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成田山川越別院と喜多院(川越大師)

100111_123423 2010年1月11日(月) 成田山川越別院(真言宗智山派)は、それまで廃寺になっていた本行院を、嘉永六年(1853)石川照温が復興して創建、その後明治十年(1877)になって成田山川越別院本行院と称するようになった。大本山成田山新勝寺の最初の別院である。御本尊は当然ながら不動明王、ちょうど御護摩祈祷の最中で、本堂から般若心経や不動明王御真言の「のーまくさんまんだー、ばーざらだんせんだー、 まーかろしゃーだー、そわたやうんたらたー、かんまん」を読誦する声が聞えてくる。本堂にお参りしてから隣の喜多院へ。星野山無量寿寺喜多院(天台宗)は川越大師とも呼ばれ、天長七年(830)慈覚大師円仁の建立と伝わる古刹である。当初は無量寿寺と号していたが、天正十六年(1588)天海僧正が入寺して喜多院と改めた。寛永十五年(1638)の川越大火で伽藍を焼失してしまったが、翌年徳川家光の命で江戸城御殿の一部を移築して再建、これが今に残る家光公誕生の間(客殿)や春日局化粧の間(書院)であり、庫裡も含めて国の重要文化財に指定されている。境内にはダルマや食べ物を商う露店が建ち並び参拝客で大賑わい、本堂にお参りするには長蛇の列に並ばねばならぬ。さすがは埼玉県一の大寺である。漸くお参りを済ませてから、境内の高みにある仙波東照宮にも立ち寄る。元和三年(1617)徳川家康の遺骸を日光山に改葬する途中、喜多院に4日間留め、天海僧正が導師となって大法要を営んだとのこと、寛永十年(1633)その仏縁により社殿を造営したものである。伽藍同様川越大火で類焼したが家光命により再建、寛永十七年(1640)に完成したのが現在の社殿である。拝殿前には歴代川越城主が奉納した石灯籠が二十六基建ち並ぶ。そこだけは境内の賑わいと無縁であり、静寂に包まれて厳かな雰囲気を保持している。 

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