘(現在は五つ星の高級ホテル、ビラ・ブレッド)も湖畔に建つ。手漕ぎボートに乗り、聖母被昇天教会が建つブレッド島に渡る。ブレッド島は聖母被昇天教会があるだけの小島で、先日尋ねた琵琶湖の竹生島のようなものである。聖母被昇天教会は7~8世紀建立とされる小さな教会であり、さして見るべきものはないが、有名なのが“希望の鐘”、礼拝室の天井の穴を 通して紐が垂れており、それを引くと鐘が鳴る仕組みである。鐘が鳴れば願いが叶うと聞いて、皆代わる代わる引いてみる。けれども、何かコツがあるらしく簡単には鳴ってくれない。それはともかく、テラスから眺める青い湖面、断崖に建つブレッド城、背景のユリアンアルプスは「絵P1100488のように美しい」という言葉がぴったり、絶景とはこのこと。島への上陸は30分に限定されているとのこと、汀の遊歩道を半周してボートに戻る。10:15バスに戻りブレッド城へ。スロベニアは人口200万の小国であるが、旧ユーゴスラビア諸国の中では唯一のEU加盟国、主な産業は酪農と果樹栽培とのこと。 10:25ブレッド城直下のバスプール着、附近はカラマツ(ヨーロッパカラマツ?)の黄葉とセイヨウキヅタの紅葉が美しい。 こじんまりした城で城自体はどうということもないが、ここもテラスから眺める湖と周囲の景色が素晴らしい。どこもかしこも絵になる眺めである。城館の一部は小さな歴史民族資料館、そこを見学し、売店で珍しい鳥のブローチを買う。11:10バスに戻り、街中のレストランで昼食。湖で獲れるマスが出る筈がフライの中味はタラ、どんぶり一杯の野菜サラダと野菜スープ、それに名物のブレッドケーキが付く。12:35バスに乗りポストイナ鍾乳洞へ向かう。大型バスはゆったりして快適、一人参加者は優遇されて座席を2席与えられる。ツアーメンバーは30名であるが、一人参加者が10人以上おり座席はぎりぎり、ペアの人には申し訳ない。スロベニアには石灰岩大地が広がり(南西部のクラス地方がカルスト地形の名称の語源)、鍾乳洞は6,000箇所も在るとか、中でもポストイナ鍾乳洞は全長20㎞余、ヨーロッパ最大で世界でも第3位の規模を誇る。バスは高速道路を快適に走る。オフシーズン(オンシーズンは五~九月)、特に冬に観光にやって来るのは日本人だけらしく、お陰でこの辺りの観光業者は冬でも稼げるようになり大助かりとのこと。一天俄かに掻き曇り雨になる。やはり天気は変わりやすい。13:50ポストイナ鍾乳洞の大駐車場着、他の観光バスは皆無、ホテルもレストランも売店も閉まっており閑散としている。 けれども空いているので逆に快適、オンシーズンはトロッコ電車P1110247に乗るのも洞窟内を歩くのも押すな押すなの盛況で大変らしい。トロッコ電車の発車時間まで間があるので、別料金の類人魚館を見学する。5€のところ団体なので2€でOKとのこと、鍾乳洞の一画を利用した施設には類人魚(Proteus anguinus)以外にも盲魚、盲エビ、ムカデ、甲虫類など鍾乳洞に棲息する数十種類の生物が水槽内に展示してある。しかしながら照明が薄暗く、老眼の身の悲しさ、小さな生き物ばかりで焦点が合わず良く見えない。類人魚は肌色の皮膚を持ち(類人魚の名前の由来)、ウナギのようにひょろ長い姿に手足が付いた両生類、寿命は100年とも云われ、ここディナール山脈のカルストを流れる地下水脈にのみ棲息する。確かに奇妙な生き物である。15:00ようやくポストイナ鍾乳洞見学の時がくる。 公開されているのは5㎞余、まずトロッコ電車で2㎞進み、核心部の1.7㎞を歩き、その後再び2㎞をトロッコ電車で戻るとのこと。トロッコ電車は狭い洞窟内軌道を結構なスピードで走るのでスリル満点、洞内温度は通年10℃くらいなので風を切って走ると寒い。核心部の案内は欧州5ヶ国語を話すガイドがつく。日本語ガイドはいないのでとりあえず英語の案内人について洞内を歩く。中国等の鍾乳洞のように五彩の照明ではなく、自然光に近い単色の照明が好ましい。嘗て崩落した丸天井の巨大な塊りである「ヴェリカ・ゴーラ(大きな山)」、第一次世界大戦時にロシア人捕虜によって建造された「ロシア橋」、白い鍾乳石と石筍の空間「白のホール」、P1100550紅い鍾乳石と石筍の空間「赤のホール」、無数の極小管状鍾乳石が天井から垂下する「スパゲッティホール」などの名所を巡り、最後に洞内最大の空間「コンサートホール」に出る。コンサートホールは高さ40m、面積300㎡もあり、実際に10,000人を収容してクラシックコンサートが開かれることもあるらしい。それにしてもポストイナ鍾乳洞の内部には、観世音立像を思わせる鍾乳石が無数に存在する。坂東観音霊場第十七番札所、出流山満願寺の奥ノ院十一面観世音も像高4m余の鍾乳石であるが、それを髣髴させる有り難いものが多い。特に“ブリリアント(輝き)”と名付けられた純白の鍾乳石は洞内一美しいとされ、まさに聖観世音菩薩立像そのもの。外へ出ると早や薄暗い。16:35バスに戻り、今宵の宿があるイストラ半島付け根のオパティアへ向かう。17:30スロベニア出国審査場着、係員が乗り込んできて出国スタンプをパスポートに押してくれる。続いてクロアチアの入国審査場、そこは運転手のズラコフ氏が乗客名簿一覧を提示することでOK。早速傍らの両替所とトイレに並ぶが、日本人団体2組が到着しどちらも長蛇の列、特に両替所の窓口はひとつで係員の手際もよろしくない。18:20やっと両替を済ます。1クーナ(Kuna)が20円、1万円札が494.8クーナになる。18:50ホテル・オパティア着、オパティアはアドリア海に面しクロアチアのリヴィエラとも称される屈指のリゾート地であるが、既に真っ暗で何も見えない。シーズンオフの空室を埋めるため低料金で日本の団体客を受け入れるのであろう。昨日と同じ番号の307号室に入る。ダブルベッドの簡素な部屋であるがエアコンと浴槽が附いているだけましか、今回はずっとスタンダードクラス(三ツ星)のホテルばかり。TVがまた面白くない。ローカル番組オンリーでクロアチア語のチャンネルばかり、何がなんだか分らない。19:30からホテルのレストランで夕食、クロアチアを代表するビール“オジュイスコ(Ozujsko)”の中瓶を飲む。部屋に戻り風呂から上ると21:30、時間は早いがベッドにもぐりこむ。(続く)

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スロベニア・クロアチア・ボスニアヘルツェゴビナの旅

2009年11月16日(月) 5:00起床、5:40妻に南柏駅まで送ってもらう。まだ真っ暗、随分日が短くなる。6:00の取手行きに乗って我孫子と成田で乗り換え、7:50成田空港第一ターミナル南ウィングに着く。集合は8:20なので悠々間に合う。H旅行社のカウンターで燃油サーチャージ24,280円と海外空港利用税7,700円を支払い、20周年記念品と夜食用のインスタントお握りをもらう。ルフトハンザ(LH)のカウンターでチェックイン、スーツケース(SC)を預け身軽になる。P1100442 通路側座席を希望したがもう窓際に決まっているとのこと、LHは問答無用、団体旅行のエコノミー客には非情に冷たい。まあ格安料金なので仕方が無いが、どうして添乗員だけはいつも客より良い席(今回も通路側)を占めるのであろう。両替所で10,000円をユーロに替える。本日のレートは1€が138.26円、70ユーロと325円戻ってくる。出国審査を終え、いつものように自販機で欧州9日間の海外旅行保険に加入する(5,000円)。出発ゲートに着いて、そこのカウンターでANAマイレージカードに加算してもらう。LHとANAは同じスターアライアンスグループとのこと。10:15搭乗、LH711便の38K席に座る。B747-400型機は満席、H旅行社の3グループ、100人が乗っている。10:35離陸、P1100444フランクフルトまでの飛行時間11時間10分が長い。新聞もなければ個人端末も付いていない。 仕方がないので持参の文庫本「手紙」(東野圭吾作)を読む。直ぐに飲み物サービスがあり、ドイツビールのWARSTEINERを飲む。12:30昼食が出る。雪原の上を飛ぶようになると一旦消灯になり、うとうとしたり、読書灯を点けて「手紙」を読んだりする。17:15軽食サービス、ハムサンドとコーヒーが出る。20:15今度は夕食、お品書きは立派だが機内食はどうも口に合わない。「手紙」を読み終わると間もなくの21:55、ようやくフランクフルト国際空港に着陸。ここに来るのは昨年1月のフランス旅行の時以来であるが、相変わらずの巨大空港、何度来ても馴染めない。時計を8時間遅らせ時差調整、P1100451 外は雨で厚い雲がたれこめる。ターミナルBへ移動する途中で入国審査を受ける。グラーツ行きの便の出発時刻まで3時間もあるので一旦解散しフリータイムになる。ターミナルビルの外へ新鮮な空気を吸いに出ると気温は日本と同じ位で寒くない。看板に目を当てるとドイツ語が大分読めなくなったことに気付く。搭乗口のB6に入り、17:05(日本時間17日の1:05)LH3634便に乗る。AVRO-AJ85型機は80人乗りの小型機、疲れからうとうとするうちいつの間にか離陸、18:30たちまちオーストリアのグラーツ空港に着く。自宅を出てから21時間、遠いと云うべきか近いと言うべきか。18:55迎えの観光バスに乗り込む。今宵の宿があるスロベニアのブレッドまで220㎞のロングドライブ、運転手はクロアチア人のズラコフ氏、すらりと背の高い30歳台の美男子である。21:15ブレッドのホテル・クリム到着、307号室に入る。簡素な部屋で浴槽もない。田舎の三ツ星ホテルはこんなものか。それにしても暖房の効きが悪く、部屋の中が廊下よりも寒い。先ず水道水で湯を沸かし、カップラーメンを食べる。人心地がついたところでシャワーを浴びる。風呂から上ると23:15(日本時間17日、7:15)、やっと横になる。(続く)

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定点観察・手賀の丘公園(柏市)

Dsc008912009年11月12日(木) 雨は上ったが急に寒くなる。そろそろクリタケが出る頃と手賀の丘公園の切株を覗きに行く。結果は空振り、晩秋から初冬のきのこであるコカブイヌシメジやマツカサキノコモドキが出始める。
《観察種》 1.アカコウヤクタケ属、2.アラゲキクラゲ、3.イタチタケ?、4.ウラベニガサ、5.オオツルタケ、6.カベンタケ、7.コカブイヌシメジ、8.シロサクラタケ、9.スギエダタケ、10.スッポンタケ、11.センボンイチメガサ、12.チチタケ属、13.ドウシンタケ、14.ニガクリタケ、15.ニクウスバタケ、16.ノウタケ、17.ハイイロイタチタケ、18.マツカサキノコモドキ、19.モリノカレバタケ属、20.不明種(キシメジ科のヒメムラサキシメジ?)、21.不明種(キシメジ科)、22.不明種(モエギタケ科?) (写真はカベンタケ)

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アカモミタケ鍋

Dsc008792009年11月11日(水) 今日の夕食はきのこ鍋、材料は大月市の九鬼山産アカモミタケと近所の公園で採取したナラタケ、それに鶏肉と野菜が入りました。只今わが家に2台ある大型冷蔵庫の冷凍庫は野生きのこで満杯状態、アカヤマドリ、アミタケ、オウギタケ、チチアワタケ、ナラタケ、ナラタケモドキ、ヌメリイグチ、ムラサキヤマドリタケ、ヤマドリタケモドキが出番を待っています。これだけの備蓄があれば今冬中安心です。ところでアカモミタケとナラタケの味較べはナラタケに軍配があがりました。アカモミタケは良いダシが出ますが、出涸らしはもさもさするばかりです。残り汁で作った雑炊がこれまた結構でした。

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ナラタケの当たり年

Dsc008492009年11月9日(月) 近所の向小金ふるさとの森へきのこ観察に行くと、件の立ち枯れや生木、更には今まで出たことがない箇所にもナラタケが発生している。他のきのこはツチナメコぐらいしかないので急遽観察会を中止、ナラタケ狩りに切り替える。レジ袋二つが満杯になるほどの大収穫で、帰宅して早速前処理、柄を切り落とし綺麗に洗って、薄い塩水に2時間浸け虫出し、沸騰した湯で茹でこぼして冷凍庫に保存する。ナラタケは味噌汁、煮物、鍋物、うどん・そば、天麩羅、下ろし和え、佃煮、コンソメ、グラタン、ピザ、中華風スープ、油炒め等何でもござれ、これだけあれば色々試せるし当分楽しめる。 

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二色きのこ飯

Dsc007322009年11月8日(日) さきおととい増尾城址公園で採取してきたナラタケとハタケシメジを使い、わが家の料理長に炊き込みご飯を作ってもらいました。複数種類のきのこを一緒に料理すると、相乗効果が出て旨味もコクも一段と増すようです。天然ものの優秀食菌が2種類入ったきのこ飯の風味はまさに一級品、申し分のない秋の味でした。

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アカモミタケ

Dsc007952009年11月8日(日) 昨日、大月市の九鬼山にアカモミタケ狩りに行ってきました(自惚山人ノオト「446.九鬼山」参照)。盛期より一週間ほど遅かったのと地元のベテラン2人が先行していた為に、昨年のような大収穫とはいかず28本の採取に止まりました。まあ、それでも御の字、秋山のモミ林の恵みです。今日、近所の2軒にお裾分け、家人が親しくしてもらっている着物着付け教室のお師匠さんとその友人のお宅です。炊き込みご飯一回分くらいの少量だったにもかかわらず、お返しにどっさりのギンナンと柚子を頂いて帰ってきました。これではエビで鯛を釣るの図式、いやはや恐縮です。M様、ありがとうございました。

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九鬼山で出逢ったきのこ

Dsc007792009年11月7日(土) アカモミタケ狩りに行った大月市の九鬼山で出逢ったきのこは僅かに9種類、本命のアカモミタケのみならず他の種類も不作の模様、今年は全くのお手上げ。《観察種》 ①アカモミタケ、②アカヤマタケ属(ヒイロガサ?)、③イタチナミハタケ、④ザラエノハラタケ、⑤センボンイチメガサ、⑥チチタケ属、⑦ツガサルノコシカケ、⑧ベニタケ属、⑨マゴジャクシ (写真はアカモミタケ)

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定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc006452009年11月5日(木) 名戸ヶ谷のケイヨーD2にスナックいんげんと葉ネギの苗を買いに行った序に、増尾城址公園に立ち寄りきのこ観察。フウセンタケ科のきのこが色々出ているが名前は判らない。良い状態のナラタケとハタケシメジが出ており有り難く採取する。
《観察種》 1.アンズタケ属、2.イタチタケ、3.イタチナミハタケ、4.イッポンシメジ?(クサウラベニタケかも)、5.クロノボリリュウタケ、6.コショウイグチ?、7.コタマゴテングタケ、8.コバヤシアセタケ、9.ザラエノハラタケ、10.チチタケ属、11.ツチナメコ、12.テングタケ、13.ナラタケ、14.ニガクリタDsc00687ケ、15.ハタケシメジ、16.ヒビワレシロハツ、17.ヒロハシデチチタケ、18~21.フウセンタケ科、22.ベニタケ属、23.ホコリタケ、24.ムジナタケ、25.ムラサキシメジ、26.ワカフサタケ属(ヒメワカフサタケ?) (写真は上がナラタケ、下がハタケシメジ)

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西国十三番札所 石山寺

2009年11月3日(火)Dsc00589 13:35元慶寺から山科駅に戻る。隣の京阪電鉄山科駅から京阪線を利用し 第十三番札所の石山寺へ向かう。浜大津乗り継ぎで14:20石山寺駅着、瀬田川沿いに参道を歩き東大門前に出る。東寺真言宗大本山の石光山石山寺は大寺である。聖武天皇の勅願寺で天平勝宝元年(749)の創建、開基は良弁僧正である。志納所で拝観券を求めて境内に入り、石段を2箇所登って天然記念物の硅灰石の前に出る。この黒々と隆起する奇岩こそ寺名の由来となった石、その左手上に懸下木造建築では我国最古といわれる国宝の石山寺本堂が建つ。正堂は永長元年(1096)の再建で13 礼堂は慶長年間に付けられたもの、本堂に入り 前立ちの大きな如意輪観世音にお参りする。内陣拝観は別料金で500円、仏の道も世知辛い。ご詠歌は「のちのよを、ねがうこころは、かろくとも、ほとけのちかい、おもきいしやま」。般若心経を唱えてから本堂内の納経所で御朱印をいただく。本堂の右手には紫式部が参籠の折、源氏物語の構想を練ったとされる「源氏の間」がある。境内をひと周りする。三十八社権現堂、校倉造の経堂、国宝の多宝塔を経て芭蕉庵、月見亭へと登る。Dsc00625月見亭の建つ丘上から瀬田川と琵琶湖を眺め、最上部の豊浄殿で折り返し、牡丹園、無憂園を回って下山する。東大門を出ると15:40、最早三井寺へ参拝に行くには遅過ぎる。まあ次の機会もあろうと再び瀬田川沿いを歩き石山寺駅に戻る。ちょうど陽が翳ってくる時刻、琵琶湖八景の「夕陽・瀬田石山の清流」とはまさに眼前の景色であろう。再び浜大津乗継ぎで京阪山科駅に出て、JRで京都駅に戻る。駅ビル1階の飲食店街にある食堂アミーチ(Amici)で腹ごしらえしてから、おたべとわらびもちを土産に買う。新都ホテルに戻り、朝クロークに預けた荷物を回収し、ロビーのソファで夜行バスの出発時刻まで休ませてもらう。

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番外 華頂山元慶寺

2009年11月3日(火) 京都駅から一駅電車に乗りJR山科駅下車、元慶寺のある北花山までの2.4kmを歩く。 Photo12.55華頂山元慶寺(天台宗)着、元慶寺は元慶元年(877)の建立、清和・陽成天皇の勅を奉じ遍照僧正が開山した寺である。寛和二年(986)、花山法皇が当寺で落飾、その後修業を積み、徳道上人のあと三百年ちかく途絶えていた観音霊場巡礼行を再興したと伝わる。由緒あるお寺であるが、現在は衰退し小さな本堂と庫裡があるだけにすぎない。境内も狭く見所とてないが、僅かに「人皇六拾五代花山院法皇御落飾道場」と刻まれた石碑が建つ。本堂で御本尊の薬師如来にお参りしてから、納経所で御朱印をもらう。ご詠歌は「まてといはば、いともかしこし、はなやまに、しばしとなかん、とりのねもがな」。10分ほどで元慶寺を後にし、山科醍醐街道のわらじ市(フリーマーケット)を覗いたりしながら、のんびりと山科駅に戻る。

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京都御所

2009年11月3日(火) Dsc004918:30新都ホテルをチェックアウト、荷物をクロークに預け身軽になる。先ず天皇陛下御即位20年を記念して特別公開中(11月1日~10日)の京都御所へ向かう。 地下鉄で丸田町に出て京都御所の宣秋門着が9:20、午前9時からの入場というのに早くも長蛇の列が出来ている。拝観料が無料というのが嬉しい。京都御所は元弘元年(1331)以来明治二年(1869)に至るまで500年以上も皇居であったところ、現在の建物は概ね安政二年(1855)の再建であるが、平安時代の寝殿造りや室町時代の書院造り様式が展開し、古の天皇家の生活や儀式、王朝文学の世界までも偲ぶことが出来る。宣秋門をくぐり、御車寄(おくるまよせ)、諸大夫の間Dsc00506(しょだいぶのま)、新御車寄(しんみくるまよせ)の順に見学する。今日は新御車寄の前に造られた舞台で、特別に五節舞(ごせちのまい)が行われるとのことで、  最前列に陣取って待つこと30分間、十二単をまとう4人の舞姫がゆったりした所作であでやかに天女を舞う。まさに王朝の雅そのものである。順路に従い、 建礼門(けんれいもん)、宣陽殿(せんようでん)、紫宸殿(ししんでん)、清涼殿(せいりょうでん)、 小御所(こごしょ)、御学問所(おがくもんじょ)と拝観する。 後が閊える状態なので立ち止まってゆっくり見学することは出来ないが、いずれの建物も技術の粋を凝らしDsc00521贅の限りを尽くしたもの、さすがに雲上人のお住まいは違う。続いて、御池庭(おいけにわ)、御内庭(ごないてい)を眺め、御常御殿(おつねごてん)を見学し、例年は公開していない北側の殿舎の皇后宮常御殿(こうごうぐうつねごてん)、飛香舎(ひぎょうしゃ)、玄輝門(げんきもん)、朔平門(さくへいもん)、若宮姫宮御殿(わかみやひめみやごてん)も見学、11:05出口の清所門をくぐり拝観を終える。午後は再び西国観音霊場巡り、山科にある番外の元慶寺へ向かうため一旦京都駅に戻る。

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奈良国立博物館・第61回正倉院展

2009年11月2日(月) 奈良国立博物館ではちょうど正倉院展の開催中、01 今年が第61回であるが、天皇陛下御即位二十年を記念し例年より名品の出陳数が多く開催期間も3日間長いとのこと。朝から盛況であるが平日のせいか行列や待ち時間はなく、無料のコインロッカーに荷物を預けることも出来る。11:00から見学を開始、出陳数は66点、宝物だけに名称が仰々しく、総てが漢字のため読み下すのに骨が折れる。例えば、小刀が「斑犀把緑牙撥鏤鞘金銀荘刀子(はんさいのつかりょくげばちるのさやきんぎんそうのとうす)」であり、絞り染めの帯が「紺地浅緑目交纐纈絁間縫帯(こんじあさみどりもっこうこうけちあしぎぬのまぬいのおび)」である。千年以上も前の品物だけに保存状態はまちまちであるが、宝鏡類(漆背金銀平脱八角鏡、平螺鈿背円鏡)や紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)、桑木木画棊局(くわのきもくがのききょく;寄木細工の碁盤)などは保存状態が極めて良好で、高度な技法が駆使された超一級の美術工芸品である。また、光明皇后直筆の「楽毅論」は第一回正倉院展以来の出展とのこと、美しくも力強い楷書体に皇后の人柄が偲ばれる。古文書類のコーナーにさしかかる頃には自由に身動きできないほど館内に人が多くなる。照明を落としてある上に、老眼が進んでいることもあり、何より漢文なので読もうとする気力が萎え退却、12:40売店で図録を購入して見学を終える。一服してから本館の平常展も鑑賞する。平常展は中国・朝鮮の渡来仏を含む仏像と、中国古代青銅器(坂本コレクション)が展示の中心であるが、その中に南円堂から寄託されている法相宗六祖像(いずれも国宝)のうちの二体がある。伝行賀像と伝神叡像であるが、南円堂では拝観できないだけに思いがけない嬉しい出合いである。他には、秋篠寺から寄託されている伝救脱菩薩立像と伝梵天立像(いずれも重文)は、元は伎芸天立像と一組の仏像であったとされるだけあって、彩色も当時のまま残り非常に美しい。14:10見学を終える。今日の奈良国立博物館と正倉院展は自分にとっての初めて物語、満足して会場を後にする。、

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西国九番札所 興福寺南円堂

Dsc004412009年11月2日(月)  この秋一番の強い寒気が入り冬型の気圧配置、北海道と東北は12月の気温で高山は雪の予報、寒い日になりそうである。8:35出発、近鉄線で奈良へ向かう。近鉄はJRより運賃が安いので助かるが、各駅停車の普通電車は非常に時間がかかる。10:10漸く近鉄奈良駅着、西国九番札所の興福寺南円堂へ向かう。興福寺では「お堂で観る阿修羅像」と題して仮金堂と北円堂を特別公開中、拝観料は1,500円と高額であるが、朝から観光客が長蛇の列を成している。それを横目で見ながら南円堂へ直行する。南円堂にお参りす9るのは二度目であるが、前回は御朱印をもらわなかったため今日の出直しとなる。扉がぴたりと閉じられており、 御本尊の不空羂索観世音菩薩は拝めないが、堂前で般若心経を唱えてお参りする。その後、納経所で納経帳に御朱印をもらう。御詠歌は「はるのひは、なんえんだうに、かがやきて、みかさのやまに、はるるうすぐも」。隣の一言観音堂にもお参りしてから、正倉院展を観るため奈良国立博物館へ向かう。

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西国三十番札所 宝厳寺(ほうごんじ)

2009年11月1日(日) 大学卒業後40年目のクラス会は、北は郡山、南は徳島から12名の参加があり、 昨夜無事終わる。朝一、屋上の展望露天風呂へ入りに行き、琵琶湖東岸から昇る朝日を眺める。Dsc00368近江富士(三上山)のシルエットが美しい。朝食後、ホテルのバスでおごと温泉駅に送ってもらい、京都御所拝観へ行く皆と別れる。今日は竹生島にある西国三十番札所の宝厳寺にお参りするので、湖西線で船が出る近江今津へ向かう。近江舞子で電車を乗り継いで9:46近江今津着、みどりの窓口で竹生島クルーズ船往復割引キップを買う。クルーズ船が発着する今津港は駅から徒歩3分、湖に突き出た桟橋が1本あるだけの小さな港である。出船時刻まで間があるので近くの琵琶湖周航の歌資料館を見物して時間潰し、他には何もないのんびりした所である。「瑠璃の花園 珊瑚の宮 古い伝えの 竹生島 仏のDsc00400御手に 抱かれて 眠れ乙女子 やすらけく」、資料館は琵琶湖周航の歌を作詞作曲 した小口太郎と吉田千秋を詳しく紹介している。出船時刻が近づくと団体旅行客を乗せた観光バスがやってきて港もようやく活気づく。ツアー客は今津から竹生島へ渡り、更に長浜へと湖を横断するコース、乗客を下ろしたバスは直ぐに長浜へ走り去る。10:50出航、ジェット船は湖上を滑るように進み、たちまち竹生島が近づく。琵琶湖八景の「深緑・竹生島の沈影」とは、琵琶湖に濃い影を落とす緑豊かな竹生島のこと、まさに湖上から眺める眼前の竹生島のことであろう。11:15竹生島到着、船着場から先30の参道に土産物店が数軒並ぶだけの小さな島で、全島が宝厳寺と都久夫須麻神社の霊域である。 参道の入口で拝観券を求め、165段の急な石段を登る。先ず最上部の宝厳寺の本堂である弁才天堂にお参りする。本尊の弁財天は安芸の厳島、相模の江ノ島とともに日本三弁財天の一つに数えられている。その後、傍らの納経所で御朱印をもらい、三重塔と片桐勝元手植えと伝わる樹齢400年のモチノキを眺めてから観音堂へ下る。観音堂は安土桃山時代の建築、正面入口の唐門は国宝に、観音堂本体は重文に指定されている。Dsc00412 ご本尊の千手千眼観世音菩薩にお参りし般若心経を唱える。御詠歌は「つきもひも、なみまにうかぶ、ちくぶしま、ふねにたからを、つむここちして」。重文の船廊下を渡り、同じく安土桃山時代の建築で国宝に指定されている都久夫須麻神社にも参拝する。祭神は市杵島姫大神、浅井姫命、宇賀神の三柱、湖水を支配する姫神様とのことである。12:10船着場に戻ると、ぽつりぽつりと雨が落ちてくる。12:30出船、13:00今津港に戻る。午前中は陽も出ていたのに天気は急激に下り坂、本降りになってきたので、予定していた石山寺や三井寺などの巡礼を諦め、近江今津発13:27の電車で京都に戻る。八条口側の新都ホテル京都に15:00チェックイン、最上階10階の部屋に入る。

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西国十九番札所 革堂(こうどう)

2009年10月31日(土) Dsc00333 六角通りを東下し寺町通りを左折すると革堂までは一本道、鳩居堂などの老舗や本能寺を覗きながらぶらぶら行くと、13:30革堂に着く。革堂の正式寺号は霊麀山(れいゆうざん)行願寺(天台宗)といい、寛弘二年(1005)一条天皇の勅願、行円上人の開山と伝わる。行円上人は若い頃狩猟を好み、ある日牝鹿を射殺して、無情を感じ仏門に入り、射殺した牝鹿の革を衣にして常に身に着け、市中を歩き布教に努めたという。故に上人を革聖、その寺を革堂と呼ぶようになったらしい。ここもまた街中の狭いお寺さん、早速本堂の御本尊、千手観世音菩薩にお参りする。「十方三世一切佛(じーほうさんしーいーしーふー)諸尊菩薩摩訶薩04 (しーそんぶーさーもーこーさー)摩訶般若波羅蜜(もーこーほーじゃほーろーみー)」。その後、納経所で納経帳にご朱印をもらう。「はなをみて、いまはのぞみも、こうどうの、にはのちぐさも、さかりなるらん」、革堂の御詠歌も唱える。境内を一回りといっても見所は山門前の石標くらい、13:20早々に引き揚げる。今日は西国観音霊場を四箇所巡礼できたので大満足、丸太町駅へ出て地下鉄で京都駅に戻り、大学卒後40年の節目のクラス会に参加するべく湖西線近江舞子行きに乗り、おごと温泉へ向かう。

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西国十八番札所 六角堂

2009年10月31日(土)  Dsc00321 第十七番の六波羅蜜寺は以前にお参りし御朱印を戴いているので今回はパス、東大路通りを八坂神社まで歩き四条通りに左折する。途中、四条河原町の蕎麦屋で腹ごしらえ、天ぷらそばを食べる。錦市場を抜けていくとそこは京都市民の台所、野菜や鮮魚、漬物、乾物など京都独特の食材を商う店が所狭しと軒を並べ、アメ横のような雰囲気である。12:30六角堂着、六角堂は正式寺号を紫雲山頂法寺といい聖徳太子の建立、御本尊は太子護持仏の如意輪観世音菩薩と伝わる。また、親鸞聖人が比叡山からこの堂に百日間参籠し、この菩薩の霊告によって浄土真宗を開いたことは広く知られている。03先ず本堂にお参りする。「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」、般若心経276文字を唱えてから納経所で御朱印を頂戴する。「わがおもふ、こころのうちは、むつのかど、ただまろかれと、いのるなりけり」、有りがたい。境内は狭く周囲をビルに囲まれ、優美な御堂が窮屈そうに見える。見所も嘗て下京の中心であった証の「へそ石」くらいしかないが、華道池坊発祥の地であり、境内と地続きで背後に高層の池坊ビルが建つ。隣接するWEST18ビルのエレベーターに乗り7階から六角形の屋根を眺める。13:05六角堂を辞し、第十九番の革堂(こうどう)へ向かう。

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西国十六番札所 音羽山清水寺

2009年10月31日(土) Dsc00272 天気が良過ぎるせいで五条坂、茶わん坂を登ると汗が出るほど。修学旅行生と観光客で早くも大混雑の清水寺門前に10:30到着。経堂特別公開中とのことで中に入ってみる。御本尊は宝冠釈迦如来であり、左右に文殊菩薩と普賢菩薩が侍る。お参りしてから、拝観料を支払い轟門をくぐる。寛永十年(1633)徳川家光によって再建された国宝の本堂にお参りする。御本尊は坂上田村麿奉納の十一面千手千眼観世音菩薩であるが、もちろん秘仏であり尊容は拝めない。「観世音 南無佛 與佛有因 與佛有縁 佛法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心」、延命十句観音経を唱えてから、 清水の舞台02へ出て京都の街を眺める。納経所へ回り、「まつかぜや、おとわのたきの、きよみづを、むすぶこころは、すずしかるらん」と御詠歌を唱えながら御朱印を頂戴する。それから境内を一巡り、いずれも国重要文化財に指定されている釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院の順にお参りし、音羽の滝で長い行列に並ぶ。ようやくお不動さんの浄水をいただき喉を潤した後、11:20清水寺を辞し第十八番の六角堂へ向かう。

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西国十五番札所 今熊野観音寺

2009年10月31日(土) 6:50京都駅八条口に到着、高速夜行バスのプレミアムシートは横3人掛けで思いのほかゆったり、Dsc00235 フルリクライニングで幅広の座席は飛行機のビジネスクラス並みにくつろげる。とりあえず駅ビル2階のカフェデュモンドで腹ごしらえし、目覚ましにホットコーヒーを飲む。今日は夕方から大津市雄琴温泉のホテルで大学のクラス会があるので、その前に京都市内の西国観音霊場を巡るつもり、番外も含めて七箇所あるが幾つ回れるか。先ずJR奈良線で東福寺駅へ出て第十五番の今熊野観音寺へ向かう。駅から1.3㎞を歩き、泉涌寺(せんにゅうじ)塔頭の今熊野観音寺に9:00到着、早速本堂にお参りする。御本尊は十一面観世音菩薩、秘仏であるが明日から一ヶ月間特別ご開帳を行うとのこと、お寺はその準備で忙しい。Dsc00237何でも西国三十三所のお寺では一千年来初めて全所が揃って、 順次ご本尊のご開帳を行っているとのこと、今年の八月から始まり来年の五月までの予定である。第十番の三室戸寺などは84年ぶりのご開帳とか。「むかしより、たつともしらぬ、いまぐまの、ほとけのちかひ、あらたなりけり」、御詠歌を唱えながら納経所で御朱印を戴く。弘法大師の霊水なる五智水を飲んでから、境内を一巡り、大師堂、西国三十三観音霊場の写し、医聖堂(多宝塔)にもお参りする。今熊野観音寺の正式な山号寺号は新那智山観音寺(真言宗泉涌寺派)、天長年中(824-833)嵯峨帝の勅願建立、開基は弘法大師と伝わる。9:40観音寺を辞し、途中同じく泉涌寺塔頭の戒光寺の丈六の釈迦如来にもお参り、東大路通りを歩いて第十六番の清水寺へ向かう。

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