« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

シイタケとヒラタケの原木栽培

Dsc01929 2010年2月26日(金) 昨年植え付けたシイタケ(2月2日植菌)とナメコ(3月24日植菌)の原木栽培は一年経った今日でも収穫は皆無、通常二夏経過しないと発生しないようであるがそれにしても気配すらない。次第に自信は失われつつある。それでも継続は力なりとばかり、一昨日増尾城址公園へ行き、最近伐採されたばかりのエゴノキとムクノキ(?)を貰ってくる。90㎝程の長さに切り揃えると原木が6本づつ取れ、それに以前勤めていた会社の先輩から戴いたコナラの原木が5本あるので合計17本、3日掛かりで本日漸く穴あけを完了する。01 早速、名戸ヶ谷のケイヨーD2へ行き、日本農林種菌株式会社(静岡県裾野市)のキノコのタネ・しいたけと同・ひらたけの2袋を購入、どちらも598円で棒型の種駒200個入りである。コナラの原木にはシイタケの種駒、エゴノキとムクノキ(?)の原木にはヒラタケの種駒を打ち込む。バンクーバー五輪女子フィギュアフリーの演技を観戦しながらなのでなかなか捗らなかったが、雨が本降りになる前に作業を終え、敷地北側の塀際に仮伏せする。エゴノキはヒラタケ栽培最適の原木であり、コナラはシイタケ栽培に最適なので今度こそ期待できる。これまで電気ドリル2台と種駒代で1万円近くも投資しており、幾ら趣味と云い道楽といっても少しは元を取らねば。(写真中央がエゴノキ、左がコナラ、右がムクノキ?)

| | コメント (1)

目黒不動尊

Dsc01915 2010年2月22日(月) 目黒駅前で昼食を済ませ、1㎞先の目黒不動尊まで歩く。五百羅漢寺の前を通り、塀を回りこむと山門前に出る。目黒不動尊は寺号を泰叡山瀧泉寺といい、大同三年(808)慈覚大師の開創と伝わる天台宗の古刹である。そして、目白不動(豊島区高田の金乗院)、目赤不動(文京区本駒込の南谷寺)、目青不動(世田谷区太子堂の教学院)、目黄不動(台東区三ノ輪の永久寺)、目黄不動(江戸川区平井の最勝寺)とともに江戸五色不動を構成し、江戸の名残りを現在に伝えている。江戸五色不動は、寛永寺の天海僧正の進言を入れ、Dsc01924_2徳川家光が江戸城守護を目的として各所に配したと云われる。  境内に入り、都指定文化財の前不動堂にお参りし、独鈷瀧を見物する。それから石段を登って本堂にお参りし、前立の目黒不動像の尊容を拝見する。御詠歌は「清らけき目黒の杜の独鈷滝 さいやく難を除(よ)ける不動尊」、ありがたい。裏山の墓地には、国指定史跡の青木昆陽(1698-1769)のお墓がある。乾し芋が何よりも大好物の自分と、焼き芋があれば三度のご飯もいらない家人、二人とも懇ろに甘藷先生のお墓にお参りする。空身で来たのでお供え物とて無く申し訳ないが、本当に有り難い。

| | コメント (0)

イタリアの印象派「マッキアイオーリ」展

Photo 2010年2月22日(月) 招待券を入手したので目黒にある東京都庭園美術館へ「イタリアの印象派・マッキアイオーリ」展を観賞しに行く。マッキアイオーリとはマッキア派の画家達を意味し、モネやルノアールらフランス印象派に先立ち、1850年代から60年代にかけてフィレンツェを中心とするトスカーナ地方で活躍した先鋭的画家たちの呼称であり、ジョヴァンニ・ファットーリ(1825-1908)やテレマコ・シニョリーニ(1835-1901)、シルヴェストロ・レーガ(1826-1895)らが代表的画家らしい。マッキア(色斑)画法に特長があると云うが、門外漢には作品を見ても良くは判らない。只、光が無闇に明るく、未だ色塗りが足りていない感じの下絵風な作品が何点かあるが、それのことか。それはともかく、レーガの人物画、シニョリーニの風景画、ファットーリの人々の暮らしを描いた田園風景画には優品が多い。また、美術館の建物は旧朝香宮邸(東京都指定文化財)をそのまま活かしたもの、建物自体にも趣がある。日本庭園と西洋庭園をひとめぐりして庭園美術館を後にし、目黒不動尊へ向かう。(券面を飾るのはフランチェスコ・ジョーリの《水運びの娘》、1891年、油彩、カンヴァス)

| | コメント (0)

ナナカマド酒その後

Dsc018962010年2月21日(日) 昨年の10月、奥日光の高山に登った時に採取してきたナナカマドのリキュールです。大分前(1月末頃)に濾過をしたのですが飲むのを忘れていました。綺麗な琥珀色にうっすら紅をさしたような赤味があります。風味はタカネナナカマド酒よりも上、苦味や渋味はより穏やかであり、香りは梅酒様、なかなか良い酒に仕上がりました。

| | コメント (0)

映画「おとうと」

Dsc018822010年2月20日(土) 高校生の時「キューポラのある街」(1962年公開)を観て以来50年近くもサユリスト、吉永小百合主演の映画が来ると今でもつい足を運んでしまう。という訳で今日は家人とTOHOシネマズおおたかの森へ松竹映画「おとうと」を観に行く。脚本・監督は山田洋次、慎ましい家族の日常生活に起る悲喜こもごもを、温かい眼差しで包み込むようにほのぼのと描く。この監督ならではの世界、安心して観ることができる。最近の作品と比べても、「北の零年」よりは遥かに上出来で、「母べえ」よりも良いかもしれぬ。原作は幸田文の「おとうと」ということであるが、一度読んでみなければ。映画の後で、同じビルの食堂街にある「沼津魚がし鮨」でスペシャルランチセットを食べる。10年ほど前、何度か同系列の静岡駅パルシェお好み回転鮨店に入ったことがあるが、ネタが大きく新鮮なことは当時のまま、美味しくも懐かしい。

| | コメント (0)

定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc018782010年2月17日(水) ベンザブロックSをひと瓶空けた甲斐があり、しつこい風邪が漸く退散する。このところ雨が大分降ったことだし、家に沈殿するのにも飽きたので、寒茸採りに出かける。行先は5㎞離れた増尾城址公園、古い切株をチェックし専らエノキタケを探す。あるにはあるが、気温の低い日が続いているせいか、前回から2週間経つというのに育ちがいまいち。他にはアラゲキクラゲも出てはいたがパス、期待のキクラゲとヒラタケは見当たらない。収穫量は少ないが、冷凍庫に保存してあるアミタケと一緒に、酒と醤油で煮付けておろし和えにする積もり、お供の酒を何にしよう。

| | コメント (0)

加波山神社

2010年2月9日(火) 本日、加波山に4度目の登頂を果たし、参詣する(自惚山人ノオト「450.燕山・加波山」参照)。 加波山神社といっても一社ではなく、Dsc01856加波山神社、加波山三枝祇(さえなずみ)神社本宮(以下本宮)、加波山三枝祇神社親宮(以下親宮)の三社からなり、山頂一帯に三社の社殿が建ち並ぶ。先ず石の鳥居をくぐり境内に入ると、禅定道入口の両側に拝殿が建つ。左側が加波山神社の拝殿と社務所、右側が親宮の拝殿である。奇岩怪石が累々と重なる禅定道を山頂めがけて登っていくと次に親宮本殿が現れる。三社とも拝殿と本殿は分離されており、本殿は拝殿より高い場所、即ちより山頂に近い所に建てられている。 次いでたばこ神社本殿がある。玉垣に日本たばこ産業株式会社(JT)と茨城県たばこ耕作組合の名が見える。JTには親しい友人がいるのでそこは念入りにお参りする。Dsc01864更に登ると加波山神社本殿(加波山天中宮)が建ち、「昭和六年夏 京濱大日講社 小池登美」銘の扁額が掲げてある。その先には本宮本殿が建ち、「正一位本宮 加波山大神社」の扁額が懸かっている。その辺りが最も高く山頂(709m)のようであり、傍らに加波山事件70年記念に船橋市の講中が奉納した「自由の魁」の石碑が建つ。少し下った最奥に建つのが本宮拝殿と参籠所である。結局山頂部には七箇所も社殿があり、こんな山も珍しい。加波山神社作成のホームページによると、祭神は国常立尊(くにとこたちのみこと)、伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)、伊邪那美尊(いざなみのみこと)の三柱で、他に山中に737神を祀るとのこと、又、普明神社御祭神(日本最後の仙人、国安普明命)とたばこ神社御祭神(草野姫命、八雷神、大己貴名)も合祀している。由緒はと云うと、「約二千年前の日本武尊の東征に際し加波山に登り、三神(天御中主神、日の神、月の神)を祀り、 社を建て加波山天中宮を創建したと伝う。弘仁五年(809)に第五十二代嵯峨天皇により奉納された御宸筆の掛軸が今も残る。その後、和歌山県の熊野山Dsc01866の御祭神が山頂に祀られ、新宮・本宮の二社が新たに創建された。鎌倉・室町時代には、山内に仏教寺院が建ち、神仏混交の形になるとともに、七百余の神々を奉る霊場が整えられた。江戸時代に入ると、加波山大権現と称し、山伏、修験者の真言密教加波山三光流の道場として栄えた。明治元年の神仏分離令により寺院は廃止される。明治六年(1873)、加波山天中宮は郷社に列せられ、社名を加波山神社に改めた。又、新宮・本宮は村社に列せられ、社名を三枝祇神社親宮・本宮と改め、戦後、加波山神社の許可を得て加波山の文字を付け加えた」とある。なるほどこれなら良く判る。加波山神社の本家本元は天中宮であり、親宮と本宮は、恐らく庶民の熊野詣でが盛行した鎌倉時代以降になって熊野速玉大社と熊野本宮大社から分神を勧請したのであろう。なお、加波山事件とは、明治十七年(1884)自由党急進派が政府打倒を企図して加波山で蜂起した事件。警察署などを襲撃したが数日で鎮圧されている。 

| | コメント (0)

定点観察・増尾城址公園(柏市)

Dsc018002010年2月4日(木) 立春だが寒の底、陽の光は明るいが非常に寒い。2日の朝に続き今朝も雪景色、お湿りが2回もあれば寒きのこも出ているだろうと久し振りに増尾城址公園へ出かける。結果は当たり、汁の実一回分くらいのエノキタケが採れる。他のきのこは殆どなく、クロハナビラニカワタケと多孔菌科の不明種(サカズキカワラタケ?)を見つけたにすぎない。(写真はエノキタケ)

| | コメント (0)

済州島三日目(最終日)

2010年2月2日(火) 6:45起床、曇り。東京、横浜に今朝1㎝の積雪。8:40ホテルをチェックアウト、朝食に「島屋」食堂へ行きウニわかめスープ定食を食べる。ウニもワカメもたっぷり入っているが惜しむらくはややぬるい。P1110472 今日最初の観光箇所は漢拏山(ハルラサン)、標高1,950mは韓国最高峰であり、世界自然遺産に指定されている。何でも韓国に自生する4,000種余りの植物のうち、2,000種が漢拏山中で認められるとのこと、自然度が高いのであろう。今日は中腹のオリモクコース登山口(標高970m)までバスで上がる。以前のガイドブックでは自然保護のため登山は禁止になっていたが何時頃解禁されたのか、登山コースは5本あり、その内2本のオリモクコースと霊室(ヨンシル)コースは標高1,700mのウイッセオルム山荘で行き止り、山頂まで続くのは城板岳(ソンパナク)コースと観音寺(クァヌムサ)コースの2本で、どちらも片道5時間ほどかかる。次回は漢拏山登山に的を絞って済州島に来てもよい。5本目のドンネココースはピョンゲ山荘へ出て南壁分岐点からウイッP1110476セオルム山荘へ周回するもので、やはり山頂までは通じていないようである。 先月は積雪が多くバスは進入禁止だったとのこと、今日は登山口まで入れるだけでも幸運。それでも昨日の雨が山では雪だったようで辺りは真っ白、今冬初の雪景色を韓国で味わう。10:00オリモク登山口着、韓国でも登山ブームと見え、マイカーやタクシーで続々登山者がやって来ては出発していく。ウイッセオルム山荘まで2時間とのことなので、今からでも十分往復できる。登山口広場には立派なビジターセンターが建ち、2階は自然博物館になっている。真新しい建物なので、恐らく2007年の世界自然遺産登録前後に完成した施設であろう。漢拏山で見られる動植物と鳥類(剥製)が自然を模して展示されている。嬉しいことにきのこの展示も有り、種類はアカヤマドリなど日本と共通するものが殆ど。P1110487登山口広場からは前山が見えるだけで山頂は望めない。 もっとも済州島は雨や曇りの日が多く、年間を通じて麓から山頂が拝めるのはせいぜい45日程度とのこと、今日の天気なら幸運に恵まれるかもしれぬ。二箇所目は島南部の西帰蒲市郊外にあるオーソルロクお茶博物館、目の前に広大な茶畑が広がる。韓国では緑茶が高級品なのか、食堂やレストランで無料で出るのはトウモロコシの焙煎茶ばかり。売店の抹茶アイスクリームが大人気で飛ぶように売れている。1個4,000W(360円)と決して安くはないが、韓国人の大人も子供も皆喜んで食べている。展望台に昇ると待望の漢拏山山頂が北の空にうっすらと姿を見せる。 山姿はP1110521妙高山にちょっと似ている。西帰蒲市に入り中文観光団地近くの天帝淵瀑布(天然記念物378号)と柱状節理(同443号)を見物する。前者は済州島最大の滝であり、三段滝とのことであるが一段にしか見えず、如何せん水量が少なく迫力に欠ける。又、滝の背景に人工物が見えるのも興醒め。後者の柱状節理は海岸線の断崖に形成された大規模なもの、一見の価値がある。その降り口には、磯物(小型巻貝)の塩茹でを商う露店や、採れたてのナマコを刺身に造り焼酎を飲ませる露店もある。いずれも朝一、海女さん達が磯で獲ったものの直売りであろう。長閑な所である。島はぐるりが岩礁地帯、アワビやサザエ、ウニ、ナマコなどの好漁場であり、済州海女は昔から有名である。P1110523 東北部の旧左邑には海女博物館まである。12:40昼食、石焼ビビンパを食べる。外へ出ると風が冷たい。街路樹は紅い小粒の実をびっしり着けたクロガネモチが多く、ヒヨドリがいないのかそっくり残っている。小鳥も今が盛りのミカンの方が美味しいのを知っている。13:45からロッテホテル6階の免税店で又も買物、ブランド品に用はないので韓国海苔と菓子パン5個を購入する。最後の観光箇所は正房瀑布、落差23m、海に直接落下する夫婦滝はなかなかの見もの。15:45バスに乗って済州国際空港へ向かう。16:40着、ウォンを使い切るため免税店で韓国海苔とオレンジジャム入りチョコレートを買い足す。KE717便は満席、18:30離陸、水平飛行に移るや軽食が出る。成田まで僅か1時間半というのに律儀なことである。(完)

| | コメント (0)

オレンジマッコリ

Dsc01825 マッコリは日本のどぶろくに相当する韓国の大衆酒、米を主原料に、場合により小麦粉を加え、麹により糖化し、酵母と乳酸菌により醗酵させた醸造酒である。ファミマなど現地コンビニの酒コーナーで売られており、素のマッコリは750ミリリットル入りPETボトルが1,500ウォン(135円)、写真のオレンジ果汁入り(?)は同容量で2,500ウォン(230円)と、ビールに比べると格段に安い。アルコール分7%、甘味と酸味が感じられ意外に飲み易い。酒粕で作る甘酒のようでもあり懐かしい味がする。済州島は対馬暖流に洗われ気候は温暖、韓国唯一のミカン産地なので、特産品を生かしたマッコリのようである。

| | コメント (0)

萬丈窟(マンジャングル)

P1110461漢拏山東北方に位置するコムンオルム(拒文岳:456m)の噴火の際、流出した溶岩によって作られた溶岩洞窟群のひとつ、最も規模が大きく、唯一内部が一般公開されている。溶岩洞窟群には萬丈窟の他、ベンディ窟、金寧窟、竜泉洞窟、タンチョムル洞窟があり、コムンオルムを含めて世界自然遺産に指定されている。萬丈窟は全長7.4㎞、洞窟内の高さは最高地点で30mにも及ぶ大規模な溶岩洞窟で、多様な洞窟生成物と内部地形が良く保存されており、学術的価値が高い。萬丈窟には全部で3つの入口があるが、第2入口からの 1㎞区間のみ一般公開されている。入口から石段を降りて洞窟内P1110454を進むが、照明に照らされるのは足元だけで壁や天井は薄暗い。その上、溶岩自体が黒いので目が慣れるまでは何が何やら、鍾乳洞と違い鍾乳石も石筍もなく面白味に欠けることは否めない。それでも入口から600mほどの所に済州島の形そっくりの石亀があり、公開区間の最終部分には高さ7.6m、世界一の規模を誇る溶岩石柱が聳える。他にも、洞窟壁面には溶岩が流れた最上部の痕を示す横線層、天井にはサメの歯に似た溶岩鍾乳、床には縄模様の溶岩などがある。生成年代は10~30万年前、地球の営みの神秘と壮大さが感じられる。

| | コメント (0)

城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)

P1110436「済州火山島と溶岩洞窟」という名称で、「漢拏山(ハルラサン)天然保護区域」、「コムンオルムの溶岩洞窟群」とともに「城山日出峰の凝灰丘」は2007年、韓国初の世界自然遺産に登録されている。城山日出峰は、水深の浅い海底から噴火した火山によって作られた噴火口であり、周囲約1.5キロメートル、高さ182メートルの岩塊が岬のように東部の海岸に聳え立つ。済州島第一の景勝地と云われ、4月頃一面に広がる菜の花畑を前景にした眺めはまさに絶景、又、山頂から眺めるご来光も壮観とのことである。今回はどちらにも縁が無いが、 雨風をついて山頂まで登ってみる。始めは玄武岩の敷石道、山にかかると石段が整備P1110441されており、25分ほどで山頂に着く。すり鉢型の火口縁にあたる山頂からの眺めは絶景、海岸線はちょっと函館山からの景色に似ている。そして漢拏山を中心に368もあるという寄生火山(オルム)が、島内のあちこちに島のように浮び、まるで陸松島を見るようである。

| | コメント (0)

済州島二日目

2010年2月1日(月) 7:30起床、外は強雨、天気は最悪。8:30出発、女将が日本人という食堂へ行きアワビのお粥を食べる。ニンニク臭がぷんぷんしピリ辛味であるが旨い。アワビもちゃんと5切れ入っている。おかずの大根キムチ、白菜キムチ、白キムチ、コウナゴ佃煮、塩ジャコ、P11104621 韓国海苔はお代わり自由、皆おいしい。今日は島内東部の観光名所巡り、午後から天候回復するかもとの事で先ず民芸店で時間潰しのショッピング、カワハギの干物を3袋買う。観光の一箇所目はサングムブリ、火山島済州を代表する噴火口のひとつである。二箇所目はソプチコジ、積丹半島の神威岬を思わせる景勝地で、2003年、韓流ドラマの舞台となった所である。横殴りの風雨が強く傘もさせないほどで景色を愛でる余裕はない。昼食のアマダイの焼き魚定食は非常に美味。アワビのバター焼きとチヂミを一皿づつ別注すると各15,000W也。アワビは小振りだが味はまずまず、チヂミは油っぽくいまいち。三箇所目の観光地は城山日出峰、やはり代表的噴火口のひとつであり、済州島を代表する景勝地である。海岸に隆起する高さ182mの岩塊は異形、山頂まで石段が通じており往復の所要時間は約45分、山頂からの眺めは素晴らしく、函館山のそれに似る。四箇所目は万丈窟、大規模な溶岩洞窟である。一般公開されている1㎞の洞内を歩き、溶岩鍾乳、溶岩棚、石亀、溶岩石柱などを見学する。外へ出ると16:00、漸く天候回復し陽射しが出てくる。夕食前に食品館(韓国記念品百貨店)に立ち寄るも今朝の民芸品店と同じような品揃え、退屈なので近くのコンビニへ行きオレンジマッコリを3本購入する。「海潮会館」で海鮮寄せ鍋(ソコッチゲ)の夕食をとる。ワタリガニ、サザエ、ムール貝、牡蠣、イカ、タマゴ、豆腐、野菜が入り美味、最後にうどんを入れて締める。店の入口に並ぶ水槽には、ヒラメ、イシダイ、ニベ、ナマコ、ホヤなど、相変わらずご縁の無い高級魚が泳ぐ。19:00ホテルに戻り帰国準備、マッコリや柚子茶をタオルでぐるぐる巻きにしてSCに詰め込む。(続く)

| | コメント (0)

韓国のビール

今回の済州島旅行で飲んだ韓国ビールは2種類、HITE BREWERY 社(旧朝鮮麦酒社:Chosun Brewery)製造のHITEとORIENTAL BREWERY(東洋麦酒)社製造のCASS FRESH。どちらも風味はよく似ており、苦味が弱くあっさりしている。物足りない感じもするが、韓国料理のピリ辛味とは相性が良いのであろう。コンビニ店頭では355ミリリットル缶が1,750ウォン(160円)、円高であるのに左程安くはない。
P1110380 P1110405

| | コメント (0)

龍頭岩(ヨンドゥアム)

P1110400 済州市の西海岸に突き出た奇岩、龍が海中から頭をもたげているように見えるところから名付けられたもの。済州島は東西70㎞、南北40㎞、周囲235㎞、面積1,800平方キロメートルの楕円形の火山島であり、地表の90%を玄武岩と溶岩が覆う。そのため海岸線は黒々として荒々しい磯浜となっておりく、浅間の鬼押出しを見るような荒涼とした雰囲気が漂う。

| | コメント (0)

三姓穴(サムソンヒョル)

P1110391 4世紀頃成立したとされる耽羅国の建国神話ゆかりの地。ここの地中の三つの穴から高乙那(こうるら)、梁乙那(やんうるら)、夫乙那(ぷうるら)の三神人が現れ、海の彼方碧波国(日本とする学者が多い)から遣わされた三王女と結婚し、三王女が持参した五穀と家畜を元手に農牧を始め、子孫を増やしたと伝えられている。恐らく三世紀当時、朝鮮半島南西部の馬韓に並立していた50余の小国家群の興亡のうちに、済州島に逃れてきた三系統の王族があったのであろう。日本で一番近い長崎県の五島列島まで180キロメートル、日本人の血が 混じっていても不思議は無い。済州島には今でも三神人と同じ高、梁、夫の名字を持つ人P1110392が多いとのこと、これら末裔の人々により、毎年4月10日と10月10日には春と秋の大祭が、又、12月10日には乾始大祭(道民祭)が現在も盛大に行われている。三姓穴は柵に囲まれており近づくことが出来ず、覗けない。敷地内には李氏朝鮮朝の粛宗二十四年(1698)に建立され、三乙那の位牌を安置する霊廟の三聖殿をはじめ、年三回の例大祭に関わる典祀庁、学舎の崇報堂、あずまやの慕聖閣などが建つ。尚、三姓穴は国家指定文化財史跡第134号に指定されている。

| | コメント (1)

済州島初日

2010年1月31日(日) 5:00起床、朝茶を一服、5:40出発、6:45 PARK500に車を預ける。3日間で2,310円也。P1110385 7:00成田空港第一旅客ターミナル着、阪急交通社カウンターで搭乗券を受け取り、大韓航空カウンターでSCを預ける。1万円をウォンに両替すると109,000Wと27円(rate0.0915)、3万円をユーロに両替すると230€と342円(rate128.95円)。9:30 KE718便に搭乗、ほぼ満席、座席は狭く個人端末どころか機内TVも音楽サービスもなし。暑いのでセーターを脱ぐ。10:20機内食出る。味はいまいち、韓国ビールHITEを飲む。12:25済州国際空港着陸、外は雨、気温10℃。13:20現地ガイドの任(イム)さんの出迎えを受け、バスに乗って昼食会場のレストラン「京都」へ直行。カルルクス(アサリ入りうどん)は美味。任さんは30代の韓国美人で流暢な日本語を喋る。午後の観光は済州市近郊のトケビ道路、三姓穴、龍頭岩の三箇所巡り。大雨ではないが陰鬱で寒い。風邪気味で頭が痛くなり新ルルA錠を飲む。新羅免税店に立ち寄った後、レストラン「巨富」で夕食。名物の黒豚料理の食べ放題も味がいまいち。19:00ラマダプラザ済州にチェックイン、348号室に入る。海沿いに建つ五星ホテルの室内はゆったり、16CHでNHKも入る。但し新婚仕様の室内が難、こんな所に年寄りを泊めて何とする。風呂上りにファミマで買った缶ビールCASSを飲む。ミニバーの缶ビールの価格はASDが10,000W、HITEが6,000W、さすがは高級ホテル、高い!。(続く)

| | コメント (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »