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無類の大長編「大菩薩峠」読了

01 2010年1月30日(土) 中里介山作の大長編小説「大菩薩峠」を本日読み終える。第一巻「甲源一刀流の巻」の起稿が明治四十五年(1912)、最終巻の第四十一巻「椰子林の巻」の発表が昭和十六年(1941)、蜿蜒実に29年間に亘って書き継がれ、一万頁、文字無慮五百万を超える大部である。世界第一の長編小説といって過言でない。椰子林の巻の筆を擱いてから約三年後の昭和十九年四月二十八日、介山居士は腸チブスのため他界、ために大菩薩峠はプツリと終わって未完となっている。昨年の1月から筑摩書房版を読み始め、全十二冊を読むのにちょうど1年がかり。内容は他愛もない大衆時代小説であるが、江戸時代末期から維新前後の人情風俗、特に当時の名所旧跡やその故事来歴、更に土地土地の人気、名物を読み解くには格好の書物である。故郷、宮城県北の翁倉山に言及する箇所まであり、居士の日本地理の明るさには頭が下がる。さて、次は何を読もう。「南総里実八犬伝」、或いは「ローマ人の物語」、とにかく暇なので長ければ長いほど良い。

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山のきぶどう酒

Dsc017942010年1月27日(水) 戴きもの。純米酒と山ぶどう果汁を1:1でブレンドしたリキュールである。アルコール分7度以上8度未満、エキス分9.6%とある。製造元は株式会社あさ開(岩手県盛岡市大慈寺町10番34号)、岩手県産の山ぶどう果汁は佐幸本店の供給である。山葡萄果汁を醗酵させようとすると、カビが生えたり酸敗したりして素人にはなかなか難しい。又、アルコール分が1%を越えると密造酒を造ることになり、法律(酒税法)上も問題がある。その点、山ぶどうの果汁と清酒を混ぜるだけなら非常に簡単、失敗する筈も無し誰にでもできる。秋になったらエビヅルやヤマブドウの実を採取し是非とも試してやろう。と思って飲んでみたら、風味がいまいち、果汁感はたっぷりあるものの、甘味・酸味・渋味のバランスが悪く、まろやかさに欠ける。これならホワイトリカーで果実酒を作る方がましかも、さあてどうする。

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坂東二十四番札所 雨引観音

2010年1月25日(月) 筑波山塊の北端、雨引山に登る前に中腹にある雨引観音にお参り、これで三度目である。Dsc01782_2 境内に立つ桜川市教育委員会の案内板によると、「雨引観音は、雨引山楽法寺と申し、用明天皇のころ(六世紀末)梁の国人の法輪独守居士によって開かれた、厄除・延命・安産・子育ての霊験あらたかな、延命観世音菩薩(国指定重要文化財)を本尊とする坂東観音霊場第二十四番札所の名刹です。第三十三代推古天皇の病気平癒祈願、第四十五代聖武天皇・光明皇后の安産祈願、嵯峨天皇の降雨祈願によって勅願寺、安産祈願の根本霊場と成り、現在の皇后陛下には安産守を御捧呈申し上げました。又、鎌倉幕府の宗尊親王、足利尊氏公、更に、徳川家康公、徳川吉宗公は篤く当山観音を信仰し、 多くの寺領、堂塔を寄進された」とある。指定文化財も数多く保有し、Dsc01785本尊延命観世音菩薩像(秘仏)、御前立如意輪観世音菩薩像は国指定の重要文化財、不動明王像、本堂、多宝塔、東照山王権現社殿、仁王門、十一面観音画像、愛染明王画像、大弁財天女画像、大般若経四百巻、五鈷杵は県指定の文化財、仁王尊像、黒門(薬医門)は市指定の文化財、宿椎(宿借りの椎)は市指定の天然記念物である。真壁城主が大手門を移築したという、室町末期の豪壮な黒門をくぐり、文政四年(1841)に改修された「厄除の石段」と呼ばれる145段の石段を登ると仁王門をくぐる。仁王門の先にあるスダジイの巨樹が「宿椎」、樹齢は不詳ながら、文明年間(1469-1486)の火災のとき本尊自らこの椎の梢に難を避け、一時の宿にしたと伝えられる古木である。敬意を表して先ず宿椎にお参りしてから本殿にお参りする。「へだてなきちかいをたれもあおぐべし ほとけのみちにあまびきのてら」、心の中で御詠歌と般若心経を唱える。然る後、雨引山山頂へ向かう。

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寒茸採り

Dsc01718 2010年1月23日(土) 寒茸の採り頃を探るため近所の公園を覗きに行く。1月は12日に一度雨が降っただけで冬晴れの天気が続き、林の中はカラカラ。エノキタケの幼菌は成長がストップし、干からびているものが多い。アラゲキクラゲもカチンコチン、ヒラタケは見当たらない。一雨も二雨も欲しく、こうなったら雨乞いの雷神碑でも建てたくなる。幸い今週の木曜日は雨の予報、中って欲しい。(写真はエノキタケ)

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筑波山神社

Dsc01675 2010年1月20日(水) 北条大池に隣接する平沢官衙遺跡公園を起点に、江戸時代の筑波山参詣道である神郡街道を辿って筑波山山頂を往復する途中、中腹にある筑波山神社拝殿と男体山山頂にある本殿にお参りする(詳しくは自惚山人ノオト「448.筑波山(つくば道コース)」参照)。関東の霊峰筑波山を御神体と仰ぎ、三千年の歴史を有する古社とのこと、祭神は男体山頂の本殿に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、女体山頂の本殿に伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二神を祀る。起点から8.5㎞を歩いてようやく男体山山頂に到着したのは15:30、時間も遅いし体力的にも限界なので女体山頂はパス、帰りはケーブルカーのお世話になって下山する。

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ガマズミ酒その後

Dsc016282010年1月19日(火)  蓮沼海浜公園産ガマズミで作ったリキュールが出来上がる。昨年10月21日に採取し、ホワイトリカーに浸漬しておいたものを本日濾過、3箇月経ったところで実を分離する。着色料を溶かしたような緋色は美しいというよりもけばけばしい。恐る恐る口に含めば、風味に癖は無く、まったりした味わい、氷砂糖を入れ過ぎたせいか甘い、甘すぎる。それでも酸味も僅かながら感じられ悪くはない。今回は試しなので100ミリリットル程度しか作らなかったが、これなら今年の秋は1リットルくらい仕込んでも良い。

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ベヘロフカ(BECHEROVKA)

Dsc01622 2010年1月14日(木) 先日「電気ブラン」の項で紹介したベヘロフカがリビングボードの奥から出てくる。まだ七分目ほど残っており、十分飲める。1988年のチェコスロバキア出張時に購入してきたものかもしれず、そうだとしたら22年ものである。ベヘロフカはチェコの温泉保養地、カルロヴィ・ヴァリ名産の薬草酒であり、謂わば養命酒のようなものである。ステンレスタンク中で20種類の薬草をアルコールに浸漬すること1週間、有効成分を抽出した後、白樫の樽に移し替えて3箇月間熟成させる。「製法は1807年の創業時から変わっていないし、薬草の種類と配合は秘伝で、社長と自分しか知らない」と当時案内してくれた製造部長が胸を張っていたのを思い出す。カルロヴィ・ヴァリには12箇所の温泉があるが、ベヘロフカは“第13番目の温泉”と謳われ、飲用すれば温泉治療の効果が高まると云われている。アルコール分38%、独特の風味があり、ドイツはじめ世界各国に輸出されている。まあ、個人的には養命酒の勝ち、なんといっても子供の時分から飲み慣れている。 

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成田山川越別院と喜多院(川越大師)

100111_123423 2010年1月11日(月) 成田山川越別院(真言宗智山派)は、それまで廃寺になっていた本行院を、嘉永六年(1853)石川照温が復興して創建、その後明治十年(1877)になって成田山川越別院本行院と称するようになった。大本山成田山新勝寺の最初の別院である。御本尊は当然ながら不動明王、ちょうど御護摩祈祷の最中で、本堂から般若心経や不動明王御真言の「のーまくさんまんだー、ばーざらだんせんだー、 まーかろしゃーだー、そわたやうんたらたー、かんまん」を読誦する声が聞えてくる。本堂にお参りしてから隣の喜多院へ。星野山無量寿寺喜多院(天台宗)は川越大師とも呼ばれ、天長七年(830)慈覚大師円仁の建立と伝わる古刹である。当初は無量寿寺と号していたが、天正十六年(1588)天海僧正が入寺して喜多院と改めた。寛永十五年(1638)の川越大火で伽藍を焼失してしまったが、翌年徳川家光の命で江戸城御殿の一部を移築して再建、これが今に残る家光公誕生の間(客殿)や春日局化粧の間(書院)であり、庫裡も含めて国の重要文化財に指定されている。境内にはダルマや食べ物を商う露店が建ち並び参拝客で大賑わい、本堂にお参りするには長蛇の列に並ばねばならぬ。さすがは埼玉県一の大寺である。漸くお参りを済ませてから、境内の高みにある仙波東照宮にも立ち寄る。元和三年(1617)徳川家康の遺骸を日光山に改葬する途中、喜多院に4日間留め、天海僧正が導師となって大法要を営んだとのこと、寛永十年(1633)その仏縁により社殿を造営したものである。伽藍同様川越大火で類焼したが家光命により再建、寛永十七年(1640)に完成したのが現在の社殿である。拝殿前には歴代川越城主が奉納した石灯籠が二十六基建ち並ぶ。そこだけは境内の賑わいと無縁であり、静寂に包まれて厳かな雰囲気を保持している。 

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小江戸・川越散策

100111_1132392010年1月11日(月) 外環道と関越道を飛ばし60㎞先の川越へ。市役所の駐車場に車を駐め、札の辻から仲町交差点まで蔵造りの街並みを歩く。時の鐘を眺め薬師神社にお参りする。陽射しも無く寒い日であるが、昨年のNHK朝のテレビ小説「つばさ」の効果もあり、意外に人出は多い。その後、成田山川越別院と喜多院(川越大師)にお参りし、仙波東照宮も見学する。新年も既に11日というのにどちらのお寺も参拝客は引きもきらず、本堂にお参りするには長蛇の列に並ばねばならぬ。再び蔵の街へ戻る途中、天保三年(1832)創業の老舗「いちのや」でうな重を食べようと店に入ったところ、そこも又待ち人が長蛇の列を成している。潔く諦め、菓子屋横丁で名物のいもせんべいを購入して引き揚げる。

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真鱈の白子

Dsc01620 2010年1月10日(日) 家人のお供(運転手兼荷持ち)で近所のスーパーへ朝市に出かける。このところ毎週恒例となりつつある日曜日朝一の大仕事である。卵など目当ての特価品をゲットしてから魚コーナーへ回ると、真ダラの白子が入荷している。以心伝心、案ずるまでもなく家人の財布の紐が緩み、目出度く買い物籠に納まる。タラは魚偏に雪と書くので紛れも無く冬が旬、ぶつ切りにした身やアラを煮込む鱈チリがなんといっても一番であるが、白子(キクコ)の鍋物や白子のお吸い物もまた非常に美味い。これで夕餉の膳が俄然楽しみになる。

「逝く歳やチリ鍋の湯げあたたかく」(岳秋)

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市田柿

Dsc01606 2010年1月9日(土) 息子夫婦のお年賀のメインは小生の大好物の市田柿でした。市田柿は長野県の飯田・下伊那地方で作られる干し柿の呼称ですが、その歴史は古く、江戸時代中期に刊行された「本朝食鑑」に「信州立石の小串柿」として記載されているそうです。その後、下伊那郡高森町市田地区にあった渋柿の中から大粒で良質な柿を選抜して作るようになり、大正10年、従来の「立石柿」の呼称を「市田柿」に改称したと云われています。まあ能書きはともかく、これで乾しイチジク、ほしいも、干し柿と好物3兄弟が揃い踏み、良い正月になりました。

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春の使者

Dsc01608 2010年1月8日(金) 正月に帰省した息子夫婦の手土産は、お嫁さん実家の庭で採れたフキノトウでした。日当りの良い所では12月から花芽が膨らみ始めるとのこと、何よりのお年賀です。天麩羅やフキ味噌で早春の息吹を味わうのがなんといっても一番ですが、陰干しして置き、煎じて飲めば咳止めにも利用できます。まあ、我が家には咳止め用のカリン酒がたっぷりあるので出番はなさそうですが・・。今晩あたり天麩羅を作ってもらうには如何したら良いか、今となっては決め手がないので弱ります。

「つぼみとは汝(なれ)も知らずよ蕗の臺」(蕪村)

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身欠き鰊

Dsc01611 2010年1月6日(水) これも我が家の正月料理の定番、身欠き鰊を甘辛く煮付けたものです。身欠き鰊は、頭と尾を取り去り、二つに裂いて乾したニシンのことですが、生干しのようなソフトタイプは通年店頭に並んでいても、固く乾したものはなかなか手に入りません。年末に新柏駅前は東武ストアの鮮魚店、北辰で購入してきました。でもこれが最後の一切れ、もう一度北辰へ行ってみます。もっとも、面倒なので、再び家人が作ってくれるかどうか、自信はありません。

「唐太の天ぞ垂れたり鰊群来」(誓子)

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釜揚げ川エビ

Dsc016122010年1月5日(火) 昨日、柴又帝釈天の参道にある(有)丸仁で、茹でた川エビ(標準和名はスジエビ)が売られているのを見つけ大喜びで買ってきました。1パック150グラム入りで500円也は格安です。霞ヶ浦産で釜揚げは自家製とのこと、冷凍庫に入れておけば暫らく保存がきくというので、つい2パックも購入してしまいました。年末に買っておいた辛味大根の“辛吉”を摩り下ろし、早速下ろし和えにして食べました。旨いけど、か・か・辛ーあい!、辛吉はちょっと辛過ぎますが、お陰でご飯が進みました。野菜と一緒に掻き揚げにしても絶品だし、良い買物をしました。

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柴又帝釈天に初詣

Dsc01584 2010年1月4日(月) 今年の初詣は渥美清演じる「男はつらいよ」シリーズですっかり有名になった柴又帝釈天、妻と娘と三人で出かける。今年が寅年のせいもあって、正月三箇日を過ぎたというのに参拝客はまだまだ多い。狭い参道や境内に押し合いへしあい溢れている。寅次郎さまさま、渥美清様様、これでは柴又駅前に建つ寅さんの銅像を境内に祀っても罰は当たるまい。帝釈天は寺号を経栄山題経寺といい、日蓮宗のお寺である。寛永六年(1629)下総中山法華経寺第十九世禅那院日忠上人の開山、その弟子の題経院日栄上人の開基とのこと、御本尊は、長さ二尺五寸、幅一尺五寸、厚さ五分の板の片面に「南妙法蓮華経」の題目と法華経薬王品の経文とが刻まれ、もう片面に帝釈天王像が刻まれる“板本尊”であり、日蓮上人御親刻と伝わる。本堂に上って板本尊にお参りしてから、矢切の渡しまで足を延ばす。参道に引き返し、とらやで名物の草団子と焼草だんごを食べてから、丸仁で釜揚げ川エビと梅ちりめんを土産に買って引き揚げる。 

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